平成6年

年次経済報告

厳しい調整を越えて新たなフロンティアへ

平成6年7月26日

経済企画庁


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第1章 93年度の日本経済

第10節 景気回復に向けての財政金融政策

93年度の財政金融政策は,景気回復へ向けて機動的に運営されてきた。景気に配慮した予算,累次にわたる景気対策と補正予算の策定と実施,公定歩合の史上最低水準への引下げなどがそれである。ここでは,こうした財政金融政策の効果がどのような形で現れてきたかを整理するとともに,「従来型の財政金融政策の効果が薄れてきているのではないか」とする議論の妥当性について検討する。

1. 積極的に展開された財政政策

(景気に配慮した予算,累次にわたる景気対策と補正予算の策定,実施)

93年度予算については,一般会計規模は前年度当初予算比0.2%増,地方交付税交付金,国債費等を除いた一般歳出は3.1%増となるなかで,一般歳出における公共事業関係費(NTTを含む)は4.8%増となるなど,景気に配慮した内容のものだった。財政投融資計画(公共事業実施機関)についても12.4%増,地方単独事業(地方財政計画ベース)は12.0%増と近年にない高い伸びが確保された。

さらに,停滞を続ける経済情勢に対応して,92年3月の「緊急経済対策」(公共事業の施行促進等),同年8月の「総合経済対策」(総規模10.7兆円)に続き,93年度においても,「総合的な経済対策」(93年4月,13兆円超),「緊急経済対策」(同年9月,約6兆円),「総合経済対策」(94年2月,約15兆円)と相次いで景気対策が策定され,これらに対応して補正予算も編成されてきた( 第1-10-1図 )。

93年4月の「総合的な経済対策」は,社会資本の整備等10兆6,200億円,中小企業対策,民間設備投資の促進2兆4,300億円等,総規模13兆2,000億円の財政措置を盛り込んでおり,6月には公共事業等の追加2兆2,218億円など所要の追加が第一次補正予算として成立した。

93年9月の「緊急経済対策」は,先行きに対する中期的な不透明感の払拭をも視野に入れ,規制緩和等の推進,円高差益の還元,社会資本整備の推進等,幅広い施策が盛り込まれている。このうち財政措置のある項目についてみると,生活者・消費者の視点に立った社会資本整備1兆円,地方単独事業5,000億円,災害復旧事業4,500億円,住宅対策2兆9,000億円,公共用地先行取得3,000億円,中小企業対策拡充1兆円超等となっている。これを受けて12月には,緊急経済対策関連経費1兆335億円を含む第二次補正予算が成立した。

94年2月の「総合経済対策」についても,94年度中の本格的な景気回復を目指すとともに中長期的課題への取り組みも図るという観点から,景気浮揚のための内需拡大,課題を抱える分野における重点的施策の展開,経済活力の喚起のための発展環境の整備の三分野にわたって種々の施策が盛り込まれている。このうち財政措置のある項目は,所得減税の実施等5兆8,500億円,公共投資等の拡大7兆2,000億円,中小企業対策等1兆3,600億円等となっている。同月には,公共事業等の追加1兆9,201億円など総合経済対策の実施に必要な経費の追加を含む第三次補正予算が成立した。

(総じて堅調に推移した公共投資)

このように景気に配慮した予算が組まれてきたにもかかわらず,景気が直ちに回復しなかったことは事実である。こうしたなかで,次のような議論がみられるようになった。

第一は,公共事業予算が着実に実施されなかったのではないかという点である。これには,夏場の長雨,台風による執行の遅れなどが原因として指摘されてきた。

第二は,公共投資が民間の経済活動に波及して景気を下支えするという効果が十分に発揮されなかったのではないかという点である。

第一の点については,各月ごとの契約額のばらつきはみられたものの,年間を通じてみれば,公共投資は総じて堅調に推移してきたと考えられる。

すなわち,公共工事着工額(政府企業等を除く)は,93年度も高い伸びを示している( 第1-10-2図 )。その結果,公的固定資本形成は92年度の16.7%増に続いて93年度は13.3%増と引き続き高い伸びを示した。

なお,公共投資の効果とも関連して,「地価の上昇によって,公共事業費の中で土地代に回る分が増加しているので,予算の割には実質的な公共投資が増えていないのではないか」という議論がある。バブル期に地価が急上昇しているため,こうした議論は一般にも受け入れられやすいが,実際はそれほど土地代の比重が高まっているわけではない。まず,建設省の事業に係る用地費率については,90年のデータまでしか明らかではないが,その動きをみると,おおむね20%前後で安定的に推移している( 第1-10-3図 )。また,東京都の事業について,用地との関連が最も深いとみられる道路事業の用地費率をみると,地価の動きに敏感に反応し大きな変動がみられるが,90年以降は地価の下落に対応して低下している。こうした点からみても,公共事業全体として用地費率が上昇していることはなさそうである。

(鈍かった建設関連資材の荷動き)

次に,第二の公共投資の効果について考えよう。この点については,公共投資が実施されたにもかかわらず,現実の経済の中でその効果がみえにくかったことは事実である。これには二つの側面がある。一つは,伝統的に公共投資の直接的な影響を受けやすいとされてきた建設関連資材の荷動きが鈍く,これらの商品市況も低迷を続けたことであり,もう一つは,設備投資や個人消費などの民需に期待された効果がみられなかったということである。

しかし,いずれの点についても,そのことから直ちに公共投資の波及効果がなかったと結論付けることはできない。公共投資の増加がなければ,更に建設関連資材の荷動きは鈍く,もっと民需の落ち込みは大きかったかもしれないからである。

まず,建設関連資材の出荷が低迷を続けたのは,官公需の力が弱かったからではなく,民需が落ち込んでいたためだと考えられる。この点をみるために,建設工事出来高の動きを公共工事による分と民間からの受注による分に分けてみたのが 第1-10-4図 である。これをみると,92~93年にかけては,公共工事による分は一貫してプラスに寄与しているものの,他方で民間からの受注が大きなマイナスの寄与を続けていたため,全体としての伸びもマイナスとなっていることが分かる。つまり,公共部門は順調に拡大したものの,比重の大きい民間(93年度「建設総合統計」によれば,民間部門の占める割合は58.0%)の減少分を補うほどの力はなかったということになる。

(建設関連資材の原単位,生産誘発係数の動き)

建設関連資材の出荷が低迷した主因は民需の落ち込みだったことをみた。しかしそれにしても,公共投資が増加している割には官公需がそれほど増加していない(あるいは減少している)のではないかという指摘もある。

そこで,まず,公共工事に対する鋼材,セメントの原単位(請負工事費100万円当たりの各資材の投入量)の推移をみると( 第1-10-5図 ),85年度から91年度にかけて,両資材とも,おおむね横ばいとなっている。

この点について,産業連関表を使って二通りのチェックを行ってみよう。一つは,公共事業の投入係数の推移をみることである。これは,公共事業を1兆円実施した場合,各産業から投入される金額(実質ベース)をみたもので,前述の原単位に相当するものである。もう一つは,公共事業の生産誘発係数の推移をみることである。これは,公共事業を1兆円実施した場合,産業間の波及効果まで含めて各産業で増加する産出額(実質ベース)をみたものである。いずれについても,係数が小さくなっていれば,公共工事の産業への波及効果が小さくなっていることになる。

その結果は, 第1-10-6図 に示されている。これによると,①窯業・土石製品は,いずれについてもおおむね横ばい,②鉄鋼は90~91年にかけてやや上昇,③対事業所は,投入係数はほぼ横ばいだが,波及効果を含めた誘発係数ではこのところ上昇傾向,④産業全体としての波及効果はやや上昇傾向(うち製造業はほぼ横ばい,非製造業はやや上昇)という結果となっている。

以上をまとめると,公共事業の効果については,少なくとも85年から91年にかけては建設関連資材の原単位や生産誘発係数が低下しているとはいえないことが分かる。

なお,この公共事業の効果に関連して,しばしば「経済のサービス化,ソフト化によって公共投資の効果が低下しているのではないか」という指摘がみられる。しかし,前述の生産誘発係数の動きなどからみても,ここ数年でサービス化,ソフト化の進展が製造業の生産誘発係数の急速な低下をもたらしたとは考えにくい。ただし,名目ベースの生産誘発係数については,85年から91年にかけて製造業では低下(0.54→0.46),非製造業ではわずかに上昇(1.51→1.53),産業計ではわずかに低下(2.05→1.98)となっている。したがって,製造業者からみると公共投資の追加が自社の売上に結び付きにくくなっているという面は考えられる。実質ベースでは製造業の生産誘発係数は低下していないことを考えると,名目ベースでの製造業に対する誘発係数の低下の原因は,原材料価格がサービスや労働の価格に対し相対的に低下していることにあると考えられる。

(公共投資乗数が変化する条件)

ただし,以上の事実だけから,直ちに民需全体への波及効果の大きさについて結論付けることはできない。

この点を理解するために,公共投資が民需全体へ波及する経路について説明しておこう( 第1-10-7図 )。まず,①建設会社等による受注があり,その結果,②建設労働者の所得,建設会社の企業収益(すなわち付加価値)が増加し,③鉄鋼,セメント等の建設資材の調達(中間投入)が生じ,④増加した付加価値が,個人消費や設備投資(最終需要)の原資となり,さらにこうした中間投入や最終需要が新たな中間投入や付加価値をもたらすというパターンを繰り返すことにより,当初に支出された公共投資から新たな需要が生みだされるのである。また,⑤各産業の生産活動の活発化が稼働率の上昇を通じて設備投資を刺激するという経路もある。設備投資は企業収益より稼働率の影響を強く受けることから,設備投資への効果としては④より⑤の方が重要であろう。

ここで注意しなければならないのは,前述のように,公共投資を生み出すために投入される生産物・サービスの割合が変化したり,産業連関上の波及効果を通じた生産誘発額が変化したとしても,そのことがここで示した需要の誘発効果を変化させるとは限らないことである。それは,原材料の調達構造が変わって付加価値を生み出す産業が変化しても,また迂回生産の程度が変化して川上の産業でより多くの付加価値が生み出されることになったとしても,個人消費や設備投資の誘発を考えない限りにおいては,いずれにしても各産業が生み出す付加価値の増分の合計は同じになるからである。つまり,最初の段階で代金が建設労働者等の賃金へ回る割合が高まったり,途中段階でサービス産業へ回る割合が高まったりしただけでは,公共投資乗数(公共投資1単位の増加によって最終的に生ずるGDPの増分)は変化しないのである。

それでは,どのような場合に公共投資乗数が低下し得るだろうか。第一は,付加価値の増分のうち雇用者所得に回る割合(限界的な労働分配率)が低下する場合である。これは,一般に,雇用者所得の増加が個人消費を刺激することはほぼ確実であるのに対し,企業収益の増加と設備投資の間には,所得と消費ほどの強い関係はないからである。第二は,雇用者所得の増加が個人消費を刺激する度合い(限界消費性向)が低下する場合である。第三は,公共投資の増加が各産業の稼働率を上昇させることにより設備投資を刺激する程度(設備投資の感応度)が低下する場合である。これには,各産業の感応度がそれぞれ低下する場合と,感応度が高い製造業の生産誘発係数が低下し,感応度の低い非製造業のそれが上昇することにより,産業計でみた感応度が低下する場合があり得る。第四は,各段階で発生する需要が輸入によって賄われる度合い(限界輸入性向)が上昇し,国内での付加価値の増加に結び付きにくくなる場合である。

以上のような点が現実に成り立っているかを,次に検討してみよう。

(公共投資乗数の低下をもたらしたと考えられる要因についての検証)

まず,第一の限界的な労働分配率については,乗数効果が低下している理由としては,今回は当てはまらないであろう。景気後退期には労働分配率は上昇するのが一般的であることに加え,最近ではむしろ過去の後退局面でみられた以上に労働分配率は高くなっているものと考えられる。

第二の場合(限界消費性向の変化)はどうだろうか。所得が1単位増加したときの消費の増加は,平均消費性向が一定であれば,平均消費性向に一致する。しかし,所得が増加したときには平均消費性向も変化するのが一般的である。したがって,限界消費性向は,①「平均消費性向」に,②「所得が1%増加したときの平均消費性向の上昇」を加えたものとなる。①「平均消費性向」については,長期的にみればむしろ上昇傾向にあり,近年特に低下しているという動きはみられない。②「所得が1%増加したときの平均消費性向の上昇」については,第3節で用いた平均消費性向関数によって考えてみよう。この関数によれば,平均消費性向は「雇用環境」指標(それは,主として所定外労働時間でみることができる)が上昇するほど上昇する(マインドを通じた効果)といった関係がある(他にも関係する要因はあるが,ここでの議論には直接の影響がないので省略する)。この所定外労働時間の動きをみると,今回の景気後退局面では,生産の減少に対する所定外労働時間の減少幅が大きい。すなわち,今回の場合は,生産または所得の変動に対して,所定外労働時間の変動が大きいのだから,「所得が増加したときの平均消費性向の上昇」度合いもまた大きいということになる。以上のような検討を踏まえても,限界消費性向がこのところ低下していることはないものと考えられる( 付注1-12 )。

第三の場合(設備投資の感応度)については,①「設備投資の感応度」は,②「設備投資の産出弾性値(生産が1%増加したときに,設備投資が何%増加するか)」に,③「設備投資の産出に対する比率」を乗じたものだから,②と③のそれぞれを調べればよいことになる。前者の「設備投資の産出弾性値」については,製造業,非製造業の設備投資関数をいく通りかの期間で推計したところ,ほとんど有意な変化はみられなかった( 付注1-13 )。後者の「設備投資の産出に対する比率」については,92,93年においては,80年代後半の景気拡大期よりは低下しているが,85年当時と比べればほぼ同水準である。したがって,感応度についても,それほど大きな変化が生じているとは考えられない。

なお,この点については,「公共投資の増加が各産業の稼働率を上昇させる程度」が変化している可能性も考える必要があるが,前述の生産誘発係数(実質)の動きをみても(製造業横ばい,非製造業やや上昇),これが設備投資の感応度を低めていることはないものと考えられる。

最後に,第四の場合(限界輸入性向)を考えよう。「限界輸入性向」は,「平均輸入性向」に「輸入の所得弾性値」を乗じたものである。このうち「平均輸入性向」ついては,輸入の浸透は進んでいるものの,円建て輸入物価が下落しているので,93年は円高不況時とおおむね同水準となっている。また,「輸入の所得弾性値」については,財貨・サービスの輸入関数を推計期間を変えることによって,その変化を計測してみると,80年代と比較して最近ではこれが高まっている( 第1-10-8図 )。したがって,両者の積として求められる限界輸入性向は上昇しているものと考えられる。

以上の検討の結果,公共投資乗数が低下しているとすれば,日本の限界輸入性向が上昇し,日本経済が所得の増加に対して輸入が増加しやすい構造へと変化してきたため,公共投資によって誘発された需要の一部が輸入によって賄われ,海外への所得流出になる割合も高まったことが主たる原因であると考えられる。しかし,平均輸入性向が7%程度にすぎないことから明らかなように,輸入構造が変化したとしてもそれが公共投資の波及効果を大幅に減殺するほどのインパクトはないといえよう。

したがって,公共投資の波及効果が大きく低下したとはいえず,そのようにみえたのは,民間需要,特に設備投資の低迷によってその効果が相殺されたためと考えられる。


コラム

(マンデル=フレミングモデルと財政政策の効果)

「財政政策の効果が低下しているのではないか」とする議論の一つに,国際的な資本移動が高まった今日では,公共投資を増加させると円高となる傾向が強く,結局は円高のデフレ効果によって内需拡大効果が減殺されてしまうというものがある。それによれば,一般に,公共投資の増加→国内金利の上昇圧力→海外からの資本流入→円レートの上昇(円高)→外需の減少によるデフレ効果というメカニズムが成り立つとされる。こうしたメカニズムは,国際マクロ経済学においてマンデル=フレミングモデルとして知られる枠組みから導かれる。これを前提とすれば,資本の移動性が高まるにつれ,一時的に生じた内外金利差に投資家が一層敏感に反応するようになる結果,「国内金利の上昇圧力→海外からの資本流入」というメカニズムが強く働くようになるというのである。

しかし,実際には,公共投資の増加とともに金融緩和が進められてきていることや内外の経済情勢等により,そもそも「公共投資の増加→国内金利の上昇圧力」という影響がかなり減殺されていると考えられる。マンデル=フレミングモデルは種々の仮定の下に成立しうる一つの考え方であり,そのことから直ちに財政政策の効果が低下していると結論するのは無理があろう。


2. 緩和が進んだ金融政策

93年度中の金融政策は,景気後退の長期化を背景に緩和政策が継続されたが,依然としてマネーサプライ,貸出しともに低い伸びにとどまった。以下では,こうした金融情勢について概観し,年度末の長期金利の上昇,実質金利をめぐる議論,金融政策の効果などについて検討する。

(低下基調で推移した短期市場金利)

93年度中の短期市場金利は,低下基調で推移した。

まず,公定歩合については,91年7月に6.0%から5.5%に引き下げられて以来,91年11月,12月,92年4月,7月,93年2月と順次引き下げられ,93年9月の第7次引下げ(0.75%)によって史上最低水準である1.75%となった( 第1-10-9図 )。

こうした公定歩合の低下を受けて,短期市場金利も91年半ば以降,低下傾向が続いている。93年に入ってからの動きをみると,2月の公定歩合引下げ後,コールレート(無担保オーバーナイトもの)とCDレート(3か月もの)はほぼ同じ水準で推移していたが,8月からは両者のかい離が拡がり始め,9月21日の公定歩合引下げ直前には2月の公定歩合引下げ以来最大の0.3%ポイントのかい離がみられた。これは,政策意図が反映されやすいコールレートが3%前後にとどまっていたのに対し,先行きの期待がより明確に反映されやすいCDレートが,金融緩和期待が高まっていったこともあって低下したためである。その後は,公定歩合引下げに伴って,コールレートも大幅に低下し,CDレートとのかい離はなくなった。

しかし,10月下旬から12月にかけては,短期金利の低下期待から再びCDレートが低下したため,コールレートとのかい離が拡大し,12月上旬には0.5%ポイントまで拡大した。その後,CDレートが強含む一方で,コールレートが低下基調で推移したため,2月下旬以降はCDレートがコールレートをやや上回って推移している。

(年度末にかけて上昇した長期市場金利)

一方,長期金利については,低下基調を続けるなかで,何回かの上昇局面を示すという特徴的な動きがみられた。

長期市場金利の動向を国債流通利回り(10年物,指標銘柄)でみると,基調としては90年10月頃から低下傾向となるなかで,91年6月,92年4月に一時的に強含み,93年3~5月にも一部の経済指標の好転を受けて上昇した。その後は低下が続いたが,94年に入ってから再び上昇がみられている。

このように短期金利と長期金利がやや異なった推移を示すのは,両者の決定メカニズムがやや異なっているからである。すなわち一般に,短期市場金利は公定歩合の動きに代表される金融政策のスタンスに強く影響を受けるのに対し,長期市場金利については,金融政策のスタンスに加え,内外の各種資産との裁定や公社債の供給動向,さらに景気の先行きについての市場の期待などがかなり重要な決定要因となる。例えば,94年に入ってからの長期市場金利の上昇は,短期金利の先安観の後退,アメリカの金利上昇,円安,一部の経済指標の好転,債券の需給悪化懸念などを反映したものと考えられる。

以上みてきたように金融の緩和基調が続くなかで,貸出金利は低下基調で推移した( 第1-10-10図 )。

まず,プライムレートの動きをみると,短期プライムレートは,93年に入ってから,2月,8月,9月,12月に引き下げられており,短期市場金利にほぼ連動して推移してきた。一方,長期プライムレートは,5年物金融債の表面利率等を勘案して設定されるため,長期市場金利の上昇にやや遅れて5月,6月に上昇した後,長期市場金利の低下を受けて8月から段階的に引き下げられたが,94年2月,3月には引き上げられた。

一方,貸出約定平均金利(新規実行分,全国銀行)は,長期,短期とも,4月から8月までほぼ横ばいで推移し,その後は低下基調で推移している(ただし,長期については94年1月以降一進一退の動きとなっている)。

(企業収益下支えに寄与した金融政策)

こうして金融の緩和が進むなかで,実体経済の停滞が続いたため,「繰り返し公定歩合が引き下げられ,金融面からの景気刺激策が実施されてきたにもかかわらず,景気後退が長期化しているのは,金融政策の効果がなくなってきているからだ」という指摘がみられる。

確かに,公定歩合が既往ボトムの水準にまで引き下げられたにもかかわらず,設備投資が盛り上がらないのは事実である。これがなぜだったのかを考えるためには,金融政策が設備投資等に影響を及ぼす波及メカニズムとその影響度合いを踏まえた吟味が必要である。

まず,金融政策は,金融費用の負担を軽減させることによって,企業のキャッシュフローを下支えし,それが設備投資に影響を与える。この点をみるために,企業にとっての金融負担の大きさを示す指標として,インタレスト・カバレッジ・レシオ(営業利益+営業外収益/支払い利息・割引料)の推移をみると( 第1-10-11図 ),89年をピークに下落傾向にあった同比率は,金融緩和が始まった91年以降徐々に下げ止まり,93年以降はおおむね横ばいで推移している。これは,企業収益の悪化によって金融費用負担が高まる効果と,金融緩和によって負担が軽減される効果とがちょうど相殺しあっているためである。

このように,今回の金融緩和は過去と同じように企業収益下支えに寄与しており,その限りでは企業の設備投資回復のための環境整備には寄与してきてはいるものの,稼働率の低下などがそれ以上に設備投資決定に大きく影響していることから,表面的には金融政策が設備投資に効いていないようにみえるのである。

(実質金利をめぐる議論)

なお,金融の緩和が続き,金利が低下していることに関連して,「名目金利は低下してきたものの,物価が安定しているため,実質金利は過去の緩和期と比較して十分に低下していない」という指摘がある。つまり,名目金利は低下しているが,実質金利は高く,これが景気の回復を阻害してるのではないか,という議論である。

本来,実質金利は名目金利-期待物価上昇率と定義され,理論的には資本コストの構成要素として設備投資に(実質金利の上昇は,資本コストを上昇させ,設備投資を抑制する),また,将来財と現在財の相対価格として個人消費に影響を与える(実質金利の上昇は,現在財よりも将来財の相対価格を低下させ,現時点での消費を抑制する)と考えられている。このとき金利や物価として何を考えるかは,意思決定の主体と対象によって異なる。例えば,企業の設備投資に関する意思決定を考えるのであれば,金利としては長期金利を,物価としては資本財価格を考えるのが妥当である。

では,その実質金利はこのところどのように推移してきただろうか。ここでは,実際上の問題として期待物価上昇率の推計が困難であるため,現実の卸売物価あるいは消費者物価の上昇率をもって期待物価上昇率に代えることとする。まず,短期実質金利として,「CD3か月物金利-卸売物価上昇率」と「CD3か月物金利-消費者物価上昇率」の二つを計測してみると( 第1-10-12図 ),93年において過去の金融緩和期とほぼ同じ水準にあり,また,91年の引締め局面より低水準となっている。

次に,長期実質金利として,「利付電々債利回り-卸売物価上昇率」と「利付電々債利回り-消費者物価上昇率」をみると,前者については,過去の金融緩和期と比較するとそれほど高いとはいえないが,93年のレベルは91年よりやや高まっている。後者については,80年代を通じて3~5%前後で推移しており,今回もこうしたトレンドからかい離した動きとはなっていない。したがって,以上のような方法で計算された実質金利をみる限りは,実質金利は名目金利ほどは十分低下しているとはいえないことが分かる。

そこで,こうして得られた実質金利が実体経済に影響を与えるかどうかを調べるため,機械受注(設備投資の先行指標),住宅着工,鉱工業生産,卸売物価,マネーサプライ,名目長期金利,実質長期金利(名目長期金利-卸売物価上昇率)からなるVARモデルを推定した( 付注1-15 )。これは,ある変数の現在の値を予測する上で,その変数自身の過去の実績のほかに他の変数の過去の実績を付け加えた方がより良い予測が行われるかどうかを調べるもので,通常よりも緩やかな意味での統計的な因果関係をみるものである。この結果によれば,名目金利から機械受注への影響は観測できるが,実質長期金利から機械受注への影響はみられない。

こうしたことからみると,やはり実質金利の計測は容易ではなく,「名目金利-物価上昇率」で実質金利の代用とすることはできないと考えられる。したがって,そのような指標をみて金融政策の効果を判断することは困難である。ただし,少なくとも名目金利が急速に低下してきたことで,金融政策の効果が現れていると考えることは可能であろう。

(増加に転じたエクイティファイナンス)

次に,企業の資本市場からの資金調達の動きをみると,80年代には,増資,転換社債(CB),ワラント債などのエクイティファイナンスが大企業を中心に活発に行われたが,株価が大幅に下落した90年~92年には,エクイティファイナンスは大幅に減少し,普通社債が資金調達の中心となっていった( 第1-10-13図 )。

93年に入ると,国内資本市場からの資金調達が増加するとともに,エクイティファイナンスがやや増加に転じ,普通社債も増加した。これは,ワラント債を中心としたエクイティ債の借換えに伴う企業の資金需要が根強いなかで,①CBについては,株価が93年度を通じてみればおおむね堅調で推移したことが増加要因となり,②普通社債については,金利が低いことに加えて機関投資家の資金運用難による発行条件の改善がみられたことが増加要因となったものと考えられる。

(緩やかに回復したマネーサプライ)

マネーサプライの動きをM2+CDの前年比(期中平均残高)でみると,90年後半以降伸びが急速に鈍化し,92年10~12月期にはマイナスに転じたが,93年4~6月期以降は再びプラスとなっており,緩やかな回復の動きを示している。

こうした動きの背景をみるため,マネーサプライを名目総需要(取引需要要因),株式時価総額(資産要因),金利(金利要因,金利が上昇すると,貨幣を保有することに伴う機会費用が上昇するため,マネーサプライは低下する),マネーからのシフトアウト要因(家計や企業が貨幣よりも他の金融資産を保有する方が有利であると判断し,資金を移動させることによってマネーサプライは低下する)によって説明する関数を推定し,これによってマネーサプライ変動の要因分解を行ったのが 第1-10-14図 である。これによると,93年にややマネーサプライの伸びが高まったのは,引き続き総需要が低迷しているものの(ただし,公的需要が下支えとして働いている),資産要因がプラスの寄与に転じたことによることが分かる。

(低迷が続いた民間金融機関の貸出し)

こうしたなかで,民間金融機関の貸出しは低迷を続けた。

民間金融機関の貸出平残(全国銀行)の伸び率(前年比)は,90年以来低下傾向が続いていたが,93年度中も期を追って伸び率の低下が続き,94年1~3月期は0.5%増と,76年10~12月期の統計開始以来最低の伸び率となった。

一方で,金融機関の貸出態度はこのところ緩和してきている。日本銀行「短観」の金融機関の貸出態度判断DI(「緩い」-「厳しい」)の動きをみると( 第1-10-15図 ),主要企業では引き続き緩和方向への動きが続き,93年8月には今回の金融緩和局面で初めて「緩い」超に転じ,その後も「緩い」超幅が拡大している。一方,中小企業については,今回の緩和局面ではわずかに「緩い」超で横ばいが続いている。また,中小企業金融公庫「中小企業動向調査」によれば,長期借入難易DIは93年10~12月に「容易」超に転じている。

こうした点からみて,民間貸出しが低迷している背景としては,景気低迷により資金需要が減退していることなど需要側の要因が大きく作用しているものと考えられる。