平成6年

年次経済報告

厳しい調整を越えて新たなフロンティアへ

平成6年7月26日

経済企画庁


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第1章 93年度の日本経済

第9節 縮小に転じた経常収支黒字

93年度の経常収支の黒字は,円高が進展するなかで円ベースでは縮小し,ドルベースでは拡大するという特徴的な動きを示した。経常収支黒字のGDP比は,92年度の3.4%から93年度は3.0%へと低下した。以下では,こうした経常収支の動きの要因を分析するとともに,日本の経常収支黒字をめぐる議論のうち,日本の貿易構造が他の諸国に比べて特異なものか,という点について考える。

1. 減少した輸出数量,増加した輸入数量

(減少した輸出数量と円ベース輸出金額)

輸出金額の動きをみると,93年度に入ってからは,ドルベースでは増加が続く一方,円ベースでは大幅な減少に転じた。これが,経常収支がドルベースで増加,円ベースで減少となった一つの要因である。こうした輸出金額の伸びを,数量,価格(ドル,円)要因で分解したのが, 第1-9-1図 である。

これをみると,まず,輸出数量は,92年10~12月期以降前年比で減少を続けており,特に,93年10~12月期は大幅な落ち込みを示した。

価格面の動きは,円でみるかドルでみるかによって全く異なった動きを示している。まず,円ベースの輸出価格は,93年2月からの円高の影響によって,93年4~6月期以降は低下した。ただし,9月以降はやや円安となったため,10~12月期からの円ベースの輸出価格の低下幅は小さくなっている。

これに対し,ドルベースの輸出価格は,円高が転嫁された分だけ上昇することとなり,93年度を通じて上昇することとなった。円安となった10~12月期以降も価格の上昇が続いたのは,転嫁が徐々に進むことによるタイムラグのためであろう。

(アメリカ,EU向けで減少し,アジア向けで増加した輸出数量)

以上のような動きを,輸出数量,輸出金額それぞれについて主要地域別にみてみよう( 第1-9-2図 )。その際,ある地域への輸出数量は,所得要因(その地域の所得が上昇すれば日本からの輸出が増える)と価格要因(日本からの輸出物価(現地通貨建て)がその地域の国内物価との相対関係で高くなれば減少する)の二つの組み合わせによって決まってくるということをまず念頭に置いておく必要がある( 付注1-11 )(ただし,アメリカの場合乗用車,工作機械については,輸出の自主規制があったため,それらの商品の輸出数量については所得要因や価格要因とは独立の動きをしていたため,ここではそれらを除いた数値を基に推計した。)。

まず,アメリカ向けの輸出数量は,93年7~9月期から減少に転じている。これは,アメリカの景気が拡大を続けているにもかかわらず(所得要因がプラス),円高によって相対価格が不利化した(価格要因がマイナス)ことによる。事実,輸出価格については,円ベースで横ばいないし低下,ドルベースで大幅上昇となっており,円高の影響がそのまま現れている。以上の結果,アメリカ向けの円ベース輸出金額は減少し,ドルベース金額は増加することとなった。

EU向けの輸出数量は大幅な減少が続いた。これは,ヨーロッパ景気の低迷(所得要因マイナス)と円高による相対価格の不利化(価格要因もマイナス)が重なったためである。輸出価格の動きをみると,円ベースの価格は大幅に下落したものの,対欧州通貨での円高率は対ドル以上に大きかったため,換算上ドルベースの価格の上昇は比較的小幅であった。また,EUの国内物価が極めて安定していたため,相対価格も不利化した。以上の結果,円ベース,ドルベースのいずれでもEU向け輸出金額は減少することとなった。

アジアNIEs向けについては,93年4~6月期までは輸出数量が堅調に増加してきたが,その後は伸びが鈍化または減少となり,94年1~3月期にはその反動もあって増加するという動きを示した。アジアNIEsの経済成長は引き続き堅調(所得要因プラス)であるにもかかわらず,輸出数量の伸びが鈍化したのは,やはり相対価格が不利化した(価格要因マイナス)ためと考えられる。輸出価格については,円ベースで低下,ドルベースで上昇しており,この傾向が輸出金額の動きにもそのまま反映されている。

ASEAN向けについては,数量指数がないため,要因分解ができないが,ドルベース輸出金額が前年比で2割以上の高い伸びを示していることから,数量ベースでも堅調であったと考えられる。

中国向けの輸出数量は,93年年度前半には前年比で5割以上もの増加となった。これは,中国の景気過熱(所得要因が強いプラス)によるところが大きいとみられる。その後,10~12月期に一時的に伸びが鈍化したものの,94年に入ってからは再び増加幅が拡大している。こうした数量の高い伸びを反映して,輸出金額は,円ベース,ドルベースともに増加となった。

(製品類を中心に増加した輸入数量,円ベースで減少した輸入金額)

93年度の輸入については,輸入数量が増加,輸入価格は円ベース,ドルベースとも低下,輸入金額は円ベースで減少,ドルベースで増加するという姿となった。特に,製品類を中心とした輸入数量の大幅な増加が目立った。

なお,輸入についても,輸入数量の変化は,所得要因(日本の所得が上昇すれば輸入が増える)と価格要因(円でみた輸入価格が日本の国内物価との相対関係で安くなれば増える)の二つの組み合わせによって決まってくるということを念頭に置いておく必要がある。

93年の輸入数量が大きく増加したのは,景気の低迷が続いてはいたものの(所得要因マイナス),円高による輸入価格の低下があったためである(価格要因が強いプラス)。これを品目別にみると( 第1-9-3図① ),輸入数量増加のほとんどは製品類によるものである。一方,景気後退の影響もあって,原料品は横ばい,鉱物性燃料(原油等)は減少となった。

一方,輸入価格については( 第1-9-3図② ),円ベースでは大幅に低下し,ドルベースではやや低下している。円ベースの低下は円高の影響が現れていると考えられるが,ドルベースでも低下しているのは,原油価格の下落によるところが大きい。原油価格の下落分を除くと,ドルベースの輸入価格はほとんど変化しておらず,円高の大部分が円ベースの輸入価格に転嫁されたことが分かる。

(アメリカ,アジアから増加した輸入数量)

こうして大幅な増加を示した輸入数量の動きを地域別にみると,特に,アメリカ,アジア地域からの増加が目立っている( 第1-9-4図 )。

まず,アメリカからの輸入数量は,93年4~6月期以降増加が続いている。ドルベース輸入金額を品目別にみると,機械機器が93年度には大幅に増加しているのが目立つ。これは,半導体等電子部品や日系企業の逆輸入車などの増加による。

アジア地域からの輸入をみると,従来より大幅な増加傾向にある中国に加え,アジアNIEsからの輸入数量が,93年7~9月期以降増加に転じている。これを品目別にみると,アジアNIEs,ASEANからの機械機器,食料品,中国からの繊維製品などの増加が目立っている。

なお,EUからの輸入数量は,93年前半は前年比で減少し,その後はおおむね横ばいとなり,94年1~3月期には増加に転じた。

このように,93年度の輸入の動きの中では,アメリカ,アジアからの製品類の輸入数量の増加が目立つこととなったが,この背景として円高が製品類の輸入増加をもたらす度合い(製品輸入の価格弾性値)がやや高まっていることが指摘できる。

すなわち,製品輸入の価格弾性値を,プラザ合意後の円高局面と今回とで比較してみると( 第1-9-5図 ),今回の方がやや高くなっていることが分かる。これは,80年代後半以降,日本企業が積極的に海外直接投資を行った結果,現地生産拠点が整ってきたことから,その製品が為替の変化に敏感に反応して輸入されるという動きを反映している面もあると考えられる。

(輸入の国内市場への浸透)

こうして製品輸入を中心に,輸入品が国内市場に浸透してきたことは,93年度経済の大きな特徴であり,それは,後述するような物価面での動き,ひいては空洞化の動きとも係わってくる問題であるので,ここでその様子をやや詳しくみておこう。

第1-9-6図 は,総供給の伸びを国内出荷による分と輸入による分に分けてみたものである。これをみると,これまでも輸入の寄与度が高かったことはあるが(例えば,プラザ合意後の86~89年),今回は,総供給が大幅に減少しているなかで,輸入による供給が増大しているという大きな特徴がある(つまり,国内生産は総供給の減少以上に減少度合いが大きかった)。これを国内の生産水準という観点からみると,このことは国内の生産と輸入が共に増加していたこれまでとは異なり,今回の場合はそれだけ輸入代替によって国内生産が圧迫されている可能性があることを意味している。

これを財別にみると,特に消費財については輸入の増加が大きく,その消費財の中でも特に,繊維等の非耐久消費財については,輸入品の寄与度が総供給全体の伸びを上回っており,総供給の増加をすべて輸入品で代替する動きがでてきている(輸入品が増えていなければ,国内生産は増加していた可能性がある)。

同じことは,輸入浸透度(輸入品/総供給)の動きをみることによっても確かめることができる。 第1-9-7図 は,主要品目について,国内出荷指数と輸入数量指数の組み合わせをプロットしたものである。92年の始点を通る45度線の右下の象限では,輸入数量の増加率が国内出荷の増加率を相対的に上回っているため,輸入浸透度は上昇していることになる。これによれば,92年から93年にかけては,国内出荷が減少して輸入が増えるという形での輸入浸透度の上昇が目立っている。特に,繊維,精密機械,電気機械といった業種でこうした形態での浸透度の上昇がみられる。

2. 縮小に転じた円ベースの経常収支黒字

以上のような動きを反映して,93年度の経常収支黒字は,円ベースで縮小,ドルベースで拡大という動きとなったが,これを貿易収支(通関収支差にほぼ同じ),貿易外収支の順にみよう。

(円ベースで縮小,ドルベースで拡大した通関収支差)

前述のような輸出入の動きを反映して,通関収支差は円ベースでは縮小,ドルベースでは拡大となった(国際収支ベースの貿易収支についても同じ)。

まず,円ベースの通関収支差については,前述のように輸出金額,輸入金額とも減少となり,輸入金額の減少率が輸出金額の減少率を上回ったが(93年度輸出金額8.0%減,輸入金額9.5%減),もともと輸出金額が輸入金額を大きく上回っていたため(93年度輸出額は輸入額の1.5倍),輸出金額の減少額が輸入金額の減少額を上回り,通関収支差としては縮小することになった。

一方,ドルベースの通関収支差についても,前述のように輸出金額,輸入金額とも増加となり,輸出金額の増加率が輸入金額の増加率を上回っていた上(93年度輸出金額6.5%増,輸入金額4.8%増),やはり輸出金額が輸入金額を大きく上回っていたため,ドルベースの通関収支差は拡大することになったのである。

こうした通関収支差の動きを地域別にみると,93年度は円ベースでは,対アメリカ,EU,アジアNIEsは減少,対ASEANは増加となった(ASEANの動きは原油輸入量の減少による)。一方,ドルベースでは対EUは減少したが,対アメリカ,アジアNIEs,ASEANとも大幅な増加となった。地域別収支差にも円高による円ベースとドルベースのかい離が現れていることになる。

(円ベースで赤字幅が縮小した貿易外収支)

日本の貿易外収支は,投資収益収支(利子配当及び直接投資収益)で黒字,旅行収支,運輸収支で赤字,これらを合計すれば赤字という構造となっている。93年度の貿易外収支は円ベースで5,969億円,ドルベースで55.2億ドルとなり,円ベースでは赤字幅がやや縮小,ドルベースではやや拡大することとなった( 第1-9-8図 )。

円ベースの赤字幅がやや縮小したのは,投資収益の黒字幅が縮小したものの,①運輸収支について,受取り,支払いとも減少したため,ほぼ横ばいとなったこと,②旅行収支については,海外渡航者数は増加したものの単価が低下したため,結果として赤字幅が縮小したこと,などの動きが総合された結果である。

(円ベースで縮小し,ドルベースで拡大した経常収支黒字)

以上みてきた貿易収支,貿易外収支に移転収支を加えたものが経常収支となる。93年度の経常収支黒字は,92年度の15兆6,152億円から14兆530億円へと縮小した。このためGDP比も92年度3.4%から93年度3.0%と低下している( 第1-9-9表 )。一方,ドルベースの黒字は,92年度の1,259億ドルから93年度1,305億ドルと拡大することとなった。

このように,93年度の経常収支黒字は,円高の影響により円ベースでは縮小,ドルベースでは拡大という姿を示したわけだが,それでは,経済政策を論ずるに当たって,円ベース,ドルベースのどちらの経常収支(あるいは貿易収支)に着目すべきなのだろう。この点を,対象とする経済問題が何かという観点から考えてみよう。

第一は,国内景気への影響を考える場合である。例えば,第2節でみたような円高の影響がどのように企業収益,物価,国内需要に及ぶかをみるためには,円ベースで経常収支をみなければならない。

第二は,「対外不均衡」といった対外関係を考える場合である。こうした論点に関してしばしば国際比較が行われるが,その場合には経済規模による標準化が不可欠であり,GDP比などを使うことが必要である。しかしながら,GDPは速報性がないため,GDP比の動向を調べたいときには経常収支(貿易収支)の変化から推測せざるをえない。この場合にも,GDPはもともと円ベースの概念だから,経常収支(貿易収支)についても円ベースをみることが基本となろう。

したがって,経常収支(貿易収支)をみるには,基本的には円ベースに着目すべきだといえよう。

(流出超幅が縮小した長期資本収支)

長期資本収支は93年中は赤字(流出超)だったが,94年1~3月期には大幅な黒字(流入超)となった。その結果,93年度の長期資本収支は2兆8,571億円の流出超となり,92年度(5兆9,589億円の流出超)に比べて流出超幅は縮小した。これを,本邦資本,外国資本に分けてその推移をみよう( 第1-9-10図 )。

まず93年度の本邦資本の動きをみると,債券投資については,欧州債券市場が堅調に推移したこと等を背景に93年10~12月期に大幅な流出超を記録したが,94年1~3月期には流入超に転じた。株式投資については,93年央以降東南アジアやアメリカの株式を中心に取得超幅が拡大し,10~12月期には特に大幅な取得超となった。この結果,本邦資本全体としては92年度よりも流出超幅は拡大して7兆4,985億円の流出超となった。

一方,外国資本の動きについては,93年中は4~6月にエクイティ債の償還等から流出超幅が拡大したものの全体としてみれば流出入がほぼ均衡していた。しかし,94年に入ると日本株の割安感や日本の景気回復期待などもあって対内株式投資(いわゆる「外国人買い」)が大幅に増加した。この結果年度全体では4兆6,315億円の流入超となり92年度より流入超幅が拡大することとなった。

なお,短期の資本取引(短期資本収支と符号を転じた金融勘定の合計)は,93年10~12月期にいったん流入超に転じたものの,94年1~3月期には大幅な流出超に転じ,93年度としては,11兆8,698億円の流出超となった。

3. 特異ではない日本の貿易構造

94年のアメリカの経済諮問委員会年次報告は,日本の貿易構造が特異であると指摘している。具体的には,他の先進諸国に比べて,①国内消費支出に対する製品輸入比率が低いこと,②産業内貿易比率が低いこと,③日本企業による企業内貿易比率が高いこと,④海外企業の対内直接投資残高が低いこと,などがその根拠として指摘されている。以下では,やや本論とは離れるが,こうした指摘についてどう考えるべきかを整理しておこう。

(経済規模や地理的条件を反映した製品輸入比率の低さ)

まず「日本の製品輸入比率が低い」という点をどう考えたらよいだろうか。

アメリカの報告は,製品輸入を消費との比較で評価しているが,製品類の中には資本財など消費の対象にはならない製品も含まれていることを考えて,ここでは,製品輸入比率として「名目製品輸入額/名目GDP」を使うことにする。この指標を国際比較してみると,日本はアメリカなど他の先進国と比較して低水準にあり,この20年間それほど上昇していないのは事実である(72年→92年:日本2.3%→3.2%,アメリカ3.3%→7.2%,ドイツ9.7%→17.9%)。

しかし,この指標には技術的な問題がある。つまり,名目値による製品輸入の対GDP比は,円高になった場合,輸入数量の増加の影響が円ベースの輸入価格の下落で相殺されてしまうため,輸入数量が増加しても,それがこの指標には全く現れなくなってしまうのである。そこで,製品輸入比率を「実質製品輸入額/実質GDP」によって計測すると,日本のそれは85年のプラザ合意以降急速に上昇しており,今回の円高局面においても大幅な上昇がみられる( 第1-9-11図 )。

ただし,円高になればそれだけ容易に輸入品が安く手に入るのだから実質ベースで比率が高まるのは当然であり,やはり名目GDPの然るべき部分を,他の先進諸国並みに製品輸入に振り向けるべきではないかという議論もあり得る。しかし,名目ベースの製品輸入比率で測るとしても,一般に,経済規模が大きいほど多様な産業や企業が共存できるため,製品輸入比率は低くなるという関係がみられる( 第1-9-12図 )。さらに,経済規模を考慮しても日本の製品輸入比率は低い水準にあるという議論もあり得るが,これは,輸入に際しての輸送コストが大きいなどの地理的条件によるところが大きいと考えられる。

(生産要素の賦存状況を反映した産業内貿易比率の低さ)

次に,「産業内貿易比率が低い」という点についてはどう考えるべきだろうか。日本の産業内貿易比率が低いということは,日本は産業間の貿易が他の国以上に多い,すなわち国際的にみて垂直的な分業構造を維持していることを意味している。

そこで,先進10か国間の産業内貿易指数(92年)を計算してみると,日本の産業内貿易比率は29.3,先進国平均は45.7となっており,確かに日本のレベルは国際的にみて低い水準となっている( 第1-9-13表 )。

この点を評価するためには,各国の貿易構造がどのような要因によって決まってくるかを考える必要がある。一般に,一国の産業内貿易指数は,その国の生産要素賦存比率が他国と異なっていればいるほど低くなると考えられる。なぜならば,生産要素賦存比率が他国と大きく異なる国は,相対的に豊富な生産要素を集約的に用いる財を輸出して,希少な生産要素を集約的に用いる財を輸入するという伝統的な比較優位に基づく産業間貿易の比率が大きくなるからである。この考え方に従えば,日本は土地とエネルギー資源が極めて乏しい一方で,労働と資本は豊富に存在するという特徴的な生産要素賦存比率を持っているので,異なった産業間の貿易が生じやすく,産業内貿易比率は低いものとなるのが当然だということになる。また,製品輸入比率と同様に,産業内貿易指数はその国の経済規模が大きいほど低くなる傾向があり,その意味でも,日本の産業内貿易指数が低い水準にあることは不自然ではない。

(活発な対外直接投資を反映した企業内貿易比率の高さ)

「日本企業による企業内貿易比率が高い」という点はどうか。これは,日本では同一企業内で貿易を行っている度合いが強いので,海外の企業の新規参入が難しくなっている,という議論と結び付いている。

日本の企業内貿易比率(92年度)は,製造業で輸出24.7%,輸入6.1%となっている(通商産業省「海外事業活動基本調査」)。これに対し,アメリカの企業内貿易比率(89年)は輸出16.5%,輸入13.3%である(アメリカ商務省“U.S.Direct Investment Abroad")。ただし,これらの数字は定義が異なるため,単純な比較を行うことはできない。

仮に日本の企業内貿易比率が高いとしても,それは特に80年代後半以降直接投資が活発化し,現地法人向けの資本財,中間財などが増加したことなどを反映した面もあると考えられる。

なお,日本では商社が介在する貿易の割合が大きく(93年度輸出約4割,輸入約7割),それが企業内貿易比率を高めているという指摘がある。しかし,前述のとおり企業内貿易比率を単純に比較できないこと,商社が介在しているからといって常に企業内貿易に計上されるとは限らないことに留意する必要がある。また,商社の存在によって貿易取引が円滑化しているわけであり,それ自身を問題視すべきではないだろう。

(課題となっている対内直接投資の促進)

最後に,「海外企業の対内直接投資残高が低い」という点はどうだろうか。

日本への対内直接投資が他の先進国へのそれと比較して少ないことは事実である。例えば,日本への対内直接投資残高は名目GDPの0.7%(92年度)であり,日本の先進国向け(北米,欧州向け)対外直接投資残高(同6.7%)に比べ低い水準となっている。一方,アメリカの対内直接投資残高はアメリカの名目GDPの7.0%(92年)となっている。

問題は,何が原因となってこうした結果が生じているかであろう。この原因としては,第一に経済的要因,第二に制度的要因が挙げられる。

第一の経済的要因としては,日本におけるコスト高である。すなわち,日本の土地や労働力が諸外国と比較して高価であるため,対日直接投資の初期コストは高いものとなっている。生産要素価格が高いことは,基本的には生産物価格が高いことを反映しているため,それ自体は問題とはならないが,流動性制約の大きい一部の企業にとって参入阻害要因となっている面がある。また,有力な日本企業との激しい競争が予想される場合などには,期待収益率が低くなって対日直接投資のインセンティブが減殺されることも考えられる。

第二の制度的要因としては,まず,現行の法令上や行政指導に基づく規制の存在が挙げられる。すなわち,対内直接投資が直接的に規制されている分野は,農林水産業,鉱業,石油精製業及び皮革製造業等,一部に限られ,制度的には我が国は外資参入に対して制限的であるとは言えないものの,他方で,特定の業種に係る各種の規制について,国際的に採用されている基準との相違,運用基準における透明性の欠如等の要因により,外国企業の我が国における事業活動の障害となっていることが指摘されている。

さらに,品質,納期・納入方法,価格といった商品に対する厳しい顧客ニーズに対応するための経営資源に関して比較優位がないため,日本進出を断念する企業もあったものと考えられる。

加えて,流通系列化,複雑な流通経路や取引慣行も阻害要因として指摘する声もある。

以上のような諸要因の存在は,公正取引委員会「外資系企業からみた日本市場の実態について」( 第1-9-14図 )によっても確認することができる。

なお,過去における規制,すなわち,過去において長期にわたって対内直接投資が規制されてきたため,外国企業が経営資源の点で比較優位があるうちに日本市場に参入する機会を逸してしまい,対内直接投資ストックが少なくなっているという面も否定できない。

対内直接投資の促進は,グローバル化を進める日本経済にとっての一つの課題となっているほか,国内経済にもメリットをもたらすものであり,外国企業の事業活動を妨げる規制を除去するとともに,日本への外国企業の進出と定着を促進するため,「1994年度対内投資促進行動計画」等の推進が図られているところである。