平成6年

年次経済報告

厳しい調整を越えて新たなフロンティアへ

平成6年7月26日

経済企画庁


[前節] [次節] [目次] [年度リスト]

第1章 93年度の日本経済

第7節 減少した企業収益

93年度の企業収益は減少を続けた。これに対応すべく,企業はリストラクチュアリングの努力を続けている。本節では,企業収益の状況,リストラクチュアリングの動きとそのマクロの景気との関係,企業マインドや倒産の動向などについて述べる。

(4年連続の減少となった企業収益)

93年度の企業の経常利益(法人企業統計季報に基づく暫定的な試算値,全産業)は,前年度比9.7%減となり4年連続の減益となった。94年度に入ってからも,上期は前年同期比1.8%(日本銀行「企業短期経済観測調査」全国企業,全産業,5月調査)の減益が見込まれている。売上高経常利益率(日本銀行「主要企業経営分析」)についても,製造業は90年度から,非製造業では92年度から急速に低下してきている。

次に,こうした収益の変動要因を,製造業と非製造業に分けて考えてみよう。

製造業の経常利益の変動を,売上数量,売上価格,交易条件(特定の産業の他の産業との「取引条件」で,ここでは産出物価を投入物価で除したものをいう),固定費等の要因で分解してみると( 第1-7-1図 ),次のような点を読み取ることができる。それは,①92年中は売上数量の減少が減益に最も寄与していたが,93年には売上価格の低下の寄与がより大きなものとなっていること,②92年以降,固定費の減少が増益に寄与しており,リストラチュアリングの進展の効果がうかがわれること,③円高の影響もあって交易条件の改善が続いていること(ただし,円高は売上数量の減少,売上価格の低下要因ともなっている)などである。固定費削減の内容をみると,「その他固定費」(これには後述のとおり広告費等が含まれる)の削減が最も大きく寄与しているが,これに加え,93年には減価償却費も減少し,人件費の増加幅も縮小している。

同様に非製造業の経常利益の変動を,売上高,固定費,売上高限界利益率要因(非製造業については,売上を数量と価格に分解できないので,製造業の場合と要因の分け方が異なっている。この場合の売上高限界利益率要因とは,売上が追加的に1単位増加したときに増加する利益がどの程度かを示すものであり,交易条件が改善したり原単位が低下するとこの比率が高まる)等の要因で分解してみると( 第1-7-2図 ),①92年7~9月期以降6四半期にわたって,売上の減少が減益に寄与していること(なお,6年1~3月期は増収),②交易条件の影響が現れる売上高限界利益率は高まっていること,③固定費は増加しているもののその増加率は縮小傾向にあること,などが分かる。固定費の内容をみると,純金融費用が92年中頃から増益要因となっている。これは,非製造業は借入れ依存度が高いため,金融緩和の影響を強く受けるからである。しかし,「その他固定費」の削減は93年4~6月期に至って初めて増益に寄与した。また,人件費要因,減価償却費要因は一貫して減益要因となっているが,これは,建設業やサービス業がむしろ雇用を増加させていることや,製造業ほど設備投資が落ち込んでいないため減価償却費が増加していることなどによる。

(今回の固定費圧縮の特徴)

企業収益の悪化に対応して,企業は経費の削減に努め,厳しいリストラクチュアリングの努力を行ってきた。その効果は,収益面では,主に固定費の削減となって現れるはずである。そこで,固定費の圧縮の状況を過去の例と比較してみよう。

まず,製造業については,76年度以降,固定費が削減されたか又は増加幅が大幅に鈍化したのは,78年度,82年度,86年度(うち86年度のみ削減)であった(前掲 第1-7-1図 )。いずれも景気の底あるいは底から回復に転じたばかりの時期であり,売上高が低い伸びとなるか減少するなかで行われている。また,非製造業においては,売上の伸びが低かった84年度,89年度に同様の動き(うち89年度は削減)がみられた(前掲 第1-7-2図 )。今回の固定費圧縮も,基本的には売上の低迷に対応しようとしたものであり,その意味ではこれまでと同様の企業行動だと考えることができる。

しかし,今回の固定費圧縮の動きには,過去と比較して次のような特徴がある。

第一に,過去においては製造業と非製造業の固定費圧縮の時期が重なったことはなかったが,今回は両者が同時に固定費の圧縮を進めている。これは,製造業とともに非製造業も不振だったという,今回の景気後退の特徴が反映されたものである。

第二に,製造業では固定費削減の動きが2年間続いており,しかも93年度の削減率は近年で最大のものとなっている。これは,今回の企業のリストラクチュアリング努力がいかに大きかったかを示している。

第三に,固定費の変動の内訳をみると,今回の場合は,製造業,非製造業とも「その他固定費」の削減による分が目立っている。これは,バブル期に「その他固定費」が固定費全体に占める比率が高まったため(いわば「ぜい肉」部分が膨れ上がったため),今回は削減する余地が大きかったことによるものと考えられる。

(大きくなかった「その他固定費」削減のデフレ効果)

こうして企業がリストラクチュアリングによって経費の圧縮を図ることは,個々の企業にとっては収益の増加要因となるが,それがマクロ経済に合成されると,景気に対してマイナスの効果(デフレ効果)を持つことになる。減価償却費という固定費を圧縮するために設備投資を抑制すれば,それはそのまま内需にマイナス効果を持つこととなるし,人件費という固定費を圧縮するために雇用調整を行えば,雇用者所得や消費者マインドへの影響を通じて個人消費のマイナス要因となる。

ここでは,今回特に大きな固定費圧縮要因となっている「その他固定費」について考えてみよう。「その他固定費」はいわゆる「中間経費」であり,雑多な経費からなるが,経費削減の代表例としてしばしば指摘される3K費(広告費,交通費,交際費)もこれに含まれる。これら中間経費の削減は,当該企業にとっては企業収益の改善要因となるが,削減の対象となった広告会社等の受注企業にとっては売上の減少要因となる。特に,設備投資が売上の変動に感応的であることを考えると,こうした波及効果は経費削減対象業界の設備投資を抑制する可能性がある。

そこで,こうした3K費等の「その他固定費」の削減によるデフレ効果がマクロ的にどの程度であるかを調べよう。ここでは,産業連関表の家計外消費支出(娯楽施設,飲食店,宿泊所等が中心)と一部の中間投入(小売,運輸,通信放送,教育研究,民間非営利団体,対事業所サービス,対個人サービス)の合計を「(狭義の)リストラ対象経費」と考えよう。この「リストラ対象経費」の動きと「その他固定費」の動きを比較してみると,両者は比較的似通った動きをしているので,これを「その他固定費」と対応させることができそうである( 第1-7-3図 )。ここで,92年,93年において「リストラ対象経費」が「その他固定費」と同率で減少(3.5%減)したと仮定すると,その削減額はこの2年間で約4兆円と試算される。この削減は,産業間の波及効果も含めて考えると,「リストラ対象経費」に関するサービスを供給する部門(「リストラ対象部門」)の売上を2.2%,産業計の売上を0.8%減少させたこととなる。

さらに,この「リストラ対象部門」の売上減が同部門の設備投資(全産業の設備投資額の約4割,非製造業の設備投資額の約6割を占める)に与えた影響について,同部門の設備投資の売上高に対する弾性値を1として(非製造業の設備投資の売上高に対する弾性値を簡単な回帰式で推計するとおおむね1であるので,「リストラ対象部門」の弾性値もこれで代用する)試算すると,全産業ベースの設備投資(名目)を0.9%減少させたものと考えられる。この間の全産業の設備投資の減少率は18.1%であることから,こうした削減によるデフレ効果はマクロ的にみるとそれほど大きなものとはいえない。


コラム

(リストラクチュアリングとリエンジニアリング)

リストラクチュアリングという用語については,「経済白書」では87年度版から用いられるようになっているが,主として企業における「業務内容の再検討による経営構造の再構築」のことを指し,その内容としては,①減量経営による既存分野の縮小撤退,②新たな事業展開,③国際分業を通じた新しい国際化戦略の展開,といったものが代表的である。しかし,現在のような景気後退局面では,このうち①の減量経営,特に固定費の圧縮に重点が置かれがちになり,しばしばこれと同義に用いられている。

こうしたなかで,最近では,リストラと並んでリエンジニアリングという概念がしばしば登場するようになった。リエンジニアリングという概念は,93年に出版されたマイケル・ハマー,ジェイムス・チャンピー著「リエンジニアリング革命」を契機として脚光を浴びるようになったもので,「コスト,品質,サービス,スピードのような,重大で現代的なパフォーマンス基準を劇的に改善するために,ビジネスプロセスを根本的に考え直し,抜本的にそれをデザインし直すこと」(同書)という意味とされている。

リエンジニアリングとリストラチュアリングを明確に区別することは困難であるが,景気後退が長期化するなかでこれまでの方法では活路が見いだしにくくなっため一層徹底的なリストラに乗り出そうという動きが,リエンジニアリングという概念で象徴化されているとみることもできる。


(先送りされた企業マインドの改善)

こうして企業収益の悪化が続くなかで,企業マインドの改善も先送りされることとなった。

日本銀行「短観」によって主要企業の業況判断DI(「良い」―「悪い」)の推移をみると( 第1-7-4図 ),製造業では93年5月にいったん下げ止まる動きを示したが,その後は円高の影響もあって再び悪化し,回復が先送りされる形となった。94年2月には再び下げ止まりの動きが現れたが,これに寄与した業種は電気機械だけであり(これは,輸出需要が好調な半導体,一部に販売持ち直しがみられる家電製品の動きを受けたものと考えられる),その他の業種は悪化または横ばいが続いていた。94年5月には,在庫調整の進展や多くの業種での輸出持ち直し等から,改善がみられた。

非製造業では93年中は悪化が続いていたが,94年2月には今回の景気後退局面で初めて改善を示した。業種別には,物流の低調,法人需要の減少から運輸,サービスでマイナス幅が拡大したものの,低価格マンションが好調な不動産では引き続き改善がみられた。94年5月には,さらにマイナス幅が縮小した。

中小企業の業況判断DIについても,製造業,非製造業ともに93年5月にいったん改善し,その後はしばらく悪化が続いたが,94年2月に非製造業で改善がみられた。製造業では,住宅建設関連の出荷増から窯業・土石,金属製品で改善したが,需要の低迷から一般機械,輸送用機械でマイナス幅が拡大した。また,非製造業については,主要企業の場合と同様に,不動産のマイナス幅が縮小した。94年5月には,製造業,非製造業ともに改善がみられた。

(前年並みとなった倒産件数)

企業倒産の件数(負債総額1,000万円以上,東京商工リサーチ調べ)は,91年度,92年度に大幅に増加したが,93年度はおおむね前年水準にとどまった。93年度の倒産件数は14,580件であり,円高不況時の16,886件(86年度)を大きく下回っている。

これを倒産原因別にみると,「不況型倒産」(「販売不振」,「赤字累積」,「売掛金回収難」を原因とする倒産)は10.5%増となり全体の60.1%を占めている。一方,「バブル関連倒産」(不動産業の倒産と財テク型の倒産の合計,「不況型倒産」と重複している部分があることに注意)は27.5%減となり全体の6.3%を占めるだけとなった。なお,倒産会社の負債総額は,2年連続の減少となった。これは,負債規模の大きい「バブル関連倒産」の減少を反映していると考えられる。

では,景気後退が長期化しているにもかかわらず,このように倒産件数に増加がみられないのはなぜであろうか。

この問題を考えるには,次の二点に留意する必要がある。一つは,倒産がどのような場合に生ずるかということである。倒産にはいくつかの発生事由があるが,最も多いのは手形が2回不渡りになることによって銀行取引停止処分を受ける場合である(このほか,破産,会社更生法の申請といった形態があるが,その割合は少ない)。したがって,収益が悪化したからといって直ちに倒産となるわけではなく,資金の融通が利かなくなって初めて倒産に至るというケースが多い。すなわち,倒産は主として金融的な現象であるといえよう。もう一つは,倒産件数の大部分は中小企業で占められているということである。例えば,93年度の倒産件数において資本金1億円未満の企業が占める割合は99.1%,資本金1,000万円未満の企業でも74.6%を占めている。

そこで,中小企業の資金力及び金融環境に関する指標によって倒産件数を説明する式を推計し,それによって倒産件数の変動要因分解を行ったのが 第1-7-5図 である。中小企業の資金力を示す指標としては,フロー面での資金力を示す内部留保(売上高に対する比率,中小企業),ストック面での当座の資金力を示す手元流動性(同),さらにストック面での潜在的な資金力としての担保価値を示すものとして地価(GDP比)をとり,金融環境に関する指標の代表として,金利(約定平均金利)をとっている。

その結果によれば,91年における倒産の大幅な増加は,金融引き締めの効果が現れるなかで景気が調整過程に入り,手元流動性の低下,内部留保の減少が生じたことによって説明できる。その後は,地価の下落により担保価値が下落したが,次第に金融緩和の効果が現れるとともに,手元流動性比率も高まってきたため,倒産件数の増加率は低下してきたと考えることができる。

すなわち,景気後退が長期化しているにもかかわらず,倒産件数が落ちついた推移を示しているのは,主として金融緩和のためだといえる。