平成6年

年次経済報告

厳しい調整を越えて新たなフロンティアへ

平成6年7月26日

経済企画庁


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第1章 93年度の日本経済

第8節 厳しさが増した雇用情勢

景気後退が長期化するなかで,雇用情勢は厳しさを増してきている( 第1-8-1図 )。すなわち,所定外労働時間は依然減少を続けており,有効求人倍率も91年3月をピークに低下傾向が続いている。また,雇用者数の伸びは92年から鈍化し始めており,93年に入ると製造業では減少に転じた。92年末以降,完全失業率にも高まりがみられる。ここでは,こうした雇用調整の進展状況を概観し,今回の雇用調整過程の特徴について考えてみる。

1. 労働時間から雇用者数へと進展した雇用調整

(生産調整と雇用調整の関係)

最初に,生産調整と雇用調整がどのように関係してくるかをみておこう。

労働力は生産要素の一つであるから,景気後退によって生産調整の動きが現れると,何らかの形で雇用調整が行われることになる。そこで,製造業について,生産の動きと所定内労働時間,所定外労働時間,雇用者数の動きを並べてみると( 第1-8-2図① ),これまでの一般的な傾向として,所定外労働時間は生産調整と同時に動くが,雇用者数は遅行している。所定内労働時間については生産との相関は小さく,むしろ労働基準法の改正に伴って減少傾向が続いている(88年度:週48時間→46時間,91年度:週46時間→44時間)。

なお,以上のような方法で調整されない労働力は,労働密度(単位時間当たりの労働者の稼働状況)が低下するという形で調整される。ここでは,生産の変動から,トレンド,資本ストック,稼働率,所定内労働時間,所定外労働時間,雇用者数のそれぞれの変動を除いた残差として労働密度の変動を推計した。こうして得られた労働密度は,これまでの一般的な傾向として,生産と同時的に変動している。

またこれによって,今回の雇用調整の特徴をみると,今回の場合は所定外労働時間,稼働率,労働密度とも大幅に落ち込んでいるが,これは基本的には生産の減少幅が大きかったことを反映している。ただし,雇用者数については減少に転ずるまで比較的長い時間がかかっている。これは,今回の場合は,生産の減少幅が大きかったにもかかわらず,雇用者数の削減は抑制し,その分,所定外労働時間,稼働率,労働密度による調整に多くを依存してきたことを示している。

この点は,今回同様生産の減少幅が大きかった第一次石油危機後の景気後退期(74年1月~75年3月)における雇用調整と今回の雇用調整の動きを比較することによってより明瞭となる( 第1-8-3図 )。縦軸に生産,横軸に常用雇用それぞれの前年比増減率を取ってプロットすると,74年の場合は,生産が減少し始めてから2か月で常用雇用が減少に転じているが,今回は1年半たってようやく常用雇用が減少に転じている。

同様のことは,雇用調整の方法別にみた事業所割合の推移からもみることができる。 第1-8-4図 は,製造業について雇用調整実施事業所割合を雇用調整の方法別に,過去における景気後退期と比較してみたものである。まず,何らかの雇用調整を実施している事業所の割合は,今回は第一次石油危機後ほどではないものの,第二次石油危機後や円高不況期を上回る水準に達している。これを方法別にみると,今回は「残業規制」「休日の増加等」の割合が過去と比較して相対的に高くなっている一方で,「希望退職者の募集・解雇」は相対的に低い水準にとどまっている。ただし,93年末には「配置転換」,「一時休業」の割合が高まっており,雇用調整が厳しさを増したことを物語っている(なお,94年1~3月期の雇用調整実施事業所割合は,製造業で47%(93年10~12月期は50%)に低下している)。

このように今回の場合は雇用者数の削減に至るまでのタイムラグを長くすることが可能だったのは,①今回の景気後退に先立つ長期景気拡大の過程で,ストックベースの内部留保で測った企業の体力が蓄積されていたこと,②労働時間については,所定外労働時間が,景気拡大の中でかなり高水準に達していたため,これによる調整の余地が大きかったこと,また,労働基準法の改正等を反映して所定内労働時間の短縮が進められたこと,③長期的には労働力が不足するということが強く意識されていたことなどが考えられる。

(93年に入って減少に転じた製造業の雇用者数)

こうして,今回の景気後退過程では,過去に比べれば労働時間による調整度合いが大きく,このため景気後退の度合いが大きい割には雇用者数の調整は遅く,かつ弱いものだった。しかし,景気後退が長期化するにつれて,労働時間による調整も次第に限界となり,次第に雇用者の調整が進展してきた。

この点を,常用雇用の動き(前年比)でみると( 第1-8-5図 ),製造業が93年に入って減少に転じ始め,それまで比較的高い伸びを維持してきた卸売・小売業,飲食店の伸びも鈍化してきたため,産業計(事業所規模30人以上)としてもかなり伸びが鈍化してきている。

こうしたなかで,中小企業・非製造業については,むしろ積極的に雇用を増やす動きがみられた。この点は,常用雇用の動きを,「事業所規模30人以上」と,「同5~29人」とで比較すると,30人以上規模では92年以降伸びの鈍化が続いているのに対して,5~29人規模では92年に入りむしろ伸びが高まるという対照的な動きがみられることによっても確かめられる。これには,さきの景気拡大期における人手不足のなかで雇用者を十分確保できなかった中小企業・非製造業で,将来の供給制約もにらんで雇用者を確保しようとしている面もあると考えられる。

他方,製造業の中でも,いくつかの輸出関連業種については,むしろ早めに雇用者数の削減に着手するという動きがみられた。

この点をみるために,主要な輸出関連業種である電気機械,輸送機械について,生産の変動と雇用調整の関係をみたのが前掲 第1-8-2図②③ である。これによれば,電気機械については,今回の生産調整は過去と比較しても厳しいものだったこともあって,雇用者数の減少もかなり大きなものとなっている。93年に入ると,半導体などの需要により生産も回復に向かっているが,雇用者数の削減度合いはむしろ強まっている。輸送機械については,91年にいったん生産の回復がみられた後,92年から再び生産調整が行われることとなり,93年に入って雇用者数の削減も続いている。

このように,主要な輸出関連業種についてみると,いずれも早めに雇用者数の削減に着手しており,93年に入ってから生産の動きには変動がみられるなかでも,雇用調整の姿勢を維持していることが分かる。これは,円高などに直面して輸出関連製造業の将来展望が他の製造業以上に厳しいことを反映していると考えられる。

(形態別,職種別にみた雇用調整の差)

こうした雇用調整の動きは,企業内でも一律に進められようとしているわけではなく,雇用者のタイプによって雇用調整の進展度合い,または企業の意識が異なっている。

その第一は,パートタイム労働者(以下「パート」)とパートタイム以外の労働者(以下「パート以外」)の差である。

常用雇用の動きを「パート」と「パート以外」に分けてみると,常用雇用全体の増加(前年比)に対するパートタイム労働者の寄与は,92年中は1/4~1/3程度であったが,93年度に入って急速に高まり,93年7月頃からは約半分を占めるまでになった( 第1-8-6図 )。この点を業種別に詳しくみると,卸売・小売業,飲食店では,依然として常用雇用は増加しているものの,増加しているのはパートであり,パート以外については減少している。サービス業についても,93年にはやはりパートによる増加が目立っている。一方,製造業では92年後半から最初にパートの削減が始まったが,93年後半にはパート以外の雇用削減が始まり,94年に入ってからはむしろパート以外が削減の中心となっている。

こうして,企業がパート以外を削減する一方,雇用増はパート中心としているのは,景気後退が長期化するなかで企業収益の悪化が続いていることに対応して,人件費負担を少しでも圧縮しようという意図を反映したものと考えられる。

第二は,管理職,事務職とそれ以外の職種との企業にとっての過剰感の差である。

製造業について,職種別に労働者の過不足状況をみると( 第1-8-7図 ),①管理職,事務職が92年半ば以降「過剰」超に転じ,その後も過剰感が拡大を続けていること,②他の職種と比較しても管理職,事務職の過剰感が高いこと,③大企業で特にその傾向が強いこと,などが分かる。

また,労働省「過剰雇用に対する企業の考え方と対応」によれば,上場企業において各職種とも過剰感の強いのは45歳以上であるが,特に管理・事務では過剰が45~55歳では54.7%,55歳以上では53.8%とそれぞれ過半数に達しており,これが従業員全体の過剰感を高めている。

これは,さきの景気拡大期において,管理職,事務職を中心に雇用を増加させたことに対する反動であるとともに,労働者の年齢構成がこれらの職種を中心にピラミッド型から中高年の割合が高まるという形に変化してきたため,こうした労働者の年齢構成と企業の組織構成とのミスマッチの存在など,企業に内在していた問題点が景気の低迷により表面化したという側面もあろう。

2. 需給緩和が続く労働市場

(高まりがみられた失業率)

労働市場の需給状況を有効求人倍率でみると,91年から低下傾向にあり(前掲 第1-8-1図① )94年5月には0.64倍となっている(なお,円高不況時の最低水準は86年6月0.60倍)。

失業率も,景気の低迷を反映して92年末から上昇に転じ,93年に入ってから高まりがみられるようになった(前掲 同図④ )。前掲 第1-8-2図 と失業率の動向とを比較してみると,これまでの平均的な関係としては,失業率は,生産,所定外労働時間に1四半期,労働密度に2四半期それぞれ遅行し,雇用者数に対しては2~3四半期先行する傾向がある。今回の場合も,失業率の上昇が始まったのは,所定外労働時間の減少が始まってから後,雇用者数が前年比で減少に転ずるより前であり,従来同様の関係が続いていることが分かる。

これを男女別にみると,女子の失業率が男子にやや先行する形で上昇し,94年2月には既往最高の3.2%に達した後,男子についても2.8%(94年3月)まで高まってきている。

このうち女子の失業率の動きをみていくに当たって,まず,労働力率の動きに着目してみよう。景気後退期には,就業意欲を喪失することによって労働市場から退出して非労働力化する者(いわゆるディスカレッジドワーカー)が増加して,労働力率が低下し失業率の上昇を緩和するという動きが,特に女子においてみられると指摘されている。今回についても,実際に,女子の労働力率の動きをみると,92年の50.7%から93年の50.3%へと低下がみられている。ところが,94年1~3月期には50.5%(季節調整値)と,むしろやや高まる傾向が現れてきている。これは,景気後退が長期化したために,家計所得を維持するための就労意欲が強くなってきたことを反映している可能性がある。

この点を更に詳細に検討するため,女子の労働力フロー(労働力が「非労動力」「就業」「失業」の間をどのように移動しているかをみたもの)の状況をみたのが 第1-8-8図 である。前述のような労働市場からの退出は「就業→非労動力」又は「失業→非労働力」というフローとして現れるはずである。これによると,今回の景気後退局面では,93年半ばまでは「失業→非労働力」の増加,「非労働力→失業」の減少が生じており(いずれも職探しをあきらめて非労働力にとどまる動きとなる),これが非労働力の増加をもたらして労働力率を低下させ,失業率を低める役割を果たした。しかし,93年末以降は「失業→非労働力」が横ばう一方で「非労働力→失業」が増加し始めたため,労働力率が上昇に転じるようになり,上記の失業緩和効果が弱まっていることが分かる。

さらに,94年にかけては「就業→失業」の増加により失業が増加し始めたため,上記の労働力率の上昇と相まって,女子の失業率全体が急速に押し上げられる結果となっている。

また,労働力フローデータから平均失業期間を算出してみると,男女ともに円高不況期と同程度の水準に達しており(円高不況期後男子5.67か月→94年第1四半期5.76か月,女子3.33か月→3.39か月),この点にも雇用情勢の厳しさが現れている。これは,このところ「失業→就業」または「失業→非労働力」のフローが減少ないし横ばいで推移しているためである。

さらに,最近,失業者に占める学卒未就職者の割合が高くなっている。同比率は,94年4月に男子では7.1%,女子では8.6%となっている。

(労働市場の需給緩和により鈍化した賃金の伸び)

こうして労働市場の需給が緩和するなかで,賃金の伸びは鈍化した。

93年度の春季賃上率(労働省調べ,主要企業,以下同じ)は3.89%で円高不況時の87年度(3.56%)以来の低い伸びであった。さらに,93年の夏季一時金(ボーナス),年末一時金はそれぞれ0.9%減,0.3%減となり,円高不況時(いずれも増加)より厳しいものとなった。また,94年度の春季賃上率(労働省調べ,主要企業)は3.13%で,比較可能な65年の調査以来最低の伸びとなった。

現金給与総額(事業所規模30人以上)については,92年度の1.4%増に続いて93年度は1.0%増と極めて低い伸びとなった。このうち,定期給与の伸びは92年度並みであったが,特に景気動向に感応的な賞与等を含む特別給与が1.6%減となった。

このような低い賃金の伸びの原因をみるため,製造業の現金給与総額の上昇率をマクロ変数で説明する式を推計し,要因分解を行ったのが 第1-8-9図 である。ここでは,賃金上昇率が,①有効求人倍率(労働市場の需給を代表する),②消費者物価上昇率(インフレ率),③交易条件(消費者物価上昇率と工業製品卸売物価上昇率との差であり,相対価格面からみた企業の収益環境を示す。これが改善すると,企業の賃金支払い能力は高まると考えられる。)及び④労働生産性の上昇率(企業収益に関係する要因)によって説明されている。これによると,93年において賃金の伸びが92年より更に鈍化した要因としては,インフレ率の低下と並んで,労働市場の需給緩和が大きく寄与していることが分かる。

(雇用情勢の「厳しさ」の評価)

最後に,ここまでの検討を踏まえて,近年の雇用面のパフォーマンスを評価すると,次のようなことがいえよう。

まず,今回のような生産の大幅な減少,景気後退の長期化といったマクロ的な厳しさを考えると,日本の近年の雇用情勢は相対的には必ずしも悪いものではないといえよう。すなわち,賃金上昇率は低下しているものの雇用の減少がそれほど進んでいないため,マクロでみた労働分配率(雇用者所得/GDP)はかなり高まっており(91年55.8%→93年57.2%),景気後退のしわ寄せは企業収益がより多く受けているといえる。こうした背景には,労働密度の低下にみられるような「雇用保蔵」(企業が雇用調整の代わりに労働密度の低下により生産調整を行うことで,短期的には現実の雇用者数が必要な雇用者数を上回る状態になること。これは,景気が好転するのに伴い自然に解消される面があり,また,短期的な生産の動きに対応して雇用者数を変化させることは長期的には高いコストをもたらすことから,それを避けるための企業の合理的な行動として理解することができる。)があるが,これは企業にそれを可能にするための体力とインセンティブがあるからで,それが労働者側の意向とも合致して,失業の顕在化を防いできたことをむしろ積極的に評価すべきであろう。

しかし,こうしたなかで,労働市場の一部に「厳しさ」が集中していることを忘れてはならない。これには三つのグループがある。第一のグループは,いったん失業者となった人々である。このところ平均失業期間が長期化しているということは,こうした失業者となった人々の人的資本の減耗が大きいということを意味するから,その社会的コストは極めて大きいといえる。第二のグループは,中高年を中心とした管理職,事務職である。これらの職種で過剰感が特に高まっており,特に管理職では市場内での流動性が低いこともあり,いったん離職した場合の再就職に困難が予想される。第三のグループは,失業率が既往最高となった女子である。これは,93年頃から「ディスカレッジドワーカー」として不本意ながら非労働力化していたものが顕在化したわけであって,実際には93年から既に女子にとっては厳しい雇用情勢が生じていたといえよう。