平成6年

年次経済報告

厳しい調整を越えて新たなフロンティアへ

平成6年7月26日

経済企画庁


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第1章 93年度の日本経済

第5節 高水準だった住宅投資

今回の景気後退局面では,他の民需が停滞を続けるなかで,住宅建設だけはいち早く回復の動きを示し,93年度も高水準を続けた。これがなぜだったのかを考えてみよう。

(持家,分譲を中心に高水準で推移した住宅建設)

92年を通じて堅調に増加した住宅建設は,93年度も高水準で推移した。民間住宅投資(実質)は,93年度には6.0%の増加となった。これを,新設住宅着工戸数でみると,93年8月以降はおおむね年率換算で150万戸を超える水準となっている。人口が日本の2倍であるアメリカの住宅着工戸数が,93年で約130万戸だったことを考えても,93年の日本の住宅建設がかなり高水準だったことが分かる。

着工戸数の内訳を利用関係別にみると( 第1-5-1図① ),93年の7~10月には持家の高い伸びが全体を押し上げ,11月以降は分譲住宅がこれに代わって伸びを高めるという具合に,主役が交代しながら年度を通して高水準の住宅建設が実現したことが分かる。この分譲住宅は,戸建てと共同建て(いわゆる分譲マンション)に分けられるが,93年後半からの大幅な増加をもたらしたのはマンションの増加であった。92年中は低水準で推移していたマンションの着工戸数は,93年に入って次第に伸びを高め,94年1月及び2月には前年比倍増となった。こうしたマンション販売を価格帯別にみると( 第1-5-2図 ),3千万~5千万円の低価格帯にある物件が好調である一方,88~89年に大きな割合を占めた5千万円以上の物件については,ごく最近に至りやや動意がうかがわれるが依然として鈍い動きとなっている。なお,92年度には寄与の大きかった貸家は,93年度には減少が続きマイナスの寄与となっている。

次に,住宅着工床面積の動きをみると,93年後半以降,戸数を上回る高い伸びとなっている( 第1-5-1図② )。これは,1戸当たりの平均面積の小さい貸家の建設戸数が減少し,相対的に面積の大きい持家,分譲住宅が増加したことによる(94年1~3月期の1戸当たり平均床面積は,持家136.4m 2 ,貸家53.3m 2 ,分譲88.3m 2 )。

(住宅金融公庫融資等の制度拡充)

このところ住宅投資が高水準を続けている大きな理由の一つは,住宅金融公庫融資,財形持家融資等の公的融資制度の拡充である。

住宅金融公庫等の融資については,92年から93年にかけて,貸付限度額や特別割増貸付の限度額の引上げがそれぞれ3回行われたのに加え,貸付対象となる住宅の面積上限,中間金利適用区分の所得上限・対象面積の上限の引上げ等も行われた。その結果,例えば,公庫資金を利用した住宅の平均床面積は広くなっている(92年度138.6m 2 →93年度140.0m 2 )。

また,市中金利と並んで,住宅金融公庫等の貸付金利も引き下げられてきた。例えば,公庫金利(基準金利)は93年3月に4.10%と既往最低を記録してからも,10月以降毎月最低水準の更新を続け,94年1月には3.60%にまで低下した(その後はやや上昇した)。

一方,公庫融資等の制度拡充によっては,公庫資金等が利用できる範囲が拡大しているので,住宅建設資金の借入合計に占める公庫資金等の割合は高まっているはずである。したがって,平均的な住宅購入者に適用される各種金利の平均(合成金利)は,公庫金利等の引き下げ幅以上に低下していると考えられる。

(一次取得者で高まり,二次取得者で低下した資金調達可能額)

次に,住宅投資の大きな決定要因である資金調達可能額の動きを,一次取得者,二次取得者に分けて推計してみよう(一次取得者とは初めて住宅を取得する者,二次取得者とは現に所有する住宅を売却して別の住宅を取得する者のことをいう)。この資金調達可能額には,家計の所得,純資産の他,前述の公庫融資枠の拡大,全体的な金利水準の低下の二つの政策効果などが関係してくることになる( 第1-5-3図 )。

これをみると,一次取得者の資金調達可能額は92年,93年とかなり高い伸び率となっていることが分かる。これをさらに要因分解してみると,両年とも,金利の低下と公庫融資枠の拡大が増加分のかなりの部分を説明しており,政策要因が資金調達可能額の引き上げに大きな役割を果たしたことが分かる。一方,二次取得者の資金調達可能額については,93年は減少となった。これは,金利低下等がプラスに寄与したものの,中古住宅価格の下落がマイナス要因として大きく作用したことによる。

(改善がみられた住宅所有の超過収益率)

住宅を購入するかどうかの意思決定に際してもう一つの重要なポイントは,住宅を所有する場合に得られる便益と費用の相対的な大きさ(超過収益率)である。住宅の所有に伴う便益,費用には精神的な満足感など測定の困難な要素も多いが,ここではそうした要素は短期的にはそれほど変化しないと考えよう。以下では,住宅所有に伴う経済的な便益として,①所有した住宅の値上がりにより得られると期待されるキャピタルゲインと,②借家に住み続けた場合に負担するはずの家賃分(節約される費用),費用として,③住宅ローンの利払い負担,④金融資産を住宅取得に充てなければ得られたであろう運用収益を考え,前者から後者を控除したもので超過収益率の動きが近似できると考える(なお超過収益率の絶対水準には大きな意味はない)。

以上のように定義した住宅所有の超過収益率の推移をみたのが 第1-5-4図 である。この収益率は,期待されるキャピタルゲインをどう推計するかによって結果がかなり変わってくる。ここでは,まず,一般家計はキャピタルゲインを考慮せず,金利負担と家賃の比較だけがポイントであると仮定して,東京圏でのマンション購入に当たっての収益率を試算した( 同図① )。それによれば,93年は金融緩和が継続されるなか,住宅ローン金利が低下したために金利負担が軽減される一方,家賃が上昇したため,超過収益率が改善していることが分かる。次に,住宅価格の期待上昇率が過去1年間の上昇率に等しいと仮定した上で,その住宅価格として何をとるかによって二つの場合をみよう。一つは,住宅価格として東京圏マンション価格を用いた場合である( 同図② )。この場合は,マンション価格の下落率が,92年,93年とほとんど同じであるため,キャピタルゲイン要因は収益率の変化に中立的となっており,金利負担と家賃の動きが反映されてやはり超過収益率は改善している。もう一つは,住宅価格として,東京圏建売住宅価格を用いた場合である( 同図③ )。この場合は,建売住宅価格が93年には下げ止まっているため,キャピタルゲインのマイナス要因がなくなり,超過収益率の改善はより明確なものとなっている。

(利用関係別の変動要因)

以上を踏まえて,93年における利用関係別の着工戸数の変動要因を検討してみよう。

持家については,住宅,土地価格の下落が全体としてプラスに作用しているほか,一次取得者の資金調達可能額の増加,超過収益率の改善がプラスに,二次取得者の資金調達可能額の減少がマイナスに作用していると考えられる。これらの影響を総合的に検討するため,持家の着工戸数を,一次取得者の資金調達可能額(二次取得者の資金調達可能額については,中古住宅価格(地価との連動性が高い)の部分を除けばこれとほぼ同じような動きをするので,ここでは用いないこととする),地価,工事費,婚姻件数によって説明する回帰式を推定し,要因分解を行った( 第1-5-5図 )。これによれば,92年に着工が大幅増に転じた要因としては,一次取得者の資金調達可能額の増加が最も大きく寄与しており,93年については,これと並んで地価の下落もかなりの寄与を示している。

貸家については,持家よりも公庫融資が利用できる場合が限られているが,それでも,公庫資金を利用した貸家建設は増加しており,住宅金融公庫の制度拡充がある程度の下支え効果を持っていたと考えられる。例えば,93年における農地転用賃貸住宅,ファミリー賃貸住宅の公庫融資申込み受理戸数は,前年比47.8%もの増加となっている。なお,92~93年にかけての貸家の動きについては,生産緑地法改正の影響が一時的変動要因として作用していることに注意する必要がある。すなわち,同法改正に伴う税制改正により,91年末から92年前半にかけて市街化区域内農地の宅地転用が進み,これに伴って農地における貸家の建設が急増した。しかし,その後は,法改正当初のインパクトが一巡し,供給過剰感が生じ,これが貸家の着工戸数にマイナスに作用した。

分譲住宅の増加の主因となってきた「共同建て(マンション)」については,マンション在庫の調整が進むに連れて,着工が増加してきた。東京圏,大阪圏のマンションについては,金利の低下や住宅金融公庫の制度拡充等を受けて,マンションの販売が増加し,これに伴って92年頃から月間契約率が高まり始め,在庫に相当する月末分譲中戸数は着実に減少してきた。こうして在庫調整が進展するのにやや遅れて,93年半ば頃からマンションの着工が前年比で増加に転じている。また,前述のようにマンション販売が低価格帯(主として一次取得者向け)に集中し,高価格帯(主として二次取得者向け)では不振となっていることは,主として,一次取得者の資金調達可能額が増加する一方,二次取得者のそれが減少していることによるものと考えられる。