第1節 今回の景気調整過程の概観
はじめに,今回の景気調整過程の経済の動きを簡単に振り返っておこう。
(景気調整過程の3局面)
今回の景気調整過程は大きく3つの局面に分けて考えることができる(第1-1-1表)。
第一の局面は,91年4~6月期から92年1~3月期までの,景気が減速感を強めていった時期である。
今回の景気調整過程に先立つ景気の山がいつだったかについては,各種経済統計の十分な長さのデータが揃った段階で,専門家の意見も踏まえて,正式な「景気基準日付」が決定されることになるが,本報告では,分析の便宜上,暫定的に91年4~6月期を景気の山として考えることとする。これは,①景気動向指数(ディフュージョン・インデックス,DI,)が91年6月以降,93年1月まで連続して50%割れを続けたこと,②経済成長率(実質GNPの増加率,季節調整済・前期比,以下同じ)も91年4~6月期以降,年率3%以下の低い成長に減速したこと,などによる。
この局面では,需要の各面でそれまでの拡大局面が反転して減速に向かう動きがみられた。
第一に,89年半ばから91年前半までの金融引き締めの効果が,遅れを伴って波及し,住宅投資など金利感応度の強い需要が減速し始めた。
第二に,長期景気拡大の過程で大幅にストックが積み上がっていた乗用車や他の耐久消費財がストック調整によって減少し始めた。
第三に,90年以降の株価の大幅下落による逆資産効果の影響が耐久消費財や高額商品に現れ始めた。
こうした国内最終需要の減速は,生産面では各業種にわたって「意図せざる在庫増」を発生させるとともに,雇用面では新規求人,所定外労働時間の減少がみられた。この局面では,経済が減速はしていたものの,企業収益や雇用でみた経済活動水準は比較的高かった。このため,適正成長経路へのソフトランディングの過程であるとの見方もあった。この局面における政策面の動きをみると,91年7月以降,公定歩合が3回(7,11,12月)引下げられ,金融政策が緩和に転じるとともに,景気に配慮した92年度の予算編成,「緊急経済対策」の策定(92年3月)が行われた。
第二の局面は,戦後初めて(55年以降),経済成長率が3期連続してマイナスとなった92年4~6月期から92年10~12月期までの,景気の停滞が次第に明瞭に認識されていった時期である。
この時期,景気の停滞感が強まっていった要因としては,まず,製造業を中心に設備投資のストック調整が本格化したことがある。企業の景況感が次第に悪化し,企業は投資計画の下方修正を繰り返していった。
また,資産価格,特に,株価が92年初から92年央にかけて下落基調を強めたことが家計部門や企業部門のマインドを萎縮化させ,それがストック調整等の循環的要因を増幅させ,最終需要の低迷を強めた。さらに,金融業の不良資産が増加したことが金融システム安定性への懸念を引き起こした面もあった。
最終需要が低迷する中で,在庫調整は必ずしも順調には進展せず,生産の停滞が長期化した。また,企業収益減少の影響がボーナス,雇用者の伸びに波及していく中で,雇用者所得の伸びは急速に低下し,これに歩調を合わせて,個人消費の伸びも低下した。
こうした中で,①通常,景気の下支えとなる非製造業部門がバブル崩壊の直接的影響,個人消費の低い伸び等により不振であったこと,②物価が安定化し,名目成長率が戦後最低となったことなど,過去の後退期にはみられない特徴的な動きがみられた。
このような厳しい調整過程の下,景気浮揚への積極的な政策努力が図られた。公定歩合は更に二度引下げられ(92年4月,7月),金融緩和が浸透するとともに,8月には公共投資等の拡大,金融システムの安定性の確保のための施策等を内容とする「総合経済対策」が策定された。
第三の局面は,93年1~3月以降の景気に回復の兆しが見え始めてきた時期である。
個人消費と設備投資の二大需要項目を中心になお経済は低迷しているものの,93年1~3月期には回復の兆しを示す動きがいくつか現れてきている。公共投資,住宅建設の堅調な増加,耐久消費財のストック調整の進展,輸出の増加などの需要面の動きが生産,出荷に反映されるとともに,金融面でも将来の景気回復を先取りする動きがでてきており,3~4月にかけて株価が大幅に上昇し,長期金利もやや上昇した。このような動きの中には,期末を控えての一時的な要因もあろうが,在庫調整がほぼ終了しつつあり,今後,設備のストック調整の終了に目処がついていくなかで,2月の公定歩合引下げを含むこれまでの金融緩和の累積的な効果及び4月に策定された総合的な経済対策の効果も期待できることから,93年後半からは回復への動きを示すものと考えられる。ただし,当面の回復は,従来の回復局面と比べて緩やかなものとなる可能性があると考えられる。