平成4年

年次経済報告

調整をこえて新たな展開をめざす日本経済

平成4年7月28日

経済企画庁


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第3章 日本の市場経済の構造と課題

第7節 市場経済の構造・機能のマクロ的評価と課題

これまで,企業とそれを取り巻く市場,政府の役割をみてきたが,本節では日本の市場経済の特色のマクロ的意味付けを考えることとする。

1. 日本の市場経済システムを議論する際の象徴的指標の評価

日本の市場経済システムを論じる時にしばしば取り上げられる指標一つ一つにつき,通俗的な理解で果たして良いのであろうか,その経済的意味付けを検証してみたい。

(産業内貿易指数)

産業の水平分業度を表す産業内貿易指数を国際比較すると,日本は他の先進国と比較して低く( 第3-7-1表 ),この指標を基にして日本の市場が閉鎖的であるという議論がある。産業内貿易が行われる理由はいろいろあるが,一般的なのは規模の経済と消費者の製品への多様化志向を強調する考え方である。各産業は多数の製品差別化された財を生産する能力があるが,規模の経済が働く時は,各国の生産する製品差別化財の種類には限度がある。しかし,消費者はより多様な財の消費を好むため,結果的には産業内貿易が行われるのである。例えば,日本・アメリカ・ヨーロッパの間で相互に各種のタイプの乗用車を輸出・輸入しているのも同様と考えられる。

しかし,このような貿易の場合も比較優位が影響を与える。要素賦存比率が貿易相手国とかなり異なるときには,両国の製品差別化財の生産量も大きな格差が生じ,結果として,産業内貿易指数を低下させる効果がある。また,両国の要素賦存比率が同じであったとしても,自国の経済規模が大きくなれば,規模の経済が働く製品差別化財の生産に有利になるため,やはり産業内貿易指数を低める方向に働くと考えられる。

各国の生産要素賦存比率,経済規模を比較すると( 第3-7-1表 ),産業内貿易指数が高く,域内貿易が盛んなヨーロッパ諸国がお互いにかなり似通った生産要素賦存比率,経済規模を持っているのに対し,日本とヨーロッパ,アメリカとは,生産要素賦存比率,経済規模は格差が大きくなっている。特に,日本の場合,土地とエネルギー資源がともに極めて乏しく,労働と資本は比較的豊富であるという先進国の中では特異な生産要素賦存比率を持っている。

したがって,日本の産業内貿易指数が国際的に低いのは,日本の生産要素賦存比率が主要貿易相手国と大きく異なっていること等も影響していると考えられ,市場の閉鎖性にその理由を求めるのはかなり偏った考え方といえよう。ただし,今後とも製品輸入を促進し,貿易の拡大均衡を図っていくことが日本にとって重要なのはいうまでもない。

(労働分配率)

労働分配率に関しては日本の市場経済システムの見直しの一環として,労働者へ成果の配分を高め,労働分配率を上げるべきだという議論がある。ここでは,まず,労働分配率を国際比較して日本の労働分配率を評価するとともに,労働分配率の経済的な意味を考えることにより上記の議論に答えてみよう。

まず,労働分配率の定義は,労働の対価としての所得が国民所得全体に占める割合であり,通常,国民所得に占める雇用者所得の割合(雇用者所得・国民所得比)が用いられる。しかし,国民所得には雇用者以外の就業者である自営業主,家族従業者の所得が含まれるため,雇用者所得・国民所得比でみた労働分配率の動きについては,雇用者比率(雇用者数/就業者数)の影響を受け,また,主要先進国間で国際比較を行う場合,自営業主・家族従業者の割合の高い日本では下方バイアスがあるとみられる。

労働分配率の国際比較を厳密に行うことは,各国の自営業主・家族従業者の帰属労働所得を正確に把握することができないという統計上の問題があること等から難しい。しかしながら,自営業主・家族従業者数は国によっては把握できるので,ここでは家族従業者の所得水準は各国とも雇用者の半分以下であるとの仮定を置き,自営業主の帰属所得水準(雇用者所得比)に応じて2つのケースに分けて試算した労働分配率(以下,調整労働分配率と呼ぶ)を,日本,アメリカ,ドイツについて比較することにする( 第3-7-2図 )。なお,家族従業者の所得水準が各国ともより高いと仮定した場合には,日本では家族従業者の割合が高いことから,日本の調整労働分配率はここでの試算値より相対的に高く出るものと考えられる。

第一のケースは,各国とも自営業主の所得は雇用者所得に等しいと仮定する( 同図① )。日本の調整労働分配率のバンドの幅は家族従業者の割合の高さを反映して広く,また,70年代初めを除いてほぼ他の国のバンドよりも高いレベルになっている。つまり,このような仮定を置く限り,日本の調整労働分配率は,アメリカ,ドイツより高いといえる。

第二のケースは,各国とも自営業主の所得は雇用者所得の半分であると仮定する。この場合,70年代後半以降,日本の調整労働分配率のバンドに各国のバンドが収まる形になっており,あまり大差はないと考えられる( 同図② )。

これらいずれのケースにおいても,各国一律の仮定(自営業主の所得と雇用者所得の比)を用いていること,日本の場合,自営業主・家族従業者の割合が高いため調整労働分配率のブレは大きいこと等,確たる結論を出すのは難しいものの,日本の調整労働分配率がアメリカ,ドイツに比較して必ずしも低いとはいえない。

さて,一般に,労働分配率の適正な水準はどの程度といえるのであろうか。理論的には,企業の利潤と消費者の効用の最大化を達成するような労働分配率は,一国の技術(生産関数の形状)や市場メカニズムを通じて決まる資本・労働比率に依存し,例えば,他の条件が同じとすれば資本集約的な技術の経済では労働分配率は低くなる可能性が大きい。したがって,実際の各国の労働分配率の水準の高さは,基本的には各国の生産技術,資本・労働の賦存状況等各国に固有の経済的諸条件の違いを反映していると考えるべきである。労働分配率を引き上げるべきかどうかを議論する際には,現実の労働分配率が企業の利潤や労働者及び消費者の効用を最大化させる「望ましい」レベルからかい離しているのかどうか,賃金を引き上げたとしても労働から資本への代替が予想されるためそもそも労働分配率を引き上げることが可能かどうか等,更に総合的な検討が必要であろう。

(内外価格差)

内外価格差の問題も日本の市場経済システムの問題として各方面で取り上げられた。内外価格差をマクロで評価すると内外価格差は購買力平価と為替レートのかい離としてとらえることができよう。購買力平価の試算に当たっては,為替レートが需給関係等の変化によって大きく変動すること,現実には比較の対象となる国の間には生活習慣,料金体系,サービス内容,税制等の相違があり,正確な推計には種々の困難を伴うことには留意する必要があるが,例えば,OECDのGDPベースでの対米ドル購買力平価は,90年1ドル=189円,90年の対米ドル為替レートは1ドル=145円であったが,仮にGDPを構成する商品バスケットが日米同じとすると,これは日本で買えば189円する商品の組み合わせがアメリカでは145円で買えることを意味する。したがって,購買力平価と為替レートのかい離が内外価格差となる。最近の為替レートは中長期的にも購買力平価からかい離しており,内外価格差が発生することはある意味で自然な現象といえる。主要国について,アメリカに対する内外価格差(対米ドル購買力平価/対米ドル為替レート)の推移をみると( 第3-7-3図 ),日本では60年代,77~78年,86年以降の円高時に内外価格差が顕著である。しかしながら,70年代全体ではむしろ西ドイツの方が内外価格差は顕著になっている。

次に,内外価格差がなぜ存在するかについて考えてみよう。まず,国内市場と海外市場で物理的に取引が不可能な非貿易財については,内外価格差が発生しやすい。非貿易財には非製造業の分野ばかりでなく,土地や一部の生鮮食料品も入ると考えられる。

また,貿易財でも,財の裁定取引(商品を安い市場で購入し高い市場で売却して利ざやをとる行為)を妨げる要因がある場合は,内外価格差が発生する。例えば,総代理店制度等が並行輸入を妨げる場合がこれに当たる。このような制度的な問題がない場合でも,現実には裁定は完全でなく,価格差別が行われる余地があるであろう。特に,為替レート等が変化する時は,輸出企業によるpricing to market(為替レートの変化幅ほど現地通貨建の輸出価格を変化させないという価格戦略)という意味で価格差別が行われる場合があり,国内価格と輸出価格に格差が生じる。

そこで,OECDの購買力平価を使って,対米ドルの各財別購買力平価の推移(80年,85年,90年)をみると( 第3-7-4表 ),自動車等,輸送機械,電気製品等の典型的な貿易財の購買力平価は現実の為替レートとかなり近い水準となっており,ほぼ購買力平価説が成り立っている。一方,光熱費,住宅,建築,家賃,通信といった非貿易財や食料品,衣服の購買力平価はいずれの時点も現実の為替レートからかなりかい離しているか,または,為替レートの動きとの相関が低くなっており,これらがおおむね割高であるため,全体としての円の購買力平価は現在の為替レートよりも割安になっている(90年)。

また,貿易財でほぼ購買力平価説が成立している場合,日本とアメリカの貿易財の生産性の伸びが異なるとそれが為替レートを変化させる方向に働き,非貿易財における内外価格差を更に増幅させる面もある。貿易財の非貿易財に対する相対的な労働生産性の伸び(77年~89年)をみると,日本の39.0%に対し,アメリカは29.9%であり格差がみられる。このため,生産性格差の変化に応じた為替レートの長期的な変化(円高)が日本の非貿易財を更に割高にしている面もあると考えられる。

(労働生産性)

一人当たりGDPのレベルを国際比較して,国全体の労働生産性の高低を議論する際には2つの点で注意する必要がある。まず,この指標は必ずしも労働の「質」を表したものではないことである。なぜなら,他の生産要素である資本のレベルや生産技術により労働生産性のレベルは決定的な影響を受けるためである。

第二は,生産性レベルの国際比較を行う時にはなんらかの為替レートで変換して考える必要があることである。厳密な意味で言えば,業種毎の生産性を比較するには,業種毎の製品の平均的な購買力平価で計算するべきであろうが,データの制約上難しい。しかしながら,経済全体の生産性であれば上記でみたOECDのGDPベースの購買力平価,製造業ではほぼ購買力平価説が成り立っているとして現実の為替レートで評価するのがおおむね妥当と考えられる。このようにして,欧米諸国と経済全体及び製造業の生産性を比較すると( 第3-7-5表 ),現実の為替レートで評価した製造業の生産性では就業者ベースでは日本が欧米諸国よりも高いものの,時間当たりではドイツ,フランスをやや下回っている。また,購買力平価で評価した経済全体の生産性は製造業以外の産業の生産性が総じて相対的に低いことから,就業者ベースでも時間当たりでも日本は欧米諸国よりも低くなっている。

2. 日本の市場経済システムのマクロ的評価と課題

(日本の市場経済システムと高成長との関係)

日本の市場経済の特色のほとんどが戦後築きあげてきたものであり,また,戦後の高度成長,そして,安定成長期以降も概ね欧米諸国よりも高い成長をしてきたことを考えると両者には深い関係があることは容易に想像できる。まず,第一は,終身雇用・年功賃金制度とそれに基づく企業のイノベーションである。第3節で指摘したように,日本の場合,賃金の累進カーブの傾きが他の諸国よりも急であり,若年時には賃金が生産性を下回り,高年時には賃金が生産性を上回る,または,生計費に応じて企業内で所得の再分配が行われていると仮定すれば,企業やマクロの経済の高度成長は更に累進カーブの傾きを急にでき,労働者のインセンティブを高め,終身雇用・年功賃金制度がより効果的に働くことを可能にしていたと考えられる。また,このような状況で,第5節でみたように企業の研究開発に必要な企業固有の人的資本の形成もスムーズに行われ,企業の研究開発に寄与したと考えられる。

第二は,第2節でみた金融システムである。高度成長期の間接金融・相対型優位,オーバー・ボローイング,人為的低金利政策等が企業の旺盛な設備投資行動を支え,高度成長に寄与した。これは,金融・資本市場が十分発達していない場合,または,発達していても成長過程にある企業の場合に,特に,メインバンクを中心とした間接金融・相対型取引が企業の旺盛な資金需要に応えることができたと考えられる。

第三は,日本の企業行動の特徴としてしばしば指摘される「シェア至上主義」と経済成長の関係である。このような企業行動が問題視されるのは,これが「略奪的価格戦略」(当初,不当に低い価格付けを行いライバル企業を市場から退出させた後,独占的価格付けを行う行為)と誤解されているにほかならない。しかし,企業の経営目標として一義的にシェア重視があると考えるよりもあくまで企業の目的はダイナミックな利潤最大化と考えるべきである。むしろ,結果として「シェア重視」になるのは,企業が将来にわたって市場のパイ(規模)が増えるようなダイナミックな市場競争を想定しているためと考えられる。

将来の市場の成長度(期待成長率)が大きく,企業の割引率(資本コスト)が低いほど,将来の収益の価値は高くなるため,企業は現在の利益はある程度犠牲にしても将来の利益まで含めて最大化しようとし,各企業が自らの成長を高めようとするため,結果としてみればシェア争いを行うという姿となるのである。特に,日本の場合,国際的にも比較的高い成長率と低い資本コスト(対アメリカ,第2節)がこのような日本企業の行動に影響を与えたと考えられる。また,日本企業の場合,かつては国内市場のみならず,輸出を通じて海外市場へも急速に進出していったため,その分将来の市場規模の拡大への期待は更に強かったと考えられる。

このような企業行動を直接検証するのは難しいが,ここでは各産業毎に実物資産収益率と予想成長率(1,2期先の実績値の平均)との相関をみると( 第3-7-6表 ),製造業全体ではそれほど強くはないものの負の相関がみられる。収益率は様々な経済要因の影響を受けるため,この結果を解釈することは十分注意を要するものの,現在の収益率が低い(高い)のは,将来の高い(低い)成長を見込んでいることと関係があることを示唆する面もあろう。産業別では,輸送機械,化学,金属製品において相関が比較的高くなっている。

なお,以上は政府規制のない産業の場合だが,政府規制の強い産業,参入規制の強い産業ほど超過利潤をより多く獲得するためのレント・シーキング(「仕切られた競争」)がおこり,シェア争いが強まるであろう。

(日本の市場経済システムの課題と今後のあり方)

日本の市場経済システムは,経済的合理性を持ち,機能してきたが,これまで指摘してきた変化がどのような影響を及ぼすのか,また,全体としてどのような市場経済システムに移行していくかどうかについて,いくつかの視点から考えてみよう。

第一の視点は,労働時間の観点である。日本の市場経済システムのメリットの一つとして,各節でさまざまな経済取引の中で,相対的・継続的取引が取引参加者の協調的行動を生み出し,効率性を生んできたが,取引参加者同士が情報の交換等を必要以上に行う場合には,結果として,労働時間が長くなるというコミュニケーション・コストが生ずる可能性を指摘してきた。こうした中で,労働時間に対する意識が変わる兆しがでている。まず,労働者については,所得増よりも労働時間短縮を選好するという動きがでている。これは,労働者の余暇志向が高まっていることを示すとも考えられる。また,企業の方も労働時間短縮に則したシステムへの移行を模索し出している。

第二は,経済成長の観点である。労働時間短縮を進めていく際には,生産性向上のために省力化投資を今後とも引き続き行っていくとともに,女子や高齢者層がより働きやすい環境条件を整備していくことで結果として労働力率が上昇するような政策が重要となっているのは言うまでもない。しかしながら,日本の市場経済システムも含めて見直しを行っていくのであれば,80年代後半と比較してやや低い成長となる可能性も考えられる。また,今後,輸出か直接投資かの区別なく外生的に海外の市場が急拡大していくことは考えにくい。このような意味でも,将来の高い市場成長を前提とした市場経済システムは見直されるべきかもしれない。

しかしながら,80年代後半に比しやや低い成長になったとしても,豊かな生活を享受できなくなるとは考えにくい。むしろ,日本ではこれまで生産者優位の経済であり消費者中心の経済でなかったといわれるのは,これまでは消費者の所得のパイがダイナミックに増加していたため,その時々の消費者利益に消費者は敏感になる必要がなかったためと考えられる。しかし,今後,成長率がやや低下したとしても,より一層消費者利益が意識されることになり,消費者重視の経済へ移行する求心力が生まれるのではないかと考えられる。

第三の視点は,相対型・継続的取引に象徴される日本の市場経済システムのもう1つの影の部分である不透明性の問題である。このような取引は,当事者間では効率的であっても,国内,海外を問わず外部者にとっては不透明であったり,不公平であったりする可能性がある。このような取引形態の中でもこれまで指摘したように競争のメカニズムが内在しているのだが,不透明性のために新規参入の機会が奪われていたとすれば,改めていく必要がある。日本の市場経済システムに内在する柔軟性を保ちつつ,システムを明示的(ルールの明確化),開放的(新規参入の促進)にしていくことは,日本が世界経済と調和し,共生・共栄していくためにも重要であり,結果的には日本の消費者,生活者に利益を与えることになろう。

第四の視点は,市場経済システムと社会との調和の問題である。市場経済システムの構成員である企業や消費者は社会の一員でもあるとの認識に立つと,市場経済システムが経済のみならず文化,福祉,環境といった面での豊かさを享受できるような仕組みでなくてはならない。この意味で,教育,学術,芸術文化,福祉といった分野で,一種の公共性を持ち,商業ベースに乗りにくいものの,政府が直接供給するのは限界があるようなサービスについては企業が公益活動(フィランソロピー)を通じて社会に提供していくことが重要である。このような社会貢献活動は欧米に比し未だ低い水準にあることを考えると今後積極的に推進されるべきであろう。また,環境問題も市場経済システム自身に内在するメカニズムのみでは解決しにくいという点で,市場経済システムも環境と調和し持続可能なものである必要がある。具体的には,大量生産,大量消費,大量破棄を基調としたこれまでの産業活動,消費活動,ライフスタイルを見直し,省資源・省エネルギー型の市場経済システムへの調整を図っていくべきである。さらに,国土・環境保全,資源の安定的供給についても,市場経済と社会との調和の観点から重要である。

最後に,今後,日本,アメリカ,ヨーロッパの市場経済システムが収れんしていくかどうかを考えよう。旧ソ連,東欧の旧社会主義国,それに先んじてアジア,中南米等の発展途上国が市場経済に移行していくという世界的潮流の中で,市場経済による経済発展の長い経験を持つ日本,アメリカ,ヨーロッパは,世界経済を安定的に発展させていく上で中核的な役割を担っている。このため,日本,アメリカ,ヨーロッパはマクロ経済政策や構造政策に関する政策協調や協議を通じて,各国の事情に応じインフレなき持続的成長,ひいては調和ある対外関係の構築に努めてきた。また,自由貿易維持・強化のためウルグアイ・ラウンドを推進してきた。しかしながら,東西対立から東西協調への移行を背景に,日本,アメリカ,ヨーロッパの間の利害の対立もまた見られるようになってきた。そして,その根拠として,日本,アメリカ,ヨーロッパの市場経済にそれぞれの特徴があり,相違点が目立ってきたことが挙げられる。

しかし,本章を通して見てきたように,このような相違点や利害の対立のみを強調することは事実を誇張するものであり,世界経済の安定的発展という目的にも逆行する。日本,アメリカ,ヨーロッパの市場経済は長い歴史的な発展過程の中で,それぞれのやり方で市場経済にまつわる様々な問題を解決してきているが,いずれも完全なものではなく,メリットとその裏側としてのデメリットが存在する。このため,日本,アメリカ,ヨーロッパとも,各々のシステムの持つメリットを認め合い,取り入れていくものは取り入れていくという意味での「相互乗り入れ」が行われてきていることは上に見てきた通りである。日本,アメリカ,ヨーロッパの市場経済システムいずれかが他に取り込まれたり,それぞれの根幹が大きく揺らぎ,崩壊するようなことは歴史的背景等から考え難い。むしろ,それぞれの基本的特徴は維持しつつ,その中で構造調整を行って歩み寄っていくという姿があり得るし,また,それが望ましい方向であろう。

このように,日本,アメリカ,ヨーロッパの市場経済が円滑に発展していくことが,今後,旧社会主義国や発展途上国が長期的に市場経済に移行していくための必須の前提条件となる。そして,日本,アメリカ,ヨーロッパは,これら諸国が市場経済に基づいた経済発展を行えるよう,積極的な役割を果たすことが必要である。すなわち,これら諸国は市場経済の基礎となる制度づくり,人づくり,更に経済社会的インフラストラクチャーの整備を長期にわたって必要としている。さらに,このような長期的かつグローバルな市場経済活動の高まりの中で,地球環境と共存していけるための条件整備が必要である。このため,日本,アメリカ,ヨーロッパは今後とも経済協力を拡充していくことが不可欠である。