昭和58年

年次経済報告

持続的成長への足固め

昭和58年8月19日

経済企画庁


[目次] [年次リスト]

10. 物  価

(1) 安定的に推移した卸売物価

57年度の総合卸売物価(以下,単に卸売物価と呼ぶときは総合卸売物価をさす)は,第2次石油危機の影響が一巡した前年度の上昇率1.3%を更に下回る1.0%の上昇率となった。年度間上昇率(58年3月の前年同月比騰落率)でも1.4%の下落となり,安定した推移を示した。

57年度における卸売物価の動きを四半期別にみると( 第10-1表 )56年10~12月期に0.3%の下落となったあと,57年1~3月期には0.4%の上昇となり落着いた動きとなった。これは,輸出物価,輸入物価が円安からかなりの上昇となったものの,国内卸売物価が0.1%の下落となったためである。国内卸売物価を類別にみると,繊維製品,製材・木製品等が上昇したものの,雑製品,非鉄金属等が下落した。

4~6月期に入ると,国内卸売物価は石油・石炭製品等が上昇したものの,化学製品,製材・木製品等は下落したため0.1%の下落となった。一方,輸出物価,輸入物価は円安からかなりの上昇となったが,総合卸売物価は0.3%の上昇と安定した動きを示した。

7~9月期に入ると,国内卸売物価は工業製品が,化学製品やパルプ・紙・同製品等の下落があったものの,石油・石炭製品,鉄鋼等が上昇したため0.2%の上昇となった。また,夏季電力料金の適用により電力・都市ガス・水道が大幅な上昇となったため,全体として0.3%の上昇となった。一方,輸出物価,輸入物価は円安によりかなりの上昇となった。この結果,総合卸売物価では1.0%の上昇となった。

10~12月期では,総合卸売物価が0.1%の下落と一層落着いた動きとなった。これは,国内卸売物価では,石油・石炭製品,鉄鋼,非鉄金属等が上昇したため工業製品が0.3%の上昇となったものの,電力が夏季割高料金の適用期間の終了により大幅な下落となり,全体としては保合いとなったためである。一方,為替相場は年初から円安で推移して来たものが11月,12月とも円高となったため,10~12月期では前期比0.5%の円安にとどまった。このため輸入物価は微騰にとどまったほか,輸出物価は契約価格の低下もあって下落した。

第10-1表 最近の卸売物価の動き

58年に入ると卸売物価は一層落着いた動きを示した。1~3月期は,輸出物価,輸入物価が原油の値下がりや円高により大幅な下落となったことに加え,国内卸売物価も下落となったため,総合卸売物価は1.9%の下落となった。国内卸売物価を類別にみると,スクラップ類,農林水産物等が上昇したものの,鉄鋼,繊維製品,化学製品等が下落した。

4~6月期に入っても総合卸売物価は1.0%の下落となり,落着いた動きを続けている。これは,輸出物価が保合い,輸入物価が原油の大幅値下がりから下落したことに加え,国内卸売物価も0.7%の下落となったためである。国内卸売物価を類別にみると,加工食品,非鉄金属等が上昇したものの,石油・石炭製品,化学製品等が下落した。3月の原油大幅値下げの影響は,4月以降ガソリン,ナフサなどの石油製品,テレフタル酸,ベンゼン等の化学製品の値下げに波及した。

(2) 卸売物価安定の要因とその特徴

以上のように57年度の卸売物価は,56年度に引き続き安定した推移を示した。このように安定した卸売物価の要因と特徴を輸出入物価,国内需給,賃金コストの各要因別に分けてみよう。

(為替円安により上昇した輸出入物価)

57年度中の卸売物価上昇率の変動要因をみると( 第10-2図 ),上昇率の大半が輸入物価の上昇に負うところが大きいことがわかる。輸入物価の騰落要因を契約通貨建価格上昇率と為替レート要因に分けてみてみると,契約通貨建価格は57年中はいずれの四半期でも下落しているが,為替要因は円安によって輸入物価を引上げている。

57年度の輸出,輸入物価が大幅な円安(年度平均円安率9.7%)にもかかわらず,それぞれ0.8%,5.5%の上昇にとどまったのは,契約通貨建価格では世界景気の停滞を映じて,輸出物価,輸入物価とも大幅な下落となったためである。なお,58年に入ると為替相場は1~3月は円高,4~6月は小幅な円安となっており,原油の大幅な値下げと相まって輸出,輸入物価を下落させた要因となっている。

第10-2図 卸売物価の変動要因

(需給は緩和基調続く)

卸売物価安定の最も大きな要因として需給の緩和傾向を上げることが出来る。 第10-2図 により需給要因の推移をみると,55年の半ば以降総じて卸売物価の引き下げ要因となっている。57年中は年の前半が押し下げ要因が大きく働いているが,後半は次第に小さく作用している。これは,前半にみられた実需不振による景気回復の遅れが年後半やや上向きに推移したことによる。

また,卸売物価を国内卸売物価,輸出,輸入物価別に寄与度をみると,国内卸売物価は57年7~9月期を除いてずれの期も寄与度はマイナスとなっている。輸出・輸入物価の寄与度は年度前半がプラス要因,後半はマイナス要因となっている。

また,国内卸売物価を需要段階別にみると57年中は素原材料,中間財,最終財とも極めて安定的に推移した。58年に入ると原油値下がりの影響を受けて,中間材でも,燃料・動力,製品原材料,建設用材料等で下落が目立った。

さらに卸売物価安定の要因として,賃金コストの安定があげられる。賃金コストは57年度中上昇要因となっているが( 第10-2図 ),その影響は軽徴なものにとどまっている。

(低迷に推移した商品市況)

57年度中の商品市況は,卸売物価と同様に円安の影響から海外品が上昇したものの,国内品が総じて軟調に推移したため,全体としては低迷に推移した。しかし,58年4~6月には,海外品,国内品ともに上昇に転じている( 第10-3図 )。

また,国際商品市況は57年中世界景気の停滞,アメリカの高金利を反映して低迷していたが,58年3月末以降騰勢を強めている(SDR換算ロイター指数, 第10-3図 )。

商品市況を品目別にみると,海外相場の上昇を反映して亜鉛地金,すず地金,大豆等が上昇したものの,鋼材,化学,繊維等は実需不振を反映して下落した。

また,ガソリン,白灯油,C重油は,年度前半は上昇したものの,後半には下落した。

第10-3図 市況性商品市況の推移と騰落要因及びロイター指数の推移

(3) 落ち着いた推移を示した消費者物価

(昭和34年度以来の低い伸び)

57年度の消費者物価指数(全国,55年=100)は108.2前年度比上昇率は2.4%増となり,34年度の1.8%増以来最も低いものとなった。

品目の性格によって区分した特殊分類別の前年度比上昇率をみると( 第10-4表 ),商品が1.7%,サービスが3.6%の上昇となっており,いずれも落ち着いた動きとなっている。より細かい費目別にみても,商品では農水畜産物,工業製品,電気・都市ガス・水道,出版物のいずれも前年の上昇率を下回る低い伸びにとどまっており,サービスにおいても民営家賃間代,公共サービス料金,個人サービス料金,外食のすべての項目で前年を下回る伸びにとどまっている。

第10-4表 全国特殊分類別消費者物価指数の推移(前期比騰落率)

次に57年度の推移を四半期別前年同期比でみると,57年4~6月期に2.5%増と54年1~3月以来の2%台に低下したあと,7~9月期は,台風の影響で生鮮食品が高騰したため2.7%増と,年度を通しては一番高い上昇となった。しかし次の10~12月期は2.3%増,さらに58年1~3月期は2.1%増となり,落ち着いた動きを示した。なお,生鮮食品を除く総合でみると,57年4~6月期3.1%増,7~9月期2.8%増,10~12月期2.5%増,58年1~3月期2.3%増となっており,期を追って鎮静化が進んだのである。

(消費者物価鎮静化の背景)

以上のように,57年度を通して消費的物価は落ち着いた推移を示したが,その背景は次のとおりである。まず第1に,生鮮食品(特に生鮮野菜,生鮮果物)が天候に恵まれたことや,乳卵類(特に鶏卵)の生産量が増加したことから大幅に下落したことがあげられる。

第2に,国内需給が緩和していたこともあって,円安の影響は卸売物価のうち輸出入物価指数の上昇を招いたにとどまり,消費者物価への転嫁は軽微にとどまったことがあげられる。

第3に,賃金上昇率が緩やかな伸びにとどまったことがあげられる。この結果,労働集約的な業種の多いサービス業,なかでも消費者物価全体のうち23.8%のウエイトを占める民間サービス料金(民営家賃間代,個人サービス料金,外食)の上昇が緩やかなものにとどまったのである。

第4に,公共料金については国鉄運賃,水道料,バス代,タクシー代などの料金改訂が行なわれた程度におわり,値上げ幅が小幅にとどまったことがあげられる。

(4) 価格弾性値からみた消費支出

(サービス支出の増加と価格の動き)

本報告でも触れたとおり,消費構造はサービスの比重が高まる傾向にあるが,価格面からみて財とサービスにどのような差異があるかを観察し,さらにそうした動きの差が消費にどう影響しているかをみてみる。

消費支出の費目を財,サービスに分け,さらにそれぞれを必需的なもの,選択的なものに分けて4つに分割する。50年から57年における上記4分割の価格の動きをみると,必需,選択ともサービス価格の増勢が財価格の増勢を上回っている。とくに,文通通信,教育などの価格が高い伸びを示したことから,必需的サービスの価格の上昇が50年から57年間に88.5%と極めて高いものになっている。

これに対し,同じ50年から57年における消費支出の伸びを所得階層別にみると,いずれの階層でもサービス支出の伸びが高くなっている。サービス支出の伸びは選択的支出での伸びが目立つが,価格上昇が著しかった必需的サービスでも第V分位を除き実質増となっている。

これを詳しくみると( 第10-5表 ),必需的サービスでは低所得者層において授業料,月謝類等を含む教育が高い価格上昇にもかかわらず,最も高い上昇をしたほか,交通費などの交通通信,家賃地代等の住居の項目で高い伸びとなっている。一方,高所得者層では教育,文通通信で,比較的高い伸びを示しているが,住居では横ばいとなっている。選択的サービスでは,いずれの階層においても自動車関連サービスの交通通信や,工事その他サービスの住居,宿泊料の教養娯楽で高い伸びを示した。

(サービスの相対価格は減少要因)

次に,消費支出の変化を所得,相対価格,トレンドの3つの要因からみてみる( 第10-6図 )。

(注)

まず,所得要因をみると年毎の変化が大きいが,このことが財,サービスいずれにおいても選択的支出の変動を大きく,景気に感応的にさせている。次に相対価格要因をみると( 第10-6図付表 ),45年~57年間で,財では支出を増加させる方向に寄与したのに対し,サービスではこれを減少させる方向に作用した。なかでも,必需的サービスでは7.8%減と,大きく支出を押し下げる方向に作用している。しかしその相対価格要因の推移をみると(第10-6図)。57年は51~2年の頃に比べて小さくなっており,財との相対価格差は縮小してきている。このことは本報告でみたように,サービス支出を増加させる方向に寄与したのである。以上の要因では説明できないトレンド要因をみると(第10-6図付表 ),財ではマイナスとなり支出を押し下げる方向に,サービスではプラスで押し上げる方向に寄与している。こうしたトレンドの効果は,教育熱や余暇指向の高まりによって裏付けられるサービス支出への選好の強まりを示しており,サービス支出の増大が価格や所得によって説明できない,すう勢的な消費構造の変化によることを表わしている。

第10-5表 所得階層別消費支出(必需的・選択的)上昇率(57年/50年,名目値)

第10-6図 財・サービス支出(必需的・選択的)の変動要因

(5) 物価動向の現局面と今後の方向

我が国経済を物価動向からみると,57年度は56年度に引き続き安定した推移をたどった。既にみたように,卸売物価は海外からのインフレ圧力の減退,国内における需給緩和,さらに賃金の緩やかな伸びなどを背景に鎮静化を続け,年度上昇率1.0%増となった。消費者物価もこうした卸売物価の落ち着きや,生鮮食品の下落,穏やかな賃金上昇率,さらに公共料金の低い上昇率などにより,年度上昇率は2.4%増と近年では最も低い伸びにとどまっている。

さらに最近の情勢をみると,OPEC諸国の石油価格引下げにより,卸売物価は一段と鎮静化している。

こうした物価の安定は景気回復の基礎的条件となるものだけに,今後ともその維持,確保に努めていく必要がある。


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