昭和57年

年次経済報告

経済効率性を活かす道

昭和57年8月20日

経済企画庁


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第II部 政策選択のための構造的基礎条件

第1章 日本経済のバランスと成長力

第2節 日本の貯蓄率

わが国の個人貯蓄率は,世界的にみても並はずれた高水準にある。GNPベースの個人貯蓄率(家計可処分所得と消費支出の差額〈個人貯蓄〉の家計可処分所得に対する比率として定義)を各国比較すると,1980年で日本は19.4%であり,5%台にあるアメリカはいうに及ばず,10%前後のイギリスや14%前後の西ドイツ,フランスに比べても格段に高い( 第II-1-4図 )。わが国の貯蓄率(以下本節ではとくに断わらない限り個人貯蓄率をさす)の推移を振り返ってみると,30年代以降の高度成長期にはほぼ一貫して緩やかな上昇傾向を示した。第1次石油危機後は,物価急騰に伴う金融資産の目減りや企業業績悪化に伴う雇用不安の発生などの影響から急上昇したが,これは,他の先進国にも程度の差こそあれ,共通してみられた現象といえる。その後,わが国の貯蓄率は,物価の落ち着き等経済の安定化もあって,石油危機前の水準にまで低下したが,それでも世界的にみて最も高い水準を維持していることにかわりはない。わが国の経済バランスや潜在成長力等の問題を考える場合,今後貯蓄率がどうなるかを検討することが不可欠である。そのためには,わが国の貯蓄率がこれまで高水準に維持されてきた背景を明らかにしなければならない。

以下では,国際比較を交えつつ,わが国の貯蓄率の決定要因について考えてみよう。

1. 貯蓄動機と高貯蓄率

わが国の高貯蓄率の背景を考えるうえで,まず人々がどのような目的で貯蓄を行っているかをみておくことは,有益と思われる。この点を「貯蓄に関する世論調査」によってみると,次のような特徴点が指摘できる。

まず,第1は,貯蓄目的の順位はかなり長期にわたって安定していることである。すなわち,「病気や不時の災害の備えとして」という予備的動機が常に第1位を占め,第2~4位は,「子供の教育・結婚資金にあてるため」,「住宅資金にあてるため」,「老後の生活のため」といったいわば中長期の「目標貯蓄動機」が占めている。

第2は,年齢階級別にみると,予備的動機は共通して高いが,前述の中長期の目標貯蓄動機については,ライフサイクルの各段階に応じて明確なパターンが認められることである。すなわち,回答構成比でみると,「住宅動機」は,20~30歳台が最も高く,「教育動機」は,40歳台にピークを迎え,「老後動機」は,50歳を超えると急に高まるというライフ・サイクルのパターンが定着している( 第II-1-5図 )。

「病気や不時の備え」という予備的動機が各年代に共通して高いのは,それが貯蓄行動における将来の不確実性に対する保険的側面を代表しているからである。

これに対して貯蓄率の決定要因との関連でより重要と考えられるのは,中長期の「目標貯蓄動機」であろう。なぜなら,明確な貯蓄目標があり,人々が計画的に貯蓄する傾向が強いと,そうでない場合に比べ,貯蓄率が高まる可能性があるからである。もっとも,国民経済全体でみると,こうした貯蓄動機自体は,マクロの貯蓄率の高低を説明する要因とはならない。というのは,それぞれの貯蓄目的に応じて貯蓄に励む人々がいる一方,貯蓄を取り崩す人々もいるからである。従って,高貯蓄率の背景そのものは,①社会のライフサイクルを規定する人口構成比等の変化,②公的年金や消費者金融等の制度的要因,③住宅,教育支出が嵩むこと,④経済成長率等その他の経済的要因,などに求められなければならない。

以下では,(1)諸外国に比し,わが国の貯蓄率が相対的に高い理由は何か,(2)30年代から40年代にかけて,わが国の高貯蓄率が趨勢的高まりをみせたのはなぜか,の2つの観点から,わが国の貯蓄の背景について検討してみよう。なお,ここでの分析は,人々はライフサイクルの各段階に応じて中長期的観点から消費。貯蓄行動の最適化を図る(予想生涯所得をもとに残りの生涯にわたっての消費平準化のため現役中に貯蓄し,老後にそれを取崩す)というライフサイクル仮説を基礎としたうえで,住宅貯蓄等の日本的特殊性を考慮に入れて多面的に行うこととする。

2. 住宅需要,教育支出と貯蓄率

(住宅需要と貯蓄率)

わが国の住宅は,量的ストック面からみれば,近年かなり充足されてきた。しかし,より良い居住環境を求めて,住宅に対する潜在的需要は依然根強いといってよい。

わが国の住宅需要を年齢階層別にみると,30歳代に持家取得計画比率が高まり,40歳代,50歳代に漸次低下していくというライフサイクルのパターンがみられる。こうした住宅及び土地需要は,どのような形で貯蓄率を引上げたのであろうか。

第II-1-6図 持家需要の差異

第1に,わが国においては,標準的持家取得価格の年収(1人当たり可処分所得)に対する比率は,78年で16.8倍と西ドイツ(同17.7倍)と並び,アメリカ(同8.5倍),イギリス(同9.1倍)を大きく上回っていることが挙げられる。特に,わが国の場合は,地価の水準が高く宅地にかかる負担が他の先進国に比し重い( 第II-1-6図 )。こうした年収倍率の高さは,生涯所得のうち住宅及び土地取得に振り向けなければならない割合がアメリカやイギリスに比べ格段に高いことを意味しており,それだけ貯蓄率を押し上げる要因となる(西ドイツの貯蓄率が欧米主要国の中では相対的に高い一つの重要な背景と考えられる)。これを,住宅及び土地取得の前後に分けてみると,持家取得価格の年収倍率が高いことは,取得前は,自己資金の積み立て動機を強めるように作用し,取得後は,住宅ローン等他人資金の返済という形で,かなり長期間にわたって貯蓄が行われることになる。以上の点を裏付けるため,借家居住世帯について,住宅・土地取得計画の有無別に貯蓄率と貯蓄残高年収比をみてみよう。これによると,計画のある世帯の貯蓄率及び貯蓄残高年収比は,計画のない世帯のそれらを上回っていることがわかる。

第II-1-7図 住宅・土地需要と貯蓄率(全国勤労者借家居住世帯)

所得階層別にみても,こうした関係に変わりはないことを勘案すると住宅土地需要が貯蓄率を押し上げているといってよい( 第II-1-7図 )。

このように,持家価格が高く,かつ上昇率が大きかったのにもかかわらず,家計の持家指向が根強いのはなぜであろうか。これは,公庫融資等住宅建設の促進政策や借家の居住水準が低いといった事情に加え,土地の値上りから持家の資産価値の高まりがみられるためではないかと考えられる。

第2に,1960年代においては,若年人口比率が高かったことが挙げられる。これは,一定期間をおいて人口移動や婚姻件数の増大を通じて,住宅需要を高め,結果的に住宅取得のための貯蓄率を引上げることとなった。しかし,1970年代半ば以降については,若年人口比率の低下と,それに件う婚姻件数の減少がみられ,この面からは,貯蓄率の引上げ要因ではなくなってきている。

次に,住宅ローンの返済負担が貯蓄率を高めることがあるかどうかについて検討してみよう。いま,今後5年間に住宅・土地取得計画のある借家居住世帯と,過去5年間に住宅・土地を取得した持家世帯の貯蓄率を比較すると,後者は前者を1.3ポイント程度上回っている。これは,借家世帯では家賃が消費支出に計上されるのに対し,持家世帯では,持家の帰属家賃が考慮されていないという事情による面が大きい。実際,持家世帯における借入金返済を帰属家賃とみなして,この分を調整すると両者の貯蓄率にほとんど差がなくなる。このことは,家計がそれだけ合理的に資産選択を行っていることを示唆している。つまり,帰属家賃を消費支出に含めるGNPべースでは,住宅ローンの返済負担が貯蓄率を高めているとは必ずしもいえないのである( 第II-1-8図 )。ただし,年齢階層別にみると,借金返済調整後の貯蓄率は,若年層では,取得した世帯で高く,高齢層では逆に計画のある世帯で高いという差異がみられる。これは,住宅ローンに対する取組み姿勢の違いを反映したものであろう。すなわち,相対的にローンを長期間利用できる若年層では,ローン取入れを積極化した結果,住宅・土地取得後に返済負担から貯蓄率が高められ,短期間にローン返済を済ませなければならない高齢層では,住宅・土地取得前に極力貯蓄に励むという対応の差がうかがわれる。

(教育支出の増加と貯蓄率)

貯蓄動機のところでみたように,子供の教育等を目的とした貯蓄は,30歳~40歳代の世代で重要な位置を占めている。こうした動機による貯蓄は,わが国の場合,次のような事情から全体の貯蓄率を下支えする要因となったと考えられる。

すなわち,40年代に高等教育への進学率が諸外国に例をみないテンポで高まったことである。この結果,世界的にみてもわが国の高等教育への進学率は,40年代末には35%程度とアメリカに次ぐ高水準に達した( 第II-1-9図 )。

このことは,少なくとも40年代までは子供の教育に対する人々の貯蓄インセンティブを高めることとなったと思われる。まだ,これには,わが国においては,50年代初までは教育ローンが利用できなかったという消費者金融面での制約が影響を与えた面もあろう。

3. 老後貯蓄へのインセンティブと貯蓄率

住宅を取得し,子供の教育に目途をつけた家計の関心事は老後の生活である。わが国において,「老後動機」による貯蓄行動は貯蓄率に影響を及ぼしてきた要因の一つとみられるが,それには,戦後わが国が高齢化社会への道程を歩み始めたという背景を見逃すわけにはいかない。

すなわち,戦後出生率が低下した一方,平均余命が急速に伸びてきたことから,人口全体に占める65歳以上の割合は,昭和25年の5%弱から55年には9.1%まで上昇した。さらに,注目すべきは,現在の出生率や平均余命を前提にすると,人口高齢化のテンポは今後加速し,西暦2000年頃には,65歳以上の人口比率が15%強と,スウェーデン,フランス,イギリス等西欧型の高齢化社会に到達することが確実なことである。つまり,わが国は,現在高齢化社会への移行過程にあり,そのテンポがきわめて速いということが特徴的である。

こうした状況下,老後貯蓄は,次のような理由でわが国の貯蓄率を高めた要因の一つと考えられる。

第1に,日本人の平均余命が戦後飛躍的に伸びてきていることである。例えば,男子の平均余命をみると,昭和22年では,0歳で50.1年,40歳で26.9年だったものが,昭和55年では,それぞれ73.3年,35.5年と伸びている。このことは,「現役」として働く時間に比ベ,相対的に「老後」の期間が長くなったことを意昧しており,老後生活に必要な貯蓄額を大きなものとした。一方,わが国の生産年齢人口(20歳~64歳)に対する65歳以上の割合は,66~79年平均で12.5%と主要国中最低となっている。つまり,わが国においては,人口の高齢化が進行する中で,欧米諸国に比し老後に備えて貯蓄すべき人々の割合が高かったといってよい。このことを各国比較によってみると,老齢人口比率(対生産年齢人口)と貯蓄率との間にはある程度の相関関係がみられる( 第II-1-10図 )。

第2に,戦後における人口高齢化の中で,現実的には老後の生計を独立してたてていかねばならないケースが近年増えてきていることも見逃せない。このことは人々の老後への貯えへのインセンティブを高める一つの背景であったと考えられる。すなわち,過去においては,高齢者の生活は,子供と同居するといういわば家族的扶養によって充足される傾向が強かったとみられるが,近年はいわゆる「核家族化」の進展からこうした点にも変化がうかがわれる。いま,国勢調査によって,65歳以上の老人がいる世帯についてみると,子供と同居している割合は,35年の87.3%から55年には69.8%へと低下している。反面,1人暮らしないし老夫婦のみといった老人だけの独立世帯の割合は,35年には12.7%であったが,55年には30.2%となり,老人世帯数も35年から55年までの20年間で4.7倍と急増してきている。

第II-1-11図 公的年金の給付水準は上昇

第3は,わが国においては,65歳以上の男子労働力率が,55年で41.0%(労働力調査)と諸外国に比し,極めて高いことである。これは,65歳以上の高齢者の貯蓄率を下支えする要因となった。

以上のとおり,戦後わが国が高齢化社会への道程を歩み始めたのに対応して,老後貯蓄へのインセンティブが高まってきたと考えられるが,老後貯蓄との関連で検討を要するものとしては,退職一時金,退職年金制度と並んで,公的年金制度の存在が考えられる。ここで,勤労者世帯の平均年収入(含むボーナス等臨時所得)に対する公的年金(厚生年金と共済年金の加重平均)の給付水準の割合をみると,47年までは10~15%程度にとどまっていたが,48年には急上昇し,最近では,35%程度の水準に達している( 第II-1-11図 )。また,これを勤労者の平均的な月間生活費に対する割合でみれば,5割程度と欧米先進国の水準に匹敵するものとなっている。

第II-1-12図 老後の生活を目的とした貯蓄の割合は高年齢層で低下

公的年金と貯蓄率との関係については,各国の公的年金制度の成熟度に大幅な差異がみられることなどを反映して,いまだ十分な実証的分析がなされているとは言い難い状況にはあるが,現時点で理論的に考えられていることを整理すると次のようになる。

すなわち,公的年金制度の充実は,老後生活の基礎を支えることを通じて,老後に備えた公的貯蓄の必要度を低めるという効果を有する反面,老後貯蓄の重要性を改めて人々に認識させるということや,経済活動からの引退を促進させるということを通じて,老後貯蓄への意欲を高めるという効果を有すると考えられている。このことを,わが国の場合について検討してみるため,まず,老後貯蓄動機や貯蓄率の動きを年齢階層別にみると,公的年金が充実してきた50年代に入って以下のような変化がみられる。

第II-1-13図 年齢階級別の貯蓄率の推移

第1に,既出の「貯蓄に関する世論調査」により,年齢階層別に,老後生活を目的とした貯蓄の割合をみてみよう。これによると,引退期を控えたいわば高齢者予備軍ともいえる50歳代,60歳代においては,従来老後貯蓄動機に明瞭な上方トレンドがみられたが,50年代に入った後は屈折し顕著な低下を示していることがわかる( 第II-1-12図 )。

第II-1-14図 年代別の老後のくらしについての考え方

第2に,勤労者世帯における貯蓄率(可処分所得と消費支出の差額の可処分所得に対する比率)の動きを同じく年齢階層別にみてみよう。40年代,50年代を通じて中年層の貯蓄率が高年層および若年層のそれを上回るという逆U字型にかわりはないが,50年代に入ってから,高年層の貯蓄率が全体の平均値を下回る度合いが大きくなってきており,しかも貯蓄率のピークが若年化してきていることが特徴的である( 第II-1-13図 )。これには,近年の年功序列賃金体系の見直しなどの影響が考えられるが,年金制度の充実と何らかの関連を有している可能性も考えられる。現に老後の暮しについて心配しているという割合は,このところ,30,40歳代をピークに漸次低下しており,高年層の貯蓄率低下と符合している。また,年齢階層別に老後のための貯蓄開始時期をみると,40歳代が最も多いが,これは貯蓄率が40歳代にピークをつけていることと一致している( 第II-1-14図 )。

他方,最近新型の個人年金商品が相次いで登場しているほか,年金保険等従来型商品が急成長していることをみると,公的年金の充実に伴い,人々が老後貯蓄の重要性を改めて認識するという側面もある程度あるのではないかと考えられる( 第II-1-15図 )。

第II-1-16図 貯蓄率関数の推計

第II-1-17表 年齢階級別・貯蓄率関数の推計

次に,わが国における公的年金制度の充実がマクロの個人貯蓄率にいかなる影響を与えたかを定量的に分析してみよう( 第II-1-16図 )。もとより,この分析は,わが国の公的年金制度の歴史が浅いこともあって対象期間が短いこと,石油危機の前後のわが国経済の構造的な変化及び人々の期待成長率の変化の影響を考慮していないこと,近年における公的負担率の上昇を考慮していないことなどの制約を有しているが,この分析でみた限りは,48年以降の期間については,年金給付対可処分所得比率の上昇がマクロの個人貯蓄率を引下げる一つの要因として寄与していたことが示されている。これを年齢階層別にみると,年金給付対可処分所得比率は,20歳代,30歳代の貯蓄率にはあまり影響していないが,40歳代以上の貯蓄率に対してそれを引下げる一つの要因として寄与していることが示されている( 第II-1-17表 )。

ただ,この場合,同時に忘れてならないのは,公的年金が国民経済において果たしている次のような役割である。

第1は,少なくとも,公的年金制度がある程度積立方式で運営されている間においては,たとえ一方で,個人貯蓄を減らしているとしても,他方で公的貯蓄を増やす面もあることに留意する必要がある。

第2は,高齢化がさらにすすみ完全に賦課方式で運営されるようになった場合においても世代間扶養を社会的に行うことにより,社会のかなりの部分を占める高齢老の生活安定に寄与するという重要な役割を果たすことになるということである。

公的年金制度の役割,在り方が国民の大きな関心事になっており,今後制度の成熟化が大きく進行していくとみられる今日,公的年金が個人貯蓄率に及ぼす影響のもつ意味を考えるに際しては,上記のような公的年金の役割も踏まえ,さらに分析を重ねていく必要があろう。

4. 貯蓄に好条件となった所得面の背景

(貯蓄率を高めたボーナス比率の上昇)

40年代において,貯蓄率が趨勢的高まりをみせたのはなぜであろうか。

この点をとく鍵は,所得のうち変動所得的性格が強いボーナスの割合がこの時期にほぼ一貫して上昇したことに求められる。毎月勤労統計でみると,現金給与総額に占める特別給与の割合は,40年の21%程度から49年には27%強まで高まっており,貯蓄率の上昇トレンドと符合していることがわかる( 第II-1-18図 )。

ボーナスは,年2回決まって支払われるという意味では,いわゆる恒常所得的側面を有している。もっとも,ボーナス制度は長年の労使関係で中で定着してきたものとはいえ,どちらかといえば名目賃金の伸縮性を確保しておきたいという企業側の事情による面が大きかったと考えられる。現に,賞与の伸び率は,賃上げ率によって左右される面もあるが,企業収益の変動を敏感に反映して,かなりの伸縮を示してきたことが特徴的である。因みにボーナス関数を用いて定量的に試算すると,ボーナスにはかなり変動所得的性格があることがわかる(前掲 第II-1-18図の備考 参照)。すなわち,高度成長期にはボーナス比率の上昇によって人々の予想を上回る所得上昇につながったといえる。こうしたボーナス制度は,結果的に毎月の生活費は月給で賄い,まとまった貯蓄にはボーナスを充当するというパターンを定着させることとなり,家計の消費貯蓄行動の計画化に寄与したとも考えられる。

石油危機後は,ボ-ナス比率は一旦低下したあと25~26%程度で比較的安定的に推移しており,貯蓄率の押し上げ要因でなくなっている。

(欧米先進国に比し軽い公的負担率)

わが国の個人貯蓄率が欧米諸国に比し高い一つの背景として,直接税と社会保障負担を加えた公的負担率の低さを指摘しておかねばならない。例えば,公的負担率を最近時点で各国比較すると,スウェーデンが37.0%(79年)と最も高く,次いで西ドイツが26.7%(78年),アメリカ,フランスが20%強となっている。これに対して,わが国は14.4%(80年)に過ぎない。

公的負担率が低いということは,貯蓄率の水準そのものを決定する要因とはいえず,むしろ貯蓄をしやすい好条件として位置付けられるであろう。すなわち,スウェーデンのように名目所得のうちかなりの割合を公的負担として徴収される場合には,可処分所得が少なくなり,貯蓄に回す余裕が乏しくなる。また,高い公的負担が成熟した社会保障制度と表裏の関係にあることを勘案すれば,貯蓄率が低くなることはある意昧で当然である。一方,わが国の場合は,低い公的負担率は可処分所得を大きなものとし,それだけ貯蓄には有利な条件であった。さらには,人口の高齢化が西欧諸国ほど進んでいなかったため,社会保障費等の負担が軽かったという側面もある。

ここで,公的負担率と個人貯蓄率との関係を国際比較すると,両者の合計では各国間にさほどの差異はみられず,どちらかというと公的負担率が高い国ほど,相対的に個人貯蓄率は低いという一応の関係はうかがわれる。さらに,直接税のうち教育,社会保障等のかたちで家計に還元される部分を試算し,これと社会保障負担との合計の家計部門の受取りに対する比率に個人貯蓄率を加えてみると,日本,西ドイツ,フランス,スウェーデンはほぼ同水準に並ぶ( 第II-1-19図 )。

もっとも,50年代入り後,わが国でも公的負担率が高まりをみせていることは,注目に値する。第I部の第2章でみたように,最近においては,実収入が伸び悩む中で,税金,社会保障費等非消費支出の増大が可処分所得の伸びを小さくし,貯蓄率を幾分押し下げる方向に働いている。

(利子優遇制度の存在)

わが国において,貯蓄をしやすい好条件としては,このほか,利子優遇制度の存在が挙げられる。すなわち,現時点では,マル優,特別マル優,郵便貯金及び勤労者財形貯蓄制度を合わせて1人当り1,400万円まで非課税の対象となる。もちろん,諸外国にも種々の貯蓄優遇策がみられるが,わが国はもっとも手厚い部類に入るといえよう。

この点,アメリカはわが国と対照的である。アメリカでは利子課税については,原則として総合課税となっており,利子,配当には重い税率がかかるため,物価上昇率が高まっている状況では実質利子がマイナスとなる。一方,ローン金利については,所得税控除の対象となるため,実質的負担は軽い。こうした税制は,76年以降,アメリカで個人貯蓄率が低下した一つの大きな理由と考えられる。

このため,レーガノミックスの一環として「経済再建のための1981年租税法」では,課税預金証害の発行等いくつかの貯蓄奨励策が打ち出されたのは記憶に新しいところである。

5. 貯蓄率の今後の展望

以上を要約すれば,わが国の貯蓄率の高さは,(1)高度成長期における高い所得成長率を反映した趨勢的上昇傾向,(2)老後貯蓄への高いインセンティブ,(3)住宅需要による貯蓄動機,(4)教育動機,などが重なり合ってもたらされたものといえよう。

今後,わが国の貯蓄率はどうなるであろうか。それに影響を及ぼすとみられる重要な要因について検討してみよう。

第1は,年齢階級別にみた世帯構成が今後も漸次高齢化していくことである。一般に,人々は,現役時に貯蓄を行い,老後にそれを取崩すというライフサイクルのパターンをとると考えられる。高齢層の貯蓄率が低いことは,先にみたとおりであり,高齢層のウエイトが高まれば,それだけ社会全体の貯蓄率を引下げる方向に働くことになる。

もっとも,現在の年齢階層別貯蓄率が今後も変わらないと仮定した場合,世帯構成の高齢化が全体の貯蓄率を引下げる効果は今後10年間で僅か0.3ポイント程度に過ぎない。これは,現在ウエイトの大きい30~45歳代が引き続き生産年齢人口にとどまるためである。従って,問題は,以下に挙げる公的年金,住宅等の諸要因によって年齢階層別の貯蓄率がどう変化するかという点にあろう。

第2は,公的年金の成熟と貯蓄率との関係である。すなわち,今後加入期間の長期化から,新規引退者の給付水準は,現在以上に高まるとみられる。これが引退を控えた中年層の貯蓄率を引下げる可能性もあるといえよう。

第3は,住宅需要と貯蓄率の関係である。住宅に対する潜在需要は依然根強く,持家価格の年収倍率は国際的にみて今後も高水準を続けるとみられる。反面,人口構成の観点からは,今後も若年人口比率の低下が続く見通しにある。したがって住宅動機に伴う貯蓄は今後も個人貯蓄率の下支え要因とみられるが,その程度はやや弱まる可能性がある。

第4は,教育動機による貯蓄の動向である。今後,若年人口比率が低下していくことは,教育サービスの需給緩和要因であり,教育費の相対価格上昇を抑制すると考えられる。したがって,今後教育目的の貯蓄が全体の個人貯蓄率を押し上げる程度は徐々に低下していく公算が大きい。

第5は,所得要因が貯蓄率に及ぼす影響である。わが国は,今後安定成長経路を辿るであろう。こうした中で,公的負担率が今後一段と高まる場合には,可処分所得の伸び悩みを通じて,貯蓄率にマイナスの効果を与える可能性もなしとしない。

以上のように,わが国の貯蓄率を規定するとみられる諸要因の今後を検討すると,押し上げ要因は少なく,むしろ押し下げ要因に転ずるものが多いとみられる。もっとも,ウエイトの大きい老後貯蓄については,高齢化社会への移行過程とあって下支え要因も少なくなく,大きくは減退しないとみられるほか,住宅貯蓄も引き続き下支え要因となるであろう。従って,わが国の貯蓄率は中期的にみて,低下の方向にあるとしても,その程度は小幅にとどまり,世界的にみてなお高水準を維持できよう。但し,より長い目でみた場合,つまり西欧型の高齢化社会に接近するにつれ,年金制度が成熟すること,公的負担の増嵩が予想されること,などから貯蓄率の低下は大きくなる可能性もある。

ここで,一つの参考として,前掲( 第II-1-17表 )の年齢階級別貯蓄率関数を用い,社会保障に関する現行諸制度が変わらないと仮定する等の前提をおいて,外挿テストを行ってみよう。

これによると,今後の家計貯蓄率の動向は,中期的にみて下がる方向にあるものの,なお高い水準にとどまるとみられる( 第II-1-20図 )。ただこれは貯蓄率を規定する経済的,社会的条件の変化によって変わりうるものであることに注意する必要がある。