昭和57年

年次経済報告

経済効率性を活かす道

昭和57年8月20日

経済企画庁


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第II部 政策選択のための構造的基礎条件

第1章 日本経済のバランスと成長力

第1節 貯蓄・投資バランスの国際比較

一国の事後的な経済活動の姿は,家計,企業,政府といった経済主体別の貯蓄・投資バランスに反映される。まず,先進諸国間の経済体質の差異がいかなる要因によってもたらされているかを,貯蓄・投資バランスの国際比較を通じて,考えてみたい。

1. 貯蓄・投資バランスの差異

一国の所得支出バランスでは,国民経済計算の定義から,統計的誤差を別にすれば,総所得と総支出は等しい。しかし国の経済主体を家計,企業,政府および海外と分けてみた場合,それぞれの部門がどのような所得支出バランスを有するかは国によって著しく異なっている。いま最近における日本とアメリカの国民経済バランスをみると 第II-1-1図 のようになる。しかし各部門のバランス構造のいかんにかかわらず,ある部門が黒字であれば,他の部門は赤字になり,全体としてのバランスは常に等しい。

55年の日本経済についてみれば,民間部門(家計+企業)の黒字(貯蓄超過)7.1兆円=政府部門の赤字9.9兆円+海外部門の経常赤字(日本からみれば黒字)△2.2兆円+誤差脱漏となっている。

まず主要国の貯蓄・投資バランスの基調的な推移を類型化してみよう( 第II-1-2図 )。

家計部門の貯蓄超過の大きさ(対GNP比)でみると,日本は石油危機の前後を通じて10%前後の高水準を維持しているのに対して,アメリカでは5%前後とかなりの格差がみられる。西ドイツ,イギリスでは,石油危機後家計の貯蓄超過が拡大しているが,どちらかというと,前者は日本のような高貯蓄型,後者はアメリカのような低貯蓄型に近い。

次に,家計部門の貯蓄超過がどのようなかたちで吸収されているかについて調べてみよう。石油危機後は,大方の国で投資超過幅が企業部門で縮少し,政府部門で拡大しているという共通点がみられる。まず,イギリスでは,財政赤字が相対的に大きく,家計部門の貯蓄超過の大半を吸収するかたちとなっている。他方,アメリカでは,企業,公共両部門とも投資超過は相対的にはさほど大きくないことが特徴的であり,両者が景気局面の変化につれて逆相関の動きを示している。これに対して,西ドイツでは,石油危機の前後を問わず,企業部門の投資超過が高水準を続けている。また,日本では,企業部門の投資超過が石油危機後従来の半分以下に縮小し,代わって公共部門が最大の資金の取り手となっているが,それでも企業部門の投資超過は,イギリスやアメリカに比べればなお大きい。

家計部門の貯蓄は,国民経済全体の貯蓄の大宗を占めている。それが大きいということは,それだけ投資資金の源泉の供給力が大きいことを意味している。すなわち,貯蓄は,現在の消費を抑え,投資に結実し,将来の所得稼得能力を高めるという意味で現在と将来をつなぐ重要な掛け橋をなすものである。

資源配分のパターンをこうした観点からみると,日本,西ドイツは投資指向的といえるのに対し,アメリカ,イギリスは消費指向的といえるであろう。

2. 経済バランスと経済パフォーマンス

資源配分が投資指向的か消費指向的かという経済バランスの差異と経済パフォーマンスはいかなる関係にあるであろうか。勿論,貯蓄と投資の間には相互依存関係があるため,どちらか一方の因果関係だけに着目するわけにはいかない。

しかし,各国比較によると,少なくとも以下の特徴点が指摘できよう( 第II-1-3図 )。

まず,第1に,国民経済全体の貯蓄率が高い経済ほど,資本蓄積のテンポが速いということである。内外の資本移動が自由な経済のもとでは,国内の貯蓄率と投資比率が常に一致する保証はないが,現実には,両者間には密接な関係が認められる。このことは,実際の長期資本の動向は,制度的な制約や短期のポートフォリオ選好に左右される面が大きいことを示唆している。

第2は,平均していえば資本蓄積の速い経済では,それが経済の潜在成長力を高め,労働生産性の向上をもたらしていることである。この点は,設備投資比率と労働生産性上昇率との間に,66~70年代,71~75年代,76~79年代のいずれの時期を通じてある程度の正の相関関係があることからも確かめられる。また,成長力の高まりは,実質賃金の上昇や雇用吸収力の増大に寄与することはいうまでもない。ただ後に述べるように,資本蓄積のテンポが,どれだけ有効に生産性の上昇に結びつくかは,国によって差異がある。

第3は,家計の貯蓄率が高い経済では,不況時における財政政策の自由度が大きく,いわゆるクラウディング・アウトが生じる可能性が小さいという側面である。日本を例にとると,52~53年度には積極的財政政策により,財政赤字はさらに拡大し,GNPの9%にも達した。それにもかかわらず,財政赤字の拡大が金利水準全般の上昇を招き,民間設備投資の回復の芽をつむという事態は生じなかった。むしろ,こうした財政面からの景気刺激が内需主導型の景気回復の引き金となり,その後の民間設備投資の自律的回復を下支えしたといってよい。

これに対し,アメリカの連邦,地方をあわせた一般政府部門の財政赤字は,GNP比でみて,日本より格段に小さいのにもかかわらず,最近では,長期金利がなかなか下がらないという現象がみられている。これは,アメリカの個人貯蓄率の大きさが日本の1/4程度に過ぎず,財政赤字の個人貯蓄に対する比率は,日本よりむしろ高いという事情によるものであろう。

以上みてきたように,経済バランスとりわけ,家計貯蓄率の大きさの差異が生産性上昇率等経済のファンダメンタルズの格差をもたらしている面は否定できない。特に,1976年以降のアメリカ経済のように個人貯蓄率の急速な低下が生じると,いかなる国でも経済の健全性が損なわれることは不可避である。長い目でみて,わが国がアメリカの轍を踏まないようにするためには,どのような点に留意すべきかを検討することも重要である。

3. 大きく変化した日本経済のバランス

石油危機前の日本経済は,家計部門の高貯蓄を企業部門の旺盛な設備投資活動に活かすという,いわば高貯蓄・高投資のバランスを示していた。こうした高貯蓄・高投資の相乗作用が30年代から40年代にかけての高度成長の原動力となったことはしばしば指摘されてきたところである。

石油危機後,こうした経済バランスは大きく変化した。家計部門の貯蓄率は依然高水準を続けているのに対し,企業部門の投資超過が経済成長率の下方屈折に伴いかなりの縮小をみたからである。このため,家計部門の高貯蓄を企業部門だけで吸収できず,民間部門全体では貯蓄超過の状態が続いている。50年以降の動きをみると,こうした貯蓄超過は,主として公共部門の赤字幅拡大でバランスする形となっている。この間,海外部門は,51~53年度,56年度については赤字(日本の経常黒字),54~55年度については黒字(日本の経常赤字)を示した(前掲 第II-1-2図 )。

先に触れたように,こうした公共部門の赤字幅拡大には,構造的側面だけでなく,景気てこ入れを企図した積極的財政政策の推進に伴う循環的側面もある。

政府は,55年度以降,経常部門における歳入,歳出の均衡回復を図るべく赤字公債の脱却を目指した財政再建に踏み出した。これは,公債費負担の縮小を図り,中長期的観点から財政政策の本来の自由度を取り戻すことに最大の狙いがある。

日本経済のバランスを今後どう変えてゆくべきかは難しい問題である。財政再建を推進し,望ましい経済バランスのあり方を模索するためには,以下のような点について検討を加えなければならない。

すなわち,民間部門の貯蓄超過をどのような形で吸収するかという問題である。このためには,日本経済の貯蓄投資の決定要因を再吟味し,それぞれの現状について正しい評価を行う必要がある。また,こうした検討は,経済の潜在成長力を考えるうえで不可欠である。

以下,第2~4節では,こうした問題について考えていくこととしたい。


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