昭和55年

年次経済報告

先進国日本の試練と課題

昭和55年8月15日

経済企画庁


[目次] [年次リスト]

10. 物  価

(1) 騰勢を増した卸売物価

53年10月まで下落傾向にあった卸売物価は,11月以降上昇に転じた後,54年春からは騰勢が強まり,特に55年1月から4月までは前月比2%台の急上昇を示した( 第10-1図①,② )。この結果,卸売物価上昇率は,54年度平均で前年度比12.9%,年度間(55年3月の前年同月比騰落率)では22.8%となった。

このように卸売物価が急騰した要因の第1は,原油をはじめ,木材,非鉄金属など海外一次産品価格が大幅に上昇したことである( 第10-1図③ )。第2は,それまで上昇していた円レートが53年11月以降一転して円安傾向となったことである。第3は,景気の着実な上昇により需給地合が53年に引き続き54年には一段と引締まりをみせたことである。

54年度における卸売物価の動きを四半期別にみると( 第10-2表 , 第10-3図 ),54年4~6月期は堅調な需給地合に原材料高が加わって国内品が上昇し,一方,輸出入品も円レートの低下や海外高から続騰したため,前期比で4.1%の大幅な上昇を示した。類別には,全類別(17類別)で上昇を示したが,中でも石油・石炭・同製品,化学製品,非鉄金属,製材・木製品,非食料農林産物等の高い上昇率が目立った。

7~9月期においても,国内品は,堅調な需給地合を背景として輸入原材料高の波及が進んだため,石油・石炭・同製品,化学製品,製材・木製品を中心に続騰した。また,6月末のOPEC(石油輸出国機構)総会の決定を受け,加盟各国が原油の公式販売価格を大幅に引き上げたことなどから輸入品も引き続き上昇し,卸売物価全体では前期比4.9%の上昇と騰勢を強めた。

続く10~12月期にも卸売物価は,前期比4.3%となお高い上昇率を示した。これは,円レートが大幅に下落したことに加え,OPEC加盟諸国のさみだれ的原油値上げや海外非鉄相場高などの影響から国内品,輸入品ともに続騰したためである。類別には,石油・石炭・同製品,化学製品のほか,非鉄金属,金属素材等が高い上昇を示した。

第10-1図 卸売物価,商品市況の動き

第10-2表 最近の卸売物価の動き(前期(年度)比騰落率)

第10-3図 主要商品市況の動き

55年に入ると,卸売物価は更に騰勢を強めた。サウジアラビアをはじめとするOPEC加盟諸国は,54年12月のヴェネズエラ総会の前後に原油価格を大幅に引き上げたが,円安傾向が続く中でこうした原油が入着したうえに,国際緊張の高まり等から海外一次産品市況が急騰したこともあって卸売物価は1~3月期に,前期比6.4%の大幅上昇となった。主要な上昇品目は引き続き石油・石炭・同製品や非鉄金属であった。

こうした卸売物価の騰勢も4~6月期に入り峠を越したものとみられる。すなわち,4月には電力・ガス料金の改定や鉄鋼の値上げ等からなお大幅な上昇がみられた(前年同月比24.0%)が,5月以降は,アメリカの景気後退等による海外一次産品市況の下落傾向に加え,それまで下落を続けてきた円レートも急速な上昇に転じたため,輸出入品は下落に転じ,また,一部品目で需給緩和の動きがみられたことを背景に国内品の騰勢も鈍化したことから,4~6月期は前期比で4.8%の上昇となった。類別にみると,電力・ガスに加え,石油・石炭・同製品,化学製品,食料品等ではなお上昇が続いているものの,非鉄金属,金属素材,非食料農林産物では下落に転じた。なお,主要商品市況をみても4~6月期には,銅地金,ラワン合板,棒鋼等,下落する品目が多くみられるようになってきた( 第10-3図 )。

(2) 卸売物価上昇の要因分析と特徴

(主因となった輸入インフレ)

以上のように今回の卸売物価上昇は,原油をはじめとする輸入原材料品市況の高騰が大きな要因となっていたが,さらに53年11月以降の急速な円安傾向がこれに拍車をかけた。円レートの変動が輸出入品価格に与えた影響は 第10-4図 に示すとおりであり,54年1~3月期以降,大幅な円安が輸出入品価格を押し上げる要因として作用した。こうした円安は円レートの変動がなかった場合に比べ,54年度平均で,卸売物価を全体として2%ポイント強引上げたものと推定される。

こうした輸入価格上昇の影響を輸入品,輸出品,国内品別の上昇寄与度によってみると( 第10-5図 ),54年度を通じて,輸入品の寄与度が,全体の約3分の1を占めている。

さらに,国内品の上昇寄与度中にも,輸入原材料価格上昇によるコストアップの価格転嫁分が含まれている。そこで卸売物価全体の上昇を輸入物価要因(国内品,輸出品中の輸入コスト要因を含む。)と国内要因(賃金コスト要因及び需給要因)に分けてみると( 第10-6図 ),53年10~12月期まで円高等のため下落要因となっていた輸入物価要因は,54年以降上昇要因に転じ,以後一貫して卸売物価上昇の大半を占めてきた。

第10-4図 円レートの推移と輸出入品価格指数の推移

第10-5図 卸売物価の推移と国内品,輸出品,輸入品別寄与度

(落ち着いていた国内要因)

一方,国内要因のうち賃金コスト要因は,名目賃金の伸びが安定していたのに加え,生産性の向上もあって若干の下落要因となっている。この点は,前回石油ショック時ときわだった対照をなしている。

また,需給要因は,54年中を通じて上昇要因となっているが,その程度は比較的落ち着いたものとなっていた。もっとも55年1~3月期には電力値上げを控えた前倒し需要の影響もあって需給ギャップが急速に縮小し需給要因の寄与度が高まった。

第10-6図 卸売物価の変動要因

(回避されたホームメード・インフレ)

以上のように今回の物価上昇は,輸入物価要因によるところが大きく,国内要因の影響は小さなものにとどまった。すなわち,今回の物価上昇は典型的な輸入インフレであり,これまでのところ国内要因によるホームメード・インフレへの転化が回避されてきたといえる。

第10-7図 輸入物価の国内品卸売物価への波及

このことは,輸入物価上昇が国内品卸売物価に与える影響を産業連関表によって推計した 第10-7図 によっても裏付けられる。これは,53年10~12月期を基準としてそれ以後の輸入物価の上昇が国内品卸売物価に100%転嫁されたとして推計される物価上昇率の試算値と現実の上昇率を最終財部門と生産財部門に分けて比較したものである。これによると,55年5月時点において生産財部門では,実績が推計値をやや上回っているものの,最終財部門では推計値をやや下回った状態にとどまっており,全体として輸入コスト上昇を上回る製品価格引上げはほとんどなかったことを示している。生産財部門の上昇率実績が試算値をやや上回っているのは,生産財の中に市況に敏感に反応する商品が多く,需給要因が比較的大きく作用したことが影響しているものと思われる。

これに対し,最終財部門において物価上昇率実績が試算値を下回っている点については,電気機器,輸送用機器,一般精密機器等の輸出比率の高い業種でその傾向が強い点からみて,円安等による輸出数量の増加,輸出採算の好転が国内品価格の安定に寄与した面があるものとみられる。このことは,国産工業製品価格の上昇率を輸出品,国内品別にみると,国内品価格の上昇率が輸出品のそれを下回っている業種が多く,特に輸出比率の高い業種でその差が大きいことからもうかがわれる( 第10-8図 )。

第10-8図 国産工業製品卸売物価指数の国内品・輸出品別騰落率

以上のように,今回の物価上昇局面においてはホームメード・インフレの発生が回避されてきたが,これは,GNPデフレーター,消費者物価,卸売物価の推移をみるとより明らかになる( 第10-9図 )。卸売物価や消費者物価は,投入コストと付加価値(賃金,営業利潤等)の両者の上昇を包含しているのに対し,GNPデフレーターは輸入コストの上昇に見合った価格上昇分は控除されるため,純粋に国内における生産物一単位当たりの付加価値上昇分によって生じるホームメード・インフレだけが計上される。そこでこれらの動きをみると,前回石油ショック時においては,卸売物価及び消費者物価の急騰に対応してGNPデフレーターも大幅に上昇したが,今回の物価上昇時においては,卸売物価が急騰し,消費者物価もじり高傾向を示す中で,GNPデフレーターは極めて安定した動きを示した。これは,輸入原材料等の投入コストは大幅に上昇したものの,それが生産物一単位当たりの付加価値の上昇を伴わなかったことを示している。

第10-9図 卸売物価,消費者物価,GNPデフレーターの推移

(3) 落ち着きからじり高に向かった消費者物価

(年度後半にじり高傾向ヘ)

54年度の消費者物価指数(全国,50年=100)は,129.3で,前年度比上昇率は4.8%と,前年度(3.4%上昇)に比べ上昇率は高まったもののおおむね落ち着いた動きを示した。しかしながら,年度後半においては,徐々に上昇率を高め,前年同月比でみて54年11月に4%台であったものが3か月後の55年2月には8%台に達した。

第10-10表 特殊分類別消費者物価指数の推移(前期比騰落率)

消費者物価が年度後半に騰勢に転じたのは,原油の大幅な値上がりにより,石油製品(ガソリン,燈油,プロパンガス)が大幅に上昇するなど,卸売物価の上昇が徐々に消費者物価に波及してきたことに加え,長雨や台風の影響により野菜が大きな被害を受け価格が高騰したためである。

品目の性格によって区分した特殊分類別の前年度比上昇率をみると( 第10-10表 ),サービスが5.0%と53年度(5.1%上昇)とほぼ同じであるのに対し,商品は4.6%と53年度(2.4%)より高まっており,54年度の総合の前年度比上昇率が53年度に比べ高くなったのは商品の上昇によるといえる。商品の中では,ガソリン,燈油を含む「その他の工業製品」(前年度比9.3%上昇)と並んで生鮮食料品(同7.5%上昇)が大幅に上昇した一方,食料工業製品(同1.1%上昇)や耐久消費財(同1.1%上昇)は安定していた。また,工業製品を大企業性製品と中小企業性製品とに分けると,53年度とは逆に,大企業性製品が中小企業性製品より上昇率が高くなっている。これは,53年度に円高の影響から下落した澄油,ガソリンなどの石油製品が54年度には原油値上げと円安から大幅に上昇したことを反映したものである。

次に,54年度の推移を四半期別にみると,54年4~6月期には,夏物衣料の出回り,季節商品の上昇,前年の円高に伴う電気ガス代の料金割引措置(53年10月~54年3月)の終了等から前期比2.5%の上昇となった。続く7~9月期には燈油等の石油製品は上昇したものの,夏物衣料の下落や生鮮食料品の落ち着きから前期比で1.0%の上昇と騰勢が鈍化した。前年同期比でみると,4~6月期3.2%の上昇,7~9月期3.5%の上昇と年度前半は極めて安定した水準にあったといえる。

しかし,10~12月期に入ると,異常気象による野菜の大幅上昇のほか,燈油,プロパンガス等の値上がりにより前期比で1.6%の上昇となり,前年同期比では4.9%の上昇に達した。さらに,55年1~3月期には,前期比2.2%,前年同期比7.5%と上昇率が高まった。これは,野菜が引き続き急騰したことや,石油製品の続騰など卸売物価上昇の影響が及んできたことが主因である。

以上のように54年度の消費者物価は,前半極めて安定した状態にあったが,後半に入ると原油の大幅値上げの影響と野菜の高騰とを主因として期を追って上昇率を高めていった。さらに,55年度に入り,野菜等は下落したものの,電気ガス代の大幅な値上げも加わり消費者物価の前年比上昇率は8%台で推移している。

第10-11表 公共料金(消費者物価)の推移(前年度比,前年同期比騰落率)

(サービス価格の安定とその要因)

54年度のサービス価格は全体で53年度とほぼ同じ5.0%の上昇率となった。サービスの各構成項目の上昇率も公共料金,個人サービスをはじめ前年度とほとんど変化がない。

このうち,公共料金についてみると,54年度においては,授業料(公立高校,国立大学),国鉄運賃,バス代,タクシー代,入浴料などが改訂されたほか,電気ガス代が,円高差益還元のため53年度末まで実施されていた料金割引措置の終了に伴い上昇した( 第10-11表 )。しかしながら,公共料金全体としては前年度比5.4%の上昇と,53年度(前年度比5.5%上昇)に引き続きおおむね落ち着いた動きとなった。

第10-12図 消費者物価サービス指数と賃金指数の推移

以上のように54年度のサービス価格は53年度に引き続きおおむね落ち着いた動きを示したが,これにはサービスのコストに占める人件費比率が高い点からみて賃金上昇率の安定が大きく寄与したものとみられる( 第10-12図 )。

(4) 卸売物価,消費者物価の今後の方向

以上のように54年度における卸売物価は堅調な需給地合が続く中で急速な円安と原油等海外一次産品市況の高騰により大幅な上昇を示したが,55年5月以降,為替相場の円高傾向等を映じて騰勢が鈍化している。こうした中でも,54年度中に急騰した素原材料や中間品の影響の浸透から完成品の上昇率が前年同月比でみて徐々に高まってきている。また,消費者物価は年度後半から徐々に上昇率を高め,最近では本報告で述べたように卸売物価上昇の影響が波及しつつある。

このように,最近の物価動向をみると,完成品卸売物価の上昇を通ずる消費者物価の騰勢については十分な警戒を要し,これまでの輸入インフレのホームメード・インフレへの転化を防止し,景気の回復を持続的なものとするため引き続き物価の安定に努めていくことが重要な課題となっている。


[目次] [年次リスト]