昭和55年

年次経済報告

先進国日本の試練と課題

昭和55年8月15日

経済企画庁


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3. 企業経営

(1) 企業収益は一段と改善

ここ数年の企業収益の動向をみると,第一次石油危機後急激に落ち込んだ企業収益は,51~52年にかけての在庫循環の上昇局面で一時好転の動きがみられたものの,52年度には再び減益に転じるなど,足踏み状態が続いてきた。しかし,53年度以降は増益基調に転じ,54年度に入って経常利益水準は過去のピークを大きく超えた。

すなわち,日本銀行「主要企業短期経済観測」(以下「短観」と略す)により製造業の経常利益の推移をみると( 第3-1図 ),前期比でみて,53年度に上期25.7%増,下期9.3%増と増益に転じて,過去のピーク(48年度上期)の水準(=100とする)に96.3と迫った。54年度に入ると,上期に40.1%の大幅増益となって過去のピークを134.9と大きく超え,下期も海外原材料高や円安の続くなかで6.7%増と予想外の好収益を示した。

第3-1図 経常利益額,経常利益率の推移(製造業)

a.収益率,経営効率は好転

こうした推移を収益率や資本効率からみると( 第3-2図 ),全産業では,総資本営業利益率は48年度下期にピークとなったあと,第一次石油危機のため急激な落込みを示し,49年度下期にボトムとなった。その後,51年度上期にかけて回復を示したものの,52年度下期まで下降局面となり,53年度上期以降,急速に改善を示した。一方,売上高経常利益率は48年度上期にピーク,49年度下期に,ボトムを示したあと,54年度上期まで緩やかに改善を続けた。しかし,54年度下期には,仕入価格の上昇が販売価格の上昇を上回ったため,売上高経常利益率は下降した。51~52年度にかけて総資本営業利益率と売上高経常利益率の動きが異なるのは,売上高の伸び悩みから営業利益は伸び悩んだものの,減量経営や金利水準の低下によって金融費用の節減が進んだためである。また,企業の経営効率をはかる指標である総資本回転率は,53~54年度にかけて大きく改善し,減量経営以前の水準よりはるかに好転している。以上みたような傾向は製造業により強くあらわれている。

第3-2図 企業利益,経営効率の推移

b.損益分岐点も改善傾向

製造業のこうした収益動向をコスト面からみると,減量経営の過程で固定費比率は着実に低下する一方,変動費比率は高水準を続けたあと53年度下期には一時低下した。こうしたことから損益分岐点売上高比率は低下を続け,損益分岐点稼働率もかなり好転した(本報告 第I-2-43図 )。

これを生産財関連産業と最終財関連産業に分けてみると,第一次石油危機以前については両者の固定費比率はほぼ同じような動きを示しており,変動費比率については,生産財関連産業の方がやや水準は高いものの,変化方向はほぼ同様の動きを示していた( 第3-3図 )。しかし,第一次石油危機後は,生産財関連産業では,原材料コスト上昇の影響をまともに受けた反面,需要の停滞から製品価格が低迷したため,変動費比率が大幅に上昇した。その後,52~53年度にかけて,減量経営の第二段階として進められた投入原単位の向上が奏功して若干低下したものの,54年度には原油をはじめとする海外原材料高から,再び上昇した。生産財関連産業では,こうしたなかで収益を確保するため,減量経営を推し進めて固定費比率を引下げることで対応した。一方,最終財関連産業では,変動費比率がおおむね第一次石油危機以前の水準におさまっていたことから,人の面での減量は生産財関連産業に比べて穏やかであったため(後掲 第3-5図 参照),固定費比率は相対的に高い水準となっている。なお,54年度に限ってみれば,生産財関連産業,最終財関連産業とも,原材料価格と製品価格の上昇から,変動費比率がとりわけ下期に上昇した一方,固定費比率は大幅に低下している。

これを損益分岐点の動きでみると( 第3-4図 ),生産財関連産業では,損益分岐点売上高比率は50年度上期に100%を超える水準となったあと,54年度上期まで順調に低下した。一方,稼働率は,53年度以降かなり回復してはいるものの,第一次石油危機以前に比べると低い水準にある。こうしたなかで,損益分岐点稼働率はその時期におけるコスト構造を前提として算出されるものであるから単純な時系列比較はできないが,仮に稼働率に損益分岐点売上高比率を乗ずることによってその推移をみると,損益分岐点稼働率は着実に低下し,生産財関連産業では7割操業でも採算が合うようになっている。一方,最終財関連産業でも,損益分岐点売上高比率は50年度以降着実に低下している。また,稼働率は,50年度上期に底を打ったあと特に53年度以降は急速に改善し,54年度下期にはほぼ第一次石油危機以前の水準を回復した。こうしたことから,損益分岐点稼働率もこのところ上昇しているが,それを上回って現実の稼働率は上昇しており,稼働率引下げの余地は大きくなっているものとみられ,こうした面からも企業体質の強化がみてとれる。

第3-3図 変動費比率,固定費比率の推移

第3-4図 損益分岐点の推移

c.固定費比率の低下進む

こうした企業体質改善との過程では,減量経営の下で,とりわけ固定費の削減に目が向けられた。製造業の固定費の推移をいま少し詳しくみると( 第3-5図 ),金融費用比率は借入の抑制と金利水準の低下から,50年度以降かなり低下している。また,減価償却費比率も慎重だった設備投資を反映して緩やかに低下している。この二指標は,生産財関連産業と最終財関連産業とでは,水準は生産財関連産業の方が高いものの,同じ動きをしている。これに対して,人件費比率は,製造業全体でみると,50年度上期まで上昇傾向を辿ったあと53年度上期までおおむね横這いで推移し,以降急速に低下を示しているが,人減らしを断行した企業の多い生産財関連産業では50~51年度にかけて人件費比率が大幅に低下しており,53~54年度の低下の度合も大きい。これに対して,比較的収益状況に余裕のあった最終財関連産業では,50年度以降ほぼ横這いで推移し,54年度も小幅の低下で推移したため,依然かなりの高水準となっている。

第3-5図 収益関連諸指標の推移

こうしたことから,付加価値率の推移をみると,最終財関連産業ではここ10年を通じて25%前後で推移しているが,生産財関連産業では,第一次石油危機以前は25~27%の水準で最終財関連産業よりやや高い水準だったのに対し,石油危機後は20%程度にまで低下している。これは,原油価格高騰に伴う原材料費の上昇が大きく影響しているためである。一方,最終財関連産業では,第一次石油危機前後を通じ,おおむね25%程度で推移している。

第3-6図 付加価値額構成比の推移(製造業)

なお,付加価値額の構成比の推移をみると( 第3-6図 ),このところ人件費と金融費用が低下し,企業の取り分である経常利益が増加しており,こうしたことからも企業体質が強化していることがうかがえる。

d.輸出採算はやや好転

円レートの変動が企業収益に与える直接的影響についてみると( 第3-7表 ),円の対ドル・レートは53年度下期までの円高傾向から,54年度上期,下期は大幅な円安に転じた。製造業全体では,輸出比率と輸入比率の差が個別業種でみるほど大きくないのでその影響はかなり相殺されるものの,それでも輸出比率が輸入比率を若干上回っているので,53年度までの円高が売上高経常利益率を引下げる方向に働いたのに対して,54年度の円安は,上期に0.52%,下期に0.34%,売上高経常利益率をそれぞれ引上げる効果をもたらした(業種別の影響については本報告 第I-2-46表 参照)。

第3-7表 円レートの変動と企業収益(製造業)

第3-8図 採算レートの推移(製造業)

また,輸出採算をみるために製造業の採算レート(輸出による経常利益がゼロになるような円レート)を試算してみると( 第3-8図 ),固定費を内需と輸出に按分して試算したフルコストベースの採算レートは51年度下期以降現実の円レートより円安となっており,採算割れの状態が続いていることを示している。両レートの乖離幅は53年度に最大となったが,54年度の円安局面ではかなり縮小した。一方,固定費は全部内需でカバーするとして試算した限界利益ベースの採算レートでみると,最も円高となった53年度下期においても現実の円レートよりはるかに円高となっており,円高局面でも輸出は企業収益にとって必ずしもマイナスでなかったことがわかる。

(2) 業種別跛行性はやや拡大

a.業況判断の変化

54年度中の動向を業種別にみると,企業の景況感の変化方向には跛行性があらわれてきた。

前記「短観」によって製造業の業況判断D・I(「良い」企業割合-「悪い」企業割合,%)の一年間の変化幅をみると( 第3-9図 ),好転幅が最も大きいのは石油精製である。石油精製は第一次石油危機後,需要不振から市況が軟化していたうえ,54年初来,第二次石油危機による原油供給不安が叫ばれ,業況は極めて悪かったが,供給不足不安から需給が引締まり原油価格上昇が比較的スムーズに製品価格に転嫁されたことから,業況は急速に改善した。石油関連業種の化学も,軟化していた市況が54年度に入って好転し,原油供給不安や先高感による仮需も加わって,業況判断はプラスに転じた。パルプ・紙でも,ちょうど不況カルテルによる生産調整が奏功しかけていたところにC重油の価格高騰が加わって市況の軟化に歯止めがかかり,業況は好転した。また,非鉄金属では海外相場高を背景に市況が急騰し,業況は好転した。一方,輸出産業は,円安とアメリカのインフレから価格競争力が強まり,輸出数量はかなりの増加を示した。こうしたことから,電気機械,自動車,精密機械の業況判断は好転し,相当の高水準を示すに到った。また,省力化,合理化投資を中心とした堅調な設備投資を反映して,一般機械の業況も大きく好転した。こうしたなかで,鉄鋼は,内需の拡大,製品価格の上昇,円安による輸出増といったプラス要因の恩恵をフルに享受して,業況判断は大きく好転した。

第3-9図 企業の業況判断の変化

反面,造船では,構造不況が最も強く叫ばれた52~53年に採算を度外視して受注した船が売上げに立って利益を圧迫したこともあって,業況半断は最悪となった。食料品も,長期的な甘いもの離れによる菓子業界の低迷に,乳業界でも在庫過剰からくる不振,原材料や運賃のコスト・アップの製品価格への転嫁難が加わり,業況は悪化した。繊維でも,長期的な需要不振に原材料高も加わって,業況判断は悪化した。このほか,窯業でも,需要が低迷したことから業況は悪化した。

以上のような動向を総合してみると,製造業全体での業況判断は,第二次石油危機にもかかわらず,16ポイントの好転を示した。しかし,この背景には,インフレによる売上げの水ぶくれや在庫評価益からくる収益の一時的増加や,原油高の影響をまともに受けた電力,ガスが料金への転嫁を全く行わないで製造業の売上原価の上昇幅の縮小に寄与していることが指摘できる。事実,電力,ガスの業況判断は著しく悪化しており,両者とも54年度は経常赤字となっている。

b.主要業種の収益変動の要因

主な業種の54年度における売上高経常利益率の変動要因をみると( 第3-10表 ),化学では,売上高経常利益率は,上期に0.84%ポイントと前期に引続き大幅に改善したあと,下期は0.76%ポイント低下した。上期は,原材料価格の上昇を製品価格の上昇でカバーできず価格要因は6.19のマイナス要因となった反面,仮需もあって売上数量が伸びたことから数量要因が3.54のプラスとなり,変動費要因は2.65のマイナスとなった。一方,固定費要因は人件費をはじめとして販売管理費,減価償却費,金融費用ともにプラス要因となって,変動費要因のマイナス幅を上回る3.58のプラスとなった。この結果,上期の売上高経常利益率は大きく改善した。これに対して,下期は,価格要因のマイナス幅が拡大し,売上数量の伸びも小さかったため,かなりの在庫評価益はあったものの,変動費要因のマイナス幅は3.97に拡がった。また,固定費要因も,金融費用がマイナスに転じたほか軒並みプラス幅が縮小したため,1.89とプラス幅が半減した。この結果,下期は売上高経常利益率は低下した。

第3-10表 主要業種の売上高経常利益率の変動要因分析

一般機械では,上期,下期とも引続き売上高経常利益率は改善した。これは化学と比較すると,原材料価格の値上がりが小幅だったことや,堅調な設備投資を反映して売上数量要因が大きくプラスに寄与したことから変動費要因のマイナス幅が上期0.68,下期0.08と小さかったため,固定費要因のプラス幅は上期1.36,下期0.66と化学に比し小さかったものの,売上高経常利益率は改善を続けた。

輸出の好調な自動車も,売上高経常利益率は上期,下期とも改善した。これは,売上数量の伸びが大きいことから数量要因がプラスとなり,価格要因のマイナス幅を上回って,変動費要因がプラスに寄与したためである。固定費要因は,販売管理費がマイナス要因として働いていることもあり,プラス幅は小さいものとなっている。

こうしたなかで,鉄鋼の売上高経常利益率は,上期に1.13%ポイントと引続き大幅に改善したあと,下期は0.67%ポイント低下した。上期は,価格要因は2.03のマイナス要因となったものの,売上数量の増加に投入原単位の向上や在庫評価益も加わって,変動費要因が1.43のプラスとなり,固定費要因のマイナス幅(0.47)を大きく上回った。反面,下期は,価格要因のマイナス幅が拡大し投入要因がマイナスに転じたことから,変動費要因が1.94のマイナスに転じた。このため,固定費要因は人件費をはじめとして大きく改善し,1.55のプラスとなったものの,変動費要因のマイナス幅をカバーしきれなかった。

(3) 力強い企業マインド

a.中長期的に安定成長を見込む

以上みてきたように,企業は第二次右油危機を克服して業容を拡大してきた。こうしたことから,企業マインドも,慎重さを残しながらも,明るさが増してきている。

企業マインドの推移をみると( 第3-11図 ),業況判断がかなり改善されその状況が持続しているほか,生産設備判断,雇用人員判断といった長期的指標が好転を続けていることが注目される。即ち,企業は一時的な景気後退があってもそれは長続きせず,中長期的には安定した成長を予想していることを示している。当庁の企業アンケート調査でみても,企業の成長率見通しは,55年度,55~57年度平均,55~60年度平均と,長い期間でみるほど高い成長率を予測している( 第3-12表 )。

また,企業マインドを考える際には,実際の業況だけでなく,予測と実績の差も重要な要素だが,企業の景況感の予測と実績を対比してみると( 第3-13図 ),第一次石油危機直後は常に実績が予測を下回っていたが,53年度に入ってからは常に実績が予測を上回っており,しかもその乖離幅はだんだん大きくなってきている。こうしたことも,企業が自信を取戻すことに寄与していると考えられる。

第3-11図 企業マインドの推移(製造業)

第3-12表 企業の成長率見通し

第3-13図 製造業の業況判断の推移(予測・実績比較)

b.55年度も好収益を予想

第3-14表 55年度の企業収益の見通し

以上のような情勢を反映して,54年度の決算がまとまった時点での55年度の収益予想をみると( 第3-14表 ),製造業では55年度も売上げの堅調な増加と経常利益の高水準の持続が見込まれている。また,全産業では,54年度下期に経常赤字を余儀なくされた電力,ガスが料金値上げで盛り返すことから,経常利益は大幅な増益予想となっている。


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