昭和54年

年次経済報告

すぐれた適応力と新たな出発

昭和54年8月10日

経済企画庁


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7. 農林水産業

(1) 農  業

53年度は水田利用再編対策が実施され,米の作付面積が減少し,麦,大豆,飼料作物の作付面積がかなり増加した。こうした土地利用の面で変化がみられるなかで53年度の農業生産は,耕種生産は前年度比2.0%の減少となったが,畜産生産が6.6%増加したことから,農業総合では0.6%増とほぼ前年並みの水準となった( 第7-1表 )。

主要作目についてみると,米は転作等の実施で作付面積は前年度より7.6%減少したが,天候に恵まれ生産は3.9%減にとどまった。一方,転作特定作物の麦類,大豆の生産は作付面積が大幅に増加したことから前年度に比べ麦類は59.4%増,大豆は71%増となった。野菜は,作付面積はやや増加したものの,干ばつの影響で夏秋野菜の作柄が悪かったことから全体では前年度比0.4%減となった。果実は,みかんが生産の裏年に当たることや干ばつの影響もあって前年度比1.4%減,りんごが主産地の青森県で天候不順による落果等から12%減となり,全体では5.4%減となった。畜産生産は,飼料の値下り等により,各畜種とも順調な伸びを示したが,ブロイラーは生産増による価格低下を反映し,牛肉では生産の回復が一巡したことなどから,それぞれ前年度に比べ伸びが鈍化した。

第7-1表 農業生産の推移(前年度比増減率)

(改善された農業の交易条件)

53年度の農産物生産者価格は,天候等の影響により果実などで値上がりがみられたものの,生産資材価格の値下がり等からコスト上昇要因は一層小さなものとなり,需給も総じて緩和基調で推移したことから,行政価格は据え置きないし小幅な引上げ,畜産物価格も前年水準を下回り,農産物総合では前年度比4.3%の上昇になった。( 第7-2表 )。

第7-2表 農産物生産者価格の動向(前年度比上昇率)

品目別にみると,主要な行政価格は米は政府買入価格が実質的に据置かれ,加工原料乳の保証価格も据置きされたが,小麦の政府買入価格は2.1%引上げられた。一方,市場で価格が形成される品目の動きをみると,畜産物は需要が好調であった肉用牛価格が前年水準を上回ったものの,生産が高水準で推移した肉豚,ブロイラーと需要の頭打ちから鶏卵が前年を大幅に下回り,畜産物総合では2.3%の下落となった。野菜は春野菜,秋冬野菜が天候に恵まれ作柄が良かったことから前年度を下回ったが,夏秋野菜が干ばつのため前年を大幅に上回り,年度平均では4.7%の上昇となった。果実は,みかん,りんごが入荷量の減少から前年度を大幅に上回り,全体では14.8%の上昇となった。

一方,53年度の農業生産資材価格は円高の影響で飼料,光熱動力などが値下がりし,総合では前年度比2.5%下落した。この結果,農業生産資材価格指数に対する農産物生産者価格指数の関係でみた53年度の農業の交易条件指数(50年度=100)は108.6と前年度に比べ7.1ポイントの大幅改善となった。

(農業所得はやや改善)

53年度の農家所得は1戸当たり4,159千円となり,前年度に比べ6.5%増と前年度の伸びを若干下回った( 第7-3表 )。

このうち,農業所得は,農業の交易条件のの改善もあって,1,190千円と,前年度に比べ3.5%増と過去2年に比べるとやや伸びを高めた。一方,農外所得は2,970千円となり,前年度比7.7%増と1桁台の伸びとなった。これは賃金上昇が小幅であったことから,「給料・俸給収入」や日雇などの「被用労賃」がともに前年度の伸びを下回ったこと,農外事業等収入が前年度を下回ったことなどによる。

農家所得に出かせぎ,被贈扶助等の収入を加えた農家総所得は前年度比7.4%増となり,総理府「家計調査」による全国勤労者世帯の実収入の伸び率(6.3%増)を若干上回った。また,家計費は前年度に比べ6.5%増と,前年度の伸びをかなり下回ったが,物価が一段と落ち着きを示したことから実質では3.7%増と前年度の伸びを若干上回った。

(必要性強まる農産物の価格安定)

農産物の生産は天候等の影響を受けやすいこと,生産者が零細で多いこと,供給が需要の変動に直ちに対応できないことなど非農産物に比べてその価洛は変動しやすし条件にある。こうしたなかで,最近減速経済の諸影響が農業にも浸透し,農産物の価格変動に及ぼす供給変動の影響がこれまでに比べて大きくなっている。野菜を例に,きゅうり,トマト,いちごの卸売価格の卸売市場入荷量弾性値及び消費支出(家計調査ベース)弾性値を計測してみると,それぞれの絶対値は35~44年平均では消費支出弾性値(γ)>入荷量弾性値(β)であったが,47~53年平均では消費支出弾性値<入荷量弾性値となっている( 第7-4表 )。こうした最近の変化は,実質所得の伸びが鈍化し,施設ものを中心に野菜の消費の伸びも小さくなっている状況の下で,野菜生産をめぐる条件が変化し,最近大都市近郊産地の後退の動きが小さくなるなど野菜の生産にも一定の影響が現われていることなどによるものとみられる。総理府「家計調査」による1人当たり野菜の実質消費支出は,年によってかなり変動しているが,その水準はほぼ48年ごろの水準にとどまっている。特に,49年に資材価格の高騰,燃料費の増嵩等の影響で,価格が高騰し,消費が減退した果菜類については,50年以降消費は回復に向かってはいるものの,実質所得の伸びの鈍化もあって冬場の消費量の伸びが著しく小さいものになっている。一方,49年以降の耕地の非農林業用途への転用面積の減少,農業就業人口の減少率の鈍化,兼業機会縮小などの影響が野菜の生産にも現われており,例えば,農林水産省「耕地及び作付面積調査」による南関東(埼玉,千葉,東京,神奈川)の野菜作付面積は41年の103千haから48年には88千haに減少したが,その後減少率が次第に小さくなり,52年には2.5%の増加となった。こうした動きを反映して,東京都「東京都中央卸売市場年報」による南関東から東京卸中央卸売市場に入荷するきゅうり,トマトのシェアは,35年の65%から48年には31%まで低下したが,その後この傾向は急速に鈍化し,53年には30%となっている。

第7-3表 農家経済の主要指標

第7-4表 野菜の卸売市場入荷量及び消費支出弾性値(東京中央卸売市場の場合)

高度経済成長の過程では,卸売市場への入荷量の増加による実質の卸売価格の下落を消費の伸びによってかなりの部分を吸収し,それたけ価格の変動を小さくする動きがみられた。しかし,最近では消費の伸びが小さくなり,入荷量の増加が価格の下落に結びつきやすくなっており,価格の変動を大きくする環境が全般的に強まっている。したがって,今後は生産者等による自主的生産,出荷などの需給調整機能の強化と価格安定対策の充実の必要が従来以上に強まるものとみられる。

(2) 林  業

(伸び悩む木材需要)

51年にやや回復をみせた木材(用材)需要量は,52年は前年比0.7%の減となり,53年についても,紙・パルプ産業の生産活動がやや活発化しているものの,住宅建設が低い伸びにとどまっていることなどから,前年をわずかに上回る程度の伸びにとどまるものとみられ,最近木材需要は伸び悩んでいる( 第7-5図 )。

木材の主要な需要部門である住宅建設の動向をみると,53年の着工新設住宅戸数は155万戸と前年水準(151万戸)をわずかに上回る水準となった。これはすでに住宅充足率がかなり高水準にあることや,所得の伸びが鈍化してきていること等から住宅建設に慎重な態度がみられ,公的資金による住宅建設は住宅金融公庫の融資公庫の融資戸数の拡大に伴って堅調に推移したものの,民間資金によるものは金融事情が緩和したにもかかわらず減少したことによる。

第7-5図 木材(用材)需要量の推移

一方,木材需要の約3割を占めるパルプ用材の需要部門である紙パルプ産業の生産は,景気の緩やかな回復傾向が続く中で伸びを高めており,53年の生産,出荷は前年をそれぞれ4.8%,5.7%上回った。

次に供給面をみると,52年は国産材の生産が4%減少し,外材の輸入が1%増加した。53年においても引続き国産材が価格の低迷により減少し,外材の輸入が円高等の影響により増加している。この結果53年の木材(用材)自給率は,前年の水準(33.6%)をさらに下回り過去最低となるものとみられている。

(木材価格は外材を中心に上昇基調)

最近の木材価格の動向を「製材・本製品」,「国産丸太」「輸入丸太」の各価格指数によってみると,53年初には着工新設住宅戸数が前年同期を上回って推移したこと等から,木材価格はやや上昇する動きを示したが,その後住宅建設は比較的堅調に推移したものの,円高の進行に伴う輸入丸太価格の下落,先安を見越した木材販売業者の買控え等から下落傾向に推移した。しかし,11月以降円高から円安への転換が進む中で,外材の産地価格の上昇,12月から実施されたトラックの過積規制強化による流通コストの増大,先高感を見込んだ流通段階における在庫手当の増加等の影響で輸入丸太や合板価格が急上昇している。54年2月に入って木材価格は,本木材備蓄機構(財団法人)による備蓄合板の緊急売渡し,流通段階における在庫手当買いの一巡などから弱保合いとなったが,4月には南洋材丸太価格の上昇,流通段階での先行き高を見込んだ在庫手当買いもあって再びじり高基調で推移し,5月に入ると外材丸太の輸入コストの上昇のほか,南用材,ソ連材の港頭在庫の減少などから外材を中心に強基調になった( 第7-6図 )。これらに対処するため,6月に入って日本木材備蓄機構(財団法人)は再び保管中の備蓄合板の放出を決定した。

第7-6図 木材価格(卸売物価)の推移

(期待される森林資源の整備)

我が国の丸太生産量は,戦後最高を示した42年の5,181万立方メートルをピークに減少傾向卜で推移し,51年に木材価格の回復により一時増加したが,52年には再び減少して3,379万立方メートルとなった。これを森林所有形態別にみると,私有林で1,966万立方メートル,公有林で219万立方メートル,国有林で1,194万立方メートルと前年に比べぞれぞれ6%減,3%減,1%減となっており,特に,国内生産量の6割近くを占める私有林の生産量は,42年のそれと比較して6割以下の水準に落ち込んでいる。このような国産材生産の減少傾向は,戦後の人工材がいまたに育成過程にあるという資源的な制約,木材価格の低迷による生産意欲の減退,林道等生産基盤の立ち遅れ等によるものである。

また,森林資源を維持するうえで重要な役割を果している人工造林面積は,戦後急激に増加したものの,37年降は減少傾向に転じ,特に最近に至ってこの傾向は顕著となっている。52年度の人工造林面積は前年度に比べ4%減少し,20万2000haとなっている。51年の森林面積に占める人工林面積の比率は約4割で,その約7割が幼齢林である。そのうえ除伐,間伐等の実施が遅れており,我が国の森林資源は質量ともに整備途上にある。

これまで我が国は国内林業生産の停滞が続く中で需要の多くを外材輸入によってまかなわれてきた。しかし,近年木材輸出国において資源制約,環境保護資源ナショナリズムの台頭等輸出制約要因が強まっており,最近の輸入価格の動向にも反映されているように,将来の外材供給については必ずしも楽観を許せない情勢にある。国内森林資源の持つ公益的機能の拡充と併せて,こうした事態にも適切に対処しうるよう幼齢林等の保育・間伐を促進し,資源内容の充実を図るとともに,生産基盤を整備し林業生産活動の維持向上に努めるなど,国産材の安定した供給を可能とする体制を着実に作り上げていくことがより一層必要となっている。

(3) 漁  業

(遠洋漁業生産は引続き減少)

近年,我が国の漁業生産量は,外国の200海里水域設定の影響などによる遠洋漁業の生産量が減少する中で,我が国200海里水域内における治岸漁業,沖合漁業などの生産量の増加により,緩やかな増加を続けている。53年の漁業生産量は前年を2%上回る1,097万トンとなった。これを漁業部門別にみると,遠洋漁業の生産量は,アメリカ及びソ連の漁獲割当量の減少ですけとうだら等が減産となったほか,南太平洋諸国が200海里水域を設定したため,かつお,まぐろ漁業が影響を受けたことに加えて,南方トロール漁業などの生産量が減少し,遠洋漁業全体では前年比16%減少した。一方,沿岸漁業及び沖合漁業の生産量は,まいわし,さば類,さんま類が豊漁であったことからそれぞれ前年比5%,9%増加した。また,海面養殖業はぶり,かき,のり養殖等の増加で,内水面漁業はうなぎ養殖業,湖沼漁業等の増加によりそれぞれ前年比7%,10%増加した( 第7-7図 )。

第7-7図 漁業・養殖業生産量の推移

一方,水産物の輸人は,200海里水域の設定による漁業生産の先行不安,魚価の高騰,円高などの要因により51年から52年にかけて急増したが,53年に入ってからは国内需要の停滞,前年からの在庫繰り越し等もあって低調に推移し,年間では6,765億円と前年を2・9%上回る伸びにとどまった( 第7-8表 )。主要品目別には,かつお,まぐろ頬,魚粉などの輸入は減少したが,国内では資源的に供給の制約が大きいえびなどや200海里水域の設定に伴って生産量が減少したさけ,ますなどの輸入は増加している。

第7-8表 水産物輸入の推移

(水産物の消費は回復傾向)

最近の水産物価格の動きを産地市場卸売価格でみると,水産物価格は51年に前年比18.0%上昇のあと,52年には200海里問題の影響などから8月まで高い上昇率が続き,10月以降はさんま,さば類等の豊漁から下落したものの,年間では前年比23.0%の上昇とこれまでの最高の上げ幅となった。53年に入り,水産物価格は1~3月はまあじ,すけとうだら等の値上りから前年水準を上回って推移したが,4月以降はかつお,まぐろ類をはじめ,多獲性魚の水揚景の増加から下落し,年間では前年比14.0%の下落となった。一方,消費者価格は時期を若干遅らせなから産地市場卸売価格と同様の動きを示し,51年に前年比9.3%上昇したあと,52年には18.1%の上昇と上げ幅を著しく拡大した。53年に入ると次第に上げ幅が小さくなり,さらに9月以降は下落に転じ,年間では2.3%の上昇となった( 第7-9図 )。

一方,同じ動物性蛋白質食品である肉類の消費者価格の動きをみると,肉類の価格は51年に前年比で10.7%上昇のあと,52年には0.4%下落し,53年についても0.2%下落している。この結果,肉類,魚介類の51年~53年の相対価格の変化では,肉類の年率5年1%の下落に対し,魚介類は7.4%の上昇となっている。最近,肉類の消費が比較的堅調な伸びを示している反面,魚介類の消費は減少している。これには,こうした相対価格関係の変化を反映している面が強い。すなわち,51年~53年間の1人当たり肉類と魚介類の消費量の変化をみると,肉類が0.99kg増加しているのに対し,魚介類は1.06kg減少しており,1人当たりの蛋白質換算でも肉類の179gの増加に対し,魚介類は195gの減少となっている( 第7-10表 )。しかし,このところ生鮮魚介類については価格の落ち着きがみられ,これに伴って消費は少しづつ持ち直してきている。

第7-9表 水産物価格の動き(前年同月比)

このように,最近,実質所得の伸びが小さくなっている状況の下で,消費者は水産物の消費に当たって,価格に敏感に反応するようになってきている。200海里という新しい海洋秩序の時代を迎えて,我が国の漁業をめぐる環境は大きく変化しているが,新たな漁業資源の開発や輸入の適切な活用,流通の合理化などを進めて安価かつ安定した水産物の供給を確保することが重要となっている。

第7-10表 肉類及び魚介類の1人当り消費量の増減と相対価格の騰落率の推移


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