昭和54年

年次経済報告

すぐれた適応力と新たな出発

昭和54年8月10日

経済企画庁


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第2部 活力ある安定した発展をめざして

第1章 減量型経営からの脱却

第2節 減量経営の進展

(「減量経営」について)

本節では,企業収益の改善に大きく寄与した石油危機後の減量経営の進展状況をみることとするが,分析に入る前に,「減量経営」という言葉の意味を考えておこう。それは,局面の変化により,企業の対応の仕方を反映して異なる内容をさしているようにみえる( 第II-1-10図 )。

まず,第1段階では石油危機直後の需要の大幅落込み,石油をはじめとする一次産品価格上昇を背景とした収益の大幅悪化に対処するために,一時帰休,利益捻出のための資産売却,さらには配当率の引下げなどの緊急避難としての性格が強い対策がとられた。

その後需要は回復に向かったものの,そのテンポは従来の景気回復期に比べてはるかに鈍かった。こうしたなかで成長率に対する企業の期待が下方に屈折し,今後5~6%の経済拡大しか期待し得ないという見方が定着していった。このような中期的な成長率屈折への対応が,減量経営の第2段階である。すなわち,企業は能力拡大投資の抑制,適正在庫率の引下げなどに懸命に取組む一方,借入を返済・抑制し,また雇用面では男子を中心とする基幹労働力の調整を進め,これらにより固定費コストの引下げを図ったのであり,いわば量的な調整に重点があった。これが現在いわれている減量経営の中心的内容である。

第II-1-11図 減量経営の効果

現実に企業が減量経営の方法として効果があったと指摘している手段も,当庁「企業行動調査」によれば,「人件費抑制」と「金融費用の節約」が最も多く,これらに,実質的には金融費用節約の手段と考えられる「在庫費用節減」,「遊休不動産売却」を加えると,全体の3/4を占めている( 第II-1-11図 )。

第II-1-12図 人件費・金融費用の動向(製造業)

(人件費と金融費用の負担軽減)

そこでまず,人件費の動きをみると( 第II-1-12図① ),製造業では50年度以降,1桁台の上昇にとどまっており,とくに53年度には5%を下回る低い伸びとなった。これを賃金と雇用人員の動きに分けてみると,賃金は総じて緩やかなベアに加え,労働力構成の面でも臨時雇用,女子のウエイト上昇などから低い上昇率にとどまった一方で,雇用人員も企業の厳しい雇用調整を反映して,減少を続けている。

第II-1-13図 資産,負債の対売上高比率の推移(製造業)

次に,金融費用の動向をみると( 同図② ),人件費と同様に50年度以降は非常に小幅の増加にとどまり,特に52~53年度には減少をみている。この金融費用の軽減は資金調達規模の圧縮,借入金利低下の両面から可能となった。

第II-1-13図 は,企業のバランスシートの各項目を売上高で割ったものであるが,これをみると,53年末の借入金の売上高に対する比率は40~48年の平均に比べ,6.2%ポイント低下している。一方,これに見合うかたちで,固定資産(同6.6%ポイント低下),棚卸資産(同1.2%ポイント低下),さらには手元流動性(同0.5%ポイント低下)などがかなりの低下をみており,厳しい収益環境から自己資本・引当金が伸び悩むなかで借入抑制が実施されたのは,まさに設備投資,在庫投資の圧縮を反映したものであることが見てとれる。

(安定成長に耐えられる企業体質)

以下のようなコスト節減の結果,企業の収益構造は過去に比べてかなり低い操業にも耐えられるようになってきている。 第II-1-14図 の損益分岐点売上高比率(経常利益を実現するためには,現実の売上高に比ベ何%の売上高が最低必要かを示すもの)は,49年度に急上昇した後,前述のような人件費,金融費用の抑制から固定費負担が軽減されたほか,変動費コストも,49~50年度に原燃料価格の上昇から大幅な上昇をみたものの,51年度以降はエネルギー・原材料原単位の低下や,円高による価格低下も加わって,順調に低下を続けている。

このように,費用・収益構造というフロー面で企業の安定成長への適応が進んでいるだけではなく,ストック面,すなわち財務内容の安定性という側面からみても,企業経営の改善は進んでいる。

企業の財務内容について判断するには,自己資本比率,流動比率等いくつかの角度から多面的にとらえることが必要なので,ここではこれら多くの指標をまとめた総合的な指標として「企業体力指数」を試算してみた( 第II-1-15図 )。これをみると,石油危機によるマイナスの影響が累積した50年度には,素材産業,加工型産業ともに,ほとんどの業種で企業の体力は大幅に低下をみたが,その後減量経営の進展,収益の回復により,改善が進んでいる。

業種別にみると,53年度には,自動車や精密機械など,収益が早くから回復を示した業種では,財務内容が過去の平均を大きく上回っているのが目立っているが,業種間の跛行性はフローの収益の面では縮小をみているものの,ストック面における回復度合いの格差はなおかなり大きい。しかし,繊維等一部の業種を除けば,各業種とも財務内容の総合的判断としては40年代央の平均的な水準に近づいており,企業体力の回復という観点からみても,企業経営は最も苦しい時期を既に乗りこえたようにうかがわれる。

(部門による減量経営の差)

石油危機後の環境変化は,特に原材料高と需要の落込みで素材産業に厳しく,また急速な円高は限界的輸出産業に大きな影響を与えたとみられる。従って,減量経営への切迫性と内容もそれらのセクターで厳しかったと考えられる。

ところで,当庁「企業行動調査」によれば,「現在まで減量経営を実施しなかった」という回答の割合は製造業で1.8%,非製造業で3.7%と大差はなく,それぞれを業種別にみても,不動産業が20%と比較的多いほかは目立った差はない。すなわち,減速経済の下で総じて環境は厳しく,企業は一般的に減量意識をもっているとみられる。

しかし,実施した減量の内容はかなり異なっている。一つの例として,人件費面における対応を,生産財関連と最終財関連の業種で比較してみよう。 第II-1-16表 は,名目的な生産性を表す指標として,製造業主要企業の,支払賃金1単位当たりの売上高(売上高人件費比率の逆数)をとり,これをいくつかの要因に分解したものである。生産財関連製造業においては50年度下期から53年度上期にかけて単位人件費当たり売上高は若干のマイナスであり,最終財関連製造業の8%近い増加より状況は厳しかった。その中味の主たる差は生産性要因にあり,最終財関連製造業は若干の雇用抑制と生産工程の省力化によって大幅な売上数量の増加に対応した。他方,生産財関連製造業の方は,売上数量の増加はわずかであり,生産性向上には合理化努力もあるものの,雇用の圧縮が大きく寄与している。やはり,需要増加が相対的に小さかった生産財関連製造業では雇用抑制という厳しい調整手段への圧力が強かったといえる。

比較的高い成長を実現しえた企業と,成長性の低い企業とでも,相当対応策が異なっている( 第II-1-17図 )。すなわち前者では,比較的早い時期から収益が回復したこともあって,金融費用の節減を中心とした対応が可能であったのに対し,後者は人件費の抑制という,より厳しい対策に取組まざるを得なかったうえ,かなりの企業が遊休資産の売却など,過去からの蓄積の食いつぶしを余儀なくされている。そして,高成長グループには「減量を実施せず」という企業が若干みられるが,低成長グループには全くない。

なお,この高成長グループには,自動車,精密機械,電気機器などの加工型産業が多く,低成長グループには繊維,海運,一般機械といった石油危機後の構造変化の影響を強く受けた産業が多い。

(減量経営を支えたもの)

減量怪営の方法については既にいくつかについて述べたが,さらにそれらを支えたものについて二つのことを指摘しておきたい。

第1は技術開発ないし新しい生産方法の導入である。減量経営は,やはりただ「減らす」のが目的なのではなく,コストを下げる必要性が高まったということである。その具体的内容については次章で触れるところであるが,NC工作機械,事務用コンピューター,工業用ロボットの採用など合理化技術が急速に広まった。また,鉄鋼における連続鋳造法やセメントにおけるNSPキルンの採用などの省エネルギー技術の広まりも企業の変動費軽減に寄与した。

第2は金融費用削減に関連して前述した借入金利低下に係る動きである。借入金利低下の主因は相次ぐ公定歩合引下げに伴う市中金利の低下であるが,借入金の構成変化による面も少なくない。すなわち,52年度に入ってから長期借入金の比率は一貫して低下しており,一方でこの間に長期金利と短期金利の格差が広がっていたことを勘案すれば( 第II-1-18図 ),金融費用の抑制にかなり貢献したといえよう。

長期借入金の比率が低下した一つの要因は,金融緩和が長期化するなかで,金融機関の貸出態度が徐々に弾力化し,金利水準の相対的に低い短期借入へのシフトに応ずるようになっていったという与信側の態度にある。しかし,より基本的には,①長期資金への依存度が高い設備投資活動が低迷したこと,②成長見通しの低下から,企業の将来の必要資金規模に対する見方が後退し,このため資金の安定性よりもコストを重視するようになったこと,を反映しているといえよう。ちなみに,前回の緩和期においては,金融緩和の度合いはむしろ今回よりも強かったにもかかわらず,前回は実物投資の回復を背景に,長期借入比率はほぼ横ばいに推移していた。

企業の金融行動については,以上のような資金調達面だけでなく,資金運用の面でも,全体としての手元流動性の圧縮が図られるなかで現預金が厳しく抑制された一方,現先運用のウエイトが引上げられるという大きな変化がみられている。これを「短観」でみると,全産業の売上高・現預金比率は,50年末の1.01から54年3月には0.92へと低下している一方,短期所有有価証券(この大半が現先運用)の売上高に対する比率は逆に0.25から0.43へと上昇しており,企業の手元資金が収益性の高い現先ヘシフトしていることを示している。

(減量経営の現段階)

以上のように,コスト,損益分岐点売上高比率,企業体力などの現状を総合的にみると,減量経営の山は越えたように考えられる。当庁「企業行動調査」によっても大部分の企業が減量経営は予想どおりか,予想以上の進展をみたと答えている(前掲 第II-1-11図 )。もちろん,今後とも減量経営を続行する企業は多いが,その内容はこれまで割合の高かった人件費削減が減り,諸経費節減といった,いわば従業員の意識に依存する度合いの大きいようなものが増えている(前掲 第II-1-17図 )。また,人件費削減の内容も雇用量の圧縮よりは賃金制度の改定といったものに重点が移ろうとしている。従って,企業は減速経済への量的対応を終え,質的対応に移りつつあるといえよう。