昭和54年

年次経済報告

すぐれた適応力と新たな出発

昭和54年8月10日

経済企画庁


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第2部 活力ある安定した発展をめざして

第1章 減量型経営からの脱却

第1節 着実な改善を示した企業収益

本節では,53年度における企業収益の改善の内容を,業種間跛行性の縮小を含めて概観するとともに,53年秋まで高騰を続けた円レートの動きの企業経営に与えた意味も考えてみたい。

1. 収益の改善と業種間格差の縮小

(足ぶみを脱した企業収益)

企業の収益は,第1部第1章第1節で述べたように,51年度にかなりの回復を示したあと,52年度は上期,下期ともに足ぶみを余儀なくされたが,53年度にはかなり目立って改善し,この結果利益水準は5年ぶりにほぼ石油危機前のピークである48年度下期の水準まで回復してきた(前掲 第I-1-5図 )。

収益改善の大きな理由は,国内需要の拡大を反映して売上数量が着実な伸びを続けたことにある。しかし,これに加えて円高による原料価格の低下(交易条件の改善による効果)や,減量経営の進展に伴う固定費の抑制が大きく寄与している点が,最近の特徴といえよう。

これを,製造業の売上高経常利益率の変動要因分析によりみてみよう( 第II-1-1表 )。製造業の売上高経常利益率(法人企業統計季報ベース)は,53年度には上期0.4%ポイント上昇のあと,下期も0.5%ポイントの上昇をみているが,これに最も大きく寄与したのは,価格効果である。すなわち,製品価格,原材料価格は,ともに円高の影響から低下しているが,原材料価格の収益改善効果が,製品価格の低下によるマイナスの影響を上回ったため,価格要因は,上期には52年度に引続きかなりの増益要因,下期もわずかながら増益要因となった。一方,数量・在庫効果(原単位の変化と当期中に実現した在庫評価差損益)は,上期中は引続き減益要因となったものの,下期には売上数量の増勢の強まりと円高一服を主因とした価格低下テンポの鈍化から増益要因に転じており,この結果,変動費要因全体としてみても,53年度下期にはかなりの増益要因として寄与している。

一方,固定費要因も後述のような減量経営の進展を反映して,収益改善に貢献している。まず,金融費用は金利の低下に加え,売上高の増加にもかかわらず借入が抑制されたことを反映して,上期,下期ともに引続き増益要因として寄与している。また人件費も,上期には雇用者数の抑制にもかかわらず,ベアの実施からマイナス要因となったものの,下期にはプラス要因となり,このほか販売管理費等の圧縮も収益の改善に貢献している。

一方,このような収益の改善要因を生産財関連製造業と最終財関連製造業に分けて,その特徴をみると,次のような三つの点を指摘できよう,まず,第1には価格要因の面では,生産財関連製造業が円高によるメリットをより多く享受したことである。一方,第2の特徴として,生産財関連製造業では,在庫評価損などから,数量・在庫効果が年度全体としては相対的に大きなマイナス要因となった。しかし,変動費要因全体としてみると,生産財関連製造業ではかなりの増益更因となった一方,最終財関連製造業では小幅の寄与にとどまっている。第3に固定費要因については,生産財関連,最終財関連ともにかなりの増益要因となっている。もっとも,後述するように,同じく固定費負担が軽減されたといっても,例えば人件費については,生産財関連製造業では,売上高が相対的に伸び悩む中で省力化,合理化による生産性の上昇とともに,雇用量の調整に努めたのが大きく寄与したのとは対照的に,最終財関連製造業では売上高の増加に対して,極力省力・合理化による生産性の上昇で対処してきたことによるものであるなど,その背景にはかなりの差が存在していることは見逃せない。なお,53年度下期には,生産財関連製造業において,その他要因が大幅な減益要因となっているが,これは石油精製業における為替差損を反映したものである。

(業種間の格差は急速に縮小)

53年度における企業経営の大きな特徴は,利益が着実な改善を示すなかで,石油危機後の我が国経済がかかえていた一つの大きな問題であった業種間の跛行性が急速に縮小に向かったことである。

例えば,企茉マインドの53年度中における変化をみると( 第II-1-2図 ),世界的な船腹需給のアンバランスの影響が続いている造船や,OPECの原油価格引上けによる影響が予想される石油精製などを除くと,ほぼ全ての業種において,企業の業況に対する判断はかなりの好転をみている。しかし,こうしたなかでも業況回復が最も遅れていた鉄鋼,非鉄金属,繊維などの生産財関連製造業が著しい改善を示しているのが目立っており,この結果,業種間における業況判断の格差は急速に縮小している。また,当庁「企業行動調査」によると,「コスト割れである」とする企業の割合は,53年には業種によってかなりのばらつきがみられたが,最近ではこの差がほぼ解消しでいる。

石油危機後,生産財関連製造業の回復を相対的に遅らせた条件は,52年度後半以降がなり大きな変化をみせた。まず,急速な円高の進展は,生産財関連製造業の原材料コストを相対的に大きく低下させ,これらの業種の収益改善に貢献した。この点についてやや詳しく検討してみよう。

円レートが上昇すれば,まず輸入原材料を使用する産業のコストが低下し,これらの業種の収益改善に寄与する。しかし,円高による恩恵を受けるのは,原料を直接輸入している産業だけではなく,これらの業種から原料を購入する産業にも波及していく。すなわち,水際で発生したメリットは,やがては輸入関連産業の製品価格の低下,さらにはその製品を使用する業種の製品価格低下という波及過程を通じて,諸価格の低下,ないしは多くの産業の収益改善につながっていくはずである。その結果,輸入価格低下によるメリットが最終的にどの産業,あるいは最終消費者にどの程度の利益を与えるかは,各財の需給など,市場の要因によって決まるわけであるが,この間の過渡的な円高の効果を各産業について試算したのが, 第II-1-3表 の売上高利益率の為替変動に対する感応度である。この感応度を最近における業況判断の動きと対比してみると,円高が輸入原材料関連の生産財関連製造業に大きなメリットを与えたことが裏付けられる。また,これは,前掲 第II-1-1表 による利益率改善の要因分析において,生産財関連製造業で価格効果の寄与が大きかったことにも符合している。

しかし,円高が原材料コストの低下を通じて生産財関連製造業の収益改善,業種間跛行性の縮小に貢献したとしても,これは本来一時的な効果であって,円高のメリットはやがて経済全体に波及していくはずである。それにもかかわらず,生産財関連製造業における業況が相対的に大幅な改善を続けたのは,円レートの上昇が長時間にわたったことのほか,これとほぼ同時に最終財関連の製造業に比べて遅れていた需給地合の好転が,在庫調整の進展などを背景にかなり急速に進んだことによるものである。さらに,業種間跛行性縮小の大きな要因として,設備投資の後退により打撃を受けた一般機械,鉄鋼等では,52,53年度において公共投資の需要拡大効果が大きかったことなどが大きく寄与していることも見逃せない。こうしたことを反映して,業種別にみた需給判断の好転幅は,業況判断の好転と高い相関を示している( 第II-1-4図 )。すなわち,売上高利益率の為替レートに対する感応度が高くても,例えば紙・パなどは需給の好転が余り進まなかったため,業況はさはど好転を示しておらず,繊維,鉄鋼等における円高メリットも,需給の好転があってはじめて業況の改善に結びついたのである。

第II-1-5図 主な構造不況業種の業績推移

(構造不況業種の現況)

今回の石油危機の調整期においては,全般的な企業経営の悪化もさることながら,いわゆる構造不況業種の業況の著しい落込みが大きな問題となった。しかし,全体としての企業経営環境が好転し,業況の跛行性が縮小するなかで,これらの業種でもかなりの回復がみられる。 第II-1-5図 は,主な構造不況業種の売上高および利益について,最近のボトムからの回復度合いをみたものであるが,造船が引続き悪化しているほかは,いずれも収益面では黒字に転ずるか,赤字幅の縮小をみている。なかでも平電炉や塩ビ樹脂,合板,製材などが売上高,利益ともにかなりの回復をみており,また精糖も政策的な支援の効果もあって,急速に回復してきている。

もっとも,同じく利益の回復を示しているといっても,化学肥料,精糖や繊維では,売上高はむしろ利益のボトム時より減少するなかでの,いわば縮小均衡型の回復であって,売上の増大に見合って利益が回復に向かっている平電炉等とはかなりの対照を示している。

(中小企業の収益も着実に改善)

53年度には,大企業だけでなく,中小企業の収益も着実な改善を示している。例えば,日本銀行「全国企業短期経済観測」でみると,中小企業製造業の売上高経常利益率は,52年度下期の2.47%から53年度上期には3.46%,下期には3.67%と大企業の改善幅を上回る上昇となった。この結果,53年度の利益率は,最近のピークである48年度に対し56%と,大企業の70%をやや下回っているものの,48年度における中小企業の利益率水準が相対的に高かったことを勘案すると,かなりの改善がみられたといえよう( 第II-1-6図 )。

また,業種別にみても,好調を続けてきた精密機械が,円高の影響などもあっててやや低下したものの,52年度中には赤字を余儀なくされた鉄鋼をはじめ繊維,パルプ・紙など,回復の遅れていた業種が大幅な改善となったため,業種間の跛行性は中小企業でも縮小に向かっている。

2. 円高への企業の対応

53年秋まで続いた円高は,その過程においては企業にとっては際限なく続くかにみえた。円高は直接,間接に輸入依存度が高い企業にとってはメリットになるが,輸出依存度の高い企業にとってはデメリットになる。そこで,輸出産業はいろいろと円高対応策をとらざるをえない。ところで,このような円高対応策をとり続ければ,企業は円高がいつまでも続いても耐え続けることができたのだろうか。それとも,企業の対応は難しくなってきていたのかどうか,という点が本項の問題意識である。

(輸出関連業種の合理化努力)

円高のもとで輸出企業が,円建輸出価格を据置くとすれば外貨建価格が上がることになる。しかし,それは海外の需要減をもたらす可能性があるので,結局円建価格をある程度下げなければならなくなるが,これを利益の削減につなげないためには,自らとともに下請企業等関連業界を含めて合理化努力を強め,あるいは品質の高級化,海外部品の調達,海外生産への進出,内需への転換などの必要にもせまられた。

事実,最近においても輸出産業の合理化努力は進められている。 第II-1-7図① は,最近2年間における各業種の省力化・合理化投資の規模を,輸出比率との対比でみたものであるが,造船のように需要が全体として大きく落込んだ産業を除けば,総じて輸出のウエイトが高い産業ほど省力化・合理化投資に前向きに取組んでいるのがみてとれよう。また,当庁「企業行動調査」をみても,輸出比率の高い業種において,「省力化・合理化投資」や「生産工程の見直し」が効果を発揮した,とする回答が多かった( 同図② )。

(外貨建輸出価格の引上げ)

しかし,51年度下期に対して53年度下期の円レート(円当たりドル,欧州方式)は32.5%も上昇しており,かかる短期間に生じたこのような急激な円高に対して合理化だけで対応することはおよそ無理であり,結局のところ外貨建輸出価格の上昇が中心となって輸出企業の打撃を和らげることになったった。

企業の輸出採算レートを,その時々の円建て輸出価格を前提に,輸出品の採算がゼロとなる円レートとして一定の仮定の下に試算し,その変化を,①ドル建輸出価格の上昇,②投入価格の低下(円高の原料価格に対する直接,間接効果等),③その他(合理化効果等を含む),の三つに分けてみると( 第II-1-8表 ),51年度下期から53年度下期にかけて,輸出採算レートは28.4%上昇しているが,そのうち25.9%分はドル建輸出価格の上昇によるものである。これが大部分を説明しているが,投入価格も主として円高を反映して,4.4%分の寄与を示している。一方,その他の部分は全体として採算レートには余り影響を与えていない。

すなわち,円高が進むにつれ,企業の輸出採算レートも上昇した。例えば,かつて1ドル300円でなければ採算が合わなかったものが,その後は200円前後でも採算がとれるようになった。その最大の要因は,外貨建価格を引上げたこと,すなわち円高をドル建価格の引上げに転嫁したことといえる。

このドル建価格の上昇が相対的にみてどの程度のものであったかを検討してみると,52年度中は世界の輸出価格の上昇にほぼ見合ったものであった。すなわち,世界のインフレの進行に相応したものであって,日本の輸出数量に特に大きく不利となるものではなかった。しかし,53年度に入ると転嫁の状況が世界輸出物価の上昇をかなり上回るようになる。円高が顕著になる直前の51年度下期を基準に累積してみても,53年度に入ってからの転嫁率の相対的高まりが目立つ。これは,企業は52年度まではほぼ競争品の価格上昇に見合う程度のドル建輸出価格引上げを行い,輸出量の確保を図ってきたが,その後それでは採算の悪化幅が限界に達したことに加え,輸出市場における貿易摩擦を回避する必要が高まったことなどから,採算をある程度重視した輸出価格設定を余儀なくされていったのである。この結果,輸出市場における競争力は低下し,輸出量の減少というかたちで企業経営の圧迫要因となった。すなわち,企業経営にとっても53年度に入ってからの円高は一段と厳しい問題を投げかけていたものとみられる。

(輸出の減少を補った内需の好調)

このような輸出数量の落込みが,企業経営の悪化として表面化しなかったのは,内需が53年央以降,順調な増加をみたからである。 第II-1-9表 をみると,輸出は円高にもかかわらず51年度下期以降一貫して売上数量増加に対して,内需を上回る寄与を続けたが,53年度にはかなりマイナスの寄与に転じている。しかし一方で,内需の好調がこれを吸収し,とくに下期にはかなりの伸びとなったため,全体としての売上数量はむしろ伸びを高めている。業種別にみても,輸出数量の落込みが大きかった自動車,電気機械などで,猛暑による夏物家電の売行き好調,さらには買替需要期の到来などから内需が大きく増加しており,輸出面での影響を軽減したのが目立っている。