昭和51年

年次経済報告

新たな発展への基礎がため

昭和51年8月10日

経済企画庁


[前節] [次節] [目次] [年次リスト]

終章 新しい発展のための基礎がためのとき

(企業体質の改善)

高度成長より安定成長への経済成長路線の転換は,企業というミクロのレベルにおいても,これに適応した構造的な転換を要請している。すなわち大きな経済変動にも抵抗力のある企業体質への転換及び物価上昇によるインフレ利益を当てにしない健全な企業経営の確立である。

わが国企業は,自己資本比率の低位性と終身雇用及びこれと結び付いた年功賃金制を特色としている。この2つの特徴は,経済の高度成長に極めてよく適合したものであつた。経済の高度成長が続くかぎり企業には売上げの伸びが保証されるため,増大する売上げの中から借入金の元利を返済することは比較的容易であつた。また,インフレーションは,借入金負担を実質的に軽減した。そして,企業が成長している過程では若年労働力の供給が豊富であつたことから,従業員の年令構成を年々若返らすことが可能であつたため,各人に対して定期的に昇給を保証しながらもなお,人件費の上昇を抑制することが可能であつた。またわが国に特有なボーナス制度や企業別組合による賃上げ交渉も硬直的になりがちな人件費負担を景気変動に伴う企業の業績の変化に応じて伸縮的なものにするのに役立つた。

1960年代において恵まれた内外の環境条件の下で経済の高度成長をおう歌したわが国経済も,70年代に入つてからはニクソン・ショック,石油危機,その後の世界景気の同時的な落ち込みといつた世界経済の大変動に際会した。1930年代の世界不況以来絶えてなかつたような世界経済の変動は,高度成長の持続を当然の前提として形成されてきたわが国の企業体質に対する反省を迫ることになつた。わが国企業は,他人資本に依存する度合いが大きく,また経済情勢の変化に応じて雇用を調整することが困難であることなど,損益分岐点を高める要因が多く,このため大きな経済変動に対して抵抗力が乏しい。

経済政策手段の進歩は,国内的要因に基づく変動を極少化することを可能にするようになるであろうが,石油危機の際にみられたような外部からの突然の衝撃に対しては常にこれを吸収できるとは限らない。世界経済における不確実性はいぜん解消していない。したがつて,世界経済における不測の変動にも耐えるように企業体質の改善(財務構成の是正,雇用,賃金慣行の見直し)が求められている。

企業体質の改善問題の根本は,企業の自己蓄積力を強化する点にある。石油危機前後のインフレ期において,わが国企業は空前の高収益をあげたが,本文の分析で明らかにされたように,その大部分はインフレーションの結果発生した在庫評価益及び償却不足に起因するものであり,実質利益は逆に減少したのである。ここで実質利益とは,国民経済の立場からみた企業利益であつて,企業の生産活動の結果産み出された純生産物から賃金及び金融費用を控除した後の剰余のことである。また,インフレ期には,借入金の借入時と返済時における貨幣購買力の差によつて生れる債務者利得も莫大な額に達した。

在庫評価益や債務者利得は,企業の正常な生産活動の結果産み出されたものではなく,国民経済の立場からは,いわば「太郎から次郎へ」実質購買力が移転したものにすぎない。したがつて,たとえ私的経済の観点から企業がいかに高収益を誇ろうとも,国民経済の観点からは企業利益が減少するということが起りうるのである。インフレの収束にともなつて,このような実質購買力の移転がなくなり,実質利益が減少するような状況の下では,企業の自己蓄積は困難になり,借金依存による資本蓄積という従来のパターンを繰り返さざるをえないということになり,企業の財務構造の改善が不可能になる。

結局のところ,企業の自己蓄積力を強化し,体質改善を進める道は,生産性の向上に努めるとともに,経費の節減等の地道な努力を続け,「ひたいに汗した利益」からの蓄積を行なうこと以外にはないという当たり前の結論に達する。企業の利益率の高さが企業の社会に対する貢献度合いを示すものだとの見方もあるが,たとえ利益率が高いものであつても,その利益がインフレによる利益である限り,それが社会的貢献度の指標にはなりえないことを改めて銘記すべきであろう。


[前節] [次節] [目次] [年次リスト]