昭和46年

年次経済報告

内外均衡達成への道

昭和46年7月30日

経済企画庁


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第2部 経済成長25年の成果と課題

第4章 都市化社会の現代的課題

4. 都市化社会の福祉と負担

都市化社会の現実は,農家の生活環境にさまざまな変化をもたらす一方,都市生活者に対しても多くの問題を生じさせている。個人家計に表面上あらわれた物財やサービスの消費は,近年とくに豊かになり派手にもなつているが,生活基盤の貧しさ,住宅,通勤難さらには公害や危険といつた面で,都市生活者への有形無形の負担を重くさせている。現在,重要性を高めている経済,政治上の問題の多くは,実は都市化社会がいかにあるべきかという課題に緊密につながつているのである。

(1) 都市世帯の生活

都市世帯にみる特徴的な動きは,都市住民の年令構成が若いこととあいまつて,核家族化が進み,世帯員数が急速に減少していることである。人口5万人以上の都市に住む勤労者世帯の平均構成人員は,昭和35年の4.38人から40年の4.11人,45年の3.87人へと減少している。

こうした世帯員数の減少は,育児数の減少,有業率の上昇,ひいては貯蓄率の増大にも関連している。 第152図 にみるように,勤労者世帯の子供数はかなりの減少をみせ,これとは対照的に世帯の有業率が上昇している。育児をへらす一方で共かせぎをふやすのは都市家庭生活の特徴的な動きであるが,これによる家計収入の増加は,現在の生活水準を向上させるのに役立てられるだけでなく,住宅,教育など将来の生活向上のそなえをふやすのにも用いられている。

消費パターンの均一化も現代都市生活の特徴である。一般に都市は地方よりも高所得・高消費型であるが,収入の地域格差は縮小しており,消費構成にもあまり差はない。消費面でも都市化は全国的に進んでいる。

この消費パターンの均一化には,都市中流所得層の拡大が影響している。すなわち核家族化と所得の平準化が消費単位を均一化させ,さらに教育水準の高まりやマス・コミュニケーションの発達なども中流階級意識を広める要因として働いた。このように都市生活者のなかの中流階級意識を持つ世帯の比重が高まつたことが消費パターンの均一化を促進している。これを象徴しているのは,耐久消費財の著しい普及であり,レジャー消費の急速な増大である。耐久消費財の普及をみると,都市と農村の普及率は近接しているが,時期的には都市が農村に先行する姿となつている( 第153図 )。

以上のように,都市生活者の家計の内部ではかなり消費水準は向上しているが,家計をのせる容器ともいうべき住宅生活は相対的に貧しい。とくに人口業中地区では1人当たりたたみ数は4.9畳と非集中地区(6.2畳)をかなり下回つており,都市における住宅向上意欲はとくに強いものがある(前掲 第152図 参照)。

しかし,たくわえをふやしてよりよい住宅に住もうとしても,土地の値段は所得の上昇率以上のテンポで騰勢をつづけている。また,一歩家庭から出ると毎日の通勤輸送は満員状態から改善されていない。こういつたところに,家計消費か豊かになつたにもかかわらず,生活に充実感が乏しい理由がある。さらに,消費者物価の高い上昇が日常生活に不安感をあたえ,公害の増大が生活環境を悪化させている。以下にこれら都市生活をとりまく諸問題についてみてみよう。

(2) 住宅・土地・通勤問題

(狭小過密の住居水準)

わが国の住宅投資は年々2割前後の増大をつづけ,近年の住宅統計調査では全国の住宅戸数は全国世帯数を若干とも上回つている。しかし,住宅の広さや設備などの水準は他の先進国よりもかなり劣つているし,とくに人口集中と核家族化のはげしい都市では,狭小過密という姿でいぜん住宅難がつづいている。

第154表 世帯主の年齢別にみた持家比率,たたみ数など

第154表 は,人口集中地区と非集中地区とにわけて,近年の住宅事情を比較したものである。世帯主の各年令層を通じて,人口集中地区では借家暮しの比率が高く,とくに20才台の若年世帯層については,炊事場や便所が共有施設としてつくられている木賃アパート式の民営借家に住んでいるものの比率がきわめて高い。この施設共用の民営借屋の1戸当たり居住面積は,人口集中地区ではわずかに17平方メートルにすぎない。また住宅スペース単位当たりの家賃についてみると,人口集中地区では非集中地区の約2倍となつており,とくに設備共用の民営借屋は3倍強と著しく割高になつている。このように,住宅スペースがが狭く,家賃も割高な設備共用の民営借家に,人口集中地区の借屋世帯の4分の1もが居住していることは,それだけ都市の住宅需給がひつ迫していることを示唆している。

そこで,住宅問題の解決を困難にさせている問題としてつぎに土地問題および住宅金融をとりあげよう。

(宅地供給とその所有)

都市を中心にわが国の住宅が狭少過密化している背景の第1は,宅地の供給が不足していることであり,第2は,その宅地が個人の間に細分化されて所有されているため高度利用が進みにくいことである。

全国の宅地は,35年から43年にかけて1.3倍となつたが,このうち東京について,区部が1.1倍,市郡部が1.5倍と増加しており,大都市周辺を中心に土地利用の転換が進展していることがわかる( 第155図 )。土地供給主体別にみると,いわゆる民間デベロッパーによる供給増加が顕著にみられ,公的部門による供給比率はしだいに低下している( 第156表 )。こうした宅地供給の増加にもかかわらず,人口集中や核家族化によつて世帯数が増加(35年から43年にかけて全国で1.3倍,東京都区部1.5倍,東京都市郡部2.2倍)する一方,所得水準の上昇が著しいため,土地に対する相対的な窮乏感はむしろ大きくなつている。

しかも,こうした不足ぎみの宅地は個人に細分化されて所有されている。たとえば,税務統計などから土地取引の動きをみても,土地購入代金は38年度の1兆7千億円(GNP比6.6%)から44年度には6兆円(GNP比9.6%)へと増加しているが,これらの土地取引のほとんどが,関東,近畿,中部の人口集中地域内における個人の土地購入に対応するものであつたと推計される( 第157図 )。また,固定資産税の対象となる宅地の保有者数から推定してみると,全国では2世帯に1世帯の割合,人口集中地域である東京,大阪ではそれぞれ3世帯に1世帯の割合で宅地を保有している見当になる。宅地保有世帯の割合は案外多いが,1世帯当たりの宅地面積は,全国で252.4平方メートル,東京,大阪でそれぞれ122.6平方メートルと狭い宅地を多くの世帯がわけあつている。

(地価問題と土地利用)

土地の需給がひつ迫するなかで,地価の上昇がつづいているが( 第158図 ),これによつて都市内部のオフィス,住宅,工場などの配置も変化しつつある。東京都区部の例でみると,地価の高い都心,副都心にかけてオフィスや中高層のマンションがふえ,これをとりまいてアパート群が立地し,持家は郊外でふえている( 第159図 )。これらの動きは,土地利用の高度化が地価上昇のメカニズムを通じて促進されることを反映している。

しかし,都市のなかの職場や住宅の配置を,地価の自由なメカニズムだけにゆだねることには問題がある。およそ土地は供給が非弾力的で減粍することのない特殊な商品であり,持ち越し費用負担が低い現状では,値上がり待ちの資産として保有される傾向が強い。このことから,いろいろなひずみが生じている。その第1は,投機的要因による買い急ぎ,売り惜しみによつて,地価上昇が加速されることである。策2には,地価の値上がりと土地の転用価値の上昇を見越して,近郊農地で耕作放棄現象がみられ,都心周辺で将来とりこわしが容易な低質アパート,野天駐車場が増加するなど,全体として土地の有効利用がさまたげられることである。

また,既成市街地の高層化が遅れていることも地価上昇傾向とは無関係ではない。一般に地価の高い市街地では,土地を節約できる高層住宅が1戸建てに比べ土地利用の面からみても経済的であるが( 第160図 ),現実には高層化のテンポおそい。たとえば昭和44年の東京23区における住宅とオフィスを含めた平均階数は1.8階という低さにとどまつている( 第161表 )。これは,市街地高層住宅の価格が一般所得水準と比較して,なお高いことが大きな背景になつている。しかし,地価上昇傾向のなかで土地の資産価値が高まつていることから,既成市街地の土地利用の変化が進まない一方,新たに住宅を求める者が土地付き住宅を選好する度合が強く,いきおり,1戸建て住宅が遠隔地へと拡散して,スプロール現象を生じさせている面があることも否定できない。

第162表 新設住宅取得をめぐる資金の流れ(昭和44年度)

(住宅投資をめぐる資金の流れ)

つぎに,住宅投資をめぐる資金の流れについてみよう( 第162表 )。44年度の住宅投資は約4兆5千億円で土地取得費を含めると6兆1千億円と推計される。各種既存統計をもとにして試算してみると,その取得資金の6割近くまでは個人部門内部での資金調達(親,兄弟,友人からの借入れを含む)となつている。これに次ぐ大きさを示しているのは,民間金融機関からの住宅融資であるが,取得資金全体の2割にとどまつている。これは,アメリカの75%やイギリスの54%に比べて,かなり少ないものといえよう。また,わが国の住宅融資の条件はきびしく,利用可能な人もおのずから限られている。また,公共部門からの住宅資金供給の割合も少ない。

このように,住宅資金の圧倒的な部分が個人の閉鎖的な市場での資金調達に依存している状態では,個人の資力に限度があり,資金の大規模化が困難であるため,住宅の質的向上は進みにくい。そして,地価上昇がはげしいために土地購入に多くのカネがいり,「上モノ」である住宅と付帯施設に十分な手当てができず,住宅建築の戸数が増加している割には,住宅への未充足感が解消しないことにもなつている。また,現在の状況下では,都市世帯者が自分の家族数や所得の増加にあわせて,自由に住宅をかえていくことも困難で,わが国の住宅市場は著しく狭小だといえよう。

わが国の住宅金融は未発達であり,住宅ローンを利用できる人の割合は低く,また住宅ローンを利用した場合でも居住水準を切り詰めなければならない場合が多い( 第163図 )。このように住宅金融の発達が遅れたのは元来住宅金融の事務コストが割高であるうえに,①企業の資金需要が旺盛であつたこと,②長期固定化された住宅貸付債権を流動化させるための市場がないことなどが影響しているが,今後は,金融環境の変化と国民福祉向上の要請に対応して,制度面での改善も必要になつてくるものと考えられる。

(通勤難の現状と問題点)

通勤難は,都市への人口集中と住宅地の遠隔化によつていつそう深刻になつている。

昭和30年を基準として首都圏における交通機関別輸送人員の推移をみると,自動車の増大によつて路面電車はしだいに姿を消し,地下鉄の発展を筆頭に私鉄の伸びも高い( 第164図 )。鉄道利用者の70%は定期客で,そのうちの75%までは通勤定期の利用者である。この鉄道が郊外と都心を結ぶ通勤幹線を形成する一方,バスは主として鉄道と住宅を結ぶ支線となつている。そしてバス輸送人員は都区内で減少しているのと対照的に,都下で増加をつづけている。わが国のこうした通勤形態は,当初の必要資本投下額は大きいにせよ,アメリカのように圧倒的に自家用車通勤が多いのに比べ,土地利用や効率の点からみて合理的だといえよう。

しかし,通勤輸送には,特定の時間帯に集中して一方向に求心的な輸送を行わなければならないという特徴がある。このため,ラッシュアワーには定員の2倍以上もの混雑となつて,疲労や不快感の形で通勤者の心身の負担が大きくなる一方,鉄道およびバス経営においてはピーク時に対応する資本投下がますます大きくなると同時に,オフ・ピーク時における施設の遊休を余儀なくされている。

このような通勤時需要に対し,鉄道企業では複線化・複々線化等の線増とあいまつて,増便,長編成化,車両大型化などを通じで輸送力増強をはかつてきた。しかし需要の増大が著しいため,通勤混雑度は東京の私鉄では若干の緩和がみられたが,その水準はまだ定員の2倍を越えており,地下鉄ではかえつて混雑度が高まつている( 第165表 )。新線開発は地下鉄以外はあまり進んでいないが,これは一般に鉄道経営は当初負担がぼう大なことなどのため,採算がとりにくいことによるものとみられる。また,バスについても,増便,車両大型化による輸送力増強がはかられているが,団地造成などによつて,新規需要が増加する一方,道路混雑の激化によつて運行効率が低下しており,通勤混雑は解消されていない。都市開発と通勤難解決のための輸送力増強と公共料金安定との間には対立関係があるが,両目的を調和させるため,都市交通体系のなかで鉄道・バスなどの役割を適切に位置づけつつ,運賃体系の是正,土地対策,財政措置などをあわせ講じていくことが望まれよう。

(3) 都市と公害・安全問題

公害・安全の問題は,国民生活に共通した重要課題であるが,都市においてとくに深刻である。また,都市的生活様式が普及し都市圏域が拡大していることから,これらの問題もかなり広域化してきたといえよう。

(公害問題)

都市の生活環境を向上させていくために,公害問題をどう解決していくかはいつそう重要な課題となつてきた。

公害の苦情発生件数は,44年度で約4万件にのぼつたが,その7割までが東京,大阪,名古屋などの大都市圏に集中している。公害の苦情では,騒音,振動,大気汚染の比率がとくに高く,廃棄物とともに都市公害の典型をなしている( 第166表 )。

都市における公害は,都市型消費生活そのものによつて増大すると同時に,都市化と工業化の密接な結びつきによつても増大している。

都市生活の利便は,近代産業技術を背景とする使い捨て経済の便利さにおうところが大きい。しかし,これは必然的に公害因子を増大させる面をともなつている。 第167図 は都市の消費生活と廃棄物に関連した物質循環(マテリアル・フロー)を示したものである。使い捨て消費生活の風潮は,プラスチックや粗大ゴミなどのように自家処理はもちろん,焼却も困難な廃棄物を増加させている。また合成洗剤は,最近ソフト化が急速に進んでいるものの,まだその多使用は水質汚濁の一因ともなつている。こうした消費生活にともなう廃棄物公害は,社会資本の拡充や新しい防除技術開発の必要性をますます強めている。さらに,自動車交通量の増大や,オフィス,家庭の冷暖房も直接,間接(火力発電,石油精製を通じで)に大気汚染を激化させている。

まえにもみたようにわが国の都市形成が工業化と密接に結びついたこともありまた都市化がなお急速に進展していることもあつて,盛んな産業活動や建設活動による産業公害が都市公害と重複して増大する関係も強い。都市で,建設,交通,生産活動にともなう騒音や振動への苦情が多いのはその一例である。また都心をはなれて立地しようとするゴミ焼却場が立地先地域住民の反対によつて建設が因難になつている事例もみられる。

さらに,都市圏をはなれた地域においても,火力・原子力発電所の建設,工場立地などに対して住民が強く反対する場合も少なくなく,こうした公害の増大と住民意識の高まりのなかで,公害対策は一段と広域的に進められなければならなくなつている。

公害規制の強化は問題解決への重要な第一歩であるが,公害防止技術や公害の発生を少なくする生産技術の開発などの対策とともに,都市計画の面でも市街地の改造,工場・住宅・道路配置の改善,社会資本の充実などを進めることが緊急の課題となつている。

(安全問題)

いわゆる安全問題の所在も都市化社会の進展によつて変化している。

第168図 自動車事故による死亡率の推移

交通事故の発生件数は,自動車の増大につれて増勢をたとつているが。大都市では道路混雑のなかで事故の減少がみられる反面,大都市近隣諸県での増加が著しく,ここにもドーナツ化現象が生じている( 第168図 )。また都市における火災発生件数は建物の不燃化促進もあつて,目立つて増大はしていないが,高層化の進展で危険の大きい建造物も増加していることは見逃せない。とくに地方都市では高層化に対応した消火体制整備が遅れる傾向がある。

さらに巨大都市の大規模災害に対する脆弱性も切実な問題である。巨大都市は,複雑な都市システムの上で中枢管理機能その他の機能が集中的にいとなまれているが,いつたん大規模災害が発生すると大量の人命損傷,都市機能の麻痺が生ずる危険を有している。

以上のように,公害,安全の問題はそれぞれ違つた性格をもつているが,都市化社会の現実に深くかかわつている点で共通性がある。都市生活の便利さは,健康や生命への不安と危険を代償としたものであつてはならず,不安と危険を防ぐためには,都市には利便とともに社会的費用がともなうことが認識され,それが適切に負担されることが必要である。