昭和46年

年次経済報告

内外均衡達成への道

昭和46年7月30日

経済企画庁


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第2部 経済成長25年の成果と課題

第4章 都市化社会の現代的課題

5. 都市化と公共部門の対応

都市化の進展と所得水準の向上のなかで,国民の公共サービスに対する需要の増加は著しく,供給の相対的立遅れがつづいている。

(1) 公共サービスの現状

いくつかの公共サービスについて都市規模別にその水準をみると,人口規模の大きい都市ほど,ゴミの収集,上下水道,道路などの水準が概して高いことがわかる( 第169図 )。大都市の水準が相対的に高いのは,人口移動に対応した公共サービス充実の努力がつづけられていることを示している。しかし,一方で需要は著しい上昇を示しており,国民の不足感には根強いものがある。世論調査によつて生活の不満をみると,町村や小都市では生活の貧しさなどについての不満が大きい反面,大都市になるほど交通,社会保障,公害処理など,社会的に対応していかなければ解決できないような分野での不満が大きくなつている( 第170図 )。

大都市のほか,公共サービスの不足は人口が急増している大都市の周辺都市や,人口が急減している山村過疎地域でも目立つている。 第171図 は関東臨海地域について人口急増都市の公共サービスの水準を平均と比較したものであるが,公共サービスの充実はほとんどすべての項目について人口増加に追いつけず,著しい立遅れを示している。一方,人口が急減している過疎町村でも公共サービスの貧困は大きな問題である。過疎町村では人口規模の減少で教育医療など公共施設の設備効率は低下を余儀なくされ,公共サービスは量・質ともに低下する傾向にある。

(2) 公共サービス立遅れの要困

公共サービスの充実が立遅れる背景には需要が都市化の進展にともなつて急増していることがある。都市化のなかで公共サービス需要が増加する要因の第1は,人口の移動が社会資本需要の地域間アンバランスを呼び,公共投資の急速な増加を必要とすることである。第2は,ゴミ,し尿処理,家庭廃水などそれまで私的に対処することがある程度可能だつたことも,人口の集中が進むにつれて社会的に処理しなければならなくなつてくるなどの現象が生じることである。第3は,一般的に所得水準の向上と国民生活の多様化のなかで,社会的消費の低さが意識されるようになり,生活環境,文化施設などの充実に対する要請がますます高まつていることによる。

公共サービスに対する需要が急増しつづける反面,その供給には次のような要因から円滑に進まない面があるため,相対的立遅れがつづく結果となつている。

(供給コストの上昇)

公共サービスの提供が立遅れぎみとなる最大の理由は,都市化のいつそうの進展によつて,公共サービス提供のコストがしだいに高くなつていることである。とくに大都市においては地価が高いため,用地費の支出が多く,実質的な工事量は圧縮される傾向にある。さらに大都市では労務費を中心に土木費の上昇は著しいし,過密のため建設コストは実質的に高くなる傾向にある。たとえば地下鉄工事をみても,シールド工法などにより地下深く掘り進む必要があるので,東京などでの建設費はかなり高い。同じ45年前後に工事された地下鉄でも1キロメートル当たり建設費(地下路線部分)は東京千代田線で約60億円,名古屋2号線で約30億円となつている( 第172図 )。

また既存の公共サービスの効率も,大都市における過密のなかで低下する傾向にある。ゴミ,し尿処理については集収段階の効率が道路混雑などによつて著しく低下している( 第173図① )。

公共サービスにおいて規模の利益が働くものであれば,こうしたコスト上昇も生産性の向上によつて吸収することが可能であろう。実際にも公共サービスのなかでも一般行政管理面,し尿処理施設や下水道処理場などの施設面では,規模の利益が働く傾向があり( 第173図② ),広域行政による公共サービス集約化の利益がうかがわれる。しかし公共サービスの多くは,人手にたよらざるをえないものであり( 第174図 ),生産性の向上には限界がある。

(財政構造の問題)

第2の要因は,地方財政および中央財政が経済成長や激しい都市化の波に十分に対応できなかつたことである。

なかでも,住民生活に密着した公共サービスの大部分を担う市町村財政の歳入規模自体が財政需要に対応できるまでにいたつていない。市町村税の伸びが相対的に低く,地方交付税をも含めた地方一般財源ではかなりの伸びを示しているものの,きわめて大きい財政需要に対しては必らずしも十分には対応できていない。 第175図 により地方税の伸びをみると,固定資産税のウェイトが高く,かつその伸びが低いこともあつて市町村税全体の伸びは相対的に低い。こうした事情から市町村独自で積極的に公共サービスを充実していくことには大きな困難がともなう。これに加えて人口急増市町村では人口増加にともなう教育施設,清掃施設等の新設が必要となり,投資的支出が急増する。このため建設事業費の高い伸びが必要となるが,税収の伸びはこれには及ばないし,地方交付税,地方債,国庫支出金等の各種の財源措置もそれぞれ拡充の努力がなされているが,人口増加に必すしも十分に対応しえない状態である( 第176図 )。また,逆に人口が急減している過疎地域でも税収が低下し,公共サービスの水準を確保することが困難となつている( 第177表 )。

都市化と地方財政の間のギャップは巨大都市においてもみられる。すなわち,東京,大阪など大都市圏の中核部では昼間人口の増加により道路,清掃,給水などの公共サービス需要は増大する傾向にある反面,夜間人口の減少もあつて,税収全体の伸びはこれに追いつけないなどの問題がある。

また現在の都市財政のもとでは受益と負担の対応関係が適切さを欠き,都市集中メカニズムに適度な調整原理が働かないという問題もある。個人や企業は都市に,集中することによつて利益をうる反面,そのマイナス面は公共部門の負担になることが多いため,都市化の速度が調整されることなく公共部門がしわよせを受ける結果になる。たとえば,都市における受益者負担的財源である都市計画税についても現在の都市計画費に占める割合は低く,都市開発のコストか受益者によつて十分負担されていないことがわかる( 第178図 )。

以上のような地方財政の制約のなかで,中央政府,地方政府の努力もあつて都市化に対処するための公共投資は増大をつづけている。このとごろ公共投資のうちでも生活基盤への投資は近年高い増勢を示しており,地方,中央財政が都市化社会建設に積極的な努力をはらつていることがわかる。今後,よりいつそう生活関連社会資本の整備拡充をはかつていくためには,まず,地方財政にあつては,都市財源の強化をはかることが必要である。

また,補助金等を通じる国の役割に期待される面も大きい( 第179図 )。近年,生活基盤整備のための国庫支出も増大しつつあるので,今後もこの方向を推進していくことによつて生活関連社会資本の積極的な充実を図つていくことが望ましい。

(民間資金導入上の問題)

都市化社会の投資資金需要に対して,民間資金も各種のルートを通じて大幅に流入している。しかし,民間資金の流れには収益性が大きく影響をあたえるため,必ずしも公共的な要請を十分に満たしていくことはできないという問題がある。収益性と公共性のバランスのとれたマネーフローが成立するよる財政金融制度,政策などによつて積極的な対策を打出していく必要がある。

民間資金が都市化社会の建設に向かうひとつのルートは,民間デベロッパーを通じるものである。民間デベロッパーは企画力と機動性を背景に都市化社会の建設に民間資金の導入をはかつている。しかし同時に,民間デベロッパーが企業体であるための問題も多い。 第180図 は住宅団地開発における公共用地の割合をみたものであるが,開発規模が大きいほど各種の規制がふえ,公共用地等による負担が高まる。こうした面から中小規模の開発が行なわれやすくなつて,市街地のスプロール,公共サービスの貧因などが生じる傾向があつた。今後住みよい環境をつくつていくためには,計画的な開発を進め,公共サービスを体系的に整備していかなければならない。それには公的機関と民間機関の間の適切な機能分担を確立し,民間機関の受け持つ分野については計画的な開発が企業原理からも促進されるような規制の方法,助成の方向を工夫していく必要があろう。

つぎに金融機構を通じる資金の流れについてみよう。家計貯蓄の一部は郵便貯金や厚生年金などを通じで政府部門に集まり,財政投融資として再び民間部門に還元されていく。財政投融資の内容をみると,近年,住宅,都市開発,交通など生活関連への貸出が高い増加を示している( 第181表 )。今後とも,生活基盤施設の整備のために財政投融資を積極的に充実していく必要がある。

民間の金融機関を通じる資金の流れについてみると,すでに述ベたようにわが国では住宅金融が未発達で,圧倒的な比率の資金が企業の投資資金に流れるかたちとなつている。現在の金融制度も家計貯蓄から産業投資への資金流通を前提として組立てられている。しかし,生活資本の充実,公共サービスの向上を通して住みよい福祉社会を建設していくためには,金融制度のあり方についてもすでに成長しつつある住宅金融,公共部門向け金融などが円滑に進むように検討を加えていかなければならない。