昭和45年

年次経済報告

日本経済の新しい次元

昭和45年7月17日

経済企画庁


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第2部 日本経済の新しい次元

第1章 日本経済の国際的転換

2. 輸入面における国際化の立遅れ

(1) わか国輸入構造の特色

以上にみたようにわが国の輸出構造は,工業品全体として輸出促進的な性格をもつてきたものの,基本的には国際市場における比較優位の方向で輸出が増大しているものと考えられる。これに対して輸入構造の面ではどうであろうか。

わが国輸入構造の特色には,まず国際的にみても,原材料輸入比率が高いことである。 第89図 からもわかるように,わが国輸入総額に占める原材料の比重は,1967~68年平均で58%と半分以上を占めており,欧米先進国の20%前後に比べて著しく高い。これに対して工業品の輸入は,他の先進国では40~60%を占めているのに対して,わが国は27%と低く,そのなかでも完成財輸入の比重はとくに低い。また,食料品輸入の比重も他の先進国に比べると低い。

このことは,一つには,わが国経済が自然立地の条件から工業原材料の多くを海外から輸入にを依存し,工業品を多く輸出するといつた加工貿易型の構造をとつていることによるところも多い。

しかしながら,1人当たり国民所得の伸びに対する輸入依存度(名目)の変化をみると, 第90図 に示すようにイタリアを除く欧米主要国では,1人当たりの所得水準が上昇するにともなつて輸入依存度も上昇する傾向を示しているのに比べて,わが国ではむしろ輸入依存度は低下傾向を示している。この原因としては,わが国の経済成長につれてサービス消費の比重が高まり,相対的に名目総生産に対する工業生産の弾性値が低下したこと,また,産業構造が原材料加工型から高度加工組立型へと移行したことにともない輸入節約的要因が働いたことなどにより国民経済全体に対する工業原材料輸入の依存度が低下したことがあげられる。

一方,耐久消費財や非耐久消費財についても,近年のわが国の輸入依存度はゆるやかながら上昇しているものの,その上昇テンポもまた絶対的な水準も著しく低く,これがわが国の輸入依存度を全体として低位にさせる要因として働いている点も指摘できよう。そのほかに,輸入価格が相対的に安定していたことも輸入依存度を低位にさせた原因と考えられる。

こうした結果,わが国の現状は全体としてかなり自給度の高い経済となつている。 第91表 は,供給力の観点から産業別の自給度すなわち総合的な生産に対し,輸入代替分を除いたものの比率をみたものである。これをみると鉱業については自給度も低く,その低下もかなり急速であり,農林水産業については自給率そのものは高いが低下の方向を示している。これに対して製造業のなかではとくに輸送機械,電気機械など資本財,耐久消費財の自給度が高く,非耐久消費財についても,食料品など総じて自給度が高い。

このような自給度の高い経済は,経済成長の段階や工業技術の進歩によつてもたらされてきた面や,戦後長期間にわたる国際収支防衛型の貿易構造が経済構造を自給度の高いものに適応させてきた面もあるが,あとで述べるような輸入自由化のあり方にも関連している。

(2) 輸入面からみた国際化と産業構造

わが国貿易構造は高生産性部門における輸出伸長が著しい反面で,低生産性部門の競争力は輸入に対して著しく弱いという特徴を多分に残している。

このような特徴は価格面にも集約的に投影されている。価格の国際比較には難しい問題があるが, 第92図 で,現在の日本とアメリカの卸売物価水準を一応比較してみると,商品別にみた対米比価は著しい傾斜構造を示している。重化学工業品が割安なのに対して,食料品や,鉱産物は概して高く,一部の農産物はかなり割高である。

農産物の国内価格は輸入価格に比べてもかなり高いものが少なくない。( 第93表 )。また農産物の生産者価格を主要先進国と比較してみると鶏卵,鶏,豚などのいわゆる小家畜類とその生産物はおよそ他国並みであるのに対して,牛,牛乳などの大家畜とその生産物はかなり割高であり,また米麦などの殻類も他先進国水準より著しく高いことがうかがわれる。

第94図 残存輸入制限品目の構造

以上みてきたようなわが国の低生産性部門の国際競争力の弱さは,輸入制限の面にも少なからず反映されている。現在の残存輸入の制限品目をみると農蓄産物,鉱産物といつた第一次商品および中小企業性製品がきわめて多い( 第94図 )。中小企業性製品の輸入制限については,皮革以外の大部分を加工食品が占めている。また大企業性製品の残存輸入制限品目もかなりあるが,電子計算機,電話交換機(電子式)といつた幼稚産業で過渡的に輸入制限が行われているもの以外の大部分は加工食品に関連したものである。このことは農業と加工食料品部門の低生産性が相互に影響を及ぼしあうことによつて価格の割高を克服できず,多くの輸入制限品目を残させている事情を反映している。残存輸入制限の速かな整理,撤廃が内外両面から強く要請されているのが現状であるが,そのためには産業構造を国際化可能な体質に改善する措置を講じながら,原則として対外的な保護措置を軽減ないし撒廃していくことが望ましい方向である。

その場合に農業構造の根本的改善は,わが国の産業構造が現在かつ近い将来にわたつて直面している最大の課題の1つてある。わが国農業の国民所得に占める割合は7.3%であるが,農業の就業人口に占める比重は18%と欧米に比べかなり高く,農業の労働生産性の低さが前述の国際的割高性の基本的原因となつている。このようなわが国の農産物の割高性は,狭い国土のなかで歴史的に小規模農家経営が続けられてきたことによるところが多く,土地生産性は他先進国の2~4倍と高いが,労働生産性は2分の1ないし4分の1程度にとどまつている( 第95表 )。

このようなわが国農業の現状にあつて,農産物輸入も35年以降年平均13.2%の増加を示し,44年にはその額も27億ドルとわが国総輸入額の18%となつている。しかし,国民1人当たり農産物輸入額はイギリス,西ドイツの4分の1程度にすぎない( 第96表 )。

これまで農産物の自由化はある程度進んだが,いまだ残存輸入制限品目は多く残つており,そのため,たとえば農産物のなかには世界市場の農産物需給が反映されず,国際的にみて割高な国内価格が形成されているものもある。また,それは結果的ではあるが,脆弱な体質を残しかねない面のあることも否めないであろう。しかし,農業は,多数の零細経営をかかえる農業構造,中高年令農業従事者の問題や,米の生産調整などきわめて困難な問題に直面している。しかし,輸入自由化の促進というわが国の基本的な立場を認識し,輸入自由化については,現状に固執することなく,必要な調整措置を講じながら可能な限り前向きな姿勢でとりくむことが必要である。その場合,農業近代化に対する刺激となるよう配慮することが肝要であろう。

中小企業のわが国貿易構造における問題は,農業とは若干異なつている。前述したように輸入制限は食料品,皮革類などで相当の品目を残しているが,その他の中小企業性製品についてはこれまでは労務コストがなお低かつたところもあつて,対外競争力は相対的に強かつた。先進国からの輸入はもちろん,開発途中国から輸入も造花,がん具など一部の品目に限られていた。しかし近年の高成長のなかで賃金コストも上昇し,また開発途上国の工業化の進展もあつて織物,繊維2次製品など韓国,台湾,香港からの輸入も急増しはじめている( 第97表 )。一方,輸出市場においても,わが国の賃金水準に比べて3分の1ないし2分の1の低賃金である開発途上国の追上げは急速に進んでおり,競争激化商品も従来の繊維品,雑貨類からミシン,双眼鏡,トランジスタ・ラジオなどの軽機械などへとその範囲も広がりを示している。このように輸入,輸出の両面から内外条件の変化が中小企業に加わりつつあるが,わが国の中小企業の従業者構成中とくに小零細企業層の比重が大で,また他の先進国に比べても大企業との間の生産性格差が著しく大であることなどから判断しても,今後の国際化がわが国の賃金上昇過程で中小企業に及ぼす影響にはかなりきびしいものが予想される。また資本自由化の進展,特恵関税の供与,対米繊維輸出規制問題など,中小企業をめぐる環境の大きな変化のなかで,わが国中小企業は近代化,製品の高級化,多様化をいつそう迫られつつある。

こうした国際化の進展に対応して,規模が比較的大きく成長性の高い,いわゆる中堅企業では,新製品の開発などを中心に企業の発展をはかろうとするものが多く,また中小企業では製品の品質,性能の向上,高能率な機械設計の導入,独自な製品の生産などの対策を進めようとする動きがみられる( 第98表 )。

これからの中小企業は,個々の企業の生産性の向上や体質の改善の問題から,新しい環境下の産業構造全体のあり方とも関連づけながら,新しい発展の方向と形態を追求していく時期を迎えつつあるといえよう。

以上,要するに輸出面で国際分業を進め,競争力を増したわが国貿易は,新たに輸入面でも国際分業の展開とこれに対する合理的適応を迫られている。

これからの輸入自由化促進はいままでにもまして産業構造上の種々の苦難が予想されるが,輸入面の国際化を推進していくことは産業構造の近代化と日本経済の円滑な発展のために長期的に及ぼすメリットも大きい。この際大企業は残存輸入制限品目について率先して自由化に努力をつくすべきであり,農業や中小企業も,産業構造の中でそれぞれの分野を単独に切り離して考えるのではなく,広く世界的視野に立つた経済のなかで,それらを位置づけつつ,発展と解決の方向を考えていくことが基本的に重要なところである。

これまでの日本経済は,他国の輸入が自国にどのような影響を及ぼすかを問題としてきたが経済規模が拡大し,国際収支の余裕もました現在,より積極的に自国の経済と輸入の拡大が世界諸国に対してどういう影響を与えるかをより大きな問題とすべきであろう。

第99表 は,輸入の増加が世界貿易を拡大させる効果を示したものであり,日本の輸入増加が各国の輸出増加となり,それが各国の輸入の増加をそれぞれ誘発し再び各国の輸出となる結果,最終的に世界貿易が拡大する効果を示している。

これをみると,輸入総額を1単位増加させたときに,世界貿易が拡大する度合は,わが国がきわめて高いことがわかる。