昭和34年

年次経済報告

速やかな景気回復と今後の課題

経済企画庁


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総説

昭和33年度経済の回顧

景気回復のメカニズム

景気後退の性格

 以上のように33年度経済動向の特徴をみると、今次の景気後退は大観して在庫調整を主体とするものであったといえよう。景気後退が、なぜそれ以上に深まらなかったかについては、いわゆる過剰投資がなぜ広範な過剰設備を生まなかったか、最終需要がなぜ減退しなかったかを、説明しなければならない。だが、この二つの問題はあとに述べることにし、まず在庫調整による回復の過程をあとづけてみよう。

 ここで在庫投資と需要との関係について一言しておくと、在庫を増やす段階(正の在庫投資)では在庫投資の増減の程度はそのまま企業の商品や原材料仕入れなどの需要増減の程度を示しており、在庫減らしの段階(負の在庫投資)では在庫の食いつぶしが増えると仕入れ需要が減り、食いつぶしが小さくなっただけで仕入れ需要は増えることになる。 第7図 は在庫投資の推移を示したものである。これによると、卸小売業の在庫投資は、既に引締め前から減少し始めており、ついで引締政策の実施を契機として仕掛品、国産原材料在庫投資が急激に減少し始めた。これが需要減少を引き起こし、急激な物価と生産の低下をもたらしたのである。卸小売在庫投資は32年10~12月以降増減なく、33年4~6月から増加し始めた。これに対し仕掛品、国産原材料在庫は、4~6月、7~9月と在庫減らしが続いたが、在庫投資としては幾分増え始めていた。

第7図 在庫投資の推移

 このように33年度上半期中に卸小売の仕入れ需要は増え始め、国産原材料の需要減退はやんだ。しかし当時は各メーカーが操業度低下に悩んでいたので少しでも需要が増えればそれだけ生産を増やしたいと願っている状態であった。従って需要増があっても、製品の過剰在庫をあまり減らすことにならなかった。このような事情が、生産は増えたが物価は下がるといったいわゆる「なべ底景気」をもたらしたものと思われる。

 だが33年10~12月に入ると仕掛品、国産原材料在庫の食いつぶし程度が大きく減少し、それだけ企業の仕入れが増えた。最終需要はその間増加を続けていたが、そのうえにこのような在庫需要の増大が加わったために、33年秋以降の急テンポの回復がみられたのである。

 在庫投資の変動による景気下降から回復への過程は以上のごとくであるが、かかる在庫循環を引き起こしたのも、もとをただせば31~32年の設備投資の急増が主因であった。経済力を大幅に上回って、国際収支の危機をよぶに至ったこの一時に集中した設備投資は、需要効果に続いて生産力効果を生み、過剰設備に転化するのではないかと懸念されていた。さらには過剰設備が投資の大幅な減少をよび、最終需要さえ減退して、らせん的下降になるのではないか、あるいは設備投資の回復が遅れて長い沈滞を生むのではないかという予想さえされていた。それにもかかわらずなぜ今回の景気後退が在庫循環で終り、広範な過剰設備が生じなかったのであろうか。この点を解明するためには、いわゆる過剰投資の行方を見定めなければならない。

 まず、過剰投資がどのような産業で過剰設備を生み出したかをみよう。今回の景気後退において機械工業のようにほとんど操業度の低下がみられなかった産業もあるが、操業度低下のはなはだしかった産業をみると、三つの型に分けられる。第一は鉄鋼、化学(化学肥料、ソ―ダを除く)をはじめ、多くの生産財産業である。ここでは在庫調整の影響を強く受けて、一時は操業度がかなり低下した。しかし在庫調整一巡とともに生産の増加をみて、およそ適正な操業率に戻っている。第二は石油、セメント、紙である。ここでは景気が回復しても操業度は低下傾向にある。しかし将来の需要の伸びに対する期待は少なくない。この点が次に挙げる業種と違っている。第三は設備能力が増えたわりに需要の伸びが小さく、今後もそれが大きく期待されない繊維(合成繊維を除く)、化学肥料、ソーダ、化繊用パルプなどである。これらの産業では、前回の不況時より操業度が低位にあり、今後も比較的長期にわたって操短を覚悟しなければならない。いわば構造的な過剰設備を生み出している。このように一時期に集中した設備投資によって現在なお過剰設備に当面している産業は製造工業の中でも一部である。しかし前回の不況時に比べるとその範囲は広くなっている。また電力など製造工業以外の産業を含めて、全般的に生産設備能力には以前に比べて余力が生れたとみてよい。

 しかしそれにしても31~32年度の投資額が非常に増えたにもかかわらずなぜこの程度の過剰設備ですんだのかを明らかにする必要があろう。そのためには、第一に投資額のわりにはその生産力の増加が大きくなかったのはなぜか、第二に設備投資が増えなくなってからもなぜ最終需要は増加し続けたか、をみなければならない。まず前者について述べよう。

 投資の生産力効果を検討する前に、31~32年度の投資額が大きくふくらんだのには、投資コストの上昇が影響している点を考慮しておかなければならない。

 31、32年度の建設資材や機械の価格は少なくともそれ以前に比べ2割以上騰貴している。従って31、32年度の投資額は30年より6~8割増えたが実質的な投資額は投資コストの騰貴分だけ割引いて考えなけれぱならないのである。

 それにしても実質投資額は30年に比べ4~5割の増加である。そのわりに生産力効果が大きくなかった第一の理由は基礎産業や第三次産業の投資が大きかったことである。電力、運輸通信業(海運を除く)、第三次産業などの投資額は、全産業の投資額の半分近くを占めているが、これらの産業ではある程度の余力をもつことを目的としていたり、あるいは設備が拡大しても過剰といった問題の少ない部門である。第二は生産工程の迂回化と技術の高度化のための投資額増大である。技術革新による新製品、新生産方式の導入が今次の投資ブームでは大きな位置を占めている。そのような投資は生産能力に比べて投資額が非常に大きい。例えば綿糸では日産トン当たり投資額は1.5億円程度であったが、ナイロン、アクリル糸などの新繊維では4億円以上になっている。その他オートメーション化など合理化投資では金額はかさんでも生産能力の増加をともなわないものもあった。第三は付帯工事の増加である。鉄鋼、石油化学などにみられるように新工場の建設が多くなったために、工場用地の造成、港湾施設の整備が必要で、そのために生産能力増大に直接関連のない投資額が膨張している。第四は、生産力化するのに、長期間を要することである。例えば、鉄鋼の第二次合理化工事全体でみると、31年に着手されてから、33年度末までに投下された資本額は、計画額の5割以上にも及んでいるが、能力化されたのはまだ3割程度に過ぎない。このような理由から過剰投資はこれまでのところ広範な過剰設備を生み出していないのである。ところで工事期間が長い既往の投資計画で今後に生産力化するものがかなり多い。もちろんこれが生産力化しても直ちに過剰設備になるおそれは少ないが、少なくとも生産力に一層余裕をもつことになるから今後の産業設備投資についてはこの点に留意する必要があろう。

 過剰投資が広範な過剰設備を生まずにすんだ他面の理由は最終需要が滅らなかったことにある。設備投資、個人消費その他最終需要要因がそれぞれどのような動きを示したかは次に項を分って述べよう。

高水準を続けた設備投資

 最終需要は景気後退から回復期を通じて漸増を続けたが、その第一の要因としては設備投資が高水準を維持したことが挙げられる。33年度の固定投資は前年度とほとんど変わらなかった。それがなぜであったかを次に明らかにしたい。その理由を建設投資と産業設備投資に分けて考察しよう。

 建設投資は引き続き増加傾向にあった。それは主として産業基盤の強化、生活環境の整備のため財政支出が増加したことによる。 第8図 にみるように公共事業、国鉄、電信電話などの土木事業、政府建築物などが前年に比べてかなり増加しているほか、民間住宅の建築も増加し、これを合わせると33年度合計額は8,950億円で前年度に対し14%増加した。これが建設資材に対する需要と建設業の雇用を増やすうえに大きな役割を果たした。34年度も産業基盤の強化の必要から引き続き増加の見込みであり、景気回復への一要因となっている。

第8図 建設投資の推移

 他方、景気変動の影響を受けやすい産業設備投資についてみると、法人企業(全産業、資本金1億円以上の1450社)の33年度の設備投資額は工事進捗額で9,882億円、投資ブームの32年度に対して12%減となった。しかし31年度に比べるとなお16%高で、景気後退下にもかかわらずかなりの高水準を維持している。こころみに33年度投資額が前年度よりも減少した業種と増加ないし徴減にとどまって堅調を示した業種とに分けてみると 第9図 のごとくである。減少した業種は紙パルプを筆頭に石油石炭製品、繊維、化学、海運などいずれも2~4割減少しており、やはり景気後退の影響を相当に受けたことを物語っている。もっとも減少した繊維や化学の中でも合成繊維や石油化学などの新産業は相当に増加しているが、これは技術革新投資の底堅さをあらわすものであろう。一方堅調な業種は、電力、ガス、運輸(海運を除く)、通信、鉱業、全属工業などである。電力、鉄鋼などではもともと工事が長期大型化しているうえに、資金調達面でも基幹産業として財政投融資や世銀借款、あるいは金融機関の重点的支持があったためである。また都市ガスや民間放送では旺盛な消費需要に直接つながっていることが投資を堅調裡に維持した理由とみられる。以上33年度の設備投資を大観すると、一般産業は景気後退の影響を受けて大幅に減少しているが、全投資額の約半分を占めている基幹産業の増加がこれを補い全体として投資水準の落込みを少なくしているといえよう。

第9図 設備投資の推移

 また景気回復の見通しが明らかになるにつれて、好況産業はもとより景気後退の影響を受けた産業でも、進んだ技術を取り入れ新しい製品分野に乗り出そうとする意欲は旺盛で、繰り延べた工事を実施し、新しい計画に着手しようしている。そこで設備投資の先行指標ともいうべき機械受注(当庁調、基礎産業、及び一般産業)と建築着工(建設省調、鉱工業用)をみると、 第10図 の通りここ数カ月の増加傾向は著しい。また34年度の産業設備投資計画を通産省調査についてみると前年度に比べ10%の増加が予想されている。その内訳をみると 第9図 にみるように前年度堅調であった電力、鉄鋼、都市ガスが増加しているのはもちろんのこと減少した業種に属した紙パルプ、石油精製、セメントなども増加に転じ、投資減少を見込まれるのは石炭、合成繊維を除く繊維などごく一部の停滞産業に過ぎない。

第10図 機械受注と建築着工

 ところでこのように予想外にはやく投資意欲が高まりをみせてきたのは何に起因するのであろうか。まず第一に企業の新投資に対する潜在的意欲が極めて強いことである。企業は景気見通しがよくなると投資意欲を再燃させるのは当然であるが、最近の動向をみると、激しい企業間競争の下に石油化学、合成繊維など新製品の工業化、成長力の大きい電気機器、乗用車などの量産体制確立、化学など装置産業におけるオートメーションの採用、その他生産性向上、品質向上のための近代的技術の導入など、近代化投資の比重がますます高まっている。第二に金融情勢を挙げなくてはならない。企業が外部資金に依存する度合の高いことや、系列化などにみられる銀行、企業の密着関係からいっても、金融が緩和すればそれが投資を増やす要因となる。33年に引き続き34年も財政の大幅払超、個人預金の順調な増加、企業の売上高増加による資産の流動化が予想され、こうした金融環境が投資を培う土壌となっている。

個人消費の堅調

 最終需要の増加を支えた最大の要因は個人消費の堅調である。好況の間緩慢な上昇に推移していた都市消費水準は、 第11図 にみるように、後退が始まった32年4~6月から上昇を強め、33年上半期中堅調を続けた。また、農村の消費も都市と同様に景気後退期に入ってかえって上昇率を高めた。しかし、下半期に入り、景気が回復に向い始めてからその上昇率は都市、農村とも次第に鈍化したが、33年度の消費水準としては前年度に比べ都市6.8%、農村2.3%の上昇となり、ともに29年度以降最高の伸び率となった。

第11図 消費水準の対前年同期増減率

 同じく消費の堅調といっても、景気に与える影響としては消費内容によって大きな違いがある。 第12図 に示すように景気の後退と回復期を通じて、工業製品に対する需要が強く、サービス産業への支出増はさらにそれを上回った。前回の29年においては工業製品に対する都市世帯の消費支出は年間を通じて低下傾向を続け約1割近い減少となったが、今回は景気後退が始まってからも上昇を続け、特に33年上半期の上昇率は大きかった。工業製品への支出増加が大きかったのは、 第13図 にみるように家庭生活の電化が続き、消費者信用の盛行もあって、家庭用電気器具への消費支出が一年間に6割も増え、特にテレビや電気冷蔵庫などでは倍増したこと、被服についても合成繊維などの新しい製品が出現したことが影響している。

第12図 都市個人消費支出の増加(産業部門別支出増加状況)

第13図 耐久消費財の伸び

 このように今回の景気後退期から回復期にかけて個人消費が堅調を続け、好況期以上に消費が高まったのは、失業保険制度など、景気後退期の個人所得低下を阻止する要因があったほか、次の二つの理由による。その第一は個人所得の増加が景気変動におくれて起きたことであり、第二は消費性向が高まったことである。

 まず前者についてみよう。勤労者の可処分所得は景気後退直前において大幅な賃上げ、公務員の給与改訂、戦後最大の雇用増、1,000億円の減税などにより著しく高められ、後退期における消費上昇を支える糸口がつくられた。

 景気下降期において、鉄鋼、紙パルプ、繊維などの不況産業では雇用も賃金も低下したが、 第14図 にみるごとく消費の堅調に支えられた消費財産業や第三次産業では引き続き雇用も増え賃金の引上げも行われた。そのほか、神武景気によって経営に含み利益が増えていたことが、我が国特有の定期昇給制度や生涯雇用制度と相まって不況産業の雇用賃金の低下を支えたこと、中小企業の多い機械工業が比較的軽微な生産低下にとどまったことなども雇用賃金の漸増を支えた要因とみることができよう。

第14図 常用雇用の推移

 停滞及び回復期に入って勤労所得の増化率はむしろ鈍化した。 第15図 のごとく製造業の定期給与は生産の回復にともなう労働時間や能率給の増加などによって次第に増勢に向ったが、年末などの臨時給与は企業経営の悪化を反映して前年より低下した。また第三次産業などの賃金上昇も年度後半になると次第に鈍ってきたので全体としての勤労者世帯の収入水準も伸び悩みをみせた。

第15図 定期給与、臨時給与の推移

 一方農家消費の増加を支えたのは、いうまでもなくその所得が大きく増えたためで、33年度の農家所得は前年度より6.2%増と高い増加率を示し、景気後退の影響をあまり受けていない。これは農業所得7.7%、農外所得4.4%の増加によるものである。農業所得の増加は米が豊作であったうえに、米価が前年とほぼ同一水準に維持されたことが大きな要因となっている。

 このような都市勤労者や農家の所得増加とそれに伴う消費上昇は、消費財産業や小売、サービス業などの第三次産業の雇用や賃金を増やすと同時に自営業主の所得を増やすこととなった。自営業主を中心とする一般世帯の消費が勤労者世帯よりかなり遅れ、景気回復期に入った下期以降その上昇率が高まったのはそのためである。

 景気に対する個人所得の遅れとならんで消費堅調を支えた第二の要因は、消費性向の上昇である。都市動労者の収入のうち消費に向ける割合(平均消費性向)は、26年以降一貫して低下傾向にあったが、33年度においてこの傾向はとまりわずかながら上昇すら示した。すなわち家計調査によると、全都市勤労者世帯の33年度の可処分所得増加率は5.9%であったが、消費支出の増加率は6.3%とこれをわずかながら上回った。消費性向がこのように変化したのは、第一には所得に対する消費の遅れであり、前年度大幅な所得増加となった高中所得層において電気器具や住居修繕などに対する支出増加が大きかったからである。第二には貯蓄保有高が次第に回復してきて貯蓄意欲が鈍化したことである。同じ景気後退期でありながら29年には貯蓄率が上昇したのに今回は低下したのはこのような事情を反映したものであろう。以上のように今回の景気停滞から回復期における消費上昇はかなり大きく、消費生活の内容も高度化したため、産業活動の回復をもたらす大きな要因として働いたのである。

財政支出の安定作用

 33年度の景気後退を軽微にとどめ景気回復をはやめた第三の要因として、財政が着実な増加を続けたことも忘れることができない。33年度の予算編成時は景気下降が始まったばかりのときで、引締政策の効果がなお明らかでなかったので、できるだけ支出増加を抑制するという慎重な態度で予算が組まれた。例えば一般会計では一部増加財源の棚上げを実行し、財政投融資も蓄積資金の大半を留保してその規模を前年度実行額以下に抑えるなどがそれである。しかしそれでも一般会計は前年度当初予算に比べ実質的に1,000億円の歳出増加となった。財政投融資面でも電源開発会社など対象機関の自己資金の増加によって事業量の規模は拡大した。このように控え目とはいえ33年度予算がなお相当の増加をみたのは、財政支出が元来非弾力的で、景気変動にかかわりなく漸増する傾向があるうえに、32年度に始まった経済基盤強化などの施策を中断することなく着実におし進めてゆく必要があったからである。また予算成立後も災害復旧等のため補正予算が組まれるなどして財政規模が増加する一方、景気後退の摩擦を緩和するために公共事業の繰上げ施行などの措置がとられた。こうして増大した財政支出は結果的には景気に対する安定作用として働き、33年度中の最終需要増加分の大きな部分を形成し、景気後退を支え、景気回復をはやめる作用を及ぼした。

 すなわち財政による直接の財貨やサービスの購入は地方財政を含めて33年度にも約1,400億円、7.5%増加した。これらが直接的に個人所得や資材需要の増加を招いたほか、間接的に失業保険などの支出、あるいは価格支持によって支えられた農家所得などによって個人消費堅調の一因となったとみられる。

 景気後退の中で33年度の財政が前年度より増大しえたのは、31年度の1,000億円にのぼる剰余金収入を使えたことや、32年度には歳入が歳出を上回ったため、33年度には税収がほぼ前年度と同水準であるのに歳出を増やすことができたという事情によるものである。31、32年度の急速な経済の拡大の際に財源を留保しておいたので、結局33年度に景気後退を支える作用を可能にしたのだともいえよう。

 以上述べてきた財政支出の増大の結果、純財政(外為、食管を除く)の対民間収支は638億円の払超となった。これに加えて国際収支の大幅な黒字を反映した外為会計の払超があり、財政収支全体では2,510億円の払超となり金融緩和を促進する作用を及ぼした。こうした財政収支の払超による金融緩和の進展が後述のような銀行貸出の増加を可能とした一つの基盤となったものであり、33年度の財政は金融面を通じても景気後退を支える方向に働いたといえよう。

 さらに34年度の予算は経済情勢の好転を背景に経済基盤強化などの施策を一層進めることによって経済成長に資することを目標として編成された。このため一般会計、財政投融資とも蓄積財源を使用して一般会計で1,071億円、財政投融資で1,203億円の規模増加をみている。このような34年度の予算は、その支出の実行をみる前に経済界に強気の見通じを与え景気回復に好影響をもたらしたとみられる。

第16図 一般会計の推移

輸入激減と国際収支の大幅な黒字

 輸入激減による国際収支の黒字が景気回復を支える要因として働いたことは前述した。ここではいかにして大幅の黒字が生まれたかをみよう。

 第17図 のごとく33年度の国際収支は前年度より著しく改善され大幅な黒字を記録した。すなわち年度間の外国為替収支じりは574百万ドル(短期債権の変動を調整した実質額)の受超と前年度に比べて差引き7億ドル近くの好転をみた。これは受取の側で輸出が3%、特需が8%減ったにもかかわらず、支払の側で輸入が26%にも及ぶ急減を示したためである。大幅な黒字を現出したがこの中にはインパクト・ローンの増加、外債発行代わり金の受入れなどによる受取がかなり増えたほか、世界銀行や米国輸出入銀行の機械輸入に対する借款など年度間の外国資本受入れ約2億ドルが含まれていることに留意しなければならない。従って前述の為替収支黒字額がそのまま輸入余力の増加をあらわしているのではなく、この分だけ割引して考えなければならない。為替収支の黒字が大幅であったために外貨準備高も年度間345百万ドル急増して年度末には974百万ドルの水準に達した。

第17図 外国為替収支と外貨準備高

 ここ数年間大きく伸びてきた我が国の輸出も、33年度にはわずかに減少した。しかし世界貿易の約5%の減退に比べると軽微であった。事実我が国の輸出が相手市場での輸入額のうちに占める比率をみると、北アメリカ、西欧などの先進工業国をはじめ、東南アジア、中近東などの低開発地域でも比率が高まっている。

 輸出が世界貿易の縮小に比べあまり減らなかった理由については次の三つが挙げられよう。第一は工業国向けの消費財輸出の伸びたことで、繊維のうち絹織物、衣類、高級綿布などの加工品及びさけ・ます缶詰、トランジスター・ラジオ、光学機械などがその例である。今次の世界的な景気後退のなかで工業国の消費需要が堅調を続けたことが一つの特徴であるが、これらの輸出品はこの消費需要の堅調に加え、生産コストが安かったことによって伸びたのである。第二は国内需要減退による輸出圧力によるもので、その例としては鉄鋼、化学肥料などが挙げられよう。第三は世界海運のブーム時代に受注した船舶の建造引渡しが33年度も高水準を続けていることである。

 このように我が国の輸出減退が小幅にとどまった背後には、産業近代化の進展、労働集約的生産物の根強い輸出競争力、工業国のコスト・インフレ的傾向に対する我が国物価の低水準などの要因がある。しかし我が国の輸出構造はまだ軽工業に偏っており、後進国工業の成長、先進工業国の輸入制限とぶつかりあう性格から脱していない。輸出構造と生産構造の高度化の問題についてはまた後に述べよう。

 輸入は景気後退によって国内需要が減退したうえに輸入価格が低下したため、 第18図 のごとく32年度後半より急激に減少した。増加に転じたのは33年末になってからであるが、既に春から工業生産が著しく上昇していたにもかかわらず、輸入増加が遅れたのは次の理由によるのである。第一に輸入価格が33年度に入ってからも下落を続けたことである。くず鉄、鉄鉱石、原油などは、33年9月頃より徴騰に転じたが、価格革命とまでいわれた繊維原料の下落により全体の輸入価格指数はその後も大幅に低下し、年度間平均としては12%も前年度を下回った。33年度の輸入額は通関実績で3,019百万ドルと前年度に比べて約10億ドル減少したが、このうち5割内外は輸入価格の低落に基づくものとみてよい。第二は鉱工業生産の上昇に対し輸入素原材料の消費量の増加が遅れたことである。その理由は二つに分けられる。一つは鉱工業全体の生産回復に比べて、鉄鋼あるいは紡績など輸入素原材料を多く消費する産業の回復時期が遅れたことである。またくず鉄のように国内から供給される原材料については、消費が増え始めてもまず国内産でまかなわれ、輸入に対する依存度は低かった。これが消費量の増加が遅れたもう一つの理由である。第三に輸入素原材料の在庫を食いつぶしたことである。 第19図 の通り輸入素原材料の在庫は33年に入ってから8月頃まで微増傾向を示した。従って輸入素原材料消費が増加し始めても在庫を食いつぶすことによってかなり輸入増大を抑えることができたのである。

第18図 輸入の推移

第19図 輸入素原材料の消費と在庫

 輸入の減少を商品別にみると 第20図 の通り、前年度に生産の隘路打開策として一時的に急増した鉄鋼半製品が大幅に減少し、これが減少総額の2割を占める。その他くず鉄、原料用炭、鉄鉱石など鉄鋼原材料の減少を加えると鉄鋼関係だけで6億ドルをこえ、総輸入減少額の6割以上を占めている。なお前年度急増した商品がほとんど大幅な減少をみせたなかで機械の輸入はむしろ増加した。これは入着のおくれもあるが、技術革新、合理化による海外機械に対する需要が景気停滞中にも根強かったことを示すものといえよう。

第20図 33年度輸入金額の対前年度増減額

需要を支えた金融の彼割

 需要を支えるうえに果たした金融の役割は大きかった。引締政策の主役は金融であったが.景気が自動的に後退しだすと、その役割は変ってきた。すなわち企業の資金需要は弱まり、財政も払超へ転換したので、金融は緩和の方向に変わり、日銀貸出は、 第21図 の通り年度間1,758億円減少し、コール・レートも2銭8厘から2銭4厘まで下った。この方向にそって33年6月、9月、34年2月と続いて日本銀行の公定歩合が引き下げられ、日歩2銭3厘から1銭9厘まで低下した。また全国銀行貸出金利も、この年度間に2銭3厘6毛から2銭2厘4毛にまで下がった。

第21図 日銀貸出とコール・レート

 もっとも金融がゆるんでも、これを借りる企業がなければ下支えの効果は少ない。ところが景気後退期においても、できるだけ設備投資を続け、収支赤字でも決算利益を計上して配当を行い、雇用もそれほど減らさず、定期昇給も実施しようとして、銀行から金を借りた企業も少なくなかったのである。33年度の全国銀行貸出増加額が8,319億円にも達したのはこのような事情からである。これは前年度よりは155億円少ないが、年度の大半が景気の停滞した時期であったことを考えるとかなり高い水準である。もしこれだけの貸出増加がなければ企業はもっと設備工事を取止めたり、操短を強めたりしたにちがいない。もちろん貸出増加のなかには前年度に繰り延べられていた工事代金などの支払が金融緩和とともに銀行からの借入で決済されたものや、資金繰りが苦しかったときに一時圧縮されていた手許現金の回復にあてられたものもあった。以上あわせて考えてみると金融が景気の下支えに大きな役割を果たしたということになる。

 そこで貸出しが増えた理由とその役割をもう少し詳しくみることにしよう。企業の資金需要の中で目立つのは設備投資のための資金が1,819億円増と引き続き伸びたことであった。これは工事期間の長い基幹産業の継続工事があったことや、前述したように資金需要の時間的ずれがあったことによる。また収益が低下し内部留保が滅ったので、いきおい銀行借入れに依存する割合が多くなったわけである。

 33年度の貸出しを増やしたもう一つの要因は耐久消費財関係の産業、卸小売業、サービス業など消費関連産業に対する貸出しが大きかったことである。これは消費が堅調だったことによるが、これらの業種には中小企業が多いため32年度のような金融逼迫期には銀行から金が借りられなかった事情も影響している。銀行としても大企業の資金需要が一服したので、 第23図 にみるように中小企業に対する貸出しを積極的に増やした面もある。こうした貸出しの一部が末端では月賦販売の資金源にもなっているわけで、耐久消費財の需要を相当刺激したものとみられる。

第22図 全国銀行預貸金年度間増減

第23図 全国銀行企業規模別貸出増加額

 次に資金需要としては前二者と性格が異なるものであるが、景気後退に対する下支え要因として滞貨赤字融資の役割を見逃すことはできない。企業としては滞貨が累積してくればいきおい原材料や賃金支払のために資金が足りなくなってくる。そのため 第24図 に示した鉄鋼や化繊のほかにも紙パルプ、石油、化学肥料、石炭などでは一時的にかなりの滞貨融資が行われた。またこれらの業種の中には実際には赤字であっても決算面では利益を計上したものもあって、こうした企業に対しては決算資金の名目で赤字融資もかなり行われたようである。滞貨融資や赤字融資は銀行の側からみれば健全なものとはいえない。しかし神武景気のブームで企業の規模は一段と大きくなったし、資産内容の点でも不良債権の償却、棚上債務の返済、価格変動準備金、含み利益の蓄積など改善が進んでいた。そのうえ既に神武景気のときに銀行は多額の資金を貸付けて、銀行と企業の結びつきが強くなっていた。そこで銀行としては不況回復後の取引をも考えて、こうした資金需要に応じたわけである。

第24図 製品在庫と銀行借入

 滞貨、赤字融資によって企業は製品在庫を無理に圧縮する必要がなくなり、生産コストの上昇を防ぐために生産水準を維持し、あわせて人員整理を避けることができた。そのため結果的には市況暴落と失業による不況の一段の深刻化を回避しえたのである。これは一面では確かに製品在庫の調整をおくらせたけれどもこうして時を稼いでいる間に一方で原材料在庫の調整が進み、やがて景気は回復に転じた。景気が好転して売上げが増え始めると製品在庫もだんだんにはけて企業の金繰りはらくになってくる。一方設備投資の方も継続工事の資金需要は減り、新規設備工事の資金が要るには少し間があるという時期がある。この春頃から最近にかけての時期はそのような中間的な段階である。

 以上述べてきたところから、景気回復のメカニズムを要約すれは次のごとくなろう。まず設備投資についてみると、産業設備投資は不況に比較的敏感に動くものであり、事実製造業の多くの部門では33年度の投資が減少した。しかし新産業、基礎産業、公共投資などの増加がその減少分を補ったので、国全体の固定投資は減少しなかった。それには新製品の工業化が進められたこと、産業発展に遅れた基礎産業や産業基盤を強化する必要があったこと、大規模な近代化工事であったために継続工事が多かったこと、あるいは財政投融資や銀行貸出など、投資減退をはばむ力が働いていたのである。第二に個人消費についてみると、一部の不況産業では賃金や雇用の減少がみられたが、労働組合の賃上げ圧力と人員整理に対する抵抗、企業の含み利益の吐き出しと金融の支えによって、それは比較的小幅に食い止められた。一方、消費の堅調や設備投資の高水準のために、投資財産業や消費関連産業では賃金や雇用の増加が続き、従って消費支出が増えたので、さらに消費関連産業の業主所得や賃金、雇用も増えるといった循環で、都市の消費は全体として上昇を続けたのである。その間に消費意欲の旺盛さに支えられた労働組合の賃上げ圧力が強く作用していることも見落してならない。また農産物の豊作は、価格安定政策の効果もあって、農家所得を増やし、農村における消費を伸ばした。このような個人消費の増加が最終需要増加の最大の要因であった。第三に、財政支出の増大も最終需要増加の大きな要因になっているが、産業基盤の強化、社会保障費の増大などに基づくのであり、その財源の一つには前年度までの剰余金が多かったこともある。

 在庫調整による景気後退がらせん的下降に進まなかったのは、上に述べたように、最終需要の低下に対する低抗力や、それをおし上げる力が働いたからである。その力を分けてみれば、次の四つとなろう。第一は、技術革新と消費革命の時代にあることで、このような背景の下では、企業の投資意欲は旺盛であり、消費者の消費意欲も根強い。第二は戦後の新しい経済機構や制度で、財政投融資、労働組合組織、農産物価格安定政策、社会保障制度などがそれである。第三は、金融の機能で、企業と銀行との関係が密接であるだけに、その働きは大きい。第四は、景気に対する需要要因の変動の時間的ずれである。

 このような力の働きによって最終需要の漸増傾向が続いている間に在庫減らしが進み、やがて在庫補充に向ったので、33年秋を境に景気は回復に転じた。在庫補充による回復はそのスピードの速いのが普通であるが、これにアメリカ景気の意外にはやい立ち直りと34年度財政の積極化とが、経済界に心理的好影響等を与え、回復のスピードは一層速められたのである。そうして技術革新時代にあるだけに、産業の設備投資ははやくも増加し始め、景気は新しい上昇局面に入ったのである。


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