昭和34年

年次経済報告

速やかな景気回復と今後の課題

経済企画庁


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総説

昭和33年度経済の回顧

回復過程における特徴

 新たな上昇局面にたって、今次景気後退から回復までのあとを顧みるとき、どのような特徴が見出されるであろうか。

  第一は在庫投資の大幅な変動が景気変動をもたらした主要な要因であったことである。 第4図 の総需要四半期別の動きがそれを示している。個人消費、財政支出は一貫して増大し、輸出はわずかに減少したあとで微増に転じ、民間の設備投資はいくぶん減退した。以上四つの需要部門をくくって、最終需要と名づけるならば、それは景気後退から回復の過程を通じておおむね増加を続けたことになる。これに対して中間的な需要である在庫投資は極めて大幅な変動を示した。最終需要に在庫投資を加えた総需要は33年4~6月期まで減少し、以後増加しているが、それは主として在庫投資の増減によってもたらされたのである。

第4図 総需要の動き

 第二の特徴は産業別にみて明暗の差が大きかったことである。すなわち前述の需要要因の動きに対応して生産財産業が不振であり、最終需要財産業や第三次産業はあまり景気後退の影響を受けなかった。いま鉱工業生産の動向を生産財、最終需要財別にみると 第5図 の通りで、生産の下降期では生産財の低下率が最も大きく、これにたいして最終需要財では、耐久消費財が伸びているほか、資本財、建設資材、非耐久消費財の生産低下は比較的小幅にとどまっている。また33年春以降生産はおおむね増加に転じているが、生産財生産の回復と耐久消費財の著増が目立つ。

第5図 生産の変動率

 さらに構造的にも明暗の差が明らかになってきた。例えば綿、人絹をはじめとする既存繊維や石炭、海運などは今次の景気後退で落込みが大きいうえに回復も遅れているが、これは構造的な停滞傾向があらわになったものといえよう。これに対し電気機械、自動車、精密機械などは終始伸長し続けており、また鉄鋼、化学、石油精製などでは生産低下が大きかった反面、回復し始めるとそのスピードははやかった。いわば今次の景気後退で、停滞的傾向の強まった産業と、後退の影響をほとんど受けなかったもの、あるいは影響を受けたが回復のはやかったいわゆる成長産業との間に格差が目立ってきた。これは基本的には技術革新による産業構造の変革期にあることのあらわれである。

 第三の特徴として中小企業の受けた打撃が比較的小さく、かつ回復もはやかったことを挙げることができよう。29年に比べて中小企業数の著しい増加にもかかわらず、中小企業の企業整備や賃金不払未解決件数あるいは不渡手形などは比較的少ない。これは31年、32年の好況を通じて経営基盤が強化されたこと、政府金融機関等による中小企業向け貸出の増加にみられるように金融面の下支えがあったことなどにもよるが、上述した今次景気後退の性格と産業別の跛行性に負うところが最も大きい。生産中心の景気後退であったために、鉄鋼、化学、パルプ、繊維紡糸部門などの比較的大企業の多い産業に打撃が大きかった。これに反して中小企業の多い機械工業、雑貨工業や第三次産業が消費や輸出の堅調と設備投資の高水準に支えられて好況を続けた。もっとも繊維工業の不況は深刻であったが、中小企業の多い織物部門では、それまで足並みが揃わなかった生産調整が生産数量規制の政府命令などを背景に資金の裏付けをえて比較的効果をあげたこと、売れ行きのよい新繊維製品へ転換したことなどのため、29年ほどの不況にならずにすんだ。もちろん同一業種のなかでは大企業から中小企業へのしわ寄せが行われたのであるが、全体として今回の景気後退の中小企業への影響は軽微にとどまったということができよう。

 また雇用面への影響が比較的軽くその回復がはやかったことを第四の特徴として挙げなければならない。例えば 第6図 の通り失業率(失業保険被保険者数に対する保険金受給者の比率)をみると、前回と今回の景気後退時の最高率は、30年上期6.3%、33年上期4.5%と今回の方が低い。また雇用の回復状況も今回の方がはやく、例えば生産が回復し始めてから1年間の非農林業の雇用者数は、前回の100万人増に対し、今回は140万人増であった。これは31年、32年の好況時に、企業の内部蓄積が増えて不況に対する抵抗力が強まっていたこと、消費の堅調に支えられて消費財産業や卸小売、サービス業等の第三次産業の雇用が伸び続け、機械工業の雇用減少が少なかったことや、公共事業増加に伴う建設業の堅調などによることが大きかった。

第6図 失業率の比較

 最後に輸入の大幅な減少を特徴として挙げなければならない。33年度の輸入は30億ドル(通関)で前年度より10億ドル減少した。減少の大部分は鋼材、鉄鋼原料及び繊維原料の減少によるものである。これは数量の減少のみではなく、原料価格と海上運賃の低落によるところが大きい。輸入の激減は景気回復に三つの意味をもった。第一にこの輸入の激減によって国際収支は大幅の黒字となり引締政策の目的が達せられ、また外為会計の巨額の散超を通じて金融緩和を招「たこと、第二は輸入原料価格の低下によって企業採算の好転に寄与したこと、第三は総需要の減少の一部が輸入激減によって吸収されたことである。もし総需要の減少の全部が国内生産の減少となったならば在庫調整の国内産業に対する影響はもっと大きなものであったろう。


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