昭和29年

年次経済報告

―地固めの時―

経済企画庁


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総説

むすび

資本蓄積に近道はない。外国援助に頼らぬ限り、国民の消費節約にまつほかはない。資本蓄積が表面的には信用膨張によって行われているように見えても、実際には既に明らかにしたようにそれは外資準備の食い減らしによって賄わられているのだ。過剰投資とはもっとも流動的な形の資産である外資準備を引き出して、国内の不用不急の建物や設備あるいは売れ残りの滞貨に形を変える過程である。いやそれならばまだよい。その過程を通じて国民生活の実力以上の向上のために外貨が費消されてしまったのである。国内における貯蓄以上の投資が対外的には実力以上の輸入となって現われる。国内均衡と国際均衡は楯の両面である。必要な外貨は特需によって、所要な円貨は財政金融から。これを膨張体制を支えた2本の柱ということができるであろう。特需は一時のこぼれ倖いであることを十分認識しつつかえってそれへの依存度を深めながら現状に及んだ今日、特需収入はようやく減少の傾向を明らかにし始めた。この時において我が国国際収支の前途には、賠償、対日援助費の支払い、外債の償還あるいは戦後導入した外資の元利払い等加重する外貨負担が待ちかまえている。特需の柱がますます短くなるならば、国内経済も一層引き締めなければならない。

そもそも対外収支調整のための財政金融の引締めは我が国に限ったことではない。1951年動乱の狂熱的ブームが一過後、世界経済は、軍拡の引き延ばしに基づく景気後退に直面した。対外的に輸出不振、国内的には再軍備負担の重圧によって国際収支の悪化に直面した西欧諸国は調整措置として直接統制を主要手段とする代わりに財政金融引締策を採った。当時我が国は急増する特需収入によって国際収支は黒字を残し、調整措置の必要をそれほど痛切に感ぜず膨張を続けて今日に至った。

1952~3年の経験はこれら各国の財政金融引締めの国内策が見事に国際収支改善の目的を果たしたことを告げている。今や我が国は約3年遅れてこの調整過程を辿り始めたのである。しかし着手が遅れただけに調整の途はそれだけ険しいものになっている。例えば国内消費の膨張、コスト──価格構造の国際水準からの乖離等がこれである。調整は困難と苦痛を伴うであろう。失業その他社会的問題の激成も楽観を許さない。しかしこの苦しい過程を終えない限り日本民族は政治的独立にふさわしい経済的自立の緒につくことはできないのである。この過程の下、己むを得ずして発生する犠牲については、温かい愛情をもってこれに対処しなければならない。この過程を終えて初めてそこに将来への発展の踏み切り台となるべき健全な基盤を発見することができるであろう。

世界は今や調整過程を完了して発展の時期に向かっている。為替統制をできるだけ排除した自由な多角的貿易による拡大均衡。その目標への第一のステップとして通貨自由交換性の復活が日程に上り始めた。前進を続ける世界経済へ復帰するためにわが国経済は今から縮小──正常化──発展の三つの関門をくぐらねばならない。そしてその不可欠な要件は、我が国産業の国際競争力の涵養、生産性の向上である。遥かに拡大発展への道を仰ぎながら、足もとを固める。それが昭和29年の体勢でなければならない。


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