第3章 豊かさを支える成長力 第3節

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第3節 新たな国際分業と日本経済

環境分野を含め、グローバルな成長を新たな需要として積極的に取り込むことを通じて、生産性の向上、質の高い雇用の実現につなげることができる。もっとも、「グローバルな成長の取り込み」には多様なルートがある。また、グローバル化は、そのこと自身が望ましいのではなく、それが我が国企業や経済の競争力向上に結びつき、ひいては国民生活の豊かさをもたらすことが重要である。こうした問題意識から、本節では、「対外直接投資や現地生産の拡大は我が国企業の収益増をもたらしているのか」「我が国の貿易構造はどう変化しつつあり、それが現地生産の拡大とどう関係しているのか」「国際的に見た我が国企業、経済の競争力はどう評価できるか」といった論点について考える。

1 対外直接投資と企業のグローバルな展開

新興国の成長と我が国の内需の停滞などを背景に、海外への生産拠点の移転が加速することが懸念されている。一方で、対外直接投資は、海外での販路開拓、生産財や資本財の輸出拡大、投資収益の還流など潜在的なメリットも大きい。以下では、「対外直接投資は活発化しているか」「海外投資収益は増えているか」「グローバル化で我が国企業の収益構造はどう変わったか」といった論点を確認しよう。

(1)対外直接投資は活発化しているか

ここでは、世界的な金融危機の前後で資金の流れがどう変化したのかを見た後、対外直接投資の動向について確認する。

●新興国の経常黒字がアメリカの経常赤字をファイナンス

まず、世界的な貯蓄投資バランスの全体像を概観しておきたい。いうまでもなく、リーマンショックは国際的な貯蓄投資バランス、それをファイナンスするための資金フローに大きな影響を及ぼしたと見られるが、ここではIMFのデータに基づいて2008年までの主要地域の経常収支の推移を確認することから始めよう(第3-3-1図)。
第一に、アメリカの経常収支は一貫して赤字であるが、2000年代に入って急速に拡大し、2006年にピークを迎えた。こうした動きの背景では、サブプライム住宅ローンに象徴される信用の膨張が住宅投資や個人消費を拡大させていたことは周知の通りである。その後、サブプライム住宅ローン問題の顕在化、実体経済の減速などからアメリカの赤字は縮小に向かった。
第二に、このように拡大したアメリカの赤字は、以前からの黒字国である日本等の経常収支黒字のみではまかなえない規模となった。そのギャップを埋めたのが、ASEANや中国、中東・北アフリカ諸国による経常黒字の急増であった。中国、中東・北アフリカ諸国ともに2000年代半ば以降、黒字幅を大きく拡大させている。こうした変化は、中国については、急速な工業化による製品供給力の拡大によって、中東・北アフリカ諸国については、新興国の経済成長等を背景とした原油価格の上昇によって、それぞれの貿易黒字額が急増したことによるものと考えられる。
第三に、この間の我が国の経常収支は、相対的に安定していたと評価することができる。2002年以降、中国等へ向けた輸出がけん引する形で景気回復が続いたが、一方で、原油価格等の上昇が輸入金額を押し上げ、結果として経常収支の黒字幅が大きく拡大することはなかった。

●我が国では、リーマンショック後も引き続き直接投資は低水準

このような貯蓄投資バランスの裏側で、資本収支の中身はどう変化してきたのだろうか。ここでは、2005年以降、リーマンショック後の状況も含めてその動きを追ってみよう。具体的には、我が国に加え、アジア、アメリカ、ユーロ圏について資本収支の変化とその内訳を見ることとする(第3-3-2図)。
第一に、我が国については、資本収支は一貫して赤字(流出超過)となっているが、金融市場の安定化や世界的な景気回復期待を背景に対内証券投資が流入したこと等から、2009年4-6月期には大幅に赤字幅が縮小している。リーマンショックまでの対外投資の内訳で寄与が目立っているのは「その他の対外投資」30であり、次いで対外証券投資、対外直接投資の順となっている。対内投資では証券投資が最も寄与しているのに対し、よく知られているように対内直接投資はわずかである。なお、リーマンショック後の半年間は、金融市場の不安定化に伴う海外インターバンク市場運用資金の回収や、その後の外貨調達環境の回復を背景とした本支店勘定を通じた資金回収から、「その他の対外投資」の海外からの引き揚げが見られた。
第二に、アジア(ここでは中国は含まず)についても、季節的な要因を除けば、総じて資本収支は赤字で推移してきた。アジアの特徴は、対内直接投資、対外直接投資がともに盛んなことである。リーマンショックのあった2008年7-9月期頃を中心に、金融市場の不安定化から対外証券投資が低調になったことを受け、全体として資本収支が一時的に黒字(資本流入超過)となった。その後、対内直接投資ではほとんど変化がないなか、その他の対内投資が回収され、資本収支は赤字となっている。
第三に、アメリカでは資本収支の黒字幅が縮小傾向にあるが、リーマンショック後も依然として黒字であることには変わりがない。かつては資金流入の中心であった対内証券投資の規模が縮小していることが、その主な要因となっている。また、ユーロ圏では資本収支は均衡に近い状況が続いていたが、2008年から対外証券投資や「その他の対外投資」が巻き戻され、資本収支が一時黒字化する局面があった。2009年4-6月期以降は対外証券投資が幾分流出超に転じたことなどから、資本収支は再び均衡に近い状態となっている。

●我が国の対外直接投資は新興国向けの割合が上昇

それでは、我が国からの資本の流出は、どういった地域に向かっているのだろうか。また、対内直接投資はどこから来ているのだろうか。2005年以降の我が国の対外・対内直接投資及び対外証券投資(株式及び中長期債)について、投資先別(投資国別)の推移を調べておこう(第3-3-3図)。
第一に、我が国からの対外直接投資については、アジア向けと並んでEU向けや北米向けが多い。2008年に一時的に北米向けが増加したが、これはアメリカの金融機関への出資を行ったことや電機・医薬における事業拡大等に伴うもの31である。一方で、最近では中南米(ケイマン諸島を除く)・大洋州向けの割合が上昇傾向にあり、資源関連の投資を積極化している様子がうかがわれる。一時的要因を除けば、我が国からの直接投資は新興国・資源国を対象としたものへとシフトしつつあると考えられる。
第二に、対内直接投資は対外直接投資と比してそもそも金額が小さく、2006年には対内直投はネットではマイナス(資本流出)となる状況であった。そこで2007年以降について見ると、北米、EUからの案件が相対的に多く、先進国の資金が投資されていることが分かる。リーマンショック後は中国からの直接投資の動きが話題になることもあったが、これまでのところ、金額ベースでは影響はほとんどないといえよう。
第三に、対外証券投資では、株式、中長期債とも北米、EU向けが中心となってきた。この点は、リーマンショック後の2009年においても基本的に変わっていない。しかし、やや詳しく見ると、株式では中南米・大洋州向け、アジア向けにも一定の割合が投資されており、2008年には一時的に割合を低下させたが、2009年にはもとの水準に戻っている。中長期債では、アジア向けはほとんどないが、2008年以降は中南米・大洋州向けが北米やEU向けと遜色がない程度にウエイトを高めてきており、高金利に注目した投資の流れが読み取れる。

(2)海外投資収益は増えているか

我が国では現地法人の売上高割合が上昇基調にあり、アジアを中心に企業の積極的な展開が進んでいるが、一方で、資本収支に対する対外直接投資の寄与はそれほど大きくない。こうした事実を踏まえた上で、対外直接投資からの収益の状況を確認してみよう。投資が効果的に収益を生み、それが国内に十分還流されることは、内需の拡大にもつながると考えられ、現在の我が国にとって重要な論点である。

●日本の直接投資収益の規模は米英に比べて極めて低い

それでは、我が国の直接投資収益の推移を振り返るとともに、その大きさをアメリカや英国と比べてみよう。その際、投資収益の国内還流状況もあわせて見るため、配当金と再投資収益に分けたものを用いることとする。その結果からは、我が国の投資収益について次のような評価が可能である(第3-3-4図)。
第一に、我が国の投資収益は2003年頃までは横ばいであったが、その後は急速に増加している。その結果、2008年には500億ドル程度に達しており、これはGDPの約1%に相当する。最近の状況について四半期ベースで見ると、リーマンショック後の2008年10-12月期には一時的に減少したが、2009年に入るとさらに収益が増加する局面もあり、我が国経済にとって重要な所得の源泉となっている。
第二に、国内への還流という観点からは、2008年時点で約半分となっていた配当金の割合が、2009年にはさらに高まっている。これまで海外で上げた収益はそのまま海外で再投資に回されていたが、それが日本に還流する傾向が強まっていることがうかがわれる。なお、アメリカで2005年に一時的に配当金が100%を超えたのは、2004年から時限措置として海外子会社からの受取配当に係る一定の所得控除が導入されたことの影響と考えられる。日本においても、2009年度の配当金が増加したのは、2009年度税制改正により導入された外国子会社配当益金不算入制度32も影響している可能性がある。同制度は、現地法人が得た利益の国内還流に向けた環境整備として、企業の配当政策に対する税制の中立性の観点から導入されたものである。
第三に、米英でも2000年代に直接投資収益が急速に増加したが、2009年時点で金額を比べると、我が国はアメリカ、英国より大幅に少ない。アメリカでは2009年に低下したものの3,000億ドル程度、英国では2008年以降激減したがそれでも1,200億ドル程度の収益を得ている。絶対額ではなくGDP比で見ても、やはり我が国の投資収益の水準は極めて低い。その背景について、以下で考えてみよう。

●ストックベースでは依然として低い我が国の対外直接投資

アメリカや英国と比べ、我が国の投資収益の水準はなぜ低いのだろうか。投資収益の絶対額(あるいはGDP比)を決めるのは、直接投資のストックと収益率である。ここではまず、直接投資残高の状況を調べてみよう。すなわち、いくつかの主要国について、直接投資のGDP比をフロー、ストックそれぞれのベースで見てみよう(第3-3-5図)。
第一に、フローベースでは、2000年代後半以降、我が国の対外直接投資のGDP比は、急テンポで上昇している。2000年代前半にはGDP比で1%に満たなかったが、その後の旺盛な投資活動の結果、2008年には2%を超える水準となっている。
第二に、国際比較の観点でも、フローベースで中国や韓国を上回って推移してきたことはもちろん、2008年には金融不安の影響で投資意欲の減退したアメリカを上回る状況となっている。ただし、東欧やロシア等周辺国への投資を活発化させているドイツと比べると、依然その水準は低いといわざるをえない。
第三に、以上のようなフローの動きが蓄積した結果がストックであるが、英国、ドイツはもちろん、アメリカと比べてもストックベースでは依然低い水準にある。こうしたことが、投資収益の水準の相対的な低さの一因であると考えられる。もっとも、ストックベースでも着実に水準を高めてきており、2000年時点でGDPの5%程度であったものが、2008年には10%を超えている。

●我が国の対外直接投資収益率は上昇傾向

次に問題となるのが、対外直接投資収益率である。ここでは、投資収益率の推移をアメリカや英国と比較することにより、我が国の対外投資収益率の投資先別の推移を見てみよう。その結果、以下のような特徴が明らかになる(第3-3-6図)。
第一に、我が国の対外直接投資収益率は、かつてはその低さが目立っていたが、2000年代後半以降は大きく上昇している。すなわち、2000年代前半は6%に満たない程度であったが、2000年代後半には7~9%程度となっている。2008年には世界的な景気悪化の影響もあり、収益率はやや低下したが、それでも8%に近い水準を維持している。国内における投資収益率の低さを考えれば、対外直接投資のメリットがいかに高まっているかという証左でもある。
第二に、しかしながら、アメリカ、英国と比べると世界的な景気悪化前の2007年の時点でもやや収益率が低い。もっとも、アメリカ、英国がともに11%であるから、かつてと比べるとその差は大きく縮小しているといえよう。これは、アメリカ、英国の投資収益率が、2000年代以降ほとんど変化がない一方で、我が国の収益率が上昇した結果である。
第三に、それではなぜ我が国の投資収益率が上昇したのかといえば、各地域向けとも2000年代後半以降、収益率が高まっているが、なかでも大洋州向け、中南米向けの収益率向上が著しい。これは、いうまでもなく、資源価格の上昇を背景にした動きと見られる。前述のように、この間、我が国の直接投資はこれらの地域向けの割合が高まっている。こうしたことが合わさって、我が国の投資収益率を押し上げた面が強いといえよう。

(3)グローバル化で我が国企業の収益構造はどう変わったか

以上のような対外直接投資の結果もあって、我が国企業の現地生産比率は上昇したと考えられる。問題はそれが企業の収益構造にどう影響を及ぼしたかである。そこで、ここでは海外生産比率と輸出を含めた海外売上比率との関係、海外セグメントの収益状況について調べてみよう。

●業種により現地生産と輸出の間の力点の置き方に相違

まず、海外での企業活動がいかに拡大しているかを、国際協力銀行「海外直接投資アンケート」(対象は海外現地法人を3社以上、うち生産拠点を1つ以上持つ製造業)における海外生産比率と海外売上比率を用いて業種別に見てみよう。ここで、「海外売上」とは「海外生産」に輸出を加えたものであり、海外需要からの売上合計を意味する。横軸に海外生産比率、縦軸に海外売上比率をとって、2002年度から2年おきの数字を見ることで、以下のような状況が判明する(第3-3-7図)。
第一に、製造業全体としては、海外生産比率、海外売上比率とも緩やかに上昇した結果、2008年度にはそれぞれ3割台半ば、4割強となっている。これらの比率は業種により差が大きく、例えば、自動車や電機・電子では両比率とも非常に高く海外展開が進んでいる一方、鉄鋼や化学では、大規模な製造設備を必要とする産業の性質もあり、海外生産比率は相対的に低い。また、精密機械は輸出が多く海外売上比率が高い。
第二に、すべての業種で、2002年から2008年の間に海外生産比率、海外売上比率とも上昇が見られる。この間、海外生産比率はそれほど上昇せず、海外売上比率が顕著に高まった業種に、鉄鋼や一般機械がある。これらの業種では、国内で生産した製品を輸出するという形の海外展開を図ったことが分かる。
第三に、食料品や繊維は45度線付近で動いており、海外生産比率と海外売上比率がほぼ等しい。これは、輸出がほとんどなく、現地生産の拡充あるいは国内生産の縮小によってグローバル化に対応していると考えられる。
このように、我が国企業が海外展開を進めていることは確かだが、現地生産、輸出のいずれに力点を置くかという点で業種による違いが大きいといえよう。

●アジア、その他地域での利益率が高水準を維持

こうした我が国企業の海外進出の拡大は、企業の利益構造上も確認できるだろうか。公開企業のセグメント別情報を用い、地域ごとの収益状況を示すプロフィットプールを作成し、その変化を確認しておこう(第3-3-8図)。ここでは2005年と2008年の公開企業562社(非製造業を含む)の地域別の収益状況を示す。横軸に売上高の構成比、縦軸にその営業利益率を示しており、面積は営業利益に比例する。
第一に、売上高の35%程度が現地法人等の海外セグメント(輸出分は国内セグメントに含まれる)であり、この比率は2005年と2008年ではほとんど変化がない。また、海外セグメントの中の地域別のウエイトもほとんど変化がなく、アメリカ、アジアのウエイトが高い。
第二に、2005年の営業利益率は平均すると5%強であったが、国内のほうが海外より利益率が高かった。これは、長期に渡る景気回復過程の中で内需にも明るさが見えてきたこともあり、経営資源を重点的に国内市場に投入していた企業が多かったためと考えられる。
第三に、資源価格高騰やリーマンショック後の景気悪化の影響を受け、2008年の営業利益率は2%となった。金融危機の震源地であるアメリカ、欧州は大幅に利益率が低下し、それに次いで国内セグメントの利益率も低下した。一方、アジアの利益率は高水準を維持している。また、資源国が多く含まれると見られる「その他」の利益率はさらに高い水準となっている。

●製造業を中心に企業収益の面でもアジア及びその他地域の存在感が増大

さて、次に、業種によって地域別の収益動向がどう違うかを見るため、業種別のプロフィットプールを観察してみよう。ここでは、2000年代の景気回復とリーマンショックによる外需の急減の影響を大きく受けた輸送用機器、食品と同様に製造業の中でも比較的景気変動の影響を受けにくい医薬品製造、非製造業としてサービス業の3業種を取り上げる。ここから以下のようなことが分かる(第3-3-9図)。
第一に、輸送用機械においては、2005年から2008年にかけて、平均利益率が大きく低下しているが、これは2005年時点では全体の利益率の引き上げに寄与していた日本やアメリカにおける利益率が、リーマンショック後の需要急減により急低下したことによる。一方、アジアやその他地域における利益率の低下は小さいものにとどまり、売上高構成比も上昇した。結果として、これらの製造業におけるアジアやその他地域向けの存在感は著しく増している。なお、図には示していないが、リーマンショックによる影響の大きかった電気機械でも、同様の状況が観察される。
第二に、医薬品及びサービス業においては、そもそも平均的な利益率が2005、2008年で大きくは変化していない。医薬品については、リーマンショック後において、日本における利益率がそれほど低下しなかったにもかかわらず、米欧における利益率が高まり、売上シェアも増加している。医薬品という製品の性質上、高齢化の進む先進国においては売上や利益の大きな減少がそれほどなかったことを反映しているものと見られる。
第三に、サービスについてはもともと外国における売上シェアは小さく、またリーマンショック前後においてそれほど大きな変化は見られない。ただ、そうした中でも、アメリカなどにおいて我が国よりも高い利益率を上げており、サービス業において利益率を高めていくためには、外国向けのサービス需要への対応が重要であることがうかがえる。

2 貿易構造の変化とその背景

以上のような現地生産の拡大は当然のことながら我が国の輸出構造の変化をもたらしていると考えられる。そこで、以下ではまず、「我が国経済にとって外需はどの程度重要か」を確認した上で、「貿易上の得意分野はどう変わったか」「現地法人はアジアの内需を取り込めているか」について検討しよう。

(1)我が国経済にとって外需はどの程度重要か

リーマンショック後の我が国の景気持ち直しはアジア向けを中心とした輸出によってけん引されている。一方で、前回の景気回復が輸出主導であったことへの反省から、内需拡大の重要性を強調するとともに、輸出による景気のけん引を「次善の手段」と捉える見方もある。こうした状況を踏まえ、まず、我が国経済における輸出の位置づけを確認しておきたい。日本経済に占める外需のウエイト、生産に対する直接間接の輸出の影響、さらには輸出による国内設備投資の誘発の大きさを調べてみよう。

●我が国の輸出依存度は長期的に見れば上昇傾向

最初に、我が国の輸出依存度について、その推移、財貨・サービス別の構成、他の先進国との比較という観点から確認しておこう。「国民経済計算」ベースのデータを用いてこれらの点を整理すると、以下のようになる(第3-3-10図)。
第一に、我が国の輸出依存度は、80年代には、円高を背景に低下してきたが、90年代以降は上昇し、特に2000年以降は輸出によって景気がけん引されたことを反映して、その上昇テンポを速めた。リーマンショック後は大きく落ち込んだものの、長期的に見れば、上昇傾向にあったと考えられよう。なお、輸入を控除した純輸出(外需)依存度は、輸入も同時に増加してきたことから、おおむね横ばいで推移してきた。ただ、2008、2009年には輸出の急減を受けて低下している。
第二に、輸出を財貨・サービスに分けると、財貨のウエイトが近年やや低下しているものの9割でおおむね安定的に推移している。我が国の場合、輸出の大部分は製造業が担っており、運輸や金融といったサービスよりものづくりに依存した構造は変わってないといえよう。
第三に、我が国の輸出依存度はアメリカより幾分高めではあるが、EU諸国と比べると圧倒的に低い。これは、EU諸国は各国の経済規模が相対的に小さい上に市場が統合されているため、域内貿易が盛んなことによる(EUの域内貿易の影響を取り除くため、ユーロ圏全体の輸出のGDP比を見ると約17%)。リーマンショック後の2009年についても、こうした違いに基本的には変化がない。

●主要な製造業では生産の3~5割程度は輸出による誘発

このように、我が国の輸出依存度はマクロ的に見るとそれほど高いわけではないが、輸出の大部分が財貨であることから、製造業に限れば輸出の影響は非常に大きいと考えられる。ここでは、その点をやや詳しく見るため、輸出によって直接、間接に国内生産がどの程度誘発されているのかを、主要な業種について調べよう(第3-3-11図)。
第一に、加工組立型の製造業として輸送機械、電気機械を例にとると、2005年時点でどちらも生産の5割以上が輸出に誘発されている。日銀短観によれば、輸送機械、電気機械の輸出が売上高に占める割合はいずれも4割に満たない(2008年度実績)。したがって、この差は完成品の輸出が増加したとき、部品の生産が誘発されることによる分であると考えられる。
第二に、素材型の製造業として鉄鋼及び非鉄金属、化学をとると、2005年時点でそれぞれ5割、3割程度が輸出に誘発された生産になっている。素材業種においては、一般に製品を直接輸出に回す割合は少なく、鉄鋼や化学では輸出は売上高の2割程度にすぎない。しかし、輸出の変動は、完成品等からの派生需要を通じて、素材業種への非常に大きな影響を及ぼしていることが分かる。
第三に、我が国において輸出によって生産が誘発される度合いは、アメリカよりは大きく、ドイツよりは小さい。これは、マクロ的な輸出依存度の大きさと見合っている。ただし、やや詳しく見ると、輸送機械や電気機械では日独の差が小さいのに対し、鉄鋼・非鉄金属や化学では両国の差が大きい。これは、輸送機械や電気機械では我が国が特に比較優位を持っているためと考えられる。

●これまでの設備投資の増加は外需型企業がけん引

外需主導の景気持ち直しが自律的な回復につながるとすれば、企業収益の改善とそれに伴う設備投資の増加、さらには雇用者報酬への波及を通じた個人消費の増加といった経路が考えられる。ここでは、設備投資の増加が、外需関連の業種によってどの程度もたらされてきたかを調べてみよう。日本政策投資銀行「企業財務データバンク」を用い、海外売上高の記載のある上場企業について、その比率別(30%未満、30%以上60%未満、60%以上)に設備投資額を集計して時系列的な変化を見ると、次のような特徴が明らかとなった(第3-3-12図)。
第一に、前回の景気拡張局面において、設備投資は2003年から増加しているが、その増加に寄与したのはほとんどが海外売上高60%以上の企業によるものである。「海外売上」には輸出のほか現地法人による売上が含まれるが、いずれにせよ、外需にけん引されて設備投資が回復した姿が浮き彫りになっている。業種別には輸送機械、精密機械、電気機械、一般機械等で海外売上比率が高いので、設備投資の回復もこうした業種を中心にしたものであったと考えられる。
第二に、このような動きの結果として、海外売上高60%以上の企業がここで集計した設備投資全体に占める割合は、2000年には2割強であったが、2007年には半分超にまで達した。もちろん、これには我が国企業の海外売上比率が全体として高まったことも影響している。なお、残りの半分は、30%以上60%未満の企業、30%未満の企業によって折半される形となっている。
第三に、2008年における設備投資の落ち込みも、ほとんどが海外売上高60%以上の企業によるものである。リーマンショック後の我が国における景気悪化の主因が、自動車やIT製品を中心とした輸出の減少であることを踏まえると、これは当然な結果であるといえよう。一方、2002年における設備投資の落ち込みには、海外売上高30%未満の企業も大きく寄与していた。このときは、建設業や不動産業、卸小売業など、バランスシート調整の遅れが見られた内需を主な対象とする産業において、設備投資が低迷したこと33などが影響していると見られる。

(2)貿易上の「得意分野」はどう変わったか

以上で見たように、我が国経済において、輸出は国内生産のみならず設備投資の誘発という点で重要な役割を果たしている。しかし最近では、新興国における生産基盤の充実や内需へのシフトが進むなかで、我が国の輸出競争力の低下に対する懸念が生じている。こうした問題意識から、近年における我が国の貿易に関する比較優位構造がどう変化してきたかを調べよう。

●我が国は最終財だけでなく中間財の一部でも比較優位を失っている可能性

2000年代においては、中国等新興国の台頭、米欧におけるバブル的な景気状況を背景として、我が国の輸出も拡大が続いたが、その間の比較優位構造の変化を先進国との対比で見てみよう。ここでは、我が国の主要な輸出品目について、各財の輸出全体に占めるシェアと、各財の輸出入総額に対する純輸出の比率である「貿易特化指数」に着目する。これらの指標は、当該品目の輸出がそれぞれ他の輸出品目、当該品目の輸入と比べてどの程度強いかを示している。2000年代において、これらの指標の変化を見ると、我が国の比較優位構造について次のような変化が生じたことが分かる(第3-3-13図)。
第一に、主要品目について大括りで見ると、我が国では化学、輸送用機器で特化指数、輸出シェアとも上昇する一方、電気機器ではいずれも低下している。一般機械(貿易統計における一般機械には電子計算機、同部分品を含むことに注意)では特化指数は上昇しているが、輸出シェアは低下している。電気機器における特化指数の低下は、新興国からの輸入の増加に伴う我が国の比較優位の低下を示している。また、電気機器、一般機械の輸出シェア低下は、相対的な価格下落を反映した面があると考えられる。
第二に、機械系の品目の状況をさらに細かく見ると、一般機械では電子計算機、電気機器では家庭用電気機器で特化指数の低下が目立ち、新興国からの輸入に押されて比較優位を失った様子が分かる。電子計算機は輸出シェアでも大きく落ち込んでいる。このほか、原動機、半導体等電子部品、自動車部品などでも特化指数が幾分低下している。反対に、特化指数が顕著に上昇したのは、電子計算機の部分品、音響映像機器の部分品である34
第三に、米独でも輸出シェアでは電気機器や一般機械の低下が目立つ点は我が国と同じであり、これらの品目での価格下落が世界的に生じたことを反映していると見られる。一方、特化指数ではアメリカが電気機器、一般機械で比較優位を失ったのに対し、ドイツは鉄鋼で大きく低下が見られている。また、アメリカは輸送用機器(航空機や自動車など)、ドイツは一般機械で特化指数を高めているほか、やや詳しく見ると、アメリカで半導体等電子部品の特化指数が上昇した点が注目される。
以上から、2000年代の我が国の貿易構造の変化として特徴的な点は、日米独共通の現象として電気機器や一般機械の輸出シェアが低下したこと、我が国では家電や電子計算機などの最終財で比較優位を急速に失っており、最終財と中間財の間で新興国等との垂直分業がさらに進展したことが示唆される。また、中間財の中でも、自動車の部分品や半導体等電子部品で同様の事態が進んでいる可能性がある。

●東アジア諸国の比較優位は最終財から中間財へシフト

こうした可能性についてさらに調べるため、主要品目を最終財と中間財に分けた上で、東アジア諸国の状況と対比しつつ我が国の比較優位構造の変化を確認しよう。比較の対象としては、NIESの一つとして韓国、ASEAN諸国の一つとしてタイ、さらに中国の3か国を選んだ。指標としては貿易特化指数に着目し、90年前後、2000年前後、最近と順を追ってその変化を見ると、次のようなことが浮かび上がる(第3-3-14図)。
第一に、我が国では、中間財はいずれも輸出超過(図の右半分)であるが、最終財では機械類が輸出超過(図の上半分)である。そうしたなかで、電気機器、家電は中間財、最終財とも比較優位が低下し、輸送用機器、一般機械も中間財では一貫して比較優位が低下している。
第二に、韓国では、最近時点では総じて中間財で特化指数がプラス(図の右半分)となっており、特に電気機器では最終財、中間財ともに特化指数が上昇している。このほか、輸送用機器、一般機械、化学でも中間財の特化指数が上昇している。一方、多くの品目で、最終財の特化係数は低下しており、化学や繊維では輸入超過となっている。
第三に、タイ、中国では、90年前後から通して見ると、多くの品目で特化指数の上昇が観察される(図中では左下から右上に向かって動いている)。最終財に比して、中間財で輸出超過であるものは少ないが、家電や繊維に加え、中国で一般機械が強くなっているのが特徴的である。また、タイでは電気機器、中国では輸送用機器で中間財がわずかながら輸出超過に転じている。
全体として見ると、東アジア地域においては、経済発展の段階に応じて最終財から中間財に比較優位がシフトする一方、我が国では圧倒的に強かった中間財の比較優位が低下してきている。

●東アジア域内において産業内貿易が拡大

上記のようなアジア各国における比較優位構造の変化の背景には、どのような形の分業関係の進展があるのだろうか。ここでは、同地域における産業内貿易の発展という視点でこの問題にアプローチしよう。具体的には、我が国と中国、NIES、ASEANそれぞれとの間の貿易のうち、自動車、電子計算機、電気機器の最終財と中間財を選び、我が国の側の貿易特化指数と「グルーベル=ロイド(GL)指数」の時系列的な動きを見る。GL指数とは、1から貿易特化指数の絶対値を引いたものであり、1に近いほど産業内貿易の比率が高いことを示す。その結果から何がいえるだろうか(第3-3-15図)。
第一に、自動車については、最終財(完成車)では我が国は東アジア各地域に対してほぼ100%の輸出超過を保っているが、部品では特化指数が低下している。部品では東アジア各地域から我が国への輸入が増える形で産業内貿易が拡大しており、それがGL指数の上昇に反映されている。ただし、GL指数の水準はいずれも低く、我が国の競争力が依然強い分野であることには変わりがない。
第二に、電子計算機については、総じて見ると部品のGL指数の水準が高く、産業内貿易が盛んな分野である。また、完成品では対ASEAN、対中国でGL指数が低下し、低水準となっている。特化指数のマイナス幅が拡大することがGL指数の低下をもたらしており、ASEAN、中国の独壇場となりつつあることが分かる。興味深いのは、対NIESの完成品で、GL指数の上昇が続いている点である。NIES諸国の所得が向上するなかで、NIES諸国から中国やASEANへの生産拠点のシフトが加速していると見ることができる。
第三に、電気機器のうち、半導体等電子部品では、我が国の特化指数の低下を受けてGL指数が上昇している。ここで興味深いのは、対中国の映像記録・再生装置でGL指数が上昇していることである。中国の高所得層向けに、我が国からデジタルカメラ等が輸出される形で、水平分業が行われるようになったとも考えられる。
以上のように、我が国は対東アジアで中間財の比較優位を低下させるケースが多いが、一部の完成品で水平分業的な産業内貿易も現れてきている。今後、東アジア地域の所得がさらに向上するなかで、こうした水平分業を発展させる方向に進むかどうかが注目されるところである。

●インフラ関連のアジア向け輸出のシェアは頭打ち

上記の分析では、自動車や電気機器を中心に検討してきたが、ここで、最近注目されているアジアのインフラ需要に関連する輸出の状況についてやや詳しく調べてみよう。アジアでは、今後10年間に、エネルギー分野で4兆ドル、運輸分野で2.5兆ドルのインフラ需要が見込まれており35、その需要の取り込みが課題となっている。特に、ソフト面も含めたシステム輸出の促進が重視されているが、データ制約からインフラ整備に必要ないくつかの機械設備に着目して現状の把握を試みる36。具体的には、我が国が競争力を持つとされる、大型蒸気タービン、自走式鉄道車両(日本の新幹線車両などを含む)、道路用建設機械37を例にとって、アジア(中東を含む)の位置づけと我が国のシェアがどう推移したかを調べよう(第3-3-16図)。
第一に、世界の輸出に占めるアジア向けの割合は、大型蒸気タービンと建設機械については上昇傾向にある。特に、前者は2000年代後半に大きく上昇したが、アジアにおける発電所等の建設の活発化を反映したものと考えられる。一方、鉄道の整備は環境対応などから近年では先進国等でも盛んとなっており、アジア向けの割合は低下している。
第二に、我が国の輸出に占めるアジア向けの割合はおおむね上昇傾向にあり、我が国にとってアジア市場の重要性が高まっていることが分かる。ただし、鉄道車両については振れが大きく、2000年代前半には大幅に割合が高まったが、その後はやや低下している。
第三に、アジア向け輸出に占める我が国のシェアを見ると、2000年代の前半と比べると後半では低下している。97~2000年と比べても、鉄道車両以外ではシェアが低くなっている。その背景として、中国や韓国のシェア拡大が指摘できる。また、鉄道車両については、欧州主要国との競争も厳しいものとなっている。
以上から、我が国の輸出にとってアジアのインフラ関連需要は重要性を増しているが、アジア諸国の追い上げや先進国との競争もあって、シェアは頭打ちとなっていることが分かる。

(3)現地法人はアジアの内需を取り込めているか

これまでで確認したようなアジア域内での産業内貿易の拡大は、我が国企業の現地法人によって担われている面があると考えられる。では、我が国の現地法人は中国の内需が取り込めているのだろうか。また、現地法人の売上増は従前通り我が国からの部品等の輸出増につながっているのだろうか。以下、海外現地法人の売上状況、仕入状況、さらに日本の本社企業との貿易関係を順に点検してみよう。

●現地法人の売上高割合は中国等アジアにおいて上昇

先に国際協力銀行のデータに基づいて我が国企業の海外生産比率を見たが、以下では経済産業省「海外事業活動基本調査」を用いる。そのため、最初にこのデータによって、再度、現地法人の活動状況を整理しておこう。具体的には、海外現地法人の売上割合を業種別、地域別にプロットし、いくつかの特徴を抽出してみよう(第3-3-17図)。なお、ここで用いたデータは、調査年度ごとに回答サンプルが異なるため、結果については幅を持って見る必要がある。
第一に、予想された通り、現地法人の売上割合は全体としてすう勢的に高まっている。90年代には、現地法人の売上は本社を含めた売上の2割台を占めるにすぎなかったが、2000年代には3割を超えるようになっている。
第二に、業種別に見ると、現地法人の売上割合が最も高いのは輸送機械であるが、非製造業や電気機械がこれに次いでいる。我が国の輸送機械は、貿易上の比較優位を維持してきたが、一方で現地法人による売上を増やし、世界各地での生産・販売体制を強化しているといえよう。製造業のうち木材・紙パルプ、食料品といった業種では、現地法人の売上割合は水準としては依然低い。しかし、これらの業種でも売上割合は上昇傾向にあり、新興国等の内需を取り込みつつあることが示唆される。
第三に、地域別に見ると、アジアの現地法人による売上割合がすう勢的に高まっている。一方で、北米は2000年代に割合を低下させており、EUも低調に推移している。その結果、2007年度においては、アジアの割合が35%を超え、北米を上回る状況となっている。そのアジアの内訳を見ると、売上割合の上昇はほとんどが中国の寄与で説明できる。

●アジアでは現地調達比率の上昇に伴って日本からの輸入比率は低下傾向

では、このように売上を拡大している本邦の海外現地法人は、どこから仕入れをしているのだろうか。製造業について考えると、現地の安価な労働力を用いて生産を行う一方で、重要な部品等は日本から輸入していることが想定される。問題は、その割合がどう変化してきたかである。現地法人の日本からの輸入比率の動きを確認すると、以下のような状況が生じていることが分かる(第3-3-18図)。
第一に、地域別に見ると、アメリカ、EUの現地法人は2000年代の初めに日本からの輸入比率を低下させたが、その後は幾分回復の動きを示している。特にEUについては、95年以降のすう勢を振り返ると、日本からの輸入比率は上昇傾向にあると見ることもできる。これは、EUの東方拡大に伴い、日本企業の中東欧への進出が増加したことなどが影響しているものと考えられる。
第二に、アジアの現地法人については、緩やかながらすう勢的に日本からの輸入比率を低下させている38。この背景には、アジアの現地法人において、いわゆる「現地化」が急速に進展していることが指摘できる。いまや、アジアにおいては、仕入れの半分以上は現地から行っている。このことは、我が国の輸出構造において、中間財の比較優位が低下したことの一つの背景と考えることができる。
第三に、業種別に見ると、機械系では日本からの輸入比率は相対的に高いが、このうち一般機械や輸送機械では2000年代に輸入比率を低下させている。これらの業種では、アジア等の内需向けの生産を拡大させるのに伴って、現地において部品を調達してコストの削減に努めていると考えることができる。なお、木材・紙パルプ、食料品については、日本からの輸入は極めて小さく、原材料は現地調達が基本であると見られる。

●中国の現地法人は自国内向け販売の割合を拡大

ここまでの検討で分かったことを整理すると、海外現地法人の売上高割合はアジア地域、特に中国がけん引する形で高まっているが、現地法人側は現地での部品等の調達を拡大して日本からの輸入比率を低下させている。では、我が国にとって、現地法人向けの輸出の割合はどうなっているのだろうか。また、海外現地法人はどこ向けの売上を伸ばしているだろうか(第3-3-19図)。
第一に、我が国の輸出に占める現地法人向けの割合は、2000年代を中心に急速に高まっており、リーマンショック前の2007年度では55%に達している。前述のとおり、現地企業側から見ると日本からの輸入割合は低下しているが、現地企業による売上の割合が高まっているため、日本から見ると現地企業向け輸出の割合はむしろ高まることになる。
第二に、海外現地法人の売上に占める販売先の割合を見ると、北米の現地法人においては、9割が現地国内向けであり、この状況は基本的に変化していない。市場に近いところで操業をする形となっている。
第三に、アジアの中でも売上高の拡大をけん引している中国の現地法人を見ると、2000年代において、すう勢的に自国内(中国)向けの割合が高まっており、2009年には約6割に達している。一方、日本向け、第三国向けはともにすう勢的に割合が低下しているが、特に第三国向けの低下が目立っている。中国に進出した本邦企業が中国の内需を取り込んでいる状況を示しており、中国がアメリカ等への輸出のための生産拠点であるという性格は弱まっているといえよう。
以上から、中国における現地法人は現地調達、現地販売という形で現地自活型になりつつあるが、その規模が急速に拡大しているため、日本からの部品等の輸出先としての重要性はむしろ高まっていることが分かった。

3-5 海外生産比率の上昇と雇用

多くの業種で海外生産比率がすう勢的に上昇しているが、リーマンショックを経てこうした動きは加速しているのだろうか。そうだとして、雇用への悪影響はないのだろうか。この点について探るため、「企業行動に関するアンケート調査」における海外生産比率と雇用の見通しを製造業の業種別に調べてみよう。
まず、海外生産比率について、今後5年間の上昇見込み(5年後の見通しと当年度の実績見込みとの差)に着目し、リーマンショック前の2008年1月調査と最近時点の2010年1月調査でそれがどう変化したかをプロットした(コラム3-5図(1))。その結果、多くの業種で最近時点のほうが海外生産比率の上昇幅が大きく、リーマンショックを経て、新興国等での生産拡大が加速する可能性を示唆している。
一方、2010年1月調査における海外生産比率の上昇見込み(今後5年間)と雇用の見通し(今後3年間の平均)を対比すると、明確な相関は観察できない(コラム3-5図(2))。精密機械、非鉄金属や電気機械のように、海外生産比率の大幅な上昇と同時に雇用の増加を見込んでいる場合もある。こうしたケースでは、海外生産比率の上昇は生産の「海外シフト」を意味しないといえよう。

3 日本経済の競争力

一国経済の「競争力」というのは曖昧な概念であるが、ここでは、そこに立地する企業が成長できるような環境を提供する力であると考えてみよう。そうした定義の下では、「競争力」のある国の企業は高い収益を上げているはずであり、また、海外から多くの直接投資が惹きつけられるはずである。以下では、「我が国企業の収益力は欧米企業に伍しているか」「海外からの投資は呼び込めているか」「我が国は企業活動に相応しい国か」といった論点について検討する。

(1)我が国企業の収益力は欧米企業に伍しているか

ここでは、公開会社の財務データを用いて、我が国企業の収益力を巡る状況について米欧と比較しつつ評価しよう。具体的には、一般に指摘される我が国企業の利益率の低さを確認した上で、その背景を探るとともに、利益処分の状況についても確認する。

●米欧に比べて低い日本企業の収益率

最初に日米欧の企業について、2000年代における平均的な収益率に関する指標の推移を振り返る。すなわち、総資産利益率(ROA)、総資本利益率(ROE)のほか、これらに影響を及ぼすと考えられる売上高利益率、総資本回転率の4つの指標に着目しよう(第3-3-20図)。ここから、我が国企業の収益力について次のようなことが分かる。
第一に、ROA、ROEともに我が国企業は米欧の企業と比べ低い水準にある。2000年初めのITバブル崩壊に伴う世界的な景気後退で、いったんは3地域の企業の収益率が収束したが、景気回復に伴って差が開くことになった。その後は3地域とも2007年まで幾分改善ないし横ばい圏内の動きが続き、2008年の景気後退で同時に低下したが、我が国の低下幅は大きく米欧との差はさらに開くこととなった。
第二に、ROAとROEの動きは、いずれの地域でもおおむね似通っている。大きな違いは一点だけで、米欧のROAはほとんど同水準であったものが、ROEでは欧州のほうが顕著に高くなっている。この背景には、2000年代後半にアメリカ企業のレバレッジが低下し、欧州企業との差が開いたことがある。我が国のレバレッジはアメリカと近い水準で推移したため、日米のROA、ROEの差はほとんど変化しなかった。
第三に、我が国企業は米欧に比べ、総資本に対する売上高の比率である総資本回転率が高いため、ROA、ROEの低さの原因は売上高利益率の低さにあると考えられる。実際、2000年代後半に米欧ではこの指標が上昇しているのに対し、我が国では横ばいとなっている。この間の資源高、新興国の台頭といった国際経済環境の下で、我が国企業が十分に収益機会を生かせず、マージンが圧迫されていた様子がうかがわれる。

●低収益率を許容する低い資本コスト

こうした日本企業の低収益性の背景としては、様々な理由が考えられるが、資本コストの低さが一つの引き金になっているとの見方がある。株主の要求する利益水準が低いことが、企業に利益率が低い投資プロジェクトを選択させているというものである。ここではこうした考え方を検証するため、日本とアメリカについて、資本コストを計算し、その推移を比較してみよう。資本コストは、株式発行による資金調達コストと負債による資金調達コストを加重平均して計算することができる(第3-3-21図)。
第一に、我が国企業の資本コストはおおむね3%程度であり、2000年代においてほとんど変化していない。一方、アメリカの資本コストは急低下した2008年を除けばおおむね5~6%程度で推移している。2008年の急低下の背景にはリーマンショック時の株価低下が影響していると見られるが、このときでも我が国企業の資本コストよりも高い水準にあった。
第二に、資本コストの内訳として負債コスト、株主資本コストを見ると、いずれについても我が国企業の水準は低い。もっとも、2008年にはアメリカ企業の株主資本コストは大幅に低下しており、これが上記のような資本コストの低下をもたらしている。ただし、株主資本コストについても、依然として我が国企業のほうが低水準にある。
第三に、投下資本利益率から資本コストを差し引いたEVAスプレッド39を見ると、2007年までは日米企業はおおむね近い水準となっている。このことから、日米とも資本コストに見合った収益を上げてきたと考えられるが、2008年には我が国のEVAスプレッドがマイナスとなっている。資源価格の高騰とリーマンショック後の世界的な景気の悪化は、我が国企業に相対的に大きなダメージを与えたことが分かる。

●我が国企業の配当性向は近年上昇

以上で、国際的に見ると我が国企業の収益率は依然低く、その背景に資本コストの低さがあることが確認された。資本コストの低さは、高収益率を求める投資家からの圧力が相対的に弱いことを示唆している。こうした状況は、従来、我が国企業の低い配当性向を説明する要因でもあった。この点を含め、以下では企業の利益処分について日米欧の間で比べてみよう(第3-3-22図)。
第一に、投資キャッシュフローが営業キャッシュフローに占める割合は、我が国企業では2000年代の景気拡張局面で設備投資が回復するにつれ、次第に高まってきた。製造業では、2008年にはEUが我が国の水準に追いついたが、アメリカと比べると投資に回す割合は倍程度に達していた。ただし、非製造業では日米欧でそれほど差がない状況にある。
第二に、黒字企業の配当性向を見ると、我が国企業においては2004年の2割弱から緩やかに上昇した後、リーマンショックのあった2008年に急上昇し、4割程度にまで達した。この間、アメリカは3割程度で安定していたのに対し、EUは我が国同様に配当性向を高め、5割を超える状況となっている。
第三に、黒字企業に占める有配企業の割合は、以前から我が国企業は8割と高く、その後さらに上昇して9割程度に達している。この間、アメリカでは5割程度で安定しており、EUでは急速に上昇してアメリカとの差が拡大している。
このように、我が国企業では投資、配当が積極的に行われるようになっており、特に配当性向の上昇は、グローバル化の流れのなかで投資家の目が強く意識されるようになったことを反映していると見られる。特に、リーマンショックを含む2008年のデータからは、厳しい収益の下でも一定の配当が行われていることが分かった。

(2)海外からの投資は呼び込めているか

一国経済の「競争力」を問う場合、対内直接投資の大きさを一つのバロメーターと考えることも可能である。また、外資系企業には収益力が高く、優れた技術やノウハウを持つ場合が少なくなく、同業他社や周辺企業の収益力に対してスピルオーバー効果を示す可能性も考えられる。こうした問題意識から、我が国への対内直接投資の現況について調べよう。

●我が国の対内直接投資は低水準ながら増加の動きも

国際的に見ると、我が国への対内直接投資は少ないことが知られているが、最近の状況を含めてこの点を確認しよう。具体的には、さきに対外直接投資の推移を調べたときのように、主要国への対内直接投資の推移をフローとストックそれぞれのGDP比の形で見てみると、次のような点が明らかになった(第3-3-23図)。
第一に、我が国への対内直接投資フローは、2006年まではほとんど無視しうる水準で推移してきた。しかし、2007年、2008年については、GDP比で0.5%ではあるが、これまでの状況と比べると動きが出てきたと見ることができる。最近のこうした動きは、アメリカ、オランダ、シンガポールなどから金融保険や卸小売業といった業種を中心に投資が行われた結果である。
第二に、他の主要国への対内直接投資フローを見ると、2005年以降は英国向けが非常に大きくなっている。また、この時期にはアメリカやドイツ向けも比較的高水準が続いた。これらの先進諸国は、対外直接投資のGDP比も高めの傾向にあり、双方向で積極的な直接投資活動を進めている。これに対し、中国は対内直接投資の受け入れを継続的に拡大してきたが、近年はGDPの成長に追いつかず、GDP比は緩やかながら低下が見られる。
第三に、対内直接投資のストックについても、フローについての国際的な順位をおおむね反映し、英国が2008年でもGDPの4割弱と突出している。次いで、ドイツ、アメリカ、韓国、中国の順となっており、我が国は最低の水準である。こうしたストックベースの状況は短期間で変化するものではないが、我が国では分母の名目GDPの伸びが他国と比べて低かったため、緩やかながら上昇傾向が続いてきた。

●対内直接投資の増加は受入国の生産性上昇をもたらす可能性

対内直接投資は、高い収益力、海外の技術やノウハウ、あるいは高度な人材の移転などを通じ、受入国の潜在成長力や受入国企業の収益力の向上をもたらす可能性がある。この点に関連して、ここでは、外資系企業の利益率の状況、対内直接投資の増加と生産性の関係についてデータを確認してみよう(第3-3-24図)。
第一に、外国資本が保有する企業と我が国法人企業全体の総資本営業利益率を時系列で対比させると、外資系企業のほうが一貫して我が国企業より利益率が高い。こうした現象の解釈として、もともと利益率が高く余裕のある企業が海外に進出するという側面も考えられる。仮にそうであっても、周辺企業等へのスピルオーバーなどから我が国全体の成長力を底上げする方向に働く可能性はあろう。
第二に、売上高に占める研究開発費の比率を見ると、やはり外資系企業では全法人の平均より高水準にある。ここでもまた、上記と同様にもともと研究開発に重点を置く業種ないし企業が我が国に進出しているとも考えられるが、いずれにせよ、外資系企業による研究開発の推進は我が国企業にとっても潜在的なメリットを伴うと見られる。
第三に、各国における対内直接投資ストックのGDP比の変化と、全要素生産性(TFP)上昇率の関係を見ると、それほど明確ではないが、対内直接投資が増加している国ほど生産性も伸びやすい傾向が見られる。マクロ的に見ても、上記の推論と同様に、外資系企業の高い収益率が受入国の生産性上昇をもたらす可能性を示しているといえよう。

●投資障壁などが対内直接投資の低さに影響している可能性

我が国への対内直接投資の少なさはどのような要因で説明できるだろうか。一般に、企業は国境を越えて立地選択を行うに際し、自国と相手国の市場規模やその格差、相手国における労働力など生産要素の状況、投資や貿易の障壁の大きさなどを参照すると考えられる。ここでは、内閣府における先行研究40から、人材の状況と投資障壁に関する指標と対内直接投資の関係についての分析を紹介しよう41第3-3-25図)。
第一に、専門技術・管理者が全就業者に占める比率を見ると、OECD諸国のうち高所得国の中では、同比率が高い場合に対内直接投資のGDP比が高いケースが目立つ。「専門技術・管理者」は、科学者、研究者、IT技術者、弁護士、会社経営者などから構成される。これらの高度人材が豊富な国には、海外の企業が研究開発など知識集約部門を配置しようとする誘因が強いことが示唆される。
第二に、投資障壁の低さを示す「投資指標」についても、それが高い国において対内直接投資のGDP比が高い場合が目立つ。ここで、「投資指標」としては、World Economic Forumの「国際競争力報告」における「国内企業の経営権取得の制約性」「外国人労働者の雇用制約性」「ジョイントベンチャーの交渉制約性」などに関する指標を取り出して、比較が可能なように標準化したものである。
第三に、我が国ではこれらのいずれの指標も低く、対内直接投資が少ない要因となっていることが示唆される。まず、専門技術・管理者の比率が低いのは、会計士や弁護士といった専門職の人材が少ないことが影響しているものと見られる。また、「投資指標」については、我が国は「国内企業の経営権取得の制約性」「ジョイントベンチャーの交渉制約性」「国内銀行からの資金調達の困難性」などの項目が相対的に弱い。

(3)我が国は企業活動に相応しい国か

これまで見てきたとおり、我が国企業は欧米企業と比べると、収益力が総じて弱く、また、海外からの企業の受け入れも低水準となっている。以下では、海外からの企業の誘致といった視点にとどまらず、より広く我が国のビジネス環境について現状を把握しておこう。

●他の先進国と比べ、我が国の法人実効税率は相対的に高いが税・社会保険料のくさびは中程度

まず、企業が直面する公的負担の代表として、税や社会保障負担による公租公課による負担が考えられる。そこで、法人実効税率と、労働コストに対する「税・社会保険料のくさび(tax wedges)」について、我が国の状況を国際比較データから確認しよう。前者は、企業活動全般への影響が考えられ、企業の立地選択にとって重要である。後者は、労働供給に対する公租公課であり、人材の確保、労働市場の柔軟性といった観点から注目される。
第一に、我が国の法人実効税率はアメリカと同程度であり、OECD諸国の中で最も高いグループにある(第3-3-26図(1))。ほぼ同程度でアメリカが続き、フランスやドイツといった国も相対的に高い。英国やスウェーデンといった国は中程度であり、比較的税率が低い国にはハンガリーやトルコといったOECD諸国の中でも中進国に位置づけられる国が多く見られる。
第二に、我が国の法人実効税率の内訳を見ると、地方税によるものが3割程度を占めている。こうした国はOECDの中では少数であり、我が国以外では、カナダやドイツ、スイスで地方税の割合が高くなっている。これらの国は、いずれも連邦制を採用している点が特徴である。
第三に、「税・社会保険料のくさび」については、法人実効税率とは異なり、我が国の雇用者報酬に対する負担はOECD諸国の中でも中位よりも低めに位置している(第3-3-26図(2))。所得税負担に比べ、事業主、被用者双方による社会保険料負担は相対的に大きい。「税・社会保険料のくさび」が高い国にはフランスやベルギーといった法人実効税率が高い国とハンガリーやトルコといった低い国が混在している。スペインや英国は中程度、アメリカは我が国より低い水準に位置している。

●法人税パラドックス

前述の法人実効税率について、我が国とOECDで長期の時系列がとれる23か国、EU平均、G5平均の時系列推移を比較してみよう(第3-3-27図(1))。その結果、以下のような点が明らかとなる。
第一に、我が国の法人実効税率は、98年や99年の税制改革もあり大きく低下した後、2000年以降はおおむね横ばいで推移してきている。一方、英国における84年のサッチャー税制改革やアメリカにおけるレーガン税制のように、課税ベースの拡大と合わせて税率の引下げが多くの国で行われた結果、OECD諸国平均、EU平均で見ると法人実効税率は大きく低下している。この結果、90年代末に我が国も大きく税率を引き下げたにもかかわらず、これを上回って諸外国でも税率は低下し、我が国の法人実効税率は各国平均に比べると相対的に高い水準となっていることが分かる。さらに最近の動きとして、アジア諸国において、企業の誘致や経済活性化を目的に、大きく税率を低下させる動きがあることに留意が必要である。
第二に、各国のパネルデータを集計し、法人実効税率と法人税収の対GDP比の各国の平均的な関係を見ると、税率の引下げが必ずしも税収を低下させない(いわゆる「法人税パラドックス」)ことが分かる(第3-3-27図(2))。法人実効税率が20%を下回ると法人税収のGDP比は最も小さくなるが、20%以上30%未満の国において、最も法人税収のGDP比が高くなっている。30%を超えると逆に法人税収の比率は低下し、40%以上の税率では、20%未満の税率と変わらない比率となっている。
第三に、この点をさらに詳しく調べるため、各国の時系列方向の変化を個々に示したデータを見ると、実効税率と法人税収の間には逆相関が検出できる(第3-3-27図(3))。これまでEU諸国において同種の傾向が報告42されていたが、対象をOECD諸国全体に広げても、やはり実効税率と法人税収の間に負の相関関係を確認することができる。
このように、法人実効税率の引下げが法人税収に負の影響を与えるとは限らないことの背景には、税率の引下げによる経済活性化に加え、課税ベースの拡大などが同時に実施されたことや、法人部門への所得シフトなど、様々な要因が総合的に寄与した結果であるとの指摘43もある。

●我が国のハード面でのビジネス環境は大きく劣っているわけではない

我が国への外資の誘致や生産性の向上にとって、企業活動に必要なサービスのコストの高さから、周辺国と比べてビジネス環境が劣っているという指摘がある。例えば、空港や港湾の取扱量の減少を以って輸送コストの高さの証左とするものも見受けられる。コスト面を中心に、周辺国と比べた我が国のビジネス環境を確認してみよう(第3-3-28図)。
第一に、日本貿易振興機構(ジェトロ)のデータによれば、横浜発ロサンゼルス行きのコンテナ輸送費用は、2006、2007年の一時的な高まりを除けば、アジア主要港と大きく変わらない。ただ、上海やソウルで低下基調となっている点には注意が必要である。
第二に、その他のサービスコストとして電話料金とオフィス賃料を見ると、前者は我が国が最も高いが、後者ではもはや高いとはいえない。オフィス賃料については、我が国は東京ではなく横浜のデータであることを考慮する必要はあるが、最近の高い成長を反映した上海の伸びなどが目立つ。
第三に、外資系企業がアジアでの立地選択に際して何を重視するかを確認すると、我が国に進出した企業については、社会の安定性や有力提携先の存在のほか、輸送・物流インフラ、情報通信インフラなどの環境が良いことを挙げている(経済産業省「対日直接投資に関する外資系企業の意識調査」)。
以上から、現在のところ、必ずしも物流インフラのようなハード面でのビジネス環境が企業活動のボトルネックとなっているわけではないものと想像される。それでは、実際にはどのようなことが企業活動の妨げとなっているのであろうか。

●専門的人材の確保に課題

対内直接投資が少ない背景を検討した際にも触れたが、最大の課題はおそらく人材面にあると想像される。具体的にどのような点で、我が国の人材調達環境に問題があるのだろうか(第3-3-29図)。
第一に、前述の経済産業省のアンケート調査において、「日本でビジネスを展開する上で確保が難しい人材」を尋ねているが、予想どおり、最も回答の多かった人材は語学堪能者であった。これに続いて、技術職・エンジニア、管理職も比較的不足感が高いようである。その一方で、研究開発職や一般労働者については、確保が難しいと答えた企業は少なかった。一般的な労働者についてはある程度の質の労働者を確保できるが、技術者などの確保において課題があることを示している。
第二に、アジア周辺国との対比では当然ではあるが、人材調達のコストも高い。前述のジェトロの調査で、エンジニアの賃金を比較しているが、我が国の賃金が全般的に高いことを反映し、アジアの都市では最も高い水準にある。もっとも、為替レートの影響もあって、年によっては、ソウル、香港といった都市における賃金が上昇し、我が国に近い水準となる局面も見られる。
第三に、IMD44のアンケート結果によれば、我が国は有能な技術者の利用可能性では高い評価を得ているが、語学スキルや大学教育、マネジメント教育の質に対する評価は低い。特に、海外の高度な人材の獲得可能性の点では、ここで挙げた諸国の中でも最低ランクとなっている。
今後、アジアの成長を取り込んで内需の拡大、生産性の向上を目指す上で、ハード面のみならず、こうした人材確保を中心としたビジネス環境の整備を一層重要な政策課題として認識する必要があろう。

3-6 ビジネス環境と生活の満足度

企業がビジネスを行いやすい社会は、生活者にとっては暮らしやすい社会なのだろうか。「競争力」を重視するあまり、資源が優先的に企業部門に振り向けられ、国民の利便や満足が疎かにされるようでは、本末転倒である。そこでこの点に関して、本文中でも言及したアンケート調査などからいくつかの示唆的な関係を見ておこう。
まず、OECD諸国において人々の感じる生活の満足度45とIMDの「国際競争力指標」の関係を調べると、北欧諸国やスイス、アメリカ等の生活の満足度、競争力ともに高いグループ、やや分散しているものの両者ともに低い南欧や東欧の諸国からなるグループが存在する。すなわち、生活の満足度と競争力の間には、正の相関があることが分かる。ただし、「国際競争力指標」には、一部、生活関連の指標も含まれており、このことが見かけ上の相関を生んでいる可能性がある。そこで、「国際競争力指標」の構成要素である「生活の質」と「ビジネスの効率性46」の間の関係を調べたところ、より明確な正の相関関係が検出された。
こうした関係から、ビジネスを遂行しやすい国は、一般には、むしろ生活の満足度やその質も高くなる傾向があるといえる。暮らしやすい社会では、企業は優れた人材を集めやすい一方、企業が生み出した付加価値によって暮らしに必要な環境も整備されることを考えれば、ビジネス環境と生活満足度のこうした関係性も理解できよう。

コラム3-6図 ビジネス環境と国民生活

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