第1章 着実に持ち直す日本経済 第3節

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第3節 財政を巡る論点

本節では、財政の現状と今後の課題について、三つの視点から検討する。一つは、財政の持続可能性の視点、二つ目は、長期金利の上昇リスクと財政再建の経験則という視点、三点目は経済社会のニーズの変化の視点である。順次検討しよう。

1 財政の現状と持続可能性

最初に、構造的財政収支や基礎的財政収支、債務残高の動向を概観し、日本の財政状況が置かれている厳しい状況を確認する。具体的には、「財政収支悪化の原因は何か」「債務残高のGDP比を押さえ込むには何が必要か」「財政の持続可能性をどう評価するか」といった論点に答える。

(1)財政収支悪化の原因は何か

リーマンショック後の厳しい景気後退を受け、我が国財政は歳出・歳入両面から悪化した。しかし、財政悪化が景気循環によるものだけであれば、景気の持ち直しとともに財政状況は改善するため、長期的な問題とはならない。そこでまず、構造的財政収支の動向を確認し、景気循環要因による財政悪化がどの程度か調べる。それを踏まえ、歳出・歳入それぞれの動向を概観する。

●循環要因、構造要因の両面から財政赤字は拡大

国・地方合わせた財政収支について、景気循環による受動的な変動(循環的財政収支)、それ以外の裁量的財政政策による能動的な変動(構造的財政収支)に分け、さらに、構造的財政収支については、利払費とそれを除いた収支、すなわち基礎的財政収支の部分に分解してみよう。要因分解の結果からは次の点が指摘できる(第1-3-1図)。
第一に、2008年度の財政収支悪化は、循環的要素、すなわち景気悪化要因によるところが大きい。循環的財政収支は2007年度のプラス0.3%程度(名目GDP比)から、2008年度は同-1.2%程度の赤字となっており、1.5%ポイント程度悪化している。
第二に、景気対策などの裁量的財政政策による収支悪化も大きい。収支改善努力の継続もあって、2002年度以降の構造的基礎的財政赤字はGDP比で減少してきた。しかし、2008年度には、急速な景気悪化に対応するため、裁量的支出等が拡大したことにより、構造的財政赤字は再び拡大した。構造的基礎的収支の名目GDP比は、2007年度の-1.5%程度から2008年度の-2.0%程度に赤字幅が拡大している。
第三に、2009年度はさらに急速な悪化が見込まれている。歳出・歳入ともに財政赤字を拡大する方向に寄与しており、2009年度の財政収支は名目GDP比-10.2%程度にまで拡大する見込みである。2010年度についても、2009年度に比べればやや改善するものの、依然として大幅な財政赤字が見込まれている。

●社会保障支出は一貫して増加基調

財政収支の変動を歳出と歳入に分けて見てみよう。まず、国と地方合わせた歳出について、公共投資、社会保障、一般サービス、その他歳出に分けて内訳を見ると、最近の特徴として次のような点が指摘できる(第1-3-2図)。
第一に、歳出総額は2007年度に増加に転じた後、2009年度まで増加を続けると見込まれる。国と地方合わせた歳出総額は、2000年度から2006年度まで前年度比マイナスが続いてきた。しかし、2007年度以降、歳出総額は増加に転じ、特に、2009年度は大規模な経済対策等の影響により、大幅に歳出規模が拡大すると見込まれている。
第二に、社会保障支出は一貫して増加基調を続けている。その一方で、公共投資は99年度以降2008年度まで、前年度比減少を続けてきた。社会保障支出の増加と公共投資支出の減少を比較すると、公共投資の減少幅が社会保障支出の増加幅を上回る期間が多い。社会保障支出は高齢化等の要因によって、義務的・受動的に増加する性質があることを考えれば、こうした義務的な支出増をいかに他の支出抑制で賄うかが重要である。国と地方合わせた歳出の動きを見ると、これまでその役割は主として公共投資の抑制が担っていた面があるといえよう。
第三に、2009年度の大幅な歳出増ではすべての項目で支出が増加している。ここでの歳出は国民経済計算ベースであるため、予算計上だけでは支出とはカウントされず、実際の支出行為が発生した段階で支出として計上される。そのため、2008年度に予算計上された経済対策であっても、実際の執行は2009年度に繰り越されて行われている場合があるため、2009年度の支出が大幅に増加していると見られる。

●歳入は増減の調整が難しく、年度間の振れが大きい

国と地方合わせた歳入においても、2008年度の急速な景気後退の影響が色濃く出ている(第1-3-3図)。また、歳出と比べると、歳入の変動は大幅であり、プラスマイナスの振れも大きい。内容をやや詳細に見てみよう。
第一に、2008年度の歳入の大幅減少は、その過半が法人税収の落ち込みによるものである。法人税収は景気変動に最も敏感な税目であり、2008年度における急速な景気悪化により、名目GDP比1%ポイント以上の大幅減少となった。こうした傾向は2009年度にも続いていると見込まれる。
第二に、景気変動に比較的中立的とされる間接税も、2008年度は前年度比マイナスとなった。間接税の中には、消費税や揮発油税などが含まれる。こうした税目は支出活動に連動して変動するが、2008年度の名目GDP成長率が-4.2%となったことなどを受け、支出にかかる間接税も減少した。
第三に、歳入は、2010年度においても、依然として前年度比マイナスが見込まれている。歳出が、2010年度当初予算ベースでは前年度比マイナスとなり、財政収支を改善する方向に寄与することが見込まれるのと対照的である。歳入は歳出と異なり、裁量的に増減を調整することが難しいことを示している。

(2)債務残高のGDP比を押え込むには何が必要か

以上、財政の現状について、収支・歳出・歳入といったフローの側面から概観した。財政赤字が積み重なればそれは債務残高というストックとなる。ここでは、ストックも含めた財政状況について、基礎的収支を軸とした要因分解を行う。また、他の先進国と比較した日本の財政悪化の特徴を議論する。

●基礎的財政収支の改善が債務残高抑制の第一歩

まず、債務残高(名目GDP比)の変動について、基礎的財政収支要因、利払費要因、名目成長率要因に分解し、債務残高抑制には何が必要かを確認しよう(第1-3-4図)。
第一に重要なのは、基礎的財政収支の改善である。利払費を除く現在の歳出を借入れ及び利子収入を除く現在の歳入で賄えていれば、すなわち基礎的財政収支が均衡していれば、過去の負債に関連する純利払費分を除き、債務残高の悪化要因にはならない。しかし、92年度以降、基礎的財政収支は赤字を続けており、債務残高が増加する要因となっている。まずは基礎的財政収支の改善が債務残高抑制のための第一歩となる。
第二に、名目成長率要因は基礎的財政収支要因と比べると寄与度は小さい。名目GDP成長率は98~99年度及び2001~2002年度はマイナスであった。このため、これら4年間は、名目成長率要因が債務残高の名目GDP比を押し上げているが、基礎的財政収支や利払費要因に比べ、その影響は大きくない。ただし、リーマンショックのあった2008年度及び直後の2009年度においては、名目GDP成長率の落ち込みが大きく、名目成長率要因が債務残高の名目GDP比の主要な押上げ要因となっている。また、名目成長率にはこうした直接的な影響のみならず、税収増減等を通じた基礎的財政収支の変動という二次的な影響もある。前項で見たとおり、景気悪化は税収減を通じて受動的な歳入減をもたらす。こうした二次的な影響も考慮すれば、名目成長率は債務残高の重要な変動要因といえる。
第三に、利払費は90年代以降、景気要因とはほぼ無関係に、おおむね2~3%程度の押上げ要因となっている。債務残高の増加を抑制するためには、市場の信認を高め、金利上昇をもたらさないような財政運営も重要である。

●日本の基礎的財政収支は主として歳入要因で変動

基礎的財政収支の安定的な改善が債務残高を抑制するための鍵となる。それでは、基礎的財政収支はどのような要因によって変動しているのだろうか。ここでは、基礎的財政収支について、まず歳出要因と歳入要因に分け、さらに歳出については、公共投資、社会保障関係支出、一般サービス、その他に分類し、要因分解を試みる。特徴として、次の点が指摘できる(第1-3-5図)。
第一に、我が国の基礎的財政収支の変動は、年ごとの振れが大きいが、その主たる要因は歳入の変動である。景気後退期には、税収の減少を通じて歳入減となり、基礎的財政収支を悪化させている。このように、収支悪化要因の過半は歳入減によるものであり、安定的な歳入構造の構築が収支安定の必要条件であることが分かる。
第二に、歳出の内訳を概観した際に示したように、社会保障関係支出の伸びが常に収支悪化要因となる一方、公共投資は99年度以降、収支改善要因となっている。しかし、2005年度以降は社会保障関係支出の増加による収支悪化の方が、公共投資削減による収支改善を上回る寄与となっている場合が多い。
第三に、景気悪化時に基礎的財政収支を改善することは極めて難しい。景気悪化時には税収の自然減に加え、景気対策等の必要によって減税が行われたり、歳出も増加する傾向にある。歳出・歳入両面から、景気の後退は基礎的財政収支の悪化要因となっている。

●他の先進国では歳入の安定が基礎的財政収支の改善に寄与

日本のような基礎的財政収支の変動は、他の先進国でも見られるのであろうか。ここでは、データの入手可能なアメリカ、フランス、フィンランドについて、一般政府の基礎的財政収支の変動を要因分解してみよう。アメリカは小さな政府、フィンランドは大きな政府、そして、フランスはその中間的な例として、3国の財政収支の変動を見てみよう(第1-3-6図)。
第一に、アメリカ、フランス、フィンランドのいずれも、歳入増加による基礎的財政収支の改善が大きい。なかでもフランスは91年以降、フィンランドは93年以降、歳入増加が常に収支改善に寄与している。アメリカにおいても、2002年のITバブル崩壊時や2008年のリーマンショック後の景気悪化時には、歳入の減少が基礎的財政収支の悪化要因となっているが、それ以外の期間では、歳入増が安定的な収支改善要因となっている。また、2002年と2008年においても、歳入減少による収支悪化の寄与は、日本に比べると小規模なものにとどまっている。
第二に、どの国においても、社会保障関係支出は継続的な収支悪化要因となっている。この点は日本と同様である。社会保障支出の増大による財政状況のひっ迫は、先進国共通の現象であり、今後取り組むべき課題といえる。
第三に、総固定資本形成の基礎的財政収支に対する寄与度は、日本に比べて小さい。また、アメリカでは収支を悪化させる方向に寄与しているのに対し、フランスやフィンランドでは、時期によって収支改善要因となったり、悪化要因となったりしている。日本に比べ、財政支出に占める総固定資本形成の割合が低いこと、それを景気対策あるいは財政再建の手段として使う傾向があまりないこと、などがその背景として考えられる。
以上の分析を踏まえると、日本の基礎的財政収支の特徴として、[1]歳入の変動が大きく、それが収支の不安定さをもたらしていること、[2]歳出の中では総固定資本形成の変動が大きいことが指摘できよう。

(3)財政の持続可能性をどう評価するか

リーマンショック後の世界的な景気後退を受け、世界各国は財政出動を行った。その結果、景気は持ち直してきた一方で、財政状況は悪化した。ここでは、最初に、リーマンショック後の各国の財政出動規模と初期条件としての財政状態を概観し、日本の位置を確認する。その上で、財政の持続可能性について、債務残高の対名目GDP比を使い、日本と他の先進国の状態を比較する。

●財政の自動安定化機能が低い国ほど財政出動は大きくなる傾向

財政状況が厳しければ、財政出動の規模も小さくならざるを得ないのではないか。この点について、まず、リーマンショック後にとられた各国の財政出動の規模と初期条件としての財政状況の悪化度合いの関係について、G20諸国を対象に概観しよう。
リーマンショック後、2009~2010年に行われた各国財政出動の規模と、ショック以前の2007年における債務残高GDP比の関係をプロットすると、右下がりの関係が得られる(第1-3-7図(1))。すなわち、財政状況が初期条件としてすでに悪い国は、財政出動の規模を小さくする傾向が観察される。
ところが、日本は傾向線から大きく右上にずれており、G20諸国の傾向とは異なる財政政策を行っていることが浮かび上がる。日本は、G20諸国中債務残高のGDP比が最も高く、財政の悪化度合いが突出しているにもかかわらず、相当大規模な財政出動を行ったことが分かる。実際、日本を除いたデータで傾向線を求めると、財政出動規模と財政状態の関係はより明確になり、右下がりの関係も強くなる。日本の財政出動は、初期条件の財政状態にかんがみれば、G20諸国中やや特殊ともいえるほどの大規模なものであった。第1節で議論したとおり、世界的な需要減に伴う輸出の大幅減、特に所得弾力性の高い自動車やIT製品など日本が主力とする高付加価値製品の大幅な輸出減などにより、日本の景気状況が他の先進国以上に急速に悪化したことがその背景にある。
また、財政には、累進課税や失業給付等の存在から、景気の自動安定化機能が内在していることが知られている。特段の裁量的政策を行わなくても、景気が悪化すれば税収はGDPの減少以上に縮小し、歳出についても、失業給付の増加など自動的な歳出増が生じることにより、財政は景気拡張的に作用することが見込まれる。こうした財政の自動安定化機能が強ければ、景気悪化時であっても裁量的な財政出動を行う必要性は低くなる。逆に、財政に内在する自動安定化機能が弱い国ほど、景気悪化時には積極的に財政対応を行わなければならない可能性が高くなるともいえる。
この点について、財政の自動安定化機能の代理変数として歳入規模(名目GDP比)を使い、財政出動と財政の自動安定化機能の関係を見てみよう。なお、ここでは、G20諸国のうち歳入規模のデータが入手可能な9か国について、リーマンショック後の財政出動規模と歳入の名目GDP比の関係を比較する(第1-3-7図(2))25
結果を見ると、財政状態との関係とは異なり、日本はおおむね傾向線の近傍に位置している。日本の経済規模に比した歳入割合は先進国中比較的小さく、財政の自動安定化機能はあまり大きくない。そのため、歳入規模が高く自動安定化機能の高い国々に比べると、景気悪化時には裁量的な財政出動が必要となる傾向が強いといえる。リーマンショック後の財政出動についても同様であり、日本の財政出動規模は自動安定化機能の低さに見合った規模であったことが示唆される。
日本の現在の財政状況は、自動安定化機能の低さから生じる財政出動ニーズと財政状態の悪化に起因する財政抑制ニーズという二律背反の要請から、常に選択を求められる状態にあるといえよう。

●財政の持続可能性は急速に悪化

リーマンショック後の財政悪化について、各国財政の持続可能性がどの程度失われたかを確認しよう。ここでは、債務残高が経済規模に比して拡大し続けない、すなわち、債務残高のGDP比が発散しないことを財政の持続可能性の条件とし26、それを満たす基礎的財政収支と実際の基礎的財政収支の差について、日本とアメリカ、英国、ユーロ圏を比較する(第1-3-8図(1))。なお、財政収支や債務残高など財政指標については、国・地方・社会保障基金を合わせた一般政府ベースで国際比較を行っている。その結果から、次のような点が指摘できる。
第一に、日本は92年以降、債務残高GDP比を安定させるような基礎的財政収支を実現していない。アメリカ、英国、ユーロ圏では90年代後半から2000年にかけて、さらに、ユーロ圏は2005~2007年においても、債務残高GDP比の安定に必要な基礎的財政収支以上の基礎的財政黒字を実現していたのと対照的である。
第二に、リーマンショック後の世界的な景気後退のなか、各国・地域とも2008年から2009年にかけて急速に財政の持続可能性が失われている。なかでも、日本はリーマンショック以前の財政状況が他国に比べてすでに悪かったことなどから、2009年の持続可能性指標は当該4か国・地域の中で最も悪い位置となっている。また、2010年については、世界景気の改善に伴い、各国・地域の財政の持続可能性指標は好転すると見込まれているが、依然として債務残高GDP比を安定させるような基礎的財政収支を実現するには至っていない。
第三に、債務残高GDP比の安定に必要な基礎的財政収支と現実の基礎的財政収支のそれぞれをプロットしてみると、日本は現実の基礎的財政収支の赤字幅が大きいだけでなく、財政の持続性確保のために必要な基礎的財政黒字の規模も各国以上に大きいことが分かる(第1-3-8図(2))。日本の場合、名目成長率が名目長期金利の水準を大きく下回っていることがその主因である。ただし、この財政の持続可能性指標は、その時々の名目成長率と名目長期金利の相対関係によって大きく変わりうることに注意する必要がある。

●財政の持続可能性は名目成長率の低下により悪化

日本の財政の持続可能性が長期にわたって失われている要因は何であろうか。本節で用いた財政の持続可能性指標は、債務残高GDP比を安定させるために必要な基礎的財政収支(以下、必要収支という)と現実の基礎的財政収支の差である。この差が前年から悪化していれば、持続可能な財政状態からは遠のき、改善していれば持続可能な状態に近づいたことになる。こうした持続可能性指標の変化をもたらす要素は、初期条件となる債務残高GDP比の動向、名目金利と名目成長率の動き、そして現実の基礎的財政収支の変動である。そこで、日本、アメリカ、英国について、持続可能性指標の変化の要因を、債務残高要因、金利要因、経済成長率要因、現実の基礎的財政収支要因に分解し、それぞれの寄与を見てみよう(第1-3-9図)。
第一に、我が国では、名目成長率が名目金利(10年債利回り)を下回る時期が多い(第1-3-9図(1))。日本では、デフレの影響もあり、名目成長率が名目金利を下回る状態が長く続いている。このような状況下では、基礎的財政収支を均衡させるだけでは債務残高GDP比は安定せず、一定の黒字幅の確保が持続可能な財政には必要となる。
第二に、我が国の持続可能性指標は、成長率の低下で悪化していることが多い。実際、この推計期間を見ると、我が国において、成長率要因は基礎的財政収支要因や長期金利要因など他の要因による影響よりも大きい。他方、アメリカや英国では、基礎的財政収支要因が持続可能性指標の主たる変動要因となっている。
第三に、成長率と金利の相対関係に依存した財政改善は長続きしない。例えば、現実の基礎的財政収支が悪化したとしても、名目成長率の上昇等により名目金利水準との差が拡大すれば、債務残高GDP比を安定させるのに必要な基礎的財政収支は低下することもあり得る。日本でもこうした現象が生じた年があるが、財政の持続可能性の基調的な改善にはつながらなかった。他方、90年代の英国のように、基礎的財政収支の基調的な改善が主因となった持続可能性の改善は安定的である。成長率と金利の関係の好転に期待するのではなく、堅実な財政収支改善努力を行うことが、財政の持続可能性の安定的な回復には必要である27

1-4 公需の変動と景気の振幅

景気後退期には財政出動で景気を下支えすべきとの意見は強い。民需の弱さを公需で補い、景気の振幅を少しでも平滑化できれば、国民生活の安定にもつながるだろう。しかし、現実の財政出動においては、企画・立案から決定、執行までに時間がかかることなどから、景気局面に合致したタイミングよい政策執行は簡単ではない。タイミングがずれれば、財政出動が景気の振幅をかえって増幅してしまう可能性も否定できない。
ここでは、景気の振幅として実質GDP成長率の分散を考え、これを国内民間需要(国内民需)、国内公的需要(公需)、純輸出(外需)それぞれの項目別寄与度の分散と共分散に分解し、公需が景気の振幅を平滑化できているかを見てみよう(コラム1-4表28
過去3回の景気循環において、公需と国内民需の共分散はマイナスであり、公需は景気の振幅を抑制する役割を果たしている。しかし、その程度はバブル崩壊後の循環(第12循環:93年10-12月期~99年1-3月期)が最も大きく、99年以降2000年代においては公需の反循環的役割は小さくなっている。なお、直近の景気循環(第14循環:2002年1-3月期~2009年1-3月期)においては、外需と国内民需の共分散がプラスであり、外需が景気の振れを増幅していた。景気拡張局面が外需に支えられていたこと、リーマンショック後の景気後退が外需の急減に主導されたことが反映されている。過去3回の景気循環を見る限り、公需は景気の振幅をある程度緩和する役割を果たしていたが、その程度は縮小傾向にあるといえよう。

2 長期金利の安定と財政再建

財政悪化がもたらすリスクの一つに、長期金利の上昇が指摘される。その一方で、日本は財政状況が突出して悪いにもかかわらず、長期金利の低位安定は継続している。以下では、「政府の利払負担はどう推移してきたか」「我が国の長期金利はなぜ安定しているのか」「各国の財政再建から何を学ぶか」といった論点を検討する。

(1)政府の利払負担はどう推移してきたか

まず、財政収支と長期金利の関係を概観し、両指標に相関があることを確認する。その上で、日本において利払負担の増加が財政を圧迫する形での悪循環が生じなかった様子を振り返ってみよう。

●財政赤字拡大は長期金利を上昇させる傾向

財政赤字の拡大は、債券市場における需給悪化を通じ、長期金利の上昇要因となり得る。また、マーケットが財政赤字のファイナンスに対して疑念を持つようになれば、それはリスクプレミアムとしてさらに長期金利を引き上げる要因にもなり得る。ここでは、実際にそうしたことが起きているか、OECD諸国の財政状態と長期金利の関係をプロットして確認してみよう(第1-3-10図)。
第一に、財政収支と長期金利には負の相関が観察される。OECD諸国を対象に、80年から2009年における両指標の関係を見ると、財政赤字が大きい国あるいは時期ほど長期金利は高くなる傾向がある。したがって、財政状況の悪化は長期金利を上昇させるリスクがあると考えることができよう。
第二に、長期金利のばらつきは財政赤字国ほど大きい傾向が見られる。例えば、財政黒字国の場合、長期金利は高くても15%程度であるが、財政赤字国では長期金利の高低に大きな幅があり、ばらつきが大きい。これは、財政赤字国の場合、長期金利に対してリスクプレミアムが存在することを示唆している。この点は後述する。
第三に、リスクプレミアムの一つの指標として、各国のソブリンCDSスプレッドの変動幅を見ると、リーマンショック前と比べて各国ともスプレッドが拡大している。なかでも、財政問題がEU首脳会議等で取り上げられたギリシャなどのCDSスプレッドが大きく拡大している。ソブリンCDSの取引については、特に、日本やアメリカ、英国等では市場参加者が少なく、必ずしも各国の財政状況を正確に反映した取引となっているわけではないことに留意する必要があるが、市場は財政悪化に対し、デフォルトリスクを含めたリスクにプレミアムを要求し、警告を発していることは事実である29

●日本は債務残高の規模に比べ利払負担は低水準

それでは、日本の財政リスクはどの程度と見るべきなのであろうか。財政収支の悪化が長期金利の上昇につながると、今度は長期金利の上昇が利払費の増加等を通じて、財政状況をさらに悪化させる可能性がある。こうした悪循環がまさに財政悪化のリスクである。ここでは、日本の財政状態と利払負担について他のG20諸国と比較することを通して、日本の財政リスクについて見てみよう(第1-3-11図)。
第一に、日本の政府債務残高はG20諸国中、突出して大きい。債務残高は毎年の財政赤字の累積であり、過去からの赤字が積み上がって現在の債務残高ストックになる。財政面における過去からの負の遺産が日本では突出して大きい。
第二に、日本は債務残高が大きいだけでなく、返済能力も現時点では小さい。ここでは、債務残高の歳入比を各国で比較している。いわば、過去の赤字で積み上がった債務残高に対する返済能力を示しているとも考えられる。現在の歳入構造のままでは、こうした膨大な債務残高を返済する能力は乏しいといわざるを得ない。
第三に、しかしながら、日本の利払負担比率(歳入比)はG20諸国中カナダと並び、最も低く抑えられている。債務残高の規模が突出する一方、利払負担は低水準に抑えられており、日本の財政がいかに低金利の恩恵を受けてきたかが示されている。対照的に、ブラジルやメキシコ、トルコといった新興経済国では、債務残高の水準は日本より遥かに低いが、利払負担比率は日本を大きく上回っている。

●日本の利払負担は低金利とともに低下

日本の利払負担の低さはどこからきているのだろうか。債務残高の増大と利払負担の抑制が両立するためには、金利水準の低下が必要条件となる。さらにいえば、この場合の金利水準とは、10年債などの市場金利だけでなく、過去の債務構造を反映した実効金利水準である。そこで、日本が直面した債務残高に対する実効金利水準を見てみよう。ここでは、「国民経済計算」を用いて、一般政府における各年度の利子支払について、前年末時点の債務残高で除すことによって、実効利子率を算出した。結果を見ると、次の点が指摘できる(第1-3-12図)。
第一に、実効利子率は、債務残高の増加にもかかわらず低下傾向にある。91年以降、政府債務残高は増加基調にあるものの、実効利子率はほぼ一貫して低下を続けている。10年債市場金利(流通利回り)の推移を合わせてプロットすると、実効利子率は市場金利におおむね沿った形で低下していることが分かる。日本の財政が、利払負担という点において、いかに低金利に支えられてきたかが明確に示されている。
第二に、10年債市場金利に比べると、実効金利の動きはなだらかである。これは、実際の利払負担は債務残高を構成する国債の満期構成などに依存するため、市場金利の変動の影響が直ちに利払負担に反映されるわけではないことによる。ただし、市場金利と実効金利はおおむね連動しており、市場金利が上昇すればいずれ実効利子率も上昇する可能性が高いことには留意する必要がある。
第三に、低水準ではあるものの、実効利子率は2006年以降、下げ止まりが見られる。2006年に市場金利が上昇したことが影響しているが、他方で、ゼロ金利制約もあって金利の引下げ余地が限られていることも事実である。今後、少なくとも当分の間は債務残高の累増が続く可能性が高いことを考えれば、金利引下げ余地が限られるなか、実効利子率をこれ以上引き下げることは困難であろう。この意味でも、今後の財政リスクとして、長期金利の動向を意識する必要がある。

(2)我が国の長期金利はなぜ安定しているのか

日本の財政は金利の低下によって、その悪化リスクが軽減されていると考えられる。しかし、世界的に見ると、財政悪化が進むと長期金利は上昇する傾向が観察される。それでは、なぜ日本は財政状況が他国に比べて突出して悪いにもかかわらず、低金利が継続しているのだろうか。日本の長期金利が低位安定を続ける要因について、国際比較をしつつ、複数の視点から検討してみよう。

●日本の長期金利は景気の弱さと物価上昇率の低さで押し下げられている

最初に、日本の長期金利は経済成長率等の一般的な経済要因では説明できないほど低いのか、という点を確認する。このため、データの入手可能なOECD28か国について、名目長期金利の水準を、[1]名目短期金利要因、[2]実質経済成長率要因、[3]物価上昇率要因、[4]財政収支要因で説明する式をパネル推計し、各国の長期金利の要因分解を行った。日本の特徴について、アメリカ、英国を比較しつつ、見てみよう(第1-3-13図)。なお、各国固有の要因(固定効果要因)については、各国それぞれの定数項として表している。
第一に、日本の長期金利の水準は、短期金利の低さとともに、経済成長率と物価上昇率が低いことで押し下げられている。この傾向は、90年代と2000年代において顕著に見られる。また、短期金利の低さそのものが、景気の弱さや物価上昇率の低さを反映した中央銀行の政策を表していると考えれば、日本の長期金利の低さは景気の弱さと物価上昇率の低さでその多くが説明できることになる。
第二に、その一方で、日本においては、財政赤字による長期金利の引き上げ寄与が他国よりも大きい。アメリカや英国が90年代や2000年代に財政収支改善を実現したのに対し、日本の財政赤字は拡大基調で推移した。その結果、2000年代において、財政赤字による長期金利の押上げ要因が顕著に拡大している。
第三に、各国とも80年代から2000年代にかけて長期金利の水準が低下しているが、その要因は異なる。短期金利の低下は各国共通している一方、経済成長率と物価上昇率の低下が主たる抑制要因になっているのは日本だけといってよい。
財政状況の悪化にもかかわらず、日本の長期金利が低位安定している背景には、[1]短期金利の低さ、[2]実質経済成長率の低さ、[3]物価上昇率の低さといった背景がある。その一方で、近年の財政赤字の拡大が、他国に比して大きな長期金利の押上げ要因になっていることには注意する必要がある。今後、景気の持ち直しが続いていけば、長期金利に対して上昇圧力が生じる可能性が高い。しかし、同時に長期金利の上昇はそれ自体で景気を押し下げる要因ともなり得る。景気の持ち直しとともに財政健全化努力を行うことが、長期金利の安定を持続させるためには重要である。

●潤沢な国内貯蓄は財政リスクプレミアムの抑制要因

財政赤字の拡大は長期金利の上昇圧力となっている。その要因の一つに市場における国債需給の悪化懸念がある。しかし、国内に潤沢な貯蓄があれば、財政赤字のファイナンスに対する懸念が生じないことも考えられる。この点を検討するため、前項の分析を貯蓄超過国(経常黒字国)と貯蓄不足国(経常赤字国)に分け、財政収支の長期金利に与える影響が変化するか見てみよう(第1-3-14図)。
第一に、日本を含む貯蓄超過国(経常黒字国)は、貯蓄不足国に比べ、財政収支が長期金利に与える影響度合いが小さくなる。長期金利に与える影響を推計された係数で比較すると、貯蓄超過国の財政収支の係数は、貯蓄不足国に比べて3分の1程度となっている。これによれば、例えば、貯蓄超過国と貯蓄不足国の財政赤字が同率程度で拡大したとしても、その長期金利に与えるインパクトは、貯蓄不足国の方が3倍程度大きいことになる。潤沢な国内貯蓄が長期金利を抑制する要因になっていることがうかがわれる。
第二に、貯蓄不足国の長期金利は景気状況により大きく反応する。経済成長率要因について比較すると、長期金利に与える影響は貯蓄不足国の方が貯蓄超過国よりも3倍程度大きい。
第三に、短期金利や物価要因については、貯蓄超過国・不足国ともに、大きな違いは見られない。
以上の結果を踏まえると、潤沢な国内貯蓄を有する国では、長期金利の動向が景気状況や財政状況に左右される程度は低い傾向にある。我が国の場合、国内の貯蓄超過の存在によって、財政状況が悪化しても長期金利が低く抑えられている面があると考えられる。しかしながら、今後さらに高齢化が進展すると、これまでのような貯蓄超過が続かない可能性も高い。長期金利の先行きについて楽観することはできない。

●国債の国内保有比率と長期金利の関係は不明確

日本の長期金利の低さの要因として、国債の国内保有比率の高さが指摘されることがある。確かに、日本における国債の国内保有比率は9割を超え、5割程度のアメリカや6割程度の英国など欧米諸国に比べると高い。しかし、その一方で、国内の貯蓄超過と国債の国内保有比率の高さは連動している可能性が高く、必ずしも国内保有比率の高さそれ自体が長期金利を押下げているわけではないとも考えられる。この点を確認するため、国債の国内保有比率と長期金利の相関を調べてみよう。ここでは、国債の国内保有比率のデータが入手可能な日本、アメリカ、英国、ドイツ、イタリアの5か国で比較する(第1-3-15図30。結果として、次の点が指摘できる。
第一に、国債の国内保有比率と長期金利に明確な関係は見られない。例えば、ドイツやイタリアはアメリカよりも国債の国内保有比率が低いが、長期金利はアメリカよりも低い傾向にある。
第二に、国債の保有構造は、経済構造や国債市場構造など各国固有の要因が反映されている可能性を考え、各国それぞれの時系列に着目して国内保有比率と長期金利の関係を見ても、明確な相関は観察されない。日本は他国よりも突出して国債の国内保有比率が高いが、常に長期金利が最も低いとはいえない。また、アメリカについては、国債の国内保有比率は50%程度から80%程度まで年によって変化しているが、国内保有比率が高い時期の方が長期金利は高い傾向さえ見られる。
第三に、他方、長期金利と国内の貯蓄過不足の関係を見ると、貯蓄超過国(経常黒字国)ほど金利が低い関係が認められる。日本やドイツのような経常黒字国は他国に比べて長期金利が低い傾向にあり、ここで対象とした5か国においても、前項の分析で見たように、潤沢な国内貯蓄が長期金利の抑制要因になっていることが示唆される。長期金利が国債の需給に影響されると考えれば、長期金利の抑制に重要なのは貯蓄という資金フローが潤沢にあることであり、発行済の国債を誰が保有しているかというストック面での保有構造とは直接的な関係が薄いとも理解できよう。

(3)各国の財政再建から何を学ぶか

財政再建は世界各国共通の課題となっている。その際、財政再建を何から始め、どのように行うか、といった点が戦略的に重要な論点となる。ここでは、OECD諸国において、これまで財政再建を行った国と時期を特定し、それらの共通項を抽出することで、財政再建の教訓を得ることを試みる。

●財政再建においては緩やかなペースであっても努力を継続することが重要

まず、OECD諸国の財政再建の持続性と収支改善ペースを確認しよう。ここでの目的は財政再建の長さと強さを確認することである。なお、財政再建期間については、先行研究を参考に、構造的基礎的財政収支(景気循環要因を除いた基礎的財政収支の潜在GDP比)が1年で1%ポイント以上改善するか、2年間で1%ポイント以上改善し、その初年度に0.5%ポイント以上改善した場合を財政再建開始期と定義し、構造的基礎的財政収支が悪化するか、改善幅が0.2%ポイント以下にとどまるとともに更に翌年悪化した場合を財政再建の終期と定義した31
第一に、財政収支の改善ペースは緩やかであっても財政再建を長く継続できれば、財政収支の改善幅は大きくなる傾向が見られる(第1-3-16図(1)(2))。財政再建期間は平均で2.3年間にとどまっており、財政再建が1年間で終了する国も多い。財政再建を成功させるためには、緩やかなペースであってもとにかく継続することが重要である。
第二に、財政再建期間の持続性と景気状況に明確な関係は見られない(第1-3-16図(3))。一般に、景気が悪化し、財政出動が求められれば、その時点で財政再建期間が終了する可能性は高い。また、景気状態が良好であるほど、財政再建への国民の理解が得られやすく、財政再建が継続しやすいことも考えられる。しかし、OECD諸国の財政再建例をデータとして集約すると、必ずしも、景気状況と財政再建期間の長さに関係があるとはいえない。ここでは、景気状況を表す指標として失業率を用いているが、失業率が改善しているからといって、財政再建が持続的となるわけではない。むしろ、失業率が悪化しても、財政再建を止めない例も多く見られる。また、1年限りで財政再建が終了した国においても、失業率が改善している場合も複数あり、必ずしも景気状況が悪化したために、財政再建が終了したというわけでもない。
第三に、財政再建の規模と景気状況にも明確な関係は見られない(第1-3-16図(4))。失業率が改善するなど景気が回復していれば、財政再建の規模を拡大することも考えられる。しかし、OECD諸国の過去の事例を見る限り、そうした景気状況に依存するような財政再建は行われていない。
財政再建成功の鍵はその持続性であり、そのためには緩やかなペースであっても長期間行うことが有効である。また、財政再建努力の継続性や規模と景気状況には明確な関係が見られず、景気が良いから(あるいは悪いから)、財政再建を行う(あるいは止める)というスタンスは、OECD諸国の過去の例からは一般的ではない。

●歳出を増加させるときには歳入増加努力も同時に行われる傾向

次に、財政再建の方法について見てみよう。ここでは、景気変動による受動的な変動の影響を除いた歳出と歳入(構造的経常支出・収入)の変動がそれぞれ歳出削減努力、歳入増加努力を表しているとみなし、それらと財政収支改善がどのような関係にあるかを確認する。結果を見ると次のような点が指摘できる。
第一に、歳出削減努力と財政収支改善には強い相関が見られる(第1-3-17図(1))。OECD諸国の過去の事例からは、歳出削減努力が財政収支の改善につながりやすい傾向が読み取れる。また、景気循環要因を除いた構造的経常支出を潜在GDP比で横ばいに保っている国・時期においても、財政収支の改善が見られる。加えて、歳入増加努力を行っている場合には、財政収支の改善がより顕著である。収支改善においては、歳出規模を抑制するとともに歳入増加を図る努力が重要である。
第二に、その一方で、歳入増加努力と財政収支の改善には明確な関係は見られない(第1-3-17図(2))。一つの可能性として、歳入増加努力は新規施策の実施等に伴う歳出増とセットで実行されることが多いため、歳入増加努力と収支改善の相関が見かけ上弱くなっていることが考えられる。この点を確認するため、歳入増加努力と構造的経常支出の増加の関係を見ると、右上がりの傾向線が描ける。構造的経常支出が増加している国・時期においては、同時に歳入増加努力も行っている傾向が示唆される(第1-3-17図(3))。
第三に、歳出削減努力は景気状況に応じて行われる傾向がある(第1-3-17図(4))。景気状況と歳出削減努力の関係をプロットすると、歳出削減努力と景気状況には明確な負の相関が見られる。必ずしも因果関係を示すものではないが、景気が悪化し、失業率が上昇しているときほど、歳出削減努力は弱められる傾向にある。景気状況を見ながら、そのペースを柔軟に変更していることがうかがえる。なお、歳入増加努力と景気状況については、明確な関係は見られなかった。
我が国の場合、前述のとおり歳入構造の脆弱性を克服するという課題を抱えている。OECD諸国の経験を参考に、歳出・歳入両面からバランスのとれた財政再建に取り組むことが重要である。

●財政再建努力は長期金利の抑制要因に

財政再建が成功することによるメリットとは何であろうか。長期的には財政構造が柔軟性に富んだものになり、ニーズに則した財政運営ができるようになることが考えられる。他方、短期的な効果としては、長期金利の低下圧力になることもメリットとして挙げることができよう。市場によるポジティブな評価といってもよい。また、財政改善により長期金利が低下すれば、それ自体が利払費の減少を通じて財政改善に資することにもなる。ここでは、財政再建を行ったOECD諸国について、財政収支の改善と長期金利の関係、財政収支改善努力と長期金利の関係について確認してみよう。結果として次の点が指摘できる。
第一に、財政収支の改善幅と長期金利の低下幅には統計的な相関が見られる(第1-3-18図(1))。財政再建の成功を財政収支の改善で測れば、財政再建が成功している国や時期ほど、長期金利は低下する傾向が観察される。これは、前項で議論した財政赤字と長期金利の負の相関と整合的な結果である。
第二に、収支改善努力の程度と長期金利の低下幅にはより強い相関が見られる(第1-3-18図(2))。実際の財政収支改善よりも、収支改善努力(ここでは景気循環要因と利払い要因を除いた財政収支の改善を収支改善努力とみなしている)という政府としての財政スタンスを示すことが、長期金利の低下につながりやすい結果となった。
第三に、歳出削減努力は長期金利の低下と相関している(第1-3-18図(3))。前述のとおり、歳出削減努力と収支改善に相関が見られることと整合的である。このように、市場の評価という観点からも、歳出規模を抑制する努力が重要であることが分かる。
長期金利の動向が財政再建に対する市場の評価を表していると見れば、財政収支改善努力を政府のスタンスとして明確に示すことが、市場からポジティブな評価を得やすいと解釈することが可能である。ただし、具体的な財政再建の進め方については、景気動向を踏まえつつ検討すべきであることはいうまでもない。

3 財政構造の歴史的変遷と課題

これまで、リーマンショック後の大幅な財政悪化を踏まえ、財政の持続可能性や財政赤字と長期金利の関係などを検討した。以下では、より長期的な視点に立ちながら、「グローバル化、高齢化は先進国の財政構造をどう変えてきたか」「我が国の財政構造は国際的にどう位置づけられるか」「公共投資の意義はどう変わりつつあるか」といった問いに答えていく。

(1)グローバル化、高齢化は先進国の財政構造をどう変えてきたか

経済社会構造の変化に伴い、我が国の財政についても構造変化が求められている。まず、我が国における長期的な歳出・歳入構造の変化を振り返った後、グローバル化と高齢化が進むなかでOECD諸国に共通するすう勢について述べる。

●歳出規模の拡大とともに借入れ依存も増加

最初に、長期的な歳出構造の変化を捉えるため、国の一般会計について、戦後1955年度からの決算額の推移を振り返り、変化の特徴を見てみよう(第1-3-19図)。なお、比較に当たっては、物価水準や経済規模の違いを踏まえ、歳出・歳入ともに名目GDP比を用いる。
第一に、経済規模に比した歳出・歳入規模は、過去55年程度の間、2倍近くに拡大した。1955年度から70年代初期までの高度成長期においては、歳出・歳入ともに名目GDP比10%強程度の規模で推移していた。しかし、70年代にその規模は大きく拡大し、80年代には名目GDP比15%を超える水準で推移するようになった。この背景としては、70年に我が国の高齢化率が7%を超え、国連が定義する「高齢化社会」に入るとともに、73年には、老人医療費支給制度の創設や年金給付水準の引上げなど、いわゆる福祉元年と呼ばれる福祉制度の拡充が行われたことなどが指摘できよう。その後、2000年代においても、年ごとの振れはあるものの、歳出・歳入規模は15~20%程度で推移している。
第二に、歳出の内訳を見ると、70年代後半以降、社会保障関係費や地方財政関係費の割合が増加するとともに、歳出に占める国債費の比率が大きく拡大している。別の見方をすれば、国債の元利償還費の負担がなければ、経済規模に比した歳出総額はそれほど拡大しなかったともいえる。過去に行った借入れの返済によって、歳出構造の自由度が損なわれていることが示唆される。
第三に、歳入総額の内訳を見ると、70年代後半以降、公債金収入の割合が急増し、2000年代には歳入総額の3分の1程度を占めるようになっている。特に、バブル崩壊後の90年代以降、歳出総額は増加傾向にある一方、税収の名目GDP比は低下傾向にあり、その結果、歳出の増加を借入れ(公債金収入)で賄うような財政構造となっている。また、税収構造としても、バブル崩壊以降、法人税収及び所得税収は名目GDP比で伸び悩み、他方、景気動向からは比較的独立し、安定した税収として期待された消費税についても、税収は依然少なく、税収全体に占めるシェアが低いため、十分な安定財源とはなり得ていない。我が国の財政は借入れに依存した脆弱な構造になっているといわざるを得ないだろう。

●グローバル化の進展とともに、法人税収比率は収れん傾向

財政構造の変化は、経済社会構造の変化に政府がいかに対応しているかを示している。以下では、OECD諸国が直面した経済社会の構造変化の代表例として、グローバル化と高齢化を取り上げ、財政構造がいかに変化したかを例示して概観する。
まず、グローバル化について、財政構造がどのように変化したかを例示しよう。グローバル化は、企業活動の多国籍化とともに進展したといえる。そこで、ここでは、法人税収の各国間の違い(ばらつき)が経済開放度(輸出・輸入合計の名目GDP比)の高まりとともにどのように変化したかについて、OECD24か国の平均を見てみよう(第1-3-20図)。
第一に、経済開放度が高まり、グローバル化が進展するとともに、法人税収の各国間のばらつき(変動係数)は縮小する傾向が観察される。特に、80年代から90年代において、その様子は顕著であった。グローバル化が進むにつれて各国の法人税収比率は収れんする傾向が見られたといえる。
第二に、景気変動要因を除去した構造的法人税収を見ると、この傾向は2000年代も含めてより明確に観察される。構造的法人税収は、景気循環に伴う受動的な法人税収の変動を除こうとしている点において、政府の法人税に対するスタンスをより適切に表していると考えることができる。経済開放度の高まりとともに、各国は他国の法人税率などの動向を意識しつつ、自国の法人税に係る政策スタンスを検討していることがうかがわれる。
第三に、上記の二点と関連するが、近年、法人税収と構造的法人税収のばらつきがかい離する傾向が見られる。両指標のかい離は、景気循環に伴う法人税収の振幅が大きくなっていることを示唆している。政策スタンスは収れんしてきているが、実際の法人税収に関する国ごとのばらつきは依然として存在しており、特に、リーマンショックのような世界的な経済ショック時には法人税収のばらつきが拡大する傾向が見られている。

●高齢化の進展とともに社会保障費は拡大傾向

次に、高齢化の進展と財政構造の変化の例として、OECD24か国における高齢化率と社会保障支出の関係を見てみよう(第1-3-21図)。
第一に、OECD諸国の高齢化は右肩上がりで進展している。それとともに、社会保障支出(名目GDP比)も、年ごとの振れはあるものの、上昇傾向を続けている。高齢化の進展は、人口構造の変化から今後も継続することが予想される。その一方で、財政支出を経済規模以上に拡大し続けることは可能でなく、財政支出に関する何らかの歯止めが必要となる。社会保障支出についてもその例外ではない。
第二に、社会保障支出を公的部門と民間部門とに分けると、民間部門による社会保障支出の割合は徐々に拡大している32
第三に、民間部門による社会保障支出の高まりは全体の社会保障支出の増加とともに生じている。すなわち、公的部門による社会保障支出の名目GDP比も上昇基調を示しており、必ずしも公的部門の社会保障支出を削減することで民間比率を高めているわけではない。むしろ、社会保障支出の「増分」を公的部門と民間部門が分担し合っていると理解することもできる。急速な高齢化の進展にかんがみれば、少なくとも今後の追加需要についてはある程度民間部門と分担し合うことも、先進国にとっては一つの選択肢となってくるものと思われる。

(2)我が国の財政構造は国際的にどう位置づけられるか

以上の概観を踏まえ、各国の財政構造について統計的な分析を行う。世界的な構造変化の流れを捉え、それに対する日本の特徴を検討する。

●日本の歳出規模はアメリカと並んで低い

日本の財政構造は他の先進国と比べてどのような特徴があるのだろうか。まず、歳出について、アメリカ、フランス、スウェーデンと日本を比較してみよう。アメリカは小さな政府の代表例、フランスは大陸欧州国家の代表例、スウェーデンは北欧型福祉国家の代表例という意識で選択した。なお、比較は一般政府ベースで行う(第1-3-22図)。
第一に、歳出規模を見ると、日本はアメリカと同程度であり、フランスやスウェーデンと比べると低い水準にある。スウェーデンについては、90年代に名目GDP比70%程度まで歳出規模が拡大したものの、90年代後半から2000年代にかけて、歳出規模は低下し、現在はフランスと同程度の規模となっている。他方、日本の歳出規模は水準としてはアメリカと並び低い水準ではあるが、80年代や90年代に比べると、2000年代の歳出規模は高くなっている。
第二に、各国の歳出規模の差は、主として、政府最終消費支出と社会保障給付の規模の違いによってもたらされている。総固定資本形成については、特に90年代において、日本は突出して高かったが、2000年代半ば以降、4か国とも名目GDP比3%台でおおむね同水準となっている。他方、政府最終消費支出と社会保障給付については、日本・アメリカとフランス・スウェーデンとの間に、名目GDP比10~25%程度の差が見られており、各国歳出規模の差とおおむね等しい。政府最終消費支出は人件費等の経常経費に加え、医療支出などの現物社会給付が含まれる。広い意味での社会保障支出の差が各国の歳出規模の差を生み出している面が強いといえよう。
第三に、80年代や90年代と比べると、2000年代における各国の歳出規模の差は縮小している。スウェーデンの歳出規模が縮小するとともに、日本とアメリカの歳出規模はやや拡大した。日本やアメリカの歳出拡大は主として社会保障給付の増大によるものである。他方、スウェーデンの歳出規模の縮小については、80年代前半は総固定資本形成(公共投資)の抑制、90年代半ば以降については、利払費の減少が大きく効いている。スウェーデンは90年代、数度にわたる財政再建策を実行し、90年代後半には一般政府の財政は黒字に転化した。こうした財政再建努力が利払費の減少にも寄与していると考えられる。長期金利の低下を意識した財政運営の重要性を示していると捉えることもできよう。

●歳入規模もアメリカと並び低い水準

次に、歳入構造について国際比較をしてみよう。歳出構造の比較と同じ4か国について、80年代以降の税収及び社会保険料収入の名目GDP比を比較すると、次のような点が特徴として指摘できる(第1-3-23図)。
第一に、歳出規模と比べると、歳入規模の変動は小さい。日本とアメリカの歳入規模は名目GDP比で25~30%程度、フランスは40~45%程度、スウェーデンは45~50%台前半の範囲で推移している。例えば、スウェーデンでは、歳出規模が90年代以降大きく低下しているが、そのような変動は歳入規模には見られない。歳入規模を保ちつつ、歳出規模を削減するような財政再建が行われたことを示している。他方、日本については、バブル崩壊後の90年代以降、歳出規模に増加傾向が見られるが、歳入規模は増加していない。むしろ、2000年代前半まで低下傾向さえ見られる。その結果、財政赤字が続き、財政状況は悪化している。
第二に、日本の法人税収は振れが大きい。各国とも法人税収は変動が激しいが、なかでも、日本の法人税収は振れが大きい。80年代後半から90年代前半におけるバブルの生成と崩壊の過程で、法人税収は大きく変動した。その後、2000年代前半まではおおむね低下基調で推移した。2002年以降の景気回復局面において、法人税収は再び上昇に転じたが、リーマンショック等を受け、2008年に低下することとなった。法人税収が景気変動に左右されやすいことが示されている。
第三に、消費税収の動きは各国ともに安定している。消費税収は、税率引上げ等の制度要因を除けば、税収の名目GDP比は比較的狭い範囲で安定した動きを示している。個人所得税収も法人税収に比べれば安定しているように見えるが、名目GDP比で見た税収規模が大きいため、小さな変動でも歳入総額の変動につながりやすい。それに比べると、消費税収の変動の小ささは際立っている。法人税や個人所得税といった所得をベースとした税収よりも、消費税のような支出をベースにした税収の方が歳入構造としては安定的であることが示されている。

●日本の歳入構造の特徴は高い法人・財産税収比率

各国の財政構造については、一般に、北欧諸国は高福祉・高負担の福祉国家の構造であり、アメリカなどアングロサクソン諸国は政府の関与の少ない低福祉・低負担の構造、欧州諸国はこれらの中間的な構造というイメージがある。ここでは、こうした概念的な分類を主成分分析により、統計的に確認してみよう。まず、各国の財政構造を歳入と歳出に分け、それぞれ税収ごとの名目GDP比、歳出項目ごとの名目GDP比といった構成項目間での相関関係を利用し、各国の歳入歳出構造の特性を統計的に抽出する。国際比較のため、一般政府ベースに着目する。この結果から、次の点が指摘できる(第1-3-24図)。
第一に、各国歳入構造の特徴を最も良く説明する要因(第1主成分)となったのは、法人税・財産税収比率と間接税収比率の逆相関である。すなわち、法人税収や固定資産税などの財産税収比率が高い国ほど、消費税などの間接税収比率は低い傾向にある。この逆相間が、OECD諸国の歳入構造の特徴を最も良く表現していることになる。我が国はアメリカと並び、法人・財産税収比率が高く、間接税収比率が低い国の集団に入っている(以下では、便宜的に「日米型」と呼ぶ)。他方、スウェーデンやフィンランド、デンマークなどは、間接税収比率が高い一方、法人・財産税収比率は低いといった特徴が見出せる(「北欧型」と呼ぶ)。また、フランスやドイツなどは、間接税収比率と法人税・財産税収比率の関係がともにOECD諸国の中で平均的な関係であり、日米型と北欧型の中間的な位置を占めている(「大陸欧州型」と呼ぶ)。
第二に、次に特徴的な歳入構造として抽出できるのは、個人所得税収比率の高い国は社会保険料収入比率が低くなる傾向である(第2主成分)。しかし、法人・財産税収と間接税収の関係に比べると、各国間のばらつきは小さい。日本とアメリカ、及びスウェーデンとフィンランドは、個人所得税収比率と社会保険収入比率の関係はともにOECD諸国内で平均的な関係であり、どちらに偏っているということはない。法人・財産税収比率と間接税収比率の関係では、日米型と北欧型に分かれる国々であっても、個人所得税と社会保険料収入のどちらで歳出を賄うかは無差別といえる。他方、大陸欧州型の国々は、個人所得税収よりも社会保険料収入に重心がある。社会保険料収入は基本的に社会保障支出と連動していることから、大陸欧州諸国では、個人所得税収の比率を落とす一方、社会保障支出とよりリンクした歳入確保を目指していることがうかがわれる。
第三に、日本について年代ごとの構造変化を見ると、89年の消費税導入時を境に流れが変化している。80年代は、法人・財産税収比率を高めつつ、社会保険料収入と個人所得税の関係では、個人所得税収比率を高める方向で推移した。この傾向は、85年頃の円高不況期でもその後のバブル生成期でもおおむね一貫している。しかし、この流れは89年の消費税導入以降、大きく変化する。89年以降、法人税・財産税収と個人所得税収の比率を低くするとともに、間接税収の割合を高める方向が主成分分析からも検出できる。大きな視点で見れば、日本の歳入構造がOECD諸国の平均的な構造に一歩近づいたと見ることもできる。

●日本の歳出構造は公共投資比率を下げつつ、社会保障関連支出にシフト

次に、歳出構造の特徴を主成分分析で見てみよう(第1-3-25図)。
第一に、最も特徴を表す歳出構造(第1主成分)として検出されたのは、政府最終消費支出と社会保障給付のGDP比率が高い国ほど、公共投資(総固定資本形成)比率が低い傾向にあるということである。政府最終消費支出の中には、現物社会給付として医療支出等が含まれるため、この点を加味すれば、社会保障に関連する支出比率が高い国ほど公共投資比率は低い傾向があるといえる。例えば、日本やアメリカは、OECD諸国の平均と比べると、社会保障関連支出の比率は低く、公共投資の比率が相対的に大きい国と括ることができる。また、北欧諸国は概して、社会保障関連支出の割合が高く、公共投資比率が低い。大陸欧州諸国については、社会保障関連支出は平均よりやや高く、公共投資比率は平均よりもやや低い位置に描かれる。グループ間の関係は、歳入構造の分類と似てはいるが、大陸欧州諸国の位置が日米と北欧諸国の中間ではなく、より北欧諸国に近い位置にあることが特徴的である。むしろ、日米と北欧諸国の中間的位置にあるのは、カナダやオーストラリアと一時期の英国といったアメリカ以外のアングロサクソン諸国である。
第二の特徴として検出された歳出項目は、利払費である。利払費のGDP比が高くなれば、その他歳出、すなわち、最終消費支出、社会保障給付、公共投資以外の歳出のGDP比は低くなる傾向がある。利払費という過去の借金に付随した経費の比率が高くなると、社会保障関係や公共投資といった歳出を削減するのではなく、「その他歳出」を削減することで、そのための財源をねん出する傾向がうかがわれる。
第三に、日本の年代別の歳出構造の変化を見ると、80年代前半、80年代後半~90年代前半、90年代後半~現在の3つの時期に大別することができる。80年代前半は、公共投資から最終消費支出・社会保障給付に重心を移しつつ、その他歳出を減らした(結果として利払費比率が高まった)時期であり、80年代後半~90年代前半は、その逆向きの動きを示した時期である。80年代後半以降のバブルの生成と崩壊の過程において、結果として、社会保障関連から公共投資に支出の重心が移ったことが示唆される。他方、90年代後半から現在にかけては、最終消費支出・社会保障給付の比率は再び拡大基調となり、その一方で公共投資比率は低下傾向となった。また、利払費のGDP比率も上昇している。概括的にいえば、増大する社会保障関連や利払費に関する支出需要を賄うために、公共投資やその他歳出の比率を低下させる傾向が、90年代後半から現在に至るまで続いているということもできるだろう。

1-5 法人税収と景気変動

我が国の法人税収(名目GDP比)は他国に比べて変動が大きい。法人税収は景気が悪化すればそれ以上に減少する傾向があり、財政の自動安定化機能に資する動きをする。他方、我が国はOECD等で自動安定化機能が働きにくい国として分類される。このギャップをどう考えるべきだろうか。
一つは、歳入規模が小さいことである。我が国の税収等の歳入規模はアメリカと並び低い水準にある。そのうち、国・地方の法人税収の名目GDP比はおおむね5%以下であり、法人税収だけで財政全体の自動安定化機能を高めることは難しい。また、法人税収の名目GDP比は、種々の減税措置等もあって、近年低下傾向にある。なお、同様に自動安定化機能の重要要素となる個人所得税収の名目GDP比を見ると、スウェーデンの15%程度を始め、他のOECD諸国は日本よりも相当高い水準にある(日本は80年代以降国・地方計で5%前後)。他のOECD諸国では、個人所得税など法人税収以外の税収によって財政の自動安定化機能が強められていると考えられる。
もう一つは、景気変動と法人税収変動の時間的ずれである。法人税収は、例えば繰越欠損金控除等の制度により、景気が回復してもそれが税収増となるには時間がかかる傾向がある。特に、90年代のバブル崩壊以降、企業の繰越欠損金控除は大きく増加し、課税所得の伸びを抑制している33。振れやすい税収が景気変動と時差をもって動けば、景気感応的な税であっても、自動安定化機能の役割は果たしにくくなる。この点を見るため、G7諸国のGDPギャップと法人税収の関係を散布図にした(コラム1-5図)。まず、景気が拡大するとその年の法人税収が増加する関係が見られる。次に、前年のGDPギャップと法人税収の関係を見ると、我が国では依然として正の関係が見られるが、他のG7諸国では関係が消失する。バブル崩壊以降、我が国では多くの期間で需要不足であった影響が表れている。法人税収は景気感応的ではあるが、我が国では必ずしも景気循環にタイムリーに反応してきたわけではないことが示唆される。

(3)公共投資の意義はどう変わりつつあるか

OECD諸国の財政支出の傾向を見ると、我が国を含め、公共投資から社会保障関連支出に歳出の重心を移している国は多い。しかし、社会資本の整備は、経済発展の基盤あるいは生活環境の基盤を充実させるという点で政府が担う重要な責務であり、財政余力が限られるなか、いかに整備の効率性を上げていくかが今後の課題となる。ここでは、社会資本整備の生産力効果に焦点を当て、近年その効果が低下していないかを調べるとともに、地域ごとに見た場合、公共投資削減の影響を社会保障給付の増加がどの程度緩和しているのか検討する。

●社会資本の生産力効果は緩やかに低下した後近年おおむね一定

公共投資については景気刺激効果が議論されることが多いが、必ずしも需要面、いわばフローの側面だけで捉えるのは適切でなく、中長期的な供給能力や生活基盤の向上というストック面での効果を考える必要がある。ここでは、社会資本整備が我が国の経済力をどのように引き上げたか、その効果は時間とともにどう変化しているか、といった点について、社会資本を明示的に考慮した生産関数を推計し、社会資本の生産力効果を推計する。なお、ここでの生産力効果は、資本ストックを1単位増加した場合に経済の生産力がどの程度増強されるか、すなわち限界生産性で捉えることとする。結果として、次のような点が指摘できる(第1-3-26図34
第一に、社会資本と民間資本の生産力効果を比較すると、民間資本の生産力効果の方が高い。社会資本整備が公共財の提供であるのに対し、民間資本整備が、例えば工場建設などのように、経済の供給力に直結しやすいことを想起すれば、理解しやすい結果であろう。ただし、この推計では捉えられていないが、社会基盤の整備については、それが民間企業の活動を促進することを通じ、民間資本ストックの生産力効果を引き上げるといった間接効果があることにも留意する必要がある。
第二に、70年代から2000年代にかけて、民間資本、社会資本ともに生産力は低下している。資本の限界生産性は、資本ストックの整備が進むことなどにより、資本係数(GDPに対する資本ストックの比率)が上昇すると、低下する傾向がある35。70年代以降、高度成長期が終了し、経済規模はその拡大ペースを鈍化させた。他方、資本ストックは着実に増加を続けたため、結果として、資本の限界生産性は低下している。
第三に、生産力の逓減の程度は、民間資本よりも社会資本の方が緩やかである。民間資本ストックの増加ペースに比べ、社会資本ストックの増加ペースの方が緩やかであったことがその要因である。

●性質によって異なる社会資本の生産力効果

社会資本ストックといっても、道路や港湾、空港整備など経済基盤に直結した社会資本もあれば、公営住宅や下水道整備など住民生活により近い資本整備もあり、その性質は多岐にわたる。ここでは、社会資本整備について、便宜的に、経済基盤直結型(道路、港湾、航空、運輸(旧国鉄、鉄建公団、地下鉄等)等)と生活基盤直結型(共同賃貸住宅、下水道、水道、都市公園、学校施設、治山治水等)に分類し、それぞれの生産力効果を計測する36。経済基盤直結型の社会資本整備は生活基盤直結型に比べて生産力効果が高いことが予想されるものの、その一方で、経済の発展段階が進むにつれて、生産力効果が低減することも予想される。これらの効果を確認してみよう(第1-3-27図)。
第一に、70年代~90年代においては、経済基盤直結型の社会資本ストックの限界生産性は生活基盤直結型よりも高かったものの、2000年代ではその差はほとんど無くなっている。経済基盤直結型の社会資本の方が、経済成長率に比して社会資本ストックの増加スピードが大きく、その分限界生産性は低下しやすい傾向にあった。この傾向が70年代から90年代にかけて顕著に見られており、特に、バブル崩壊後の90年代前半において、経済基盤直結型の限界生産性は大きく低下している。
第二に、いずれの社会資本においても、限界生産性は70年代に大きく低下している。日本の高度成長期は70年代前半に終了したといわれるが、社会資本の生産力効果もその後低減している。
第三に、2000年代においては、経済基盤直結型と生活基盤直結型の社会資本の限界生産性はともに一定水準で安定している。すなわち、経済基盤により直結する社会資本整備であっても、生活基盤により近い社会資本整備であっても、生産力効果にほとんど差はなくなっている。また、生産力効果の低下傾向は2000年代に歯止めがかかっている。経済成長率の低下とともに財政制約も厳しい状況下において、公共投資の選別を進めた結果が表れていると捉えることもできよう。

●地域においては公共投資の減少を社会保障支出が補完

我が国の財政支出は、全体として、公共投資支出から社会保障関連支出へと支出のウエイトは移行している。こうした傾向は、公共投資削減による影響が懸念される地方経済でも成り立っているのだろうか。以下では、各都道府県別に、公共投資と社会保障支出の名目県内総生産比の動きを見てみよう(第1-3-28図37
第一に、2000年度から2007年度にかけて、各都道府県においても公共投資比率(公共投資支出の名目県内総生産比)は低下する一方、社会保障支出は高まる傾向が見られる。各都道府県の公共投資比率は、2000年度の平均10%程度から、2007年度には平均5%程度に低下した。その一方で、社会保障支出の県内総生産比率は、平均8%程度(2000年度)から10%程度(2007年度)に上昇している。地方経済においても、公共投資支出から社会保障支出に重心はシフトしている。
第二に、公共投資について、各都道府県間の支出比率の差は2000年度から2007年度にかけて縮小している。2000年度の公共投資の県内総生産比は、高い地域で16%程度、低い地域で3%とかい離幅が大きかったのに対し、2007年度は高い地域でも10%程度、低い地域では3%程度とかい離幅が縮小している。2000年度から2007年度にかけての公共投資の削減においては、公共投資比率が高かった地域ほど大きな削減幅となっていたことがうかがわれる。
第三に、2000年度から2007年度にかけて、公共投資(県内総生産)の減少幅が大きい地域と小さい地域に分けて分析すると、公共投資の減少幅が大きい地域ほど社会保障支出(県内総生産)の増加幅が大きい傾向にある。公共投資の削減が大きければ、その地方にとって経済活動や雇用面でマイナスの影響が現れる可能性がある。その一方で、高齢化等によって社会保障関係の支出は増加しており、ある程度、公共投資削減によるマイナス効果を緩和する効果が期待される。実際、公共投資比率が大きく減少した3県と減少率の低い3県を対象に、2000年度と2007年度における公共投資比率と社会保障支出の変化を見ると、公共投資比率が大きく減少した3県の方が、社会保障支出の増加がやや大きいことが分かる。社会保障関係の給付の増大は、公共投資削減の影響をある程度緩和したことが示唆される。

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