第1節 長期化する景気回復と景気循環の仕組み
1 長期化する景気回復の実態
(1)需要面からみた長期化する景気回復の動き
● 民間需要中心の経済成長が持続
2005年半ばに踊り場的な状況を脱した日本経済は、2006年前半にかけて企業部門、家計部門、海外部門がバランスよく回復したものの、2006年後半から家計部門に弱さがみられるようになってきている。実質GDP成長率の動きをみると、2005年度に2.4%となった後、2006年度は2.1%となり、全体としては引き続き民間需要中心の経済成長が続いている(第1-1-1図)。
主な需要項目別の動きをみると、2006年度をとおして設備投資が成長に大きく寄与した一方で、消費の寄与が概して小さくなっている。企業部門で設備投資が高い伸びを続けている背景としては、売上高の増加に伴って収益の改善が続いていることなどが挙げられる。家計部門をみても2006年前半までは完全失業率が4%台前半で推移し、雇用者数も増加するなど雇用環境が改善し、賃金も緩やかな増加傾向で推移していた。企業部門の好調さが雇用者数・賃金の増加を通じて消費に結び付くという形での家計部門への波及がみられたと言える。ただし、家計部門においては、2006年半ば頃から賃金と消費の伸びがともに鈍化し、その後消費は持ち直したものの賃金は横ばいとなっていくなど、企業部門から家計部門への波及が緩やかになってきている。
● 2006年半ば頃から横ばいの動きを示す輸出入
外需面をみると、輸出については2006年初めから、アジア向け、アメリカ向けを中心に増加基調で推移してきたが、2006年半ば以降は、アメリカ経済の減速などを反映して横ばいで推移している。輸入については、2006年初め以来、一時増加する局面もみられたがおおむねほぼ横ばいの動きを示している。アジアからの輸入は2006年半ばにかけて増加傾向で推移していたが、その後は横ばいで推移しており、アメリカ及びEUからの輸入については、いずれも2006年初から横ばいで推移している。
輸出について主要品目別の動き(前年比)をみると、これまで増加基調を維持してきた自動車は、2007年初来、増加幅が縮小しているものの、依然として輸出全体の伸びへの寄与が大きい。一方で、電気機器については、その寄与が過去にみられた輸出増加局面と比べて小さくなってきており、こうした電気機器の輸出に対する寄与低下が輸出全体の伸びを鈍化させている一因となっている(第1-1-2図)。この背景については、労働コストが低い中国などのアジア地域の生産拠点に対する電気製品の中間品輸出が増える一方、アメリカ、EU向け電気製品完成品輸出の伸びが鈍化していることが挙げられる。
今回の景気回復局面の特徴の一つとして、輸出の寄与の大きさが挙げられる。この背景には、円安傾向で推移する為替と世界経済の回復があると考えられる。為替の動きをみると、実質実効為替レートは、2000年半ば頃に円安傾向に転じ、2007年6月時点で1980年代半ば頃の水準まで円安が進んでいる。また、世界経済の動向をみると、G7のGDPは今回の景気回復局面において成長を続けている。
円安傾向で推移する為替と世界経済の回復が輸出の増加にどの程度寄与しているのかをみるために、為替レートと世界GDPを説明変数とする輸出関数を推計した(第1-1-3図)。それによると、今回の景気回復局面においては、世界経済の成長が輸出の増加を大きくけん引していることが分かる。為替に関しては、2005年に急激に円安方向に動いたことが、2005年後半から2006年前半にかけて輸出の増加に寄与しているが、その度合いは世界経済の成長ほどではない。
● 公的需要に頼らない経済成長が続く
政府支出については、財政健全化に向けた取組を反映して、公共投資を中心に総じて低調に推移している。一般政府の支出規模のGDP比をみると、厳しい財政事情を反映して、2006年度までの間、2002年度の水準を上回らないという政府の目標に沿う形で、2002年度以降減少傾向で推移している。
公的固定資本形成については、1999年度以降、減少傾向で推移している。この背景としては、国の公共事業関係費については、2006年度まで景気対策のための大幅な追加が行われていた以前の水準を目安として削減を続けてきたことや、地方においても、国の方針と歩調を合わせつつ、投資的経費のうち地方単独事業費について徹底した見直しを行ってきたことが挙げられる。平成19年度予算においても、国の公共事業関係費については、「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2006(基本方針2006)」で示された歳出改革の内容に沿った削減を進めることにより、一般会計予算で前年度比3.5%減と見込まれる。地方においても「基本方針2006」に沿った見直しを行うことにより、2007年度地方財政計画では投資的経費のうち地方単独事業費については、前年度比3.0%減(かい離是正後2は14.9%減)と見込まれる3。
この結果、政府最終消費支出と公的固定資本形成を合わせた公的需要は、低下傾向で推移している。公的需要のGDP成長率への寄与度も2006年度はマイナス0.3%となっており、公需に頼らない民間需要を中心とした経済成長が続いているということができる(前掲第1-1-1図)。
(2)好調さが持続する企業部門
● 企業部門では収益性が高まり、キャッシュフローも潤沢
企業部門は、これまでリストラによる雇用コストの切下げ、過剰設備の圧縮、有利子負債の返済など収益体質の改善に努めてきた。好調な売上高の伸びに加えてこうした収益性の高まりにより、今回の景気回復局面を通じて企業収益は改善傾向が継続している。
全産業の売上高は、2007年1-3月期で前年比6.3%増と16四半期連続増加しており、経常利益では同7.4%増と19四半期連続の増加が続くなど好調な動きが続いている。水準でみても既に2003年度にはバブル期を超える水準にまで回復し、さらにそれを上回る増加を続けている。このように、企業部門の収益構造の改善は著しく、雇用・設備・債務の三つの過剰が解消される中で潤沢なキャッシュフローを抱える状況となっている。
● 増加するもののキャッシュフローの範囲にとどまる設備投資
企業収益の改善や需要の増加などを受けて、企業は引き続き設備投資を増加させている。実質民間企業設備投資は、2004年度は前年度比6.3%増、2005年度5.8%増、2006年度7.9%増となっている。2007年度計画についても、「日銀短観(2007年6月調査)」によると、全規模製造業で5.5%増、全規模非製造業で1.8%増が見込まれている。設備投資計画については調査実施ごとに年度途中でも改訂されていくが、6月調査時点では、全規模全産業で5年連続の増加が見込まれている。
業種別の2006年度の動向を「日銀短観」でみると、製造業は、半導体や薄型ディスプレイといった分野での生産能力拡大を目指した動きが活発であった電気機械を始めとして、鉄鋼や一般機械などを中心に前年度比13.4%と3年連続で2けた増を続けている。非製造業は、鉄道での安全対策関連投資などがあった運輸や、2005年度に引き続き活発であった不動産を中心に増加している。
このように設備投資は増加が続いているものの、依然キャッシュフローの範囲内に収まっている。ただし、製造業、非製造業ともに、その割合は高まってきている。製造業では2004年頃から減価償却費を上回る傾向が明確になってきている。また、非製造業では今回の景気回復局面当初、ほぼ減価償却費見合い程度の設備投資が実施されていたが、2005年半ばから、ようやく減価償却費を上回る傾向が出てきている。(第1-1-4図)。
● 生産能力の増強に向かい始めた製造業
設備投資の増加を受けて、製造業では、1999年初め以降減少していた有形固定資産が2005年度初めに増加に転じ、その後も増加が続いている。2004年度以前は、設備投資を中心とした有形固定資産の取得は減価償却及び除去額などを下回っていたため、企業の有形固定資産は減少傾向で推移してきていたが、それと比べると大きな変化といえよう。
製造業について、稼働率指数と設備投資額の関係をみてみると、稼働率指数は2002年の初めから上昇傾向に転じているものの、設備投資額はすぐには増加に転じず、2004年度に入り、ようやく増加傾向となっている(第1-1-5図)。景気回復局面当初の段階では、収益増加機会拡大に対して、生産能力を拡張するよりもむしろ既存生産設備の稼働率を上昇させることで対応しようとしていたが、その後の長期にわたる景気回復を背景に、企業が設備投資の増加に踏み切る姿がうかがえる。こうした状況は、「日銀短観」の生産・営業用設備判断DI(製造業)(「過剰」-「不足」)が2002年以降低下傾向にあり、2006年以降は過不足ゼロ、もしくは不足超となっていることとおおむね整合的である。
設備投資が大幅に増加し続けている中にあっても、設備投資の効率性は改善傾向で推移している。設備がどれだけの付加価値を生むかを示す設備投資の効率性(有形固定資産に対する付加価値の比率)は、今回の景気回復局面を通じておおむね改善している(第1-1-6図)。その要因をみると、製造業では2005年以降、主に景気回復を背景にした企業収益の改善などによる付加価値の増加が寄与して設備投資効率が高まっており、非製造業においても最近では有形固定資産減少の寄与が縮小し、付加価値増加要因の寄与が高まっている。
● 2%程度の企業の期待成長率を反映した設備投資水準
キャッシュフローの範囲内とはいえ、大幅な設備投資の増加は過大な資本設備水準に結び付くのではないかとの指摘もあるが、これまでのところはおおむね我が国経済の潜在的な成長力と整合的であると考えられる。設備投資の判断は、企業の考える期待成長率の高さに依存する。均衡状態において、資本係数の伸び及び除却率を一定とすると、企業の期待成長率の水準に応じて、それと整合的な設備投資の伸び及び設備投資/資本ストック比率の組合せを計算することができる(第1-1-7図)。
この資本ストック循環図をやや長期的に概観すると、1990年代前半は期待成長率の低下を背景に、循環が左下に移動した後、90年代後半から2000年代前半には、相対的におおむね同じ位置での循環を描いていることが分かる。しかし2004年以降については、資本ストック循環は右上に移動する兆しがみられる。これは、景気回復を背景に、企業の期待成長率が上昇し、それに対応する形で設備投資が増加している可能性を示している。
アンケート調査4をみても、企業の予想する今後3年間若しくは5年間の実質成長率は2.1%まで上昇してきている。このように企業の期待成長率は上昇傾向にあることがうかがわれるが、その水準は我が国の潜在成長率を大幅に上回る水準とはいえず、現在の設備投資はそうした企業の先行きに対する見方を反映しているものと考えられる。
● 2005年後半以降、緩やかな回復を続けた鉱工業生産
2004年後半からの景気の踊り場的状況は、情報化関連財の在庫調整と輸出の鈍化を背景としたものであった。2005年後半以降、世界的な情報化関連財需給の改善を背景に情報化関連財の生産は調整局面を脱するとともに、輸出についてもアジア向けを中心に持ち直しに転じた。この間、輸出や設備投資などに支えられ、出荷が堅調な伸びを示す一方、鉱工業全体としては在庫が抑制され、生産は緩やかな増加基調をたどった。
こうした緩やかな増加基調の下で、鉱工業生産は、水準では2006年12月に過去最高を更新した(第1-1-8図)。その後2007年の第1四半期には前期比で減少に転じ、生産は横ばいとなっている。これは2006年第4四半期に輸送機械や一般機械などを中心に生産が高い伸びを示したことによる反動に加え、情報化関連生産財で生産の伸びが鈍化していることなどが要因であると考えられる。
在庫循環の状況をみると、鉱工業全体では2005年第1四半期に調整局面に入ったものの、2006年第1四半期以降は再び回復局面入りし、2006年第4四半期以降は45度線付近で推移している。分野別では、一般機械や輸送機械といった加工系業種(電子部品・デバイスを除く)が、設備投資の増加や輸出に支えられて回復局面で推移した後、2007年5月時点では45度線付近で推移している。鉄鋼や化学などの素材系業種については、中国からの供給圧力などを背景に汎用品など一部の分野の財で需給が悪化したことなどから、2005年第1四半期以降調整局面で推移していた。しかし、2006年第2四半期以降は、自動車など高級鋼材の需要の増加に加え、汎用鋼材の在庫調整がほぼ一巡したこと、さらには、アジア向けの化学製品の輸出増加などを反映して、回復局面で推移している。一方、2005年第3四半期に調整局面を脱した情報化関連生産財については、2006年半ば以降再び在庫が積み上がってきており、2006年第3四半期には5四半期ぶりに45度線を越え、以降調整局面で推移している(第1-1-9図)。
● 一部で在庫調整の動きがみられた情報化関連生産財
このように、情報化関連生産財については、2006年半ば以降、在庫が積み上がりつつある点には留意が必要である。情報化関連生産財で在庫が増加した背景には、2006年末頃にかけて、デジタル家電の需要増加や年末商戦における需要を見込んで、メーカーが強気の姿勢で在庫を積み増していたものの、そのペースが出荷の伸びを上回ったことが考えられる。
情報化関連生産財の出荷・在庫ギャップと生産の伸びを重ね合わせてみると、ほぼ半年程度のラグを伴って同じ動きを示しており、生産が本格的に増加するまでにはある程度の時間を要する可能性が示唆されることには留意が必要である。もっとも、出荷・在庫ギャップを品目別にみると、液晶素子が悪化する一方、集積回路については回復してきており、情報化関連生産財全体としての出荷・在庫ギャップの一段の悪化には歯止めが掛かりつつある面もみられる(第1-1-10図)。
(3)好調な企業収益とその配分
● 大中堅企業と中小企業の間でみられる収益力格差
企業部門全体の収益構造の改善は進んでいるものの、企業規模別に売上高経常利益率と損益分岐点比率をみると、収益力には規模間の格差がみられる。今回の景気回復局面では、まず大中堅企業の収益力が回復した後、やや遅れて中小企業で回復が始まっている。また、2005年後半以降、中小企業では売上高経常利益率、損益分岐点比率の改善に一服感がみられる。このように、企業規模間で、改善の足並みに違いがみられることから、大中堅企業と中小企業の収益力の格差が広がってきている。さらに業種別にみると、大中堅製造業の経常利益率は高水準に達している一方、特に中小非製造業はこのところ悪化している。また、同様に損益分岐点比率をみても、大中堅製造業と中小非製造業の格差が目立っている。このように外需による恩恵を受けやすい大中堅製造業とそうでない中小非製造業の収益力格差は特に鮮明となっている(第1-1-11図)。
大中堅企業と中小企業の収益面で違いが生じている要因をみるために、経常利益(前年同期比)を要因分解してみる。大中堅企業、中小企業ともに景気回復に伴い売上高要因が利益を押し上げている点、素材価格高止まりを背景として、原材料費などを含む変動費要因が収益を圧迫している点はおおむね共通している(第1-1-12図)。しかし、2006年度以降、特に中小企業では人件費増加による収益の押下げが目立っている。
人件費の動向をみると産業全体の人件費は緩やかな増加傾向をたどっているものの、企業規模別にみると、中小企業における増加が大部分を占めていることが分かる(第1-1-13図)。大中堅企業、中小企業別に人件費を要因分解すると、2004年以降では、共に従業員数がプラスに寄与しているものの大中堅企業では従業員数の増加寄与が相対的に小さい上に人件費抑制要因も作用している。
大中堅企業では、2004年から2005年半ばにかけて、福利費の削減が人件費を押し下げている。これは、大中堅企業ではもともと福利厚生が比較的充実しており、福利費を減少させる余地があったためと考えられる。一方で、中小企業では、最近では従業員単価や福利費のプラス寄与が続いている。その背景として、長期間に及ぶ景気回復を背景に、雇用不足感が高まっていることが考えられる5。こうしたことから、大中堅企業よりも中小企業では人件費の伸び率が拡大しており、中小企業の収益を圧迫する要因となっていることが示唆される。
素材価格高止まりによる収益面への影響をみると実際には相対的に規模の小さい企業により厳しい影響が出ていることが分かる。「日銀短観」の仕入価格判断DIと販売価格判断DIの動きをみると、原油などの素材価格上昇により、大企業、中小企業ともに2004年以来、仕入価格判断DI(「上昇」-「下落」)の大幅な上昇が続いており、最近でも高止まりが続いている。また、販売価格DI(「上昇」-「下落」)は、大企業、中小企業ともに緩やかな上昇傾向をたどった後、このところ横ばいで推移している(第1-1-14図)。販売価格DIと仕入価格DIの開きをみると、依然として大企業に比べて中小企業の方が大きい。大・中小企業ともに、海外製品を含めた競争激化などを背景として、販売価格への転嫁が困難な状況にある中、中小企業はより価格転嫁が難しい状況にあることがうかがえる。
● 従業員給与が横ばいで推移する中、配当・役員給与は増加
今回の景気回復局面では、労働分配率が低下する一方で役員報酬の増加や株主への配当が進められているのではないか、という指摘がみられる。2002年以降、大企業の企業収益が回復する中で、配当や役員報酬が増加する一方で、従業員給与が横ばいとなっている6(第1-1-15図)。大企業の一人当たり従業員給与に対する一人当たり役員報酬の水準は、2005年度において約4.8倍となっており、これは1968年度と同じレベルである。また、配当性向の動きをみると、同期間中(2002~2005年)を通じて横ばいで推移していることから、利益増加が配当増につながっていると考えられる(第1-1-16図)。
一方、労働分配率の動きをみると、第2章第2節でみるように今回の景気回復局面について、労働分配率の低下要因は、主として企業の売上高が増加していることによる(後掲第2-1-5図)。一人当たりの人件費減少は企業の売上高増加ほどは労働分配率の押下げに寄与していない一方、従業員の人員数の増加が労働分配率の押上げに寄与している。以上のマクロ的な動きを踏まえた上、上場企業の財務データにより、個別企業の動向を把握することとする。
● 高収益企業でみられる人件費増加率を上回る配当額増加率
2002年から2005年にかけて、個別企業の配当増加率と人件費増加率の関係をみると、上場企業の8割強が、人件費の伸びに比べて配当の伸びが高いことが示される。
ここで人件費増加率に比べて配当増加率が高い企業の属性をみると、ROA(総資産営業利益率)や輸出比率が高い企業ほど、人件費増加率に比べて配当増加率が高い傾向がみられる(第1-1-17図(1))。
次に、先の個別企業から赤字企業を取り除いた企業に限定して配当性向の動きとROAの変動幅の動きをみると、ROA上昇幅が大きい企業であるほど、配当性向はむしろ低下していることが分かる。また、配当増加率と人件費増加率の差と配当性向の変化には有意な関係はみられない(第1-1-17図(2))。このように高収益企業においては人件費増加率を上回る配当増加率を示す傾向がみられる。ただし、人件費の減少により利益が増加する一方、配当額が据え置かれた場合、配当性向は低下することとなるが、上記の分析にみられるとおり、人件費が減少する下で配当性向を上昇させているような企業は少ないとみられる。
● 賞与を中心に企業業績に連動する役員報酬
役員報酬が増加している背景には、役員報酬の算定方法として業績連動型の仕組みを導入している企業が増加していることが挙げられる7(第1-1-18図)。
役員報酬は、費用計上による役員給与・賞与(以下、役員給与)と、利益処分による賞与があるが8、この二つについて一人当たりの金額、その前年からの増加額を算出しROAとの関係を検証したところ、その年に出した成果(ROAの改善)は、給与ではなく、賞与にのみ反映されている可能性が示されており、業績連動の給与体系は、賞与がその役割を担っていると考えられる9(付表1-1)。
また、業種全体の業績変動など、経営者の努力の及ばない事象によっても自社の業績は変化している。このため、報酬制度は自社以外の企業との相対的な業績の違いに応じて報酬が変化するように設計されることが最適である(相対業績評価仮説)。今回、賞与の水準をROA水準と業種平均ROA水準で同時に説明する回帰分析を試みると、上場企業の賞与は、経営者の努力によらない業界全体の好調さではなく、自社の企業業績によって決められているという点でおおむね効率的に決定されていることが示された(前掲付表1-1)。
コラム2 アメリカにおけるCEO報酬についての分析
アメリカのバーナンキFRB議長は、「CEOの報酬増は経済的要因でおおむね正当化できるとの分析がある一方、企業統治の不十分さから、高すぎる報酬が支払われているとの分析もある。この論争はまだ続くだろう。」と述べている10。
Murphy and Zabojnik (2004)は、外部登用のCEOの報酬は内部登用CEOに比べて高く、外部登用CEOの割合は増加している結果、CEO報酬は増加していると述べている。具体的には、外部登用と内部登用のCEOの報酬の差は、70年代には6.5%であったが、80年代には17.2%、90年代には21.6%と拡大した。CEOを外部登用する企業の割合も、70年代には15%であったが、80年代には17%、90年代には26%と拡大している。この背景として、企業経営に当たって有益な経済学や経営学、会計学、金融理論といった一般的な知識が進歩し、企業特殊的な知識の相対的有用性が低くなったことがあり、一般的な知識を身に付けた経営者の報酬は市場で価格付けされ、企業特殊的な知識のみの経営者の報酬より高くなると考えられる、と述べている。
Gabaix and Landier(2006)は、CEOの報酬は、企業規模(株価総額、売上高)の拡大で説明可能としている。CEO報酬の急激な増加は、個別企業の株価総額にも依存するが、その程度ははるかに小さく、企業の平均株価総額の増加でほとんど説明されるとしている。
Bebchuk and Fried (2003)は、CEO報酬の高騰は、企業統治が不十分であることに起因するとしており、CEO報酬を決定する役員の再任にはCEOが大きな影響力を持つため、役員はCEOのために有利な報酬体系を決定する傾向があること、敵対的買収に当たって役員に支払われるプレミアムなどにより、CEO報酬は市場で決定される均衡水準から乖離する傾向にあること、過度に高いCEO報酬に対するアウトサイダーの「公憤」(outrage)を避けるため、CEOの利益は「隠蔽」される誘因があるとともに報酬体系を歪めており、このため十分な情報公開と機関投資家を始めとしたアウトサイダーの役割が重要、と述べている。
(4)所得・消費の伸びの鈍化がみられた家計部門
● 2006年後半に鈍化した家計消費
個人消費は、2006年後半に所得や消費者マインドが横ばいで推移する中、それまでの緩やかな増加が鈍化する動きを示した。2007年に入ってから暖冬要因による押上げ効果もあり、持ち直している。
個人消費の動きを国民経済計算でみてみると、2005年度は前年比1.9%増、2006年第2四半期は前期比年率2.4%増となるなど、ならしてみれば2%程度の緩やかな増加を続けてきた。これは雇用情勢の改善や所得の緩やかな増加など家計を取り巻く環境の改善などに支えられた動きとみることができる。しかし、2006年半ばを過ぎるとその伸びには鈍化の動きがみられた。梅雨明けの遅れなど天候不順の影響もあって、第3四半期は前期比年率4.1%減と大きく減少した後、第4四半期には夏場の消費の伸びの鈍化の反動もあって、同4.3%増となったものの、第2四半期の消費水準を取り戻すにとどまった。この間、消費者マインドが横ばいで推移したことや、所得の伸びが鈍化したこと、さらに衣料品などを中心に動きが鈍くなったこともあり、年後半はならしてみればおおむね横ばいで推移した。2007年に入ると、依然として所得や消費者マインドが横ばいで推移しているものの、第1四半期は同3.1%増と、個人消費には持ち直しの動きがみられるようになった。
昨年半ばから今年にかけて家計部門全体の所得環境や消費者マインドに大きな動きがみられず、消費の基調に力強さが欠ける中、消費の方向感を左右しているのは、天候要因に影響を受けやすい財の動きである。昨年10月以降は暖冬などの天候要因により、冬物衣料などの動きが鈍かったのに対して、2007年に入ってからは、それまで抑制されてきた消費活動が持ち直しの動きをみせてきた。百貨店やスーパーなどの売上げを集計した商業販売統計の大型小売業販売額の推移をみてみると、10月以降、冬物を中心に不振だった「衣料品」は、初売りなどの年始のセールが好調だったことや、暖冬により春物衣料などの消費が早めに立ち上がったことの寄与もあって、そのマイナス幅を縮小させた。これに加えて、飲料・アルコールなどの「飲食料品」やスポーツ用品など屋外活動のための財を含む「その他」など、天候の影響を受けやすい財を中心に販売額を押し上げていることが確認できる(第1-1-19図)。
● 緩やかな増加から横ばいに移行した家計部門全体の所得水準
家計部門全体の所得は、個別の雇用者の賃金に雇用者数を掛け合わせた雇用者所得の動きをみることで把握することができる。消費者物価を用いて実質化した実質雇用者所得の動きをみると踊り場局面を抜け出た2005年半ば以降は緩やかな増加を続け、消費増加を支える重要な要因となっていた。しかしながら2006年後半に実質雇用者所得は横ばいに転じ、これが消費の伸びの鈍化につながったものとみられる。所得の動きを賃金と雇用者数に分解してみると、雇用者数の増加は続いているものの賃金(ボーナス等を含む現金給与総額)が弱含んだことが所得を押し下げる方向に作用したと考えられる。以下では雇用者数と賃金の動向を整理する。
● 過去最高水準まで増加する雇用者数
雇用情勢の改善が続く中、雇用者数は引き続き増加している。雇用者数は2005年度には前年差65万人増、2006年度も同66万人増と昨年度に引き続き高い増加ペースを保ち続け、既往最高水準に達している。
需給面から労働市場をみると、若年雇用など一部に厳しさが残っているものの、失業率は4.0%程度の水準まで低下している。有効求人倍率も2007年5月時点で18カ月連続1倍を超える水準となっている。雇用者数の増加を支えている背景としては、このような労働需給の引締まりがみられることが挙げられる。
ただし、完全失業率は2003年初の5.5%をピークに引き続き低下傾向を続けていたところ、2006年半ばから4%近辺で横ばい傾向となっている。有効求人倍率も2006年秋頃から低下傾向を示しており、一方的に労働市場における需給の逼迫度が高まる状況とはなっていない。
労働市場の需給状況をみる際に懸念すべき点としては新規求人が減少に転じたことが挙げられる。企業部門の労働需要の高まりを反映し、企業の雇用不足感は高まっていると考えられるが、実際の求人ニーズをみると、新規求人数(季調値)は2006年央から現在にかけてやや減少傾向となっている。前年比の動きをみても、全産業計でみて2006年9月以降、増加幅が鈍化し、2007年1月にはマイナスに転じている。産業別でも、医療、福祉などについては比較的堅調に推移しているが、その他の産業で前年比の伸びが鈍化ないしはマイナスとなっている(第1-1-20図)。このように新規求人が弱い動きとなった要因としては、請負・派遣求人の求人受理適正化指導により、製造業を中心とした業務請負から直接雇用又は労働者派遣への切替えや、求人1件当たりの募集人数が減少していることなども一因と考えられる。しかしながら必ずしも請負業が多いとは考えられない第3次産業においても近頃は弱含んでいること、また、これまで概して新規求人数は雇用者数に先行して動く傾向にあるため、こうした新規求人の伸びの鈍化が今後の雇用者数の伸びの鈍化につながるおそれもあり、その動向には注意が必要である(第1-1-21図)。
● 労働需給の引締まりがみられるにもかかわらず伸び悩む賃金
雇用情勢は改善が続き、労働力需給も引締まりがみられる中、賃金には伸び悩みがみられる。現金給与総額の動きをみると、このところその伸びが弱くなっており、その要因としては、所定内給与及びボーナスを含む特別給与が減少したことが挙げられる(第1-1-22図)。この背景をみるために、所定内給与の伸びをフルタイム労働者の賃金伸び率、パートタイム労働者の賃金伸び率、そしてパートタイム労働者比率の変化に分解してみると、2006年後半の所定内給与の低下幅の大部分はフルタイム労働者の賃金下落で説明されることが分かる(第1-1-23図)。労働需給の引締まりがみられるにもかかわらず所定内給与が低下するという現象については、次項で可能性のある幾つかの仮説を提示してその検証を試みる。
所定内給与の低下に加えて2006年の年末賞与は前年比0.1%増とほぼ前年同水準となり、ボーナスを含む特別給与は伸び悩んだ。ボーナスについては業績連動型の賃金体系を採用する企業が増加していることから、今後の現金給与総額の動向は企業業績の動向とその賃金への配分の結果に大きく影響を受けることになると見込まれる。
● 消費者マインドの動きはほぼ横ばい
家計消費は所得の動向とともにどの程度消費意欲を持つかという消費者の態度にも影響される。消費に対する態度を表す消費者マインドの動きをみてみると、「消費者態度指数」では2006年半ば以降ならしてみれば横ばいで推移している。また、「景気ウォッチャー調査」の家計動向関連の動きをみると現状判断DIは2006年半ばから横ばいを示す50をやや下回る動きとなっているものの、先行き判断DIについては2007年に入って再び50を上回るなど底堅さがみられる。このように消費者マインドは総じてみれば安定的な動きをしている。ただし消費者マインドに影響する重要な要素とみられる雇用・所得環境については、消費者マインドの改善に結び付くような際だった動きはみられない状況が続いている。持ち直しの動きがみられる消費の先行きにはついては今後の消費者マインドの動きにも注意が必要である。
● 可処分所得でみた税・社会保障の影響
経済全体でみた家計収入の動きは税・社会保障負担などに大きな制度変更がない限り雇用者所得の動きから把握できる。実際の家計消費の原資となる所得は、雇用者所得から税や社会保険料などを控除したものである。2006年度から2007年度にかけて行われている税制や社会保障制度改革は、税や社会保険料などの家計負担を通じて家計の可処分所得に影響を与えている。そこで、2006年度から2007年度にかけての家計の負担と受益を試算し、家計消費や実質GDPへの影響を検証する。
2006年度の税・社会保障制度改正にかかわる家計への影響の主なものとして、定率減税の縮減や、年金、介護保険などの社会保険料の引上げなどがあった。家計の負担増はこれら全体で2.3兆円程度に上り、約300兆円の可処分所得を1%弱下押ししたことになる(第1-1-24表)。
2007年度については、主なものとして定率減税の廃止と年金保険料の引上げによる家計の負担増、及び雇用保険料率の引下げによる負担減が挙げられる。さらに、国から地方への税源移譲により、給与所得者や年金受給者の多くは2007年1月以降の源泉徴収から所得税が減り、同年6月から住民税が増えるため、一時的な負担減が生じる(第1-1-25図)。概算すると、定率減税の縮減や廃止などの税制改正で、合わせて1.6兆円余りの負担増が見込まれる。また年金保険料引上げは約0.3兆円の負担増の一方で、雇用保険料引下げは約0.3兆円の負担減と見込まれる。以上を合計すると2007年度は1.6兆円程度の負担増が見込まれる。
これに対して、税源移譲は家計負担に対して基本的に中立であり恒常所得の変化をもたらすものではないと考えられる11。ただし、一時的とはいえ負担減の効果が大きく出る2007年1月から5月までとその後負担が増加する6月以降では可処分所得を変化させることになる。こうした可処分所得の変化が家計消費に波及する可能性も考えられる。
一方で、家計部門の政府部門からの受取が増加する要因もある。例えば年金給付費は受給者の増加により2006年度に約1.2兆円の増加、2007年度に約1.5兆円の増加が見込まれており、こうした家計部門の受取増加は、上で述べた税・社会保障制度改正に伴う負担増を相当程度相殺するものと考えられる。
ここで、上で挙げた2007年度に見込まれる家計の負担増と受取増が民間消費にどの程度のインパクトをもたらすかを試算してみる12。上記負担増分から受取増分を差し引きした純負担増は約0.1兆円となり、名目GDPの約0.02%に相当する。この程度の家計負担増がもたらす個人消費及び実質GDPに対する影響はほぼゼロであり、受取増加分も考慮した場合、消費への影響はほとんどないとみられる。
コラム3 消費をいかにとらえるか
一口に「消費」といっても、通信販売やインターネット・ショッピングの普及や個人間のネット・オークションの一般化、財の消費からサービス消費へのシフトなど、その形態は多様化している。それに伴って、経済統計から家計消費の全体像を把握することが困難となってきている側面がある。
家計消費を把握する代表的な統計として総務省「家計調査」がある。同調査は、学生の単身世帯を除く全国の世帯を対象に、世帯ごとの毎月の収入・支出のみならず、貯蓄及び負債も含め包括的に調査しているものである。無作為に選定された調査世帯では、6カ月間にわたり(単身世帯は3カ月間)、毎日の全ての収入と支出を家計簿に記入する。このため「家計調査」は、どのような形態の消費であろうと最も包括的かつ詳細に把握することができるはずである。
しかし実際には、幾つかの点から「家計調査」の結果を利用するに当たっては注意が必要となる。その一つはサンプル数の少なさである。調査対象が約9,000世帯と少ないために、たまたま対象世帯で高額商品の購入が重なってしまうと全体の消費額に大きな影響を与え、実態以上に消費額が大きく振れる可能性がある。また、回答負担の大きさも問題点として指摘される。回答者は500以上の項目リストを参照しながら、全ての消費支出について数量と金額を回答しなければならず、必ずしも全ての調査票が正確に記入されているとは限らない可能性がある。また、記入者が他の家族の消費などを正確に把握できないため、正確な回答がなされない可能性も指摘されている。
このため消費動向をみる上では、「家計調査」に加えて様々な関連統計をみていく必要がある。「家計調査」と同様に家計の側から消費を把握する統計として、総務省「家計消費状況調査」がある。これは調査対象世帯数を「家計調査」の約4倍にし、支出総額や金額が大きい品目に絞って調査するなど、同調査を補完することを意図して作成されている。
マクロの消費を把握するに当たって、販売側の統計を活用することも考えられる。そうした統計としては、百貨店やスーパーなどに対する調査である経済産業省「商業販売統計」の小売業販売額が家計の消費と概念上一致する。ただし、「商業販売統計」においては、インターネット通販など販売チャネルが多様化する中、十分にこれらを捕捉できていないという問題点が指摘されている。また、個人間のオークションなどは全く反映されない。加えて、「商業販売統計」は基本的に財のみの統計であるため、サービスの供給については個別の統計を当たらなければならない。
内閣府では、月次の消費動向の把握のために様々な消費関連統計を総合した「消費総合指数」を作成している。しかし、上で述べたような問題を完全に解決するには至っておらず、その精度向上が課題である。
(5)2006年後半に賃金の伸びが鈍化した背景
● 賃金の伸びの鈍化を説明する幾つかの仮説
これまでみてきたように、2006年後半の消費の鈍化の背景としては家計部門全体の所得が横ばいとなっていることが指摘できる。雇用者数は依然として増加を続ける一方で、雇用情勢の改善により労働需給の引締まりがみられるにもかかわらず、賃金上昇は限定的なものにとどまっている。既にみたように、これは2006年央以降、フルタイム労働者の所定内給与の伸びが急激に鈍化したことによるところが大きい(前掲第1-1-23図)。フルタイム労働者の所定内給与に対しては幾つかの構造的な下押し圧力が働いているのではないか13と考えられており、これらの圧力が2006年央以降に強まった可能性もある。そこで、以下ではそれらの下押し要因がこの時期にどの程度所定内給与を押し下げていたのかを検証する。
● 依然として存在するフルタイムの非正規労働者増加による賃金押下げ効果
非正規雇用者の賃金は正規雇用者に比較すると相対的に低い水準14にあり、企業内の非正規雇用者比率が高まることは一人当たり平均の賃金水準を押し下げることとなる。このような観点から2006年後半に所定内賃金の伸びが鈍化した要因として、「非正規比率が急速に高まったことにより所定内賃金が押し下げられた」という仮説を検証する。
ここでは雇用形態別に雇用者を把握している総務省「労働力調査(詳細結果)」を用いて15、就業時間週35時間以上の雇用者を厚生労働省「毎月勤労統計調査」のフルタイム労働者とみなし、同時間以上就業している労働者の中の非正規雇用者割合の高まりが、一人当たりの所定内給与をどの程度押し下げているかについて試算した。その結果、フルタイム雇用者に占める非正規雇用者割合は長期的なトレンドとして上昇しており、これらの影響により所定内給与は2006年第1四半期以降前年比でおよそ0.2%程度押し下げられている結果となっている(第1-1-26図)。しかし、2005年以前と比べると、この押下げ圧力はむしろ弱まっていることには留意が必要である。
● 団塊退職者増は賃金の若干押下げに寄与
年齢計の平均賃金よりも相対的に高い賃金を得ている高年齢労働者が定年を迎えて労働市場から退出する数が増加すると、一人当たり平均の賃金は低下することとなる16。いわゆる団塊世代の前後の人口規模の推移を四半期ごとにみると、1946年の夏以降に生まれた世代から前年比で増加していることが分かる。これは2006年夏以降、前年と比べて60歳の誕生日を迎えた者が増加していることを意味している。ここで検証すべき仮説は「2006年後半から団塊世代の退職者が急増し、それが平均的な賃金を引き下げた」ということになる。
そこで、2006年夏以降の退職者の増加が一人当たり平均の所定内給与に対してどの程度押し下げたのか試算した。ここでは、この世代の労働者のうち59歳の正規雇用者が60歳の誕生月に一斉に定年退職17して、労働市場から完全に退出しそれまでに得ていた賃金を失うという仮定を置いた場合と、逆に全員が60歳以降も平均賃金に比べ相対的に低い賃金水準だが、正社員として働き続けるという仮定を置いた場合の二つのケースを試算した。つまり、これらの退職者の増加が平均所定内給与に対して最も大きな押下げ効果を与えると考えられる試算方法と最も小さな押下げ効果となると考えられる試算方法をとっている。その結果、退職者数の増加が2006年後半から平均所定内給与を前者では前年比で0.2%強程度押し下げ、後者では押下げ効果はほとんどみられない(第1-1-27図)。
ただし実際には2006年後半に定年を迎える雇用者でもそれ以前に退職してしまう人も存在する。退職する場合でも完全に労働市場から退出せずにパート、嘱託などの形態である程度の賃金を確保しながら継続雇用となる場合もある。このような状況を考慮すると、ここでの二つの試算の間の水準で賃金は押し下げられている可能性があることに留意する必要がある。
● 各産業内部でみられる賃金低下
同一産業内における賃金が低下した場合は全体の平均賃金を押し下げることとなるが、その他、平均賃金よりも低賃金の産業に就労する労働者が増加した場合や平均賃金より高賃金の産業に就労する労働者が減少した場合も全体の平均賃金を押し下げることとなる。ここではまず「高賃金産業から低賃金産業に雇用者が移動することで全体の賃金水準が押し下げられた」という仮説を検証する。
平均賃金の低下は、産業内賃金の低下と産業間の雇用移動に伴う低下の二つの効果に分けられるが、これらの二つの効果によってどの程度所定内給与は押し下げられているかについて試算した。その結果、賃金水準が相対的に低い産業に雇用がシフトした結果、全体の所定内給与を押し下げる効果はあるものの、その効果はわずかなものにとどまり、賃金低下の大部分は各産業における賃金低下により説明されることが分かった(第1-1-28図)。
● 幅広い業種でみられる賃金低下
産業別の賃金動向をみた場合に、ある特定の産業の賃金の変化が特殊要因として全体の賃金水準に影響を与えることは理論的にあり得る。ここでは「地方公務員の賃金引下げの影響を受ける教育・学習支援業の賃金引下げが全体の平均賃金を押し下げた」という仮説を検証する。
所定内給与伸び率の産業別寄与をみると、2006年後半以降の所定内給与の伸び率の低下の要因として、確かにサービス業や教育、学習支援業が前年比マイナスの影響を与えているが、卸売・小売業や医療・福祉などそれまで所定内給与を押し上げていた業種のプラス寄与が縮小した効果も大きく、とりたてて特定の業種が賃金を引き下げているとはいえない(第1-1-29図)。なお、教育・学習支援業における所定内給与の伸びがマイナスとなったことについては、地方公務員の賃金引下げ18が産業内の賃金を押し下げていることが示唆されるが、この影響が産業計の所定内給与の押下げの主因とまではいえない(第1-1-30図)。
● 賃金押下げは複数要因の複合効果
以上のように、2006年後半以降の所定内給与の伸び鈍化についての幾つかの仮説を検証した。いずれも一つの要因が決定的に賃金低下を説明しきれるわけではないが、方向としてはすべて平均賃金を押し下げる方向に作用している点は確認できた。さらにこのような傾向は今後の賃金動向について下押し圧力として残ることには注意が必要である。
平均賃金低下の要因としては、今後のデータの蓄積を待ってより詳細な分析を行うことで新たな要因が検出されることもあり得る。ただ今後の賃金動向についてはこれらの過去の賃金低下要因とは独立して、これまで得られた情報を踏まえた想定をおくことである程度の方向性を示すことが可能と考えられる。今後の賃金動向を決定する最も重要な要素は春闘の妥結状況であり、これは前年比1.8~1.9%の範囲にあることを考慮すると、2007年度の平均賃金を前年比で大きく押し上げる要因として作用することは強くは期待できない状況にある。大企業中心に賞与については業績連動型の仕組みに移行する企業が増加していることを踏まえると、今後の賃金は企業収益の動向とその賃金への配分に影響されることになると見込まれる。
(6)高水準で推移した住宅投資
● 堅調な住宅投資
住宅着工は、景気回復が持続する中で、低水準の金利の動向なども反映して、2006年以降年率120万戸半ばから130万戸と高い水準で推移していた。2007年初以降は横ばいで推移しており、2007年第1四半期では年率125万戸程度で推移している。
2006年度の結果を利用関係別にみると、持家、貸家、分譲マンションなどすべてが増加に寄与しており、特に貸家の寄与が大きい。地域別にみると、首都圏、東海、近畿の三大都市圏の他、北陸、九州において貸家の伸びが目立っている。この背景としては、低金利に加えて、J-REIT(日本版不動産投資信託)を始めとした不動産投資市場が活発化していることが挙げられる。J-REIT保有物件の推移をみると、用途別では住宅の増加が目立っており、更に住宅の物件数を圏域別にみると、三大都市圏を中心に住宅の物件数が大きく増加している(第1-1-31図)。
マンション市場の動向をみると、首都圏では、マンション建設に適した用地が都心部を中心に減少していることを反映して、東京都区部で分譲住宅着工戸数が減少する一方、埼玉、千葉などの郊外では着工戸数が増加する、いわゆる「郊外化」が進展している。東京都心部では地価の上昇が見込まれる中でマンション供給業者が慎重に時間をかけて販売を行うことが可能となっており、2005年1月から2006年10月までに供給が行われた物件のうち、販売が後にずれ込んだ物件は、都区部で約2万戸に達している19。こうしたことから、都区部でのマンション販売は減少傾向に拍車がかかっており、販売面ではより一層郊外に依存する形での展開となっている。
一方で、分譲マンションの契約率をみると、2006年7月以降、埼玉・千葉で低調に推移した。こうした動きを反映して、埼玉・千葉における在庫戸数が増加し、首都圏全体の在庫戸数が押し上げられている。これは、郊外化の進展により、当該地域で供給戸数が増加していることや、建築コスト・地価の上昇などを受けて販売価格が上昇していることが要因と考えられる。埼玉・千葉のマンション着工と在庫戸数の関係を表した在庫循環図をみると、2006年第1四半期以降在庫調整局面に位置しており、埼玉・千葉など郊外で在庫調整期に入っているという見方もできる(第1-1-32図)。一方で、供給戸数に対する在庫戸数の割合をみると、2006年末には千葉を中心に上昇したものの、2007年以降少しずつ改善する動きもみられる。販売価格が上昇する中で、利便性の向上など販売物件にどのような付加価値を付けるかが契約の明暗を分けているところもある。なお、東京都区部では2007年4月に入り、マンション価格の上昇とともに高価格帯での契約率の低下がみられる点には注意が必要である。
2 景気循環と経済部門間の波及の仕組み
これまで、昨年後半からの景気動向の特徴として、企業部門において引き続き収益や設備投資が堅調に推移しているにもかかわらず、家計部門の所得・消費の伸びが鈍化した後、力強い回復までは至っていない点をみてきた。本来、企業部門の収益が好調であれば、労働市場の引締まりを通じて、雇用者の所得を押し上げ、消費を後押しするという波及効果が持続するのが自然な姿と考えられる。以下では、今回の景気回復局面の中でこのような景気の波及効果に足踏みがみられた点について、過去の景気循環と比較しつつ検証する。
(1)景気循環の仕組みの変化
● 輸出の影響力が高まった90年代以降の景気回復
これまでの景気拡張局面における実質GDP成長率に対する各需要項目別の寄与率をみると、90年代以降の景気拡張局面においては、輸出の寄与が大きく上昇していることが分かる。特に、今回の景気拡張局面における輸出の寄与率は、GDPの約6割を占める民間消費や景気変動の主な要因である設備投資を越える寄与率となっている。これは、景気変動における輸出の影響力がその他の需要項目と比べて相対的に大きくなっていることを示唆している(第1-1-33図)。
● 輸出比率は設備投資比率に迫る水準に
GDPの変動に占める輸出の寄与率を、輸出比率の変化と輸出そのものの変動の大きさに分けると、いずれもが他の需要項目に比して近年高まっていることが分かる。
まず実質GDPに占める主な需要項目の比率をみると、民間消費の比率はほぼ6割程度で安定的に推移している一方で、設備投資と輸出の動きには大きな変化がみられる(第1-1-34図)。景気変動の主な要因とされる設備投資の比率は、1955年の4%台半ばから1970年には16%近くになり、さらに、いわゆるバブル景気時には設備投資の急拡大に伴って20%近くにまで高まった。一方、輸出の比率は、55年には3%台前半であったが70年に6%弱となり、その後はバブル景気まで7~8%程度とほぼ横ばいで推移していた。このように、高度成長期からバブル景気までは、設備投資比率と輸出比率の間には2倍程度の開きがあり、経済における設備投資の比重が相対的に高かったことが分かる。しかし、バブル崩壊後の動きをみると、設備投資比率はおおむね15%前後で推移している一方で、輸出比率は2007年第1四半期には15%程度にまで上昇するなど設備投資に迫る水準に達しており、経済において設備投資に匹敵するシェアを持つようになっている。
● 輸出の変動は拡大傾向
また、実質GDP、民間消費、設備投資、輸出について、(i)第1次オイルショックのあった第7循環まで、(ii)安定成長期に入ったとされる第8循環から平成不況が終わる第11循環まで、そして(iii)第12循環以降、の三つの期間における変動係数の推移をみると、実質GDP、民間消費、設備投資の変動係数は(i)~(iii)にかけて急激に低下しており、その振幅が小さくなっていることが分かる。一方で、輸出の変動係数については、(i)~(ii)にかけては低下しているが、(iii)で上昇に転じており、景気変動の主な要因である設備投資よりも大きな値となっているなど、近年ではその振幅は他の需要項目と比較して相対的に大きくなっている(第1-1-35表)。
こうした輸出のGDPに占める比率や輸出の変動係数の上昇の背景には、アジア向け輸出の急速な増加と、それに伴う全体の輸出の大幅な増加があると考えられる。全体の輸出額はここ20年間で約2倍となっているが、この間にアメリカ向けの輸出額が約1.2倍となった一方で、中国を含むアジア向けが約4倍となっている。また、通関輸出額の変動係数20をみると、アメリカ向けが0.096、EU向けが0.139であるのに対し、アジア向けは0.182と高くなっている。
● 90年代後半から高まった輸出から国内需要への波及効果
このような輸出の存在感の高まりは、景気循環における各需要項目間の波及関係を変質させつつある。ここではこれらの需要項目間の波及関係をみるために、第11循環まで(1955年第3四半期~1993年第4四半期)とその後(1994年第1四半期~2007年第1四半期)の二つの期間に分けて、設備投資、輸出、そして国内民間需要の時差相関について分析を行った21。具体的には、実質設備投資と実質国内民間需要(設備投資除く)の時差相関係数、実質設備投資と実質輸出の時差相関係数、実質輸出と実質国内民間需要(輸出除く)の時差相関係数、そして実質設備投資自身の自己相関係数を計測した(第1-1-36表)。
90年代前半までの時期においては、輸出が設備投資に先行する関係はみられなかった。一方、設備投資と国内民間需要は相互にラグを伴いながら影響を与える結果がみられた。また、設備投資自身が設備投資を誘発する関係も確認できた。
これに対して90年代後半の期間については、設備投資の国内民間需要に対する先行性が薄れるとともに、設備投資が設備投資自身に波及する関係もみられなくなった。一方で、輸出は2四半期程度の遅れを伴って設備投資に影響を与える関係が現れた。輸出と国内民間需要は1四半期程度の遅れを伴い相互に波及する関係もみられるようになった。
こうした結果は、80年代頃までは、設備投資の増加が国内民間需要の増加を導き、それが再び設備投資の増加をもたらすといった国内での循環が働いていたことを示唆している。しかしながら、90年代後半以降は、そうした関係は薄まり、輸出の増加が国内民間需要や設備投資の増加を誘発する姿に変わりつつある可能性があり、景気変動のけん引役としての輸出の存在感が高まっていることを示唆する結果となっている。
(2)国内の景気波及メカニズムの変化
ここまで述べてきたように、近年の日本の景気動向は輸出に大きく左右されるとともに、輸出増が先行する形で他の国内需要が増加する傾向が強まってきている。一般的には、外需が企業の生産を誘発し、企業収益の増加につながると、これが設備投資などの内需を増加させ、更なる生産や企業収益の増加に結び付くことが期待される。これが同時に家計の所得の増加をもたらし、消費増へと波及し、需要増の形で企業部門へとフィードバックされるはずである。今回の景気回復局面では、このような波及の仕組みが順調に作用した局面もみられるが、2006年後半以降そうした動きに弱まりがみられる。以下では外需から企業収益への波及、企業収益から家計所得への波及、家計所得から個人消費への波及に焦点を当て、企業部門から家計部門への波及の仕組みについて検証する。
● 関係が強まる輸出と生産・企業収益
輸出と企業収益のこれまでの関係をみてみると、90年以前はその相関は低く、有意な弾力性も見いだせなかった。この間は、企業収益はそれほど輸出動向に左右されていなかったといえる。一方、90年以降は輸出と企業収益の相関は高まり、弾力性も1に近い値をとっている。これは、90年以降は企業収益が輸出とほぼ連動して決まるようになったことを表している(第1-1-37図)。この背景として、90年代後半の景気回復が外需主導であったため、企業の売上高に占める輸出の割合が増加したことが挙げられる。鉱工業出荷全体に占める輸出向け出荷の割合をみると、90年代以降、輸出比率の趨勢的な上昇がみられ、今回の景気回復局面と時期を同じくして2002年以降はその上昇ペースが加速している。また、このような輸出の増加は国内の生産活動に大きな波及効果を持った。この点について、産業連関表で各需要項目がそれぞれ1単位増加したときに国内生産をどれだけ誘発するかをみると、輸出の効果が最も大きく、その相対的な度合いも年々高まる傾向にあることが分かる。こうしたことから、今回のように輸出が景気回復をけん引する局面では、景気回復と生産・企業収益に同時性がみられやすくなったものと考えられる(第1-1-38図)。
● 弱まりがみられる企業収益から人件費への波及
外需の増加が国内の生産活動に大きな影響を与え、企業部門の好調さに結び付きやすいことをみたが、一方で過去の実績をみるとこうした企業部門の好調さが人件費の増加という形で家計部門に必然的に波及してきたわけではない。企業収益(営業利益)と人件費の動きをみると、1970年代には両者は一定の相関関係を持っていたようにみえるが、1980年代以降はその関係が曖昧なものとなっている。両者の時差相関をとってみると、70年代以前は営業利益に2四半期ほど遅れて人件費が変動するという形で高い相関を保っていたが、80年代以降は弱まっている(第1-1-39図)。ただし80年代以降の推計結果については、低成長が続いた90年代を含んでいること、今回の景気回復の初期段階において民間部門の合理化努力の過程で雇用調整が行われたことなどが、相関関係を低める方向に作用した可能性があることに注意が必要である。
こうした状況の下でも、先にみたように今回の景気回復局面において企業部門の好調さが雇用者数・賃金の増加を通じて消費に結び付くという形での家計部門への波及がみられた。今後はマクロ的な需給環境の改善が進む中で、企業収益に対応した形で徐々に人件費へ波及していく可能性が考えられる。
● 乖離がみられるようになった生産性上昇と賃金増
企業収益の変化が人件費に波及する仕組みを検証するために、ここでは人件費を一人当たり賃金と雇用者数に分けて検討する。まず、一人当たり賃金と企業収益の関係をこれまでの景気回復局面についてみてみると、いわゆるバブル景気までは、一人当たり経常利益が増加するにしたがって賃金も増加していたことが分かる。しかし今回と前回の2回の回復局面ではそれとは対照的に、企業収益が回復する中にあっても、それに見合った賃金の増加はみられない(第1-1-40図)。
理論的には経済の均衡状態において実質賃金は労働の限界生産性と等しくなる。ここではデータの制約から実質賃金と平均生産性の関係をみると、90年代以前は有意な正の弾力性がみられた一方、90年代以降はそうした関係が弱くなっていることが分かる。つまり、90年代以前に比べて、90年代以降は労働生産性の伸びと実質賃金の伸びの関係が弱まっている可能性がある(第1-1-41図)。
● 雇用創出効果の弱い輸出
一方、雇用者数については、増加を続けているものの、その伸びは企業部門の好調さに比べると弱いものとなっている。雇用者数は名目の企業収益よりも企業の生産量に依存すると考えられるため、ここでは実質GDP成長率を企業の生産量の代理変数として用い、各景気回復局面における平均的な成長率と雇用の増加率の関係(弾力性)をみてみる。80年代から90年代半ばにかけての景気回復局面(第10~12循環)では、実質GDPの平均成長率がそれぞれ3.0%、5.3%、2.1%であったのに対し、平均雇用増加率はそれぞれ1.8%、2.6%、0.9%となっており、大体成長率の半分程度の増加率(弾力性が0.5程度)で雇用が増加している。これに比べて、90年代末以降の2回の回復局面では、平均成長率が1.6%、1.9%であったのに対して雇用の平均増加率はそれぞれ0.0%、0.5%であり、弾力性はそれぞれ0.0、0.2と小さくなっている。このように、直近2回の回復局面では成長に比して雇用の増加が鈍かったことが分かる。
そこで、需要の変化がどれだけの雇用を創出するかを表す就業誘発係数をみると、過去に比べて各需要項目の雇用創出効果は年々小さくなっていること、及び就業誘発係数の水準は輸出が最も低いことが分かる。これは過去に比べて需要増が雇用増に結び付きにくくなったこと、そして輸出の雇用創出効果は相対的に低いことから外需主導の景気回復局面では雇用が増加しにくいことを意味している。この背景としては、例えば民間消費主導の回復であれば、サービス業など比較的労働集約的な業種の生産を誘発するため、多くの労働者を必要とするのに対して、輸出増によって機械類の比率の高い貿易財の需要が増加する場合は主に加工組立産業のような資本集約的な産業の生産を誘発し、さほど労働力の増加を必要としないためと考えられる。また、いずれの産業においても過去に比べて資本が深化し、全体に労働節約的になっていることも背景にあるとみられる(第1-1-42図)。
このように、今回及び前回の輸出主導の景気回復局面では、過去の内需主導の回復局面に比べて、企業部門は生産を活発化させ、収益を上げやすい一方で、それが雇用の増加に結び付きにくいことが分かった。また、労働生産性の伸びが一人当たり賃金の伸びとして表れにくいこともあって、マクロでみた所得の増加に結び付きにくく、企業部門と家計部門の景況感に格差が生じやすい状況にある。家計への波及は企業の雇用や分配政策の変化(例えば、グローバル化やIT化などによる非熟練労働の賃金下押し圧力や、固定費圧縮を企図した労働分配率の低下、雇用の非正規化など)だけでなく、こうした景気の波及メカニズムの上からも説明されることが分かる。
● 家計の所得・資産の変化と消費への影響
ここまで、賃金及び雇用者数の両面から、企業収益に比して雇用者所得が伸びにくくなっている背景を分析してきた。以下では今回の回復局面における消費への波及の特徴について検討する。
家計は企業との関係においては雇用者としての側面のほか、株主としての側面も持つことから、家計消費は雇用者所得だけでなく、株価などに左右される金融資産残高にも影響を受ける。そこで、雇用者所得と金融資産残高に焦点を当て、消費との関係の変化を分析する。
● 弱くなってきた雇用者所得から消費への波及
まず、雇用者報酬22と個人消費の関係を長期にわたってみてみると、2001年頃までは両者の間には高い相関がみられ、家計消費に対する雇用者報酬の弾力性は0.5前後と高く、基本的には所得が上昇すればそれに応じて消費も上昇するという関係がみられた。しかし、2002年以降については雇用者報酬に対して有意な弾力性はみられず、所得が消費に波及しにくくなったことがうかがえる(第1-1-43図)。
● 雇用増と賃金増とで異なる所得増の消費に与える影響
消費の所得弾力性の低下の背景として、マクロの所得(雇用×賃金)の決定要因のうち、雇用増と賃金増がもたらす消費の性質の違いに着目してみる。マクロの所得を雇用者数の寄与と賃金の寄与とに分けてみると、雇用が遅行しやすいこともあって、局面によっては雇用と賃金が異なる動きとなっていることがある。そこで、形態別の消費のマクロ所得に対する弾力性を、賃金に対する弾力性と雇用に対する弾力性に分けて推計してみると、耐久財は賃金に対する弾力性が相対的に大きく、半耐久財や非耐久財は雇用に対する弾力性が大きいことが分かる(第1-1-44図)。
● 高額商品への波及が弱い雇用中心の所得増
今回の景気回復局面では賃金がゼロ近傍で循環的に変動してきた一方、雇用については緩やかではあるものの上昇してきた。このような局面では、雇用弾力性が高い半耐久財、非耐久財及び一部のサービスは生活必需品の割合が比較的高いこともあって、賃金が伸びなくても雇用が増加すると、消費が伸びやすい。一方、賃金弾力性が高い耐久財消費はマクロ所得が増えてもそれが賃金要因でなければ活発化しにくい。耐久財消費は所得弾力性が高いため、これまでは所得が変化するとそれに連動して所得以上に大きく増減し、所得と消費の連動性を演出する役割を担ってきたと考えられる。しかし今回の景気回復局面のように、所得が増加しても、それが賃金ではなく雇用による押上げである場合には、耐久財消費はその役割を十分に果たせなかったといえる。
サービス消費については、そもそも消費全体に占めるシェアが大きいことに加え、このところ拡大しているため、その動きがマクロ消費のモメンタムに影響を与えやすい。しかし、サービス消費は所得に対する弾力性が耐久財ほどには大きくないため、耐久財消費が増加するような局面に比べると、サービス消費の割合が増加する局面では、消費全体の所得との関係は薄れることになる。このように、雇用増主体の所得の増加の下で、所得と消費の連動性を高める耐久財消費が伸び悩んだ一方で、連動性を弱めるサービス消費の影響が拡大したことが、所得から消費への波及関係を弱める一因となっていると考えられる。
● 弱まりがみられる金融資産と消費の関係
企業収益から家計消費への波及をみる場合に、雇用者所得を通じた経路のほかに、株主としての家計が配当やキャピタルゲインを通じて消費を押し上げる経路も考えられる。このところマクロの所得が緩やかな増加傾向で推移する中、家計の株式評価額の増加などもあり金融資産が増加していることや、2005年度で家計が受け取る配当が7兆円程度と2001年以前の3兆円前後の水準からの大幅な上昇がみられる。また、今回の回復局面でデータのある2002年から2005年の平均でみると、キャピタルゲインは14兆円余りと更に大きな影響を消費に与えているものとみられる。そこで、実質金融資産と実質家計消費の関係を期間別にプロットしてみると、1980年代に比べて今回の景気回復局面では消費の家計資産に対する弾力性が低下したことが分かる(第1-1-45図)。この間の金融資産の変動を寄与度に分けてみると、80年代は現金・預金を中心とした増加であったのに対して、今回の景気回復局面においては株式・出資金の寄与が大半を占めることが分かる。現金・預金は評価損益がゼロであり、最も流動性が高く安全な資産であることから、これが金融資産全体を押し上げていた局面では、その増分が消費に結び付きやすかったと考えられる。一方、今回の回復局面では株式・出資金という評価損益が大きく変動する項目が押し上げているため、恒常所得の増加とはみなされにくく、消費との関係が希薄化した一因となっていると考えられる(第1-1-46図)。
(3)実感の乏しい景気回復
● 名目値が伸び悩んだ今回の回復
今回の景気回復は、戦後最長であったいわゆる「いざなぎ景気」に比肩する長さとなった。その一方で、人々の間で景気が回復しているという実感が乏しいとの指摘がある。この背景として、まず今回の景気回復が過去と比べて実質成長率でみて緩やかな回復にとどまったこと、そしてデフレ下の回復であったことから人々の賃金や企業の収益など名目値で測られる身近な数値の改善が限られていたことが挙げられる。
回復期間内の平均実質成長率(年率)を過去の景気回復局面と比べてみると、「いざなぎ景気」で平均して11.5%、「バブル景気」で5.4%と高い成長率を実現しているが、今回の景気回復局面では平均2.2%と非常に低い成長率となっている(第1-1-47図)。また、今回の回復局面では物価が下落していたことから、名目成長率が実質成長率を下回るいわゆる「名実逆転」が生じた。回復局面を通じた平均名目成長率(年率)は「いざなぎ景気」で平均18.4%、「バブル景気」で7.3%であったのに対して、今回の景気回復局面ではわずか0.9%にとどまった。名目賃金については今回の景気回復局面を通じてほぼ変わらず、消費者物価はむしろ下落してしまっている。
● 実感の乏しさには企業収益のばらつきや家計部門への波及の弱さも影響
名目値の伸び悩みに加え、これまでに述べてきたような景気回復の仕組みの変化も人々の景気回復実感の乏しさに影響を与えていると考えられる。
景気回復における外需の役割が大きくなったことにより、グローバル化した大規模製造業の業績が改善しやすい一方、貿易財を扱わない非製造業や海外展開するには至らないような中小企業は景気回復の恩恵を受けにくくなっている可能性がある。実際、今回の回復局面において大中堅規模の製造業において売上高経常利益率が大きく改善したのに比べ、中小非製造業では改善は小幅にとどまり、最近は低下に転じている(前掲第1-1-11図)。こうした規模別・業種別で回復の度合いにばらつきがあることも、皆が一様に回復を実感することの困難さに結び付いていると考えられる。
また、企業部門の好調さが家計部門へと波及しにくくなっていることも、景気回復を実感できない要因と考えられる。先に述べたとおり、バブル景気までは、一人当たり経常利益が増加するにしたがって賃金も増加していたが、今回の景気回復局面においては、バブル景気以前と比べて企業収益の回復に見合った賃金の増加がみられないという状況にある。このように好調な企業部門の状況と比べ賃金の伸びが非常に低いことが、家計の回復実感を阻害しているものと考えられる。
3 景気の先行きリスク
日本経済の現状をみると、失業率はおおむね低下傾向で推移し、有効求人倍率は1を超え、雇用者数についても増加傾向で推移しているなど、引き続き雇用環境を示す指標は概して堅調である。このため、所得環境が今後急速に悪化していくことは考えにくいことから、消費は底堅く推移する可能性が高い。しかし、先行きをみる際には幾つかのリスク要因を認識しておくことが必要である。
● 一部の経済指標に表れた弱い動き、海外経済の動向などには注意が必要
今後の景気の先行きを考える上で、これまで述べてきたような一部の経済指標に表れている弱い動きに注意するとともに、景気循環の観点から、近年企業部門の好調さが家計部門に波及しにくい構造となっている状況についても認識しておく必要がある。
最近の状況をみると、昨年末まで増加傾向で推移してきた生産が、情報化関連生産財の在庫積み上がりを反映して横ばいで推移するなど、企業部門でも若干弱い動きがみられている。海外部門においても、アメリカ経済の減速などを背景に、2006年半ば以降、輸出の伸びが鈍化している。家計部門においては、個人消費は持ち直しているものの、所得が横ばいで推移していることを背景に力強さに欠ける動きとなっている。
また、今回の景気拡張局面における景気動向指数にも懸念すべき動きがみられる。最近の累積DIの動きをみると、一致指数、先行指数ともに減少傾向で推移している(第1-1-48図)。
輸出を左右する海外経済の先行きや、特に中小企業の収益を圧迫しかねない原油などの素材価格の高止まりといったリスクは依然として存在することから、その動向には引き続き注意が必要である。