第2節 資産・負債のストック・データでみた財政


第3章 我が国財政の総合的把握

第2節 資産・負債のストック・データでみた財政

国と地方の財政が逼迫し、財政構造改革が喫緊の政策課題となっている中で、その実態を把握するためには、財政赤字額などのフロー計数でみた財政状況だけでなく、ストック・ベースでの財政状況(資産・負債)をみることも必要であるとの指摘がなされている。

こうした中で、国や地方自治体ではそれぞれ、発生主義に基づくバランスシート等の財務諸表を整備する試みを始めている。発生主義では、現金の支出の有無にかかわらず、経済取引が行われ債権債務関係に変化が生じた時点で、損益が計上される。しかし、公的部門全体(一般政府+公的企業)のストックの財政状況を検討するに当たっては、公的部門全体をカバーする財務諸表が有用であるが、これには膨大な作業を要することが予想され、現在のところまだ作成されていない。

しかしながら、内閣府が発表する国民経済計算体系(SNA)の現在のデータは、2000年10月の改訂時に採用された国連の「1993年国民経済計算体系(93SNA)」に基づき、毎年の公的部門の金融・非金融別の資産・負債残高が計上されている。本節では、このデータに年金負債を加える等の修正を加え、99年度の資産・負債のストック・データを作成し、我が国の財政状況を概観する。また、90年度のストック・データも作成することにより、90年度と99年度の比較検討を可能にする。また、財務データの個別事業評価への活用に向けての1試行として、道路と空港の整備事業の収益還元法による事業資産の評価額を試算する。

1 公的部門のバランスシート

 公的部門のバランスシート作成の背景

以前にもいくつかの地方自治体でバランスシートの作成を試行した事例が見られたが、近年の動きは、これまでと違って本格的であり衆目を集めている。こうした動きの背景として、いくつかの点があげられる。

第1に、90年代のいわゆるバブル経済の崩壊後、景気の低迷や減税により税収が減少する一方、度重なる景気対策の資金調達のために公債発行額が増加し、国と地方の財政の悪化が顕著となったことがある。それまでは、主に、毎年の予算・決算におけるフロー(政府支出、税収など)の収支やプライマリー・バランス、公債依存度等の指標と、公債発行残高(及び対GDP比)等のいくつかのストック指標をもとに、財政赤字問題が議論された。しかし、最近では、これらのデータだけではなく、ストック・ベースでの資産・負債残高の視点も重要であると、認識されるようになってきた。

第2に、先進諸国における行政改革の流れを受けて、行政分野への民間経営の発想の導入を行う新しい行政改革の動きが、一部地方公共団体で始まっており、ニュー・パブリック・マネジメント(NPM)に基づく行政評価が試行されている(11)。ニュー・パブリック・マネジメントは、1980年代後半以降に英国等で形成された新しい行政運営理論で、民間企業の経営理念・方法、成功例等を行政運営に導入することにより、行政部門の効率化・活性化を図ることを目的としている(12)

このような考え方にもとづき、2001年6月に閣議決定された「今後の経済財政運営及び経済社会の構造改革に関する基本方針」(いわゆる「骨太の方針」)においても、政策プロセスの改革のための新しい行政手法として、公会計制度のあり方について、「発生主義など企業会計的な考え方の活用範囲や貸借対照表の対象範囲などについて検討を進め、行政コストや公的部門の財務状況を明らかにするよう引き続き努める」ことが掲げられている。

第3に、これらの動向や行政情報の公開の動きがあいまって、財政当局に対する説明責任(accountability)の要求が高まっていることがあげられる。このため、2000年12月に閣議決定された「行政改革大綱」では、国の財政事情を分かりやすく開示し、財政にかかる透明性、一覧性の向上を図るとともに、説明責任を確保するとの観点から、公会計の見直しを掲げている(13)

 資産・負債のストック・データ作成にあたっての課題

公的部門の財務状況を示すデータは、例えば国では決算書において収支フローのデータが、国有財産関連の資料において資産ストックのデータが、それぞれ公表されている。しかし、これらのデータだけでは、公的部門全体のストックの状況を概観するには十分でないと考えられる。

具体的には、まず、現行の国の会計制度の下では、例えば公的年金債務など将来的に公的部門が支払わねばならないと考えられる額が計上されないほか、公的部門の全体の資産・負債のストック情報が一覧性のある形で示されていない。公的部門においても、公的年金債務や退職給与といった将来支払債務を実質的に有する以上、これらを発生主義の視点を含めて把握しておくことも財政状況の理解のうえで必要である。

第2に、財務状況を示すうえで収入・支出等のフロー・データとリンクしたストック・データが、部門によっては全体を一覧できる体系として提示されていないものもある。中央・地方政府の会計では、予算書・決算書としてフローの収支が示される一方、資産等のデータは、例えば国では資産の種類毎に別個に示されているのみである(14)

 現行SNA貸借対照表の特徴と限界

これに対し、SNAのデータは発生主義や時価評価が採用されている。

現行の93SNAデータの「国民貸借対照表」においては、内閣府が公表している「国民経済計算年報」の中で、一般政府の貸借対照表勘定として、毎年の非金融・金融別の資産と負債の残高が計上されている。加えて、公的部門全体と一般政府の部門別(中央政府、地方政府、社会保障基金)の資産・負債残高も掲載されている(15)

また、SNAでは発生主義や最終支出主体主義が原則とされており、さらに93SNA導入にあたっては、社会資本における固定資本減耗が新たに導入されるなどの改善が行われた。(「最終支出主体主義」とは、例えば、国から補助金を受けて地方自治体がある公共事業を行う場合、工事の施工と完成後の管理を誰が責任を負うかに着目し、事業総額を、最終責任を負う当該自治体の支出とみなす会計方式である。)また、SNAでは、原則として資産・負債の評価方法は時価評価が採用されており、市場価格評価としている(ただし、実際の推計では再調達価格等で代替される)。

しかしながら、既存のSNAの貸借対照表を用いて公的部門全体のストックの財政状況を概観するには、限界がある(16)。第1に、退職給付金と公的年金について発生主義原則に基づく将来債務が記録されているわけではない。このために、公的部門の将来負担を踏まえた財政の実情の把握には適さない。第2に、資産の項目建てが粗く、また、中央政府・地方政府などの制度部門別のバランスシートとして完成されていない。具体的には、有形固定資産の内容が示されていないため、道路や港湾等どのような有形固定資産を政府が保有しているのか把握できない。また、有形固定資産額が一般政府の数値として計上され、中央政府や地方政府等に分けた内訳がないため、中央政府や地方政府など個々の部門別のバランスシートが完結しない。

さらに、留意すべきこととして、第1に、資産・負債の残高をグロスで示しており、部門内・部門間取引を相殺していない。第2に、資産・負債のすべてを時価評価しているため、例えば、負債側では公債残高を時価で示しており、実際の公債償還額とは異なる。

以上のSNA貸借対照表の特徴と限界を踏まえつつ、今回の試算では、予算・決算統計に直接依存するのではなく、SNA統計を出発点として利用し、SNAの貸借対照表の数値を基礎にして必要な修正を加えたうえで、公的部門の資産・負債のストック・データを作成する。

 公的部門のバランスシート作成の事例

これまでに国(中央政府)、都道府県など、国の特別会計レベルなどで、公会計バランスシートの作成が試行されてきている。中央政府レベルについては、財務省が一般会計と特別会計を連結した貸借対照表の試案を公表している(17)。地方政府では以前から各地方公共団体で行われていたが、特に最近では本格的な取組みが行われている(18)。また、総務省が、地方公共団体間相互の比較が可能となるよう配慮し、2000年3月に地方公共団体のバランスシート作成に当たってのガイドラインを公表している(19)

その他、国の特別会計については、自由民主党がガイドラインを策定して各特別会計毎のバランスシート作成を促している(20)。また、各特殊法人等が企業会計原則に準拠した財務諸表を公表するといった動きがみられる。

これらを先行事例としつつ、今回新たにSNAベースの公的部門を対象として、資産・負債全体を一覧するストック・データを作成する。

2 資産・負債のストック・データの作成

 今回のストック・データ作成の目的

今回作成する公的部門の資産・負債のストック・データは、次のような利用目的で作成する。

  1. 公的部門全体の財務状況と資産・負債内容の開示
  2. 部門毎の財務状況の明示(中央政府、地方政府、公的金融機関等)
  3. 社会資本の整備状況(ストック水準)の明示(21)
  4. 長期的観点からの財政状況把握

すなわち、今般、公的債務残高の累積が問題とされ、財政構造改革が議論されていることを踏まえ、今回の試算では、公的部門の財務概況を把握し、今後に向けた議論の材料を提供することを主たる目的として作業を行う(上記の(1)、(2)、(4))。また、90年代の累次の景気対策において相当額の公共事業関係支出が繰り返されたことにかんがみ、特に90年代における公的部門全体と部門毎の社会資本ストックの形成を概観する(上記(3))。

 SNAに基づいた公的部門の資産・負債のストック・データの作成

今回の試算においては、内閣府公表の93SNAデータを利用することとし、独自に決算統計の積上げや資産・負債評価を行うことはしない。したがって、93SNAの採用する原則・推計手法に準拠し、制度部門別の数値を推計する場合にも、大枠のマクロの公表データと整合的になるように配慮する(ただし、発生主義の導入等による数値の変更はある。)

具体的には、第1に、今回の作業では、90年度と99年度の年度末のストック・データを作成し、年度末の資産・負債残高の比較検討を可能にする。

第2に、部門別の分割と資産・負債項目の分割であるが、まず公的部門の内訳を中央政府、地方政府、社会保障基金、公的金融機関、公的非金融法人企業の5部門に、制度部門分割を行う。これにより、SNAベースの公的部門全体と各部門の財務状況を把握できるようにする(22)。また、各部門が所有する資産・負債項目の細分化を行った上で再集計することにより、資産・負債の内容がわかるようにする。

第3に、資産・負債のストック・データ作成に当たっては、発生主義原則をより厳密に導入し、年金債務や退職金債務といった将来債務を計上する(23)

コラム3-1

今回の試算における部門別、資産項目別分類

今回の試算では、93SNAにおける分類に準じて以下のような部門別及び資産項目別分類を行う。

  1. 公的部門の部門分類
    公的部門は、一般政府(中央政府、地方政府、社会保障基金)と公的企業(公的金融機関、公的非金融法人企業)に分類する。
  2. 資産・負債の項目別分類
    資産・負債は、金融資産・負債と非金融資産に分類される。

3 ストック・データでみた我が国の財政

今回試算した資産・負債のストック・データは、第3-2-1表で示されている(24)。ここでは、この試算結果を活用して公的部門のストックの財政状況を概観する。具体的には、直近の99年度末のストック・データにより現在の公的部門の財務状況を概観するとともに、90年と99年の各年度末の資産・負債残高を比較検討する。

 公的部門の正味資産の評価

その前にまず、資産総額から負債総額を差し引いた額である「正味資産」の解釈について、議論しておかねばならない。民間企業の場合この正味資産に相当するのは「資本」であり、財務状態の健全性を示す一つの指標となる。ある企業の資本がマイナスの値となった場合、その企業は、清算して資産をすべて売却しても負債を全額返済できないという債務超過状態にあり、経営が行き詰まっていることを意味する。

これに対し、公的部門の正味資産額を評価する場合、民間企業の資本と同じ考え方をそのまま採ることは不適当である。なぜなら、第1に、公的部門特に一般政府部門(中央、地方、社会保障基金)は存続することを前提とし、企業とは異なり清算の可能性を前提としていない。このため、公的部門を清算して債務返済可能かという議論はなじまない。第2に、政府の場合、その信用が究極的には徴税権等により担保されている。第3に、そもそも公的部門は民間では供給が困難な公共財を提供することをその役割としており、市場性に乏しく売却困難な資産や売却になじまない資産が多く、公的部門の保有する資産を企業の資産と同様に売却可能なものとして評価することには無理がある(25)

売却になじまない公的部門の資産を時価(再調達価格)で評価することには、公的部門の活動の結果として、負債残高に見合ってどれだけの資産が形成されたかを示す一つの指標を提供する意味がある。したがって、マイナスの正味資産が直ちに公的部門の財政的破綻を示すものではないという点には十分留意する必要がある。

公的部門のストック・データを誤って解釈し、正味資産の数値のみをもってこれまでの財政政策を評価するのは間違いである。もし正味資産の大きさのみで公的部門のそれまでの財政政策を評価するようになると、資産残高に計上される大規模の公共事業に支出が偏り、逆に資産としては計上されない教育、福祉その他の人的資本形成に関連する公共サービスなどの提供が縮減されるおそれがある。また、政府活動に伴う外部効果(例えば道路整備による地域経済の活性化など)はストック・データには計上されないので、正味資産の多寡のみをもって政府の財政政策を評価することには問題がある(26)

 99年度末の資産・負債残高

上記の手法により作成した99年度末のストック・データを示したものが前掲第3-2-1表である。公的部門全体の資産総額は、金融資産が1647兆円、非金融資産が627兆円で、計2274兆円(名目GDPの4.4倍)に上る。金融資産では貸出が649兆円(金融資産の39%)に上り、そのうち公的金融機関貸出金が553兆円(同33%)となっている。現預金も502兆円(同30%)を占めるが、その大半は資金運用部預託金437兆円が占めている。非金融資産では、有形固定資産426兆円がその大宗を占める(非金融資産の68%)が、特に地方政府等が持つ道路や下水道・廃棄物処理等の社会資本ストックの割合が大きい。

これに対し負債側は、公的部門の負債残高が2422兆円に上り、特に公的金融機関による現預金負債791兆円や国債残高369兆円、公的金融機関借入金343兆円の寄与が大きい。この結果、資産から負債を差し引いた正味資産額は△148兆円(名目GDPの29%に相当)となる。

部門別にストック・データを概観しよう(27)。99年度末における中央政府の資産残高は221兆円であり、そのほぼ半分(51%)を金融資産が占める。中央政府が保有する有形固定資産は82兆円で、道路資産や治水関係資産、航空関係資産(空港)が相対的に大きいが、前述したSNAの最終支出主体主義により、金額的には地方政府の有形固定資産よりかなり小さく、地方政府の1/3程度にとどまる。一方、負債の方は651兆円に上り、そのうち公的年金債務が156兆円(負債残高の24%)に達するほか、国債残高が369兆円と負債残高の57%を占める。この結果、中央政府の正味資産は△431兆円となり、公的年金債務を除外しても△275兆円となる(28)。今回の中央政府の正味資産の試算結果は、これまでの他の試算と比べて大きなマイナスの数値となっているが、これは今回の試算では資産について時価評価を採用したことにより、90年代の資産価格の下落が資産残高の時価評価額の低下につながったこと等が影響しているものと考えられる。ただし、今回の試算の結果は推計方法により大きく左右されるため、十分な幅を持って解釈されるべきである。

地方政府についてみると、前述のように有形固定資産を多く保有することや土地資産が大きいことから、資産残高は435兆円に達し中央政府の資産残高の2倍に上る。道路や治水、学校・社会教育施設等、下水道・廃棄物処理の社会資本を多く有している。他方、負債の方は、借入(73兆円)、地方債(51兆円)、年金債務(37兆円)、退職金債務(34兆円)等で、負債総額は196兆円、中央政府の負債総額の3割となる。これにより、地方政府の正味資産は239兆円のプラスとなる。

公的企業についてもみておこう。公的金融機関(例えば日本政策投資銀行、住宅金融公庫など)は、当然ながら金融資産を中心に1215兆円の資産残高を保有する一方、そのほとんどを現預金と借入により調達している。正味資産は30兆円のプラスの値となっている。ただし、公的企業部門の正味資産が全体としてプラスの値となっているものの、経営状況が健全か否かを判断するためには、各機関の持つ債権の内容が不良化していないかどうか別途検討する必要がある。

公的非金融法人企業(例えば日本道路公団や地方住宅供給公社等)では、地方債や貸出債権、株式・出資金等の金融資産を27兆円保有するとともに、下水道・廃棄物処理、道路、都市公園・自然公園等の有形固定資産を保有し、合計で168兆円の資産残高を有する。これに対し負債側は、株式以外の証券(52兆円)や借入(37兆円)、株式・出資金(35兆円)等で調達し、計136兆円の残高となっている。これにより正味資産は32兆円のプラスとなっている。

 90年代の財政政策と財務状況の変化

次に、99年度末の公的部門の資産・負債ストックを、90年度末のそれと比較してみよう。

公的部門全体では、9年間で資産総額が1427兆円から2274兆円にまで847兆円(59%増)増加する一方、負債総額は1294兆円から2422兆円に1128兆円(87%増)増加した。その結果、公的部門の正味資産は、90年度末の132兆円から99年度末の△148兆円と280兆円減少し、マイナスに転落した。

その内訳をみると、金融資産と金融負債の増加額がともに大きく、増加幅はそれぞれ747兆円(資産総額増加額の88%)、1128兆円となっている。非金融資産では、有形固定資産が294兆円から426兆円へ132兆円増加したのに対し、土地資産が90年代の資産価格の下落等の影響を受けて36兆円減少した。また、負債側は、公的金融機関の現預金の増加(369兆円)や、国債・地方債の増加(246兆円)等が負債総額を押し上げた。

90年代における部門別の資産・負債の動向についてもみてみよう。中央政府の資産総額は、90年代に64兆円(41%増)増えて221兆円となったのに対し、負債総額は310兆円(91%増)増えて651兆円となった。このため、正味資産は△185兆円から△431兆円へと246兆円ほどマイナス幅を拡大した。資産総額の増大は、金融資産が38兆円増加したことに加え、有形固定資産が28兆円増加したことや、土地資産の減少が小幅に止まったこと(△8000億円)等が反映されている。その一方で、負債総額の増加は、国債残高が208兆円増加したこと等を受けたものである。

地方政府では、90年度から99年度までの間に、資産総額が45兆円(11%増)増えて435兆円に、負債総額が87兆円増えて196兆円となったため、正味資産は42兆円減少して239兆円となった。これは、資産側で有形固定資産が79兆円増大する一方で、今回の試算において時価評価を採用したことにより、地価の低下に伴う土地資産の減少が43兆円にも上ったことや、負債側で地方債残高の増加(34兆円)や公的金融機関借入金(29兆円)が増加したことが寄与している。正味資産の減少幅は中央政府と比べ小さいが、これは有形固定資産の増加が中央政府のそれの2.8倍となっている一方、地方債残高の増加は国債残高の増加の16%となっており、SNAが最終支出主体主義を採用していること等の影響がみられる。

社会保障基金は、年金受給者の増加などにより年金債務が121兆円から232兆円に増大したこともあって、正味資産が8兆円から△18兆円へと26兆円減少し、マイナスに転じた。

このように、一般政府の各部門の正味資産が減少している。また、公的企業部門では正味資産が累増している。公的金融機関は資産総額、負債総額がそれぞれ620兆円から1215兆円、608兆円から1185兆円へと増加したため、正味資産は18兆円増加して、99年度末には30兆円となった。また、公的非金融法人企業も、正味資産が17兆円から32兆円へ16兆円増加している。

 資産の形成

90年代を通じて、どれほどの資産が形成されたのであろうか。ここでも同様に、SNAが採用する最終支出主体主義にかんがみ、公的部門全体についてみてみると、90年度は294兆円、99年度は426兆円であり、結果として、公的部門の有形固定資産の増加は132兆円である。

 社会資本ストックの形成

では、90年代には、公的部門はどのような有形固定資産を形成してきたのだろうか。90年度から99年度への有形固定資産の増加率(44.9%)に対する資産項目別の寄与度をみてみると、道路(18.5%)、治水(6.0%)、下水道・廃棄物処理(6.0%)、空港等(3.3%)、学校・社会教育施設等(3.1%)、都市公園・自然公園(2.4%)の順となっている(第3-2-2図)。

また、90~99年度における各資産の増加額(フロー)の有形固定資産全体の増加額に対するシェアは、道路が41.1%、空港等が7.4%、下水道・廃棄物処理と治水が13.3%、学校・社会教育施設等が6.9%となっている(第3-2-3図)。これに対し、90年度のこれら各資産ストックの有形固定資産ストック全体に占めるシェアは、道路が29.8%、治水は12.1%、下水道・廃棄物処理10.3%、空港等4.1%と、フロー・ベースでのシェアがストック・ベースのシェアを上回っている。しかし、一方で、学校・社会教育施設等の資産の有形固定資産全体に占める割合は9.3%であり、フロー・ベースでのシェアより大きい。

このことから、90年代の有形固定資産整備は90年度の総ストックのシェアと比較すれば、道路、空港等、下水道・廃棄物処理、治水といった分野のストックが相対的に大きく増加し、学校・社会教育施設等の資産ストックの増加は、緩やかなテンポであったことがわかる。

4 道路・空港整備事業の収益還元法による試算

いくつかの海外諸国や我が国では、公会計に発生主義に基づくコスト計算を積極的に取り入れ、行政の事業評価を行う上での重要な手段とするとともに、予算編成における効率的な資源配分のための有益な情報として活用する動きがある。

公的部門の個別事業の評価に際しては、事業として社会資本等の資産ストックが形成された場合、どれだけのサービスが提供できるのかという視点からその資産を評価することは有用である。すなわち、公的部門の資産がそれを形成するのにどれだけの費用を要するか(再調達価格)ではなく、どれだけの便益を国民にもたらす能力があるかという視点である。ただし、公的部門の資産から提供される便益を金銭的に評価することには、公的部門が提供する財・サービスが公共財的性格を持つ以上困難なケースが多い(29)。しかしながら、中には料金収入等を事業費用の財源に充当している分野もある。こうした分野については、料金収入は利用者が受けた便益の対価として支払った価額とみなし、これをもとに事業資産の評価額を試算する(30)

前述の公的部門の資産評価では、資産を形成するのにどれだけの費用を要したか、すなわち再調達価格ベースで、公的部門全体について資産・負債のストック・データを作成した。これに対し、以下の試算方法では、形成された資産が、国民にどれだけの便益をもたらすかという視点に立つものである。具体例としては、料金収入を財源とする個別事業の典型例であり、また前にみた通り90年代に資産の増加が相対的に大きかった道路整備と空港整備をとり上げ、事業資産の収益還元法に基づく評価額を試算する(31)

 収益還元法に基づく資産の評価額

今回の試算では、道路整備分野として道路関係の4公団(日本道路公団、首都高速道路公団、阪神高速道路公団、本州・四国連絡橋公団)と、空港整備分野として新東京国際空港公団と関西国際空港株式会社をとり上げる。

それぞれの事業資産の評価額の試算に当たっては、収益還元法を採用する。収益還元法では、資産の価値は、その取得にかかったコストで測るのではなく、当該資産が将来にわたって発生させるキャッシュ・フローを現在価値に割り戻した額であるとする方法である(32)

推計に際しては、将来の予想収益の多寡がその資産価値を左右するので、その資産が生み出す将来現金収入の推計をいかに正確に行うかが重要となる。今回の試算では、利益額として、各公団等の行政コスト計算財務書類等に計上されている業務活動による現金収入額(キャッシュ・フロー)を用いる(33)。利益額の将来系列は経済成長率や将来人口等の見通しにより変化するが、今回は基準とする年度の利益額が将来にわたりまったく伸びず継続するものと仮定する。これらの将来収益を一定率(各公団等の実際の平均支払利率でほぼ3%)で割り引くことによりその現在価値を求め、事業資産の評価額とすることとした。

収入額については、企業会計に即したキャッシュ・フロー計算書に計上されている業務活動によるキャッシュ・フローを、将来にわたる利益のキャッシュ・フローとして計算した。利益のキャッシュ・フローを作成するデータは、2000年度の行政コスト計算財務書類等を用いることとした。

こうして算出した収益還元法に基づく事業資産の評価額と負債額(道路債券・借入金と政府出資金等の合計)の差額を、資産・負債差額として試算した。

 推計結果

収益還元法に基づく事業資産の評価額と負債の帳簿価額、資産・負債差額を示したのが、第3-2-4表である。

これによれば、資産・負債差額は、道路整備関係4機関全体では8200億円のマイナスであり、空港整備関係機関2機関合計では、1400億円のプラスとなる(34)。このように、いくつかの道路整備事業の公団等では、収益還元法による事業評価をもとに資産・負債差額を算出すると、マイナス値が計上される。