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第1章 先進国経済:金融危機による景気後退の深刻化

第2節 アメリカの景気後退の深刻化と金融危機の長期化

5.政策対応とその効果

   金融危機の継続と景気後退の急速な深刻化を受けて、アメリカ政府は、経営の悪化した個別金融機関への支援を断続的に行うとともに、09年2月には、包括的な金融安定化策を発表した。また、同月にはアメリカ再生・再投資法を成立させ、減税や政府支出によって短期的に経済成長や雇用を下支えするとともに、中長期的な成長力の向上も視野に入れた方策を講じた。一方、FRBにおいて、政策金利であるFFレートの誘導目標水準をほぼ0%まで引き下げるとともに、非伝統的手段を用いて金融市場への流動性の供給を拡充するなど、政策措置の強化を行っている。
   こうした一連の取組により、信用収縮と景気悪化のスパイラル構造にどのような変化が生まれているのであろうか。以下では、政府・FRBによって実施されている金融安定化策、住宅対策、景気刺激策を概観するとともに、その進ちょく及び効果等について検討する。

(1)政府による金融安定化に向けた取組

   アメリカ政府は、金融システムの安定化が景気回復への前提条件になると認識しており、経営不安に陥った金融機関に対する公的資本注入等の個別的措置が度々行われるとともに、金融システム安定化に向けた包括的な施策が実施されている。

●緊急経済安定化法(08年10月3日)に基づく取組
   08年10月3日には、緊急経済安定化法(Emergency Economic Stabilization Act of 2008)が成立し、金融機関からの不良資産を買い取るための7,000億ドルのプログラム(TARP:Troubled Asset Relief Program)や、預金保険の補償範囲の一時的な引上げ等の施策が講じられた。その後、TARPについては当初の目的である不良資産の買取りには用いられず、金融機関への資本注入等に充てられることになった。同月28日には、資本注入プログラム(Capital Purchase Program)として、大手金融機関に対し総計1,250億ドルの資本注入が行われている。09年に入ってからも、同プログラムにより、バンク・オブ・アメリカへの200億ドルの資本注入、シティ・グループ保有資産への損失補償、政府が保有するシティ・グループの優先株の一部普通株への転換、大手保険会社AIGへの約300億ドルの追加資本注入等、経営不安に陥った金融機関に対して個別に支援が行われている(8)

●包括的な金融安定化策(09年2月10日)
   09年2月10日には、アメリカ財務省から包括的な金融安定化策(Financial Stability Plan)が発表された。同安定化策では、金融機関に対する財務状況の検査(ストレステスト)と資本注入の実施、不良資産買取りのための官民投資ファンドの設立、消費者・企業向けの貸出促進策の拡充、住宅の取得支援と差押え防止策等がその柱となっている(第1-2-38表)。

(i)ストレステストの実施と資本注入
   ストレステストは、資本注入の前提として、経済環境が現在想定されている以上に悪化した場合に、銀行が損失に耐えられるだけの余裕のある自己資本を有しているかどうかを検査する目的で実施された。アメリカ財務省及びFRBは、09年2月25日にストレステストの実施と資本支援プログラム(CAP:Capital Assistance Program)の詳細を発表し、資産総額1,000億ドル以上の主要金融機関19行に対し、財務状況の検査を行うこととなった。ストレステストを受けた金融機関は、CAPを通じて財務省による資本注入を受けることが可能となる。(第1-2-39表)。
   ストレステストの結果は09年5月7日に公表され、09〜10年において対象金融機関が被る予想損失額は、全体で5,992億ドルと推定された(第1-2-40表)。また、対象金融機関19行のうち10行については、合計で746億ドルの資本不足が指摘された。これらの金融機関は09年6月8日までに資本増強計画を明らかにし、同年11月9日までに資本増強を実行することを求められている。

(ii)不良資産の買取りのための官民投資ファンドの設立
   また、不良資産の買取策に関しては、09年3月23日に詳細が発表され、金融機関からの不良資産買取りのための「官民投資プログラム」(PPIP:Public Private Investment Program)が公表された。同プログラムでは、不良資産の買取規模は5,000億ドル(将来的には1兆ドル規模に拡大可能)とされ、銀行のバランスシートから不良貸出債権を取り除くための官民共同出資の不良貸出債権プログラム(Legacy Loan Program)と、FRBが実施する資産担保証券(ABS)貸出ファシリティにおける不良証券購入の拡大や民間投資家と連携した不良証券投資ファンドから成る不良証券プログラム(Legacy Securities Program)で構成されている(第1-2-41表)。

(iii)その他の施策
   消費者及び企業向けの貸出促進策として、後述のターム物資産担保証券ローン貸出ファシリティ(TALF:Term-Asset Backed Securities Loan Facility)の貸出総額の拡大と、対象範囲の拡大を行っている。また、住宅取得支援及び差押え防止策として、FRBが実施する「GSE債及びMBS買取プログラム」の継続による住宅金利の引下げ、中所得者層が保有する住宅の差押えを回避するために500億ドルを充当するなどの措置を行っている。
   こうした一連の施策の資金については、その多くが前述のTARP資金から支出されている。TARP資金(総額7,000億ドル)については、4月21日時点において、いまだ約987億ドルの使途未定額があるものの、今後想定される使途や金融危機が早々に収束しないリスクを考慮すれば、将来的には資金が枯渇する可能性もある(第1-2-42表)。追加資金の確保には新たな立法措置が必要となるが(9)、金融部門への度重なる支援に対する国民や議会の反発が強く、承認は困難な状況にある。

(2)FRBによる取組

●事実上のゼロ金利政策を実施
  金融政策面では、急速に深刻化する経済情勢に対応するため、FRBは08年12月15、16日に開催した連邦公開市場委員会(FOMC)の決定に従い、政策金利(FF金利)の誘導目標水準を、過去最低水準を更新する0〜0.25%にまで引き下げ、事実上のゼロ金利政策に移行した(第1-2-43図)。09年3月17、18日及び4月28、29日のFOMCにおいても、FFレートの誘導目標水準は維持された。金融市場では、現下の経済情勢にかんがみ、10年に入るまではFOMCが利上げに転じることはないとの見方が大勢となっている(10)

●金融市場への流動性供給策
   政府が個別金融機関への支援や金融システムの安定に向けた取組を行う一方、FRBにおいては、金融市場の機能回復のため、従来の伝統的な金融政策だけでなく、流動性の供給を行うなどの積極的な措置を講じている。金融市場の混乱に伴う流動性のひっ迫を受けて、08年9月の金融危機発生以前から窓口貸出における貸出期間の延長や適格担保の範囲拡大、プライマリー・ディーラー向けの新たな貸付制度(PDCF:Primary Dealer Credit Facility)を創設し、短期金融市場への資金供給を行ってきた。08年9月以降の金融危機を受けて、短期金融市場における流動性が著しく低下する中、FRBは各種資産を担保として引き受け、バランスシートの拡大を通じて流動性の供給を拡大し続けている(第1-2-44図)。
   特定資産の買取措置として、FRBは、既にみてきたCPFF、TALFのほか、長期国債の買取り、GSE債及びMBS買取プログラム等を実施している。

(i)CPFF
   前述のとおり、新規発行が困難となっているCP市場において、CPを直接買い取る制度(CPFF)を創設し、08年10月下旬以降、買取りを行っている(11)。このほかにも、CPを購入する金融機関や特定目的会社に対し融資を行う制度も設けており、縮小が続くCP市場の流動性の回復に取り組んでいる。

(ii)TALF
   ABS市場における流動性を回復するため、FRBは、08年11月に、新規に行われた消費者ローン(自動車ローン、クレジットカード・ローン、学資ローン、ホーム・エクイティ・ローン等)及び中小企業向けローンを担保として発行されたABSの保有者に対して、最大2,000億ドルの融資を行う「ターム物資産担保証券貸出ファシリティ」(TALF)を創設した。その後、貸出総額を2,000億ドルから最大1兆ドルまで拡大し、対象範囲も住宅ローン担保証券(RMBS)や商業用不動産ローン担保証券(CMBS)を含む不良証券の購入等にも拡大している。同スキームは09年3月より実施されており、4月末時点ではABSの新規発行額は増加に転じる兆しがみられるものの、金額的には相当低い水準にあり、市場の正常化にはしばらく時間がかかるものと考えられる。

(iii)長期国債の買取り
   09年3月18日に公表されたFOMC声明において、金融市場の状況の改善を図るため、今後6か月間で長期のアメリカ国債を最大3,000億ドル買い取ることが発表された。この声明を受けて、市場ではFRBが実質的な量的緩和政策に踏み切ったとの見方から、アメリカ国債(10年債)の利回りは一時的に約3%から約2.5%に急低下し、他の2年債、5年債、30年債についても同様に低下の動きをみせた。しかしながら、足元では、長期国債の利回りは上昇しており、市場における財政赤字に対する関心や経済の先行きに対する楽観的な見方、質への逃避への巻き戻しなどを反映した動きと考えられる。

(iv)GSE債務及びGSE保証住宅ローン担保証券(MBS)の購入プログラム
   住宅ローン市場を支えるため、08年11月にGSE債務及びGSE保証住宅ローン担保証券(MBS)の購入プログラムを創設している。具体的には、GSE(ファニー・メイ、フレディ・マック及び連邦住宅貸付銀行)の債務を最大1,000億ドルまで購入することと、ファニー・メイ及びフレディ・マックが保証するMBSを最大5,000億ドルまで購入することを内容としている。さらに、09年3月には、GSE債務の購入を最大2,000億ドルにまで拡大する措置と、MBSの購入を最大7,500億ドルにまで拡大する措置が決定されている。

●FRBによる取組の効果
   FRBによるこうした一連の措置は、個々の市場の流動性の改善に一定程度寄与していると考えられる。他方、マネタリーベースの拡大ほどにマネーサプライの伸びは増加していない。08年秋以降のFRBによる流動性供給策を受けて、アメリカのマネタリーベースは2倍に伸張しているのに対し、マネーサプライの伸びはマネタリーベ ースの伸びの範囲内にとどまったため、信用乗数は大幅に低下している(第1-2-45図)。01年に量的緩和策を導入した日本においても、今回のアメリカと同様の事象が発生している。この背景には、資金の貸手である金融機関が、多数の損失計上によるリスク許容度の低下などにより貸出態度を厳格化していること、資金の借り手である消費者や企業においても、過剰債務の圧縮等を理由に資金需要が減少していることが考えられる。

(3)調整が長期化する住宅市場への対策

   今回の景気後退の一因となった住宅市場の調整については、07年以降、住宅保有者のローン返済支援等の対策が講じられてきたが、民間主体の自主的な対応が主だったものであったため、実効性に乏しいものとなった。さらに、住宅ローンの証券化事業等を通じて住宅保有を促進するGSEであるファニー・メイ及びフレディ・マックについては、MBSの価格下落と流動性の低下から経営不安に陥り、08年9月には、一時的に政府管理下に置かれることとなった。
   さらに、住宅市場の調整テンポの加速を受けて、アメリカ政府は、FRBによる前述のGSE債務及びMBSの購入プログラムに加えて、09年2月10日の金融安定化策において住宅対策をその柱の一つとし、2月18日には住宅対策の詳細を発表した。新たな住宅対策(Homeowner Affordability and Stability Plan)では、最大400〜500万人の住宅保有者に対するGSEを通じたローン借換え支援、GSEへの資本注入枠拡大やGSEが保証するMBSの買取りの継続等による住宅ローン金利の引下げ支援、住宅ローンの条件緩和の支援等から成る750億ドル規模の住宅所有者安定イニシアティブが打ち出された(第1-2-46表)。前述のとおり、住宅ローン延滞率や差押え比率は依然として上昇傾向にあるものの、これらの政策により、住宅ローン金利が08年秋以降大きく低下し歴史的低水準になるなど、住宅取得環境は改善している(前掲第1-2-11図前掲第1-2-18図)。

コラム1-4:アメリカの信用緩和と日本の量的緩和

   世界的な金融危機の発生を受け、欧米の中央銀行は、政策金利の変更といった伝統的な政策手段の枠を超えて、いわゆる非伝統的な政策手段(unconventional measures)に踏み込んだ金融政策運営を行っている。
   アメリカにおいては、FRBが、FFレートの誘導目標の変更といった通常の政策手段のほか、07年の夏からは、中央銀行の「最後の貸手」としての機能を拡充し、預金金融機関やプライマリー・ディーラーに対する窓口貸出を拡大してきたが、さらに、08年9月のリーマン・ブラザーズの破たん以降の世界的な金融危機の局面においては、コマーシャルペーパー(CP)や資産担保証券(ABS)等の市場に対する直接的な流動性の供給や、住宅ローン担保証券(MBS)や長期国債等の長期の証券の買取りに乗り出している(前掲第1-1-13表)。
   こうしたFRBによる追加的な取組について、FRBのバーナンキ議長は、「信用緩和」(Credit Easing)と称し、01年3月から06年3月まで日本銀行において実施された「量的緩和」(Quantitative Easing)とは、概念的にも異なるものであるとの説明を行っている(注1)。FRBの信用緩和は、日本の量的緩和と同様に、中央銀行のバランスシートを拡大させるものであるが、量的緩和が中央銀行の負債項目である準備預金の量を目標としていたのに対して、FRBの信用緩和は、貸出、CP、国債といったFRBが保有する資産の構成や規模を変動させる点で異なっている。このため、信用緩和においては、量的緩和における超過準備額のように単一の政策目標があるわけではなく、個々の信用市場の状況に応じて、貸出や資産の買取り等の政策手段の選択や実施規模が決定されている。
   このようなFRBと日本銀行におけるアプローチの違いについて、バーナンキ議長は、学説上の意見の対立に起因するものではなく、日米のそれぞれの時点における金融市場を取り巻く状況の違いによるものであるとしている。アメリカにおいては、様々な資産市場においてスプレッドが広がるなど、市場が機能不全状態に陥っており、その回復に取り組む必要があったことから、信用緩和のような個々の資産市場に働きかけるアプローチが採用されている(注2)。
   また、日銀の量的緩和政策においては、併せて、量的緩和を消費者物価上昇率(前年比)が安定的に0%以上になるまで継続すると確約することで、民間部門の将来の短期金利の予想を低下させ、より長期の金利の低下を促す、いわゆる「時間軸政策」が採用された。FRBにおいても、信用緩和に加え、こうした市場とのコミュニケーションが重要な政策手段の一つであると認識されており、連邦公開市場委員会(FOMC)の声明において、金融政策のタイム・フレームを示すような表現が盛り込まれるようになっている。具体的には、08年12月のFOMCの声明において、「異例に低水準のFFレートがしばらくの間(for a while)維持される公算が高い」との表現が盛り込まれており、これにより、金融政策の将来の先行きについての市場の期待を形成し、より長期の金利水準に影響を与えることが意図されている。
   なお、中央銀行によるバランスシートの拡大は、必要以上に長期にわたって持続させた場合には、インフレ期待を高めるリスクがあることに加え、FRBの信用緩和においては、信用市場の状況に応じて多様な資産を取得するため、中央銀行の資産劣化のリスクが大きい。信用緩和の実施においては、買取対象の資産を高格付けのものに限定するとともに、必要な場合には、FRBの貸出に対して政府による信用保護を提供するなど、FRBがとる信用リスクをできるだけ小さくするための措置が講じられているものの、資産の劣化に対する疑念は、究極的には、通貨の信認の問題へとつながるおそれがあることから今後も細心の注意が必要である。
   こうしたリスクを踏まえると、FRBによる信用緩和はあくまで現在の金融危機下における非常手段であり、信用の流れが正常化し、経済が回復に向かっていることが確認された時点においては、速やかに解消することが求められる。また、解消時に、予期せぬ金利の上昇等、市場に不測の混乱を引き起こすことのないよう、事前に適切な「出口戦略」を示し、市場の期待を安定化させる必要がある。

(4)政府による景気刺激策の実施

●過去最大規模の景気刺激策の成立
   急速な景気の悪化を背景に、08年11月の大統領選挙では経済問題が最大の争点となり、新たな景気対策、金融安定化策に有権者の関心・期待が集まった。こうしたことから、大統領選及び議会選挙に勝利した民主党においては、同年2月の総額1,680億ドル規模の緊急経済対策法(Economic Stimulus Act of 2008)に続く、更なる景気刺激策の検討が進められた。バラク・オバマ氏が第44代大統領に就任(09年1月20日)すると、1月26日には、景気刺激策となるアメリカ再生・再投資法(American Recovery and Reinvestment Act of 2009)の審議が早くも議会で開始された。同法は、上下両院の協議会を経て、2月13日に議会で可決、同月17日に大統領の署名をもって、オバマ氏の大統領就任から1か月弱という異例の早さで成立した。
   アメリカ再生・再投資法は、総額7,872億ドル(約75兆円、GDP比約5.5%)に及ぶ過去最大規模の景気刺激策であり、350万人以上の雇用の創出・維持、経済の急回復(jump-start)、将来における成長力の引上げなどを大きな目標に掲げている。その内容は、短期的な有効需要創出策として、勤労者向け減税や設備投資減税、中長期的な成長力強化策として、環境エネルギー対策や科学技術振興策、医療情報のIT化促進、さらには、双方にまたがる施策として、道路、橋梁の近代化や高速鉄道への投資といった公共投資等が盛り込まれている。また、経済的な弱者への保護策として、失業保険の給付期間延長の継続やフードスタンプ(食料引換券)の増額等も含まれている(第1-2-47表第1-2-48図)。支出の内訳は、減税措置が2,883億ドル(約37%)、政府支出が4,989億ドル(約63%)となっている。

●景気刺激策がもたらす効果
   アメリカ再生・再投資法の効果について、議会予算局(CBO)の推計によれば、09年度(09年9月まで)に1,849億ドル、10年度(10年9月まで)に3,994億ドルが支出され、およそ1年半の間に総額の4分の3を執行する見込みとなっている(第1-2-49図)。CBOの予測によれば、同法による景気刺激策が実施されなかった場合のGDPギャップ(潜在GDPからの需要不足)は、09年度は▲7.4%、10年度は▲6.3%と、大幅なマイナスが見込まれるが、景気刺激効果が大きい場合でも、09年度は▲3.9%、10年度は▲3.2%のGDPギャップが残るとしている(第1-2-50図)。
   今回の対策のうち、短期的に効果を発揮すると期待されているのが、減税措置である。減税規模は、09年度で約700億ドル、10年度で約2,100億ドルであり、他の施策と比較して大規模なものとなっている。このうち、所得税減税については、勤労者一人当たり最大400ドル(夫婦世帯で最大800ドル)となっており、2年間の総額では1,160億ドルが見込まれている。今回の減税は、08年に実施された戻し減税のように減税額を一括して還付する方法ではなく、2年間にわたって、毎月所得税額を減らす(又は還付する)方法が採られている。これにより、典型的な世帯では、09年度は毎月65ドル以上受け取ることができ、09年3月以降、税の還付措置が開始されている。こうした減税措置については、過去の例にかんがみれば、減税額のすべてが消費に回ることはなく、その一部は貯蓄や借金の返済に回るため、減税規模に比べて消費への効果は相対的に小さくなると考えられる。特に家計債務の水準が高く、家計がバランスシート調整を行っている現状においては、消費への効果はそれほど期待できない可能性も高い。また、毎月減税を実施するため、個人が減税額を恒常的な所得とみなし、一括して還付する方式と比べて家計がより多くの額を消費に回すとの見方がある一方で、減税額の分散によって一度に受け取る減税額が少額となるため、消費者マインドの改善には寄与せず、減税が消費を促す効果は小さいという見方もある。
   公共投資については、実施までに時間を要することが想定され、また執行期間も長期に分散されることから、減税のような即効性はそれほど期待できないと考えられる。今回の対策においても、CBOによれば、例えば道路建設については6年先まで相当額が財政負担として見積もられるなど、概して執行期間が長期間にわたっている。他方、効果については、実行額の大部分がGDPに計上されることや乗数効果も期待できることから、減税措置に比べて相対的に効果が大きいと考えられる。

●景気刺激策の進ちょく
   景気刺激策については、その実施が決定されてまだ間もないことから、現時点では、統計上の動きとしてその効果が明確には現れていない。政府の発表によれば、09年5月15日時点における進ちょく状況は、総額7,872億ドルのうち1,161億ドル分の支出に相当する事業が執行可能となっている。内訳を見ると、教育、医療、雇用等の分野の対応が先行している。例えば、失業保険の給付期間延長や給付の増額については、既にすべての州において実施されており、家計への移転所得は増加をみせている。これにより、雇用環境の悪化に伴う所得の減少を補完しており、消費を一定程度下支えしているものと考えられる。このほかの分野についても、本格的な効果の発現が今後期待されるところである。


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