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第1章 アメリカの教訓 −IT活用による労働生産性の加速

第3節 IT投資効果の活用余地のある日本

 日本経済は80年代には3%近い労働生産性の上昇率を実現したが、90年代には2%程度までに低下した(第1-3-1図)。90年代の日本経済の低迷にとって労働生産性上昇率の低下は経済成長を押し下げた重要な要因とする指摘(14)もある。
 本節では90年代後半以降の日米の労働生産性上昇率の逆転現象に関してITの果たした役割を検証する。日本でもアメリカには及ばないまでもIT投資は積極的に行われたが、アメリカでみられたようなITによる労働生産性上昇効果は顕著に現れなかった。これまでみてきたようなIT利用の成果が発揮されるための様々な競争環境の整備状況の差が日米の労働生産性の上昇率の逆転現象として現れたと推察される。

1.拡大したIT投資

●アメリカと比較して見劣りしないIT投資
 日米のIT投資の動向を公表統計を用いて比較すると、アメリカのIT投資の優位性が示される。しかし両者はソフトウェア投資の位置付け等について相違があるため、定義を調整して共通の尺度で日米のIT投資の動向を比較する必要がある。
 ソフトウェア投資や資本ストック量等に関する調整を行った上で比較すれば、日本のIT投資はGDP比でアメリカに比べてそれほど見劣りすることはなく、また他の資本に比べて堅調に推移しており、これらのデータに基づいた分析(15)では、製造業、非製造業ともに90年代後半にIT資本の蓄積効果の労働生産性上昇への寄与がみられるとしている。


2.ITによる労働生産性上昇効果は低迷

●非製造業で低迷したTFP上昇率
 既にみてきたように労働生産性上昇率は単位労働当たりの資本装備率の上昇とTFP上昇率の加速により押し上げられる仕組みになっている。定義調整後の日米のIT投資にそれほど大きな差がないとなると、日米の労働生産性の上昇率の格差はTFP上昇率の差による部分が大きいと考えられる。日本のTFP上昇率は、90年代を通じて低下しており、これを分野別にみると、特に非製造業におけるTFP上昇率の低下あるいは下落がその要因といえる(第1-3-2図)。
 TFP上昇率とは、資本、労働投入以外の要因による生産効率の上昇を表すものであり、様々な要因の影響を受けるが、TFP上昇率の減速あるいは低下の要因としては、第1節で説明した労働移動の硬直性や規制の存在、市場の新陳代謝機能が不完全であったことが挙げられている。

●市場の新陳代謝機能の低下
 市場の新陳代謝機能により、労働生産性、TFPの高い企業が市場に参入し、低い企業が退出すれば、その産業全体のTFPは上昇する(参入・退出効果)ことになる。
 90年代後半以降日本では金融機関の不良債権問題が深刻化したが、金融システムの機能不全は、新規融資の不足によって参入が妨げられたり、融資引き揚げにより、優良な企業が流動性不足により倒産するといったメカニズムを通じて、参入・退出効果にマイナスの影響を及ぼす可能性がある。
 90年代後半の製造業のTFP上昇率について、退出効果がマイナスとなっており、TFPの高い企業が退出し、TFPの低い企業が存続していることを示唆している。さらに総資産に対する債務残高が大きい産業ほど退出効果が大きなマイナスとなっているとの分析がある(16)。また、新規参入率の極端な低迷や、生産性が高い企業の市場シェアが拡大することにより産業全体の生産性が上昇するという資源再配分効果の低迷も、TFP上昇率の低下につながっている可能性がある(17)

●構造改革を通じたITの潜在力の活用
 産業ごとにITの成果をどのように活用しているかを示すために産業別にIT資本比率とTFP上昇率の関係を日米間で比較してみる(第1-3-3図)。アメリカではIT資本比率の高い産業ほどTFP上昇率も加速する傾向があるが、日本ではそのような相関関係がみられない。運輸・通信、サービス等IT資本比率が高くてもTFP上昇率が低下する状況にあり、これらの産業ではITの成果を活かしきれていないという結果となっている。
 IT投資は、それと補完的に作用する企業組織や労働者のスキルがあることや、市場の新陳代謝機能、柔軟な労働市場といった背景があってこそ、その潜在力を発揮するものである。上記の結果は日本ではアメリカに比較してこのようなIT活用のための環境が十分に備わっていなかったという可能性を示唆するものと考えられる。こうした環境整備を含む構造改革を進めることにより、ITの潜在力を十分活用し労働生産性上昇率を加速させることが求められる。


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