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第1章 アメリカの教訓 −IT活用による労働生産性の加速

第4節 現在のアメリカにおける労働生産性の上昇と雇用の低迷

 アメリカの今次景気回復局面における特徴として、雇用回復の低迷が挙げられる。これについて、労働生産性の上昇がむしろ雇用の増加を抑制するという意味でのジョブレス・リカバリーの問題を指摘する見方もあるが、現在の雇用回復の遅れは企業側の雇用に対する慎重な態度による部分も大きいとみられる。今後、企業が現在の経済成長をより持続的なものとして認識するようになれば、その持続的成長率に見合った雇用の拡大が発生するものと見込まれる。

●労働生産性の上昇は雇用を抑制するか?
 経済構造の変化による労働生産性の上昇は生産の拡大を通じて所得の増加につながり、国民生活水準の向上に寄与することが期待される。一方短期的な労働生産性の動きは景気循環の局面にも影響を受ける。通常は景気後退から回復までに至る局面においては、企業は労働投入を減らし、その後景気の回復に伴う生産・収益の増加が労働投入の増加につながっていく。このため、こうした局面では労働生産性は高まることになり、その後労働投入の増加によって生産性上昇率に下押し圧力がかかることとなる。
 景気循環に対応した労働生産性の動きについて、過去の景気回復局面と比較すると、今次景気回復局面における労働生産性上昇率は高いものとなっており、また、それと裏表の関係にあることとして、労働投入の増加が極めて緩やかなものとなっている(第1-4-1図)。特に、景気が力強く回復し始めた2003年後半以降も、雇用者数は持ち直しているものの、その増加は極めて緩やかであり、これが生産の著しい増加と共存したことが、極めて高い労働生産性上昇率の一因となっている。このような状況において企業が、少なくとも短期的には現在の雇用量で十分な生産量・収益を得られると判断すれば、新規雇用の抑制を継続した可能性がある。

●雇用回復を遅らせている企業の慎重姿勢
 今回の景気回復局面で目立っている雇用回復の遅れの要因としては、雇用コストの高まりなどを背景に企業が依然として新規雇用に対して慎重な姿勢をとっていることが挙げられる。
(1)新規雇用に対する慎重姿勢
 企業の雇用に対する姿勢をみるために、ISM製造業(供給管理協会製造業景況指数)の雇用関連指数の動きを過去の景気循環期と比較すると、これまでの回復期、特に企業の新規雇用に対する慎重な態度が雇用回復の遅れにつながり、「ジョブレス・リカバリー(雇用なき回復)」とも呼ばれた前回の景気回復局面(91年3月〜)に比べても非常に緩やかな動きになっていることが分かる(第1-4-2第1-4-3図)。なお、同指数は景気回復の勢いの持ち直しが明らかになった2003年半ば以降改善を続けており、過去の同指数と雇用者数の動きからは、より多くの雇用の増加が期待されるレベルに達しているが、現在両者のかい離が目立っており、雇用の回復は遅れていることが分かる(第1-4-4図)。
(2)雇用を抑制する雇用コストの上昇
 生産等の経済活動状況以外に雇用に対して下押し圧力として作用しているのが雇用コストの上昇である。雇用コストは、賃金・報酬と社会保障関係費などを含む諸手当から構成されるが、医療費の上昇により諸手当が上昇しており、全体としての雇用コストも高まっている(第1-4-5図)。雇用主の医療保険負担全額は、90年代後半以降増加しており、従業員一人当たりの雇用主の医療保険負担額も、95年の3,653ドルから03年には6,215ドルと大幅に増加している。

●海外へのアウトソーシングは雇用を抑制するか
 経済の回復に見合った雇用の増加がみられない要因として、最近、アメリカ国内から海外への雇用流出が指摘されている。アメリカ民間調査会社フォレスターリサーチによれば、2000年から2015年までに累計330万人(うちIT関連50万人、年平均では全体で約22万人(2003年の非農業雇用者数に対する比率0.2%))のサービス雇用が海外にアウトソーシングされると予測されている。特に、同じ職種でもアメリカ国内に比べて賃金の安いインド等へのアウトソーシングが進んでおり、この動きがアメリカ国内の雇用が増加しない一因だとする見方もある。全産業ベースでの雇用の海外への流出がある程度国内雇用に影響を与えることには留意する必要があるが、特に話題になっているIT関連のソフトウェア技術者等の雇用のインド等への流出はそれ自体が雇用者全体に与える影響(18)は大きなものではないと考えられる。経済全体の構造変化のなかで生産拠点の国際展開が進むことにより、より効率的な財・サービスの提供を受けるという便益も考慮すると、ある特定部門の雇用の海外への流出のみを取り出してアウトソーシングを非難することは一面的な評価となるおそれが強い(コラム参照)。

●雇用増加に結び付く持続的な生産増加
 これまでみてきたように90年代後半以降の労働生産性の上昇が雇用の増加には下押し圧力として働くことは否定できないが、現在の弱い雇用回復の動きは雇用コストの上昇等から企業が雇用の拡大の判断を遅らせていることによる面が強い。したがって今後もアメリカ経済が4%程度(19)の成長を維持すれば、時間的差異はあるにせよ、成長に見合う雇用の増加が発生することになると見込まれる。
 最近の雇用統計の動きをみると、2004年3月の雇用者数が前月比で30万人を超える増加(20)となるなど労働市場は明るさを増しており、今後、経済成長に見合った雇用の増加が期待される。

コラム:海外へのアウトソーシング

 大統領選挙の年ということもあり、アメリカ国内の雇用が増加しない一因として海外へのアウトソーシング(オフショアリング)が注目されています。

●アウトソーシングの背景
 雇用が海外に流出すること自体は、アメリカはもとより先進諸国においては真新しいことではなく、製造業においては、すでに80年代からそれがみられます。また、サービスのアウトソーシング自体も今回の景気回復局面において初めて起こったことではなく、90年代前半から幾つかの企業でみられたことです。さらにアウトソーシングを海外に対して行うことも90年代、特にその後半に、アメリカ国内での労働市場のひっ迫を受け、労働力を海外に求める動きとして始まっていました。
 海外へのアウトソーシングに適した業務の条件としては、一般に通信回線を用いて行えることや対面サービスが不要なことなど、いわゆるIT関連業務の特徴といえるものが挙げられています。Bardhan and Kroll(2003)では、これらに加え、海外へのアウトソーシング先としてインド、マレーシア、フィリピンなどが主流となる背景として、
・幅広く英語が受け入れられていること
・共通の会計制度や慣習法による法制度が整備されていること(一部例外あり)
・時差があることにより24時間体制を容易に整えることができること
・IT技術に長けた学生を大量かつ安定的に確保できること
が挙げられています。

●海外へのアウトソーシングは雇用回復の遅れの主因か?
 前述各項目を背景とし、例えばインドの企業向けアウトソーシング産業(BPO(Business Process Outsourcing))は、2003年に59%もの成長を遂げ、ITサービスの輸出額は今後5年間で7倍(50億ドル)になることが見込まれています※。
 一方、アメリカ国内では、景気回復期以降も雇用の減少が続き、2003年8月以降増加に転じているものの、その勢いは依然として緩やかなものとなっています。これらを背景に、雇用の海外流出を懸念する声が高まり、海外へのアウトソーシングを規制する動きが連邦及び州レベルで幾つか出ています。例えば、上院では「連邦政府アウトソーシング制限法案」が2004年3月初めに可決され、カリフォルニア州では、州の業務を海外の業者に発注することを禁じる法案が可決されました。
 しかし、海外へのアウトソーシングが増加しているといわれるものの、それを考慮した上での労働省の予測である2002〜12年に2,130万人増加(15%増、年平均では約200万人増)から考えると、国内での十分な規模での雇用拡大が確保できると見込まれ、ウォールストリートジャーナル紙がエコノミストに対して行ったアンケートでも、海外向けのアウトソーシングが国内経済全体の雇用に与える影響は限定的なものという見解が多数を占めています。なお、前述労働省の予測を業種別にみると、コンピュータ技術を中心とした専門及び関連職の増加率が最も大きくなっています(上記10年間で約35%増)。

職種別雇用増加率見通し(2002〜2012年)

 また、企業がアウトソーシングを行うのは、「経費削減」という目的だけではなく、本業への人材投入・経営拡大や、社内の技術・人材不足の解消といった目的があり、これらが新たな雇用を生み出す可能性も高いと言えます。
 さらに、CEA(大統領経済諮問委員会)のマンキュー委員長も、海外へのアウトソーシングもサービス貿易の一種であり、この分野においても自由貿易から受けられる恩恵に変わりはないと述べています。
 Mann(2003)は、ITの幅広い広がりとともに、IT関連サービスやソフトウェアの価格低下はさらなる生産性上昇をもたらす可能性があり、そのためにはこれらIT関連サービス等のグローバル化は不可欠なものであるとしています。その上で、海外へのアウトソーシングによる雇用流出で職を失った者に対する支援は必要であるが、グローバル化の流れそのものを制限することは、アメリカの持続的成長をリスクにさらすことになるとしています。

 ※ NASSCOM(National Association of Software and Service Companies)調べ。

(参考文献)
Bardhan, Ashok D. and Kroll,Cynthia [2003] “The New Wave of Outsourcing” Fisher Center Research Reports 1103, 2003
Mankiw [2004] "The Economic Report of the President" Testimony before the Joint Economic Committee, U.S. Congress The Economic Report of the President, February 10, 2004
Mann, Catherine L. [2003] “Globalization of IT Services and White Collar Jobs: The Next Wave of Productivity Growth” International Economics Policy Briefs, December, 2003
 


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