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第4節 アメリカ経済

アメリカ経済は、2009年6月を底として景気回復局面に入ったが、10年に入ると成長率が鈍化し、その後も雇用の回復の遅れやガソリン価格の高騰等を背景に個人消費が減少するなど回復テンポが極めて緩やかとなった。11年後半に一時回復テンポが高まる動きをみせたが、その後も雇用者数の増加や消費の持ち直しは鈍く、欧州政府債務危機で動揺する世界経済の影響もあり、景気の回復は緩やかなものとなっている。

本節では、アメリカ経済の景気回復が緩やかなものにとどまっている背景について分析する。

1.緩やかな回復が続くアメリカ経済

(1)アメリカ経済の現状

(i)緩やかな景気回復が継続

08年に発生した世界金融危機の後、各種の景気刺激策により回復軌道に乗ったアメリカ経済は、10年に入ると州・地方財政の悪化による政府支出の減少等により回復テンポが鈍化した。また、11年には連邦債務の法定上限問題や欧州政府債務危機の再燃に直面し、株価の下落や消費者や企業のマインド悪化がみられたほか、雇用の回復の遅れやガソリン価格の高騰等により個人消費が減少し回復が緩やかとなった。12年になると、雇用環境が改善基調となったほか、夏場に一時上昇したもののガソリン価格が下落していることから、個人消費はやや回復した。一方、欧州政府債務危機が収束していない中、いわゆる「財政の崖」の対応をめぐる不透明感もあって企業設備投資が減少に転じた。その結果、アメリカ経済は、全体として緩やかな回復となっており、均してみると潜在成長率54別ウィンドウで開きますを下回る弱めの成長が続いている(第1-4-1図)。

第1-4-1図 実質経済成長率の推移:緩やかな回復が続く
第1-4-1図 実質経済成長率の推移:緩やかな回復が続く

こうした中、家計所得の回復テンポは過去の回復局面とそれほど差がないものの、世界金融危機前の水準と比べると依然低い状態にあり、依然バランスシート調整下にあることなどから、消費の回復テンポは緩やかなものになっている。企業側の動きについては、生産や売上は世界金融危機以前のレベルに戻ってはいないものの、回復のテンポはこれまでの景気回復期と遜色がなく、家計の回復の鈍さが目立つ結果となっている。また、生産や売上は回復している一方、雇用の回復は遅々としており、企業側の雇用に対する慎重な態度がうかがえる(第1-4-2図)。

こうした背景には、欧州政府債務危機が未だに収束をしていないことや、家計のバランスシート調整も継続しているなど、内外の先行きの需要に対する企業の慎重な見方が続いていることが考えられる。加えて、後述するように、12年末から13年初にかけて、現行法の下では各種減税の失効と歳出の削減により大幅な財政緊縮が生じるという、いわゆる「財政の崖」等の問題が先行きの不透明感を強めている。

第1-4-2図 各種経済指標の動き:消費と雇用の回復テンポが鈍い
第1-4-2図 各種経済指標の動き:消費と雇用の回復テンポが鈍い

(2)緩やかな回復にとどまる背景

(i)個人消費を取り巻く環境の厳しさ

個人消費は08年に発生した世界金融危機により大きく落ち込んだ後、労働需給の持ち直しにより雇用者数や労働時間が増加に転じたことなどから、10年にかけて回復していった。その後、11年になるとガソリン価格上昇の影響で物価の伸びが高まったほか、雇用の回復の遅れ等の要因により実質可処分所得の伸びが大きく鈍化した。12年になると、夏場にガソリン価格の上昇はあったものの、その後下落しており、雇用環境も改善基調となったことから可処分所得の伸びはプラスに転じた。10年以降貯蓄率は低下傾向にあり個人消費を下支えするには十分でないなど、過去の回復局面と比べると回復テンポは鈍い状況である。また、持ち直しの動きはあるものの、依然低水準にある住宅価格の影響もあって家計のバランスシート調整が続いており、個人消費の本格的回復にとって重しとなっている(第1-4-3図)。

第1-4-3図 個人消費:10年に比べ伸びが鈍化
第1-4-3図 個人消費:10年に比べ伸びが鈍化

前述したように、一国全体での家計実質所得は、過去の回復局面並みのテンポではあるが、世界金融危機前の水準には達していない。ここで世帯所得の動向をみると、名目所得の平均値は前年比で増加傾向にあるものの、実質では減少傾向にあり、一部の高所得層に家計全体の所得が押上げられていることがわかる。実質所得について世界金融危機前の07年と11年を比較すると、平均値で5.0%、中央値で8.1%下落しており、実質所得の減少が消費に対して悪影響を及ぼしていたことがうかがえる(前掲第1-4-2図、第1-4-4図)。

第1-4-4図 家計所得の推移:実質所得は減少
第1-4-4図 家計所得の推移:実質所得は減少

同様に、世界金融危機前の07年と11年の比較を世帯所得5分位別にみると、名目では、上位2分位では増加しているものの、その他の分位では減少している。また、実質では全所得分位とも減少しているものの、上位の所得分位になるほど減少幅は小さく、低・中所得層の所得環境が厳しいことを表わしている(第1-4-5図)。

第1-4-5図 階層別所得:低所得層ほど下落
第1-4-5図 階層別所得:低所得層ほど下落

こうした状況の中、08年以降貧困レベルを下回る世帯が増加しており、補完的栄養支援プログラム(フードスタンプ)の受給者も増え続けている55別ウィンドウで開きます(第1-4-6図)。

第1-4-6図 低所得層の推移:年々増加
第1-4-6図 低所得層の推移:年々増加

次に、家計のバランスシート調整の進展状況をみると、12年における債務残高の可処分所得比は09年のピーク時から約17%ポイント低下し、トレンド線をすでに下回る水準に達している。一方、総資産比では低下してきているとはいえ、ピーク時から約13%ポイントの低下にとどまっており、依然トレンドを上回っている状態にある(第1-4-7図)。

第1-4-7図 家計のバランスシート調整:進展が続く
第1-4-7図 家計のバランスシート調整:進展が続く

負債面を詳細にみると、08年に債務残高が最大となって以降、消費者ローンやその他の負債ではあまり変化がみられない一方で、住宅ローンが減少しており、その結果、負債残高が減少していることがわかる(第1-4-8図)。その背景には、まず、住宅ローンを支払えずに住宅が手放されたことや、金融機関の融資基準が厳しく、新規の住宅ローンの増加が抑制されている面があるとみられる(第1-4-9図)。その一方で、政府による住宅ローンの借換え促進策(HARP)56別ウィンドウで開きますの見直し57別ウィンドウで開きます等や、連邦準備制度理事会(FRB)による住宅ローン担保証券(MBS)購入に伴う住宅ローン金利の低下がプラスに作用した面もあると考えられる。

一方、資産面に目を向けると、株式を始めとする金融資産は順調に回復しており、総資産額は増加している(前掲第1-4-8図)。ただし、これまで住宅価格が低水準で推移してきた結果、実物資産は伸び悩んでおり、総資産額は金融危機前の水準には達していない。また、株式を始めとした金融資産の保有者の多くは高所得層であり、資産額の少ない低・中所得層の負担感は依然として高いままである58別ウィンドウで開きます

第1-4-8図 家計の負債・資産:住宅ローン減少
第1-4-8図 家計の負債・資産:住宅ローン減少
第1-4-9図 金融機関の貸出態度:やや緩和も厳しい状態
第1-4-9図 金融機関の貸出態度:やや緩和も厳しい状態

このように、所得環境は依然として厳しい状態が続いているが、家計のバランスシート調整は進展している。今後、さらに消費を喚起し、それを持続的な経済成長に結び付けていくためには、一段のバランスシート調整の進展が不可欠である。そのためには、雇用環境の改善に伴う安定的な所得の確保や住宅価格の上昇によるネガティブ・エクイティの解消等が重要となってくる。

(ii)欧州政府債務危機懸念に伴うマインドの悪化による影響

11年に入ると景気の減速や連邦債務の法定上限問題等を背景に、消費者や企業のマインドは7~9月頃にかけて悪化した。さらに、これらの問題が当面解消されたにもかかわらず、その後再燃した欧州政府債務危機への懸念からマインドは低下を続けた。まず消費者マインドは、11年7~9月頃に大幅な悪化を示した後、12年に入ると、欧州政府債務危機をめぐる状況が落ち着きをみせはじめ、株価も上昇を続けたことから一旦は持ち直した。12年4月頃にはガソリン価格の高騰や雇用環境の改善の遅れから再び緩やかな悪化傾向となったものの、9月には失業率が低下したこと、追加的な金融緩和を受けて株価が高値で推移したことなどにより改善に転じている。なお、所得階層別にみると、ガソリン価格が高騰した12年春には中・低所得層でマインドが悪化している一方、高所得層は株価に連動して改善しており、所得階層によりばらつきがみられる(第1-4-10図)。

第1-4-10図 消費者信頼感指数の推移:高所得層とその他階層との間にかい離
第1-4-10図 消費者信頼感指数の推移:高所得層とその他階層との間にかい離

これに対して企業マインドは、12年半ばまでは消費者マインドと同様の動きをみせたが、その後、大幅に落ち込んだ。特に、製造業では一時50を下回り、09年以降初めて業況が縮小していることを示している(第1-4-11図)。

企業マインド悪化の要因のひとつに、輸出の受注減少や輸入の減少がある。製造業では輸出受注が4月から急速に低下、7月に底を打ったものの50を下回ったまま推移しており、輸入も6月以降低下し、8月には50を下回っている。新規受注も同時期に低下しているが、この頃は国外では欧州政府債務危機が深刻化した時期にあたり、その後も同問題を含めて引続き世界経済の先行きが不透明なことから輸出受注が振るわないと考えられる。また、国内ではガソリン価格の上昇等により個人消費の増加テンポが緩やかになった時期と重なっており、こうした要因により輸入の減少につながったと考えられる。非製造業でも製造業と同じような動きとなっているが、9月になると、どちらも新規受注が改善し、総合指数もやや改善している。この背景には、「財政の崖」に対する懸念はあるものの、雇用環境等が改善した結果、個人消費の持ち直しテンポが回復したことがあり、この動きが輸入の回復につながる可能性があると考えられる。

第1-4-11図 企業マインドの推移:年央以降、急激に悪化
第1-4-11図 企業マインドの推移:年央以降、急激に悪化

一方、海外での売上・収益依存度が相対的に低いと考えられる中小企業のマインドにも、悪化の動きがみられる。中小企業の景況感を示すNFIB中小企業楽観指数の動きをみると、まず、金融危機以降も低水準にとどまっており、経営環境が依然厳しい状況が続いていることが示唆される(第1-4-12図)。また、11年7~9月期には債務上限問題をめぐる緊張が高まる中で、指数は90を下回った後、一時持ち直しの動きもみられたが、12年初以降、ISM景況指数と同様に再び低下している。

第1-4-12図 ISMと中小企業の景況指数:12年初以降ともに低下
第1-4-12図 ISMと中小企業の景況指数:12年初以降ともに低下

NFIBが毎月中小企業に対して実施している調査によると、景気後退以降は「売上不振」が中小企業の直面する最大の問題だったのに対し、政治面と規制面の不透明感が高まっていることを反映して、「政府の規制等の対応」が増加傾向にあり、9月時点では「税金」とともに最大の問題点となっている(第1-4-13図)。また、NFIBが加盟企業を対象に行った別の調査59別ウィンドウで開きますでも、「経済情勢の不確実性」の他に「政府の行動に関する不確実性」が懸念材料の上位を占めており、国内政策の先行き不透明感から中小企業の景況感が押し下げられているといえる。

第1-4-13図 中小企業の懸念事項:国内政策への懸念が増大
第1-4-13図 中小企業の懸念事項:国内政策への懸念が増大

後述する大統領選に伴う税制の変更等のいわゆる「財政の崖」をめぐる国内政策の先行き不透明感に対する懸念は、中小企業のみならず企業全体のマインドを冷やしている。

これら海外需要及び国内政策に起因する先行き不透明感の強まりは、それだけで企業マインドを下振れさせ、経済活動を萎縮させる可能性がある。ニューヨーク連銀の特別調査によれば、12年半ば以降、新規投資や雇用の計画を下方修正する企業もあるという(第1-4-14図)。また、ニューヨーク連銀やフィラデルフィア連銀の製造業業況調査では、12年央以降、6か月先の企業の設備投資意欲は大幅に弱まっている(第1-4-15図)。実際、設備投資の先行指標とされる12年7~9月期のコア資本財受注60別ウィンドウで開きますは前期比6.4%減と、金融危機以降で最大の減少率をみせている。この受注減には、ヨーロッパや中国の需要鈍化の影響も指摘されるが、12年後半以降の国内の設備投資動向にも大きく反映される可能性があり、注視していく必要がある61別ウィンドウで開きます

第1-4-14図 雇用と投資の年初計画からの修正:年央以降の計画を下方修正
第1-4-14図 雇用と投資の年初計画からの修正:年央以降の計画を下方修正
第1-4-15図 製造業の設備投資動向調査:年央以降に大幅に弱まる
第1-4-15図 製造業の設備投資動向調査:年央以降に大幅に弱まる
(iii)雇用環境の改善の遅れ

後述のとおり、FRBは9月のFOMCにおいて追加金融緩和策の実施に踏み切ったが、声明文において「一段の金融緩和がなければ、経済成長が労働市場の持続的な改善を実現するために十分な強さとならない可能性があることを懸念している」とし、「労働市場の見通しが著しく改善しない場合、物価安定の下で、そうした改善を実現できるまで、委員会は住宅ローン担保証券(MBS)の購入を継続し、追加の資産購入を実施するとともに、その他の政策手段を適宜活用する」と、更なる追加金融緩和の可能性も示唆した。

また、8月末に開かれたジャクソンホールでの講演においてもバーナンキFRB議長が、「雇用市場の停滞は特に深刻な懸念事項である。これは、非常に困難な状況をもたらし国民の能力を無駄にするだけでなく、高止まりしている失業率によって経済が何年にもわたって構造的な打撃を受ける可能性がある。」と指摘するなど、FRBは雇用に対して、極めて厳しい見方をしている。

09年6月を底とする今回の景気回復局面における雇用の改善ペースは、過去と比較すると遅れている(第1-4-16図)。雇用者数の減少幅がこれまでに例を見ないほど大きかったこともあり、各景気後退期において1か月の雇用者数の減少幅が最も大きかった月をゼロ(第1-4-2図内での年月)とし、それ以降の雇用者数の増減累計が再びゼロに戻るまでに要した期間は44か月と過去6回の景気回復局面と比較して最長となっている。加えて、改善のペースも91年2月に次いで2番目の遅さとなっている。

第1-4-16図 過去の景気回復局面での非農業部門雇用者数の伸び:回復までに要した期間は最長、改善ペースも2番目の遅さ
第1-4-16図 過去の景気回復局面での非農業部門雇用者数の伸び:回復までに要した期間は最長、改善ペースも2番目の遅さ

それでは、非農業部門雇用者数の改善は、ほかの経済指標の動きに比べて遅れているのだろうか。NBERが景気の山谷の判断のため、「非農業部門雇用者数」のほかに使用している4指標(実質所得、実質売上、鉱工業生産、実質消費)の改善ペースと比較すると、12年9月時点で世界金融危機前の水準を回復しているのは「実質消費」のみである(前掲第1-4-2図)。水準でみると、世界金融危機前を回復していないものは他にもあるが、改善のペースについてはほかの指標と比較しても非農業部門雇用者数が最も遅い。

このように、雇用の回復が相対的に遅い背景について、その他の雇用関連指標の動きを確認することで探ってみよう。

アメリカの労働力人口の伸び率は、世界金融危機以降、生産年齢人口(16歳以上の人口)の伸び率を下回って推移している(第1-4-17図)。人口という切り口から雇用と消費を比較すると、生産年齢人口、ひいては総人口の増加が続いていることもあり、実質消費は世界金融危機前から改善したが、雇用者数の伸びは限定的となっているとみることもできる。

第1-4-17図 生産年齢人口、労働力人口、就業者数の伸び率:08年以降の労働力人口の伸び率は16歳以上人口の伸び率を下回る
第1-4-17図 生産年齢人口、労働力人口、就業者数の伸び率:08年以降の労働力人口の伸び率は16歳以上人口の伸び率を下回る

また、就業率(生産年齢人口に占める就業者の割合)は、リーマンショック後に大きく低下した後、低水準で横ばいとなっており、労働参加率の低下と共に、雇用環境が依然として厳しいことを示している(第1-4-18図)。

第1-4-18図 就業率と労働参加率の推移:就業率は、リーマンショック以降に大幅に低下し、その後は横ばい
第1-4-18図 就業率と労働参加率の推移:就業率は、リーマンショック以降に大幅に低下し、その後は横ばい

さらに、失業者の状況についても改善のペースは遅い(第1-4-19図)。失業者数は、過去と比較すると高水準のままである。直前が就業意欲喪失者であった失業者62別ウィンドウで開きますの数も、減少傾向にはあるが、そのペースは遅い。また、新規失業者数の増加も続いている。新規失業者数の増加については、より良い職を求めて自発的失業者となった者が増えている可能性はあるが、新規失業者数は自発的失業者数を上回って推移している。あわせて、失業者にはカウントされないが、経済的な理由により正規雇用ではなくパートタイムで働く労働者数も過去と比較すると高水準にある。雇用環境は改善傾向ではあるものの、依然として改善のペースは遅いことがうかがえる。

失業保険受給者数の推移を見ても、依然として改善の鈍い雇用環境がうかがえる(第1-4-20図)。連邦政府が負担している緊急失業保険給付EUC及び州・地方政府が負担する延長失業保険給付EBの受給人数は減少しているものの、これは、12年6月より開始された同制度の給付対象者範囲の段階的縮小によるものと考えられる。失業した最初の段階で給付が始まる失業保険給付UIの受給人数は12年に入ってからおおむね横ばいで推移していることから、失業保険手当を受けられなくなってしまった失業者が増加しているとみられる。

第1-4-19図 失業者の状況:依然として改善せず
第1-4-19図 失業者の状況:依然として改善せず
第1-4-20図 失業保険受給者数の推移:改善のテンポは緩慢
第1-4-20図 失業保険受給者数の推移:改善のテンポは緩慢

では、どの程度の雇用者の増加があれば、失業率の低下基調が続くのだろうか。ここでは、失業率を低下させるのに必要な就業者数の増加について、4つの時期に区切ってそれぞれ算出した63別ウィンドウで開きます(第1-4-21表)。80年以降のデータを用いると、失業率が低下するために必要な就業者数の増加は毎月11万人必要であったが、リーマンショック以降の09~12年のデータを用いると、毎月1万人就業者数が増加するだけで失業率は低下する。この背景には、労働力人口の伸び率の低下が挙げられる。前掲の第1-4-17図で示したとおり、労働力人口は、12年は0.8%の伸びを示したものの、09年以降は3年連続で減少しており、09年~12年にかけては0.1%の伸びにとどまっている。一方で、09~12年にかけての生産年齢人口は平均で0.7%伸びている。労働参加率が80年代の水準まで低下し、労働市場から退出する生産年齢人口が増加した結果、就業者数の増加が以前より小さくても失業率が低下しやすい状況となっている。ただし、12年に入ってからは、労働力人口の伸び率が80年以降の平均水準まで高まっており、労働力人口の増加のペースが続く場合には、80年以降の平均と同程度の就業者数の増加が必要である。

第1-4-21表 失業率が低下するために必要な就業者数の伸び:09~12年のデータで試算すると、毎月+1万人以上の伸びがあれば失業率は低下
第1-4-21表 失業率が低下するために必要な就業者数の伸び:09~12年のデータで試算すると、毎月+1万人以上の伸びがあれば失業率は低下

なお、生産年齢人口全体でみた労働参加率は低下傾向にあるが、年齢別に見ると、16~19歳の労働参加率や働き盛りの世代(25~54歳)の労働参加率が低下する一方で、55歳以上の高齢層の労働参加率は上昇している。アメリカにおける労働参加率の低下は、若年層が主導しており(第1-4-22図)、雇用環境の厳しさをより反映しているといえる。

第1-4-22図 年代別労働参加率の推移:若年層は低下し、高齢層は上昇
第1-4-22図 年代別労働参加率の推移:若年層は低下し、高齢層は上昇

以上、雇用環境については、依然として改善のペースが遅いことを確認したが、その一方で失業率の推移をみると、9月以降はオバマ大統領就任当初の水準である7%台に低下した(第1-4-23図)。FRBがFOMCで公表している長期的な水準5.2~6.0%と比較すると、依然として高水準にあるものの、改善傾向が続いている点は明るい材料といえる。このような改善のペースを加速させるまたは鈍化させないため、FRBは9月のFOMCで追加の金融緩和策を決定した。この金融政策の動きについては、2.(2)で詳しく触れる。

第1-4-23図 失業率の推移:09年1月の水準まで低下
第1-4-23図 失業率の推移:09年1月の水準まで低下
(iv)金融危機の発端となった住宅市場に改善の動き

06年に調整局面入りしてから、低迷を続けてきた住宅市場に改善の動きがみられる。実質住宅投資は、12年7~9月期には前期比年率14.4%と大幅に伸び、6四半期連続の増加となった(前掲第1-4-1図)。また、新築住宅着工件数の増加に加え、住宅販売でも11年4月から、前年比で増加の動きが継続しているほか、12年6月には、1戸建て中古住宅の価格を示すケース・シラー住宅価格指数が1年9か月ぶりに前年比プラスに転ずるなど、持ち直しの動きが鮮明となっている(第1-4-24図)。

住宅着工件数の内訳をみると、持ち家を失った家計が賃貸物件へ移行し賃貸住宅の空室率が低下する中で64別ウィンドウで開きます、11年は賃貸向けの集合住宅が増加し、全体の着工件数を押し上げていた。12年に入ると、一戸建ての住宅着工も持ち直しの動きをみせている(第1-4-25図)。着工件数は、06年1月ピーク時の年率227.3万件に対し、未だ1/3程度と低水準ではあるものの、着工件数に先行する許可件数についても前月比で堅調な増加が続いている。

第1-4-24図 住宅市場の動向:中古・新築ともに改善の動き
第1-4-24図 住宅市場の動向:中古・新築ともに改善の動き
第1-4-25図 住宅着工件数の推移:1戸建住宅でも持ち直し
第1-4-25図 住宅着工件数の推移:1戸建住宅でも持ち直し

こうした動きの背景として、在庫が大幅に縮小していることがある。新築市場では、これまで住宅着工が大幅に抑制65別ウィンドウで開きますされたことにより在庫調整が進み、月当たり販売戸数に対する在庫の割合(以下「在庫販売比率」という)は、金融危機以前の長期平均の4.5か月まで戻している(第1-4-26図)。また、11年後半以降、新築住宅販売も緩やかに増加する中で、新築住宅価格の上昇とあいまって、住宅建設業者の景況感を示すNAHB住宅指数も上昇しており、新築住宅市場の先行き見通しは改善している(第1-4-27図)。

第1-4-26図 在庫販売比率の推移:在庫は縮小傾向
第1-4-26図 在庫販売比率の推移:在庫は縮小傾向
第1-4-27図 新築住宅とNAHB住宅指数:先行き見通しも改善
第1-4-27図 新築住宅とNAHB住宅指数:先行き見通しも改善

一方、住宅市場の大部分を占める中古市場でも在庫圧縮が進んでいる。08年に11か月以上あった在庫販売比率は、12年9月には6か月を下回り、在庫件数は220万件と05年以前の水準まで減少している(前掲第1-4-26図)。中古市場の場合、差押え物件が競売等を通じて市場に流入して在庫を形成するが、こうした流入物件の減少が全体の在庫縮小につながっていると考えられる。また、販売面では、賃貸転用を目的とした投資家など住宅ローンを必要としない購入者にけん引され66別ウィンドウで開きます、販売件数は前年比10%増と緩やかに増加している。差押え物件は、競売において中古住宅市場の8割程度の価格で販売されるため、こうした物件の流入が減少し、販売件数に占める比率が低下すれば、販売中位価格は押し上げられる。実際、差押え手続き中の在庫が減少している西部地域では中位価格の上昇が顕著にみられる(第1-4-28図)。こうした12年以降の在庫減少の動きによって、中古中位価格は大幅に、住宅の平均価格であるケース・シラー価格指数も緩やかに上昇している(第1-4-29図)。

第1-4-28図 差押え在庫と中位価格:差押えが進展する西部で大幅に価格上昇
第1-4-28図 差押え在庫と中位価格:差押えが進展する西部で大幅に価格上昇
第1-4-29図 中古販売と住宅価格:中位価格が大きな伸び
第1-4-29図 中古販売と住宅価格:中位価格が大きな伸び

価格の反転は、実物資産価値の下げ止まりとなって、家計のバランスシート調整を進展させる。未だ住宅ローンの20%以上が、住宅ローンの残額が当該住宅の現在価値を上回る債務超過の状態(ネガティブ・エクイティ)にあるとされる。しかしながら、住宅価格の上昇を背景に、その件数は12年1~3月期から60万件減少しており(第1-4-30図)、今後も住宅価格の上昇が続けば、さらに状況の改善が進むことが期待される。また、ネガティブ・エクイティは、住宅の買換えのほか、低金利の住宅ローンへの借換えも困難なものとしているが、資産価値向上により借換えが促進されれば、元利払いの負担減少にもつながっていくと考えられる。

さらに、住宅価格の下押しリスクとなる「隠れ在庫(Shadow Inventory)」は、未だ約260万件と高水準にあるものの、前年比10.2%減と改善傾向にある67別ウィンドウで開きます。差押え物件の発生比率は、10年10月以降、差押え手続きの変更等により減少しており、12年2月の住宅ローン差押え手続き不備をめぐる係争の和解成立68別ウィンドウで開きますで再び増加する懸念もあったが、その後もおおむね横ばい(発生件数では減少)で推移している。また、差押え手続きが開始される90日以上の長期延滞ローンの比率も緩やかに低下しており、新たに隠れ在庫が発生する頻度も徐々に低下傾向にあるといえる(第1-4-31図)。月当たりの販売件数に対して6か月分程度も残存する隠れ在庫は、これらが市場に放出される量が増えれば、再び住宅の需給バランスを悪化させるリスクと依然なりえるが、そうした蓋然性はこれまでに比べれば、少しずつ減少してきているといえる。

第1-4-30図 ネガティブ・エクイティの推移:12年に入り改善傾向
第1-4-30図 ネガティブ・エクイティの推移:12年に入り改善傾向
第1-4-31図 差押え発生率と深刻な延滞物件:改善傾向
第1-4-31図 差押え発生率と深刻な延滞物件:改善傾向

このように改善の動きがみられる住宅市場に対し、住宅ローン等の住宅金融市場の回復は鈍い。金融機関の住宅ローンの融資基準は依然厳しく、住宅市場の回復を抑制している。中古販売に先行する中古成約件数は12年初以降増加傾向にあるものの、中古販売件数からかい離しており、購入者が成約しても購入に必要な住宅ローンの融資を受けられず、結果的に売買に至らないケースも存在していると考えられる(第1-4-32図)。低金利のプライムローンを借りるために必要なクレジットスコアは金融危機以降高止まりしており、その結果、11年の住宅ローンの組成金額は低い水準にとどまっている。FRBが実施した融資担当者への調査によれば69別ウィンドウで開きます、金融機関の貸出態度緩和を妨げる要因として、経済及び住宅価格の先行きの不透明感に加え、後述するGSE(政府支援機関)が金融機関から買い取って証券化した住宅ローン債権に損失が発生した場合に、GSEが金融機関に対し住宅ローン証券の買戻し請求を行使することに対する強い懸念がある。

第1-4-32図 中古住宅販売と成約件数:売買に至らないケースも
第1-4-32図 中古住宅販売と成約件数:売買に至らないケースも

また、アメリカの住宅ローンは、住宅ローン残高の6割、新規貸出の8割以上が証券化(住宅ローン担保証券:MBS)されている。金融危機によりMBS発行市場から民間企業が撤退して以降は、政府支援機関であるGSEや政府系住宅機関が保証するエージェンシーMBS(第1-4-33表)がほぼ実質的にアメリカの住宅ローンの流動性供給を支えている70別ウィンドウで開きます(第1-4-34図)。

第1-4-33表 住宅ローンの種類
第1-4-33表 住宅ローンの種類
第1-4-34図 住宅ローンの組成金額:エージェンシーMBSが大部分
第1-4-34図 住宅ローンの組成金額:エージェンシーMBSが大部分

GSEである連邦住宅抵当公庫(ファニーメイ)及び連邦住宅貸付抵当公社(フレディマック)の両社は06年以降に経営が悪化した。しかし、両社の経営悪化が住宅金融市場全体のローン供給機能を低下させ、住宅市場の更なる停滞を招くおそれがあるとして、財務省は両社に対し無制限に公的資金を注入してこれまで支えてきた。

その結果、資本注入された公的資金は累計1,880億ドル以上にのぼっており、連邦政府財政にも大きな影響を与えていることから、政府はMBS市場への関与の縮小を目指し、12年末には財務省のGSEに対する資本注入額に上限が設けられることになっている。GSEの存廃やそのあり方をめぐってアメリカ連邦議会ではこれまでも議論が進められてきたが、与野党間の意見の隔たりも大きく、改革の先行きは不透明である。

住宅価格が上昇し不良債権の損失も減少する中、12年4~6月期決算では、両社ともに黒字に転換しており、公的資金の上限設定がもたらす影響は大きくないと考えられる。しかし、こうした住宅金融の先行き不透明感とともに、住宅ローンを家計に融資する金融機関やMBSを購入する投資家等に対し、MBSの信用性や流動性に関わる懸念を招く恐れもあり、住宅市場をめぐる動向については今後も注意が必要である。

2.財政・金融政策による対応

世界金融危機への対応に伴う財政支出により財政赤字は09年度に急激に拡大した。10年度以降、財政赤字は減少に転じたものの、ブッシュ減税等の延長措置により歳入が伸び悩む一方、社会保障や医療関係費、軍事費の拡大により歳出削減は進まず、4年連続で1兆ドルを超える水準となっている。

こうした中、世界経済の減速とあいまってアメリカの景気回復は緩やかなものにとどまっているが、財政支出による景気対策の余地は限られており、金融緩和による景気下支えが続いている状態となっている。

(1)緊縮財政による短期的な景気下押しリスクと中期的な財政健全化に向けた取組

(i)財政赤字の拡大と削減への取り組み

連邦政府の財政赤字は09年度に急増し、約1.4兆ドルに達したが、それ以降は減少を続けている。行政管理予算局(OMB)によれば、12年度は個人所得税の減税措置等が延長されたものの、法人所得税が増加したことなどにより歳入が伸びた。一方、すでに実施されている歳出削減策71別ウィンドウで開きます等により歳出額が抑制されたことなどから、財政赤字はGDP比8.6%から同7.0%に縮小した。

11月6日に実施された大統領選挙では事実上オバマ大統領が再選を果たし、基本的には13年度以降も現在の施策が継続されるとみられる。こうしたことから、13年度には年収25万ドル以上の層に対する個人所得税減税措置の失効や医療制度改革等により歳入が増加する一方、引き続き歳出削減策が採られることなどから、財政赤字はGDP比6.1%に縮小する見込みとなっている。(第1-4-35図)。

第1-4-35図 財政収支の推移:財政赤字は減少傾向
第1-4-35図 財政収支の推移:財政赤字は減少傾向

12年度の財政赤字は前年度に比べ、GDP比で1.7%縮小したとはいえ、09年度以降4年連続で1兆ドルを超える水準となっており、連邦政府の債務残高は法定上限に近付いている72別ウィンドウで開きます。このため、12年末から13年初にかけて債務上限に達する可能性があるが、11月6日の大統領選挙及び上下両院選挙の結果、下院では再び共和党が過半数を確保したことから、債務上限引き上げをめぐり、大統領と議会との間で緊迫した協議が行われることが予想される73別ウィンドウで開きます(第1-4-36図)。

第1-4-36図 債務残高と債務上限:近い将来債務上限に達する可能性
第1-4-36図 債務残高と債務上限:近い将来債務上限に達する可能性
(ii)財政の崖

オバマ大統領の再選により、13年度は、12年末で失効予定の高所得層を除く減税措置等の延長といったオバマ大統領が現在主張している政策が基本になると考えられる。しかしながら、下院の過半数を確保した共和党は所得制限を設けずに現行所得税減税措置等の延長を訴えており、引き続き議会との対立構造が残ったままとなっている(第1-4-37表)。オバマ大統領は大統領選挙後の勝利演説等の中で共和党に対して融和を訴えているが、今後12年末に向けて双方の歩み寄りが図られるかどうかは予断を許さない状況が続くとみられる。

第1-4-37表 民主党・共和党の政策比較(主なもの)
第1-4-37表 民主党・共和党の政策比較(主なもの)

こうした協議が不調に終わり、仮に何ら解決が図られなかった場合、個人所得税の減税措置等すべてが失効し、また、11年予算管理法による強制的な歳出削減措置等が実行される。その影響について議会予算局(CBO)は、「一連の緊縮財政により、12年度に比べ13年度には6,070億ドル(GDP比4.0%)の財政収支の改善が図られる74別ウィンドウで開きます一方、ぜい弱な成長の経済への悪影響が懸念される」と指摘している(第1-4-38表)。

第1-4-38表 「財政の崖」の影響(13年度財政収支額):経済に与える影響は大きい
第1-4-38表 「財政の崖」の影響(13年度財政収支額):経済に与える影響は大きい

「財政の崖」をめぐる実質的な協議は今後進められることになると考えられる75別ウィンドウで開きますが、CBOは、個人所得税の税率引下げ措置や設備投資減税等の延長が実施され、また、11年予算管理法による強制的な歳出削減が見送られるといった場合のシナリオについて試算している。それによると13年の実質経済成長率は1.7%(13年第4四半期の12年第4四半期比)となっている。一方、これらの施策が実施されず、現行法により各種減税措置の失効や歳出削減等が図られた場合、マイナス成長が予想されている(第1-4-39表)。

第1-4-39表 「財政の崖」の影響(実質経済成長率):13年は大きく下押し
第1-4-39表 「財政の崖」の影響(実質経済成長率):13年は大きく下押し

こうした状況ではあるが、多くの民間エコノミストや消費者は「財政の崖」について、現在の減税措置や強制的な歳出削減のかなりの部分が延長・先送りされるとみていると考えられ、後述するように、13年の実質経済成長率の民間エコノミストの予測は2.0%となっている。このような動きは、企業側のマインド調査で「財政の崖」を理由として設備投資を控えているのとは対照的である。アメリカの財政状況はひっ迫しており、財政再建が喫緊の課題となっている中、「財政の崖」を構成する項目のほとんどが延長や先送りされる蓋然性は低いと考えられ、企業側がこうした事情を慎重に踏まえた上で需要見通しを検討している可能性がある。

(2)金融政策による対応

(i)追加金融緩和(いわゆるQE3)の実施

前述のように、「一段の政策緩和がなければ経済成長が労働市場の持続的な改善を実現するためには十分な強さとならない可能性があること」を懸念し、FRBは9月のFOMCにおいて追加の金融緩和を決定した。

具体的には、まず住宅ローン担保証券(MBS)を毎月400億ドルのペースで追加購入することを決定した。また、声明文では「労働市場の見通しが著しく改善しない場合、物価安定の下で、そうした改善を実現できるまで、委員会はMBSの購入を継続し、追加の資産購入を実施するとともに、必要に応じてほかの政策手段を活用する。」との方針が示され、今回のMBSの買取りについては、期限や規模を明示しない、いわゆる「オープン・エンド型」の資産買い取り策が採られた。そのほか、異例に低水準のFF金利が妥当となる期間として、「今のところは、少なくとも15年半ばまでと見込んでいる」、とし、8月までの「少なくとも14年遅く」から時間軸が延長された。さらに、雇用最大化と物価安定に向けた継続的な進展を支えるため、委員会は「景気回復が強まった後の相当な期間において、非常に緩和的な金融政策スタンスが引き続き適切になると予想している」とし、政策金利が長期にわたり異例の低水準に維持される可能性を示唆した。9月の決定で採られた政策は、過去の措置と同様のものであるが、「オープン・エンド型」の資産買取り策である点、政策金利に関して、時期を明示せずに「景気回復が強まった後の相当な期間」までと時間軸をさらに長期化したという点で、FRBとして新たな取り組みを始めたといえる。

(ii)9月のFOMCにおいて新たに決定されたMBSの買取り策

12年9月に決定されたMBSの買取りは、期限や最終的な規模を明示していない点などを除き、09年1月から10年3月にかけて信用緩和策の一環として実施されたものと基本的には同じもので、エージェンシーMBSを毎月一定額買入れるものとなる。ここでは、今回のMBS買取り策について、09年時と比較しながら概観したい。

まず、エージェンシーMBSは、前述のとおり、GSEや政府系住宅機関が保証するMBSであるが(前掲第1-4-33表)、その発行残高は政府機関債(エージェンシー債)と合わせると7.5兆ドルを上回る規模となる。政府機関債とエージェンシーMBSの保有構造を見ると、商業銀行のような金融機関以外にも、国債に匹敵する信用力が高い債券として年金・投資信託や海外投資家等、幅広い機関に保有されてきた(第1-4-40図)。金融危機以降、海外投資家等の保有残高が減少する中、09年1月から10年3月にかけてFRBが総額1.25兆ドルにおよぶMBSの買取りを行うと、10年4~6月期には、連邦準備制度(FED)の保有残高は1.3兆ドル程度まで増加した。保有残高は、その後減少したが、11年10月からのMBS元本再投資以降下げ止まり、今回のMBS買取り措置を受けて、11月初時点の保有残高は9,300億ドルとなっている。

第1-4-40図 政府機関債・エージェンシーMBSの保有残高:FEDの保有額は再び増加
第1-4-40図 政府機関債・エージェンシーMBSの保有残高:FEDの保有額は再び増加

12年9月から開始された本措置は、月あたりの購入額が1,000億ドルを超えていた09年に比べると、単月投資額としては規模が小さいものの(第1-4-41図)、今回は期限や最終的な規模が明示されていないため、総額規模は比較ができない。11年10月から開始された250億から300億ドルの元本再投資分と9月に発表された毎月400億ドルの新規の買入れ額を合わせると、月間700億ドル近いMBSが毎月買い入れられることになる。このペースが続けば、13年10月には11年10月のMBS元本再投資額以降の累計額が、前回のMBS投資総額(1.25兆ドル)を上回る計算となる。なお、アメリカ証券業金融市場協会(SIFMA)によると、エージェンシーMBSは毎月1,400億ドル程度(12年平均)が新規に発行されているが、FRBの購入額はこうした新発債の50%程度に相当し、MBSの流動性を支えることとなる。

第1-4-41図 FRBによるMBS買取り額:単月では規模が小さい
第1-4-41図 FRBによるMBS買取り額:単月では規模が小さい

この買取り策はエージェンシーMBSの購入によって、住宅ローン金利に直接作用させようとするもので、実際に09年の場合には、拡大していた住宅ローン金利と国債利回りのスプレッドを縮小させ、その後長期金利が上昇する局面では、住宅ローン金利の上昇分を吸収した。今回のMBSの追加買取りでは、QE3でのMBS買取りを事前に織り込む形でスプレッドを縮小させ、実施後はおおむね横ばいで推移している。なお、30年固定金利の住宅ローン金利は、10月初には3.36%と過去最低水準を大きく更新している(第1-4-42図)。

金利低下は住宅ローンの借換え需要を増加させる。今回のMBSの追加買取り開始後には、住宅ローンの借換え申請指数が一時的に09年来の水準まで達した(第1-4-43図)。フレディマックによれば、12年4~6月期中に住宅ローン20万ドルを借換えた者は、年間約2,900ドルの利払いを削減できたという試算を示しており76別ウィンドウで開きます、こうした借換えの促進が今後バランスシート調整を後押しすることが期待される。ただし、前述のとおり、金融機関による住宅ローンの貸出態度は依然厳しく、現在のところ新規購入用のローン申請の増加にはつながっていない。

第1-4-42図 住宅ローン金利の推移:金利を低下させる効果
第1-4-42図 住宅ローン金利の推移:金利を低下させる効果
第1-4-43図 住宅ローン申請指数の推移:借換え申請指数が急増
第1-4-43図 住宅ローン申請指数の推移:借換え申請指数が急増

9月の追加金融緩和策を決定した際、FOMC声明文において、「追加金融緩和によって長期金利に対して下方圧力を加え、モーゲージ市場を支援するとともに、より広範な金融状況をより緩和的にする一助となるだろう」とされた。前述のとおり、今回決定された追加金融緩和策は、09年に行われたものと同様に、大規模資産購入プログラム 77別ウィンドウで開きますの一環として実施されており、FRBによって行われた政策としては、QE1及びQE2と比較することも可能である。以下では、過去に実施されたFRBの金融政策と比較しながら、今回の追加金融緩和の決定が金融資本市場および実体経済に対してどのような影響を与えたかについてみていく。

(iii)金融資本市場への影響

まず、FRBが行ってきたリーマンショック後の金融政策について、簡単に振り返っておきたい。

FRBは08年12月に政策金利をそれまでの1.00%から異例に低水準となる0~0.25%に引下げたのを最後に、政策金利の誘導目標の操作という形での伝統的な金融政策を実施していない(第1-4-44図)。それ以降、現在においても、FF金利の誘導目標は0~0.25%の範囲で据え置かれている。一方で、08年12月のFOMCにおいて、今後の金融政策の重点を「公開市場操作やFRBのバランスシートの資産規模を高水準に保つ(伝統的金融政策以外の)ほかの手段を通じて、金融市場の機能を支援し、経済を刺激すること」に置く、と表明した。

第1-4-44図 政策金利・非伝統的金融政策の推移:FRBは様々な政策を打ち出す
第1-4-44図 政策金利・非伝統的金融政策の推移:FRBは様々な政策を打ち出す

09年以降、FRBの金融政策は非伝統的な金融政策へと移行していった。非伝統的な金融政策が実施され始めた09年以降における、金融政策の大きな内容の変化は以下のように三つある。

一つ目が「FRBのバランスシートの維持・拡大」である(第1-4-45図)。バランスシートの維持・拡大については、09年1月~10月にかけての信用緩和(政府機関債およびMBSの買取り)も含めた広義のQE1が、10年11月~11年6月にかけて主に中・長期国債の買取りが行われたQE2が、そして12年9月からはMBS買取りによる資産買い取りプログラム、いわゆるQE3がそれぞれ実施されている。この間、バランスシートの規模の維持等を目的として、元本償還分の再投資やツイスト・オペも実施されている。実際のバランスシートの動向をみると、信用緩和前の08年半ばに急激に拡大したが、狭義のQE1の間はそれ以上の拡大はみられない。QE2実施時には、10年末から11年央にかけて、既に大きく拡大していたバランスシートがさらに拡大した。

二つ目は、「時間軸政策の導入および強化」である。非伝統的金融政策に移行した後、初めて行われた09年1月のFOMCにおいて、政策金利に関する表現については、「異例に低水準のFF金利が当面は妥当となる公算が大きい」とされた。その後、同年3月には「さらに長い期間(for an extended period)」と表現が変更され、この表現は11年6月のFOMCまで維持された。その後、同年8月のFOMCにおいて「今のところは、少なくとも13年半ばまで」と表現が変更され、FOMC声明文の中で、ゼロ金利政策の継続期間について具体的に明示するようになった。直近、10月に行われたFOMCでは「今のところは、少なくとも15年半ばまで」と、時間軸がさらに延長されるとともに、非常に緩和的な金融政策が「景気回復が強まった後の相当な期間において」引き続き適切になるとした。

三つ目は、FRBの法的責務の一つである「物価の安定」について、「個人消費支出(PCE)デフレータの前年比で2%が長期的にみたFRBの法的責務と合致」と、目標数値が明確化されたことである。

第1-4-45図 FRBのバランスシート(資産サイド):維持・拡大が継続
第1-4-45図 FRBのバランスシート(資産サイド):維持・拡大が継続

これら3つの大きな内容の変化を踏まえたうえで、まずは、FRBによる非伝統的な金融政策の実施による金融資本市場への影響について、金融資産ごとに具体的にみていく。

まず、株価の上昇が挙げられる。QE1実施後は、09年3月につけた世界金融危機後の最安値から反転上昇した。また、QE2の時には、バーナンキFRB議長がジャクソンホール講演においてQE2を示唆した10年8月から株価は上昇し、11年初頭にかけて上昇局面が継続した。価格変動も大幅に低下し、市場が安定化した。高所得層を中心として、資産効果により消費が押し上げられた可能性がある。一方、QE3の時には、株価は、追加金融緩和を織り込みFOMC前から上昇していた。その後はおおむね横ばいで推移し、それ以降は米企業決算の内容を悲観し、下落している(第1-4-46図(1))。

続いて、米国債の利回りについては、QE1実施時には、リーマンショック後急低下していた金利が08年末のゼロ金利政策や09年初の信用緩和とともに反転し、狭義のQE1実施時には一時的に低下したものの、その後は再び上昇した。QE2実施時には、バーナンキFRB議長の発言後も金利は低下していたが、実際にQE2が実施されると上昇に転じた。QE3実施時には、その前まで低下していた金利が上昇した(第1-4-46図(2))。これについては、FRBが金融緩和の実施を決定する前の段階では、アメリカの経済指標やマインドが悪化していると考えられ、アメリカ景気の悪化を織り込むように金利が低下し、金融緩和決定後については、FRBの緩和策による景気回復期待あるいは、物価上昇期待から、金利が上昇していると考えられる。なお、QE1、QE2と比較すると、QE3実施後の金利上昇が限定的となっている。この背景には、前述のとおり、株価が下落していることに加え、非伝統的金融政策下における二つ目の内容の変化と関係するが、時間軸政策がより強化されていることも挙げられる。特に、ゼロ金利政策の継続期間について具体的に時期を明示していることに加え、9月のFOMC声明文において、「景気回復が強まった後の相当な期間」においても非常に緩和的な金融政策が引き続き適切になると予想しているとされたことが、影響していると思われる。なお、QE1、QE2の効果について、バーナンキFRB議長は、12年8月31日に開かれたジャクソンホールの講演において、「QE1を含む信用緩和策については長期金利を40~110bp、QE2については長期金利を15~45bp引下げる効果があった」と発言している。

最後に、為替レートについては、QE1実施時には、信用緩和を受けて一時ドル高になったものの、狭義のQE1実施に伴いドル安に転じた。QE2実施時には、それまで進行していたドル安が一時足踏みしたものの、その後再びドル安となった。QE3実施後は、対ユーロではおおむね横ばい、対円では日銀に対する金融緩和期待もあり、円安ドル高となっている(第1-4-46図(3))。また、市場参加者の学習効果によるものなのか、QE1は金融緩和実施後の反応が大きかったが、QE2及びQE3については、実施前にドル安が進行している。

第1-4-46図 金融資本市場の反応:各金融資産の動きは様々
第1-4-46図 金融資本市場の反応:各金融資産の動きは様々
(iv)実体経済に及ぼした影響

非伝統的な金融政策が実体経済に与える影響については、12年8月のジャクソンホールの講演において、バーナンキFRB議長は、「アメリカやほかの先進国で、非伝統的な金融政策の導入から既に数年経過していることから、こうした政策がどのように機能するか、われわれは既に知っている。これまでの経験に基づくと、こうした政策には効果があり、実施されなかった場合、07~09年にかけての景気後退は一段と深刻化し、現在みられる景気回復も今より緩慢なものになっていたことは明確だ」と一定の評価をしている。

ただ一方で、「非伝統的な政策が、経済活動と物価上昇に及ぼす効果の推計は不明確だ。非伝統的な政策は、より一般的に金融政策の限界に直面する。その限界とは、より広範でバランスのとれた経済政策の組み合わせを用いて達成できることを、金融政策のみでは達成できないということだ。また特にその国が直面する財政、および金融上のリスクを、金融政策で中和することはできないということだ。さらに、明らかに経済への成果を微調整することもできない」とも発言している。

バーナンキFRB議長も指摘しているように、FRBの追加金融緩和により、実体経済にどの程度影響を与えたかを推測することは容易ではないが、ここでは、物価動向及びマネー関連指標にどのような変化があったのかをみていく。

まず、物価については、期待インフレ率の動きも合わせてみていくこととする。

ここで使用している期待インフレ率は今後10年間に渡って金融資本市場が予想する物価上昇率の年率換算値であるため、FRBによる追加の金融緩和による将来の物価上昇効果を織り込んでおり、QE1、QE2、QE3ともに、実際の物価上昇率の動きよりも期待インフレ率の方が反応は大きくなっている。

期待インフレ率は、QE1実施時には、08年末のゼロ金利政策と09年初の信用緩和に伴い反落し、狭義のQE1実施後は上昇を続けた。QE2実施時には、バーナンキFRB議長の発言とともに反転上昇した。これは、金融緩和によって経済成長率が高まると期待されたことが背景にあるとみられる。一方、依然として需給ギャップが残っていることもあり、物価上昇圧力は限定的となり、実際の物価は落ち着いて推移した。コアPCEデフレータ及びコア消費者物価上昇率共に、12年9月時点でも08年の世界金融危機直後の水準を回復していない。また、FRBは、QE2を行った理由として、デフレ懸念の払しょくを挙げているが、実際の物価もラグはあるものの、前年比での伸び率が上昇しており、FRBの非伝統的な金融政策がデフレ回避という目標に対して一定の効果を発揮したといわれている。ただし、この時期の物価上昇については原油価格の上昇による影響もあった点には、注意が必要である。

QE3後の期待インフレ率及び実際の物価の動きについては、QE1及びQE2とはやや異なっている。期待インフレ率は追加金融緩和直後こそ上昇したものの、その後は落ち着いた動きをしている。直後の反応は、QE1及びQE2と同様の理由によるものと考えられるが、その後の落ち着いた動きについては、後に発表された経済指標や企業決算が悪かったこともあり、景気減速懸念が高まり、期待インフレ率上昇にはつながっていない可能性がある。実際の物価についても、今後発表される関連指標の動きが注目されるが現在のところ安定している(第1-4-47図)。

第1-4-47図 期待インフレ率と物価上昇率の推移:QE1及びQE2後とQE3後は異なる動き
第1-4-47図 期待インフレ率と物価上昇率の推移:QE1及びQE2後とQE3後は異なる動き

次に、マネーの動きをみていく。

ベースマネーは、リーマンショック後の金融市場の機能不全に対応するためにバランスシートを急拡大した08年後半に大きく増加した。その後、FRBが非伝統的な金融政策に着手した09年以降、ベースマネーは緩やかな増加傾向が続いている(第1-4-48図)。ただし、QE1とQE2実施時のベースマネーの前年比での伸びを比較すると、QE2実施時は実施後ラグを伴ってではあるが、伸びが拡大しているのに対して、QE1実施時は大幅に拡大された前年水準が維持されたため、伸び幅では大幅に縮小している(第1-4-49図)。なお、QE3については、現時点では顕著な伸びはみられていない。

一方、マネーサプライについては、ベースマネーの増加と比較すると、増加のペースは小さく、QE1、QE2実施時共に必ずしも実際のマネーサプライの増加や信用乗数の上昇には結び付いていない。これについては、世界金融危機によって金融機関のリスク許容度が低下したことや、そもそも経済成長率が高まらない中で資金需要の伸びが限定的だったこと等が指摘されている。ただし、12年3月以降は、マネーサプライの前年比の伸びがベースマネーの伸びを上回って推移しており、信用乗数は非常に緩やかではあるが改善傾向にある(第1-4-48図、第1-4-49図)。

第1-4-48図 信用乗数の推移:信用乗数は低下傾向だが、今年3月以降は徐々に増加
第1-4-48図 信用乗数の推移:信用乗数は低下傾向だが、今年3月以降は徐々に増加
第1-4-49図 マネー関連指標の伸び:今年3月以降は、マネーサプライの伸びがベースマネーの伸びを上回る
第1-4-49図 マネー関連指標の伸び:今年3月以降は、マネーサプライの伸びがベースマネーの伸びを上回る

(iii)、(iv)でみてきたように、FRBの追加金融緩和に対する金融資本市場や実体経済への影響については、QE1及びQE2実施時と、QE3実施時では、いくつかの異なる点がある。しかしながら、これらの政策が決定された際の目的やその時の経済状況も異なるため、それらを単純に比較することには留保が必要である。すなわち、QE1はリーマンショック後の経済成長率の大幅な落ち込みや、金融市場の緊迫化の中で、バランスシートを高水準に保つ政策の一環として、民間信用市場の改善を目的としたものであった。QE2は、経済の回復傾向の鈍化や物価上昇率の低下といった下方リスクを払しょくすることを目的としたものであった。一方、QE3は、物価が安定する中で労働市場の持続的な改善を実現させることを目的としたものである。

それらの影響についても、QE1はその直前のゼロ金利政策や信用緩和の影響と重なっていたり、QE2は原油価格上昇の影響と重なるなど、純粋に量的緩和政策だけの影響を抽出することは容易ではない。また、信用緩和を含む広義のQE1やQE2は株価・金利やインフレ期待に影響を与えた面はあるものの、実体経済に対する影響は必ずしも明確ではない。ちなみに、QE1やQE2の実施によっても、ベースマネーやマネーサプライが必ずしも大きく増加したわけではないことに注意する必要がある。

QE3については、FOMCの声明文の中で「長期金利に下方圧力を加え、モーゲージ市場を支援するとともに、より広範な金融状況を一段と緩和的にする一助となるだろう」としている。なお、QE3が実体経済や金融資本市場へ与える影響については、FOMC参加者の中で見方が分かれている78別ウィンドウで開きます。いずれにせよ、今回のQE3では、今後の資産購入ペースや継続期間の明示がされていないため、その実体経済や金融資本市場に与える影響については、こうした目的の違いやその時の経済状況に違いも踏まえながら、引き続き注視する必要がある。

(v)今後の金融政策動向の注目点

以上、12年9月に決定された金融緩和策を過去の事例と比較し、金融資本市場及び実体経済に与えた影響について見てきたが、最後に今後の金融政策の動向について、注目されている点について触れておきたい。

まず、1点目は、12年末に期限を迎えるツイスト・オペ79別ウィンドウで開きますを予定とおり終了するのか、あるいは延長するのか、という点である。ツイスト・オペの延長を決定した6月のFOMCの際に、実際のオペレーションを担当するニューヨーク連銀が公表した資料によると、12年12月末時点で、16年1月までに償還を迎える米国債、すなわち残存期間約3.5年以下の国債を全く保有しなくなるという。年限3.5年以上の国債の売却をしてでもツイスト・オペが延長されるかどうか注目されている。

2点目が、時間軸政策の強化である。現在のFRBの政策においては、ゼロ金利政策の継続期間についての明確化と、非常に緩和的な金融政策が「景気回復が強まった後の相当な期間において」引き続き適切になると予想している、とし、政策金利が長期にわたり異例の低水準に維持される可能性を示唆している。しかし、9月及び10月のFOMCの議事録では、ゼロ金利政策の時間軸について、現在のような日付ではなく、「労働市場と物価指標に関する数値的水準」といった経済指標の目標を設定する方法を検討している模様である。既に資産買い取りプログラムについては、期限を設けないオープン・エンド型が採用されたが、この時間軸についても同様にオープン・エンド型が採用されるかどうか、その際、どういった指標や数値を出してくるのかに注目が集まっている。

前述のとおり、「財政の崖」に対する懸念は、依然として高い状況にあり、景気下振れ懸念が高まる場合には、FRBに対しては、追加金融緩和期待が高まりやすい状況が続いている。

3.アメリカ経済の見通しとリスク

アメリカ経済は、現状では緩やかな回復が続いているが、以下ではアメリカ経済の先行きにかかるメインシナリオとそれに対するリスク要因について概観する。

(1)経済見通し(メインシナリオ)-緩やかな回復が続く

アメリカでは、可処分所得の増加が緩やかな状況にとどまっているほか、進展はしているものの家計のバランスシート調整が続いており、個人消費の持ち直しのテンポは緩やかな状態が続いている。また、設備投資は12年7~9月期に6四半期ぶりに前期比マイナスとなるなど弱い動きとなっているほか、世界経済の減速を受けて輸出が横ばいで推移している。加えて、特に州・地方政府では、連邦政府からの財政移転の縮小等により歳出削減が進められており、政府支出が縮小している。一方、住宅投資は低水準ながら持ち直しの動きをみせており、住宅価格の持ち直しの動きと併せて徐々に改善に向かっている。また、失業率も依然高い水準であるが低下傾向を示しており、雇用者も増加している。こうした結果、緩やかな回復が続いている。

また、現在、ガソリン価格は夏に一時上昇したものの、10月以降やや下落しており、干ばつの影響による穀物価格の上昇がほかの財やサービスに大きく波及することもなく、物価の上昇等は落ち着いた動きが続いている。

先行きについては、物価上昇率が落ち着いている下で、雇用や住宅が低水準ながら引続き改善するとの見込みから、消費は緩やかに増加していくと考えられる。設備投資は、欧州政府債務危機が現在も収束していないほか、「財政の崖」をめぐる不透明感から当面は弱含みで推移すると見込まれる。また、政府支出については、たとえ「財政の崖」が回避されたとしても、連邦政府ではある程度の財政緊縮の強化が予想される一方、州・地方財政も歳入増が見込めない中、景気に対してマイナスに働くことが想定される。この結果、13年は緩やかな回復となる見通しであり、13年全体の実質経済成長率は前年比2%程度となる可能性が高い(第1-4-50図)。

なお、前述したように、「財政の崖」をめぐる調整が不調に終わり、12年末から13年初にかけて、各種減税の失効、強制歳出削減の実施が行われる場合には、経済成長に対する大きな下押し圧力となる点に留意が必要である。

第1-4-50図 アメリカ経済の見通し
第1-4-50図 アメリカ経済の見通し

以下、個別の需要項目について概観する。

(i)個人消費

夏以降のガソリン価格高騰の影響により名目可処分所得の伸びに比べ、実質可処分所得の伸びは緩やかとなっている。しかし、今後も物価上昇率は落ち着いた推移が見込まれ、失業率は高い水準ながらも低下傾向にあり、雇用者数も増加が見込まれる、雇用環境の改善が期待され、それが可処分所得を引続き増加させると考えられる。また、住宅価格の持ち直しからバランスシート調整も一層進展することも期待される。こうした状況を踏まえると、消費は緩やかに増加していくことが見込まれる。

(ii)住宅投資

失業率が低下傾向で雇用者数が増加しており、住宅ローン金利も低下している中、住宅価格が上昇していることなどを背景に、住宅着工には持ち直しの動きがみられる。また、在庫は低下してきており、金融機関の差し押さえた物件が保有されたままとなっているような「隠れ在庫(shadow Inventory)」80別ウィンドウで開きますも確実に減少してきていることから、住宅価格は今後も持ち直しの動きが続く見通しである。こうしたことから、住宅需要は改善した状況が続くと考えられる。

(iii)設備投資

設備投資については、12年末までに行った新規設備投資に対して50%の償却が認められている。しかしながら、欧州政府債務危機が現在も収束しておらず、輸出の目立った増加は見込めない中、企業収益が鈍化傾向にあるほか、「財政の崖」をめぐる不透明感から当面は弱含みで推移すると見込まれる。

(iv)政府支出

現在も11年予算管理法に基づく財政赤字削減が進められているが、今後も更なる連邦政府支出の縮小が見込まれる81別ウィンドウで開きます。また、州・地方政府では、地域経済の回復の遅れや連邦政府による財政支援の縮小から緊縮的な財政運営が続く見通しである。こうしたことから、政府支出全体としては、マイナスの寄与が続くと見込まれる。

(v)外需

世界の景気は、当面弱い回復が続くとみられるが、ヨーロッパや中国等が適切な政策対応を前提とすれば、次第に回復テンポの持ち直しが期待されることから、外需も次第に上向きの動きとなると見込まれる。

(2)経済見通しにかかるリスク要因

見通しのリスクバランスは依然として下方に偏っており、具体的には以下のものが想定される。

(i)「財政の崖」に伴う成長鈍化

個人所得税の税率の税率引き下げ等の減税措置や予算管理法に基づく強制歳出削減については、減税措置の延長や強制歳出削減を回避するための法案が成立しない限り、13年から実施されることとなる。

一方で、11月6日の大統領選挙で、事実上オバマ大統領が再選するとともに、同日に行われた連邦議会選挙では上院は民主党が、下院は共和党が過半数を確保し、これまでのねじれ状態が継続することとなった。

このため、オバマ大統領と上下両院との間での調整が不調に終わる場合には、各種減税措置の失効、強制歳出削減が実行されることとなり、13年の経済成長は大きく下押しされることとなる。

(ii)欧州政府債務危機の深刻化と実体経済への波及

欧州政府債務危機は依然として収まっておらず、現在も引き続き金融資本市場が動揺している状態である。こうした混乱がさらに続く場合には、金融資産の価値下落、信用収縮の拡大等を通じて、実体経済に更なる悪影響を及ぼすおそれがある。また、債務危機の深刻化によりヨーロッパの実体経済がこれまで以上に悪化したり、リスク回避によるドル高が進展する場合には、輸出が一層減少するおそれがある。

(iii)雇用の回復の遅れ

増加の動きがみられる雇用者数の動きが鈍化したり、高い水準にある失業率の改善が進まない場合には、所得環境の悪化を通じて、消費や住宅等家計部門の需要が減退するおそれがある。

(iv)新興国経済の成長鈍化

ヨーロッパを中心とした先進国経済の減速が長引き、中国の経済対策による内需拡大の効果が十分には発現しないなど新興国経済の成長鈍化が長期化した場合には、輸出の減少を通じて生産が停滞するなど、景気が下押しされる可能性がある。

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