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第2章 財政再建と経済成長、金融システム

第3節 財政再建の成功事例

2.成功事例における財政再建策

  ここでは、財政赤字削減策とそれを支える制度・仕組みについて、財政再建の成功事例を検証する。
  財政再建に成功した国々の財政収支の変化の構造をみると、80年代後半から90年代にかけて構造的基礎的財政収支が大きく改善した結果、財政収支の黒字転換を達成しており、財政再建策が大きく寄与していることが示唆される(前掲第2-3-1図)。特に、カナダ、オーストラリア、スウェーデン、ニュージーランドでは、以下にみるように、(i)財政赤字削減手段、(ii)実効性を高める制度・仕組み、(iii)国内のコンセンサスの確保等に工夫がみられ、早い段階から財政再建メカニズムを確立して取り組んできたことが、成功の背景にあると考えられる。
  成功事例における財政再建策の特徴を概括したものが、以下の図である(第2-3-4図)。個別の取組については、第4節において詳述するが、以下ではこれらのポイントに沿って横断的に検証する。

(1)財政赤字削減の手段(歳出削減と増税)

  財政赤字縮小のための直接的な手段として、歳出削減、増税等の措置が挙げられるが、その有効性については様々な見解がみられる。先行研究の多くは、オーストラリアやスウェーデン等、財政の健全性を維持している国では、歳入増加策よりも歳出削減策に重きを置き、歳出の中では社会保障を抑制する傾向があると指摘している(5)。IMF(2010)は、歳出削減を中心とする財政再建の方が、増税を中心とする財政再建よりも経済への負の影響が小さく、GDP、失業率、国内需要の低下率が小さいと指摘している(6)。Alesina and Perotti(1996)は、増税による財政再建よりも、歳出削減、とりわけ移転支出と公務員給与の削減の方が持続的で成功しやすいことを指摘している(7)。これに対し、歳出規模抑制と共に、歳入増加も重要とする分析もある(8)

●歳出削減
  多くの先行研究で、歳出削減策の有効性を挙げており、その中で特に指摘されているのが社会保障費の削減である。高齢化の進展は各国共通の現象であり、今後、多くの国で社会保障費の大幅な拡大が予想されているが、制度改革等を通じて歳出の削減あるいは抑制が図られる場合には、その効果は将来にわたるものであることから、財政の持続的な改善が期待される。また、補助金等の削減も有効性が指摘されている。補助金を導入する背景は様々であり、削減を進めることが経済にとって必ずしも望ましいわけではないが、非効率な事業を誘発するような補助金を削減する場合には、財政負担の軽減とともに資源配分のゆがみの是正を通じて経済成長を高めることから、財政再建を後押しする可能性がある。実際に、各国でも社会保障費削減や補助金削減に取り組む事例が多くみられる(第2-3-5表)。その他、公務員数の削減等を通じて経常的支出の抑制を図る例もみられる。

●増税
  歳入増加策として課税ベースの拡大を図る取組がみられるものの、同時に、中長期的な活力を高めるために税率の引下げを行うケースも多く、財政改善効果としては中立的となる傾向がみられる(第2-3-6表)。増税は、ヨーロッパやオセアニア各国の成功事例において、財政再建の手段として積極的に導入されたケースはこれまで多くなかった。
  これに対し、90年代のアメリカでは積極的に増税政策が進められ、個人所得税、法人税等の税率引上げ、メディケア保険料の引上げのほか、個別品目(自動車燃料、たばこ、アルコール等)に対する消費税増税等が実施された(第2-3-6表)。景気回復局面に入り循環的な要因から税収が拡大したことも大きく寄与したが、株式市場の活況を背景にキャピタルゲインが増加する中で高所得層に対する税率引上げが行われたことは、増税による財政赤字削減効果を一層高めたと考えられる(9)

(2)財政再建策の実効性を高める制度・仕組み

  財政赤字削減策の実効性を高めるとともに、財政再建の持続性を確保、あるいは再建後の財政の健全性を維持していくためには、制度的担保の有無及び有効性も非常に重要である。これらの実現に貢献してきた各国の制度・仕組みの事例について、「法的枠組み」、「目標設定の在り方」、「中期財政フレーム」、「予算編成プロセス」等のポイントに着目し、以下、考察する。

●法的枠組み
  法的拘束力をもつ財政ルールは、説明責任・透明性の向上を図り、責任ある財政運営の遂行や財政運営の安定化に資することから、拘束力の弱いガイドラインや努力目標等に比べて、必然的に実効性が高いといえる(10)第2-3-7表)。過去のOECD諸国の財政再建事例の分析によれば、財政ルールが存在する場合には財政再建の規模は有意に大きく、より持続したという結果が得られている(11)
  また、財政ルールは財政再建に取り組む上で必要であるが、財政再建を達成した後、財政の健全性を維持していく上でも非常に重要である。財政収支が黒字化すると、減税や歳出増加を要請する動きが高まるためである。実際、アメリカでは、1998年度から2001年度にかけて財政黒字を達成したが、黒字転換と長期にわたる黒字の見通しの発表が財政ルールの運用を弛緩させ、2002年度以降、再び財政赤字に陥っている。この点に関し、オーストラリアでは、将来の経済成長見通しが健全な間は、財政黒字を維持することが規定されていた(12)

●目標設定
  目標設定については、財政再建に向けた工程やペースを示すものであり、財政再建に対するコンセンサスを形成する上でも重要である(第2-3-8表)。ただし、厳格な数値目標が設定される場合に、景気の変動リスクに対する柔軟性を欠くと、マクロ経済政策運営との整合性を欠き、財政再建の持続性やクレディビリティを失うおそれがある。この点に関しては、既に述べたとおり、多くの国で景気循環に配慮した規定等を採用して対応している。
  このほか、債務残高の水準について目標を設定する例もある。債務残高の拡大は、利払い費の増加により財政の硬直化を招くとともに、金利の上昇を通じて民間投資を減退させるおそれがある(クラウディング・アウト効果)。EU、英国、ニュージーランド等では、債務残高を適切に管理することを求めている。

●中期財政フレーム
  財政民主主義の観点から、予算は多くの国で単年度ベースで編成されているが、予算単年度主義に対しては、年度内に予算を使い切ろうとする傾向を生んだり、予算が短期的視点で立案され、経済政策運営の中長期的な安定を損ねるなどの批判がある。単年度の予算編成を維持しつつ、その欠点を補うのが中期財政フレームである(第2-3-9表)。中期的な経済・財政見通しに基づく財政運営・予算編成を行うことで、支出の効率性を高め、財政再建をより着実に進めることが可能となる。中期財政フレームにはさらに歳出総額やその内訳に上限額を設定する取組等、財政規律を担保する仕組みが規定されているものもある。
  スウェーデン、英国、オーストラリア、ニュージーランドでは、予算編成に当たり経済見通しとの整合を図ることが要請されており、見通しの拘束力が強い。アメリカについては、予算編成に対する見通しの拘束力はこれらの国ほど強くないが、議会における予算審議の前提となることから、重要な役割を果たしている。

●予算編成プロセスの改革
  財政政策は、財政民主主義の観点から、当然のことながら政治プロセスを経る必要があるが、政治情勢によっては、短期的な政策の振れが、財政再建に影響を与えることがある。前述の財政ルールや目標に従って、着実に財政再建を進めるためには、内閣のリーダーシップが重要となる。内閣への権限集中を意図した閣内委員会設置や、内閣の役割を明確化して権限を強化する一方で、各省庁を所管する大臣の役割・裁量を拡大、明確化させ、トップダウンとボトムアップのバランスを図る施策も導入されている(第2-3-10表)。
  その他、予算編成プロセス改革では様々な政策が導入されているが、前述の財政ルールとの相互効果が期待されるのが、支出総額へのシーリング設定である。多くの国でシーリングが採用されているが、それらは原則改定されないケースと毎年改定されるケースとに二分される。

(3)財政再建に対する国民の理解の確保(透明性の確保、説明責任の強化)

  財政再建においては、歳出削減や増税措置のいずれを用いても国民に負担を求めることになる。財政再建に対する国民の理解を得るためには、財政状況等の情報の透明性を高め、説明責任(アカウンタビリティ)を強化することが前提条件となる。前述した財政ルールも、法律等において明文化され広く国民に提示している点で透明性の確保、説明責任の強化に資するものである。加えて、以下は、国民に対して直接的かつ理解しやすいように、財政状況や経済財政政策を提示する施策である(第2-3-11表)。いずれも、透明性を向上させ、国民への説明責任を果たすことを主眼としている。

(4)最近の流れ:予算作成機関から独立した専門性の高い財政政策機関の設置

  近年、欧州を中心に、予算作成機関とは別に、専門性の高い財政政策機関の設置が財政再建に効果的との議論が盛んになっている。民主主義の下では、予算編成は政治過程そのものであり、選挙の政治サイクルの中で短期的には財政赤字拡大バイアスが働きやすいことが知られている。このため、90年代からの欧米の財政再建の中では、適切な財政政策ルールの設定により財政政策スタンスに対する政治の影響を小さくし、「脱政治化」(de-politicizing)することが財政再建に有効という議論が有力になった。実際、こうした考え方は、ユーロ圏の成長安定協定を始め各国の財政政策ルールに取り入れられ、大きな成果を挙げてきた。
  しかしながら、財政政策運営は、景気の見通しとも複雑に絡み、単純なルールで縛ることは難しく、景気との関係で例外規定を置く場合には、それが緩すぎる場合には財政政策ルールの実効性を減ずることにもなりかねず、ルールの設計は容易ではない。このため、2000年代半ば頃から、財政再建及び財政の健全性維持のための仕組みとして、専門性の高い分析により経済や財政の見通しを作成する財政政策機関の設置の有用性が欧州の経済学者や政府関係者の間で議論されてきた。具体的には、こうした機関が予算の前提となる経済見通しを作成し、また、短期及び中長期の財政見通しや財政政策に関わる政策の評価を行うというものである。
  こうした財政政策機関をめぐる議論は、金融政策で専門性の高い分析に基づく政策運営が先進国で一般的になったことも無縁ではない。金融政策については、政治的な圧力により金融緩和が必要以上に行われ、インフレになるリスクがあるとの認識から、90年代に、我が国も含め多くの国で中央銀行の独立性が確保され専門的な分析に基づいて金融政策が行われるようになり、多くの国で物価の安定が達成されるようになった。このような経験から、財政政策についても、同様に専門性の高い分析を行う機関が財政政策スタンスの決定に関わることにより、政治的バイアスを回避し、財政の持続可能性を確保すべきという考え方が広がっている。
  実際に設立されている機関をみると、具体的な業務は様々であるが、エコノミスト等専門性の高い職員が一定の独立性をもって財政政策の根本に係る業務や評価に関わる業務を行う機関であるという点では共通している。
  例えば、オランダの「経済政策分析局」(Bureau of Economic Policy Analysis(15))は、四半期ごとに短期経済見通しを公表するほか、中長期の経済財政見通しの作成、労働や貿易等、様々な経済政策分野に関わる政策評価等を行っている。特徴的なのは、選挙の際に、各政党のマニフェストを実現した場合の経済財政への効果を分析し、公表していることである。これは、86年から行われ、各政党からの依頼を受けてマニフェストに掲げられた政策の経済効果を詳細に分析し、それぞれの政党の政策を実施した場合に財政赤字がどの程度拡大あるいは縮小するか、雇用への影響はどうか、家計の所得にはどのような影響があるかなどについて一覧性のある形で定量的に示している(第2-3-12表)。オランダでは、このような分析が有権者の政権選択に際して非常に有用と考えられており、このため、経済政策分析局の高い専門性とそれに基づく客観的な分析が非常に重要とされている(16) (17)
  また、英国では、10年5月の総選挙による政権交代を機に、新たに「財政責任局」(Office for Budget Responsibility)が設置され、予算の前提となる経済見通しの作成のほか、予算案が実現した場合の経済への影響、予算案と財政目標の整合性等を財務省から独立した立場で評価している。その成果は、既に6月のバジェット・レポートに現れており、経済見通しのほか、予算案と今後の経済財政見通し、財政目標の関係をファン・チャートで分かりやすく示し(第2-3-13図)、今回の予算案により50%以上の確率で財政目標を実現できるといった評価を行っている。
  このような専門性の高い財政政策機関の設置が欧州を中心に広がっており、OECDの政策勧告でも取り入れられるようになっている(18)
  また、アメリカの議会予算局(CBO)やカナダの議会予算局(PBO: Parliamentary Budget Office)は、エコノミストを中心とする専門的知見をもつ職員が独立して経済財政見通しを行い、議会における審議に重要な参考資料を提供しており、実質的には前述のような財政政策機関と同じ役割を果たしている。
  さらに、EU加盟国については、欧州委員会が経済見通しの作成や、成長安定協定に照らした加盟各国の財政政策スタンスの評価を行っているが、ギリシャ財政危機を契機に各国財政の評価・監視機能を高めるべきとの声が内外で高まっている。例えば、ECBは、欧州委員会の中に卓越した専門人材を集めて、各国の財政状況を評価し、欧州理事会等に報告する組織を立ち上げるべきとの提言を行った(19)。こうしたことから、現在、欧州委員会では経済・財務総局(DG ECFIN)の組織再編により体制強化を図っている。
  財政政策運営に関わる組織の在り方については、国の成り立ちや置かれた環境にも関わるため、ベスト・プラクティスを一概に論じることは難しい(20)。しかしながら、政治的な財政赤字拡大バイアスの存在や、予算の前提となる見通しが楽観的になりがちであることは多くの国でみられる事象であり、予算作成機関とは別に、こうした専門性の高い財政政策機関の役割は着実な財政再建を進める上で重要と考えられる。


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