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第2章 財政再建と経済成長、金融システム

第3節 財政再建の成功事例

3.財政再建とその他の政策との関係

(1)財政再建と金融政策

  財政再建が経済に及ぼす短期的な悪影響を和らげるために、緩和的な金融政策を実施することも、財政再建の実効性・持続性を高める上で有効である。その事例の一つとして、アメリカのクリントン政権期の取組が挙げられる。クリントン政権期では、第4節で詳述するように精力的に財政再建策が進められる一方、景気が回復局面に入った後もしばらくは利上げに慎重な姿勢が採られ、金融面においても緩和的な金融政策が実施されたことが財政再建を後押しした。これにより、財政再建は軌道に乗り、98年度から01年度にかけて財政収支は黒字となった(第2-3-14図)。
  90年代のFFレートの水準について、テイラー・ルールによって導かれる理論値と照らしてみると、景気回復局面に入った92~93年においても大きく理論値を下回っており、S&L危機後のバランスシート調整への考慮もあって緩和的な水準が維持されたことがうかがえる。アメリカでは80年代から90年代にかけて比較的テイラー・ルールに沿った形で金融政策が実施されてきたが、90年代前半におけるこうした緩和的な措置は、早期引締めによる実体経済の腰折れを回避し、結果としてその後の持続的な景気回復を導く役割を果たしたと考えられる。
  なお、クリントン政権期の財政再建は、政府の財政再建に対するコミットメント、国民に対する十分な説明と信認の確保により、市場から高く評価され、長期金利も低下し、実体経済を下支えした。大統領就任後初のとりまとめとなった94年度予算案は、財政再建策を盛り込んだ緊縮的な内容となったが、議会はこれに強く反発し審議は難航した。しかし、最終的には当初案に沿った形で予算が成立し、クリントン政権の財政赤字削減に取り組む力強い姿勢が市場で高く評価されることとなった。当時の大統領経済諮問委員長らによる評価にもあるとおり、こうしたプロセスを経て財政再建の実現性に対する市場の信頼を得た結果、リスクプレミアムの上昇による金利上昇が回避されたと考えられる(21)
  こうしたことから、この事例は財政再建と緩和的な金融政策が相乗効果を発揮した好例といえる。

(2)規制改革、労働市場改革による潜在成長率の上昇を通じた財政再建

  構造改革は、歳出削減のための個別の財政再建策と関連しているだけではなく、潜在成長率の上昇に寄与することにより、財政収支GDP比改善の上で分母対策に資するものである。ここでは、民営化、規制改革の取組事例について考察する。

(i)政府部門の民営化
  政府部門の民営化は、業務運営を効率化する効果が期待されるとともに、公務員数の削減により、実質的には政府支出削減の効果も持ち合わせている(22)。例えば、オーストラリアでは80年代より電気・通信、航空・鉄道を中心とした国営企業の民営化や資産売却が行われた。ニュージーランドにおいても、88年以降、鉄鋼、郵便、航空、通信等の国営企業の民営化が実施されている(23)

(ii)規制緩和
  オーストラリアでは、95年から国家競争政策が実施されている。これは、従来政府部門が独占していた分野に官民競争入札(市場化テスト)を導入したものであり、公共サービスのコスト削減が図られるとともに経済活動における競争制限的行為の禁止範囲を拡大し、徹底した規制緩和を実施することとなった。
  また、オーストラリアでは、労働市場の規制緩和も実施されている。96年に労働市場の規制緩和が実施された。ここでは、硬直的な労使慣行制度の改善や、前述の官民競争入札を利用して、就職あっせん・再就職サービス提供分野への競争導入が実施され、労働市場の柔軟化が図られた。

  こうした構造改革を背景にオーストラリアの全要素生産性(TFP)の伸びは上昇し、OECD及びオーストラリア準備銀行の推計によれば、70年代及び80年代には0.75%程度であったTFP上昇率は、90年代には2%まで上昇したと推計されている(24)。TFP上昇率が高まったことにより、オーストラリアの潜在成長率は上昇し、一連の構造改革は結果的に財政再建にも寄与したと評価できる。


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