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第1章 長期金利上昇の要因と物価連動債の役割


補論 長期金利とは

●長期金利とは10年物国債利回り
 市場には様々な金利があります。アメリカの場合では、政策金利であるFFレート、住宅の購入を行う際の借入金利であるモーゲージ金利等です。しかし、ニュースや新聞等で「長期金利が○○%上昇」と言われる際の「長期金利」は、「10年物国債指標銘柄利回り」のことを指しています。これは、この債券が最も流通量が多く(=市場メカニズムが働きやすい)、長期的な金利水準を表すのに適しているからです。国債等の債券は日々取引が行なわれており、したがって価格がついています。そしてこの債券の価格から割り出される利回りのことを長期金利と呼んでいるのです。以下ではまず、債券の価格と利回りについて説明しましょう。

●市場で決まる利回り
 額面100万円の10年物債券(毎年の利払いがない、ゼロ・クーポン債とします)とは、「10年後に100万円を受け取ることのできる権利」ということができます。なお、ここでは、物価上昇率はゼロで、10年後の100万円は何があっても支払われることが約束され、またいつでも売却できると仮定します。さて、この権利を今買うとしたらいくらで買うか、ということを考えてみましょう。100万円で買っては利回りがゼロですので、100万円より低い価格でないと買わないでしょう。60万円でしょうか、70万円でしょうか。60万円で割安だと思う人が多ければ、この「権利」の価格は60万円より上昇し、逆に割高だと思う人が多ければ、この「権利」の価格は下落します。そして、購入者が納得できる価格に到達することによって、購入価格が落ち着くでしょう。今仮にその価格が60万円だとします。すると1年あたりの利回りをiとすると、

 60・(1+i)10=100  ・・・(1)

が成立しているわけですから、iは5.24%と計算されます。70万円ならiは3.63%です。そしてこのiを10年物国債指標銘柄について計算したものが一般に長期金利と呼ばれるものです。なお債券価格と利回りの関係は逆の関係にあります。債券価格が下落(70円→60円)した場合、利回りは上昇(3.63%→5.24%)しています。


●フィッシャー方程式
 さて、上の説明では物価上昇を考慮していませんでした。今後10年間は毎年3%ずつ物価が上昇する場合はどうでしょうか。10年後の100万円は現在の価値で

 100/(1+0.03)10 万円

となります。上と同様に60万円でこの権利を買った場合の利回りは、物価上昇の影響を除くといくらになるでしょうか。このときの利回りをrとすると、

 60・(1+r)10=100/(1+0.03)10 ・・・(2)

が成立していれば良いわけですから、rは2.17%と計算できます。このrが実質利回り(=実質長期金利)に相当します。この実質長期金利との対比でiは名目長期金利と呼ばれます。すなわち日々報道されている金利は名目金利のことなのです。
 この、iとrの関係をもう少しみてみましょう。上の例の物価上昇率0.03の代わりに、pを用いると、(1)式と(2)式から

 (1+i)=(1+r)・(1+p)

が成立しているはずです。rpは1に比べて十分小さいためこれを無視すると、

 r≒i-p  ・・・(3)

と近似できます。この式はフィッシャー方程式と呼ばれているもので、名目金利と実質金利、物価上昇率の関係を表す際に用いられます。
 なお、今後10年の物価上昇率をpとしましたが、この値は将来の物価上昇率ですので現時点では不明です。したがってこの物価上昇率pは債券購入時点の「予想値」(=期待物価上昇率または期待インフレ率)であり、上の(3)式は正確には

 名目長期金利=実質長期金利+期待インフレ率 ・・・(4)

という形になります。

●実質金利が意味するもの
 実質金利は何を意味するのでしょうか。これは資本の期待実質収益率もしくは実質期待成長率と等しいと言い換えることができます。市場では債券以外にも様々な投資対象があり、もしそれらの方が投資対象として魅力的であれば誰も債券を買わず、それらと同じ利回りとなるまで債券利回りは上昇(債券価格は下落)するということになります。長期的には、債券を含む様々な投資対象の実質期待収益率は資本の実質期待収益率と等しく、成長論に従えば実質期待成長率に等しくなります(資本の償却は無視)。つまりこの先経済は年率何%程度で成長するかについての期待によっても実質金利は変動します。

●リスクプレミアム
 さて、ここまでの説明では「債券は何があっても支払われることが約束され、いつでもすぐに売却できる」という前提をおいていました。「100万円を受け取ることができる権利」を持っている者の裏には「100万円を支払う義務」を負った者がいますし、「いつでもすぐに売却できる」とは「いつでもすぐに購入できる」者がいるということです。この前提は特に国債等の場合、現実にほぼ満たされていると考えられます。しかし、一部の国の国債の支払いが行われなかったり、債券を適切な価格で売りたくても買い手がいないということは発生し得ることです。また、期待インフレ率から実際のインフレ率が大きくかい離していくかもしれません。
 債券は「将来」の権利に関する商品ですので「不確実性」が存在します。これら将来に対する「不確実性」のため、先ほどは60万円で購入としましたが、実際には59万円でないとリスクに見合わないと考えることも合理的です。このとき実際の名目利回りは5.41%となります。この、60万円で購入の際の利回り5.24%との差0.17%がリスクプレミアムと呼ばれるものです。必ずしも100万円受け取れないかもしれないリスクは信用リスク(デフォルトリスク)、いつでもすぐに売却できないかもしれないリスクは流動性リスク、インフレ率の予想が外れるリスクはインフレリスクと呼ばれます。また、財政赤字が拡大し、国債増発が懸念される場合にリスクプレミアムが高まることもあります。
 これらのリスクの和として要求される上乗せ金利、すなわちリスクプレミアムを考慮に入れて先ほどのフィッシャー方程式を考えると、
 
 名目長期金利=実質長期金利+期待インフレ率+リスクプレミアム ・・(5)

という形になります。普段はリスクプレミアムはそれほど大きくなく、名目長期金利を変動させるのは、期待成長率や期待インフレ率の変動です。しかし、例えばインフレ率が激しく変動したり(インフレリスクの高まり)、支払いに不安がもたれたり(デフォルトリスクの高まり)、あるいは財政赤字の拡大による国債増発が懸念されたりすると、リスクプレミアムは拡大し、名目長期金利は上昇します。

 

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