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第2節 生産の推移と産業構造転換

1.各地域の生産と産業構造の変遷

(各地域の生産動向)

生産活動が地域の雇用を確保して所得を創出し、域内の経済成長を図る上で重要であることは、言を俟たない。本節では各地域の生産動向を見た後、産業構造、就業構造の変容とそのあるべき姿について、特に製造業に着目し、人口の変化をも踏まえながら検討を進める。

最初に、生産の近年の動向についてみてみる。第3-2-1図のグラフは、内閣府「県民経済計算」の県内総生産(名目額)を地域別に、利用可能な96年度以降のデータについて、96年度の値を100として指数化してグラフにしたものであり、製造業を含む全産業の生産額の推移を示している。各地域とも景気変動の影響を受けて振幅しており、特に2008年秋のリーマンショックの影響から、2008年度の数値は大きく落ち込んでいる。しかし、トレンドとしては、東海、南関東、沖縄地域では増加傾向にあり、北関東、中国、九州地域でも2000年代前半から増加傾向に転じているが、東北、北陸、四国、近畿、北海道地域では伸び悩んでいる。

第3-2-1図 地域別の総生産の推移
第3-2-1図 地域別の総生産の推移
(備考)
  1. 内閣府「県民経済計算」より作成。
  2. 名目付加価値ベース。
  3. 地域区分はA

このうち製造業について、生産の動向を鉱工業生産指数の月次データでみてみよう(第3-2-2図)。同様に96年の平均値を100として指数化してみると、各地域とも96年以降停滞し、2002年1月の景気の谷に向けて生産の水準が落ち込んだが、その後の長期にわたる景気拡張局面では、右上がりに成長した。しかし、その後リーマンショックの影響を受けて大きく落ち込み、その回復の途上でさらに東日本大震災に見舞われることになったのは、前章で見た通りである。この中で2002年1月から2008年2月までの景気拡張局面に注目すると、各地域とも増加傾向にあるが、その上昇スピードは地域により大きく異なっている。すなわち、東海、九州、北陸地域ではこの期間に高い成長を示しており、東海地域では43%、九州、北陸地域でも27%の増加がみられた一方で、北海道、四国地域は小幅な増加となった。このように、直近の景気循環の拡張局面でも、力強く増加した地域と弱い回復に止まった地域とで二極化し、明暗が分かれる形になっている。

第3-2-2図 地域別鉱工業生産指数の推移
第3-2-2図 地域別鉱工業生産指数の推移
(備考)
  1. 経済産業省及び各経済産業局「鉱工業生産指数」により作成。
  2. 地域名の括弧の数値は2002年1月に対する2008年2月の増減率。
  3. シャドー部は第14景気循環の上昇局面を表す。
  4. 地域区分はB

(内発的発展論と地域経済)

北陸と四国地域の製造業では、前回の景気回復局面で好対照のパフォーマンスとなったが、こうしたことは、北陸地域がものづくりにおいて高い“実力”を持つことの証左であると判断してよいのだろうか。

確かに、北陸地域あるいは金沢地域は、地域経済学の分野では、地域に根付いた多様な業種の産業がバランス良く成長を続け、地域の発展に貢献している好例として紹介され、内発的発展論のモデルケースとしてしばしば論じられている69。内発的発展論とは、国際経済分野における発展途上国の開発経済論の中で取り上げられてきた議論であり、それが国内の地域経済論の分野においても援用されたものである。その概要は、①大企業の誘致による開発ではなく、地元の技術・産業・文化等を基盤として独自の産業振興を図り、その推進に当たっては、企業のみならず自治体、地域住民等多様な主体が参加するもので、②産業発展を特定の業種に限定せず、多様な産業連関構造を地域内で構成するとしており、そこで創出された付加価値が地元に帰属するような地域経済の質が作り上げられるとしている。また、③地域のアメニティを重視し、福祉や文化の向上等住民生活の発展に資するという総合目的を持っているものとして要約されている70

北陸あるいは金沢地域は、繊維や食料品産業の他に、一般機械、電気機械、化学、非鉄金属等幅広い分野の産業が展開しており、戦後高度成長期にみられた太平洋沿岸地域の重化学工業化の発展過程とは異なる歩みを辿ってきたものとして、これに対する積極的な評価も存在している。

今日、地域の自立した産業の育成・振興が切望されている。各地域にとって、その地域経済が安定的に発展できる産業構成はいかなるものか。その地域の未来を託せる主導的役割を果たす産業は何か。本節では、この問題を考えるために、地域の産業発展の推移を検証する71。その際、北陸地域と四国地域の2地域を主に例に取り上げて、分析を進めることとする。北陸地域と四国地域は、人口の全国に占めるシェアはそれぞれ2.4%と3.1%、GDPでは2.4%と2.6%、工業出荷額でも2.5%と3.0%と、いずれでみても近似しており、ほぼ同規模の経済圏である72。また、両地域とも、乗用車の最終加工組立拠点が立地しないために、四国地域の造船業を別とすれば、他地域と異なり輸送機械産業のウェイトが少ない。しかし、後述するように、産業構造・就業構造には大きな相違がある。この2つの地域を分析することは地域の産業発展を考える上で参考になると考えられる。

(産業構造の長期的変化)

北陸及び四国地域の経済は、いずれもその産業構造を長期的に大きく変容させてきた。第3-2-3図で全産業の構成比をみると、両地域ともに90年代以降第1次、第2次産業の比率が低下し、第3次産業比率が高まっている。第1次産業のウェイトは90年から2007年の間に半分程度になり、第2次産業も北陸地域では9%ポイント、四国地域でも8%ポイント低下している73

第3-2-3図 北陸・四国地域の産業構造の変容
1全産業
(備考)
  1. 内閣府「県民経済計算」より作成。
  2. 1990年は平成7年基準。2000年、07年は平成12年基準。
  3. 区分線は、左から第1次産業、第2次産業、第3次産業を意味する。
2製造業
(備考)
  1. 経済産業省「工業統計調査」より作成。出荷額ベース。
  2. 1970年は従業者20人以上、80年は従業者30人以上の事業所が対象。90年以降は4人以上の事業所が対象。
  3. 電気機械は、2002年から電子部品・デバイスと電気機械(電気機械、情報通信機械)に分割されているが、07年は3業種の合計値としている。
  4. 内訳に秘匿数字「x」があるため、総計の数字と内訳の合算とが一致しない場合がある。
  5. 各項目の金額・構成比の積み上げは、単位未満を四捨五入しているので、合計と内訳が一致しない場合がある。

そのうち特に製造業について、経済産業省「工業統計調査」で産業構成の変容をより長期にわたってみてみよう。北陸地域では、70年当時は繊維産業(24%)が主力であり、一般機械等の機械類(27%)とほぼ同じシェアを有していた。また、産業3類型でみると、繊維を含む生活関連型産業が28%、化学、非鉄金属、金属製品等の基礎素材型産業が31%、一般機械、電気機械、輸送機械の加工組立型産業が27%となっていた。しかし、2007年には、繊維産業が大幅に縮小したため生活関連型産業が10%に低下し、基礎素材型産業のシェアはほぼ変わらない(33%)一方、加工組立型産業のシェアが拡大して40%にまで達した。

他方、四国地域では、70年当時は化学や非鉄金属等基礎素材型産業が44%を占め、生活関連型産業は18%、加工組立型産業は22%となっていた。その後一時的に基礎素材型産業のシェアが縮小したが、2000年代に入って再び拡大し、2007年には51%と過半を占めるに至っている。この間、生活関連型産業はシェアを落とし、加工組立型産業のシェアは逆に増加している。

このように、北陸地域では、繊維等の生活関連型産業中心から電気機械、一般機械等加工組立型産業中心の産業構成へと転換を遂げたが、四国地域では、パルプ・紙、化学、石油・石炭製品等基礎素材型産業中心の産業構造を維持し続けており、相異なる産業構造となっている。

(特化係数でみた産業構造の特徴)

両地域の産業構造の特徴を、さらに特化係数を用いて表出してみよう(第3-2-4図)。特化係数は、地域のある産業の生産額が地域全体の生産額に占めるシェアを、全国の当該産業のシェアと比較したものであり、その地域が全国の平均的な産業構造の姿と比べてどの産業に特化しているかを示す。図中では、2007年度の「県民経済計算」の生産データを使って特化係数をスカイライングラフ形式で示しており、横軸には各産業生産額の地域全体生産額に対するシェアをとっている。

第3-2-4図 北陸・四国地域の産業構造の特徴(特化係数)
1全産業
(備考)
  1. 内閣府「県民経済計算」より作成。2007年度データ。
  2. 構成比は、産業全体に対する各産業の割合(政府サービス等は除く)。
  3. 特化係数は、産業構造がどの分野に偏っているかを表す。
    北陸・四国地域の各産業の構成比を、全国の構成比で除して算出。
2製造業
(備考)
  1. 経済産業省「工業統計調査」より作成。2007年データ。
  2. 構成比は、製造業全体に対する各業種の割合。
  3. 電気機械は、2002年から電子部品・デバイスと電気機械(電気機械、情報通信機械)に分割されているが、07年は3業種の合計値としている。
  4. 特化係数は、産業構造がどの分野に偏っているかを表す。
    北陸・四国地域の各業種の構成比を、全国の構成比で除して算出。

これを見ると、北陸地域では、生産全体のうち27%のシェアを占める製造業で特化係数が高い。それ以外では、シェアは小さいものの、電気・ガス・水道業や建設業で特化係数が高い。また、卸売・小売業やサービス業等の第3次産業の特化度は低い。これに対して、四国地域では農林水産業の特化係数が高く、他に特化係数が1を超えるものとしては電気・ガス・水道業、通信・運輸業、建設業となっている。したがって、北陸地域と四国地域では産業構成が対照的であり、前者は第2次産業で相対的に特化度が高い一方、後者では第1次産業で高くなっている。

さらに、製造業分野について、特化係数を2007年の工業統計データでみてみよう。北陸地域では、生活関連型産業のうち繊維産業の特化係数が極めて高い水準にあるが、食料品では低い。また、非鉄金属、金属製品、化学といった基礎素材型産業の特化係数も高い一方、石油・石炭、鉄鋼産業では低い。加工組立型産業では、一般機械、電気機械産業は高いが、輸送機械は低い。このように、生活関連型、基礎素材型、加工組立型産業のそれぞれで特化係数の高い分野を持っている。

他方、四国地域では、生活関連型、基礎素材型産業の特化係数が高いものの、加工組立型産業が軒並み1を下回るなど、産業分野の偏りが顕著であることが確認できる。

(地域のリーディングインダストリー)

では、こうした産業構造の中で、北陸、四国地域の近年の成長を支えたのはどの産業だったのであろうか。第3-2-5図は、内閣府「県民経済計算」の90年度から2007年度までの期間のデータを、第I期(90~96年度)、第II期(96~2001年度)、第III期(2001~07年度)の3期間に分割し、それぞれの期間で域内生産全体の伸びに対する各産業の寄与度を分解したものである。

第3-2-5図 域内成長の産業別寄与度
第3-2-5図 域内成長の産業別寄与度
(備考)
  1. 内閣府「県民経済計算」より作成
  2. 1990年度→96年度については、平成7年基準計数を使用して作成。

これをみると、北陸地域では、サービス業や不動産業が全期間を通じて域内成長を大きく牽引したのに対し、製造業は第I期及び第III期で成長を押し上げた74。また、製造業についてみると、電気機械や化学が全期間を通じて成長を支えており、それに第III期には一般機械、輸送機械も加わって、機械産業全体で約10%ポイントの寄与をして、北陸地域の成長をリードしている。他方、全期間を通じて繊維産業は弱く、全体として先述の産業構造の変化を反映した動きとなっている。

四国地域でも、サービス産業、不動産業が一貫して成長を牽引しているが、製造業は北陸地域の場合と異なり、第III期には製造業の成長への寄与がみられない。製造業の動きを業種別にみると、一次金属、化学産業が第III期において成長を牽引しており、電気機械や輸送機械(船舶)もプラスに寄与しているものの、一般機械はマイナスとなっている。したがって、四国地域においては、近年においても基礎素材型産業が依然として重要な成長力の源泉となっていることが分かる。

このように、北陸及び四国地域の経済を支え、所得の原動力となった産業は、両地域では相異なっていたものと判断される。

(産業構造の変化と域内雇用の確保)

ここまでは地域の産業構造の変化や成長を主導した産業をみてきたが、就業構造はどのように変化してきたのだろうか。雇用を吸収してきたのは主にどの産業だったのだろうか。

第3-2-6図は、北陸及び四国地域について、横軸に各産業の就業者数の構成比をとり、縦軸に96~2007年の就業者数の増減率をとったスカイライングラフである。

第3-2-6図 北陸・四国地域の就業者数の変化
第3-2-6図 北陸・四国地域の就業者数の変化
(備考)
  1. 経済産業省「工業統計調査」より作成。
  2. 1996年から2007年の就業者数の変化率を示す。横軸は、96年時の就業者数の構成比。

これをみると、北陸、四国地域ともに、シェアの大きい繊維や木材・木製品、家具等生活関連型産業の就業者数の減少が著しい。また、基礎素材型産業では、プラスティック製品や化学、非鉄金属で就業者数が増加したものの、その他の窯業・土石や石油・石炭等の業種の減少の寄与が大きいことが分かる。さらに、加工組立型産業では、北陸地域で一般機械と輸送機械がプラスである一方、四国地域ではウェイトの小さい輸送機械及び精密機械以外は軒並みマイナスとなっている。

ところで、先ほどの各業種の生産の成長への寄与との関連で考えると、就業者数の変化は、生産の変化と労働生産性(労働・産出比率の逆数)の変化に分解される。すなわち、

となる。

ここで各産業の労働生産性を第3-2-7図でみると、北陸、四国地域のどちらでも、石油・石炭製品、化学、一次金属等の基礎素材型産業は資本設備が大きく、労働節約的であるため、労働生産性は高い。これに比較すると、機械産業は低位であるが、生活関連型産業である繊維産業ではさらに低くなっている。労働生産性が低いことは、一般的には産業競争力が弱くなることから望ましくないが、一定の生産量を前提とした場合は、労働・産出比率が高いことから雇用吸収力が高いことともなる。すなわち、需要の伸びが高くかつ低い労働生産性が競争上支障のないような場合には、こうした業種は雇用の確保の面では好都合となる。

第3-2-7図 北陸・四国地域の労働生産性(製造業)
第3-2-7図 北陸・四国地域の労働生産性(製造業)
(備考)
内閣府「県民経済計算」、経済産業省「工業統計調査」より作成。

そこで、先ほどの北陸及び四国地域の就業者数の変化を、上式に従って寄与度分解してみよう。第3-2-8図は、96~2007年の変化についての結果を表している。この図と前掲第3-2-6図とから大きな傾向を読み取ると、繊維等の生活関連型産業における就業者数は、労働生産性が低下する中で生産額が大きく減少することにより、大幅に減少している。また、基礎素材型産業では、化学や一次金属のように生産が増加しているが労働生産性も上昇している業種もあれば、石油・石炭製品産業のように生産が減少し労働生産性も低下している業種もあるが、その多くの業種で就業者数を減らすか、ほぼ横ばいを維持するに止まっている。他方、加工組立型産業では、電気機械や輸送機械にみるように、労働生産性が上昇しながら生産も増加しており、特に北陸地域では生産の増加幅が大きいことから、就業者数を増加させている。

第3-2-8図 北陸・四国地域の就業者数の寄与度分解(1996年度→2007年度)
第3-2-8図 北陸・四国地域の就業者数の寄与度分解(1996年度→2007年度)
(備考)
  1. 内閣府「県民経済計算年報」、経済産業省「工業統計調査」より作成。
  2. 交絡項が生じるため、合計の数字は各系列の和と一致しない。

地域の雇用の確保の観点からすれば、主要な産業が労働生産性を高めつつも生産を拡大させることにより、雇用を増加させていくという構図が最も望ましい形であり、前掲第3-2-6図の就業構造変化のスカイライングラフと併せ考えると、機械製造部門のウェイトの大きい北陸地域の方がより好ましいこととなる。他方、生産が縮小し労働生産性も低下している繊維産業等は、北陸及び四国地域ともに急速に就業者数を縮小させている。

さらに、繊維等の生活関連型産業や基礎素材型産業では、化学産業等で就業者数を伸ばしているものの、全体としては就業者数が減少しており、雇用吸収力が失われつつあることが分かる。


69 内発的発展(endogenous development)論については、例えば宮本他(1990)、中村(2004、2008)、碇山他(2007)など。
70 宮本他(1990)、中村(2004)。
71 例えば清成(2010)では、地域振興の方法は、①地域の産業の振興、②企業誘致、③財政依存しかないとし、②の企業誘致は地価や賃金等コスト面で新興国と対抗し難く、③の財政依存の継続は現下の厳しい財政状況に鑑みれば限界があるため、結局のところ、地域の振興には①の地域の産業を振興し自立するしかなく、特に新産業の創出が重要であるとしている。
72 人口は総務省「平成22年国勢調査」、GDPは内閣府「県民経済計算」(2008年度)、工業出荷額は経済産業省「平成22年工業統計速報」による。
73 本節の分析に当たっては、原則として直近までのデータを利用しているが、2008、09年はいわゆるリーマンショックの影響が大きく、産業構成等の数値に一時的な歪みが生じるおそれがある場合は、2007年ないし2007年度のデータを利用した。
74 なお、年次データで各産業の県内総生産の伸びに対する寄与度を見たグラフは、付図3-3を参照。ここでは、第2次産業の寄与が、北陸地域では景気後退期であった2001年度に大きくマイナスとなる一方、四国地域では毎年総生産を押し下げる方向に働いており、両地域による差異が明瞭となる。なお、四国地域の2006年度のデータでは、一次金属産業の生産が大きく増加したことで、第2次産業の寄与が大幅プラスとなった。
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