第3章 労働市場の動向と改革の進展

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《第3章のポイント》

【アメリカの労働市場の特徴と課題】

アメリカの雇用動向が好調である要因としては,労働市場の柔軟さに加えて,低・インフレにより景気の長期拡大が可能となっていること,製造業における大企業のリストラによって生じた余剰労働力を中小企業や新規設立企業等の雇用創出が吸収したこと,人材派遣業の成長や高学歴化の進展などによって労働需要に見合った労働力の供給が円滑に行われたことなどが考えられる。

【欧州における労働市場改革とその成果】

構造失業率が低下したイギリスやオランダといった諸国と,低下があまりみられないドイツやフランスなどの諸国の間で二極分化が起きている。OECD加盟諸国の国際比較を行うと,最低賃金や解雇コストの高い国では若年失業率が高い,失業給付が高い国では失業率が高いといった傾向を見いだせる。また,パートタイム雇用の促進が,低失業,高い労働参加率,低い賃金上昇率をもたらしていることが分かる。

イギリスでは自由主義的な労働市場の構造改革の成果が出ており,オランダでは政労使合意の下での改革が実を結んでいる。1980年代のドイツ,フランスでも雇用失業対策は行われたが,高賃金促.進,低所得者や失業者への厚遇,労働者の過剰な保護を図る「ソシアル・ヨーロッパ路線」とも呼ばれる政策が構造失業率を高止まりさせてきたと考えられる。

最近では,自由主義路線,ソシアル・ヨーロッパ路線のいずれでもない「第3の道」と呼ばれる新たな労働市場政策の萌芽もみられる。

【急速に悪化する東アジアの雇用情勢】

東アジアの雇用情勢が通貨・金融危機後大幅に悪化している。これまでは労働者をとりまく諸制度が不十分であったが,今後は農村地域が余剰労働力を吸収しきれなくなることも考えられ,社会保障制度を整備することが課題となっている。


最近の欧米諸国の雇用状況をみると,アメリカでは今回の景気拡大下で約1400万人の新規雇用が創出され,失業率は1973年12月以来の4%台にまで低下している。また,アメリカ同様,イギリス,オランダなどでも失業率の低下がみられる。一方,ドイツ,フランス,イタリアなどのヨーロッパ大陸諸国では二桁の失業率が続き,景気が回復しているにもかかわらず,雇用の伸びは緩慢であり,失業率は若干低下している国もあるとはいえ総じて高止まっている。

以上のように欧米において雇用情勢の二極化が一段と進んでいること,さらには我が国の労働市場でも終身雇用制,年功序列型賃金に代表される日本型雇用システムに対する見直しの気運が高まってきており,外部市場化も進みつつあること,さらには失業率もアメリカと同じ4%台にまで高まってきていることなどに着目すると,欧米各国の労働市場の改革とその成果について包括的に調査することは重要なテーマと考えられる。

アメリカ,イギリス,.オランダでは,90年代の雇用はパートタイム労働などを中心に大幅に増加したが,一人当たりの所得の増加には結びついていなかった。実際,アメリカでは90年代に入ってからの労働生産性の上昇率に格段の高まりはみられない。同様に,イギリスでも80年代の高い生産性上昇に比べ90年代の労働生産性は鈍化している。両国では,低賃金層の生産性低迷が全体の生産性上昇率を鈍くしており,また賃金格差拡大の原因ともなっている。このような両国の労働市場の特性は,ドイツ,フランスなどヨーロッパ大陸一般の労働市場と比較することでより明確になるであろう。

このように労働市場改革が進展した国と遅れている国の対比を行い,両者の間で労働市場のパフォーマンスに大きなかい離が生じていることを示す。特に,最低賃金制度,失業保険制度,解雇規制などの制度的要因が労働市場に与える影響について考察する。また,世界的にみて,近年,雇用増の重要な形態となっているパートタイム労働について,その現状,増加の要因,労働市場全体への影響などを検討する。

雇用情勢に関しては,アジアNIEs,ASEANなど東アジア各国においても注目すべき変化が生じている。経済成長に伴い,90年代前半には労働需給が逼迫していた国が多く,雇用の伸びは輸出企業の多い製造業よりも,金融,商業,運輸・通信などサービス産業でより高かった。また,建設など一部の産業では出稼ぎの外国人労働者を雇うといった形態が一般化していた。さらに,タイ,マレイシアなどでは熟練労働者の不足による賃金の上昇が問題となっていた。ところが,97年央以降の通貨の混乱やそれに伴う緊縮策などにより景気が後退すると,製造業・金融業を中心に雇用者も減少に転じ,失業率も急速に上昇し始めている。ただし,インフォーマル・セクターや農村の存在が失業率の急速な上昇に対して緩衝材の役割を果たしている。しかし,タイ,韓国,インドネシアなどで景気が底を打っていない状況の下で,今後失業はより深刻な問題になる可能性も高く,農業人口の減少が進むなか,失業保険等の社会的セーフティ・ネットの整備等の政策的対応が必要となっている。

本章では,以上のような問題意識に沿って,諸外国の労働市場の動向と問題点,さらには労働市場改革の内容とその成果などについてみることとする。第1節ではアメリカ,第2節ではヨーロッパ,第3節では東アジアの労働市場について取り上げる。

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