平成6年
年次世界経済報告
自由な貿易・投資がつなぐ先進国と新興経済
平成6年12月16日
経済企画庁
本年度の年次世界経済報告では,現下の世界経済を,「拡大基調を強める世界経済」,「上昇に転じた長期金利とドル安の進展」,「各国間で異なった景気回復時期」,「経済自由化で活性化する新興経済」,「先進国の雇用と途上国からの輸入拡大」などの観点から分析した。本報告を終わるにあたり,各章の分析のポイントをまとめた後,各国がとるべき経済政策の基本的なありかたについて考察する。
世界経済の概観
・94年に入って,世界経済は全体として拡大基調を強めている。
先進国経済
・アメリカ経済は,91年春から回復局面に入り,当初その回復テンポは緩やかであったが,93年央以降は力強い拡大となった。94年後半に入っても,潜在成長率を上回るペースで景気は拡大を続けている。
・西ヨーロッパは,93年に域内として75年以来のマイナス成長となったが93年央頃から94年にかけて回復に向かった。一足先に回復に入ったアメリカ等への輸出の拡大が,大陸諸国の景気回復を主導している。
東アジア・太平洋経済
・アジアNIEs,ASEANでは,強い国内需要と,アジア域内向け等の輸出の堅調な伸びによって,景気が好調に拡大している。
・市場経済移行を進める中国,ベトナムでは高成長が続いている。中国では,経済過熱化や地域間格差などの問題が現れている。
ロシア・東ヨーロッパ
・ロシアでは,94年に入ってからインフレが鎮静化する兆しがみられるものの,鉱工業生産が大幅に縮小するなど,経済低迷が続いている。
・東ヨーロッパ諸国で(よ,安定化政策の進捗と輸出の好・不調によって,経済パフォーマンスの分化が生じている。
国際金融
・94年に入ってから,主要国共通して長期金利が上昇した。アメリカの長期金利上昇は,強い景気拡大を反映した実質金利の上昇,インフレ懸念の高まりなどによる。近年,各国金利の連動性が強まっている。
近年の世界景気の特徴
・80年代後半以降の先進各国の景気変動には,ずれがみられた。これは,石油価格急騰等の世界共通のショックがなかったことや,ストツク調整圧力の違い,金融政策スタンスの違いに起因している。
(第2章のポイント:経済自由化で活性化する新興経済)
活性化する新興経済
・急成長を続けている東アジア成長経済(アジアNIEs,ASEAN,中国)に続いて,80年代後半~90年代初め以降,中南米や東ヨーしツパの一部,ベトナムやインドなどアジア諸国の経済成長が加速しており,新興経済(Emerging MarketsないしEmerging Economies)として注目を集めている。
・新興経済の経済パフォーマンスを比較すると,輸出の拡大,投資率の上昇,生産性の向上といった共通の特徴がみられる。
新興経済台頭の政策的要因
・新興経済では,①財政赤字を抑制し,貨幣の増発によらない節度ある財政運営に努めることによってインフレの制御に成功するとともに,②保護主義的な経済政策を改め,市場メカニズムの働きを重視した経済政策へと転換した結果,経済成長が加速した。
外向きの経済政策
・新興経済では,貿易自由化,割高な為替レートの修正,外資規制の緩和といった外向きの経済政策が導入された。それによって従来保護されていた産業に代わって,本来比較優位を持っている労働集約型産業を中心に,輸出の拡大や直接投資の流入がみられ,経済の成長に寄与した。
金融市場の効率化と国際化
・新興経済では,金利自由化や金融業務の規制緩和などの金融自由化が進められた結果,金融資産の蓄積が進み,金融仲介が量的に拡大した。また,金利機能を通じて効率的に資金配分が行われるようになった。
・証券市場が整備され,株式市場が急速に発展した。その結果,低コストの長期資金の調達が可能となり,資金運用の多様化も進んだ。
・直接投資や証券投資の受入れに関する規制が緩和され,海外からの資金流入が拡大した。
(第3章のポイント:先進国の雇用と途上国からの輸入拡大)
先進国の輸入増加と失業増加
・先進国の製品輸入は増加しており,特に途上国からの輸入割合が高まる傾向にある。また,途上国からの追い上げもあり,工業製品に関する先進国の比較優位は変化している。
・70年代後半から,先進国では失業者が増加している。途上国からの輸入増加が,一部製造業の非熟練労働者の雇用を減少させた可能性は否定できない。しかし,雇用減少の大きさは非常に限られたものである。
先進国の輸入増加と賃金抑制
・80年代に入って,いくつかの先進国では実質賃金の伸びが鈍化したり,下落している。このような賃金の抑制に,途上国からの輸入増加が与えた効果はほとんどないと考えられる。
・先進国では熟練労働者の賃金は上昇しており,また一部の国では非熟練労働者との賃金格差が拡大している。これは,熟練労働者が相対的に供給不足になっていることを示している。非熟練労働者の技能水準を高めるような教育や職業訓練を行うことが,賃金格差拡大や非熟練労働者の失業問題に対処するうえで重要である。
雇用創出と貿易の一層の拡大
・先進国の失業問題は,基本的に構造的失業の問題であり,景気が拡大しても失業はあまり減少しない。労働市場の硬直性をもたらしている社会保障政策等の制度的要因を,構造的に改革していくことが必要である。
・途上国からの輸入を制限することは,先進国の雇用問題の根本的解決にとって,適切な対処でないばかりか,弊害が多い。先進国の雇用維持・創出のためには,適切なマクロ政策によりインフレなき安定的な成長を持続しつつ,雇用関連政策の見直し,規制緩和,財政赤字削減等の構造政策を合わせて推進していくことが重要である。
近年の新興経済の発展には,目覚ましいものがある。これら諸国の歴史的な条件,経済的社会的な環境は極めて多様であるにもかかわらず,先行して成長を続ける東アジアの成功パターンを,他の新興経済がコピーして追随するがの感がある。アメリカを始めとして先進国の企業や金融機関は,台頭する新興経済を新たなマーケットの登場としてとらえ,商品・サービスの輸出先として,あるいは海外直接投資の投資先として,あるいは証券投資の運用先として注目している。
新興経済の成功をもたらした基本的な要因は,一言で言えば,「経済政策の基本を正す(Getting policy fundamental sright)」ことにあったと言えよう。
戦後ほとんどの途上国は,工業化を進め成長を引き上げるために,高関税,割高の為替レート,外資規制のもとで,輸入代替型の国内産業を保護した。国内企業の資金コストを下げるため金利は規制され,優先分野への資金割当も実施された。また,未熟な民間部門に代わって,政府が多くの国営企業を設立して,直接工業化に乗り出した。その結果,政府の財政に過重な負担がかかり,インフレ圧力が高まったが,これには直接的な価格統制で対処しようとした。
旧計画経済諸国では,市場の調整を完全に否定して,政府が生産計画や価格体系を直接決めるという統制経済が導入された。新興経済の台頭は,これらの政策に終止符を打ち,財政赤字を抑制することによってインフレを防ぐとともに,市場メカニズムの働きを重視する政策に転換した三とによってもたらされた。
戦後,途上国で上述のような政策が広くとられた背景には,30年代の大恐慌以降,自由な市場メカニズムの働きに対する不信が世界的に広まったことがあげられる。すなわち,途上国が開発を促進するためには,市場に任せるのではなく,政府が積極的に経済に介入する必要があると考えられた。このような考え方は,70年代ぐらいまで途上国のあいだで支配的であったと言える。それは,先進国において戦後長らく,市場の調整力は不完全なので,政府が完全雇用を実現するため「経済の微調整(ファイン・チューニング)」をすべきだ,というケインズ経済学の考え方が支配的であったことと対応している。
新興経済が「経済政策の基本を正す」ことによって成長加速に成功したことは,①市場の力はかって信じられていた以上に大きかったということ,そして②途上国(市場経済移行国を含め)にとっても先進国にとっても,経済政策の基本は同じだということを示している。
途上国にあっては,①肥大化した公的部門を整理縮小することによって,インフレを抑止するとともに,民間部門の活動領域を拡大する,②金利規制を含めた価格統制その他の政府規制を緩和・撤廃することによって,市場の歪みをなくして競争を促進する,③貿易自由化,外資導入,割高な為替レートの修正といった外向きの政策をとる,等の経済政策を実行することが求められる。
先進国にあっては,①財政赤字を削減する,②規制緩和の推進によって民間企業の活力を引き出す,③雇用・就業のインセンティブを減退させている社会保障制度等を見直して構造的失業を引き下げる,等の構造政策の推進によって,経済の活性化を図ることが重要である。また,途上国からの安い輸入品から国内の雇用を守るために,保護主義的な措置に訴えるようなことがあれば,それは「経済政策の基本を正す」ことに逆行すると言うべきである。