平成6年

年次世界経済報告

自由な貿易・投資がつなぐ先進国と新興経済

平成6年12月16日

経済企画庁


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第1章 世界経済の現況

第6節 今回の景気局面にみる世界景気の同時性

景気変動は,設備投資等のストック調整,在庫循環といった自律的なメカニズムによって生じる。また,資源価格の急騰,為替相場の大幅な変動のような外生的なショックによっても,景気変動が引き起こされる。変動相場制に移行した1970年代以降における先進国の主だった景気循環をみると,景気の転換点は各国間でかけ離れることなく,似通った時期であった。つまり,先進国経済はほぼ同時に好況と不況を経験し,景気循環には同時性(シンクロナイゼーション)がみられた。しかし,80年代後半から今日までの景気循環局面においては,国によって景気の山・谷の時期がかなり異なっており,景気循環の同時性が弱まっている。すなわち,アメリカやイギリスなどではいち早く景気が後退局面入りし,日本や大陸西ヨーロッパでは,景気拡大が持続し後退局面入りが遅れた(第1-6-1表)。また,前者においては,景気拡大が後者よりも速やかに進んでいる。

本節では,なぜこのように景気循環局面に差がみられるようになったのが,その要因を分析してみよう。まず,今回の景気循環局面が,70年代,80年代と比べてどの程度異なっているのかを明らかにする。そして,景気循環の同時性に関連する要因として,世界的なショック,貿易,金融政策をとり上げ,今回の局面ではそれらの要因がどのように働いていたかを調べる。最後に,各国における景気回復時期の違いが,今後の世界経済にどのような影響を与えるのが展望する。

1 80年代後半から現在までの景気循環の特徴

はじめに,今回の景気後退・回復局面と,70年代以降OECD諸国が経験した2つの大きな景気後退局面とその後の回復局面を比較してみよう。それらは,第1次石油危機を景気後退の契機とする70年代半ば(景気後退期は74年から75年),世界同時不況と呼ばれた80年代前半(景気後退期は80年から82年)の時期であり,景気循環の同時性が高かった局面である。なお,イギリスでは84年1~3月期から85年10~12月期まで,炭鉱ストによる景気後退がみられた。また,日本では,85年後半から円高不況に見舞われた。このように,ここで比較する2つの大きな景気循環以外にも,いくつかの国で景気変動が生じているが,それらは概して短期間であったり,景気変動の波が緩やかなものであった。

(英語圏から始まった今回の景気循環)

80年代後半からの景気局面における大きな特徴を整理しておくと,各国が不況入りする前は,数年から10年近くに及ぶ長期の景気拡大が続き,投資需要が力強い伸びを示した。その結果,生産設備や住宅のストックは,当時の生産水準や所得水準からみた一定の望ましいレベルを超えて,過剰に積み上がったために,投資需要が抑制されるストック調整圧力が強まった。また,多くの先進国で株式や不動産の資産価格が上昇した。いくつかの国では,資産価格の急騰が消費,投資や建設活動の拡大に寄与し,その後の資産価格急落が景気後退を深刻化させる1つの要因になったと考えられる。さらに,90年10月のドイツ統一は,ドイツのみならず近隣諸国の景気に大きな影響を与えた。

景気拡大は各国とも長期に及んだが,景気後退局面入りは各国の間でずれが生じた。最初に景気後退に入ったのは,88年末にイギリス,90年半ばにアメリカ,カナダなどの英語圏の諸国であった。その後,ドイツを除く大陸西ヨーロッパ諸国,日本と続いた。ドイツが主要国としては最後に景気後退を迎えたのは,92年後半であった。次に,景気回復の時期をみると,やはり英語圏諸国の回復が最も早く,景気の谷はアメリカでは91年3月,イギリスでは92年4~6月期となっている。しかし,アメリカではバランスシート調整に時間を要したこともあり,当初の回復力はきわめて弱々しいものであったが,ようやく93年後半から景気拡大が力強さを増している。また,その他の国においても,93年央頃から94年にかけて景気回復への動きが現れている。

(鉱工業生産指数でみる景気循環の同時性)

景気循環の同時性が高い場合には,先進国の経済活動を示す指標を合計すると,個々の国でみられる景気の山・谷が打ち消されることなく,合成指数の山・谷が振幅をもって現れるであろう。逆に,同時性が弱まると個々の国の変動が互いに打ち消し合う結果,合成指数の山・谷が不明瞭になる可能性が高くなる。そこで,OECD加盟国の鉱工業生産指数を合成した指標の変動を調べた(第1-6-2図)。

今回の局面では,合成された指数の動きが,極めて平坦であるということが特徴である。このような動きは,景気循環の同時性が弱いことを示唆している。なお,各国における景気の波が共通して小さい時には,景気循環の同時性がみられても,合成指数の動きは振幅の小さなものになる。しかし,今回各国で経験された不況は,過去の不況と比較して決して浅いものではなかった。それにもかかわらず,今回は合成指数の動きに大きな振幅が現れない。したがって,今回は景気循環の同時性が弱かったために,OECD諸国全体としては生産の落ち込みは小さく,かつ景気後退が長期化する結果になったと考えられる。

次に,70年代以降の2つの大きな循環局面を調べてみよう。第1次石油危機当時と,80年代前半の世界同時不況と呼ばれた時期の合成された鉱工業生産指数は,どちらも景気の山を明瞭に描いている。また,低迷が続いた後は,各国・地域が時期をほぼ同じくして回復に転じており,合成指数にも景気の谷がはっきり現れている。このように,両時期とも合成指数の振幅は,今回の局面に比べて明瞭であり,景気循環の同時性が高かったことを示している。

(第1次,第2次石油危機とその後の回復期の景気変動)

第1次石油危機は,74年の原油価格が前年に比べ3.3倍になるというショックを世界に与え,先進国経済は物価上昇と不況に悩まされた。すなわち,世界共通の供給ショックが,生産水準を下方に押し下げる効果を先進国に与えたことが景気後退の原因であった。供給ショックによって低下した生産水準に合わせて,需要を下げることが必要となり,各国の政策当局は,厳しい金融引締め策を中心とした総需要抑制策を採用した。この結果,各国の景気は深い不況に落ち込んだ。その後,先進国がほぼ同時期に回復に向かうことになったのは,アメリカの景気回復が一足先に進み,他の国の景気に波及効果を持ったことに加え,各国の回復過程は石油危機という共通のショックからの立ち直りであり,各国とも同じような調整が進んだことなどの要因が考えられる。

第2次石油危機では,原油価格が81年までの3年間に2.7倍になり,世界的な景気後退の引き金となった。各国の金融政策は早めに引き締められ,また,第1次石油危機の教育効果から賃上げが抑制されたため,インフレは多くの国で高進しなかった。その後,世界には景気回復の兆しが現れたが,アメリカは70年代末のカーター政権下で発生していたインフレを抑制するために,81年初のレーガン政権発足後も高金利政策を継続した。このため,81年後半にアメリカが再び景気後退局面に入ると,それに引きずられるように,回復基調にあったその他の先進国が不況色を強めていった。こうした石油価格高騰という共通のショックへの調整も,82年末にはぼ終了し,83年lこは各国とも景気回復に転じている。

(今回の局面において同時性がみられなかった理由)

今回の景気拡大局面においては,長期の好況で景気が過熱化し,インフレが高進するのを防ぐために,各国の金融政策は引締めが実施され,金融引締めが各国の不況入りの直接的な契機となった。こうした金融引締めは第1次,第2次石油危機の時にも採用され,金融引締めに応じて各国で景気後退が同時に生じた。しかし,今回の局面での景気後退入りは各国の間で異なり,また,景気回復の時期もずれがみられる。

今回の局面において同時性がみられなかった第一の要因は,金融政策のスタンスの違いである。各国の金融当局が採用する政策スタンス(例えば引締めのタイミング,その強さ)に応じて,景気拡大のスピードやそれに伴うストック調整圧力の高まり具合は異なってくるであろう。一方,金融政策のスタンスは,金融当局のインフレ回避姿勢の強弱によって左右されるだけではなく,景気拡大のスピードなどにも影響される。つまり,金融政策のスタンスと景気のストツク調整圧力の強まりは,相互に密接に関係している。今回の拡大局面では,金融政策のスタンスとストツク調整圧力の強まりが各国の間でがなり異なり,景気後退入りや景気回復時期に差が生じ,景気の同時性が弱まることになったと考えられる。

第二の要因としては,ドイツ統一やヨーロッパの為替相場メカニズム(ERM;Exchange Rate Mechanism)というヨーロッパ固有の事情が,ヨーロッパ域内の景気の同時性を高める一方で,北アメリカ諸国や日本等に対しては,同時性を弱めるように働いた点が挙げられる。ヨーロッパでは,90年10月のドイツ統一に伴う特需が,ドイツのみならず近隣ヨーロッパ諸国の景気の落ち込みをなだらかにさせた。さらに統一後は,インフレ圧力を抑制するためのドイツの高金利政策が,ERMを通じて,ヨーロッパ各国の金利を高止まらせるという影響を与えた。このようにドイツ統一は実需面,金融面で他のヨーロッパ諸国に影響を与えるとともに,ドイツの景気後退入の時期を遅らせた。

またこれに関連して,イギリスが92年後半以降,大陸西ヨーロッパが低迷しているなかで,景気回復を着実にしてきた一つの要因としては,同年9月にERMを離脱した後,金融緩和を進めたことが挙げられる。

2 景気循環の同時性を生み出す要因

景気循環の同時性に関連する要因として,世界的なショック,貿易の流れ,金融政策が挙げられる。今回の局面における同時性の弱まりと,これら要因の関係を考えていこう。

(世界的なショック)

70年代半ばと,80年代前半の世界的な景気後退のきっかけは,石油価格の高騰という世界に共通の外生的ショックであり,各国の景気後退局面入りに同時性が生じた。石油へのエネルギー依存度や原油の輸入依存度が,国や地域ごとに異なっていたとはいえ,そのショックへの短期的対応は物価上昇をどのように食い止めるかであり,金融,財政面の引締め的総需要政策が各国で採用された。このように,世界に共通の大きなショックが存在すると,景気後退は同時性を示すことになる。

しかし,80年代後半以降の景気循環においては,世界的な大きなショックは存在せず,景気の長期拡大が続くなかで,各国の実体経済の動向等に対応した金融政策のスタンスとストック調整圧力の強まりに応じて,各国の景気が後退局面を迎えている。

(貿易を通じる動き)

世界経済は相互依存を深め,一体化を強めている。それには,①戦後期を通じて貿易と投資の自由化が政策的に進められてきたこと,②先進国企業の生産活動面で海外進出が進み,本国生産と海外現地生産を組み合わせた国際的な経営管理体制が成立していること,さらに,③旧計画経済圏の諸国が市場経済に移行しつつあることなどが作用している。

一国における需要の変動は,貿易を通じて他国に影響を与えるため,世界経済の一体化は,各地域や各国の景気の同時性を強める方向に寄与する。貿易が景気の同時性を生じさせる強さは,次の2つの条件に依存すると考えられる。第一は,輸出がその国,地域の経済成長に寄与する貢献度の大きさである。第二は,国,地域間における貿易の結びつきの強さである。ここでは,80年と92年において,OECD加盟国全体と主要7カ国の総需要(国内需要十財サービスの輸出)に占める輸出の割合(輸出依存度)と,輸出の地域別割合を計算し,貿易構造の多様化動向を調べた(第1-6-3表)。

その結果,次の4点が明らかになった。①第一の条件である輸出の変動が各国経済に与える影響度は,ドイツでかなり高まっている一方,低下している国もみられるが,OECD加盟国全体として大きくば変化していない。②第二の条件(貿易の結びつきの強さ)をみると,OECD加盟国の相互間における輸出取引は拡大傾向にあり,.先進国における景気変動の同時性を強める条件となっている。また,③アメリカやドイツでは,アジアや中南米等の途上国に対する輸出割合が変化しておらず,途上国との貿易の結びつきの強さは変わっていない。④その他の先進国では,途上国1こ対する輸出割合が低下している。しかし,海外直接投資を通じて,先進国と途上国の間では分業関係に深まりがみられ,これら途上国の持続的な経済成長が,先進国の景気拡大をより密接な関係にする要因となりうる。このように,前述の2つの条件から考えると,貿易の流れは,先進国間に景気変動を伝わらせるうえで,依然として重要な役割を果たすことを示している。

さらに,NAFTAの発効,EUの成立にみられるような域内貿易の自由化の動きは,域内国における需要増加を,乗数的に域内他国へ波及させる効果を強め,域内国の景気同時性を強めることになろう。

東アジア地域においても,アジアNIEs,ASEAN諸国,そして中国,ベトナム等が雁行的経済発展をとげるなかで,域内の貿易取引が拡大している。こうした域内取引の深化は,先進国の景気変動が地域に与える影響を分散化する一方で,東アジア地域が80年代前半から世界の成長センターとして長期に拡大を続ける要因となっている。東アジア地域の持続的な高成長は,製品貿易を中心に途上国との相互依存関係を強めている先進国経済の景気拡大に好ましい影響を与えている。

(金融政策の運営)

各国の金融政策運営が共通の姿勢で行われる場合には,景気循環の同時性が強まる可能性がある。石油危機に対して各国が金融引締めを行ったのは,同時性を強める要因であった。また,ドイツ統一後のインフレ圧力を抑制するために行われたドイツの金融引締めを受け,周辺国がERMを通じた金利引上げを行った結果,大陸西ヨーロッパ諸国で景気後退が深まったのも,ヨーロッパ域内における景気循環の同時性の現れといえよう。

しかし,ブレトン・ウッズ体制後の変動相場制下では,金融政策はもっぱらそれぞれの国内目標に応じて運営されており,景気の同時性が弱まることになろう。固定相場制や為替レートの変動幅が決められている場合,レートを維持するためには金融政策に大きな負担がかかる。そして,しばしば各国の金融政策が共通の政策姿勢をとる必要があることから,各国の政策の自由度は低下する。

現在ERMに参加している国以外の先進国では,変動相場制が採用されており,金融政策の自由度は高く,各国の金融当局は国内目標にあわせて政策運営を行うことが可能である。また,ERMは93年8月に変動幅が拡大されドイツ,オランダは±2.25%で据え置かれたが,その他の国は±2.25%〈スペイン,ポルトガルは±6.0%〉から±15.0%へ拡大された),EU諸国も金融政策の運営にあたって,金融政策の自由度が増大している。このように,各国の金融政策は,基本的に景気の安定や物価の安定という国内目標を第一義的な目標として運営されている。

このように,今回の景気循環においては,ERM参加国の間で同時化への力が働いた時期もあったが,先進国を通してみれば,各国の金融政策が国内目標に即して運営され,ストック調整圧力にも差が生じていたことが,景気の同時性を弱めることになったと考えられる。

3 世界景気の同時性のゆくえ

今回みられたような景気回復・拡大の時期の違いが,今後の世界経済にどのような影響を与えるかを検討した後,世界景気の同時性のゆくえを最後に考えておこう。

(貿易収支への影響)

景気回復の時期が異なったため,外需の変動にもずれが生じた。例えば,アメリカをみると,90年から91年における不況期には輸入が落ち込む一方で,好況を持続していたヨーロッパと日本向けに輸出が伸びたため,内需の低迷を外需が補完し,成長の悪化を緩和していた。そのため,アメリカの貿易収支赤字(財と非要素サービスの計)は縮小し,91年にはGDP比0.5%の赤字と83年以来の改善を示した。しかし,その後アメリカ経済は,ヨーロッパや日本に先んじて景気が拡大しており,輸入が増加し,貿易収支赤字が拡大している。その裏側では,ドイツなどがアメリカや東アジアなどへの輸出を伸ばすことで,景気回復のきっかけを見い出している。

景気変動時期の差が,各国の貿易収支に与える影響を整理しておこう。世界景気の下降局面では,景気後退が先行する国においては,輸出増加・輸入減少により貿易収支黒字が増加(または赤字が減少)するであろう。景気後退が遅れている国では,輸出滅少・輸入増加により貿易収支黒字が滅少(または赤字が増加)する傾向が現れよう。逆に,世界景気の上昇局面においては,先に景気が拡大する国の貿易収支黒字が減少(または赤字が増加)し,遅れて景気が回復する国の貿易収支黒字が増加(または赤字が減少)する可能性がある。

(金利上昇を通じる影響)

景気拡大は実質金利の上昇をもたらし,長期金利を上昇させる。また,景気過熱でインフレ懸念が生じる場合には,期待インフレ率の上昇により,さらに長期金利が上昇する。

景気の回復・拡大の進み方が,先進国の間で異なっているにもかかわらず,94年初め頃から世界的に長期金利が上昇している。アメリカにおいては,景気過熱によるインフレを未然に防ぐために金融引締めが行われ,それに伴い長期金利も上昇した。また,ドイツや日本では,景気回復を着実にするために金融緩和が引続き維持されているが,景気回復の動きや企業業績の回復期待の高まりがみられるなかで,長期金利が上昇してきている。

変動相場の下では,外国金利が上昇しても自国通貨が減価して,自国金利は上昇しない可能性がある。しかし,第1章第5節で分析したように,近年名目金利の国際間の連動は強まっており,その背景には,実質金利の裁定関係の強まりと,国際的な物価の安定化があると考えられる。国際間の金利の連動が強まっているなかで,各国の景気局面にずれがある場合には,景気拡大が先行している国の金利動向が遅行している国の金利に影響したり,また逆に後者が前者に影響する可能性がある。各国金融政策の運営にあたっては,このような可能性を視野に入れる必要が出てくることもありうる。

(景気循環の同時性のゆくえ)

景気は財政金融政策の効果を受けつつ,基本的には自律的なメカニズムによって変動する。そのため,石油危機のような世界に共通の大きなショックがなければ,景気は各国の政策運営のスタンスを含めた国内経済条件に応じて変動するため,世界景気の同時性が必ずしも成立するわけではない。貿易の連関を通じて,先進国間で景気を同時化させる力は,長期的には強まる傾向にある。

しかし,これまでのところは,貿易連関の力が,景気の同時化を招くほど強力な効果を与えてきたとはみられない。世界景気は,今後長期的には同時化の方向へ徐々に進むことになろうが,世界に共通の大きなショックがない限りは,今回の景気循環局面のように,各国間で足並みが揃わない不況入りや景気回復が,むしろ通常の姿であると考えられる。


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