平成5年
年次世界経済報告
構造変革に挑戦する世界経済
平成5年12月10日
経済企画庁
第3章 世界貿易の新たな展開―「戦略的貿易政策」を越えて
第2次世界大戦後の世界経済はGATT・IMF休制の下で,貿易や海外直接投資の拡大にリードされて,戦前を上回る高い成長を達成してきた。60年代以降の各時期をみても,貿易の伸びはGDPの伸びを一貫して上回っている(第3-1-1図)。更に,経済活動は国境を越えて広域化し,地球規模に拡大している。80年以降の商品貿易,サービス貿易,直接投資,証券投資の伸びを比較すると,サービス貿易は商品貿易の伸びを上回り,直接投資や証券投資はサービス貿易の伸びを上回って拡大している(第3-1-2図)。こうした経済活動のグローバル化ともいえる商品・サービスの貿易,国際的な経営資源や資本の移動により,基本的に世界経済は効率化され,活力を与えられてきたと考えられる。
しかしながら,このような世界の貿易・資本移動に,近年次のような構造変化がみられる。
① 先端産業分野の貿易の拡大とそれら産業分野を中心とした種々の貿易摩擦の増大
② 多国籍企業の経済活動の増大による企業内貿易のウェイトの高まり
③ EC統合を始めとする地域統合の動きや,アジアNIEsの台頭等による3極経済(欧州,北米,東アジア)のウェイトの増大
以下ではこの3つの構造変化の状況を点検する。
上でも述べたように世界貿易は世界経済の成長のエンジンとして拡大してきたが,その内訳をみると工業製品とりわけ,近年ではいわゆるハイテク製品(医薬品,電子機器,通信機器,事務機器,航空機器)の伸びが高くそのウェイトが上昇している(第3-1-3図)。先端技術産業分野の貿易の伸びがこのように高い背景としては,①先端技術産業における新製品め開発(プロダクト・イノベーション,例えばICやパーソナル・コンピューターの登場など)や生産工程の技術革新(プロセス・イノベーション)により,需要と供給が同時に拡大してきたこと,②後にみるような先端技術産業の多国籍企業化の進展により企業内貿易が拡大していることなどが挙げられる。
次に,主要先進国の先端技術産業分野における競争力の変化をOECD13ヵ国の輸出に占めるシェアでみると,アメリカは最高の水準にあるものの70年から90年にかけてかなり低下し,ドイツ,イギリスはほぱ横ばいとなっている一方,日本は,そのシェアを急速に拡大し,90年にはアメリカに次ぐ高いシェアを占めるに至っている(第3-1-4図)。また,先端技術産業分野の貿易収支の動きをみると,アメリカでは黒字が縮小し80年代後半には赤字になったものの90年には黒字に戻った。日本では黒字が拡大傾向にあるが,ヨーロッパではドイツを除き悪化傾向にあり黒字が赤字に転換している(第3-1-5表)。
しかし,こうした動きは,為替レートや内外の景気等によっても影響を受けるため,先端技術産業の比較優位の変化を必ずしも的確に表しているとはいえない。そこで輸出が全体として変動する影響を除去した比較優位指数(ある国の当該産業輸出が世界に占めるシェア/ある国の輸出全体が世界に占めるシェア)の動きをみると,アメリカの先端産業分野の比較優位指数は最も水準が高く,かつ70年から90年かけてほぼ横ばいで推移している。したがって,上でみたアメリカの先端技術産業の輸出シェアの低下は先端技術産業の比較優位が弱まったことによるものとは必ずしもいえないと考えられる。他方,日本の指数は上昇し,ドイツはかなり低下している。イギリスで比較優位指数が上昇しているのは,EC統合を控え,EC域内では比較的投資条件の良いイギリスに域外国の先端技術産業が進出し,大陸諸国等への輸出を拡大していることを反映しているとみられる(第3-1-6図)。
戦後自由な貿易に支えられて比較的高い成長を維持してきた世界経済も,オイルショック以降低成長を余儀なくされている。高失業,経常収支不均衡,一部先進国の所得,貿易面での相対的地位の低下等を背景に,貿易摩擦が増大し,多くの保護主義的措置が採られるようになっている。例えば,世界各国におけるアンチダンピング措置の調査開始件数の推移をみると,70年代後半以降大幅な増加がみられる(第3-1-7表)。
加えて,先端技術産業分野における先進国間の競争力の変化更には韓国,台湾等のアジアNIEsの競争力の向上に伴いこの分野での貿易摩擦が増大している。特に,当該分野の特殊性(規模の経済性,技術の外部経済性)から,貿易への政府の介入や二国間での問題解決の必要性を主張する考え方を勢いづかせており,先端技術産業分野を中心にGATTに規定のない輸出自主規制や相手国への輸入拡大の要請等の灰色措置が増加してきている。
直接投資は90年代に入り先進国の景気低迷等により減少傾向にあるが,80年代には,①東アジア各国等で資本自由化政策の進展したこと,②EC統合の進展による域外国の対EC輸出の相対的不利化に対する懸念から,域外からEC域内への直接投資が拡大したこと,更には③80年代前半のドル高や85年以降の円高等為替レートが大幅に変動したこと等を背景に,貿易を上回る極めて高い伸びを示した。このような動きを反映して企業の多国籍企業化が進展している。
こうした状況を以下では一番多国籍化が進んでいるアメリカについてアメリカの多国籍企業及びアメリカに進出している多国籍企業の両面からみてみる。
まず,アメリカの多国籍企業の総資産の伸びを国内の親会社と海外子会社に分けてみると,80年代後半において親会社の総資産が年率7%増にとどまったのに対し,海外子会社のそれは同14%増と親会社の伸びを大きく上回った(第3-1-8図)。これを地域別にみるとラテン・アメリカでは同2%増の低い伸びにとどまったが,欧州及び日本では同18%増,アジア・太平洋では同33%増と高い伸びを示している。また,売上げの伸びは親会社が同7%増に対し,海外子会社は同12%増,雇用については親会社が同1%増に対し,海外子会社は同2%増とやはり海外子会社が親会社の伸びを上回っている。
アメリカの多国籍企業が海外でどの程度雇用を創出しているかをみると,90年には欧州で280万人,カナダで93万人,メキシコで55万人,日本では41万人,全体では671万人に達している(第3-1-9表)。
逆に海外からアメリカに進出している多国籍企業の在アメリカ子会社の総資産は80年代後半において年率17%と高い伸びを示している。業種別には化学,電気機械等が多い。
また,これらの多国籍企業が創出しているアメリカ国内での雇用は90年には470万人に達している。これを進出企業の国籍別にみると,イギリス系企業が104万人,カナダ系74万人,日本系62万人,ドイツ系51万人,となっている。
こうした多国籍企業の活動の拡大は近年では特に先端技術産業分野において顕著となっている(第3-1-10図)。
更に,企業の海外展開の拡大に対応して,国際的な企業提携も,合併,資本提携,部品供給,OEM生産(提携相手先ブランドの生産),共同研究・開発等多様な形態をとりつつ急速に拡大している。
次にアメリカの多国籍企業の海外子会社への輸出と海外子会社からアメリカの親会社への輸入がアメリカの貿易に占めるウェイトをみると,それぞれ90年には輸出が896億ドルで全体の23%を,輸入は754億ドルで15%を占めるに至っている。他方,海外からアメリカに進出している多国籍企業の輸出及び輸入の大きさは(これについては親会社以外との輸出入を含む),それぞれ90年に輸出が911億ドルでアメリカの全輸出の23%を,輸入が1,807億ドルでアメリカの全輸入の36%を占めている。
こうしたことから多国籍企業によるいわゆる企業内貿易は,アメリカでは貿易のかなりの部分を占めているとみられる。
直接投資の拡大とそれによる多国籍企業のウェイトの増大は,経営資源,資本等の国際間移動であり,基本的には世界経済の効率化に寄与するものと考えられるが,これにより,国際的な市場の寡占化が生ずる場合はむしろ,弊害が大きくなってしまう。その意味で競争政策の適切な運用が従来以上に重要となる。
また,企業がこのように多国籍化し海外での経済活動を拡大するにつれ,貿易摩擦は,関税・非関税障壁といった水際の制度にかかわる摩擦から,各国の国内の経済システムの相異を源とする摩擦へと広がりつつある(例えば,企業の取引慣行,資本取引に関する規制,法人税制等)ことから,制度面での国際的ハーモナイゼーションが極めて重要となってきている。
更に,海外からの進出企業の増大により,政府が国内産業を保護しようとする場合,自国籍企業のみならず,他国籍企業をも保護することとなり,そうした政策の意味合いは従来に比べ薄れつつあると考えられる。
これに対し,自国籍企業のみを選別的に保護育成すべきという考え方もあるが,先にもみたように,例えばアメリカに進出している海外多国籍企業は雇用の4.3%,輸出の23%を占めるなど極めて重要な役割を果たしていることを踏まえれば,賢明な方策とはいえないことは明らかである。
加えて多国籍企業間の国際的提携が進んでいる状況からみて,政府の国内利益を重視する政策の実効性や意義はますます薄れているといえよう。
経済活動の広域化は,まず近隣諸国との交流の深まりから始まることが自然である。しかし,そうした自然な交流の深化,相互依存の強化に加え政治的な意義付けによる統合化の動きもみられる。いずれにしろ,世界経済は,EC,北米・メキシコ,アジア・日本という3極へのグループ化が進行している。
ECについては,似かよった経済構造という基盤はあったものの,冷戦下の東西対立の下での欧州の復興という政治的意味合が強かった。また,アジアの台頭という変化に対応した規模の利益による経済の活性化というねらいも加わった。85年の域内市場白書で目標が設定されて以来続けられてきた域内国境措置の廃止,基準・規則の統一等の作業の大半を終了し,93年初には人・ザービス・資本の移動が自由な統一市場が誕生した。しかし,税制の調和については,主に間接税につき一定の暫定的合意がなされたものの,解決すべき多くの課題が残されている。
北米ではアメリカが89年に相互に最大の貿易パートナーであるカナダとの間に米加自由貿易協定を締結した。更に,対外自由化政策によりアメリカとの経済関係が緊密化してきたメキシコを含め,92年には,米墨加3ヵ国により北米自由貿易協定(NAFTA)が合意された。これは,自由化等の経済改革を進めるサリナス政権への支援という政治的意味合いもある。
こうした,地域統合は域内国間において関税,非関税面での貿易障壁を削滅するものであることから,域外国にとっての障壁は相対的に高まることとなり,域内国の貿易に占める対域外国貿易のシェアは低下することとなる(貿易転換効果と呼ばれる)。
他方,日本を含む東アジア地域においては,最近に至りAFTA(アセアン自由貿易地域)が合意されたものの,これまでは制度的な地域統合の枠組みは存在しなかった。しかしながら,韓国・台湾・シンガポール等のアジアNIEs,アセアン,中国等東アジアは貿易自由化による輸出主導型の成長戦略が採られ,その成果もあって,世界で最も成長率の高い地域となっていることから,開かれた経済システムの下で貿易は急速に拡大しつつある。アジアの特徴はこれまでのところ制度面からの統合促進的措置が採られているわけではなく,ダイナミックな成長の中での自然な交流深化が進んでいる点である。
欧州・北米・東アジアの3極におけるこうした動きを反映して,世界貿易,特に,世界の工業品貿易に占める3極(3極域内及び3極間)のシェアは高まりつつあるが,特にアジアの域内及び対欧米貿易のシェアの上昇が著しい。先端技術産業分野の一つである事務機器(コンピューターを含む)・通信機器の貿易をみるとアジアのウェイトの高まりが一層顕著となっている(第3-1-11図)(地域経済圏の問題点については平成3年度世界経済白書第4章を参照されたい。)。