平成3年

年次世界経済白書 本編

再編進む世界経済,高まる資金需要

経済企画庁


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第3章 世界の資金循環の変化

第4節 世界の資金需給の展望と課題

前節では,世界の資金需要の大きさを試算した。本節では,まず,世界の資金供給がどのような大きさになるかを試算した後で,世界の資金不足額を算出する。そして,世界的な資金不足がもたらす問題点を整理したうえで,必要な政策について検討を行う。

1 世界の資金供給と需給バランスの見通し

世界の資金需要が高まるなかで,資金供給の不足に対する懸念が指摘されている。そこで,ここでは世界の資金供給額を国際機関の見通し,各国政府の資料をもとに試算し,前節で試算した資金需要額と合わせて世界の今後の資金需給の見通しをたてることにする。なお,ソ連・東欧についてはデータの制約等から貯蓄額の推計が難しいため,ソ連・東欧を除くベースで試算を行う。

世界の資金供給を試算すると,主要先進国では92年には前年対比約1,100億ドル,また93年には更に約2,000億ドル増加して約2兆7,600億ドルとなる。資金需要の試算額と比較すると主要先進国では91年には約240億ドル,92年には約700億ドル,93年には約550億ドルの資金不足が発生することになる。92年の資金不足が大幅になる原因としてば,先進国の景気が回復すること,アメリカの財政赤字が拡大すること等が挙げられる。93年については,財政赤字の縮小により,貯蓄は大幅に増加するものの,先進国の景気拡大を背景として投資需要が高まる。このため,93年の資金不足額は前年よりも約150億ドル縮小するが,なお相当額の資金不足が持続するかたちとなっている。

一方,途上国の資金供給は91年には約7,700億ドル,92年には約8,300億ドル,93年には約9,100億ドルとなる。この資金供給を前節で求めた資金需要額と比較すると,91年には約300億ドル,92年には約330億ドル,93年には約370億ドルの資金不足が生じるとみられる(第3-3-1表)。

以上の試算結果から,世界の事前的な資金需給は91年には約540億ドル,92年には約1,030億ドル,また93年には約920億ドルの資金不足となる(第3-4-1表)。こうした見通しは,アメリカ,ドイツの財政赤字が政府等の見通しに沿って進むことを前提としているので,仮に見込み以上に米独の財政赤字が拡大すれば世界の資金不足はさらに大きくなる。加えて,この試算で除外している中東の復興資金,ソ連・東欧の資金需要(91年10月のIMF見通しによれば,92年から96年までの年平均需要額は中東で120億ドル,ソ連・東欧で330億ドルとなっている)を考慮すれば,世界の資金不足は一層拡大する。

事後的には資金の供給と需要は一致するので,こうした供給不足は金利の上昇等によって調整されざるを得ない。金利による調整は,効率的な資金配分を実現するという意味では望ましいとも言える。しがし,金利が高水準になると信用度の低い途上国への資金供給は更に細くなり,生産目的の投資が抑制されることになる。また,金利の上昇は,対外債務の返済に困っている途上国の負担を一層増大させることになる。このような状況は,結果的には途上国の犠牲の下に先進国の資金需要がまかなわれるともいえる。先進国の資金不足が過度の非生産的な支出によってもたらされている場合には,なおさらのこと,国際的な所得分配上の大きな問題となる。ソ連・東欧への資金供給が世界経済システムの安定を維持する観点から優先的に行われた場合には,途上国への資金供給にしわ寄せが及ぶおそれがある。したがって以上のような事態を避けるためにも資金需給の逼迫を是正する政策が必要となる。

2 貯蓄の増強と財政赤字の削減

以上の試算から明らかなように,92年には大幅な資金の不足が見込まれ,93年以降についても,主要国の景気が良好な状態にある場合には,同程度の資金不足が見込まれる。この試算では,ソ連,東欧の潜在的な資金需要や,その他途上国のこれまでのトレンド以上の投資需要を除いてあるが,これらの潜在的な資金需要のうちかなりの部分が顕在化すると,不足額はさらにふくらむものとみられる。世界的な資金不足の問題を金利の大幅な上昇を伴わずに解決する方法としては,投資の抑制よりも,貯蓄の増強の方が確実に望ましいと考えられる。なぜなら,投資は,生活水準の向上と雇用の創出に欠かせないからである。そこで,世界の貯蓄の増強を図っていくことが必要となる。その際,先進諸国はその貯蓄が世界貯蓄の8割を占めることもあり,積極的にリーダーシップを発揮することが期待される。貯蓄のうち,民間貯蓄については,一般的には,政策手段によってこれを増加させることは必ずしも容易ではなく,効果が出るまでに時間がかかるという限界があるものの,例えば,アメリカのように,家計部門の過剰消費がみられる国では,その増強策をとるべきである。加えて,貯蓄を増強するためには,政府部門の貯蓄を増強すること,いいかえれば,非生産的な支出を抑制して財政赤字を削減することが重要な政策課題となる。

そこで,90年における世界の主要国の財政赤字をみると (第3-4-1図),アメリカが飛び抜けて大きな赤字を抱えており,その削減は,世界の資金需給を緩和するうえで極めて重要である。アメリカの財政赤字削減については,90年11月に政府と議会の間で合意された中期的な赤字削減のプログラムが存在するが,現実には,景気後退の影響もあって,90年度から91年度にかけて,赤字はむしろ拡大した。このため,アメリカに対してさらに一層の赤字削減努力が求められる。その際,歳出の約4分の1を占める国防費について,東西冷戦の終焉,ソ連の政治情勢の変化などをふまえ,検討を続けることが必要であろう。このような情勢の変化を背景に,アメリカは,91年9月に核戦力の大規模な軍縮提案を行った。

アメリカ以外でも,イタリアのように大きな財政赤字を抱える国においては,一層の赤字削減努力が望まれる。途上国でも,財政赤字がその国の経済運営上,大きな障害となっている例が多い。これは,経済に大きな比率を占める公的部門の経済的効率が,必ずしも高くないことによる。こうした国では,国営企業の民営化や補助金の削減などにより歳出の効率化を図れば,財政赤字が減少するとともに,民間部門の資金需要を満たす余地が生まれる。さらに,途上国のなかには,軍事予算に多額の資金を投入している国が多い (第3-4-2図)。このような途上国では,民生の向上を図るうえでも,軍事費への過度の資金配分を見直すことが必要である。通常兵器の国際的移転に関しては,これを適切に管理する動きがみられるが,このことは,途上国の過度の軍事費支出を抑制することにも資するものと考えられる。

3 貯蓄の活用

世界の資金需給の逼迫を避けるためには,貯蓄自体の増強を図ることに加え,貯蓄を有効に活用するための仕組みを整備することが必要となる。

このような観点からまず重要なのは金融資本市場の機能を活用することである。貯蓄を有効な投資に効率的に結びつけるためには金融・資本市場を整備することが不可欠である。このため,まず先進国では金融制度を改革して市場の効率化を一層押し進める2必要がある。一方途上国でも,金融・資本市場を整備し,国内の未活用の貯蓄を有効な投資に結びつける努力が必要となる。こうした努力に加え,先進国からの資金流入を促進するために,マクロ経済を適切に運営するとともに外国からの直接投資に対する規制緩和を図ることにより,投資の受入れ環境を整備する必要がある。特に製品の国産化比率(ローカル・コンテンツ),外資比率,輸出比率に関する規制等は,途上国への直接投資を促進するうえで大きな障害となっており,その緩和が望まれる。

4 公的資金の活用

次に,公的資金を一層活用することが必要である。前節でみたように今後先進国,途上国ともに資金需要が高まりをみせるなかでは,民間資金はリスクの低い先進国向けの投資に偏ることが予想される。こうしたなかで途上国に相応の投資資金を供給し,世界経済の持続的な成長を図るためには,公的資金の活用が不可欠となる。

公的資金を活用する方法としては,まず民間資金が自立的に流れて行かない資金需要のうち,世界の長期的,安定的成長にとって重要と思われる分野に対し,公的資金を活用してその需要を満たすことが挙げられる。公的資金の供給方法は各国政府による二国間資金援助と,世銀,IMF等の国際金融機関を通じた多国間資金援助に大別されるが,近年こうした公的資金の途上国へのネット流入額は増加傾向にあり,今後もその活用が期待される。日本は二国間,多国間合計で,これまで多額の援助を実施しているが,今後もこうした面で大きな役割が期待されている。

また,公的資金の呼び水効果を活用して民間資金の導入を図ることも重要である。具体的には以下のような役割が考えられる。すなわち第1に,公的資金を途上国の各種インフラの整備に充て,投資環境を整備することによって民間の投資資金の流入を促進することである。第2に,国際機関の融資が実行された地域には,民間資金の流入が容易になることである。これは国際機関の審査能力が信頼されていることによる。また,これら機関は融資実行の条件として対象国の経済改革を要請することが多く,民間機関にとって投資環境の好転が期待できるからである。また第3に公的機関を中心とした融資団を編成することや,公的機関による保証機能を活用することによってリスクの分散を図ることである。


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