平成3年
年次世界経済白書 本編
再編進む世界経済,高まる資金需要
経済企画庁
91年の世界経済は,90年に比べ総じて成長が鈍化したが,国別にみると景気局面に乖離がみられた。アメリカが景気後退から回復に転ずる一方で,ドイツは統一後の好況から減速に向かった。日本は減速しつつあるものの,内需主導の成長を続けてい,る。
本章では,このような世界経済の現局面の特徴を概観した後,アメリカの景気後退を取上げ,その特徴と回復力の弱さについて述べる。さらに,景気後退の過程でアメリカの金融機関の経営悪化が激化し,制度面の根本的な見直しが必要になっていることを述べる。次に,昨年10月の統一後のドイツ経済を取上げ,東独地域の再建に伴う財政赤字の拡大とそれが周辺欧州諸国に及ぼす影響について分析する。最後に,湾岸危機後の石油市場の動向をみる。
先進国経済は,①90年に景気後退期に入り,91年半ばに回復に向かいつつあるアメリカ,カナダ,イギリス,オーストラリア,②90年まで堅調な成長を続け,91年には緩やかに減速しつつあるドイツ,日本,③90年まで減速傾向にあったものの,91年に入ると増勢が回復しつつあるフランス,イタリアの3つのグループに分けられる。
85年以降の金融政策の緩和基調の下で,①のグループでは早い時期にインフレ圧力が高まり88年には景気は過熱したが,他のグループではそれほどインフレ圧力は高まらなかった。この相違は,為替レート及び不動産投資の動向の相違でかなり説明できる。まず,為替レートについては,日独では85年以降,自国通貨が大幅に増価し,安価な輸入が増大し輸出が抑制される等の効果を通じてインフレ圧力が緩和された。アメリカでは逆にドル安の下で輸出が好調となり輸入品の価格が上昇する等の効果を通じてインフレ圧力が高まった。カナダ,オーストラリアでは,為替レートはほとんど横ばい,その他の国では若干の増価にとどまったので,為替レートはインフレ圧力の緩和にはあまり寄与していない。次に,不動産投資については,①のグループでは,景気の過熱に至る過程で不動産プームが起こり,景気の山を高くした。こうしたブームは,税制の改正(アメリカ),金融制度の改革(イギリス)を契機に起こったものである。日本でも不動産ブームが起こったが,経済全体の過熱をひき起こすには至らなかった。ドイツ,フランスでは不動産ブームは起こらなかった。
このように①のグループでは88年にはインフレ圧力が高まり,強い引締めが行われた。その結果,不動産のブームは不況に転じ,景気全体の下降を早めることとなった。その他の国では,インフレ圧力はあまり高まらず,金融引締めも緩やかなものであったことから景気後退には至らなかったと考えられる。
ただし,ドイツ,日本は最近になって金融引締めの効果から景気は減速しつつあり,フランス,イタリアの景気拡大も力強さに欠けている。アメリカ,力ナダ等は,91年半ば以降景気は回復に向かっているが,その足どりは重い。
アジアNIEsでは,香港を除き,内需の好調を主因に順調に拡大が続いている。アセアンは,フィリピンを除き,海外からの直接投資の増加,それに伴う建設と製造業生産の活発化等から好景気が続いている。中国では,内・外需ともに好調で拡大が続いている。
メキシコでは,市場志向の経済政策を採るなか,成長の持続,貿易の拡大,物価上昇率の低下等,経済のパフォーマンスが改善している。ブラジルでは,生産の減少が続く一方で物価の騰勢は鎮まっていない。
90年夏からのアメリカの景気後退は戦後の平均に比べ,比較的短期間で浅いものとなった。これは,①景気後退に入る以前から金融緩和を進めるなど早めの政策対応を採ったこと,②経済のサービス化の進展,在庫管理技術の進歩により過大な在庫の積み上りが生じなかったこと,③輸出がドル安と労働コストの相対的な優位性の下に好調を維持したこと,④五大湖周辺地域では拡大が続くなど成長を維持する地域があったことによる。
しかしながら,91年春以降の景気回復は緩やがで力強さに欠けている。これは,80年代における無理な景気拡大のツケが回ってきていることによると考えられる。すなわち,①家計部門で所得が伸び悩み,債務の重荷もあって消費に勢いがないこと,②商業用不動産等の空室率が高水準であり,需要回復が建設増に直結しないこと,③連邦政府の財政赤字の継続に加え,州・地方政府の財政赤字が景気拡大の重荷となっていること,④金融機関の貸し渋りや長期金利の高どまりなどにより金融緩和の効果が減殺されていること等をあげることができる。
82年11月から90年7月までの92ヵ月にわたる景気拡大は,平和時としては戦後最長の拡大であったが,その過程でいくつかの大きな問題点を後に残した。
そのような問題点として,大幅な経常収支の赤字継続に伴う対外債務の累増も重要であるが,ここでば景気への影響という観点から整理する。第一は,家計の行き過ぎた消費により貯蓄率が低水準となり債務残高が高水準となったことである。第二は,企業買収プームの中で企業の債務比率が増大したことである。第三は,不動産部門(特にオフィス・ビル,ショピング・センター,集合住宅など)への過剰投資が行われ,その結果,空室率や空家率が著しく高くなったことである。第四は,財政赤字が巨額になったことである(連邦政府の赤字は91年度実績2,687億ドル,92年度見通し約3,500億ドル;州・地方政府の財政も80年代後半から悪化)。第五は,金融機関の経営状況が著しく悪化したことである。これらは80年代の景気拡大の負の遺産として,90年代に引き継がれ成長の足かせとなっている。
アメリカの金融制度の骨格(預金保険制度,銀行・証券分離等)は,1930年代に形成された。しかし,80年代に入り銀行は厳しい競争にさらされることとなった。すなわち,金利の自由化により銀行の資金調達コストが上昇する一方で,大企業がCP(コマーシャル・ペーパー)を発行する等直接金融ヘシフトしたこと,さらに,規制の緩いノン・バンクが貸出市場に参入したこと等により銀行の収益は大きく圧迫されることとなった。このため,銀行は収益の見込める新規分野に競って参入した。特に,ハイ・リスクであってもハイ・リターンの期待できる途上国向け貸付,企業買収関連融資,不動産関連融資(いわゆる3つのL融資)を伸ばしたが,これらはいずれも数年後には不良債権となり銀行の収益を圧迫した。このため,経営状況の悪化や倒産に追い込まれる銀行が続出した。この結果,預金保険基金からの払い出しが増加し,銀行の総資産に対する比率が急速に低下するなど,金融システムの脆弱性が増した。この他,BIS(国際決済銀行)による自己資本比率規制も加わって銀行が新規貸付に慎重になり,いわゆる貸し渋り現象が生まれた。なお,3つのL融資が伸びた共通の要因として,融資リスクに対する認識が甘かったこと,リスクの過少評価をもたらすような金融面の技術革新が行われたこと(変動利子によるユーロ・シンジケート・ローン,買収先の資産を担保とした貸付,モーゲージ・ローン′の証券化等)をあげることができる。また,3つのL融資問題については,日本の金融機関や企業が遅れて参加してブームを長びかせたことが指摘できる。
こうした背景の下,金融制度を根本的に見直す必要性が高まった。このため91年春に米政府は,預金保険制度の付保の限定,州際業務規制の撤廃,銀行・証券分離の見直し等により,アメリカの金融機関の競争力の向上を図る金融制度改革法案を議会に提出した。
アメリカ北東部(ニュー・イングランド)は,今回の景気後退局面で最も大きな打撃を受けた。これは,北東部の経済が金融業,国防産業,コンピューター産業に大きく依存し,これらの産業の不況の影響を強く受けたこと,不動産ブームの後遺症が大きかったことによる。他方,前回の後退期(81年7月~82年11月)に大きな打撃を受けた五大湖周辺地域は,国防,金融産業への依存度が低いことに加え,製造業が輸出競争力を回復しており,国内需要が不振を続ける中で生産を伸ばすことができた。
90年7月に東独地域は西独地域と経済的に完全に統合され,加えて,通貨の交換比率は東独の経済実勢を大きく上回る1対1に設定された。その結果,東独地域は,大幅な生産の低下と失業の増大に苦しむ一方,急速な構造調整の必要性に迫られている。東独地域の経済は,コンビナートと呼ぱれる巨大国営企業の生産のシェアが大きいこと,サービス業のウェイトが小さいこと,貿易面ではコメコン諸国との取引が大きいこと等の特徴があり,これを西独型の経済構造に変えていかねばならない。そのため,旧国営企業の民営化,西側からの投資を呼び込むためのインフラ整備,環境問題への対応等が必要である。さらに,1対1の通貨交換比率の下で急上昇した労働コストの更なる上昇を抑制するために,このところの急速な賃上げを抑制することも,西側企業の進出を図る上での重要な条件となる。
他方,ドイツ連邦政府の予算では東独地域向けの財政支出は,92年には全歳出の4分の1に達すると見込まれる。連邦政府の財政赤字(純借入れ)は,91年には664億マルクでピークに達し,その後縮小すると見込まれているが,これは増税と補助金等の歳出削減措置を講ずることによって賄われることとされている。ただし,東独地域の経済再建の予定が遅れるとこの財政見通しの達成も難し,くなる。
ドイツ統一は,周辺諸国に対しドイツ向けの輸出が急増するという形で積極的な景気拡大効果を及ぼしている。一方,国内のインフレを抑制するために採られたドイツの金融引締めはERM(ECの為替レート・メカニズム)を通じて周辺西欧諸国に高金利を波及させ,これら諸国の景気にマイナスに作用していると考えられる。現在のドイツが採用している拡張的な財政政策と緊縮的な金融政策というマクロ政策の組合せは80年代前半のアメリカのレーガノミックスと似ている。両国におけるこのようなマクロ政策が財政収支と経常収支に及ぼした影響をGNPに対する比率で比較してみると,ドイツの財政赤字の拡大の程度(変化幅)は,当時のアメリカの半分程度であるが,経常収支の悪化の程度(変化幅)ではドイツがアメリカを大きく上回っている。しかし,ドイツの財政赤字の拡大と経常収支の悪化が構造的な問題となる可能性は,アメリカの場合と比べて相対的には小さいと考えられる。その理由としては,ドイツの場合には,①家計の貯蓄率が高く,統一後も低下していないこと,②財政赤字の拡大に対して増税措置がとられていること,③貿易相手国の大半がEC域内に存在し,その通貨をマルクにリンクさせているので,マルクの独歩高という現象は生じないこと等をあげることがでぎる。ただし,東独地域の再建が大幅に遅れるような場合には,巨額の財政赤字はアメリカと同様に構造的なものとして持続する恐れがあるが,再建に成功すればドイツの潜在成長力は一段と高まると考えられる。
今回の湾岸危機に伴う原油価格の高騰は短期間で終了し,しかも価格は上昇前の水準に戻ったことから,世界経済に及ぼす影響も比較的小さなものにとどまった。このほか,今回の石油危機の特徴として,価格の決定権が市場に委ねられたことがあげられる。原油の価格形成の歴史を振り返ってみると,60年代までは欧米を中心とした国際石油資本(メジャー)が価格支配力を持っていたが,70年代にはOPECという供給国間のカルテルに価格支配力が移った。これに対し,80年代は,OPECのシェアが低下したことや先物市場が発達したこと等を背景に,市場が価格を決める時代となった。
今回の石油危機は,湾岸産油国における戦闘を伴ったものであったため,産油国においては戦争費用の分担,周辺国への援助,破壊された施設の復興という形で多額の支出が必要となった。このため,石油価格上昇による収入増は,支出増で相殺され,むしろ借入れが必要となる事態となっている。
湾岸危機後,OPECの中でサウジの生産シェアが増大し,その発言権も強化された。この結果,石油価格の大幅な引上げを主張する国の意向が通りにくくなった。しかし,中・長期的にみるとアジアをはじめ途上国の石油消費は着実に伸びている一方,非OPECの生産は頭打ちであり,ソ連の生産の先行きも不透明な要因が多い。加えて,OPECの生産稼働率は近年,上昇しており,生産余力が減少している。このため,石油価格の安定を図るためには石油消費の節約を進める一方で,世界の確認埋蔵量の4分の3を占めるOPECが生産能力を拡大することが重要になっている。
ソ連では,「8月革命」の後,ソ連共産党が解党されるなど連邦の力が急速に弱まる一方で,バルト三国が独立を果たし,他の共和国も独立又は主権強化へ動くなど,旧来の中央指令型の連邦体制は崩壊した。今や,共和国(特にロシア共和国)が主導権を握りつつ,新たな政治・経済面の協力体制を模索している。ソ連の情勢は極めて流動的であり,今後どのような方向に向かうのか予測が難しい状況にある。東欧諸国では,程度の差はあれ,経済改革が進展しつつあるが,現実の経済情勢は困難な状態が続いている。
本章では,ソ連経済の現況と悪化の背景をみた後,連邦再編の動きを述べる。次に,東欧の経済改革の状況を説明し,その後西側の対ソ・対東欧支援のあり方を論じる。
ソ連は90年にマイナス2%成長を記録した後,91年1-9月期には前年同期比12%減と生産の減少は加速している。財政赤字の大幅な拡大を背景にマネー・サプライが急増し,物価は高騰している。貿易も大幅に縮小し,対外債務は91年中頃には650億ドルに膨れあがっている。国民生活の面でも物不足,インフレ高進により厳しさが増している。
現在のソ連が直面している経済困難の原因には,①旧システム下で生じた問題点が未解決なこと,②ペレストロイカの下での不適切な施策が新たな機能不全を生んだこと,③連邦システムの崩壊に伴い共和国間・企業間の経済関係が混乱したこと,④旧コメコン貿易の崩壊により貿易が著しく縮小したことに分けてとらえることができる。
生産設備は70年代の更新期に,軍拡のため投資を怠ったことから老朽化している。特に,エネルギー,輸送,通信部門の遅れが著しい。流通も設備老朽化,中央指令システムの機能不全により,経済活動のボトル・ネックとなっている。さらに軍事費の重圧による民生部門の圧迫,労働者の移動制限等による労働市場の需給調整機能の欠如,金融システムの不備等により経済の効率は低いものにとどまった。また,ソ連の大規模国営企業は1業種1社に近い独占体制にあるため,1社の生産停止が全産業に大きな影響を及ぼしている。
ペレストロイカ政策は,しばしば保守派の抵抗にあい,改革の実行が遅れがちであった。改革そのものも旧システムの構造をそのままにした部分的なものであったため,歪んだ副作用を生んだ。例えば,企業の独占体制下での自主権賦与は,製品価格の安易な引上げ,賃金の無原則な引上げを招いた。このほか,卸売市場がなく,官僚が物資の配分権限を握ったままで協同組合や個人営業を推進したため,官僚への賄賂やヤミ市場利用のコストが価格の上昇につながった。あるいは工業の7割以上が生産財部門(その6割程度は軍需関連といわれている)という産業構造をそのままにして消費財の増産政策をとったため,非効率な消費財生産となった。
各共和国は,モノ不足とインフレに対処するために自国内の物資を域外に移出することを制限したために連邦全体の物流が混乱した。また,中央指令型の計画経済システムが崩壊する一方で,企業家の経営能力の不足や卸売市場の未発達等により,市場経済システムも機能していないので企業間取引が混乱している。
ソ連が外資獲得のため,エネルギー輸出を東欧諸国から西側にシフトしたことは,対コメコン貿易を縮小させることにつながった。さらに,コメコン内の貿易は91年初から「国際価格,ハードカレンシー決済,企業間貿易」に移行したことにより急速に縮小した。石油の輸出低下により外貨事情が苦しくなったソ連は西側からの輸入を維持することも難しくなり,ソ連の貿易は縮小均衡に陥っている。
85年に始まったペレストロイカは,88年中頃から本格的な政治の民主化とグラスノスチに踏み込んだ。しかし,このような改革は体制批判,民族運動を活発化させ,90年春以降,共和国の独立宣言,主権宣言が相次いだ。これに対し,ゴルバチョフ大統領は新たな連邦制を規定する新連邦条約の締結により連邦制を維持しようとし,保守派も強力な巻き返しを図ったが,91年8月のクーデター失敗を機に,共和国の権限強化の流れは固まった。
各共和国は特定の品目の生産に特化しているため,相互の依存関係は緊密である。例えば,他共和国向け輸出がその共和国の生産総額に占める比率は極めて高い。また,共和国間の取引価格には,経済力の弱い共和国への援助という政策的意図が折り込まれていたため,現実の取引価格は国際価格から乖離していた。ちなみに,仮に共和国間取引が国際価格で行われるケースを試算して現実のケースと比較してみると,ロシアが最大の負担を蒙っており,他のほとんどの共和国は利益を受けていることがわかる。財政制度を通じた移転の面でもロシアの負担が大きく,他のほとんどの共和国は受益者となっている。
ソ連では,新たな政治・経済システムの形成が模索されている。政治面では,バルト三国が独立し,グルジア,モルドバも独立を求めているほか,その他の共和国も主権強化を主張している。このため,新連邦条約では共和国の権限が大幅に拡大する見込みである。経済面では,経済共同体条約による新たな経済関係の構築が進められている。しかし,共和国の独自通貨発行,財政面の独立を認める一方で,連邦全体としての調整をどのように図るか,対外債権,債務の帰属をどのように定めるか,共和国間の取引価格をどのように設定するがなどの問題は未解決であり,その調整にはかなりの困難が予想される。
東欧諸国では,91年にかけて経済改革が一層進展したが,生産の減少,物価の上昇,貿易の縮小という経済情勢の悪化は続いている。その基本的要因としては,①市場経済への移行に伴って経済取引が混乱していること,②財政・金融政策が引締められていること,③コメコン体制が崩壊したことなどがあげられる。
コメコン貿易は,①閉鎖的な国家間貿易である,②価格は再分配政策を反映して国際価格と大きく乖離している,③振替ルーブルによる多国間決済が建前上は可能であるという特徴を有していた。このうち振替ルーブルは,縮小均衡に陥りがちな二国間決済貿易の弊害をなくすために導入されたが,ドル又は金との交換性がなく,信認の面で欠陥があったために,実際には多国間決済通貨としては機能しなかった。この点,1950年に西欧貿易の活性化のために導入された欧州決済同盟(EPU)が,ドルと金を決済通貨として域内貿易の拡大に成功したのと対照的である。
91年初めに,コメコン貿易の改革が行われ,国際価格による取引とハード・カレンシーによる決済に移行することが合意された。しかし,外貨が少なく,通貨の交換性が不十分なコメコン諸国がハードカレンシーによる決済に直ちに移行することは困難であった。加えて,91年6月のコメコン解散により,東欧諸国はソ連から石油等の原材料を安価に輸入することが不可能となる一方,西側との貿易拡大も競争力が欠如しているために難しく,コメコン諸国の経済は大きな打撃を受けることとなった。
90年以降の動きをみると,東欧諸国は改革の進展度合によって2つのグループとユーゴスラビアに分けられる。第1グループは,安定化政策,価格・貿易の自由化等,言わば改革の第1段階から,民営化等の構造政策を中心とする第2段階へと移ってきている国であり,ポーランド,チェコ・スロバキア,ハンガリーの3国を挙げることができる。第2グループは,91年に入りようやく価格自由化等の第1段階の改革が本格化しはじめた,ブルガリア,ルーマニアの2国である。ユーゴスラビアでは,90年初に急進的な改革が導入されたが,民族問題等から内戦状態に陥っている。
経済活動の大半を担う国営企業の民営化は,経済改革の核心をなす。東欧諸国の民営化は西側先進国の民営化とは異なり,①国内に企業を売却する仕組みがなく,資本蓄積も不十分である,②正確な資産評価が困難である,③経営資源が不足している,④所有権の確定が困難である,という問題に直面している。ポーランド,チェコ・スロバキア,ハンガリーでは中小企業の売却を中心に成果があがり始めているが,大企業の民営化の進め方は,国によって特色がみられる。
ハンガリーでは,市場を通じた民営化を重視しており,国家資産庁のプログラムに従って,優良企業の株式を資本市場で上場・売却するという漸進的方式を採っている。この方式は,西側の民営化と同様の準備・手続きを必要とするため,多大な時間と費用が必要となる。上記のプログラムによりこれまで43企業が選ぱれ,上場・売却が進んでいる。
ポーランドとチェコ・スロバキアでは,金融制度の整備がハンガリーより遅れており,対象企業数も多いことから,バウチャー(企業株式と交換可能な証券)を国民に配付し,これを株式と交換することにより,多数の企業を一括して民営化する方式をとっている。その際,株主の小規模化によって企業経営への監視が弱まることへの対策として,投資信託会社等の仲介機関を導入することとしている。このような仲介機関としてポーランドでは民営の投資信託会社,チェコでは公的機関である「財産基金」がそれぞれ設立される予定である。両国とも,現在その準備を進めており,92年初めまでにはバウチャーと株式との交換が始められる予定である。
ソ連・東欧諸国の対外債務残高は増加を続けている。しかし,これらの地域の政治・経済情勢が不安定化したこと,及び各国の債務状況が悪化していることなどから西側の民間融資は慎重になっている。西側の民間からの信用供与は90年には回収超過となっているとみられる。その結果,これら地域の対外的な資金繰りは厳しさを増している。特に,ソ連の資金繰りは90年以降,急速に悪化しており,大量の金売却等で賄っているものとみられる。ただし,東欧については,91年に入り国際機関を中心として与信回復の動きが出始めている。
戦後の西欧復興においてはIMF,世銀による一般的な支援に加え,マーシャル・プラン(48年からの4年間,実際は3年間)と欧州決済同盟(EPUO50年から58年まで)が大きな役割を果たした。マーシャル・プランは,西欧諸国のドル不足と対米債務問題をアメリカからの金融支援によって解決しようとしたものではなく,①西欧諸国が共通の計画の下で,域内必要量を自給できるだけの生産を回復する,②関税面等での域内協力によって域内市場を拡大するとともに,域内外への輸出によって得たドルでアメリカへの債務を返済する,③アメリカは,計画の初期段階で,生産復興に必要な財や貿易決済のための資金を供与し,また,交通インフラ整備への援助を行う,といった性格のものであつた。具体的な復興計画は,援助の受手である西欧16ヵ国が設置した欧州経済協力委員会が作成し,アメリカに提出した。アメリカは,欧州の既存の人的資源,物的インフラを活用しつつ,システマチックな計画によって西欧参加国の自助努力をうまぐ引き出し,大きな効果をあげることに成功した。ちなみに,アメリカが供与した総額は3年間で103億ドルで,アメリカにおける当時の3年間のGNPの1.3%に相当した。EPUは,欧州各国の通貨が交換性を回復するまでの間,BISを介して域内の多国間決済を可能とするための制度であり,域内貿易の拡大に寄与した。
対ソ支援の意義は,①ソ連経済が破綻するような事態になれば政治・経済あるいは安全保障等様々の面で西側に深刻な影響が及ぶおそれがあること,②ソ連という大国が世界市場にうまく統合された場合,世界全体に大きな利益がもたらされるということに見い出される。
対ソ支援を考えるに際して,マーシャル・プラン等が参考となる。西側からの支援を有効なものとするためには,ソ連側は支援の統一的な受け皿となる組織を確立する必要がある。このような組織は,共和国間の関係改善にも役立つという副次的効果もあると考えられる。マーシャル・プランに基づく西欧復興の当時と異なる点としては,①被援助国のソ連は70年以上も社会主義経済であったこと,②支援する側には多数の西側先進国や多様な国際機関(IMF,世銀,欧州復興開発銀行,OECDなど)が関係していること,③ソ連はヨーロッパではEC,アジアでは活発な経済圏と隣接するという恵まれた環境にあること,などが挙げられる。したがって,①については市場経済に関する様々な知的・技術的支援,②については援助側の相互調整,③については近接する経済圏との貿易・投資交流の強化が重要性を有することになる。
こうした点を踏まえると,ソ連経済を再建するためには,何よりもソ連自身の自助努力が最も重要であるが,西側の具体的な対ソ支援としては,次のことを推進すべきであると考えられる。第一は,ソ連をIMF(91年10月にいわゆる準加盟が実現),世界銀行,GATT等の世界経済システムヘ受け入れることである。第二は,対西側貿易と西側からの直接投資を促進することである。
そのためにソ連側が実施する経済特区設置等の環境整備にも協力する必要があろう。第三は,エネルギーや流通などの分野における整備老朽化の問題解決に協力することである。(なお,中国の農村改革や対外政策との比較は,第4章第2節「中国の経済発展戦略」で取り扱っている。また,我が国の対ソ支援のあり方については,白書末尾の「おわりに」でのべている。)
東欧諸国への西側の支援は,対外債務の削減,技術支援等の形で,既に実行されている。戦後の西欧復興の経験と比較すると,東欧の場合,人的資源の面で市場経済への適応能力を有する人材が少ないことから技術援助の重要性が大きい。また,域内貿易では,東欧はいきなリハード・カレンシー決済に移行した点で無理が大きく,その再建にはEPUの例を参考にした多国間決済システムの設置を検討する価値があろう。さらに西側との貿易拡大を進めるため,ECを中心とした先進諸国のより一層の市場開放が望まれる。
90年以降,三大国(米,日,独)の経常収支の不均衡は総じて縮小しているが,アジア,中近東の経常収支赤字は拡大している。中南米,ソ連・東欧では,民間資金が自律的に流入しないため,輸入を削減し,経常収支の悪化を抑えている。こうしたなか,世界のマネー・フローをみると,中南米などの途上国から先進国に資金が流れるとともに,先進国間では,アメリカからECに資金の流れがシフトしつつある。さらに,日本が海外へ運用している資金と海外から取り入れている資金がともに減少するなど,世界の資金フローが量的に縮小している。今後,アメリカなど先進国景気の回復,東独地域の再建,中東の戦後復興,ソ連・東欧への支援など,資金需要が高まることが予想されるなかで,世界的な資金不足と高金利の出現が懸念されている。
本章では,主要国の経常収支と資本収支の動向を見た後,世界の資金フローの最近の特徴を概観する。次に,今後の世界の資金需給を展望し,政策的対応の必要性を指摘する。
三大国の経常収支の推移をみると,90年から91年にかけて不均衡は総じて一段と縮小した。アメリカでは88年以降縮小傾向にあり,91年春には一時的要因もあって経常黒字を計上した。日本では88年以降黒字幅が急速に縮小し,90年には石油価格上昇等により360億ドルまで縮小したが,91年に入り前年の水準を上回って推移している。ドイツでは89年まで黒字が拡大したが,90年の統一を機に輸入が急増して黒字が縮小し,91年に入ると赤字に転じた。92年には,アメリカの経常収支は,景気の拡大を反映して赤字が再び拡大するものとみられる。
他方,途上国では,80年代を通して小幅の経常収支赤字を続けてきたが,91年には赤字幅が相当程度拡大するものと見込まれている。これは,アジアの途上国で高成長を反映して輸入が増大し貿易赤字が拡大すること,中東で石油価格の上昇の効果が消えて貿易収支黒字が縮小することによる。債務問題があって経常収支赤字のファイナンスが困難な中南米については,赤字額はほぼ横ばいで推移している。ソ連・東欧は,経済改革に取り組む中で,経常収支の赤字が拡大している。
アメリカへの資本流入額をネットでみると90年に大きく縮小した。項目別にみると,まず証券投資と直接投資については,海外からの流入が大幅に減少した。その結果,ネットでは証券投資は流出超に転じ,直接投資の流入超は大幅に縮小した。次に,銀行部門をみると,外銀の対米貸付が大きく減少し,米銀の対外貸付は引上げ超となった。海外からの資本流入の減少傾向は91年に入ってからも持続している。91年上半期には,証券投資は再び流入超に転じたものの,直接投資は流出超に転じた。また,銀行部門では,米銀の対外貸付の引き上げが加速する一方,外銀の対米貸付も引き上げ超に転じ,ネットでみると銀行貸付は流出超となった。
80年代後半においては,アメリカの大幅な経常収支の赤字は,活発な対米証券投資や主要国の協調的な政策運営等を背景に大きな混乱なくファイナンスされた。しかし,今後は,アメリカの経常赤字が再び拡大するようになると,①各国が国内重視の金融政策をとっていること,②日本の資金余力が減少していること,③EC市場へ資金がシフトしていること等により,所要の資本流入が円滑には進まず,アメリカの長期金利が大幅に上昇することが懸念される。
他方,日本からの資本流出は90年に大きく縮小し,91年もこの傾向が続いている。特に,対外証券投資が90年に急減している一方,外国の対日証券投資が91年に急増するなど証券投資に大きな変化が生じている。日本の長期金利の上昇は対外証券投資を減少させる要因となり,また,日本の株価の下落は,株式関連債の起債を低迷させ,日本の証券投資を流出,流入の両建てで縮小させる要因となった。ドイツの資本流出も全体として90年には縮小しており,91年には流入超に転じている。ただし,ドイツのEC域内向けの借款や直接投資,ソ連・東欧向けの借款等については流出超が続いている。
途上国の資本収支の特徴をアジアと中南米で対比すると,いずれも直接投資は流入超となっているが,証券投資と借款については,アジアが流入超となっているのに対し,中南米では流出超となっている点が異なる。中南米では,82年の債務危機以降,先進国からの銀行借款は流出を続けており,また,国内経済も停滞を続けていることから,新規の資本流入が細っている。
なお,主要国の対外資産と負債の残高をみると,90年にはドイツが世界最大の純債権国となる一方,アメリカが引き続き最大の純債務国となった。内容的には,日本が資産と負債の両面で巨額の残高を有しており,世界的な金融仲介機能を果たしていることがわかる。また,ドイツは資産と負債の規模がいずれも小さいこと,イギリスについては銀行部門の資産と負債が大きく,世界の金融センターとして機能していることが特徴として指摘できる。
国際的なマネー・フローをグロスの長期資本流出額でみると,80年代後半に証券投資,直接投資を中心として急拡大した。特にアメリカを中心に先進国への資金フローが急増し,途上国へのフローは伸び悩んだ。しかし,90年には,直接投資は増勢を維持したものの証券投資が大幅に縮小し,長期資本全体でも縮小した。地域別にみると,アメリカ向けが90年に急減している一方,EC,アジア向けが増勢を維持している。中南米向けは,公的資金は流入したが全体としては引上げ超となっている。
ユーロ市場を含む国際金融・資本市場の規模は,90年末には資産残高で8.8兆ドルと米,日の名目GNP(それぞれ5.5兆ドル,3兆ドル)の合計を上回る規模となっている。ユーロ市場は,70年代には,オイル・マネーを途上国に還流させる上で大きな役割を果たし,80年代にはアメリカの経常収支赤字のファイナンスを円滑化することに寄与した。しかし,90年には,ユーロ市場の拡大傾向に鈍化がみられた。これは,邦銀と米銀がともに国内市場に回帰し,ユーロ市場における活動を低下させていること,及び,本邦企業が株価の大幅下落を背景にユーロ市場での株式関連債の起債を減少させていることが影響している。ただし,欧州の銀行はEC統合を控え活発な国際的金融活動を続けている。
ユーロ市場は,今後とも世界の資金需給の調整の場として一定の役割を果たしていくことが期待される。
先進国の長期金利は89年末から90年初にかけて高まりをみせ,その後も総じて高水準にとどまっている。これは,ドイツ,日本が金融引締め政策を実施したことに加え,89年秋以降の東欧の民主化,特にドイツ統一への動きが将来の資金需要を高めるとの期待が国際金融・資本市場において働いたためとみられる。また,アメリカの国債発行額が巨額に上ることも影響している。長期金利の高どまりは,アメリカ等の景気回復の足どりを重くしているほか,途上国の投資を抑え成長にマイナスに働いている。
今後の資金需要を見通すと,先進国,途上国ともに投資資金への需要が高まるものとみられる。先進国では,アメリカで景気回復とともに投資の伸びが高まるとみられるほか,ECでは市場統合が域内の産業の再編を促し,投資の必要性を高めている。途上国では,活発な成長を続けるアジアで資金需要が盛り上がっているほか,中東では戦後復興のための資金需要があり,ソ連・東欧,中南米では,潜在的な資金需要が存在する。
今後,世界の資金需要が高まるなかで,資金供給が追いつかず,その結果,大幅な資金不足が生じるのではないかという懸念が指摘されている。そこで,国際機関等の経済見通しを用いながら,世界の事前的な資金需要と資金供給を試算した(世界の金融・資本市場では調達できないソ連・東欧等の潜在的資金需要は,とりあえず試算の対象から除外した)。この試算によれぱ,世界の事前的な資金不足額は,92年には1,030億ドル,93年には920億ドルになる。このような資金不足は,需給の不一致がなくなるまで金利が上昇することによって調整されざるを得ない。金利による調整は資金の効率的な配分を実現するという観点からは望ましいともいえる。しかし,金利が高水準になると信用度の低い途上国への資金供給が更に細くなり,生産目的の投資が抑制され,また,対外債務の返済に困っている途上国の負担を一層増大させることになる。このような事態を避けるためには,貯蓄の増強が第一に求められる。その際,世界の貯蓄の8割は先進国が占めているので,先進国の貯蓄を増やすことが重要であるが,民間貯蓄の増強に加え,非生産的な支出の抑制による財政赤字の削減が必要である。この意味でアメリカ,イタリア等の先進国の財政赤字削減への取組みが重要である。アメリカの歳出の約4分の1を占める国防費については,冷戦の終結,ソ連の政治情勢の変化などを踏まえ,検討を続けることが必要であろう。途上国においても,国営企業の民営化,補助金の削減などにより歳出の効率化を図れば,財政赤字は減少し,民間の資金需要を満たす余地が生まれる。また,軍事費の負担の大きい途上国については,民生の向上を図る上でも軍事費への過度の資金配分を見直す必要がある。通常兵器の国際的移転に関しては,これを適切に管理する動きがみられるが,このことは,途上国の過度の軍事支出の抑制にも資する。
第二に,貯蓄を有効に活用するという意味で金融・資本市場の機能を活用することが重要である。そのため,先進国の金融・資本市場の効率を一層高めるとともに,途上国において金融・資本市場を整備し,国内の未活用の貯蓄を有効な投資に結びつける努力が必要である。また,先進国から途上国への資金の流れを増やすため,途上国において適切なマクロ経済運営を行うとともに投資の受け入れ環境を整備することが必要である。
第三に,民間資金が自律的に流れていかない資金需要のうち,世界経済の長期的,安定的成長にとって重要と思われるものに対しては,公的資金を活用してその需要を満たす必要がある。また,公的資金の呼び水効果を活用して民間資金の導入を図ることも重要である。
世界の主要地域で,市場機能の一層の活用を図るため,各国の経済構造と各国間の経済関係の再編が進んでいる。西太平洋地域では,直接投資を媒介にして日本,アジアNIEs,アセアンの貿易関係が一層深まるとともにそれぞれの経済構造の調整が進んでいる。また,華南経済圏のような,いわゆる局地経済圏が生まれ西太平洋地域の経済関係に厚みをもたらしている。中国では中央主導のこれまでの改革に限界が現れてきている。
北米大陸では,米墨加自由貿易協定の締結により,三国の経済関係の一層の緊密化が目指されている。中南米でも,国営企業の民営化,外国資本の導入,地域的な自由貿易の推進など市場志向の経済改革の流れが力を増している。
ECでは,市場統合を進めるために,非関税障壁の撤廃,国家補助金の制限,M&A規制,民営化の促進等により,競争環境の整備を図りつつある。ただし,ECや米墨加自由貿易圏では域外国との間での競争を制限する動きもある。
本章では,以上のような地域別の経済の再編状況を見た後,世界で進んでいる地域的な結びつきの合理性と問題点について述べ,GATT強化の必要性を論じる。
西太平洋地域では,アジアNIEsの内需拡大や対外直接投資,アセアンの工業化の一層の進展,中国・香港の関係強化等を背景に,域内貿易が拡大するとともに,相互依存関係が深まりつつある。アジアNIEsは,88年以降,為替レートや労働コストの上昇,米国との貿易摩擦等を背景に対米輸出を減らしつつ,欧州や域内アジアへの輸出を伸ばしている。また,アジアNIEsの対外直接投資は北米,アセアン向けに急増し,90年には直接投資の受け入れ額を上回った。アセアンでは,最近,日本に加えてアジアNIEsからの直接投資が急増し,日本,アジアNIEsからの輸入が増加しており,輸出では,機械類等製品のシェアが高まっている。アセアンの域内貿易も,外国からの直接投資により自動車・同部品工場が各国に展開されるなかで,拡大に向かいつつある。中国は,香港からの資本を受け入れつつ,香港との貿易シェアを高めているが,香港向け輸出の多くは米国向けに再輸出されている。
最近,域内の近接国・地域間で局地的な経済圏を形成することにより,経済関係を強化しようとする動きがみられる。華南経済圏,成長の三角地帯,環日本海経済圏,インドシナ経済圏などがその例である。これらは,多かれ,少なかれ東西協調の進展という政治環境の変化を背景に,経済面の相互補完関係を基礎にしつつ,貿易,投資を通じて経済関係を強化しようとするものである。
こうした経済関係が,西太平洋地域全体の経済関係に重なることにより,新たな発展のダイナミズムが生まれることが期待される。
韓国,台湾では輸出主導型の高度成長期を経て先進国に急速にキャッチ・アップし,対外的には市場開放,国内的には労働コストの上昇,政治面の民主化という課題に直面している。このため,両国は,対外面では対米輸出依存の是正,市場の開放,労働集約型産業の海外移転を進めているほか,国内では,ハイテク産業の育成,技術開発の推進等に取り組んでいる。さらに,これまでの高度経済成長を支えてきた経済システムの再編が課題となってきている。具体的には韓国では財閥の規制や金融制度の改革,台湾では公営企業の民営化等に取り組んでいる。このようにして韓国,台湾が構造調整を進めることは,西太平洋地域の分業関係を一層高度化し,域内の経済発展に資するものである。
中国では78年以降,内外両面の経済改革を進め,高い成長と貿易拡大を実現した。国内面では79年に農村改革に着手し,農業生産の拡大と郷鎮企業発展の基礎を築いた。金融制度については,70年代末から専門銀行を設置し,人民銀行は中央銀行業務に特化するようになった。財政制度の面でも地方政府への分権化が進められ,80年に地方政府の資金管理の権限が強化された。84年には企業の自主的な経営を促す企業改革に本格的に取り組み始めた。また,価格の自由化も進められたが,重要品目には公定価格が残された。対外面では,78年以降開放政策に転じ,経済特区の設置等により貿易の拡大と外資の導入を積極的に進めた。
しかし,市場原理の導入が部分的なものであるため,国内の改革政策の下で次のような問題が生じた。すなわち,①国営企業の経営責任が不明確なため,経営が悪化している。象徴的な例として,売れ残り在庫と企業間信用(いわゆる三角債)の膨張をあげることができる。②価格体系に大きな歪みがあるために,特に生産財生産企業の経営が悪化している。このうち,国営企業の赤字補填は財政の負担増大につながっている。③地方政府の権限強化に伴って,他の省や市からの商品に対して市場を閉ざす傾向が現れてきている。④分権化が進んだものの,市場の資金総量をコントロールする金融制度が未発達なために,マクロの金融政策による総需要管理がうまく機能しない,等の問題が生じている。
中国の成長と貿易拡大は,沿海地域の発展によるところが大きい。沿海地域の経済特区等に対しては,貿易拡大,外資導入のため様々な優遇措置がとられた。沿海地域での対外開放政策は一応の成功を遂げたが,その結果,内陸部との経済格差が著しく拡大した(沿海12省,直轄市が中国全体に占める割合は,面積13%,GNP5割,輸出7割)。今後,中国が工業国をめざして経済発展を進めていく際の課題としては,①所有権の問題を含めて国営大企業のあり方について見直すこと,②価格の一層の自由化,③中央と地方における政策の調整と明確化,④対外開放政策を内陸部にも広げること,⑤香港,台湾などの華僑資本だけでなく,他の先進国との資本関係を発展させること,などが指摘される。
市場経済化を目指した中国の改革をソ連と比較した場合の顕著な違いを指摘すると,第一に,ソ連は政治体制の改革を先行させたが,中国は経済改革から着手したこと,第二に,中国は改革当初に,自営農を育成するなど農村改革に成功したこと,第三に,中国はコメコンという閉ざされた国家間貿易システムに参加することなく,西側諸国との間で貿易を拡大したこと,第四に,中国は「経済特区」等を設けて香港等の華僑や西側諸国から直接投資を積極的に受け入れていることがあげられる。
この結果,中国は,食糧生産が増加し,生産性も高まった。また,農村の余剰労働力を吸収して,郷鎮企業が急速に発展した。ソ連では,自留地農業の生産性は高いが,総じて穀物生産は停滞した。また,ソ連では小規模の協同組合企業(コーペラチフ)が88年以降台頭しているが,その活動環境が未整備であるため,中国の郷鎮企業のような発展はみられない。貿易面では,中国は西側との取引を拡大しつつ貿易を大幅に増大させるとともに,市場経済の刺激を受け入れたが,ソ連はコメコン貿易を主体としていたので,海外との競争を国内経済の効率化に結びつけることはできなかった。両国の経済・政治構造には大きな違いがあるが,今後,ソ連が市場経済化をめざした改革を本格化させ,経済発展を実現するためには,中国の成功例に習って農業部門の改革や対外開放政策を進めることは不可欠であると考えられる。
91年6月に米墨加の間で自由貿易協定締結のための交渉が開始された。協定が成立すれば,三国の総人口で3.6億人(90年)というEC市場(3.2億人)を上回る規模の自由市場が生まれることになる。ただしアメリカ,カナダの関税は低く,メキシコの関税も最近はかなり下がっていることや,メキシコのマキラドーラ(保税加工業)にアメリカの製造業がすでに相当進出していることからみて,既存の貿易,投資パターンが大きく変わるとは考えにくい。ただし,アメリカのアウト・ソーシング型(外部調達型)の直接投資がアジアからメキシコにシフトする可能性は考えられる。
第三国との関係では,メキシコ経由の対米輸出を規制するため,ローカル・コンテンツの基準を厳しくすることがアメリカを中心に議論されているが,プロック化につながる可能性もあることから慎重な検討を求める必要がある。
中南米諸国では,累積債務問題への対応を進めるなかで,従来の輸入代替戦略,公営部門の役割重視という政策からの転換を図り,貿易の自由化,国営企業の民営化等に取り組むようになっている。特に,メキシコでは,マクロ経済の安定化を図るとともに,国立銀行の民営化,外資の導入を進めた結果,海外からの直接投資も増加している。また,中南米では近隣諸国間で貿易拡大を目指す自由貿易地域の設立構想(南米共同市場,中米・墨,自由貿易圏等)が相次いでいる。経済力の乏しい途上国間での協力体制であることや,各国の産業構造は必ずしも相互補完的ではないことから,あまり大きな効果は期待できないものの,各国の政策転換をより確かなものとする意義は認められる。
EC統合は深化と拡大の両面で進んでいる。深化の面では,92年末の市場統合をめざして域内の非関税障壁等の除去が進んでいるが,各国間の合意が得られていない分野が残っている。経済・通貨統合は第一段階(ERMへの加入がほぼ完了,資本移動の自由化達成)に入ったが,第二段階以降(欧州中央銀行の創設,単一通貨への移行)については,経済パフォーマンスの収れんが遅れている国の参加を事実上遅らせるという案が浮上している。政治統合については,外交・防衛政策の一元化やEC議会の権限強化を巡る対立のほか,湾岸危機での対応における各国の足並みの乱れなどから,問題の難しさが再認識されるようになっている。拡大の面ではEFTA(欧州自由貿易連合)との間でのEEA(欧州経済領域)設立交渉が91年10月にようやく合意に至った。EFTA加盟国のうちオーストリア,スウェーデンは独自にECへの加盟申請を行っている。東欧三ヵ国(ポーランド,ハンガリー,チェコ・スロバキア)との連合協定(いわゆる準加盟)交渉は農業等の市場開放を巡って対立が続いている。
このように,ECは従来のように深化を優先しつつ,拡大の要請への対応を迫られている。
EC各国の経済パフォーマンスの収れん状況をみると,インフレ率の面では,7ランスがドイツの水準を下回るまで低下し,イギリスも最近急速に低下しているが,イタリア,スペイン等は依然高いインフレを続けている。財政赤字の面では,フランスの赤字が低水準である一方,イタリアで依然高水準の赤字が続いているほか,ドイツ,イギリスでこのところ赤字が増加している。このようにEC各国の経済パフォーマンスの収れんは十分ではない。このことは,経済・通貨統合の今後の進め方について慎重論(経済パフォーマンスが収れんした国から順次,経済・通貨統合に参加するという考え方)を力づけている。
市場統合がその所期の成果をあげるためには,拡大された市場の下で十分な競争がなされる必要がある。このため,域内各国間の税制の相違等の非関税障壁等の撤廃,域内企業に対する国家補助金,M&Aによる市場の寡占に対する規制が必要となる。また,国営企業の民営化も市場の競争条件を改善するものである。いずれの課題についてもECレベル,各国レベルでの対応が進んでいる。
域外国からの輸入,直接投資の受入れも域内の競争を促進し,市場統合のメリットを引き出す上で重要な要件である。ただし,この点では,日本の半導体等のハイテク製品にみられるような輸入制限,アンチ・ダンピング課税,ローカル・コンテンツなどにより域内企業を域外企業との競争から隔離する動きがみられる。今後,ECが市場統合を進める過程で域外企業に対する種々の差別的な障壁を撤廃することが望まれる。
本章の各節でみたように世界経済の相互依存関係は,均一な密度ではなく地域的な濃淡を伴って進んでいる。地理的に近接した国々が経済関係を強化することは,それ自体自然であり,非難するにはあたらない。地域的な結びつきの強化は,GATTの主導するグローバリズムと背反するものではなく,相互に補完するものとして位置づけることは十分可能である。しかし,それがブロック化し,域外国に対して障壁を高めるようなものであってはならない。そのような動きは対抗的なブロック化を生み,世界貿易の縮小につながりかねないからである。このような観点から,世界の主要な地域的結びつきをとりあげて評価をしてみよう。EC,米墨加自由貿易協定は,市場の拡大による規模の利益と競争の活発化による利益を目指しているという点で経済合理性を有するが,他方で域外国に対し,差別的な障壁を高めようとする動きがみられる。これはブロック化につながるものであり,そのような措置をとらないように強く求めていく必要がある。
他方,アジアの局地経済圏は,自然発生的な結びつきであり,フォーマルな枠組はなく,貿易・投資の活発化を主眼としており,また各国・各地域とも市場を広く世界に求めていることから排他的なプロックとなる可能性は小さい。
このような局地経済圏を含めたアジアの雁行形態的な経済発展においては,日本,韓国,台湾など発展段階の進んだ国が市場開放を一層進めて輸入を拡大することが重要である。これらの国の中には,市場開放に消極的な動きもみられるが,日本をはじめ,アジア諸国が広く市場を開放することが必要である。
中南米の自由貿易圏については,当面,域内の貿易拡大に主眼がおかれ,域外に対しブロック化するリスクはあまりないものと考えられる。
地域的結びつきがブロック化するリスクを回避するためにはGATTの役割が重要である。すなわち,GATTが有効に機能し,自由貿易体制への信頼性が強化されれば,自由貿易圏等の地域的結びつきがプロック化する傾向を抑えることが期待できる。その意味で現在進行中のGATTウルグアイ・ラウンドを成功に導くことが極めて重要である。
我が国としてもウルグアイ・ラウンドを成功に導くため,相互に協力しつつ,主要国間の交渉促進に主導的,積極的な役割を果たすことが重要である。また,自由貿易体制を維持,発展させるためには,同ラウンドにおけるルール作りに貢献するだけでなく,我が国の輸入についての実態の上でも世界貿易の拡大に資するため,一層の輸入拡大を図ること,そのために経済構造の調整を更に促進することが必要である。