平成2年

年次世界経済報告 本編

拡がる市場経済,深まる相互依存

平成2年11月27日

経済企画庁


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おわりに

(戦後最長の景気拡大を支えた要因)

市場経済諸国は,1983年に景気拡大に転じて以来,今年で8年目の拡大となる。この間,北米では2,000万人,ECでは1,000万人,日本では500万人の雇用増加がもたらされた。

このような長期の景気拡大がもたらされた背景には,インフレ抑制を重視した早めの金融政策の発動などのマクロ政策の成功や石油価格の下落なども影響しているが,①世界貿易の拡大,②直接投資による相互交流の活発化,③EC統合への動きなども寄与している。

まず,世界貿易は,保護主義の高まりが懸念されている中で,力強い拡大を示した。とくに最近の4年間でみるとGNP成長率の2倍の伸びを示している。

これは1960年以降の各5年間平均の弾性値(=世界貿易数量増加率÷実質GDP成長率)よりも高い。このような世界貿易の拡大は,各国経済の貿易依存度を高め,構造調整を促進し,成長率を高めた。

次に,直接投資の拡大による相互交流の活発化が景気拡大に寄与した。対外直接投資残高は,1983年の313.7億SDRから1988年の1,094.3億SDRへと,約3.5倍に拡大した。これは,この間の先進国の経済規模の拡大(約1.7倍)を大きく上回っている。

このような直接投資の拡大は,イギリス,アメリカ,アセアン等の経済の活性化に大きく寄与した。イギリスでは製造業生産の20%,自動車産業の60%,化学産業の3分の1を外国企業が担っている。このような外国企業の参入があったお陰で,1979~88年のイギリス製造業の生産性上昇率は主要国の中で最高であった。アメリカの製造業生産に占める外国企業のシェアも,1977年の3.7%から1987年の8.6%に高まっそいる。アセアン諸国でも,対内直接投資に支えられて,工業化が進み,製品輸出が急テンポで拡大しつつある。

さらに,EC統合への動きも,EC経済の活性化をもたらし,長期の景気拡大に寄与した。市場の拡大に伴い国境を越えた企業間の競争が活発化している。

EC企業は生き残りをかけてM&A(合弁と買収)による企業あリストラクチュアリング(再構築)をはかりつつある。さらに,日本やアメリカからは1992年末の市場統合をにらんだ直接投資が急増している。

以上のように,貿易と直接投資に支えられた経済活動の活発化は,少なくとも平時としては,戦後最長の世界景気の拡大をもたらす上で大きな役割を果たした。

(計画経済諸国の市場経済移行)

他方,計画経済体制を取る国でば,1970年代後半から成長鈍化が目立ち始めていたが,とくに80年代に入って,その停滞ぶりが目立ってきた。いわゆる“隠れたインフレ”の問題があるため,その実態をとらえるのが困難だが,ソ連のGNP成長率はインフレ分を調整すると81年~85年平均は,高くて2%程度,悲観的な見方ではゼロ成長に近かったとみられている。その後88年には一時的に高まったが,89年以降再び成長率が低下し,90年前半には公式統計でもマイナス成長が記録された。東欧諸国でもほぼ同じ推移をた・どり,今年前半は生産の低下が目立っている。

このような計画経済諸国の停滞は,その経済システムの欠陥に原因がある。

いわゆる中央指令型統制経済システムの下,生産,そのための資材の配分,分配,価格設定等は,中央指令による上意下達の官僚システムにより実行されている。工業化の初期はともかくそれが発達した段階では,すべての生産,調達,配分を中央指令で行うのは次第に困難となり,モノ不足,遊休設備・労働力等の資源の無駄などの歪みが随所に現れるようになっている。また,国営大企業による生産方式もコスト意識の欠如,経営面の自立の不完全,競争の欠如,悪平等主義等により極めて非効率な状況にある。さらに,コメコン内の分業体制は各国の産業構造を固定化させ,経済発展の足かせとなった。

こうした計画経済体制の問題点が明らかとなってきたため,中央指令的な経済システムに依拠しながらの部分的な改革ではもはや限界があることが認識されつつあり,全面的な市場経済への移行の動きが強まりつつある。

旧東ドイツは旧西ドイツとの通貨同盟によりほぼ全面的に市場経済へ移行したが,その後旧西ドイツ製品との競合により生産の大幅低下と失業の増大が深刻化している。特にいくつかの産業と労組の間で大幅な賃上げが妥結されたが,これは旧西ドイツ製品との競争にますます不利に作用する。

他の東欧諸国の市場経済移行のための経済改革は,ポーランド,ハンガリー,ユーゴスラビアが先行し,チェコ・スロバキアがこれに続き,ブルガリア,ルーマニアがかなり遅れて後に続いている。ソ連でも大胆な市場経済移行計画が実施に移さ′れようとしている。

市場経済移行を成功に導くためには,①大幅な財政赤字と過剰な貨幣供給を吸収するための厳しい経済安定政策の実施と,②国営企業の民営化が重要なポイントとなるが,過渡期の混乱,経済安定化政策の影響,コメコン貿易の縮小などのため,ソ連・東欧諸国は厳しい状況に追い込まれている。

ソ連では民族紛争や共和国間の対立による貿易取引の停滞などによりモノ不足が一層深刻化している。ポーランドやユーゴスラビアでは厳しい経済安定化政策によりインフレは鎮静化したが,生産の低下や失業の増大が深刻化している。他方,民営化はまだその端緒についたばかりであり,進んでいるとみられているハンガリーでさえ民営部門の経済に占める比率は1割にすぎない。ソ連,ハンガリー,ポーランド,ユーゴスラビア等では合弁会社数が急速に増えつつあるが,西側からの資本進出もこれまでのところ期待されたほどではない。

ソ連・東欧諸国の市場経済移行は今後とも困難な局面が続くとみられ,その過程で政治的不安定性が高まり,民主化・市場経済への移行の歩みが後戻りする危険もないとはいえない。そうなると,ひいては,冷戦構造の終えんという大きな流れにも影響が及ぶおそれがある。したがって,これら諸国の民主化・市場経済への移行が確実となるよう,それぞれの国の状況に応じた西側諸国による支援が望ましい。

(安定的な成長を持続させるための条件)

今後とも世界経済全体として安定的な成長を持続させていくためには次のような条件を整えなければならない。

第1に,自由な貿易,投資活動が保証される市場を拡げていくことである。

貿易や直接投資による構造調整のテンポが高まる局面では,常に保護主義や市場介入への誘惑が高まるが,1980年代の実績を見れば,パフォーマンスの改善をもたらしたのは自由な貿易・投資活動であって保護主義や市場介入ではない。

そのため(こは,今年末にまとまる予定のガット・ウルグアイラウンドをぜひとも成功させなければならない。とくに大きな懸案となっている分野での前進が重要である。また,1992年末の完成を目指して進められているEC統合は,EC域内だけでなく域外に対しても大きなプラス効果をもたらすとみられるが,その効果を一層確実なものとするため,外に対して開かれた市場とする必要がある。対日自動車輸入制限の動きは,ヨーロッパの自動車産業の活性化にはつながらないことはアメリカの例をみても明らかである。

第2に,これまでのようにインフレを抑えながらの景気拡大を維持するため,慎重な金融政策の運営が望まれる。長期の景気拡大により各国の設備稼働率や労働需給の引き締まりの程度は1970年代初頭以来の水準になっており,インフレ期待の増殖により賃金上昇率が高まりやすい環境となっている。したがって,石油価格の高騰が賃金・物価のスパイラル的上昇を招かないよう努める必要がある。

第3は,世界的な貯蓄不足を緩和するための財政赤字の削滅である。景気拡大を持続するためには,実質金利を低下させ投資の拡大を確保する必要があるが,ドイツ統一,ソ連・東欧の市場経済移行等が投資資金需要を拡大させ,実質金利を高止まりさせる懸念がある。したがって,貯蓄を増加させ資金需給ひっ迫を緩和させる必要があるが,それを実現する一番確かな方法はアメリカを初めとした先進国の財政赤字の削減である。アメリカでは,11月上旬,5年間にわたる財政赤字削減策が成立したところであるが,そのような赤字削減努力を継続していくことが重要である。

第4に,金融機関の経営規律を維持する制度枠組みの在り方の検討が必要である。アメリカの貯蓄金融機関の倒産,最近の世界的な株価の暴落に伴う金融不安等の動きは,金融資本市場の安定性を損ない,マクロ経済動向にも大きな影響を及ぼすおそれがある。これらは,不動産不況や中東不安等が直接のきっかけになっているが,1980年代初めに始まる金融自由化の流れの中で生じた,不十分な監督の下での過度の貸し進みの反動という側面もある。したがって,今後は金融の自由化を進める中で,金融機関の経営規律を維持する制度的枠組のあり方,監督のあり方等について検討が必要である。

第5に,エネルギーに振り回されない経済構造を造り上げるための省エネルギーの推進と技術開発,「持続可能な開発」という考え方に基づいた地球環境問題への取り組みが重要である。前者は86年の石油価格の下落によりその歩みが停滞している。とくに,これまで石油製品の価格が相対的に低めに抑えられてきたアメリカ,ソ連・東欧ではそれらを世界市場価格に近づけることにより,省エネを推進する余地は大きい。後者は長期的な課題であるが,直ちに取り組まないと手遅れになるおそれがある。とくに南北間の協力と技術移転が重要であり,我が国としても国際的地位に応じた役割を積極的に果たしていく必要がある。

最後に現時点で最も緊急を要する課題はイラク問題の早期解決である。石油価格の急騰が世界経済の成長にマイナスの影響を及ぼすおそれがあるだけでなく,不確実性の高まりにより長期金利の上昇,株価下落等がみられており,これらがさらに実体経済にとってマイナスの方向に働くおそれもある。したがって,この問題の解決に最大限の努力が払われなければならない。国連を中心に冷戦の発想を超えた新たな協調体制を模索する努力が続けられており,こうした動きを大きな流れに育てていく必要がある。


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