平成2年

年次世界経済報告 本編

拡がる市場経済,深まる相互依存

平成2年11月27日

経済企画庁


[目次] [年次リスト]

要  旨

第1章 世界経済の持続的成長と石油価格急騰

本章では,まず,減速局面にある世界経済を概観した後,物価動向を国・地域別に採り上げて,物価上昇圧力が根強い要因を分析する。次に,8月初来の石油価格急騰の各国経済への影響を分析するとともに,その背後にある石油需給の中期的動向を調べ,今後の課題を述べる。また,先進国,途上国の貯蓄投資バランスの中長期的推移をみた上で,今後の世界の資金需給について検討する。最後に,アメリカの財政赤字を採り上げ,その改善を困難にしている要因,特にその主因の一つである貯蓄金融機関(S&L)問題に焦点を当てる。

第1節 景気拡大の減速

世界経済は,82年を底に8年にわたる長期拡大を続けている。88年に約4%と高い成長を示した後,89年は,アメリカ,イギリスを初めとする先進工業国,アジア等の発展途上国において景気拡大が減速し,成長率は約3%となった。90年に入ると,先進国を中心にさらに減速し,8月初来の石油価格急騰はこの傾向をさらに強めるものとなっている。このような状況の下,世界貿易(数量ベース)の伸びも,やや鈍化している。

(先進国経済)

アメリカの景気拡大は,90年に入り,増勢が大きく鈍化している。その内容をみると,内需では,住宅投資は減少しており,個人消費の伸びも鈍く,設備投資にも力強さが欠けている。一方,純輸出の改善傾向にも鈍化がみられる。

西欧経済をみると,西ドイツ(10月のドイツ統一後は,西独地域を指す。以下同じ。)では,統一による東独地域からの需要増効果を背景に,消費,投資を中心に引き続き力強く拡大しており,フランス,イタリアでもこのところ若干減速しているものの内需主導の緩やかな拡大が続いている。イギリスでは,高金利政策の効果から成長率は,大幅に低下している。日本では,内需主導型の成長が持続している。

(ソ連・東欧経済)

ソ連では,経済改革の急進化を目指すなか経済活動は混迷の度を増している。90年に入り,マイナス成長が続き,工業総生産も前年比マイナスの伸びとなっている。東欧諸国でも,市場経済への移行を目指しているが,経済パフォーマンスは悪化している。国内需要や,対コメコン向け輸比の減少に加え,政情の混乱等によって工業生産は減少し,失業が増大し始めている。

(発展途上国)

アジア諸国では,アジアNIEsが90年に入っても外需の不振から成長率は伸び悩んでいる一方,アセアンでは海外からの直接投資の増加を背景に拡大が続いている。中国では,90年に成長はさらに鈍化しているが,引締め策の見直しにより回復に向かいつつある。ラテン・アメリカでは総じて低迷が続いている。

第2節 物価上昇圧力の継続

(主要先進国の物価上昇率の動き)

アメリカ,イギリスでは,景気拡大が減速するなかで,物価上昇に高まりがみられる。アメリカについては,生産性の伸びの鈍化による労働コストの上昇がサービスを中心に物価上昇の高まりに寄与している。イギリスでは,高い賃金上昇番とよる労働コストの上昇,個別間接税の引上げなどの制度的変更等が寄与している。西ドイツ,フランス,日本では8月の石油価格高騰前まで物価上昇率が低下,あるいはおおむね安定していた。いずれも生産性の上昇が労働コストの上昇を抑えていることに加え,カナダ,西ドイツ等については,自国通貨高の効果,日本については輸入の安全弁効果が,物価上昇を抑制したものとみられる。

8月初来の石油価格の上昇は,各国のエネルギー価格を押し上げ,物価上昇率にも影響している。今後,高価格が続けば,他の物価への波及が懸念される。

(アメリカの根強い物価上昇の要因)

アメリカでは,財の価格が落ち着いているのに対し,サービスの価格は高い上昇率を維持し,根強い物価上昇の大きな要因となっている。この背景には,労働コストの上昇率が製造業よりも高いこと,非貿易財であり,海外との競争にさらされにくいこと,中間投入比率が低く,最近の中間投入財の価格低下の効果があらわれにくいこと等があるものと考えられる。

最近の労働コストの上昇の要因として,賃金給与以外の種々の雇用費用(社会保障税,私的保険の企業負担,有給休暇,一時金等)が,高まってきていることがある。こうした費用は,医療費の上昇,社会保険の充実とともに今後ますます高まっていくものとみられ,物価の根強い押し上げ要因となるものと考えられる。

(発展途上国の物価上昇率の動き)

89年には,ラテン・アメリカ,東欧では,高率のインフレが続いた。その背景には,財政赤字の拡大とマネー・サプライの大幅増加があげられる。アジア,アフリカ,中東地域では物価は比較的安定的に推移した。

第3節 石油価格急騰の影響とその背景

8月初のイラクのクウェイト侵攻により石油価格は急騰した。9月下旬には約10年ぶりの40ドル/バーレル台をつけるまで上昇し,世界経済に与える影響が懸念されている。

(石油価格上昇の経済への影響)

第1次,第2次石油危機時と比べ今回は,先進国では,省石油,代替エネルギー推進等により石油依存度も低下していることから,その影響は比較的小さいものと考えられる。しかし,発展途上国では,むしろ石油消費依存度が高まっていることから,特に非産油途上国にとって,過去の石油危機時よりもさらに厳しい影響が考えられる。さらに,今回は,途上国の対外債務が増大しているため,金利の上昇が利払金額の増加を通じて,途上国経済の負担を増すことになる。このほか,貿易や出稼ぎ労働などを通じてイラク・クウェイトと密接な経済関係があった国では,国際収支の悪化が考えられるとともに,石油価格上昇によるアメリカの一層の景気鈍化は対米輸出依存度の高いアジアNIEs,中南米諸国にとってかなりの打撃である。途上国の中でも,東欧諸国は,ソ連からの安価な石油輸入を削減され,代替輸入先を中東諸国に求めていただけに,その受ける影響は深刻である。

(需給構造の変化)

第2次石油危機以降,先進国では省石油が進んだが,途上国ではほとんど進まず,世界の石油消費に占める途上国のシェアが高まった。さらに86年の石油価格の低下は,先進国の省石油努力を緩め,世界的な好況と相まって世界の石油消費を伸ばしていた。他方,石油供給面では,非OPECの生産量が85年以降頭打ちとなるなかで,OPECの生産は拡大し,OPECの石油市場への影響力が強まった。

今回の石油価格急騰は,こうした石油需給の引締り基調の中で生じたものである。したがって,これを一過性のものとしてとらえず,今後も省石油,代替エネルギー開発等の努力を怠りなく進める必要がある。

第4節 世界の貯蓄・投資バランスの変化

先進国の貯蓄・投資バランスは70年代初まで貯蓄超過で,途上国に対してネットで資金を供給していたが,2回の石油危機を経て80年代に入るとアメリカの大幅な経常収支赤字の継続を背景に逆に投資超過となった。このような状況を反映してG7の実質長期金利は,80年代には,60年代,70年代に比べて高い水準となっている。他方,途上国の貯蓄・投資バランスは81年以降恒常的に投資超過となっているが,その超過幅は徐々に縮小し,最近ではかなり均衡に近づいている。この背景には,アジアで80年代後半に貯蓄超過に転じたことや,中南米等で債務問題から投資が抑制されていることがある。こうした貯蓄・投資バランスの動きに対応する形で,世界に対する資本供給国は,かつてのアメリカから,2回の石油危機を経て産油国へ移り,82年以降は経常収支黒字が拡大した西ドイツや日本がその役割を担うという変遷をたどった。特に80年代後半,日本の貯蓄増加は世界の貯蓄増加の約4割の寄与を示している。

このような状況の下,ソ連・東欧諸国の政治・経済改革の進展,特にドイツ統合は将来の資金需要増大の期待を生んだこともあって,89年秋以来長期金利が上昇した。例えば,今後95年までのソ連・東欧の資金需要は,同期間の先進国の民間部門貯蓄増加額の約5%程度に相当する。このため世界的に貯蓄を増加させることが求められているが,最も直接的な貯蓄増強策は,財政赤字を縮小させることである。例えば,アメリカの財政赤字の削減が,順調に進めば,その減少額は,ソ連・東欧の資金需要に匹敵する。したがって,アメリカが財政赤字削減に向けた努力を継続することが重要である。

第5節 アメリカの財政赤字と貯蓄金融機関問題

(アメリカの財政赤字の動向)

アメリカ連邦政府の財政赤字は,90年度には2,204億ドルと過去最高となった86年度に次ぐ高水準を記録するなど,依然大きく,赤字縮小はなかなか進んでいない。これは,歳出面で,医療保険給付をはじめとする社会保障関連の移転支出の増大に加え,利払費の増大等が歳出抑制を困難にしていること,歳入面では,80年代初の減税政策により,税収が増加しにくくなっていることが要因となっている。さらに最近の赤字拡大には,以下に述べる貯蓄金融機関の整理・清算費用の増加が大きく影響している。

(貯蓄金融機関の経営悪化)

個人預金を原資に主に住宅金融を行う貯蓄金融機関は,80年代に入り経営が著しく悪化し外。この背景には,特定地域の不動産不況に伴う不良資産の増加,監督システムの不十分さがあることに加え,金融自由化を進めるなかで金融機関経営者が預金保険制度に安住して,高リスク・高収益の資金運用を多額に行い,これら資産が焦げついたことがある。この結果,経営が破たんした貯蓄金融機関の預金者の損失を埋めるため,連邦政府は多額の支出を余儀なくされている。不動産関連融資の不良債権化は商業銀行の収益にも影響を及ぼしており,不動産業を中心に商業銀行の貸出態度は厳しくなっている。このことは,金融政策当局の意図せざる金融の引締まりを招くなど金融政策の運営にも影響を及ぼしている。

第2章 ドイツ統一とヨーロッパ統合の進展

本章では,ヨーロッパの統合の進展をドイツ統一,EC統合,東西欧州の協調という3つの段階でとらえる。まず,ドイツ統一に至る過程を振り返った後,ドイツ統一が東西両独経済,世界経済に及ぼす影響を検討する。次に,このドイツ統一を契機に弾みがついているEC統合の進展状況,特に通貨統合の最近の進展について調べる。最後に,東西欧州の経済交流の現状と今後の問題点を整理する。

第1節 ドイツ統一の過程とその影響

(ドイツ統一とドイツ経済)

89年11月のベルリンの壁の崩壊以降,ドイツ統一への動きは急速に進展し,90年7月には両独通貨同盟が発効し,経済の統一が実現した。10月には,東独が西独に編入される形で完全な統一が実現した。

ドイツ統一は,東独地域に対しては,市場経済への全面的な移行を迫るもので厳しい構造調整を伴うものとなっている。すなわち西独製品の流入,東独製品への需要減,東独地域の労働力の西側への大量移動により,東独地域の生産は大幅に減少し,企業倒産が頻発し,失業が大量に発生している。物価も西側の価格体系に移行することで相対価格は大幅に変化した。しかし,東独地域の消費行動は落ち着いており,高インフレは生じていない。

他方,西独地域では,西独製品に対する東独地域からの需要増により生産が好調を持続しており,供給余力が乏しいなか,輸入が大幅に増加し,貿易収支が大きく縮小する方向にある。さらに,インフラ整備等,東独地域再建のための財政負担も大幅に増加しており,国内資金需給のひっ迫,金利上昇圧力の高まりが懸念されている。

(ドイツ統一と世界経済)

西独地域では,先にみたように輸入が拡大し,このことは他国,特にEC諸国の輸出増とその景気拡大に寄与することになる。国際金融面では,東独地域再建のための膨大な資金需要の期待から,89年秋以来長期金利が上昇しているが,他方で,ドイツの将来の成長可能性の拡大に着目した外国資本の流入も進んでおり,これらを背景に,マルクもおおむね強含みで推移している。さらに,ドイツが,今後ソ連・東欧との経済的な結びつきを強め,マルク圏が東側に拡大することも予想される。

第2節 EC統合プロセスの加速

(EC統合の進展)

域内の非関税障壁の除去を目指す市場統合は,各国によりばらつきばあるものの,着実に進んでいる。最終的には単一通貨の導入を目指す経済通貨統合も,90年10月にイギリスがERM(為替レートメカニズム)に参加したことにより,その実現に向け一歩前進したが,今後の進め方については慎重論が台頭している。また,EC各国の政治面での協力を進めるための政治統合も,4月の独仏共同宣言以降,現実味を帯びている。

(欧州通貨制度とEC経済)

79年にEC域内の為替相場の安定を目指して発足した欧州通貨制度は,発足後10年を経て,為替レートの変動の縮小,物価上昇率の国毎のかい離の縮小等,所期の成果をあげつつある。例えば,80年代前半,高インフレに悩まされていたフランスは,欧州通貨制度の中で緊縮的な財政・金融政策に転換したことにより,最近では,西ドイツなみの物価上昇率になっている。ただし,イギリス等一部諸国のインフレ格差の是正が残っていること,財政収支の面では国毎の相違がむしろ拡大していることから,今後経済・通貨統合を目指す上で,インフレ格差の一層の収斂や財政政策の協調が重要課題となる。

第3節 東西ヨーロッパの発展の条件

(東西欧州間の経済交流の進展とその問題点)

東西欧州間の貿易は,これまで,停滞気味に推移してきたが,今後は東西協調の流れの中で,急速に拡大していく可能性がある。ただし,ECの共通農業政策は,こうした貿易の一層の発展を図る上で問題となっており,今後,その見直しが求められる。

ソ連・東欧諸国は,経済改革を進めていく上で,西側の資金を必要としているが,経済改革の先行きに関する不透明性に加え,対外債務の累積,金融・資本市場の未整備等が西側からの資金導入において障害となっている。G24(東欧支援24か国会議)あるいは各国政府ベースでソ連・東欧諸国への資金援助が進められているが,民間資金を導入するためには,受入国側の法制面等における環境整備が必要である。

(東西協調の枠組み)

東西協調の流れの中で,どのような形で東西欧州の関係強化を図っていくかが問われている。これまで様々なアイデアが出されているが,経済面ではECが中心的な役割を担う方向性が固まりつつあり,東西欧州間の橋渡しの場として欧州安全保障協力会議の機能強化を図る点でも大方のコンセンサスは得られつつある。

第3章 ソ連・東欧経済の現状と経済改革

本章では,ソ連・東欧経済の現状と問題点を検討した後,これまでソ連・東欧経済の骨格をなしていた中央指令経済システムの問題点を指摘する。最後に,ソ連・東欧それぞれについて現在,試みられている市場志向型経済改革の内容と今後の課題を整理する。

第1節 ソ連・東欧経済の現状

(ソ連経済)

ソ連経済は70年代半ば以降80年代前半にかけて停滞色を強め,85年のゴルバチョフ政権発足以降も経済的成果は上がらず,90年にはマイナス成長に落ち込んでいる。生産の伸び悩み,流通システムの不備等から物不足は深刻化しているほか,巨額の財政赤字(GNP比約10%)と過剰なマネーサプライは,潜在的に大きなインフレ圧力である。

共和国別の経済実態をみると15共和国の中でもロシア共和国は最大の人口と多くの経済資源を有しているほか,重要物資を他の共和国に供給する役割を果たしており,その経済的重要性は大きい。また,共和国間の相互関係は密接で,かつ,共和国ごとにかなり生産が特化しているため,完全な自立は難しい状況にある。

(東欧経済)

東欧諸国の経済は,70年代後半から成長が鈍化し始め,80年代初には,いくつかの国で対外債務問題が起こり,成長は低迷した。その背景としては,労働,資本等の生産要素を大量に投入するのみで,効率の改善を怠ったこと,またこのような生産を助長した企業のコスト意識の欠如等があげられる。

ソ連・東欧諸国間の貿易も,80年代後半以降縮小し,対西側取引が拡大している。90年に入り,ソ連の東欧向け原油供給削減もあってこの傾向はさらに強まっている。

第2節 ソ連・東欧の中央指令経済システムの問題点

ソ連・東欧諸国の経済は,これまで共産党による中央指令・官僚統制システムにより,運営されてきた。そこでは,価格は国が定め,コストや資源の稀少性,需給動向を反映しないことから資源の浪費,需給のミスマッチが生じている。また,企業は,コスト意識がないことから,生産目標達成のため,過剰な設備,労働力,在庫を抱える傾向にあり,生産効率は低い。この中央指令経済システム以外に国の統制の及ばない第2経済が存在する。第2経済は,企業間の資材の過不足の相互融通や消費者の嗜好にあう高品質(しかし高価)の消費財の供給等の面で,中央指令経済システムの欠点をある程度補っている。

第3節 ソ連の経済改革の現状と課題

ソ連の経済改革は,89年秋以降,市場経済を目指すことを明確にし,そのための制度面での枠組づくりが急速に進んでいる。例えば,90年に入り,個人所有を含む多様な所有形態の承認,企業の自主権の拡大,中央銀行と商業銀行の分離など金融制度の整備,所得税,法人税等税制の整備等が行われている。しかし,改革の進め方について,急進改革派と保守的官僚層の間で厳しい対立がある。90年10月には両者の考え方を調整して市場経済に移行するための具体的なプログラムを示す「国民経済安定化と市場経済移行の基本方向」が打ち出された。しかし,ロシア共和国は,独自により急進的な市場経済化を目指す「500日計画」を実行に移すことにしており,今後,なお,経済改革の進め方,連邦と共和国の権限の調整についての対立が続き,それが一層経済の混迷を深めることが懸念される。

第4節 東欧の経済改革の現状と課題

東欧諸国の経済改革は,その速さと拡がりにおいて異なるものの,基本的には,価格の自由化,国営企業の民営化,対外取引の自由化等を進める点で一致している。ポーランド,ユーゴスラビアでは,高インフレを抑える強力な引締政策と市場志向型の経済改革が同時に行われ,インフレの抑制に成果をあげている。ハンガリー,チェコ・スロバキアでも,90年秋に経済改革のプログラムが示されている。ブルガリア,ルーマニアでは,政治的混乱から改革への本格的移行は遅れたが,90年夏以降徐々に経済改革に取り組んでいる。

これら東欧諸国が,経済改革を進めていく上での共通の課題は,価格の自由化が恒常的な物価上昇につながらないように財政赤字の削減と過剰な通貨の吸収をはかること,市場経済を担う自立した経済主体の育成,特に,そのための民営化を推進することである。

第4章 一体化進む世界経済の課題

本章では,貿易・直接投資の進展,あるいは,ソ連・東欧の市場経済への移行等により各国経済の相互依存,相互連関が深まり世界経済の一体化が進むことは,世界経済の効率を高め,成長を高める上で重要であるとの認識の下,①貿易,直接投資の拡大と各国の構造調整,②長期拡大持続のための条件,③エネルギー・地球環境問題をとりあげる。

第1節 貿易・直接投資による各国経済の統合と構造調整

(貿易の拡大とその意義)

貿易は経済成長の原動力として機能してきた。特に80年代後半の貿易の伸びは高く,世界経済の成長に大きく寄与したものとみられる。したがって,GATTのウルグアイ・ラウンドを積極的に推進し,自由貿易のメリットがより多くの国,産業に及ぶように努める意義は大きい。

(直接投資の拡大とその意義)

世界の直接投資は80年代に急拡大した。特に先進国から先進国(中でもアメリカ,EC向け)への直接投資が大きく増加している。このような動きの背景として重要なことは,企業活動のグローバル化の進展である。すなわち,資源や低廉な労働力に着目した直接投資に加え,市場に密着した形で生産,販売,研究・開発の最適配置をグローバルに進める形の直接投資が拡大している。このような直接投資は現地経済に対し雇用の創出,技術・経営ノウハウの移転などのメリットをもたらす。日本は,他の先進国に比べ,直接投資の受入れ比率が極めて低い。このため,今後,外国からの直接投資を受け入れやすい環境づくりを通じて,対日投資を促進することが望まれる。

(貿易・直接投資の推進による各国経済の構造調整)

① アジアNIEs,アセアン

アジアNIEs,アセアンは輸出志向の工業化を進めつつダイナミックな経済発展を遂げてきた。その際,いずれの地域についても外国からの直接投資の受入れがそれぞれの工業化に大きな役割を果たした。しかしアジアNIEsでは,最近は通貨切上げ,労働コスト上昇により輸出競争力が低下し,外国からの直接投資は一段落した。むしろアジアNIEsが,アセアンや先進国向けに直接投資を行い,産業構造の高度化を図っている。アセアンでは80年代後半以降,外国からの直接投資を積極的に受け入れ,工業化を進め,工業品輸出を伸ばしている。成長率も加速し,アジアNIEsを急速に追い上げている。

② アメリカ

アメリカの直接投資は,外国向けも外国からの受入れも80年代後半以降,急速に拡大したが,受入れの伸びが大きく,89年には,残高ベースで,初めて直接投資受入れが,対外直接投資を上回った。アメリカ向けの直接投資の国別,業種別内訳をみるとヨーロッパからと製造業向けが大きいシェアを占めている。日本の対米直接投資の伸びも著しく,イギリスに次ぐ第2位のシェアを占めている。アメリカ向け直接投資の急増は,一部で投資摩擦を招いているが,外国企業の在米子会社は雇用創出,技術・経営ノウハウの移転,競争の活発化というメリットをアメリカ経済にもたらしており,これを規制することはアメリカの競争力強化を妨げるものである。なお,アメリカの製造業の対外直接投資については,最近,海外現地生産品のアメリカ向け販売の比率が高まっており,製造業の輸入額の増加要因となっている。

③ ヨーロッパ

ヨーロッパでは92年末のEC統合が市場拡大,競争促進効果をもつとみられるなか,貿易及び直接投資が活発化してきている。直接投資の面では,域内諸国相互あるいは日米等域外諸国からの投資が進んでいる。特に注目されるのは,域内でスケール・メリット,競争力強化あるいは関連産業の吸収等を狙ったM&Aが活発に行われていることである。こうしたM&Aは,今後ますます活発になされるものとみられるが,それが寡占状況を生むことのないよう,ECレベルでの適切な競争政策が必要である。

(各国の経済構造の調和)

貿易・直接投資を通じて世界経済の一体化が進むにつれて,各国の経済構造の相違が問題となり,しばしば,国際的な摩擦を引き起こしている。日,米,欧それぞれの経済構造を様々な角度から比較すると,それぞれ共通点,相違点があり,日本のみが特殊とはいえないことがわかる。したがって,例えばOECDの場で行われているような構造問題に関する多国間の論議は,互いの経済構造をより広い視野の中に位置づけ,建設的な議論を行えることから,今後一層積極的に取り組むことにより,互いの経済構造について理解を深め,その相違が貿易や資本の自由な交流を妨害しないよう必要な対応策,国際的なルール作りを行っていくことが重要である。

第2節 長期拡大持続のための条件

世界経済は減速しているとはいえ,戦後最長に迫る長い拡大局面にある。自由な貿易,直接投資の交流を拡大する上でも,世界経済の持続的な拡大を維持することが重要である。

(先進国の長期経済拡大の持続)

先進国で83年以来続いている今回の景気拡大は,インフレを抑えながらの成長であることに大きな特徴がある。したがって,この長期拡大を維持していくためには,引き続きインフレを抑えることが重要であり,さらに市場経済の拡がり,軍縮の進展という,プラス要因を活かすとともに,高齢化の進展やエネルギー制約というマイナス要因に適切に対処することも重要な課題である。

(途上国の経済発展)

80年代の途上国の成長は,アジアでは成長率が高まっているのに対し,ラテン・アメリカ,サブ・サハラ(サハラ以南のアフリカ)では低下している。アジアでは,慎重なマクロ経済政策の運営を行い,輸出志向の工業化を進めたことが成果をあげているのに対し,ラテン・アメリカ,サブ・サハラでは,不安定な経済政策と輸入代替型の工業化が,低成長につながった。また,アジアでは工業部門のみならず,農業部門も工業化と並行して生産性を高め,着実に拡大している点が特徴である。

第3節 エネルギー・地球環境問題への取組み

(エネルギー問題)

世界の一次エネルギーの需要は,83年以降,世界経済の成長が続くなか増加している。特に発展途上国及び旧共産圏のエネルギー需要が高い伸びで増加しており,89年には全世界の需要のほぼ半分を占めるようになっている。他方エネルギー供給については,石油,天然ガスは地域的に偏在しており,政治面での供給不安がある。石炭は,豊富にあるがCO2の排出量が多く環境面で利用の拡大が制約される。したがって今後,エネルギー需要が順調に拡大すれば,長期的には供給制約の顕在化が見込まれることからエネルギーの効率的利用,代替エネルギー開発への積極的取組みが求められる。

(地球環境問題)

地球環境問題の中でもエネルギーの利用がCO2の発生を通じてもたらす地球温暖化問題をとりあげる。現在CO2の排出量の約半分はOECD諸国が占めているが,将来的には途上国が高い成長を遂げていく過程でその排出量のシェアは高まることが予想される。この途上国のCO2排出を先進国並みに抑制すれば途上国の成長の可能性は大きく制約される。このように地球温暖化問題には南北問題の要素もある。したがって,地球規模での「持続可能な開発」の達成のため,先進国と途上国の協調,特に先進国から途上国への新エネルギー,環境対策技術等の技術移転,環境保全のための経済援助を推進することが重要である。


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