平成元年

年次世界経済報告 本編

自由な経済・貿易が開く長期拡大の道

経済企画庁


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おわりに

(軟着陸の可能性)

1989年の世界経済はアメリカおよびヨーロッパを中心として,7年目の長期景気拡大からくる需給のひっ迫を主因として,物価上昇懸念が年初から高まっていた。しかし,年央には,引き締めの効果もあって,物価上昇圧力に弱まりが見られるようになってきた。アメリカでは貯蓄率がやや回復する形で消費の伸びが鈍化し,自動車の生産調整を主因として工業生産が鈍化した。このため設備稼働率や雇用,賃金への圧力もやや緩和したのである。さらに石油,国際商品とも市況上昇を支えていた,生産枠の遵守や干ばつ懸念等の供給側の要因が後退し,軟調に転じたため,これらが物価安定要因になってきた。ヨーロッパにおいては,ドイツ,フランスにおいて賃金上昇が抑制されていることと並んで,石油価格等の下落は物価安定に寄与した。イギリスでは,景気の過熱と高い賃金上昇が続いていたが,ここでも引き締めの効果が出てきている。

アメリカでは,一層の物価上昇圧力は後退する一方,経済成長は減速した。

連邦準備制度は景気後退懸念にも配慮するため,年央がら引き締めスタンスを段階的に緩和してきた。これが,物価上昇を抑制しつつ,成長率を潜在成長率近辺への減速にとどめる,いわゆる軟着陸となるためには,引き続き適切な金融政策が求められる。さらに経常収支不均衡を実質ベースで縮小していくために,アメリカの外需拡大が維持される必要がある。ヨーロッパでは,実質GNP成長率は1989年には,潜在成長率を上回ると見られ,今後は成長はやや鈍化するものの,依然堅調と考えられる。このように,適切な政策運営を前提として,世界経済全体としても,軟着陸の可能性は高いと言えよう。

このような軟着陸の可能性は,長期的な景気拡大を支えてきたミクロ的な要因が働くことにより,一層確実なものとなろう。アメリカ,イギリスでは,今後は貯蓄率の回復という形での,消費の伸びの鈍化が,安定的な成長に貢献しよう。稼働率の高まり,資本財価格の低下,収益の回復,技術革新,ECの1992年市場統合等様々な要因による急速な投資の伸びは鈍化することはあっても,急激な減少もまた起こりにくいと考えられる。規制緩和や民営化の動きも引き続き民間投資活動を刺激し,かつ経済の効率化に貢献しよう。景気拡大期において,過度の賃金上昇を引き起こすことなく雇用を拡大し得てきたのは,労働市場の柔軟性の高まりによるものである。成長の減速期においても,このような柔軟性が働けば,急激な失業の増大は避けられ,賃金上昇率は生産等の動きに合ったものとなろう。

軟着陸の可能性は,経常収支不均衡の縮小を伴うものであれば,より現実味が出てくる。この面でも,アメリカ,日本の経常収支の赤字・黒字のGNP比はそれぞれ縮小傾向がみられ,その資本収支を通じたファイナンスも1988年~89年には,証券投資,直接投資等の民間資金を主体として円滑に行われている。

しかしながら,米国経済の借入依存傾向が持続するとなると,金融面の不安がマクロ経済に波及するリスクがあり,このため,経常収支不均衡の一層の縮小によって,そのようなリスクを抑制していく必要がある。

(日米及び世界経済の課題)

いまや日米両国経済のグローバル化が進み,経済活動が国境を超えて相互に浸透しあうようになってきている。このような活発な経済交流はそれ自体評価されるべきものであるが,これを背景に相互に構造問題が表面化してきている。

これに対し,日米両国が前向きに取り組み,建設的な対応が図られることが望まれる。しかし,アルシュ・サミットの宣言文にもあるように,「保護主義は依然として現実の脅威」であり,「あらゆる形態の保護主義と闘う」ことが必要である。

世界貿易は1983年以降の長期の世界経済の拡大を支えてきた。しかし保護主義の高まりにより,その拡大が今後抑制されていく可能性がある。保護主義的な動きは1業種から他業種へ,1国から他国へと波及し,後戻りができずエスカレートしてきたのが世界貿易の歴史であった。アメリカは,経常収支不均衡を生じている主要な要因の改善に正面からとりくみ,マクロ政策,構造政策のコミットメントを実行することが望まれる。また,世界貿易の歴史上唯一の国際機関であるGATTの強化を通じた自由貿易の維持強化に引き続き努めることが望まれる。なお,ソ連,東欧,中国における市場原理の導入を目指した構造改革の動きは,今後の世界経済の動向を左右する重要な要因の1つと思われるが,自由経済,自由貿易の範囲と利益を拡げていく上で歓迎されるべきものである。

もちろん,日本に向けられた前述のような議論の背景には日本の国際的役割に対する期待と要請がある。日本としても内需拡大と輸入拡大の継続,そのための構造調整の推進,ODAや債務途上国に対する資金還流の推進等において積極的な役割を果たすべきであることはいうまでもない。さらに,アジア太平洋地域における経済発展のために,日本の建設的な貢献が必要である。

日本が輸入拡大により輸入大国になることと同様に,アメリカは企業自身の自助努力に基づく産業の国際競争力の再強化により輸出大国になっていくことが必要であろう。ヨーロッパにおいても,経済の柔軟性を回復するとともに,92年の市場統合が真に開かれたものとなることが望まれる。これらの実現のため,政策協調及びウルグアイ・ラウンドの推進は,言い習わされたことではあってもますます重要となっており,世界経済の安定的発展にとって人類の英知が問われる歴史的課題といえよう。


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