昭和63年

世界経済白書 本編

変わる資金循環と進む構造調整

経済企画庁


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第2章 変貌する世界の資金循環

第5節 拡大する国際金融・資本市場とその問題点

国際金融・資本市場は第1次石油危機以降の急拡大に引き続き,80年代には,世界的な国際収支不均衡の拡大や,各国の資本自由化の進展の中で,その規模においても,またそこで扱われる商品の多様性等の内容の面においても一層の発展を示した。同時に,国際金融・資本市場を介して世界各国の金融・資本市場はこれまで以上に有機的かつ緊密に結びつき,市場としての効率性も著しく上昇している。しかし,他方では,市場の効率性の向上と並行して,87年10月の株価下落の世界的波及にもみられるように,各国の金融・資本市場の連動性・同時変動性も高まっており,資本自由化等に伴う規制緩和や,新しい金融商品の輩出等の構造変化ともあいまって,金融に伴うリスク管理の重要性は一段と高まっているといえよう。特に,世界的な国際収支不均衡等の実体経済面からのストレスの高まりは,それ自体,国際金融・資本市場の発展・変容の原動力であると同時に,国際金融・資本市場の緊張の源泉でもあり,様々な側面からの国際的な政策協調により国際金融・資本市場の安定性を強化していくことが求められているのである。

1. 国際金融・資本市場のイノベーションと効率化

国際金融・資本市場は80年代に入ってその規模が拡大しただけではなく,その内容においても大きな発展を示した。国際金融・資本市場で取引される金融商品の構成をみても,銀行預金・貸付という組み合わせから証券の取引へという基本的な潮流の変化がみられるほか,変動金利商品の拡大や先物,スワップ,オプション等 (付注2-2)様々な従来の金融機関の貸借対照表には載らないような新しい金融商品の拡大がみられる。こうした金融イノベーションの背景には,金融商品に対する規制が商品によって異なるということもあるが,より基本的には,国際金融・資本市場をめぐる不確実性の高まりの中での国際金融・資本市場参加者による,利益追求・リスク回避の行動と,通信・計算技術の著しい進歩による取引コストの低減(複雑な取引の実現)がある。

(国際金融・資本市場のイノベーションの背景)

70年代,80年代を通じる実体経済の変動や,不均衡の拡大の中で,物価,金利,為替相場の変動等,国際金融・資本市場をめぐる不確実性は高まりを示した。第1に,金利の変動に関する不確実性の高まりである。70年代後半から80年代初にかけてのアメリカを中心とするインフレの高まりと,FRB(連邦準備制度)の金融調節方式の変更をともなう厳しい金融引締めは,市場金利を著しく高め,金利に関する不確実性を名目でも実質でも高めた。このため,前述の預金金利等の金利上限規制ともあいまって,アメリカ国内の銀行は預金による資金調達が難しくなり,銀行の預金・貸付を通じる金融仲介から,証券による資金調達・運用への流れが加速された。また,単に金利水準の上昇だけではなく,年毎に,月次データの金利の標本標準偏差を年平均で除した変動係数の動きをみると (第2-5-1表,付図2-9),各国とも,70年代末~80年代初に高まりがみられる。全般的にみて,60年代に比べて70,80年代の方が金利の変動が大きくなっており,固定金利の契約者にとって契約のタイミングを難しくしているとともに,債権の保有者に対して,キャピタル・ゲイン/ロスの可能性を高め,変動金利商品,スワップ等の様々な金融商品の拡大に繋がった。

第2には,為替相場の変動に関する不確実性がある。固定相場制から変動相場制への移行の背景に様々な要因があり,また,73年の変動相場制移行から現在までの世界の経済動向の中で,変動相場制が相対的に優れた為替制度であることは事実である。しかし,為替相場が変動するという面において,金融取引の不確実性の源泉の一つとなっていることは否定できない。金利の場合と同様の変動係数の動向をみると (第2-5-2表, 付図2-10),73~79年,80~87年とも0.05前後であるが,年によっては0.1前後とかなりの乱高下がみられ,また85年以降は,世界的な経常収支不均衡等を背景にドルが主要通貨に対して下落したこともあり,比較的高い水準にある。一方,日本,西ドイツ等の基軸通貨国以外の国が経常収支黒字を累積させ,外国通貨表示の対外資産を増加させたことも,為替リスクの顕在化要因となったと考えられる。このような為替相場の変動は,外国通貨で取引を行う者にとって,その取引くの自国通貨価値の確定を困難とし,その不確実性をへッジする手段としての,先物,スワップ,オプション等の金融取引を拡大させる方向に作用した。

第3に82年以降の中南米諸国等の累積債務問題の顕在化も,その額の大きさとともに,その債権がアメリカのマネー・センター銀行に集中していたこともあって,国際金融・資本市場の不確実性要因の一つとなった。また,累積債務問題の顕在化以降,累積債務発展途上国への新規融資は減少しており,石油価格の低下による石油輸出国からのユーロ預金減少とともに,国際金融・資本市場での銀行の預金・貸付を通じる金融仲介の比率低下の一因となった。

これらの不確実性の高まりの中で,証券化や,新しい金融商品は,利益獲得・コスト低減及び,リスク回避・転嫁の機会を供給した。①証券化は,優良な資金需要者にとってコスト低減に繋がるとともに,全体として流動性を高め,貸付契約では期限まで固定化されていたリスクを緩和する。更に,不確実性増加の中で,自己資本の不足を意識していた一部の金融機関にとって証券化は,証券手数料等の形で,自己の資産・負債を増加させないで収益を挙げる手段となる。②また,変動金利商品は,金利変動に伴うリスクの回避手段を提供し,先物は,将来時点での価格(相場)を確定することによってリスク回避手段となるとともに,現物との間での裁定・投機の機会を提供する。③一方,スワップは,取引主体双方が,金利(固定か変動か),通賃(ドル建て,円建て等)等の面で自己に比較優位がある市場で資金調達をした後,その内容を交換するもので,コスト低減,リスク回避の手段を提供する。④オプションは将来確定価格で取引する権利の売買であり,いわば「保険機能」によりリスクを回避する手段を提供しているのである。

このイノべーションの全容を把握することは,①これらの動きがいわゆる国際金融・資本市場だけにとどまらず,各国の国内市場でも進行し,国内向けに発行された社債等でも外国人が入手している場合があること,②新しい金融商品の中には,貸借対照表に現れないものがあること等のために,かなり難しいが,証券化の動きを国際債に限ってみても,その残高は82年末の2,550億ドルから年率30.9%で急速に拡大し87年末には9,813億ドルと,ユーロ銀行の債権残高(グロス,4兆1,572億ドル,ネット,2兆2,000億ドル)の2~4分の1の規模に達している。また,その87年末の国際債残高の内,変動金利のものは16%の1,569億ドル,さらにスワップと確認されたものは1,076億ドルとなっている(第2-5-3表)。なおスワップについて,イングランド銀行は,86年半ばの時点での金利スワップの元本相当額を約3,500億ドル,86年の為替スワップ・フロー額を約330億ドルと推定している。

(国際金融・資本市場の効率化)

以上の国際金融・資本市場のイノベーションは,世界的な資本市場自由化の動きとあいまって,人々の様々なニーズに対応した取引を可能とすることとなり,国際金融・資本取引の機会を拡大させたとともに,資金の流れを円滑にし,近年の世界的な経常収支不均衡のファイナンスに寄与した。実際,為替相場等に関する不確実性にもかかわらず,85~87年の3年間で,その間の国際金融・資本市場の純仲介額の5割を越える4,000億ドルもの膨大なアメリカの資金需要をファイナンスするということは,国際金融・資本市場の規模の拡大や,国際資本取引に係る規制の緩和,リスク回避手段の多様化といった状況のなかでこそ円滑に進んだとも考えられる。

他方,この国際金融・資本市場の発展は,これまで以上に世界各国の金融・資本市場を有機的かつ緊密に結びつけた。それは,各国相互の金融・資本取引のみならず,金融機関の相互進出という形でも進んだ。アメリカやイギリスにおける外国銀行のシェアは,円高等で著しくドル表示の規模を拡大させた日本の銀行を中心に拡大を示しており,87年には各々16.3%,61.6%にも達している(第2-5-4表)。各国の金融機関は世界各地に進出し,グローバルな観点から戦略をたて,その結果,資金は地理的位置や,金融商品に関する既存の分類を越えて,少しでも有利な方へと裁定を行い瞬時に動き,世界の金融・資本市場はある意味でひとつの巨大な金融・資本市場へと融合しつつあるのである。こうした裁定取引が活発となる中で,市場の効率性も高まってきており,世界的規模での「一物一価」に近い状況が達成されつつある。

例えば,ユーロ市場での円建てもしくはマルク建てのインターバンク預金と,同一の満期をもつ,日本のCD(譲渡性預金)や西ドイツのインターバンク預金の金利の乖離幅は,80年代初めにはかなりの大きさ(絶対値で平均0.8%前後)であったが,80年代の資本自由化の過程を通じて著しく縮小している (第2-5-1図)。これは,本来,密接な代替関係にあると考えられる両者の間で,地域を越えた裁定取引が活発となり,乖離が縮小してきたものと考えられる。さらに,異なる通貨の間での為替先物予約を含む裁定取引についても同様のことがいえる。ドルと円の場合で考えると5①直物相場で円をドルに交換し,ドル建てXか月もの金融資産で運用するとともに,その確定元利合計相当額のドルを予めXか月後の為替先物予約で売り円に転換するという取引と,②同一額を円建ての同一期間ものの金融資産で運用するという取引は,ともに為替リスクをもたない円建て確定利回りの運用となるから,①の運用方法の利回りである,ドル建て金融資産の利子率に円・ドル為替相場の直先スプレッド率を加えたものと,円建て金融資産の利子率の間には極めて強い裁定関係が働くはずである。実際のデータによって両者の乖離をみると (第2-5-2図),変動相場制移行直後の73~74年には,両者は殆ど無関係ともいえるほどの乖離を示していたが,その後縮小傾向となり,特に資本自由化の進展した80年代には,裁定取引を通じて両者が密接な代替関係を示すようになったことがわかる。一方,ロンドン銀行間取引の預金金利と貸出金利の乖離をみても,それは74年の平均0.187%から87年には同0.109%へと縮小しており,この面でも市場の効率化が進展したことが窺われる。

2. 国際金融・資本市場のイノベーションをめぐる問題点

(同時変動性とリスク管理)

こうした国際金融・資本市場のイノベーションとそれによる「効率化」が世界経済にもたらした便益には計り知れないものがあるが,同時にいくつかの新しい角度からの問題も生した。第1に,この効率性の一端は,裁定取引が活発に行われ,かつ通信・計算技術の発達の下に,その取引が極めて素早く行われるということに依存しているが,そのことの背後で,地域や金融商品の種別を越えた市場の同時変動性が高まっている可能性もある。市場参加者が拡大し,市場の厚みも増しているほか,様々な期間・その他条件の金融商品が存在し,リスク・ヘッジ手段も多様となっていることから,市場による評価・価格付けの客観性は飛躍的に高まっていると考えられるが,なお長期的な資源配分その他の観点からみて市場が全く誤らないという保証はない。金融・資本市場には常にキャピタル・ゲインを狙った取引があり,しばしば市場の動向が思惑によって左右されることもある。裁定取引は場合によっては,こうした誤った評価をも地域・商品を越えて迅速に波及させてしまう可能性もあるのである。ひとつのチェックとして,ニューヨーク,東京,ロンドンの株価をとり,72年1月~79年12月,80年1月~88年5月という期間に分けて,基本的趨勢としての一次トレンドを除去した後で,相互の相関係数をみると,いずれも最近の方が係数が上昇している(第2-5-5表)。もちろん,この相関係数の高まりの背景には,この3市場の株価に同時に影響するような外生的要因が発生していたという可能性もあり,これだけで直ちに「同時変動性」が高まったとはいえないが,現実に株価が同時,同一方向に変化する傾向がみられたことは確認しうる。

他方,証券化や,様々なリスク・ヘッジ手段の効果の限界についても留意する必要がある。証券化は,個々の取引者が自らの事情で現金を欲している場合には流動性確保の手段として有効に機能するが,何らかの理由で全ての証券保有者が同時に流動性を求めて証券を売却しようとすれば,結局証券価格の下落を招きその目的を達しえなくなるのである。また,リスク・ヘッジ手段の多様化・拡大により,例えば,円建てで利益評価を行う主体の間で,一方に3か月後に満期がくるドル建て債権を持つ主体があり,他方に同額・ドル建て・3か月後の債務を持つ主体があるという場合には,それぞれの為替リスクを相殺することが可能であり,各々が別々に為替リスクを負う必要はなくなったが,ある国が全体として,外貨建ての純債権を持つ場合,その純債権に対して生じる為替リスクは解消しえない。また,新しい金融商品であればあるほど,限界的な状況での流動性等が実証されていないことになるし,訴訟等の場合の法律的立場も確立されていないことにも留意する必要がある。一方,金融イノベーションの進展は,ある意味では,実物経済の迂回生産の発展に比較しうる。本源的借手と本源的貸手の間に様々な金融機関による様々な取引が介在することによって金融商品の高度化が支えられているのであり,考えようによっては,その分,途中の主体やその取引先等のデフォルトが発生した場合,それに巻き込まれる可能性を負っているのである。

(政策面での影響)

こうした金融市場の安定性・健全性の問題に関する配慮の下に,これまでも預金保険制度を始めとして様々な規制・管理が各国の金融当局等の内外の機関によってなされてきた。しかし,①国際金融・資本市場の発展の下に,金融取引や金融機関の活動そのものが複数の国にまたがって複雑化していること,②預金保険制度等の公的規制が少ないオフショア市場が拡大してきていること(付図2-11),さらには③従来の規制の外側,場合によっては貸借対照表にも載らないような金融商品が増加してきている等の点で,従来の金融市場の安定性・健全性確保のための規制等の効果・有効性も変化してきている可能性がある。

一方,国際金融・資本市場の発達が経済政策の効果・波及経路等に影響を及ぼしているという問題もある。例えば,銀行貸出,特に分野別の銀行貸出等の国内金融の量に対する制限・規制は,海外からの資金流入によって相殺される可能性が高いし,金利に関する政策は,金利変化が為替相場に及ぼす影響等を考慮することなしには,その効果を論じることはできないであろう。即ち,従来,例えば金利引き上げの効果は,主に国内の設備投資の抑制等の経路を通って現れたが,今日では,国内需要への短期・直接的な影響については,変動金利商品の存在等の分,割り引いて考える必要があると同時に,金利上昇が為替相場の変化を通じて輸出入に及ぼす効果を考慮する必要がある。実際,為替レート関数を,国際的な為替・資本取引があまり自由化されていながった時期(73年1~3月期~78年10~12月期)と,資本自由化が進展してきた時期(79年1~3月期~88年1~3月期)に分けて推計してみると (第2-5-6表),実質金利差等の説明力は,最近の方が高まっており,金融政策のみならず,財政政策等を含め市場金利に影響を及ぼしそうな経済政策の変更を行う場合,為替相場の変化の可能性を無視しえなくなっている。なお,この為替相場や市場金利等は市場参加者の思惑によって左右されている面もあり,この点でも経済政策の難しさは増しているといえよう。

3. 最近の金融・資本市場の変動

(87年秋の株価大幅下落)

(1)原因についての考え方

最近の金融・資本市場をめぐる動きの中で最も大きかったのは,やはり87年10月のニューヨーク株式市場に端を発する世界的な株価の大幅下落であろう(付図2-12)。ニューヨーク市場の株価(ダウ工業株30種)は82年末頃から長期の上げ基調となり,86年1月には1,535ドル,87年1月には2,065ドルと金利低下傾向の中で順調な上げを示したが,87年8月に2,700ドルを越える水準まで達した後,弱含みとなり,10月19日には終値で前日比508ドル,率にして22.6%もの下げを記録した。このニューヨーク市場の株価大幅下落は,やはりそれまで長期に上昇傾向を示していた世界の他の株式市場にも波及し,世界的規模での株価大幅下落となった。

このニューヨーク市場の株価の下落の原因については,長期的動向による説明から,短期的なその日こ起こったことの問題点指摘まで様々な意見がある。

そもそも株価がどうあるべきかというのは,極めて複雑な問題であり,客観的,主観的な様々な要因が関与していると考えられる。これらのうち基本的な考え方は,株価が市場のファンダメンタルズで決まるとするものである。つまり,市場が効率的で情報が完全に織り込まれるものとすれば,株の保有によって将来にわたって期待される配当の割引現在価値をもって株価の第1次接近値とみなすことができよう。割引率は市場参加者の主観で決まるものであるが,債券の利回り(長期金利)の動きで割引率の動きを近似できるものとみなし,インフレやその他制度的変更がないとすれば,株価は,①景気の現状,先行きが良く,現在及び将来の企業収益ひいては配当の予想を上回る上昇が見込まれるときに上昇し,その逆の場合に下落する。また,②長期金利が上昇すれば下落し,低下すれば上昇するといえる。世界各国で82年末頃から株価が上昇してきた状況は,①景気の回復,拡大に伴う予想企業収益の上昇,②87年初まで続いた世界的な金利低下傾向,を反映したものと説明できる。

しかし,87年の動きはこれと異なっていた。87年春頃から長期金利が反転上昇(債券価格は下落)し,企業収益にもさ程の増加がみられないにもかかわらず,株価は上昇を続けた。これは,株価がキャピタル・ゲインに関する思惑等から上昇期待がさらに上昇を生む形で上昇し,市場では支えきれない水準まで達していたということがいえよう。

株式市場では,株価の水準を判断するにあたって,しばしばPER(株価収益率)という指標が使われる。これは株価を当期の実現企業収益で割ったものであり,株価の変動が収益要因によるものである場合,それをほぼ取り除いてみることができると同時に,このPER変動は①長期金利の変動,②将来の収益ないし配当に関する予想の変化,③第1次接近値では考慮されないような期待要因の変化によることとなる。そこで,さらに金利要因をも捨象するため,PERに長期金利をかけた指標(金利修正済PER)を作成し,その動きをPER自身の動きと対比させれば,PERの変動が金利要因によるものであったか,期待要因(上記の②,③)によるものであったかを区別することができる (第2-5-3図)。

85,86年中のアメリカの動きをみると,PERが上昇しているのに対して,金利修正済PERは横ばいとなっており,この時期のPERの上昇がほぼ金利要因によるものであることが分かる。これに対して87年に入ってからの状況は異なっていた。なかなか改善しないアメリカの貿易収支赤字等を背景とする市場での一層のドル下落予想,原油価格の回復等を背景とする市場のインフレ懸念,西ドイツ等のインフレ懸念重視姿勢,さらには貨幣供給量の伸びの鈍化傾向(M2の3か月前比年率,87年1月9.2%,7月1.5%)等の下に長期金利がかなりの上昇傾向を示す中で株価が上昇し,PERと金利修正済PERが同時に上昇したのである。このことは87年に入ってからのアメリカの株価上昇がいわば期待要因のみによって支えられていたものである可能性を示している。

87年秋になって,アメリカの貿易収支赤字の一層の拡大の発表や,予算編成での財政赤字削減の難航等の状況下に,再度ドル下落・金利上昇の圧力が働いた。さらに,ペルシャ湾情勢の緊迫化,議会でのTOB課税強化論議,政策協調をめぐる市場筋の思惑等の要因が重なり金利は急騰し,それまで金利上昇にもかかわらず高い水準にあった株価も大幅に下落することとなったのである(第2-5-4図)。

なお,アメリカの株価大幅下落については,短期的な市場機能についてもかなり問題があったと指摘されている。株価大幅下落直後に設置された市場メカニズムに関する大統領作業部会の報告書(ブレデイー報告)では,今回の株価下落の加速要因として,ポートフォリオ・インシュアランスやプロクラム売買 (付注2-3),清算・信用供与システムに対する不安感,株式の現物・先物市場間の裁定に関する制約等をあげている。

(2)影響についての考え方

このようなアメリカの株価大幅下落は,他国の株式市場に動揺を与えた。また,投資家に流動性確保のため他の市場で保有する株式を売却しようとする動きもみられたこともあって,株価の下落は世界の株式市場に波及し,主要市場は2~4割の大幅下落を記録した。その後の推移をみても,株価は日本を除き,おおむね87年中の高値まで回復していない。

一方,この株価下落を受けて,当初,アメリカ経済を中心に実体経済にデフレ圧力が働くとの見方が多かった。株価下落による資産の減少を補うべく,貯蓄率が上昇しアメリカの消費は抑制される,また,株価下落によって企業の負債と自己資本のバランスが悪くなり投資も抑制される等との見方が多かったのである。しかし,消費等への悪影響の試算の多くが過大推計であったとみられる他,その市場でのデフレ懸念や,アメリカの連邦準備制度を始めとする各国金融当局の努力もあって市場金利が低下し,かつ安定的に推移したこと(アメリカ10年もの国債利回り,87年10月9.52%,88年2月8.21%)。為替相場も87年末にかけてはドル安となったもののその後は比較的落ち着いて推移したこと。さらにはアメリカの輸出が大きく伸び設備投資をささえたこと等からデフレ効果は懸念されたよりも小さかった(第1章第1節参照)。一方,西ヨーロッパ諸国は,もとより家計の株式保有比率が低く,アメリカの景気鈍化による世界貿易の鈍化を懸念していたが,以上のようにアメリカ経済への影響が小さかったことの当然の帰結として影響は殆どなかった。

(87年中の国際資本市場)

この株価下落の実体経済への影響が小さかったこと,さらには,85年以来のドル安の進展の中で,世界経済全体としてみれば,景気を維持しつつ主要国間の経常収支不均衡も緩やかながら縮小へと向かってきたこと等から,表面的には近年の金融・資本市場の変動は,為替相場,金利,株価等の金融市場の価格の変動に止まり,経済はその調整に苦しみながらも相対価格変化の影響を順調にこなしてきたかにみえる。しかし,その背後で国際資本市場の活動等はこれらの価格変動の影響をかなり強く受けた。

第2-5-5図は国際債の発行状況を84年から示したものであり,上半分に,国際債の発行額と発行通貨建て比率を,下半分に関連する価格指標を図示している。まず,左半分で年系列の動きをみると,証券化・国際化の流れや,世界的な金利低下・株価上昇といった動きの中での国際資本市場の発展の下に,国際債の発行額は84年から86年にかけて2年間で倍以上(1,084億ドル→2,215億ドル)という急速な拡大となったことが示される。ただし,この2年間にも,ドル相場の下落の下に国際債の内容の構造変化は進んでおり,ドル建てでの発行比率は60%強から55%程度に低下している。しかし,この順調に発展してきた国際債市場も87年には,為替相場,金利,株価等の世界的変動を受けてその成長が急減速し,発行額は前年比こ0.7%減の1,756億ドルに止まり,ドル建ての発行比率も35%強まで低下したのである。図の右半分で87年中の動きをより詳しくみると,国際債の発行額はアメリカを中心とする金利上昇がはっきりとしてきた4~6月期以降急減し,さらに株価大幅下落後の10~12月期には金利の低下にもかかわらず一層減少し(276億ドル,年率1,104億ドル),84年水準にまで落ち込んだ。また,発行通貨別比率をみると,ドル建て比率はドル相場が比較的安定していた87年前半には若干回復していたが,10~12月期にはドル相場の一層の下落の中で25%程度にまで低下した。また,87年全体では上昇した円建ての比率も,7~9月期には日本の長期金利の上昇を受けて一時的に急落している。

4. 国際的な政策協調の必要性

改めて考えれば,国際金融・資本市場の発展を促してきた要因は,いずれも既存の国際金融・資本市場のシステムに対するストレスであった。国際金融・資本市場のシステムは,膨張する取引需要や様々な不確実性・リスクの高まりといったストレスへの対応の中に,より新しい利益獲得機会を見出し,自ら効率化し変容してきたのである。しかし,この国際金融・資本市場の発展・イノベーション自体にも,それがもたらす多大なメリットの一方で若干の問題点が内包されている以上,限度をこえたストレスはシステムにとって問題となる可能性も持っている。実際,例えばドル高期におけるアメリカ経済の過度の輸入依存や,ドル安期に入ってからの日欧の輸出企業の困難等,80年代に入ってからのドル相場の変動の大きさ及び速さは,多くの国の実体経済に必要以上の負担をかけたとみられるし,ドル相場の変動や金利変動の中での巨額のキャピタル・ゲイン/ロスの発生は経済的にも社会的にも少なからず波乱をもたらした。また,反対にアメリカの双子の赤字のような,実体経済側からの動きが金融・資本市場に負担をかけたということも,87年中の動き等をみれば明らかである。

従って,現在の国際金融・資本市場の効率性・機能を維持・発展させつつ,その安定性・健全性を保証していくためには,第1に,国際金融・資本市場にかかるストレスを軽減・管理していく必要がある。その場合,国際金融・資本市場がまさに「国際」であり,各国・地域の金融・資本市場がますます緊密に結びついてきているがゆえに,各国の経済・金融動向の影響を強くうけること,また,近年の世界的な経常収支不均衡の原因のひとつがそうであったように,各国経済政策の相違がこの各国の経済動向の違いと強く関連していること,さらには,各国の経済政策の意図に食い違いがある場合,市場で様々な思惑を招く可能性があること等を考えた場合,各国がそれぞれ別々に対応を図ることは難しく,主要国が事態の後追いではなく積極的に経済政策面での協調を進め,市場に生じるストレスを出来る限り小さくしていく必要がある。これまでにも既に,サミットや7か国蔵相・中央銀行総裁会議等のコミュニケで各国の経済政策にまで踏み込んだ記述がなされているが,今後とも,各国の国内の政策にも配慮しつつ,一層緊密な政策協調を行っていく必要がある。

第2に求められることは,国際金融・資本市場のシステムの安全弁を確保するための国際協調である。ある国が,市場の安全性・健全性の観点から金融・資本市場の業務に関して,資本自由化の流れに反しない範囲の必要最低限の規制・基準を設定しようとしても,他国がこれよりも安易な規制しが求めていないとすれば,コストの削減を求める金融機関は規制の少ない方へと流出し,規制の実効はあがらない。もちろん,どの水準が必要最低限の規制・基準なのがについては,多様な世界の金融機関の実態に即して慎重に見極めなければならないが,いずれにせよ,必要最低限の水準では,全ての国がその水準を遵守し,協調しなければならないのである。この点で,88年7月に決められたBISによる国際業務を行う銀行の自己資本比率に関する規制(92年末までに8%以上とする等)は大きな意味をもつ第1歩であったと考えられる。

第3に,短期的な解決が難しい問題,例えば,累積債務の問題等については,何よりも債務国自身の自助努力が必要なこと,またケース・バイ・ケースで市場指向型のメニュー・アプローチを採ること等がIMF等で合意されているが,こうした長期的問題に対しては,関係者が自己中心的とならずに応分の責任と負担を果たしつつ,長期的展望の下に協調して粘つ強く対処し,そこから生じる国際金融・資本市場への負担を軽減・管理していく必要がある。