昭和63年
世界経済白書 本編
変わる資金循環と進む構造調整
経済企画庁
本 文
世界経済は全体としてみると,83年以降景気の拡大が続いている。物価上昇率も緩やかなものにとどまっており,主要国間の経常収支不均衡も縮小傾向にある。インフレなき持続的成長を維持しながら対外不均衡の縮小を図るという,先進国間の政策協調の意図する姿が一応は現実のものとなってきていると言える。
むろんこのような判断は「慎重な楽観論」と言われるものでなければならない。長期にわたる成長の持続と物価の安定の両立,成長の持続と対外不均衡の縮小の両立はいずれも本来的に緊張関係をはらんだ政策目標である。現状は,狭い政策選択の幅の中で適切な選択がなされてきたことに加えて,経済の自律的な動きも予想以上に好条件を生み出すものであったことによるところが大きい。本報告第1章では,まず景気,物価,経常収支について,短期の動向を明らかにするとともに,中期的な視野から,望ましい傾向が持続し得るか,を判断する材料を提供したい。
次に,この83年以降の拡大局面においては,主要国間の大幅な経常収支不均衡を伴ったため,そのファイナンスのため国際的な資金フローが大きく変化したこと,またその累積の結果として,国際的な債権債務関係も大きく変化したことに注目する必要がある。このような大規模な国際間の資金の動きは,国際的な金融・資本市場の拡大によって可能となっているのであり,また,国際的な金融・資本市場の拡大により,ますます国際間の資金の動きは大規模となっていく。
第2章では,まず国際的な金融・資本市場の拡大の状況を述べる。次いでアメリカの債務国化,日本・西ドイツの債権国化の特徴を明らかにする。さらにアメリカの資金需要国化の一方で,ラテン・アメリカの重債務国の債務返済の困難がますます高まっていることを見る。最後に,国際的な金融・資本市場の拡大と効率化に伴い,変動の同時性,不確実性も高まっており,リスク回避のため各種イノベーションがなされている。このような中で,健全性維持のための政策協調が必要であることを示す。
このように,大幅な経常収支不均衡が国際的な金融・資本市場に過度に大きな圧力を加えることを回避するため,主要国はサミット等においてマクロ経済政策とともに,長期的な構造調整政策においても政策協調を強化している。構造調整政策には,このような対外不均衡縮小という観点に加え,経済全体に市場原理を活用し,資源の効率的配分,企業家精神の高揚,潜在成長力の増加を図るという観点が重視されている。
第3章では世界全体としてこのような構造調整政策が意図され,実施されている現状をまとめる。まず,各国の構造調整において共通な問題であり,かつ構造調整の進展の如何を端的にあらわす指標として設備投資を取り上げ,成長率や貯蓄率が高く,経済パフォーマンスのよい日本,アジアNIEsでは投資率,資本蓄積率が中長期的に高く(高投資国),相対的にパフォーマンスの低いアメリカ,ヨーロッパ,ラテン・アメリカでは投資率,資本蓄積率が中長期的に低い(低投資国)ことを示す。高投資国では内需主導型への移行,低投資国では投資の長期的拡大による生産性向上が基本課題となっている。このような中で,先進国については,サミット等で取り上げられている各国優先課題のうちから,アメリカの課題として,製造業の国際競争力の強化,ヨーロッパの課題として,労働市場の硬直性の除去,企業家精神の回復,92年EC市場統合を取り上げる。
発展途上国については,アジアNIEsのアメリカ,日本への追い上げとASEANからの追いつきの中での自律的な産業構造変化,ラテン・アメリカについては,世銀・IMF等で重視されている市場・成長指向型経済への変化の必要性を述べる。ソ連・中国についても,市場経済指向的な改革が行われていることを述べる。最後に,市場原理を活用する構造調整政策にとって,自由貿易の維持・強化が基本的には重要であり,アメリカの包括貿易法や地域主義の動きが保護主義への傾斜とならぬよう,米国やECに働きかけていくとともに,我が国は輸入拡大を継続すべきことを述べる。