昭和63年
世界経済白書 本編
変わる資金循環と進む構造調整
経済企画庁
世界経済は83年以降,息の長い拡大を続け,87年10月の株価大幅下落のデフレ効果も軽微なものにとどまり,88年は予想を上回る根強い拡大が続いている。
このような長期の拡大は,全般的なインフレ鎮静化の続く中で,当初はアメリ力の回復が経常収支赤字を大幅に拡大させる形で,世界貿易を通じ各国に伝わった。ドル高修正後の86年には先進国が成長を鈍化させたものの,アジアNIEs等途上国経済が拡大した。この間,主要国間経常収支不均衡縮小のための政策協調が行われ,内・外需パターンの転換,全般的な金利の低下が図られた。このためもあり87年には,日本が内需主導型の力強い回復を示し世界経済の拡大持続(実質成長率世界計3.2%,世界貿易伸び率5.8%)に大きく寄与した。88年には,アメリカが外需の伸びを高めるとともに,先進国全体として設備投資の堅調から,根強い拡大(IMF成長見通し世界計3.8%)を続けている。世界貿易も引き続き成長率を上回る伸び(IMF見通し7.5%)となり,発展途上国経済も全体として拡大している。このように,世界経済の拡大の持続は,インフレの鎮静,経常収支不均衡の拡大,次いで不均衡縮小のための政策協調,アジア諸国の活発化等の要因が重なって可能となっている。
当面の関心事項は,82年11月から6年を経たアメリカの景気拡大の持続性である。アメリカの拡大は,3つの局面に分けられる。第1の局面は85年末までで,大幅減税の効果もあって,家計,企業,政府とも需要が大幅に増加した一方,純輸出のマイナス幅が拡大した。第2の局面は,87年1~3月期までで,石油価格の下落がエネルギー部門の設備投資を減少させたこと等から,86年4~6月期はマイナス成長となり,連銀は年間4回にわたって公定歩合を引き下げた。この間,個人消費が景気を下支えした。第3の局面は現在に至るもので,個人消費がやや鈍化する中で,ドル安等の効果から純輸出がプラスの寄与度を高め,これに引っ張られる形で民間設備投資が拡大している。
経常収支赤字を縮小しつつ成長を持続するためには,政府及び家計の需要を抑制しつつ,設備投資及び純輸出の拡大を維持する必要がある。輸出の拡大は,まず87年前半から,紙・パ,化学,繊維等の非耐久財が拡大し,次いで,87年後半から,一般機械,電気機械,航空機等の耐久財が拡大している。これに合わせて,設備投資も87年後半からまず非耐久財が拡大し,88年に入り,耐久財が拡大している。この設備投資が非耐久財や一部耐久財では生産能力の伸びとなってあらわれてきている。このように,輸出の増加→民間設備投資の増加→生産能力の増加という循環が起こっており,この傾向が維持できれば望ましいパターンの拡大が可能であると考えられる。
今回の景気拡大局面においては,物価の鎮静化が続いていることが大きな特徴である。これは賃金上昇よりも雇用の確保を目的とするようになった賃金行動,石油・国際商品市況の低迷,アメリカ以外の国では自国通貨の増価等が要因である。先進7か国平均の消費者物価上昇率は87~88年に3%台で安定している。
88年に入り,景気の根強い拡大からアメリカ,イギリスを中心にインフレ懸念が生じた。このうち,イギリスは消費者物価は前年同月比で6%弱の上昇,賃金も8%強の上昇となりインフレ抑制が政策の優先目標となっている。6月以降9回にわたる政策金利の引上げにより,過熱気味の総需要を抑制する効果が現れることが期待される。西ドイツは,マルク安からくる輸入物価上昇を懸念していたが,88年7~8月の公定歩合の引上げ,その後のドル安局面への転換から,インフレ懸念は後退している。
アメリカのインフレ懸念についてみると,消費者物価はサービス等では上昇がみられるが,総合では前年同月比4%程度で安定している。この間労働力,資本設備とも完全雇用の状態に近づきつつあることが懸念材料となった。このうち設備の稼働率は83~84%台で頭打ちとなっている。これは従来のインフレ加速期の85%程度の水準に近いものの,前述のように,稼働率の高い産業ほど,設備投資の拡大,生産能力の増加が進んでいることから,当面インフレ圧力は高まらないとみられる。失業率は88年10月に5.2%に低下し,また賃金上昇率は前年同月比4.1%にやや上昇している。しかし最近の雇用者数の増加は,賃金水準の相対的に低いサービス業を中心としており,製造業では微減している。さらに賃金上昇率と失業率をプロットしてフィリップス曲線をみると,最近は60年代の安定した関係に戻る形となっており,期待インフレ率が低下してきていることを示している。このように雇用面からのインフレ圧力も後退しているとみられる。石油価格の下落,国際商品市況の一服,連銀の緩やかな抑制スタンスとあわせ,アメリカのインフレ懸念は当面後退しているとみてよいであろう。
83年以降の世界経済の拡大局面で最大の不安定要因となってきたアメリカ,日本,西ドイツを中心とする国際的な経常収支不均衡は87~88年にようやく縮小傾向となっている。これは85年以降の主要国間の政策協調とドル高修正の効果が実体経済に浸透してきたためと考えられる。この過程は4つの局面に分けられる。第1の局面(85年3月から86年9月まで)では,ドルは自律的要因に加えてプラザ合意による政策的要因から大幅に下落したが,経常収支不均衡はむしろ拡大した。実質GNP成長に対する外需寄与度は日本では早くからマイナスとなったが,86年経常収支の名目GNP比は,アメリカの赤字が3.3%,日本,西ドイツの黒字が各々4.3%,4.4%と拡大した。今日にいたる主要国間の政策協調の枠組みはこの局面でほぼ合意され,アメリカのグラム・ラドマン法の成立,日本の総合経済対策の決定,西ドイツの86,88年減税が決定され,また協調金利引下げが行われた。しかしこれらの政策の効果発現は次の局面以降となった。
第2の局面(87年9月まで)ではドルは比較的落ち着いた動きとなり,実質GNP成長に対する外需寄与度はアメリカでプラス,日本,西ドイツでマイナスと不均衡縮小の傾向となってきた。87年の経常収支のGNP比は,アメリカの赤字は3.4%に微増した。一方,日本,西ドイツの黒字は各々3.6%,4.0%へ減少した。この局面では,アメリカの87年度の財政赤字が前年比715億ドルと大幅削減され,日本では6兆円の緊急経済対策が決定される等,政策協調の実行が進んだ。しかしながら,アメリカの貿易収支赤字が高水準横ばいとなったため,アメリカの長短金利の上昇,民間資金流入の減退,保護主義の高まり等,市場の不安定感はむしろ高まった。87年中の外国政府のドル外貨準備高の増加は1,307億ドルとなり,結果として経常収支赤字の大宗をファイナンスした形となった。
第3の局面(88年3月まで)では,87年10月の株価大幅下落が引き金となって,ドルの下落,アメリカの消費の鈍化がおこり,アメリカの貿易収支赤字はならしてみると縮小傾向となった。88年1~3月期の経常収支GNP比は,アメリカの赤字が3.1%,日本,西ドイツの黒字は各々3.3%,2.9%に低下した。アメリカでは88,89両年度にわたる財政赤字削減が合意され,また成長がやや鈍化した西ドイツでは,景気鈍化等による財政赤字の拡大を容認するとともに,地方政府の投資拡大策を講じた。
現在に至る第4の局面では,アメリカの金融政策が緩やかな引き締めスタンスとなっている。実質GNPの成長パターンはアメリカは外需寄与度が高まり,日本は内需主導型となっている。88年4~6月期の経常収支のGNP比は,アメリカの赤字が2.8%,日本の黒字が2.4%に低下した。アメリカ,日本において経常収支不均衡は縮小傾向となっている。しかし西ドイツは外需が増加に転じ,経常黒字は同5%に拡大している。アメリカの88年度の財政赤字は1,551億ドルと前年よりやや拡大した。日本の内需主導型拡大の継続とともに,アメリカの財政赤字の一層の削減,貯蓄率の向上,競争力の強化,保護主義への抵抗,西ドイツの公共投資等の内需拡大等,政策協調の一層の強化が必要である。
83年以降,世界経済の拡大,経常収支不均衡の拡大,国際的な金融・資本市場の拡大は相互に増幅し合いながら継続してきた。すなわち不均衡は国際金融・資本取引の十分な厚みなしには吸収され得なかったであろうし,また不均衡自体はより一層の国際金融・資本取引への需要を生み出した。こうした不均衡の累積により,世界の資金循環は大きく変化した。従来の債権国アメリカは世界最大の資金需要国かつ債務国に転じ,日本,西ドイツが資金供給国かつ債権国としての地位を高めた。アジアNIEsもフローでは資金供給国となる一方,ラテン・アメリカの累積債務国の民間市場での資金調達はますます難しくなりつつある。また不均衡の吸収の圧力が国際金融・資本市場にかかり,さまざまの金融イノベーションが生まれる一方,国際金融システムの安定性の維持が重要な課題となってきている。
金融・資本市場は,各国の国内市場及び各国の国際金融取引やユーロ市場からなる国際金融・資本市場がある。
各国の国内金融市場の規模を国内向け貸出残高でみると,80年末から87年末までにアメリカ,イギリス,西ドイツで倍増,日本で3倍増となっており,87年末の4か国合計は9兆5千億ドルとなっている。また各国の国内資本市場の規模を債券発行残高と株式時価総額の合計でみると,同期間にアメリカで2.3倍,イギリス,西ドイツで3倍,日本で4.6倍に拡大しており,87年末の4か国合計は16兆9千億ドルとなっている。これらの拡大テンポは,この間の4か国名目GNPの伸び1.7倍を犬きく上回っている。各国の国内金融・資本市場は,自由化・国際化の進展とともに国際的な資金需給を反映するようになっている。
次に国際金融・資本市場をみると,ユーロ貸出残高(グロス)は80年末から87年末までに3.2倍と国内市場を上回って拡大し,4兆1,572億ドルとなっている。ユーロ資本市場の規模を国際債残高でみると,85年末から87年末までに1.8倍に拡大し,9,813億ドルとなっている。
国際金融市場においては,主要国間の債権債務関係の変化を反映して,83年末から87年末までに,アメリカを母国とする銀行のシェアは30%から15%へ低下し,日本のそれは21%から35%強に拡大している。
87年末において,アメリカの対外資産1兆2千億ドルを負債1兆5千億ドルが上回り,対外純負債は3,682億ドルとなった。これに対し,日本の対外純資産は2,407億ドル,西ドイツでは86年央で833億ドルに拡大している。アメリカの対外資金需要は85~87年計で約4千憶ドルと,国際金融資本市場のネットの資金調達額7,350億ドルの過半に達する膨大なものとなった。
82年にアメリカは,これまでの資金供給国から流入国に転じた。海外民間の対米証券投資が拡大するとともに,銀行部門が83年にはネットで貸出から借入へ転じ,直接投資も受け入れ基調となった。また,公的資金も86年以降純流入となっている。87年末の政府・民間の債務残高合計8兆ドル(80年末から2.1倍に拡大)のうち,対外債務は2割を占めるにいたっている。このうち政府債務残高は2兆4千億ドル(80年末から2.7倍に拡大)であり,外国人保有分は2,600億ドルとなっている。このうち,日本,西ドイツが各々約25%のシェアを有している。
海外民間の対米証券投資残高(社債,株式,米国債の合計)は83年末から87年末までに,2.9倍に拡大し,4,228億ドルとなっている。社債・株式残高におけるシェアは7割がヨーロッパ,日本は11%となっている。フローでの流入は,84~85年前半は米国債と社債が主体であったが,85年後半から86年前半には米国債の取引は鈍化し株式と社債が主体となった。86年後半には米国債が売り越しに転ずる等,証券投資流入は大きく減少した。これは内外金利差の縮小,ド84~85年前半は米国債と社債が主体であったが,85年後半から86年前半には米国債の取引は鈍化し株式と社債が主体となった。86年後半には米国債が売り越しに転ずる等,証券投資流入は大きく減少した。これは内外金利差縮小,ドル先安感の高まりによるとみられる。87年に入ると,社債買い越しの減少,米国債の売り越しが続く中で,株価上昇期待等から株式の取得が拡大した。このため株式と国債の利回りの差が拡大したことも87年10月の株価大幅下落の要因となった。87年10~12月期は株式の売り越しを主因として,証券投資合計で流出超となったが,欧州等の金融緩和や景気拡大の持続から,88年には米国債を中心に流入に戻っている。
このように87年には民間資金の流入が縮小し,アメリカの経常収支赤字1,540億ドルに対し,外国政府のドル外貨準備高の増加は1,307億ドルと,大宗を結果として公的資金でファイナンスした結果となっている。
外国の対米直接投資残高は83年末から87年末までに1.9倍に拡大し,2,619億ドルとなった。この国別内訳をみると,イギリス749億ドル,オランダ470億ドル,日本334億ドル,カナダ217億ドル,西ドイツ196億ドル等となっている。業種別内訳では,製造業910億ドル,石油354ドル,卸・小売業471億ドル等となっている。
日本,西ドイツの対外純資産はともにGNPの1割近い規模に達している。
日本の資本輸出の特徴は「短期借り・長期貸し」の形態である。すなわち日本の場合は,主に機関投資家が円資金を原資とした「円投型」の証券投資(87年の経掌収支黒字870億ドルに対し,証券投資は938億ドルのネット流出)によって資金を供給しており,それに必要な外貨を為銀が主にユーロ市場から短期で借り入れて調達している(87年,為銀短期取引は688億ドルのネット流入)。
為銀は他方,貿易決済を通じて経常収支の黒字分だけ外貨を得て借り入れの返済を行う。為銀は資本輸出が経常黒字を上回る分を借り入れるとともにさらに,外貨を短期で取り入れて外貨建債券を購入するという「外・外型」の投資を拡大している。
西ドイツでは,日本と逆に「長期借り・短期貸し」の構造となっている。これは相対的に金融規制の緩いルクセンブルグ等に所在する西ドイツ銀行が一旦資金を短期で取り入れた上で,本国の企業に対して長期資金を供給していることが主因とみられる。しかしながら87年後半以降は,内外金利差の拡大や債券などの利子等への源泉課税導入決定などから長期資本の大幅流出が続き,マルク安懸念の背景となった(86年には,経常収支黒字が391億ドルであるのに対し,短期資本収支のネット流出幅が522億ドル,証券投資のネット流入幅が242億ドル。ただし,87年には経常収支黒字が450億ドルであるのに対し,短期資本収支のネット流出幅は114億ドル,証券投資のネット流入幅は47億ドルに縮小)。
対外直接投資残高(日本は累計額)についてみると,日本は82年度末から87年度末までに2.6倍に拡大し,1,393億ドルとなった。西ドイツは82年末から86年末までに1.4倍に拡大し1,494億マルクとなった。業種別には西ドイツでは製造業のシェアが44.1%,次いで商業が20.0%と大きく,日本では金融・保険が20.6%,商業が12.1%等非製造業が大きい。87年末の地域別シェアをみると,日本は対アメリカ36.0%,対アジア,中南米,ヨーロッパは各々15~19%,西ドイツは対アメリカ28.0%に対し対ヨーロッパ47.8%となっている。
発展途上国の累積債務残高は短期及び公的・民間長期債務の合計で87年末に1兆2千億ドルに達し,そのうち民間銀行債務が約半分を占めている。このうち重債務国の多い中南米の債務残高は,民間債務を大宗として4,112億ドルに達している。アジア,サブサハラ・アフリカは公的債務を大宗として各々3,071億ドル,925億ドルとなっている。
アジアは債務返済比率(元利支払/財・サービス輸出額)は10%強であるのに対し,中南米では87年に36%,アフリカでは25%と,返済能力の限界に達している。重債務国の多い中南米では,リスケジュールを主とする債務救済策に伴い緊縮的な経済政策をとり,輸入の抑制から貿易収支は黒字化したが,設備投資が大幅に減少している。しかも新規融資の激減のため資金はネットで680億ドルの流出(83年~86年計)となった。さらに「資本逃避」は1,050億ドル(80~86年計)にのぼっている。
このように中南米等の債務残高が巨額となったのは,70年代のオイル・マネーの運用先として,一次産品価格高騰による中南米の評価が高まったこと,途上国側にとってはコンデイショナリティに縛られない民間資金を選好したことがある。しかし直接投資よりも貸付のシェアが拡大したこと,変動金利債務が増大したこと,公的債務の比率が低下し,償還期間が短期化したこと等,債務の条件は厳しいものとなった。このため80年代前半の世界的な景気後退,高金利,ドル高という世界経済全体の要因と,一次産品依存,工業の輸入代替政策,財政赤字の拡大,インフレ高騰等の国内要因から債務問題が深刻化したのである。
国際的な金融・資本市場は規模の拡大とともに,その変動も大きくなっている。金利や為替の変動係数(月次ベースの標本標準偏差を年平均で除したもの)は60年代と比べ,70,80年代の方が高くなっている。このような中で利潤追求とリスク回避のため,情報通信技術の著しい進歩のもとに様々の金融イノベーションが進展している(証券化,変動金利商品,先物,スワップ,オプション)。
各国の金融機関はグローバルな観点から戦略をたて,資金は地理的位置や,金融商品の違いを越えて少しでも有利な方へ裁定を行い瞬時に動く。このように世界の金融・資本市場はひとつの巨大な金融・資本市場へと融合しつつある。このため市場の効率性が高まり,一物一価に近い状況となっている。例えば,ユーロ市場での円建て,マルク建てのインターバンク預金と,同一の満期を持つ日本のCDや西ドイツのインターバンク預金の金利の乖離幅は著しく縮小している。また異なる通貨の間の為替先物予約を行うことにより,円建て,ドル建ての金融資産からほぼ同じ利回りを得ることが可能となっている。
このような世界の金融・資本市場の効率化は,同時に市場の同時変動性を高めた。ニューヨーク,東京,ロンドンの株価は,70年代よりも80年代の方が相関係数が高まっている。87年10月のニューヨークに発する世界的な株価大幅下落はこの例である。このように世界の金融・資本市場の効率化の高まりと同時に,安定性,健全性に配慮することが必要となっている。
経常収支不均衡のファイナンスは,上述のように国際的な金融・資本市場の拡大に大きく依存してきた。しかしこれが過度の依存にならないよう,実体経済の中長期の構造調整政策により,不均衡縮小の傾向をさらに確実なものにする必要がある。先進国間では,トロント・サミットにおいてマクロの政策協調を補完するものとして市場原理を基本として経済の活力を高めるための構造調整を強化し,その進展を吟味するとしている。また途上国についても,市場・成長指向型の構造調整がIMF・世銀等において重視されてきている。このような観点からみるとアメリカでは製造業の国際競争力の強化,ヨーロッパは労働市場の硬直性の除去と企業者精神の回復,中南米では市場・成長指向型の発展戦略への転換が必要である。アジアNIEsは,日本への追いつきと,ASEANからの追い上げの中で,相互に貿易を拡大しながら産業構造の高度化を図るという現在の変化を継続すべきである。社会主義国においても,ソ連のペレストロイカ,中国の経済開放政策において市場原理を重視しはじめている。これらの各国の構造調整に共通の要素であり,かつ構造調整の進捗を端的に示す設備投資を長期的にみると,経済パフォーマンスのよレ日本,アジアNIEsは高投資国であり,相対的にパフォーマンスの悪いアメリカ,ヨーロッパ,中南米は低投資国である。長期的に投資率の高い国は技術進歩,資本蓄積が早く,成長率も高く,貯蓄率も高くなるというメカニズムが考えられる。構造調整は既得権益に対し変化を迫る面があり,構造調整の遅い国ほど,保護主義が高まることも多い。アメリカの包括貿易・競争力法,米加自由貿易協定やECの92年市場統合は,経済の活力を高め,かつ多角的貿易体制の強化に寄与するものとなる必要がある。
資本ストック(実質民間非住宅)の年平均増加率は日本が各期間を通してアメリカ,西ドイツを上回っている。65~73年,73~85年,85年~87年の3期間に分けてみると,日本は各々13.0%,7.3%,7.1%と高く,アメリカは3.7%,3.5%,2.8%の漸減となり,西ドイツは当初アメリカを上回ったものの,その後下回るようになった。これは日本が石油危機等においても合理化,省エネ,構造転換投資を行い,また競争力の衰えた分野に固執せず新分野に比重を移す等により,14~18%の高い投資率(GNP比)を維持しているからである。これに対してアメリカ,ヨーロッパの投資率は,88年には高まっているものの,長期的傾向としては12%程度に収束してきている。アジアNIEsと中南米の設備投資の年平均増加率を比較すると,70年~73年にはいずれも10%以上の高い伸びを示したが,その後中南米では2~3%の伸びに鈍化し,85~87年にはアジアNIEsの10%以上に比し,中南米ではマイナスの伸びとなっている。ソ連では重工業中心に30%近くの高い投資率を示してきたが,70年代半ばから低下し,86年になって回復してきている。中国では60年代に2つの落ち込み,81年にも落ち込みがあった後,経済開放政策下,投資率は27%程度となっている。
アメリカは今回の景気拡大局面において,サービス業を中心として雇用を拡大してきた。付加価値GNPに占める割合では,確かに製造業はシェアを低下させていないが,電子産業等の先端産業においては,世界生産に占めるシェアは,日本の拡大に伴い,低下してきている。
ドル安は,アメリカ製造業の価格競争力を強化し,輸出を拡大する要因となっている。事実,賃金の絶対水準は,アメリカはヨーロッパより低く,日本と同じレベルとなった。労働生産性の絶対水準も,各産業において,アメリカはヨーロッパを上回り,日本とは産業別に優劣はあるが平均では同水準となった。
このように単位労働コストはアメリカは日本と同水準,ヨーロッパよりは低くなっている。
しかしながら上述のようにアメリカの投資率や資本蓄積率は日本より低い。
労働生産性は絶対水準は高かったが,70年代全般にわたり停滞し,その後も伸びは低い。また,技術進歩の指標である全要素生産性の年平均上昇率は,全産業で日本1.52%,ヨーロッパ1.06%に対しアメリカは0.38%と低い。国防を除く研究開発費のGNP比率は,86年には2%に回復してきているが,日本,西ドイツの2.6%に及ばない。人口千人当たり研究者数は3人と日本をやや下回り,西ドイツを上回っている。国籍別特許出願件数は,アメリカ,西ドイツは横ばい,日本が国内,海外で急速な伸びを示している。産業の研究開発費の売上高比率はアメリカは日本より高くなっており,研究の成果を効率的に産業化に結びつけ,生産性の向上を図る必要がある。また外国の製造業の対外直接投資は87年に,アメリカの製造業設備投資の15%の比率まで上昇しており,生産性向上に寄与することが期待される。また米加自由貿易協定が,市場メカニズムを通じた競争力強化に寄与することが望まれる。
ヨーロッパでは最近はサービス業が雇用を拡大しはじめたものの,失業率はなお高く製造業,サービス業双方の拡大が必要である。このためには企業家にダイナミズムを回復し,労働市場における柔軟性を増大させる必要がある。
労働市場の問題としては,労働コストの上昇,失業の長期化,労働モビリティの不足がある。上述のように単位労働コストは,ヨーロッパはアメリカ,日本より高い。イギリス,フランス,イタリアでは労使関係,賃金決定に改善がみられるがまだ賃金上昇圧力は高い。西ドイツでは全国一律の賃金決定のためやはり賃金上昇率は高めとなる。
失業の長期化については,若年失業者層は,その間技術が未習得であるため就労しにくく,3~5年後にも失業者となっているという現象(ヒステリシス)がみられる。
労働の地域モビリディの不足は,従来型産業の立地している地域で,イギリス,西ドイツ,フランスとも高失業率となっている一方,成長産業の立地する地域では低失業率となっていることが示している。
次に,企業家精神の不足については,先端産業への対応の遅れ,高い政府の産業補助金,資本収益率の回復の遅れがあげられる。
ECの域外に対する競争力を貿易特化係数でみると(輸出特化が+1,輸入特化が-1),化学,鉄鋼の伝統産業で+0.3~+0.5と高めの横ばいとなっているのに対して,電気機械,光学機器,コンピュータなどは,65年に+0.1~+0.3だったものが87年にはO~-0.5と大幅に低下している。
政府の産業補助金は,経常移転のGNP比で,アメリカ,日本の1%前後に対し,ヨーロッパは2%,資本移転を含めると3~4%の高さになっている。
資本収益率(粗営業余剰/粗資本ストック)は,石油危機後,ヨーロッパでは,日本,アメリカとともに低下したが,日本は86年に20%と高いのに対し,西ドイツ,アメリカは15%,イギリス,フランスは10%前後と,回復はしているものの依然水準は低くなっている。
このようなヨーロッパの活性化のために,EC諸国は,ローマ条約の目的であった域内経済の統合への行動を再開した。
ECは,域外輸出の世界シェアではアメリカ,日本を上回っており,GDP規模及び輸入市場としての規模でもアメリカに次いでいる。しかし70~80年代には,経済活動の停滞から域内,域外貿易とも,世界貿易の伸びを下回った。
92年末目標の市場統合は,財,サービス,人,資本の移動を,域内障壁を除去することにより,自由化しようとするものである。このため国境規制の除去,基準認証,政府調達,サービス規制等技術的障壁の除去,付加価値税,物品税の税率の相違からくる障壁を除去するとしている。これらの障壁のコストは85年のECのGDPの2.2~2.7%と見積もられている。しかし非関税障壁285項目のうち,理事会で採択されたものは92項目に止まっている。手続上の種々の困難からみて,障壁除去の便益が直ちに実現するとは考えにくい。また,域内貿易不均衡が西ドイツの黒字,その他の赤字の拡大という形で進行しており,EMSの安定のためには域内貿易不均衡を縮小するような構造調整が必要である。
発展途上国においては,アジアとラテン・アメリカにおいて経済発展が対照的な姿となっている。韓国,台湾等は,輸出指向型の工業化により高い成長をとげ,メキシコ,ブラジル等においては一次産品依存と輸入代替型の工業化により経済発展が停滞し,累積債務の負担が大きくなっている。
韓国,台湾は資源,エネルギーの輸入国であることから60年代半ばには工業品輸出指向型となった。前述のように高い投資率を維持し,産業構造は労働集約型や標準技術型から高度技術型へと雁行形態で発展した。
韓国,台湾とも,中間財,資本財輸入を日本に依存し,製品輸出をアメリカに依存するという形が強かったが,87年以後,輸出先でアメリカのシェアの低下,日本の拡大が進んでいる。またアジアNIEs相互間及び対ASEAN間の貿易が拡大している。韓国,台湾はこのような各国の重層的発展の中で,産業構造を高度化し,また内需型成長に移行する必要がある。
メキシコ,ブラジルは工業化は20世紀前半と早く,また70年代までは7~8%の高い実質成長率を示していた。しがし工業品の輸入代替政策のため,工業品輸出額のGDP比は,70年代は1~2%,87年でも7~8%にとどまっている。これは韓国の71年9%から87年34%への急拡大と対照的である。上述のように,ラテン・アメリカでは累積債務問題が深刻化しており,緊縮政策のため,設備投資が減少し,長期の発展基盤がおびやがされている。産業保護や消費維持等のため,メキシコ,ブラジルとも財政赤字は86年にGDP比で10%前後となっており,通貨の増発,物価のインデクセーション等により88年にはブラジルで600%近く,メキシコでも100%近くのインフレが続いている。産業保護の撤廃,財政赤字の削減により,インフレを抑制し,国内貯蓄率を引き上げて投資を高め,為替レートを現実化して工業品の輸出拡大に努める,という市場・成長指向型の構造調整が必要である。
社会主義経済のソ連,中国においても中央指令型から,市場メカニズムを活用した経済システムへの構造調整が図られている。
ソ連では重工業優先の工業化を続けてきたが,60年代から資源開発コストの上昇,資本係数の上昇,技術革新の遅れ,企業の自主性の欠如等により生産の伸び,投資の伸びが低下した。他方,住宅部門やサービス部門,消費財部門への投資が抑えられてきたため,国民の生活水準の向上が遅れた。貿易構造は輸出の4~5割が原油等であり,輸入は機械,設備,穀物が大宗を占めている。
ペレストロイカはこのような経済の構造改革を目指すものであり,工業部門では企業の独立採算制が導入され,工業の効率化,労働生産性の上昇を図り,サービス,消費財部門を拡大することとされている。農業でも,非効率的な集団的農業を縮小し,農業の多様化,自由化を進めて,農民の生産意欲を引き出すことを目的としている。さらに住宅投資を強化することとしている。東欧では改革に慎重な東ドイツ,ルーマニアと,改革を図るハンガリー,ボーランド,チェコ,ブルガリア等に分かれている。
中国でも重工業優先の工業化が行われてきたが,国家の統一的な生産・投資・価格決定方法や,固定的な雇用・賃金制度のもとでは,企業,個人のインセンティヴが引き出せなかった。このため78年から対外開放,体制改革路線に転換し,経済の自由度を高め,社会の活性化を図ることとなった。84年には,投資,生産計画に弾力性を持たせるため,請負経営責任制を導入し,企業は国家から割り当てられた計画分を達成した他は,市場で自由価格で販売できることとなった。国家計画も達成義務のある指令性計画から,義務のない指導性計画が増加した。85年から企業に賃金支払いの決定権を与え,個人の成績と関連のある賃金決定方式に移行しつつある。石炭・鋼材等の原材料部門は80%が国家計画・規定価格で取引されており,著しい生産増は望めない。一方,価格が自由に決定できる加工部門は,需要の拡大に応じ生産を活発化させたため,原材料,燃料がひっ迫した。85年に続き87年後半以降経済は再び過熱している。輸入依存度も高まり,86年の貿易収支赤字は120億ドル,87年6月末の対外債務残高は238億ドルに達した。このため中国は,アジアNIEsのように,輸入代替型から輸出指向型に移行するため沿海地区の労働集約的工業化のための構造調整を行っている。
GATT加盟国はこれまで自由貿易体制の維持・強化に努めてきているが最近やや変化がみられる。第1にアメリカにおける包括貿易・競争力法の成立に代表される保護主義的な動きであり,第2に上述の米加自由貿易協定,92年E C市場統合にみられる地域統合への動きである。このような動きの背景には既に述べたような各国の構造調整のスピードの違いが各国の経済パフォーマンスの違いとなって現れており,構造調整の遅い国で保護主義圧力が高まっていることが考えられる。
86年9月に交渉開始が宣言されたGATTウルグアイ・ラウンドは,4年以内の終結を目指し,農業貿易,サービス貿易,知的所有権,貿易関連投資措置等に関して作業が行われている。先進国間,先進国・途上国間でそれぞれポジションの相違があり,88年12月に中間レビューが実施された。
88年8月に成立したアメリカの包括貿易・競争力法は行政府にウルグアイ・ラウンドの交渉権限を与える一方,多くの保護主義的条項を含んでいる。①外国の不公正貿易慣行に関する判断,これに対する報復措置発動の権限を大統領からUSTRに移管し,報復措置をとりやすくすること(301条),②個別品目に加えて,一般的に市場歪曲慣行を持つとUSTRが判断した国を「市場開放優先国」と指定して,輸入障壁等の撤廃を要求し,合意に達しない場合は一方的に報復措置を発動すること(スーパー301条),③ある品目の輸入急増からアメリ力産業を保護するため,救済措置の発動を容易にすること(201条セーフガード)等がある。②のスーパー301条の報復措置は,GATTの紛争処理手続きを経ずにこうした措置を発動すればGATT違反の疑いが強い等,現在のウルグアイ・ラウンドに悪影響を与えることにもなる。保護主義に陥らないようアメリカの同法運用の慎重な取り扱いが望まれる。
米加自由貿易協定,92年EC市場統合は,非当事国に対する差別的な関税・非関税障壁の適用や相互主義の強調等,地域主義に陥る懸念もある。これらが保護主義に陥ることなく,ウルグアイ・ラウンド交渉に建設的な貢献をするものであることが望まれる。
日本は構造調整の進展によって好パフォーマンスを維持していることから,率先して市場アクセスの改善を継続し,自由貿易の維持・強化に貢献していくべきである。