昭和62年
年次世界経済白書
政策協調と活力ある国際分業を目指して
経済企画庁
アメリカ経済は84年の上半期まで力強く拡大した後も,拡大速度に鈍化はみられるものの,引き続き緩やかな拡大を続けており,景気の拡大はかなり長期化している。ただし,86年から87年にかけては,これまで堅調に推移してきた内需の伸びが鈍化する一方で,純輸出の改善が進んでおり,その内容には変化がみられる。特に,輸出は86年後半以降高い伸びを示しており,国内の生産,雇用に好影響を与えている。しかし,実質ベースでの純輸出の改善傾向にもかかわらず,名目ベースでは輸入の引き続く拡大から貿易収支赤字はなお拡大を続けている。物価は,原油価格低下等のため86年には非常に落ち着いて推移した後,87年には原油価格が上昇に転じたため年初にやや高まったが,その後おおむね安定的に推移した。金利については,86年の緩和気味の金融政策がとられたこともあり低下したが,87年春以降は市場でのインフレ懸念もあり上昇基調となり,公定歩合も0.5%引き上げられ,6.0%とされた。また,こうした金利の上昇基調のなかで,アメリカ経済の先行きを不透明とする要因が重なり,87年10月19日に株式価格が暴落し,その後の景気への影響が懸念されている。
なお,86年税制改革は,その実施に先立ち86年中の設備投資を押し下げるとともに,個人消費,設備投資に対して86年末の駆け込み需要及び87年初の反動をもたらすなど,経済にいくつかの影響を及ぼした。
82年以降景気を主導してきた個人消費は,86年前半も物価安定等を背景とした実質可処分所得の伸びに支えられ堅調に推移し,86年7~9月期にも実質可処分所得の伸びは前期比マイナスとなったものの,乗用車販売促進策の効果もあって,個人貯蓄率の大幅な低下を伴ないつつ耐久財消費を中心に大幅に増加した。しかし,10~12月期にはその反動もあり個人消費は伸びを鈍化させた後,87年1~3月期には5年ぶりに前期比マイナスに転じた(前期比年率0.7%減)。
これは,①86年税制改革により州・地方の小売売上税の連邦税からの所得控除が87年1月から廃止されることに伴い86年12月に乗用車等の耐久財の駆け込み需要が生じており,その反動が起こったこと,②80年代に入ってから個人貯蓄率が低下を続け,かなりの低水準に達すると同時に,消費者信用残高の可処分所得比も歴史的な高水準に達するなど,消費にある程度の飽和感が広がっていたこと,などによるものとみられる。
第1-2図 アメリカの個人貯蓄率と消費者信用残高の可処分所得比の推移
その後,実質可処分所得は伸び悩んだにもかかわらず,4~6月期には耐久財消費を中心に持ち直し,7~9月期には個人消費は再び大きく増加した。これには,株価上昇による資産効果もある程度寄与していたものと思われる。ただし,7~9月期の大幅増は昨年同様,超低利ローンによる乗用車販売促進策による乗用車販売の増加によるところが大きく,個人消費の力強さを示すものとはいえない。乗用車販売の動きをみると,85年以来,在庫が積み上がると販売促進策がとられ販売が大きく増加し,販売促進策の打ち切りと同時に販売が低下し再び在庫が積み上がるという循環が,ほぼ一年周期で繰り返されており,これが個人消費の振れを大きなものにしている。自動車を除く実質個人消費の動きをみると,87年に入り若干伸びが鈍化していることがわかる。
86年税制改革の影響としては,86年末と87年初に駆け込み需要とその反動があったものの,消費者信用金利の所得控除の段階的廃止,州・地方税のなかの小売売上税の所得控除廃止などの措置にもかかわらず,消費抑制(貯蓄率上昇)効果ははっきりとは現れてはいない。特に,前者については,消費者信用残高の伸び率が低下してきているが,一方で抵当信用残高の伸び率は上昇してきており,所得控除可能なホーム・イクティ・ローンに借入がシフトしてきていることが窺われる(第1-4図)。また,税制改革の意図せざる効果によって,87年4月には逆に貯蓄率が一時的に1.4%にまで急低下した。これは87年初からのキャピタル・ゲイン課税強化を前にして,86年末に駆け込み的資産売却が起こり,これによって実現したキャピタル・ゲインに対する所得税の納税期限が87年4月であったため,同月の可処分所得が急減したことによるものである。
今後の動向については,雇用者数の伸び,88年初からの個人所得税率の引き下げ等により可処分所得のある程度の伸びが期待できるものの,①87年10月の株価暴落による逆資産効果,②86年税制改革による各種の所得控除の廃止等は,長期的には貯蓄率改善の方向に働くものと思われ,個人消費の伸びはさらに鈍化していくものと考えられる。
84年に急拡大した設備投資は,85年に伸びを鈍化させた後,86年には前年比減少となった。この要因としては,①84年の急拡大後,稼働率の低下及び企業収益の鈍化を背景にストック調整局面が続いたことに加え,②85年末以降の原油価格の低下が石油掘削関連部門に大きな打撃を与えたこと,③議会で審議されていた税制改革案の中に,タックス・シェルターの縮減や投資税額控除(I TC)廃止(86年に遡及して実施)が盛り込まれていたこと等があげられる。
また,86年税制改革の影響で,86年10月~12月期には,87年初から廃止される加速度償却制度の適用をねらった駆け込み的投資が起こり一時的に設備投資は拡大したが,その反動から87年1~3月期には大幅減となった。しかし,税制改革による各種の投資優遇措置の廃止,金利の上昇にもかかわらず,4~6月期以降は前期比で増加に転じ回復傾向を示している。これは主に,①86年後半以降の輸出の好調な伸びを背景として輸出関連部門を中心に生産が伸び,稼働率が上昇してきていること,②87年には原油価格が上昇に転じたことから石油関連産業の設備投資が回復に転じていること,によるものと考えられる。業種別には,石油関連のほか輸出の影響を強く反映していると思われる一次金属,一般機械,電気機械,繊維などで稼働率が上昇し設備投資も回復しているが,金属加工,輸送機械ではむしろ減少している。
今後については,オフィス・ビルの空屋率が依然として高水準であることなどの懸念材料に加え,先行指標となる非軍需資本財受注が87年央以降頭打ちとなっていることをみると,一本調子の拡大は期待できないが,①輸出の伸びが今後とも見込まれること,②ドル安や貿易摩擦の激化を背景に,外国企業がアメリカ国内での現地生産を増加させていくと思われること,③企業収益の伸びが続くと期待できることなどにより,設備投資は比較的堅調に推移するものと考えられる。また,87年8月からの法人税率の引き下げも,設備投資の伸びにプラスに寄与していくものと思われる。なお,87年10~11月実施の商務省民間設備投資調査では,88年(計画)は前年比実質7.3%増となっている。
金利の低下が続くなかで,85年後半以降かなり好調な伸びを続けてきた住宅投資は,87年1~3月期以降減少に転じた。住宅着工件数でみると,この減少傾向は86年初に始まっており,86年末から87年初にかけて一次的に増加するなど,波を打ちながらも基調としては減少傾向を続けてきた。住宅着工件数の動きを一戸建住宅と集合住宅の動きに分けてみると,一戸建住宅が120万戸前後で波を打ちながらほぼ横ばいで推移しているのに対して,集合住宅は86年初以降ほぼ一本調子で滅少していることがわかる。これは一戸建住宅が金利の動きを強く反映して推移したのに対し,集合住宅は①「81年経済再建税法」の投資優遇措置によるタックス・シェルターを利用した建設増(昭和61年度世界経済白書参考資料第1章第6節参照)で供給過剰となり,アパート等貸家の空屋率がかなり高水準に達したこと,②86年税制改革に不動産の償却期間の延長等税制上の優遇措置の縮減が盛り込まれたこと等の影響を反映したものと考えられる。87年には,集合住宅の減少傾向と金利の上昇による一戸建て住宅の減少局面が重なることにより,全体の着工件数も急減しており,住宅投資を低迷させることとなった。
今後については,税制改革の影響は出尽くしたものとみられるものの,空屋率は依然として高水準であり供給過剰の状態が続いていることから,住宅投資はしばらく低迷を続けるものと思われる。また,87年10月の株価暴落による逆資産効果も懸念される。
83年1~3月期以降成長率にプラスに寄与していた在庫投資は,力強い景気の拡大を背景として84年1~3月期に大幅増となった後,積み増し幅が縮小し,成長率の引き下げ要因に転じた。その後86年1~3月期,87年1~3月期には大きく増加し,それぞれ一時的に成長率を大きく押し上げたが,ともに乗用車在庫の意図せざる積み上がりによるところが大きく,今までのところ積極的な在庫積み増しに転じるには至っていない。
業種別に動向をみてみると,まず製造業では在庫率が85年以降緩やかな低下傾向を続け,87年中も引き続き低下しており,緩やかな景気の拡大が長期化するなかで,在庫調整も緩やかに進展してきたことがわかる。第1-9図をみると,まず第1に,82年以降の大きなカーブが85年以降はほぼ横軸に平行な動きに転じていることが指摘できる。これは84年の積極的な在庫積み増し局面の後も,緩やかな景気拡大局面が持続し,意図せざる在庫の積み上がりに悩まされることなく今後の在庫調整局面に入ったことを意味しており,今回の在庫調整局面が82年にみられる売上の減少後の在庫調整とは異なったものであることがわかる。また第2には,86年以降はこの線が徐々に逆方向の動きに転じているが,このことからほぼ今回の在庫調整局面が一巡したことが窺われる。しかし,売上の伸びが85年以降のペースを保っているため,在庫の積極的積み増しには依然として慎重であり,この動きも横軸に平行に45度線に向かう動きであることを考えれば,売上の伸びに応じて在庫水準を適正に保とうとする行動によるものととることができる。次に小売業をみると,乗用車在庫の動きにより極めて不規則な動きをしている。アメリカの自動車業界は85年夏頃までに積み上がった在庫を削減するため,同年秋に販売促進策を実施した。このため在庫率は低下したものの,その後反動による売上の落ち込みと在庫の積み上がりで再び在庫率の上昇を招き,86年,87年にも「販売促進策による在庫率低下」→「その反動による在庫率の上昇」という同様のサイクルを繰り返した。この自動車在庫を除く小売業の在庫率をみると,85年以降はほぼ横ばいで推移している。また,卸売業についてみると,在庫率は84年後半以降上昇していたが,86年後半以降は低下傾向にある。第1-9図でみると85年以降在庫調整局面を迎えたが,86年以降はほぽ縦軸に平行的な動きをしており,売上が鈍化から拡大に転ずる一方で,在庫の変動は比較的小さく,在庫積み増しに慎重であったことがわかる。
このように業種別には動きが異なるものの全体でみると,第1-9図において,ほぼ45度線に近いところで留まっており,売上の伸びにほぼ見合った程度に在庫が増加しているといえる。今後についても,景気の緩やかな拡大の下で,引き続き慎重な在庫投資が続くものと思われる。
原油価格の下げ止まり,反発による石油生産の立直りや在庫率の低下等を背景に86年後半以降回復に転じていた鉱工業生産は,税制改革の影響による需要の反動減から自動車などの耐久消費財を中心に87年春頃にややもたつきをみせたが,その後は比較的順調に拡大を続け,7~9月期には年率8%台後半に加速し,10~12月期も堅調な増加基調を続けた。この結果,87年全体の鉱工業生産は前年比3.7%増加し,85,86年の1%台に比べ増加率はかなり高まった(第1-10図)。
このように鉱工業生産が堅調に推移した理由としては,ドル安による競争力回復が著しい繊維,紙・パ,化学などの非耐久財生産が輸出の好調を背景に引き続き増加基調を続けたこと,コンピューター,半導体などのエレクトロニクス関連が設備投資の回復に加え,在庫,価格,その他の面で自立的な回復の時期に当たっていたこと,春以降個人消費が持ち直したこと,原油価格や非鉄などの国際商品市況が堅調に推移し,鉱業生産も回復基調を続けたこと,等があげられる。
しかしながら,10月の株価暴落の影響で88年前半の個人消費が抑制されるとみられること,原油価格が再び弱含みとなってきていること,これまで成長を支えてきた輸出や設備投資の伸びが鈍化するとみられること,等から今後の鉱工業生産は引き続き増加基調を維持するとみられるものの伸び率はかなり鈍化するものとみられる。
雇用情勢をみると,87年初に6.6%で始まった失業率(軍人を含む)は,その後ほぼ一貫して低下を続け,87年12月には5.7%と約8年振りの低水準となった(第1-11図)。これは,サービス業を中心とした非製造業の雇用者数が一貫して増加基調を続けるなかで,製造業も鉱工業生産の動向を反映して86年秋以降の緩やかな増加基調から,87年後半にはサービス業を上回る雇用者数の伸びをみせたことが主因だが,さらに,80年代以前に比べ労働力人口の伸び率が鈍化しているという人口構造上の要因も影響していたとみられる。
業種別にやや詳しくみると,製造業のなかでは非耐久財産業で雇用者数の増加がほぼ一貫してみられ,電気機械,一般機械などの耐久財産業では87年後半に増加基調となった。ただし,自動車産業では雇用者数は減少傾向が続いた。
非製造業では全体に増加基調が続いたが,住宅投資の低迷を反映して建設業で雇用者数の伸び悩みがみられたほか,10月の株価暴落の影響で11月以降の金融業等の雇用者数の伸びがほぼゼロとなった。
以上の結果,失業率はこれまで一般に考えられてきたアメリカの自然失業率水準をかなり下回るものとなったが,賃金上昇率等にみられるように労働市場にはあまりひっ迫感はない。この背景には,労働組織率の低下,賃金水準の低いサービス業労働者のウェイト上昇などが考えられる。今後は,緩やかながら成長が持続するなかでなお雇用者数の増加が見込まれるものの,失業率は横ばいないしやや上昇気味となろう。
87年に入ってインフレ率はやや加速し,年前半の消費者物価上昇率は年率5%台に達したが,これは主として原油価格動向を反映したもので,エネルギーを除くベースでは4%台と86年中に比べて特に高まったわけではなかった。その後,原油価格は18ドル/バーレル台でおおむね安定的に推移したため,年後半には物価は再び落ち着きを取り戻した。この間,ドル安による輸入価格の上昇や中間財などの価格上昇がみられたが,いずれも最終財に至るまでの途中で吸収されたとみられ,最終財価格の上昇にはほとんど反映されなかった。今後は,ドル安による輸入価格の継続的な上昇がさらに本格化すると見込まれるものの,原油価格が再び弱含んでいること,個人消費の伸びが鈍化すると見込まれること,等から物価動向は引き続き安定したものとなろう。
賃金上昇率(時間当たり,非農業)は,82年に雇用情勢の大幅悪化を主因に急激に低下し,その後86年にかけても緩やかな鈍化傾向が続いていたが,87年には大幅な雇用情勢の改善を背景に年前半から後半にかけてやや高まりをみせ,10~12月期には前期比年率5%弱と消費者物価に並ぶ上昇率となった。しかし,前期同月比でみた賃金上昇率は依然として消費者物価上昇率を下回って推移した。協約賃上げ率も引き続き低水準となっており(第1-1表),87年9月の自動車産業における労使交渉においても,海外との競争激化や乗用車販売の低迷などの厳しい環境下で労働組合は雇用確保を優先し,初年度平均のベース・アップは3%程度にとどまった。
雇用情勢の改善を背景に賃金上昇率はこのところやや高まりがみられるが,失業率がすでに歴史的な低水準にあることから,今後さらに雇用情勢が改善することは考えにくく,また,サービス産業やハイテク産業など組織化の進んでいない労働者のウェイトはさらに高まるとみられること,物価動向は引き続き安定が見込まれること,等から今後も賃金上昇率は落ち着いた推移をたどるとみられる。
86年の貿易収支赤字(国際収支ベース)は,年前半には減少気味に推移したものの後半には再び拡大に転じ,年間では1443億ドルと85年の1221億ドルを大幅に上回った。これは,85年春以来のドル相場の下落の下で工業製品輸出が前年比3.9%増と堅調に伸びたこと,原油価格低下により原油輸入が数量ベースでは拡大したものの金額ベースでは年前半に大幅に縮小したことなどが赤字縮小方向に働いたにもかかわらず,①農産物の世界的な供給過剰に加え,新農業法施行を前にしての諸外国の買い控え等もあり,農産物輸出が減少を続けたこと,②個人消費の堅調な伸びを反映して乗用車をはじめとする消費財の輸入が拡大したこと,③アメリカの産業のアウト・ソーシングなどもあって,資本財の輸入がこのところ拡大傾向にあること,さらには,④Jカーブ効果により金額ベースでの輸入が膨れたこと等により,輸入が全体で前年比9.1%増と大幅に拡大したことによるものである。
87年1~9月の動きをみると,ドルの一層の下落を背景として工業製品輸出力引き続き高い伸びを示していることに加え,農産物輸出も85年新農業法による価格低下の効果が現れたこともあって回復しており,輸出はこのところ伸びを高めている。しかし,①石油の輸入依存度が高まっているなかで石油価格が上昇したことにより数量ベース,金額ベースでともに石油輸入が増大してきたこと,②国内の設備投資の回復を背景に資本財輸入が伸びを高めてきたことなどにより輸入がそれを上回る拡大をしていることなどから,貿易収支赤字は拡大しており,1~9月の累計ですでに1181億ドルに達している。
一方,貿易外収支もこのところ悪化傾向にある。85年末に純債務国に転落する中で,86年以降の投資収支が悪化しており,貿易外収支の黒字幅は25億ドル縮小し186億ドルとなった。87年に入ってからは,さらにこの傾向が加速し,7~9月期には投資収支とともに貿易外収支も赤字となった。
このような,貿易収支及び貿易外収支の双方の悪化により,経常収支赤字は86年に1414億ドルと大幅に拡大した後,87年にも1~9月期累計で既に1214億ドルに達しており,引き続き大幅な拡大傾向にある。
86年には,ドル相場の下落と他の主要通貨に対する金利差の縮小により,非居住者にとってのドル建金融資産への魅力は低下し,アメリカへの民間資本のネット流入はもはや経常収支の赤字を十分にカバーすることができず,経常赤字のほぼ4分の1は外国中央銀行の公的準備資産の積み増し(主にドル買い介入)によって賄われた(第1-2表)。87年に入ってからも,こうした傾向はさらに加速され,87年1~6月の経常赤字780億ドルの約4割は公的資本のネット流入によって賄われた。その後,ドル相場がやや堅調を維持するなかで,各国通貨当局の外国為替市場におけるドル売り介入とドル買い介入がほぼ相殺し合って,7~9月期の公的資本のネット流入は6億ドルと前期の133億ドルから大幅に縮小した。しかし,10~12月期には再びドル相場の下落に拍車がかかり,各国通貨当局のドル買い介入が活発化するなかで,公的資本のネット流入は再び急増したものとみられる。
87年1~9月のアメリカへの民間資本のネット流入のうち,証券投資と銀行部門を通じたネット流入がそれぞれ45%ずつを占め,残りを直接投資と非銀行部門を通じたネット流入で占めた。証券投資のネット流入のウェイトは85,86年の62%,90%に比べ大幅に低下した。このうち対内証券投資についてだけみると,財務省証券については86年10~12月期以降ネット流出に転じており,社債のネット流入も長期金利の上昇から4~6月期以降やや鈍化したほか,活発だった株式のネット流入も7~9月期には大幅に減少した。銀行部門を通じた資本はユーロ短期金利の上昇により4~6月期にネット小幅流出となった後,7~9月期には再び内外金利差拡大により在米銀行への預金が増加し大幅なネット流入となった。直接投資については,85,86年とドル安の継続により収益の再投資が増加しネット流出となっていたが,87年4~6月期以降は比較的ドル相場が堅調となったため,再びネット流入基調となった。
アメリカの株価(N.Y.ダウ工業株30種平均株価)は,82年以降の景気回復過程で上昇傾向に転じ,84年中やや足踏みしたものの,85年半ば以降は金融緩和の進展の下で再び上昇傾向となり,さらに86年秋以降一段と上げ足を速めた。しかし,金利はすでに87年春以降上昇傾向に転じていたこともあって,同年夏以降は株価について高値警戒感を抱く向きが多かった。こうしたなかで金利上昇傾向が一段と強まった10月半ばには連日株価下落がみられ,10月19日には終値で前日比508ドル,下落率では22.6%の暴落となった(第1-12図)。ニューヨーク市場のこの動きは世界的な波及をみせ,主要各国市場でも株価が同時に暴落するという事態にみまわれた。
今回の株価暴落の引き金となったのは,ドル下落圧力が強まるなかで米独間の政策強調の乱れが表面化し,さらに,アメリカのイラン報復攻撃実行が伝えられ,金利上昇懸念が一段と高まったことがあげられる。しかし,そもそも87年春以降の金利上昇をもたらしたのは貿易収支と財政収支の双子の赤字の継続に対してアメリカが有効な対策を打ち出すことができず,そのために市場にドル下落圧力,インフレ懸念が高まっていたからであり,株価暴落の根本的な背景はむしろこの点にあったといえよう。そこで,レーガン大統領も議会との協議を開き,最終的に88年度333億ドル,89年度459億ドルの財政赤字削減措置がとられることとなった。
その後,株価はやや回復して1900~2000ドル台で一進一退となっているが,現在程度の株価水準で安定する限り本格的な景気後退の懸念は少なく,むしろ個人消費などの内需を抑制し輸入減少を促すなどアメリカの対外バランスの改善にプラスに作用する可能性もある。しかし,双子の赤字改善がそもそも時間のかかる問題であり,また,今回の財政赤字削減措置も決して本格的なものとはいえないことなどから,再び株価が下落し,景気にさらにマイナスの影響を加える可能性も残っている。
連邦財政は財政収支均衡法の適用が開始された86年度にも,当初の見通しに比べ歳出が103億ドル上回る一方,歳入が80億ドル下回り,現実には2211億ドルと過去最高の赤字を記録した。87年度には,87年1月の予算教書では1732億ドルの赤字が見込まれていたが,実績では予算教書の見通しに比べ歳出が134億ドル下回る一方,歳入が117億ドル上回り,財政赤字は1480億ドルと大幅に縮小することとなった。しかし,これには86年税制改革による87年初からのキャピタル・ゲイン課税強化を前に,86年末に駆け込み的資産売却が起こりキャピタル・ゲインが大量に実現されたため,所得税の納税期限である4月に当初予期せぬ税収増が大量にもたらされた(87年4月の歳入,前年同月比34.4%増)という特殊要因も大きく働いており,本格的な財政赤字削減が緒についたとはいいがたい。今後については,①87年7月からの法人税率の引下げ,②88年1月からの個人所得税率の引下げ,③キャピタル・ゲインの実現に基づく所得税収が反動で縮小すること,などもあり歳入が今後伸び悩むことも予想され,87年度の財政赤字縮小傾向を定着させるには,将来にわたって一層の歳出削減努力等が必要となろう。
このように88年度以降は財政収支均衡法の目標額に沿った予算の作成がかなり困難なものとなってきたこともあり,議会は87年9月に財政収支均衡法の改正を行った。今回の改正の内容は主に次の2つである。
第1に,88年度以降毎年度の赤字目標額を上方修正し,均衡目標年度を2年延長した。ただし,88年度については赤字削減必要額(ベースライン赤字と赤字目標額との差額)がいくらであっても赤字削減額は230億ドルとされ,89年度については赤字削減必要額と360億ドルの小さい方の額だけ削減することとされている(第1-13図)。
第2に,旧法では,一律歳出削減に際して,行政管理予算局(OMB)と議会予算局(CBO)の報告に基づき会計検査院(GAO)が大統領に一律歳出削減を勧告することとされており,大統領に対して責任を負わない会計検査院長に行政権限をあたえるということから権力分立を定めた憲法に反する,との判決が最高裁でなされていた。このため同法に定められていた代替手続きにより,議会の両院合同委員会がOMBとCBOの報告に基づき一律歳出削減の決定を行い大統領に送付することとされ,赤字削減が再び議会の手に委ねられることになっていた。今回の改正ではこの一律歳出削減手続きを改め,CBOの報告を参考としてOMBが赤字削減策をまとめ大統領に勧告することとされた。
この他にも,国防費については一律歳出削減の対象から人件費を除外できること,ベースライン赤字の歳出に関しては裁量的経費についてもインフレ分を加味すること,資産売却及び貸付債権の期前返納は赤字削減額にはカウントしないことなども新たに盛り込まれた。しかし,予算段階を拘束するにとどまり,結果を保証するものではないという同法の限界は依然として残されたままである。
この「新財政収支均衡法」に基づき88年度予算の作成が行われたが,10月19日の株価暴落以降,財政赤字の着実な削減の必要性が強く認識され,議会と行政府との間で財政赤字削減の交渉が始まり,11月20日,88年度302億ドル,89年度459億ドルの赤字削減を行うことで合意が成立した。同日,新財政収支均衡法に基づき大統領の一律歳出削減命令も出されたが,その後この合意の具体化が進められ,12月22日,一括歳出法及び予算調整法が成立し,赤字削減額は88年度333億ドル,89年度459億ドルとされることとなった。また,これによって一律歳出削減は現実には回避されている。ただし,11月20日の合意においても,この削減策においても,財政収支均衡法では赤字削減額にカウントされない一時しのぎの措置である資産売却等が含まれていることには留意する必要がある。(88年度の赤字削減額(333億ドル)から資産売却等の額を差し引くと243億ドルとなり,財政収支均衡法で定められた230億ドルを若干上回るに留まる。)さらに,増税に関しては大統領の強い反対もあり,所得税,法人税の税率等には手がつけられておらず,現政権下での抜本的な財政赤字削減へ向けての方向転換が難しいものであることが窺われる。
FRB(米連邦準備制度理事会)の金融政策は87年前半は前年に続き,基本的には緩和気味のスタンスが維持されたものの,4~5月にはドル相場の安定とインフレ心理の鎮静化を図るためややきつめの金融調節がとられ,さらに9月には公定歩合が引き上げられるなど年後半にも,より慎重な金融政策運営がとられた。
87年2月に議会に提出された同年の金融政策報告によると,87年も引き続き緩やかな経済拡大が見込まれるが,原油価格の反発とドル安による輸入物価上昇がややインフレ圧力を高める可能性があり,こうしたなかでFRBの金融調節は前年来の緩和気味の基本スタンスを維持するものの,インフレにつながることのないよう慎重な運営が必要とされた。マネー・サプライ増加目標圏は緩やかな経済拡大と前年からの物価安定とに対応してM2,M3ともに5.5~8.5%と86年(M2,M3ともに6.0~9.0%)に比べ上・下限ともに0.5%引き下げられた(第1-14図)。Mlについては前年比増勢鈍化が見込まれているが,金利低下や金融自由化の影響等から依然実体経済,金融情勢との関係が不安定なことから,特定の目標圏は設定しないこととされた。4月,5月にドル安の加速とインフレ懸念の高まりがみられ,FRBはややきつめの金融調節に転換したが,他の主要先進国における金融緩和と為替介入という政策協調もあって,ドル相場の安定とインフレ心理の鎮静が図られると再びもとの基本スタンスに戻った。
さらに7月に議会に提出された年央の金融政策報告によると,87年前半のアメリカ経済は個人消費等の家計部門の需要がスローダウンしているが,純輸出の改善,生産の拡大,雇用の改善が続き,設備投資も持ち直すなど対外不均衡を是正しつつ緩やかな経済拡大を達成しつつあることを評価するとともに,物価に関してはここ半年ほどの物価上昇率加速が,今後の賃金,製品価格の決定などに波及しないよう注意が必要とし,そのためには慎重な金融政策運営が望まれるとされた。87年のマネー・サプライ増加目標圏は,M2,M3については2月に設定した目標と変わらず,88年暫定目標圏はM2,M3ともに5.O~8.0%と87年に比べ上・下限ともに0.5%引き下げられたが,これは物価安定と息の長い成長持続という目標に沿ったものとされた。なお,Mlについては引き続き目標圏設定はなされなかった。8月中旬以降,再びドル相場の不安定化とインフレ懸念の高まりから長期金利が上昇し,9月4日,FRBは潜在的なインフレ圧力に機動的かつ効果的に対処するためとの声明とともに公定歩合を約3年半振りに0.5%引き上げ年6.O%とし,引き締め気味の金融政策運営に転換した(第1-15図)。しかし,長期金利の一層の上昇と米独間の政策協調の乱れが市場に嫌気されて株式市場が大暴落した10月19日以降は,一時的に流動性供給を厚めにするなど再び緩和気味の金融調整に戻った。ただし,FRBの基本的な政策目標が引き続き物価安定に置かれていることに変わりはなく,金利水準も87年前半に比べ高止まっている。
アメリカ経済は今後,87年10月の株価暴落によるマイナスの影響もあり個人消費等の家計部門は伸びを鈍化させていく一方で,純輸出の改善傾向が今後とも続けば,生産・雇用の一層の活発化により設備投資などが伸びを高めていくものと思われ,家計部門から企業部門に成長の主役が交代しつつ緩やかな拡大が続くことが見込まれる。これは同時に,家計部門の過剰支出体質の改善を通じて輸入の鈍化につながれば,貿易収支にも好影響を及ぼすものとなろう。しかし,財政赤字の削減は依然として前途多難であり,貿易収支の大幅な改善にはなお困難が伴うものと思われる。
また,金融市場の動向が今後の景気の鍵をにぎるものと思われる。まず第1に,株式市場は87年10月の暴落以降緩やかに回復しているが,今後再び下落することがあれば,景気への深刻なマイナス効果は避けられないものとなろう。
第2に為替市場については,今後過度にドル安が進行していくことになると,輸入価格上昇から国内のインフレが発生し,さらに金利の上昇,景気後退につながりかねない。このように経済の拡大が長期化するなかで景気の先行きには不透明感が増してきているということができる。
86年に緩やかな成長を続けたカナダ経済は,87年に入って内需を中心に力強さをみせている(第2-1表)。86年の実質GDPは,外需の不振,原油価格低下による設備投資の停滞があったものの,個人消費,住宅投資が概ね好調を続けたことから前年比3.3%増となった。87年に入ると,原油価格の回復をきっかけとして設備投資も大きく増加し,実質GDPは1~3月期,4~6月期とも前年比1.5%増,7~9月期同1.1%増となっている(1~9月の前年同期比は3.3%増)。雇用情勢は引き続き改善しているが,物価は87年になり高まっている。対外面をみると,貿易収支黒字は縮小傾向にあり,このため経常収支は85年央から連続して赤字となっている。また,財政赤字は減少をみせているが依然その額は大きく,財政赤字削減が引き続き重要な政策課題とされている。
①個人消費は,過去3年続いた自動車売上の大幅増が一段落したがその水準は高く,また住宅ブームにより家具など関連商品が好調であるため,86年前年比3.3%増の後,87年に入ってからも1~9月の前年同期比4.2%増と好調に増加している。
②住宅投資は,実質可処分所得の増加や住宅抵当金利の低下から堅調な伸びを続けている。
③設備投資をみると,85年末からの原油価格の下落により資源開発部門が大きく影響を受け,86年の実質設備投資は全体として低迷した。しかし原油価格の回復をきっかけとして,87年に入り構築物に対する投資が増加に転じたほか,機械設備も順調に増加を続け,堅調な推移となった(第2-1図)。
④政府支出は,財政赤字削減のスタンスを反映してほぼ横ばいを続けている。
⑤在庫投資は,86年初に前期の反動と耐久財消費の不振から積み上がった後はほぼ横這いか,GDPに対してマイナスの寄与を続けていたが,87年7~9月期にはプラスの寄与となった。
86年の鉱工業生産は,全般的に振るわず前期比1.3%増にとどまった。しかし,原油価格の回復をきっかけとして87年春以降は増加を続けており,1~10月前年同期比4.1%増と景気の力強さを示している(第2-2図)。
(2) 雇用情勢
雇用情勢は順調に改善を続け,87年央には5年振りに失業率が8%台を記録し,87年12月現在8.1%まで低下している。
86年の物価は,卸売段階と消費段階では対象的な動きをみせた(第2-3図)。
卸売物価(工業製品価格)は原油価格の下落から伸び率が低下し,前年同期比でマイナスになった月もあったのに対して,消費者物価上昇率は前年と同じく4%前後で推移した。これには,連邦及び州の間接税の増税が大きく影響していた。
87年になってからは原油価格の上昇等から卸売物価は高まり年末には消費者物価と同程度の上昇率になっている。消費者物価上昇率はほぼ4%台で推移した。
貿易動向(国際収支ベース)をみると,86年の輸出は前年比0.9%増にとどまった(85年同7.O%増)が,これは原油価格の低下によるところが大きい。一方輸入は,国内景気が引き続き活発であったことから同7.4%増となり,86年の貿易収支黒字は104億加ドルと85年の169億加ドルより減少した(第2-2表)。
87年に入ると,原油,パルプ・紙等の増加から輸出は回復しており1~10月の前年同期比は3.4%増となった。一方,輸入は同2.2%増と伸びが鈍化した。
このため貿易収支黒字の1~10月累計は101億加ドルと前年同期の87億加ドルを上回っている。
経常収支は85年央に赤字に転じた後,86年は貿易黒字幅が縮小したこともあり,赤字幅が更に広がった。87年に入ると貿易外収支の赤字幅が拡大したため,経常収支の赤字は続いている。
財政赤字の削減は現政権の主要公約の一つであり,その額は依然大きいものの,減少の方向に向かっている。特に86/87年度(86年4月~87年3月)は,原油価格,穀物価格の下落等の外的要因で改善が進まないのではないかと心配されたが,所得税の増収等から歳入が前年度比12.9%増加し,歳出も同4.8%増にとどまったため,赤字額は275億加ドル(対GNP比5.3%)と前年度より45億加ドル縮小した。
87/88年度については,過去2年度において歳出削減を続けた結果,新たな削減が困難となり,歳出は前年度比5.1%増とやや伸びを高めた。一方,歳入は航空税,ガソリン税,たばこ消費税の引き上げ,連邦売上税の課税対象の拡大等の増収措置により同10.O%増となり,財政赤字額は293億加ドルと見込まれていた(87年2月発表,この時点での86/87年度の実績見込みの赤字額は320億加ドル)。しかし,その後の経済の力強い拡大から,赤字削減は更に進むとみられている(87年4~7月累計の赤字額は87億加ドルで前年同期より8億加ドルの縮小)。
アメリカをはじめ各国が税制改革を進める中,カナダにおいても長らく懸案となっていた抜本的な改革案が政府によって87年6月発表された。その目的としては,税制の簡素化,公平性の増進,安定してバランスのとれた歳入の確保などがあげられている。
主な内容は,個人所得税の税率区分を現行の10段階から3段階にする,法人税率を引き下げるなど(12月国会に上程,88年1月1日より実施)であり,連邦売上税(製造業者売上税)についても3つの試案が示されており,今後も検討が続けられる(改革による88年分増減税額は本文第1-5-1表参照)。
(3) 金融政策
金融政策は,引き続き物価抑制とカナダ・ドル維持を主目的としている。87年に入りカナダ・ドルは強まる方向にあったため,金利は低下し,87年3月末には公定歩合が7.05%まで低下した。しかしその後,物価に高まりがみられたこと等から再び金利は上昇した(第2-4図)。また10月19日のアメリカの株価暴落の影響をカナダ市場も受け,金利も急落したが年末にかけて再び上昇している。
米加間では,かねてより自由貿易協定の動きが存在していた。特に84年9月の政権交替後,マルルーニ首相のもと米加自由貿易推進の動きが顕在化し,87年10月3日,関税の段階的引き下げ・撤廃,非関税障壁の撤廃などの原則的合意がみられ,更に12月には最終案文の合意が成立した。88年1月2日両国首脳による協定署名が行われた後,89年1月発効に向けて両国議会で審議される。
88年のカナダ経済は,引き続き内需中心に堅調に拡大するとみられる(第2-3表)。住宅投資はブームが終わり頭打ちになるが,設備投資が好調を続けると予想される。ただし,株価暴落等の影響がどのようにあらわれてくるかが注目される。
87年のイギリス経済は,外需は頭打ち傾向となったものの,個人消費を中心に内需が堅調であり,政府の経済成長見通しが,当初(87年3月)の31/2%から4%に上向き改訂(同11月)されるなどテンポを高めて拡大を続けた。鉱工業生産も81年1月以来の上昇過程にあり,これまで回復が遅れていた製造業部門でも,87年に入って急速な伸びを示し,87年夏頃には後退前の水準(79年央)をほぼ取りもどした。
失業者数も,86年央以降減少に転じ,87年末までに約60万人減少して261万人となり,失業率も10月には約5年振りに一桁に低下した。消費者物価上昇率は,86年夏の2%台から徐々に高まったが,87年には4%台前半で概ね落ち着いて推移した。賃金上昇率は7%台の高水準を続けている。
輸出が伸び悩む一方で,消費ブームを反映した輸入の急増もあって,87年の貿易収支は前年を上回る大幅赤字となった(87年1~11月87億ポンド)。経常収支も87年春以降,赤字化した。
88年については,株価急落の個人消費や輸出への影響などもあって,成長率は若干低下するが,なお着実な拡大を続けると政府はみている(実質21/2%)。
実質GDP(生産ベース)は,81年初来ほぼ一貫して上昇を続けており,85年3.7%増,86年3.1%増の後,87年1~9月には前年同期比4.7%増と政府見通し(4%増)を上回る伸びとなっている(第3-1図)。87年の上昇テンポの高まりは,主として,個人消費を中心とする内需の堅調化によるものであり,外需はむしろマイナス要因となっている(87年1~9月の前年同期比寄与度はそれぞれ3.9%,マイナス0.3%)。
実質個人消費は,86年後半から87年初にかけてやや伸び悩んだが,その後は,乗用車など耐久財を中心に再び堅調となり,1~9月の前年同期比は4.6%増となっている(86年は5.8%増)。同期間の耐久財消費は前年同期比7%増,新車登録台数は同6.2%増であった。小売売上数量(個人消費のシェア約45%)でみても,4~6月期の前期比2.3%増,7~9月期同2.7%増の後,10月前月比0.9%増,11月同1.1%増(前年同月比5.2%増)と堅調となっている(第3-1表)。
個人消費が再び堅調化したのは,第1に,実質可処分所得が,①物価が比較的に落ち着いている中で高水準の賃上げが続いたこと,②87年度にも前年度に続き所得税率が引き下げられたこと,③配当所得の増加などから,87年上期の前年同期比4.1%増(86年は4.3%増)と着実に伸びており,第2に,インフレ率の鈍化,カード化の急速な拡大や消費者ローン金利の低下等を背景に消費性向が高まったことなどを反映したものである。しかし,貯蓄率は,86年の9.1%から87年4~6月期には8.6%まで低下しており,今後の一層の低下は難しくなっていることに加えて,10月中旬以降の株価急落が個人資産価値の低下をもたらしており,個人持株比率は1割程度と比較的に低いものの,その影響が懸念されるなど先行きにはややかげりもみられる。
総固定資本形成は,86年には,住宅投資が大幅に増加する一方で,設備投資が停滞したために,前年比実質0.3%増にとどまった。しかし,86年後半には,設備投資もほぼ底入れし,87年に入ってからは,落ち込みの大きかった製造業でも回復を示すなど増加基調に転じている(87年上期の前年同期比4.6%増)。
設備投資は,86年には前年比実質1.7%減少したが,主として上期における初年度加速償却制廃止の反動減によるもので,下期以降は持ち直しており,87年上期の前年同期比は3.6%増となっている。特に,製造業投資(リースを含む)は86年に前年比実質5.1%減となったが,87年に入って着実に回復しており,1~9月の前年同期比2.7%増となっている。貿易産業省の企業設備投資予測調査(87年12月発表,実施は株価急落前)は,87年実質6.4%増(製造業6.2%増)の後,88年には実質8%増加し,うち製造業では11%増加して79年のピークを上回るとしている。11月下旬発表のCBI(イギリス産業連盟)の投資動向調査でも,株価急落にもかかわらず,企業の投資意欲は引き続き強く,88年に投資を増加させる企業が減少を計画している企業数を上回っている(増加企業と減少企業の差29%,77年4月以来の最高)。
企業固定投資の持ち直しの要因としては,①企業利潤の着実な増加(北海石油関連を除く企業,87年上期は前年同期比12.9%増),利潤率の高まり(製造業の使用資本に対する純利潤は81年の約3.5倍の約10%),②稼働率の上昇(86年の85.1%から87年7月の87.1%へ),③金利の低下(86年初の12.5%から87年12月の8.5%へ,貸出基準レート)などがあげられている(第3-2表)。
住宅投資は,85年下期以降急速に回復し,86年には前年比実質10.0%増となった。87年に入ってはやや反動がみられ,上期には前年同期比では4.5%増と高水準にあるものの,前期比では3.5%減少した。
住宅需要はなお根強く,住宅着工件数でみても,87年1~9月の前年同期比3.7%増(民間部門同8.2%増)となっており,上期の住宅投資の減少は一時的なものとの見方もある。住宅価格は一頃ほど大幅ではないが上昇が続いており(ロンドン及び南東部では,87年3月の25%から9月には23%近辺へ),平均賃金所得に対する住宅価格の比率も4~6月期には3.8と79年の前回ピークをやや上回った(イングランド銀行)。しかし,住宅抵当金利が低下傾向を続けていることもあって,住宅抵当貸付額は増加している。また,住宅の補修に対する需要も引き続き強く,87年全体では,民間住宅投資は前年をやや下回る程度の増加が見込まれている。
在庫投資は86年中も調整段階が続いていたが,87年春以降は積み増しに転じたとみられる。実質在庫投資の実質GDP寄与度(年率)は,86年ゼロから87年1~9月期には0.2%となっている。
製造業でも,85年,86年と在庫削減を続けた後,87年4~6月期以降は積み増しに転じたとみられ,完成品では引き続き減少しているのに対して,半製品,原燃料は増加を続けている。しかし,製造業在庫率(在庫水準/生産,1979年10~12月期=100)は生産の伸びが相対的に大きいために引き続き低下している(87年7~9月期84.6,前年同期は89.9)。
鉱工業生産は,6年以上にわたって緩やかながら,息の長い上昇を続けている(第3-2図)。86年には,製造業の伸び悩み(前年比1.O%増)から1.9%増にとどまったが,87年に入ってからは,製造業を中心に上昇テンポが高まり,1~9月の前年同期比は2.8%増(製造業同5.4%増)となっている。製造業生産は,一部に回復の遅れている部門もあるが,全体では87年夏頃までに後退前のピーク(79年4~6月期)の水準をほぼ回復した。87年に入って,1~9月の前年同期比でみた伸びの大きい部門は,電機(8.7%),紙・印刷(8.6%),自動車(8.3%)などであり,化繊などは減少を続けている。一方,北海石油生産は86年7~9月期をピークにほぼ頭打ちとなり,87年1~9月の前年同期比は3.5%減,エネルギー部門全体でも同3.1%減となっている。
こうした87年における製造業の好調な回復は,①製品輸出が伸び悩んでいるものの,内需が堅調化しており,②在庫水準もかなり低下して補充が必要な局面にあること,などを背景としたものである。10月中旬以降の株価低落にもかかわらず,製造業生産は88年にも力強い上昇を続けると政府はみているが,一部の熟練労働力不足や,秋以降ポンド相場が対EC通貨で上昇し再び競争力低下から輸出の伸びが鈍るという問題も指摘されている。
鉱工業生産の引き続く上昇を背景に,就業者数は83年春以降増加に転じており,回復の遅れていた製造業雇用者数も,86年末頃から減少テンポは次第に鈍化し,87年央までに減少傾向はほぼ底入れしたとみられる。就業者数は83年3月を底に約122万人増加して87年3月現在,2477.5万人となっている。しかし,この増加のほとんどがサービス部門の増加(146万人)によるものであり,自営業主は約50万人増,一方,製造業部門ではこの間に約40万人減少した(第3-2図)。
失業者数は長い間増加を続けてきたが,86年7月以降はようやく減少に転じ,87年5月には約3年振りに300万人を割り,10月現在,272万人となっている。
失業率も,86年8月の11.6%をピークに低下を続けており,87年10月には9.8%と,82年7月以来初めて一桁に低下した。しかし,地域間格差は依然として大きく,87年10月現在,北アイルランド17.9%,南東部6.8%などとなっている。
過去一年以上にわたる失業者数の大幅減少は,特に若年者層で著しく(87年10月の前年同月比20.O%減,失業者全体では14.1%減),これには,若年者訓練計画の拡充(86年4月より2年間に延長,対象者数は87年37万人)がかなり影響しているとみられる。各種の雇用対策によりカバーされた人員数は,87年9月現在,80.6万人(前年同月比3.9万人増)に達している(第3-3表)。この他に,失業給付資格認定のために,①86年6月より再就職面接制が,②86年10月から就業可能性テストが新たに導入されたこと等が求職者数の純減を促進したとみられる。今後は一年以上の長期失業者(全体の約40%を占める)の減少が問題であるとされている。
平均賃金収入(基本指数)は,85年初め頃から年率7.5%の上昇を続けていたが,87年春以降は超過勤務の増加もあって7.75%へとやや高まりを示している(製造業では87年8月現在8.5%)。87年秋の賃上げ交渉では,平均5.5%の要求と比較的に小幅であり,政府部門でも,88年度には物価上昇率4.0%を前提として賃上げが検討されている。しかし,秋以降は,良好な企業収益の伸びや,熟練労働者を募集し,維持するための賃上げ圧力など,賃上げの高まりを促進する要因が強まっている。
消費者物価上昇率は(前年比)は,86年8月の2.4%を底に徐々に高まり,87年に入ってからも年初の3.9%から10月には4.5%に高まった。この上昇は,86年中は主として,住宅ローン金利の引き上げによる住居費の上昇(86年下期に6.3%,金利は同17.8%)によるものであり,87年に入ってからは,自家用車関連(1~10月に5.4%上昇),住居費(同4.9%),などの上昇が大きい。住宅ローン金利(ウェイト5.4%)を除くと10月までの年間上昇率は31/4~31/3程度になると推計されている。
原燃料卸売物価は,86年夏以降,石油価格の持ち直しや国際商品市況の回復などもあって上昇に転じ,87年に入ってからも春の一時期を除いて上昇しており,1~10月の前年同期比は2.9%の上昇となっている(86年は8.1%の低下)。工業品卸売物価は,87年に入って緩やかな上昇率の鈍化傾向を続けており,86年4.5%の後,87年1~10月の前年同期比は3.7%の上昇となっている。製造業の生産性上昇率は,87年上期にはかなり高まったが,その後はやや伸び悩みがみられる。このため労働コストは87年上期にはほぼ横ばいとなった(第3-4表)。
貿易収支は87年にも大幅赤字を続け,1~11月の累計赤字は86.4億ポンドと86年全体の84.6億ポンドを上回った。これは,石油収支は前年とほぽ同額の年率40億ポンド程度の黒字を維持したものの,非石油収支が引き続き大幅な赤字どなったことによる。
輸出は,86年下期には,石油輸出の回復もあって前年比2.6%増(86年は6.7%減)と持ち直し,87年に入って,例年より早い北海油田の補修作業による石油輸出の落ち込みもあって夏にかけて伸び悩みを示したものの,1~11月の前年同期比は10.3%増に回復した(第3-3図)。交易条件は,86年には石油価格の低下及びポンドの対ドル・レートの低下から5.5%低下したが,87年に入ると,石油価格の春から夏にかけての回復や実効レートの上昇から改善を示した。しかし,その改善も夏以降はほぼ止まっている(87年1%上昇,政府推定)。数量ベースでみると,非石油輸出は86中上昇の後,87年央にかけて伸び悩んだが,秋以降は回復しており(87年全体では7%増の予測),一方で石油輸出の減少が続いているため,全体としては年初来ほぼ横ばいとなっている。
一方,輸入は,86年後半から急増傾向を示し,87年に入って一時減少したものの,1~11月の前年同期比10.7%増と輸出の伸びを若干上回った(86年1.3%増)。数量ベースでは,87年1~11月の前年同期比8.0%増となっている。製品輸入額は, 1~9月の前年同期比13.O%増とより大幅に増加している。これは,消費ブームを反映したビデオ,乗用車の輸入増(87年9月の前年比20.0%増)のほか,コンピューターや生産拡大のための資本財,在庫積み増しなどを背景としたものである。このため製品貿易収支は,83年以降赤字化し,86年の55億ポンドについで87年1~9月にも47.5憶ポンドの赤字となっている。
経常収支は,86年には石油価格の低下による石油収支の黒字幅半減を主因に,約9億ポンドの赤字に転落した後,87年にも貿易収支の大幅赤字持続から,春以降赤字を続けており,1~11月累計赤字は約20億ポンドに拡大した(政府見通しは87年25億ポンドの赤字,GDP比%%)。
貿易外収支は,87年には北海石油関連企業による外国への支払増もあって,利子・利益・配当(IPD)黒字がやや小幅化しているものの,その他サービス収支が保険収入増を中心に黒字幅を拡大しており,ほぼ前年(75.2億ポンド)なみの黒字となるとみられている(第3-5表)。
金融政策は,引き続き中期財政金融戦略(MTFS)の枠組みの中で,名目GDPの伸びを徐々に引き下げて,物価の安定を達成することを最終目的としている。
中心的な政策手段は,85年秋以降,通貨供給量の規制から短期金利に移されており,金利は主としてマネーサプライの伸びや為替レートの動きなどに反映された金融情勢の変化を考慮して決められている。特に,87年には為替レートや需要動向などに対応して機動的な運用がなされた。
マネーサプライの伸び率規制については,87年度の中期財政金融戦略はMO(流通現金プラス市中銀行の,イングランド銀行預け金)のみを目標とし,従来のポンド建てM3は目標からはずすこととした。86年10月のイングランド銀行総裁講演にも示されているように,新金融商品の導入や住宅金融制度の変更などからポンド建てM3は大幅な増加を続けているため,指標とするのを避けるのが適当と考えられたことによる。87年度に入ってからのMOの実績は,4~10月の前年同期比4.9%増と目標(2~6%)内にとどまっている。なお,ポンド建てM3はM3と改称され,その動きは金利の決定に引き続き考慮されているが,同20.9%増と依然大幅な伸びとなっている。この他のマネーサプライの指標の改訂もおこなわれた(第3-4図,注参照)。
市中銀行貸出基準金利は,87年に入ってからも,ポンド相場への上昇圧力を背景に,上期中に4回引き下げられた。その後,8月初に,景気の過熱傾向や将来のインフレ懸念などから,イングランド銀行の誘導により逆に1%引き上げられて10.0%と,3月中旬の水準までもどした。しかし,10月中旬以降の株価急落による景気面へのマイナスの影響などを緩和するため,10月26日及び11月5日に相ついで0.5%ずつ引き下げられ,さらに12月に入って,米ドルが弱含む中でポンド相場が特に対ドイツ・マルクで上昇圧力を受けたのを軽減するため,更に0.5%引き下げられて8.5%となった。
財政面でも,中期財政金融戦略(MTFS)を基本として,政府支出のGDPに占める割合の引き下げ,財政赤字の縮小が図られているが,86年度についで,87年度にも支出計画が上方改訂されるなど,やや引き締め緩和の方向で運用されている。
87年度予算案(87年3月17日発表)は,インフレを克服し,持続的成長をもたらす強力な民間主導経済の確立を主目標として,①中期財政金融戦略にしたがって,財政赤字(PSBR)の対GDP比を1%に維持し,マネーサプライの伸び率を抑制する,②一般政府支出は,86年11月のオータム・ステイトメント(財政計画概要)による上方修正を含め1,740億ポンド,前年度比5.5%増と物価上昇の見通し(4%)を上回る,③所得税基本税率の引き下げ(29%→27%),所得税税率区分の引き上げ,所得税基礎控除等の引き上げ(人的控除)を中心とする総額2,895億ポンドの減税(物価調整分を除くと2,625億ポンド),などの政策措置をとった。
さらに,87年11月3日発表のオータム・ステイトメントでは,政府支出のGDPに占める割合の引き下げ(87年度411/4%→88年度403/4%)を継続しつつ,88年度歳出規模を当初計画比25億ポンド上乗せ(87年度実績見込み比6.2%増)するなどの予算編成方針を明らかにした。こうした手直しは,前年度に続いて,財政赤字(PSBR)が,経済成長の持続による歳入の予想を上回る伸びなどによって,87年度には約10億ポンドと当初見通しの40億ポンドを大幅に下回る見通しとなったことを背景としている。
オータム・ステイトメントに含まれた88年についての政府の経済見通しは,株価急落の影響もあって,実質成長率は21/2%に鈍化し,81年以降の平均3%を若干下回るが,インフレ率は引き続き低水準にとどまり,失業率は更に低下するとしている。
88年の成長鈍化は,主として,①世界経済の拡大テンポが更に鈍化(7大国,87年21/2%,88年2%)するのを反映して,輸出の伸びが51/2%から2%へ鈍化する(石油を除けば61/2%から3%へ),②内需も,個人消費の伸びが鈍化(5%→4%)し,固定投資も高水準ながらやや鈍化(51/2%→41/2%)するため,同4%から31/2%に低下することによるものである。
インフレ率は,労働コストが低下する一方で,企業マージン率が対外競争力の改善や需要の増加から上昇するためほぼ前年なみにとどまるとみており,88年春には,国有企業料金引き上げ,間接税の物価調整引き上げなどから,一時的に高まりが予想されるものの,88年の消費者物価上昇率は41/2%(10~12月期対比,87年同4%)と予測している。
西ドイツ経済は83年初来息の長い上昇を続け,戦後最長の好況期となっている。86年は外需が減少したものの,個人消費を中心とした内需が拡大して景気を下支えした。しかし,86年末から87年初にかけては,外需の減少が長期化する中で,交易条件改善によりもたらされていた内需刺激効果が減少を始め,さらに厳冬の影響も加わって景気は停滞した。春以降は個人消費が回復し,2月の「ルーブル合意」後のマルク相場の安定に伴って輸出も持ち直す中で,景気は再び拡大基調に戻った。しかし,拡大テンポは極めて緩やかであり,10月以降の株価下落・マルク相場一段高の影響から先行きについても不透明な部分が多い。
86年初来大幅な経常収支黒字を続ける西ドイツは,諸外国から内需拡大策の採用,金利引き下げを求められてきた。こうした中で87年1月と12月には公定歩合が引き下げられて史上最低水準となり,財政面からも88年減税の増額など景気刺激追加策が決定された。
物価は86年には前年比下落を示し,87年も安定した推移となった。しかし,予想外の低成長から,雇用情勢は改善されずに大量の失業者が残り,税収減から財政赤字も拡大した。財政赤字は88年には更に拡大することが見込まれており,雇用の改善も見通しが難しく今後の課題は大きい。
実質GNPは,83年初来拡大傾向にあるが,86年10~12月期前期比0.3%減,87年1~3月期同0.8%減と2期連続減少した(第4-1表)。これは,マルク高から外需が減少したほか,年初の異常寒波の影響により建設投資が急減したことなどによる。春以降はマルク相場安定に伴う外需の持ち直し,堅調な個人消費を背景に再び緩やかな拡大基調に戻り,4~6月期前期比1.O%増, 7~9月期同1.4%増,10~12月期同0.7%増となった。しかし,増加テンポは鈍化しており,87年平均の成長率は1.7%と,87年初の政府見通し2.5%を大きく下回った。
個人消費は86年下期に高水準横ばいとなった後,87年1~3月期には前期比実質0.9%減となったが,4~6月期には同3.1%の急増,7~9月期にも同1.0%増,10~12月期同0.6%増となり,景気支持要因となった。これは主として,86年10~12月期,87年1~3月期とほぼ横ばいにとどまった実質可処分所得が4~6月期には賃上げ交渉の妥結や,それに伴う遡及賃上げ分の支払いなどから前期比1.1%増となり,7~9月期,10~12月期にも各々1.2%,0.5%増となったことによる。また,乗用車の購入は,排ガス対策車購入促進のための自動車税減税額が87年1月より縮小したため1~3月期には減少したが,4~6月期以降は再び増加した。外国旅行などサービス支出も増加している。
連銀月報12月号によると,10月の「暗黒の月曜日」以来の株価下落が個人消費に与える影響について,株式を保有している家計は10%にすぎず,しかもこの大半が長期保有者であり,過去の株価上昇を勘案すれば10月来の下落の影響はそれほど大きくない,とされている。
機械設備投資は,輸出不振の影響による企業の投資意欲の冷え込みなどから86年下期は前期比1.8%減と停滞した。87年に入ると,EMS調整や「ルーブル合意」後のマルク相場安定に伴う輸出見通しの改善,低金利,企業利潤の改善(資本分配率は86年31.2%,87年31.4%と高水準)から機械設備投資も回復し,87年全体では前年比4.2%増の堅調な伸びとなった。しかし,10~12月期は株価下落やマルク相場の一段高による先行き不透明感もあってか,前期比0.8%減となった。
またマルク高下で輸入資本財の価格競争力が強まっており,7~9月期の実質機械設備投資に占める輸入財の割合は26%となった(連銀月報)。
建設投資は80年初来長期的な減少傾向にある。短期的には82年から83年にかけて,86年上期,など持ち直しのみられる場面もあったものの,依然として基調は弱い。これは,建設投資の約半分を占める民間住宅投資が,出生率の低下・人口減少による住宅需要の減少に加え,79年のブーム期以来の過剰ストックの存在といった構造的な要因から減少傾向にあることが主因となっている。
87年も実質建設投資は前年同期比0.4%減と不振を続けている。これは,年初の寒波や夏場の長雨の影響のほか,86年には前年比実質7.1%も増加した政府部門の投資が,87年には財政赤字の再拡大を背景に前年比0.6%減となったこともひびいた。
87年1~3月期は寒波の影響による建設資材在庫の積み上がりなど,意図せざる在庫増もあって,実質在庫投資は大幅に積み増された(1~3月期の実質GNP前期比寄与度1.1%)。その後は,景気の持ち直しもあり,在庫投資は取り崩しに転じた。しかし,10~12月期には原材料を中心に大幅積み増しとなり,87年合計では実質GNP寄与度が0.5%となり,3分の1弱を占めた。
鉱工業生産は,輸出不振,厳冬の影響から86年末から87年初にかけて減少したがその後持ち直し,87年末にはようやく前回ピーク時の86年夏の水準まで戻した。製造業の中では,化学,自動車,電機が回復傾向にある一方で,一般機械,鉄鋼は不振となっている(第4-1図)。
製造業稼働率(IFO経済研究所調査)は,86年9月の85.0%をピークに低下し,87年春以降やや持ち直したものの,9月の水準が84.5%とまだピークまで回復していない。
生産活動が予想以上に緩やかだったこともあり,87年の雇用情勢には目立った改善はみられなかった。
就業者数は84年初来増加傾向にあり,86年に前年比1.0%増となった後,増加ペースは落ちたものの,87年もサービス業を中心に緩やかながら増加を続けた(第4-2図)。失業者数は86年平均で222.8万人と,79年以来初めて前年水準を下回ったが,86年末から87年初の生産活動の落ち込みから再び増加を始めた。季節調整値でみた失業者数は86年10~12月期の217.8万人から87年10~12月期には225.1万人に増加,87年平均では222.9万人と86年とほぽ同水準にとどまった。失業率は高水準横ばいを続け,87年平均では8.9%となった(86年は9.0%)。
また,失業の地域間格差が相変わらず大きく,造船や石炭,鉄鋼業など不況業種の多い北部は,電機,自動車産業などの多い南部の2倍の失業率となっている。
87年12月時点(原数値)で,失業者は全体で前年同月比4%増加したが,これを年齢階層別にみると,20歳未満の若年層は,同11%減少,またベビーブーム期の影響を受けている20~25歳は同3%の減少であった。一方,59歳以上の高齢層は同19%増加した。
87年度の賃上げ交渉動向をみると,3月末で旧協約切れとなった西ドイツ最大の労組,金属労組が3年間の長期にわたる賃金・労働時間協約を締結した(要求は5%賃上げと週35時間制の導入)。その内容は①87年4月~88年3月,3.7%の賃上げ,②88年4月~89年3月,2%の賃上げと週労働時間の短縮(現行38.5時間→37.5時間),③89年4月~90年3月,2.5%の賃上げと週労働時間の短縮(37.5時間→37時間),となっている。金属労組の試算によると,今回の労働時間短縮により90年末までに10万人の雇用機会が創出されるとしている。また,86年末で旧協約切れとなった公務・運輸・交通労組は,87年1月から12か月間3.4%の賃上げで妥結した。こうした情勢下で,全産業時間当たり賃金率の上昇率は86年平均の4.1%から87年1~3月期前年同期比4.O%,4~6月期同3.8%,7~9月期同3.7%とやや鈍化している。
物価動向をみると,86年は原油価格の下落や,マルク相場の上昇などによる輸入物価の下落(86年平均で前年比18.9%下落)から消費者物価も下落した(同0.2%下落)。しかし87年に入ってこれら要因が剥落するにつれ輸入物価は前月比で上昇を始めた(第4-3図)。消費者物価も86年4月から87年3月まで前年同月比下落を続けた後上昇に転じた。しかし,12月の前年同月比上昇率は1.0%となお安定した推移となり,87年平均では前年比0.2%の上昇にとどまった。
西ドイツの場合,消費者物価に占めるエネルギーのウェイト(光熱費+自動車用燃料)が約10%と高く (日本は約8%),特に燃料油と自動車用燃料(ガソリン,ディーゼル油)のウェイトだけで約5%を占めている(日本は約3%)。また,石油輸入量のうち,原油での輸入は約60%で残りは石油製品で輸入しており(日本は原油輸入が約80%),また原油輸入に占めるOPEC諸国への依存度も約30%(85年)に過ぎず,北海原油など輸送コストの低い原油の輸入割合が高い(日本の85年のOPEC依存度は約70%)。このため原油価格の下落はすぐに消費者物価の低下に反映される(第4-3図)。また,輸入品に占める製品(SITCNo.5~8)の割合が約60%と高い(日本は約30%)ことも,マルク相場の動向が消費者物価に反映され易い要因となっている。
商品輸出額は,85年夏以降減少し,86年は前年比2.0%減となった。しかし,マルクの対ドル相場上昇から,ドル建て輸出額でみると86年は2,433憶ドル(IMF統計)となり,アメリカ(同2,173億ドル)を抜いて世界一の輸出国となった(同統計によると日本は2,108億ドルで3位)。
87年初まで輸出減少は続いたが,1月のEMS調整や2月の「ルーブル合意」後のマルク相場安定に伴い,春以降は持ち直し(第4-4図),4~6月期前期比2.7%増,7~9月期同1.0%増となった。地域別ではEC諸国向けが,同地域での景気持ち直しもあって増加(4~6月期前期比4.O%増,7~9月期同2.3%増)したほか,OPEC諸国向け,アメリカ向けの減少にも歯止めがかかった。一方,商品輸入額は原油価格の下落や,マルク相場の上昇に伴って85年春から87年初まで減少を続けていたが,原油価格の回復や,マルク相場安定から増加を飴めた(4~6月期前期比3.5%,7~9月期同1.0%増)。
経常収支は86年に史上最高の824億マルクの黒字を記録した。これは,貿易収支がマルク高によるJカーブ効果もあって,史上最高の1,126億マルクの黒字を計上したことが主因となった。
86年末に一時縮小した貿易収支黒字は,87年に入ってからは高水準横ばいにとどまり,年累計では1,178億マルクとなって史上最高を更新した。移転収支は282億マルクの赤字とほぼ前年並み(271億マルクの赤字)の赤字にとどまったものの,貿易外収支は,マルク高を背景とした旅行収支赤字の拡大などから85億マルクの赤字と前年(12億マルクの赤字)より赤字幅が拡大した。この結果87年の経常収支は795億マルクの黒字と前年をやや下回った。
財政面では,1990年に税制改革が計画されているが(本文第1-5-1表参照),87年2月の「ルーブル合意」に基づく内需拡大のため,一部が88年に繰り上げられ,既に決定されている所得税減税と合わせて実施されることが決定された(4月。第4-5図)。さらに12月には地方公共団体や中小企業向け低利融資特別枠の設定等を内容とする景気刺激追加措置が決定された。
88年度(1~12月)連邦政府予算(第4-2表)は,歳出を前年度暫定実績比2.2%増と名目GNPの伸び(3~31/2%増と予想)以下に抑えて緊縮財政方針を維持している。一方,上記減税のうち連邦分を盛り込んでいることから,純借入額は295億マルクと87年度暫定実績の275億マルク(予算段階では223億マルクであったが税収減から拡大した)から更に拡大するとしている。中期財政計画においては,88年から91年までの平均実質経済成長率2.5%を前提に,歳出の伸びを年平均2.5%と前年の中期財政計画時の2.9%から更に抑制している。歳入面では90年に上記減税のうちの連邦分が盛り込まれている。
87年の一般政府(GNPベース)の財政動向をみると,歳出は4.0%増(前年比。以下同様)と同期の名目GNPとほぼ同じ伸びとなった。これは,国内石炭業保護のためのコークス・石炭補助金の増加など移転支出が大幅増(4.9%増)となったためであり,86年に9.2%も増加した粗投資は,悪天候の影響もあり1.6%増にとどまった。一方歳入は,法人税収入や連銀納付金の減少から2.9%増にとどまった。この結果財政赤字は342億マルクと前年の235億マルクから拡大した。一般政府の財政赤字は81年をピークに徐々に縮小していたが,86年以降は再び拡大の兆しをみせている。GNP比でみると81年の3.7%から85年には1.1%まで低下したが,86年は1.2%,87年には1.7%へ上昇した。
マネーサプライは86年初来大幅増加を続け,連銀がマネーサプライ管理手段としている中央銀行通貨量(第4-6図注1参照)は,86年には7.8%増(10~12月期の前年同期比)と目標圏3.5~5.5%増を大きく上回った(第4-5図)。87年に入って流動性吸収策として,1月に最低準備率の一律10%引き下げと手形再割引枠の80億マルク縮小措置が採られた(実施は2月初)。同時に為替,景気面への配慮,外国からの利下げ要求もあって公定歩合が3.5%から3%へ,ロンバート・レート(債券担保貸付金利)が5.5%から5%へ引き下げられた(1月23日実施)。さらに5月には債券の売り戻し条件付き買いオペ金利が3.8%から3.5%へと引き下げられた。
その後も,中央銀行通貨量は増勢を強め,87年の目標圏3~6%増を上回る伸びを続ける中で(10月7.7%増),連銀は通貨供給量の伸びを目標圏内に収めるよう努力すると表明し,債券の売り戻し条件付き買いオペ金利は8月初に3.6%へ,9月下旬には3.65%へ,10月半ばには3.85%へと再び上昇した。
しかし,10月19日に起こった株価暴落とその後のドル一段安に際し,西ドイツの金利高め誘導策が非難を浴びた。さらにマルク相場の上昇がEMSの緊張を高めたことから,連銀は10月下旬以降債券の売り戻し条件付き買いオペ金利を徐々に引き下げるとともに,11月6日にはロンバート・レートを5%から4.5%に引き下げ,12月4日には公定歩合を3%から2.5%に下げて史上最低水準とした(これまでの最低は1959年1月~9月の2.75%)。
五大経済研究所(第4-3表注1参照)は,11月初,恒例の秋季合同報告を発表した。10月の株価暴落,その後のドル一段安の影響については今回の見通しには盛り込まれていないが,記者会見の席上では「今回の一連の混乱が世界的な大恐慌を引き起こす懸念はなく,西ドイツ経済は今後とも着実な拡大を続けるであろう」とコメントしている。報告の概要は以下のとおり。
西ドイツ経済は,マルク相場の安定を背景に4~6月期に成長軌道に復帰,その後も輸出の回復,個人消費の堅調から着実な拡大過程を辿っており,87年の実質GNPは1.75%増となる見込み。88年も,輸出が世界貿易並みの増加を示し,個人消費も88年1月の減税の効果により引き続き堅調に推移することから実質GNPは2%増が見込まれる。消費者物価は,原油安,マルク高による物価引き下げ効果の持続から87年中緩やかな上昇にとどまった後,88年はこうした効果の薄れから上昇テンポが加速する。失業者数は,景気拡大テンポが緩やがなものにとどまることから,88年はわずかながら増加に転じる。経常収支は,87年は実質では黒字がかなり縮小しているものの,交易条件の改善から名目では小幅縮小にとどまる。88年は,輸入物価の上昇に伴う交易条件の悪化から名目の黒字幅も更に縮小する。
財政面では何度も提言しているように,90年実施予定の税制改革を繰り上げるよう求めるとともに,金融面では,88年の中央銀行通貨量の増加目標を5%程度にすべきであるとしている。
政府の諮問機関である経済専門家委員会(通称:五賢人委員会)は,11月下旬,年次報告を発表した。それによると概要は以下のとおり。
10月の株価暴落は,個人消費と企業投資を鈍化させるであろうが,世界的なリセッションには到らない。過去5年間,株価は企業収益を上回る上昇を続けてきたので,早晩価格が調整されることは避けられなかった。
87年4~6月期以降,個人消費の堅調,輸出の持ち直しから景気は着実な拡大過程にあるが,1~3月期の落ち込みがひびき年平均では1.5%成長にとどまる。88年は,年初の減税から個人消費が増加して引き続き景気拡大の支柱となるほか,輸出がマルク高にもかかわらず緩やかに増加する。政府消費や建設投資は伸び悩むとみられるが,年平均で1.5%強の成長となる。
財政政策への提言としては,①1990年に予定されている税制改革は前倒しの必要はないが,その際,所得税の最高税率及び法人税率(各々現行56%)を50%以下に引き下げる,②営業税,会社設立・増資税を撤廃する,代わりに2~3の消費税を引き上げることによって直間比率を変更し,より経済成長に資するようにする。更に,③補助金削減を中心に政府支出を削減し,政府比率を縮小すべきである。
金融政策への提言としては,今後マネーサプライの伸びを徐々に減速させる必要があり,88年の中央銀行通貨量増加率は4.5%以下を目標とすべきである。
構造政策に関しては,①商店の営業時間に関する法的規制の緩和,②賃金協約の弾力化(労働の質に応じた賃金の差別化等),③現在連邦郵便が独占している通信部門の独占緩和,などにより,経済の活性化を促進させることが望ましいとしている。
87年のフランス経済は,86年12月より発生した公共部門を含む大規模なストライキや寒波の襲来等により,年初に停滞したが,春以降内需を中心に持ち直した。しかし,外需は引き続き弱く,GDP成長率は86年とほぼ同様の2%程度と緩やかなものとなった(第5-1図)。
消費者物価は年初サービス価格の統制撤廃等により大幅に上昇したが,その後は概ね落ち着いた動きとなっている。雇用情勢は,政府の雇用対策にもかかわらず,あまり改善は見られず,依然として厳しい状況にある。86年に交易条件の改善等を背景に小幅化した貿易赤字は,87年に入り石油価格の上昇等から赤字幅を拡大させており,経常収支も87年に入り赤字化している。
財政面では,引き続き,イフレ抑制,財政均衡を主目標として緊縮方針が貫かれており,歳出の伸びは消費者物価の伸びを下回っている。金融面では,金利は引き下げ基調となった他,各種金融自由化措置がとられている。
政府は88年成長率を2.2%と予測(87年9月)していたが,その後の株価暴落により,若干の低下を余儀無くされるとみられている。
86年末から87年初にかけての寒波,スト等の影響により,87年1~3月期のGDP(マルシャン・ベース)成長率は前期比0.2%減となったが,その後,その反動増や企業設備投資の回復等により,4~6月期前期比1.0%増,7~9月期同1.2%増とやや回復がみられた。内外需別にみると,内需は年初より緩やかな増加を示したのに対しては,外需は伸び悩みを続けている。
交易条件の改善等による可処分所得の増加を背景に景気引き上げ要因となっていた個人消費は,86年秋以降伸び悩みを示し,87年に入ってからも一進一退の推移となったが,後半に入り耐久財等に支えられやや回復した(第5-1表)。
小売売上数量(前年同期比)でみると,安定した伸びを示した86年とは対象的に,87年に入り衣料品等の不振を主因として減少し,その後4~6月期には前期比2.4%増となったが,前年同期比では0.4%減,7~9月期にも前期比0.8%減(前年同期比0.7%減)と低調に推移している。一方,乗用車登録台数は年初より好調な動きを示しており,7~9月期前年同期比10.9%増,10月前年同月比24.5%増,11月同18.2%増となっている。なお,9月には自動車にかかる付加価値税率の引き下げ(33.3%から28%へ)が実施されたことも乗用車の好調を支えたとみられる。このように,個人消費の回復は一様ではなく,力強さに欠けるが,これは,実質可処分所得が,87年は,引き続き減税は実施されているものの,交易条件の悪化や,社会保障負担金の引き上げ等の影響から低い伸びとなっているためとみられる(86年の実質可処分所得は3.6%増)。
なお,87年10月の株価暴落による消費への影響については,フランスでは個人持ち株比率の割合が小さいこともあって,現在のところ消費態度にはあまり変化がみられないとされている。
総固定資本形成は,87年初のストや寒波の影響により減少した後,民間企業設備投資を中心に回復がみられ,4~6月期前期比2.3%増,7~9月期同1.6%増となった(第5-2表)。
企業設備投資も,企業収益の回復を背景に,4~6月期前期比3.9%,7~9月期同1.9%増と回復を示した。INSEEのアンケート調査(87年11月実施)によれば,87年の企業設備投資は,10月の株価暴落にもかかわらず,自動車部門等の好調に支えられ,中小企業を中心として,全体で実質3~4%増加するとされている。これは前回調査(6月実施)とほぼ同じ結果であり,企業家は,株価の暴落にもかかわらず,投資態度を変更していないものといえる。87年8月からの法人税率の引き下げ(45%から42%)も投資促進に作用しているとみられる。このほか,12月には減価償却制度の改善による投資促進策が閣議に提示されている。住宅投資は,7~9月期には前期比1.1%増とやや回復したが,実質賃金の伸びが低いこと等もあり依然として低迷が続いている。
在庫投資は87年1~3月期は寒波による生産の伸び悩み等もあり小幅な増加にとどまったが,4~6月期にはその反動もあって大幅に増加し,GDPの引き上げ要因となった。その後7~9月期には需要の回復もあり,乗用車等を中心に減少がみられ,GDPの引き下げ要因となった。
鉱工業生産は,86年末から87年初にかけての公共部門をも巻き込んだスト等により,年初大幅な落ち込みとなったが,その後は概ね緩やかな拡大を示している(87年1~10月前年同期比1.4%増)。財別生産動向をみると,年初落ち込みの大きかった中間財が大幅回復し,乗用車を中心とした耐久消費財が引き続き大きく伸びている(第5-2図)。製造業稼働率は年初より上昇が続いている(87年1月83.O%→7月83.5%)。しかし,内需の回復に伴い,中間財,消費財等の輸入増加が目立ってきており,フランス経済の供給面の弱さもみられる。INSEEの設備投資アンケート調査(87年12月実施)は,輸出受注の若干の減少はあるものの,88年春頃までは消費財を中心に緩やかな増加が続くとしている。
雇用情勢は,87年に入ってからも悪化傾向にあったが,秋以降は,求職者数,失業率ともやや減少している(第5-3表)。
失業率の低下は,特に25歳未満の男子で著しい。これは,景気の持ち直しのなか,労働関係法案の改正による労働時間の弾力化措置(5月実施)や政府の若年者雇用対策による効果があらわれたこと,長期失業者の見習い雇用を開始したこと,ANPE(職業安定所)による聞き込みの強化を行ったこと等各種の措置がとらたことが大きい。しかし,一部には中高年労働者の若年労働者への置き換え等も行われており,必ずしも政府の意図している企業の競争力回復に伴う実際の雇用機会の増加にはつながっていない。
労働争議による労働損失日数は,年初の大規模なストにもかかわらず,87年にも引き続き減少するとみられるが,政府の急速な自由化政策が労働者に与える影響は今後とも懸念される。INSEEの見通し(87年12月)は,87年10月の株価暴落の影響による世界経済の鈍化もあって,フランスの雇用情勢は更に悪化するとしている。
86年中,石油価格の下落等を主因に低下を示した消費者物価は,87年に入り1月には,石油価格の上昇とサービス価格の統制撤廃により前月比0.9%の大幅な上昇となった(前年同月比3.0%上昇)。しかし,その後は,4~6月期,7~9月期とも前年同期比上昇3.4%,11月の前年同月比上昇率3.2%と落ち着いた動きとなっており,87年平均は3.1%と,前年に続き政府見通し(3.4%)を達成した(第5-4表)。これは86年に大幅低下した工業品が上昇を示し,また,統制撤廃によるサービス価格の大幅な上昇があったものの,その反面,①食料品部門がドル安の影響もあり比較的落ち着いていたこと,②公共料金の引き下げが行われたこと,③9月に付加価値税率の引き下げが実施されたこと等によるものである。
賃金上昇率は,引き続く政府の賃金抑制政策や厳しい雇用情勢を背景に,低い伸びとなっており,87年に入ってからの時間当たり賃金上昇率は,消費者物価上昇率とほぼ同じ伸びとなっている。また,単位労働コストは,社会保障費(雇用者負担分)の政府による一部肩替わり等が実施されたこともあり,87年も低い伸びとなっている。生産性(時間当たり)をみると,85年,86年とほぼ横這いで推移したが,87年はやや低下している。
87年の貿易動向は,輸出は前半低迷した後,後半に回復がみられ,一方,輸入は年初より増加傾向となった。その結果,貿易収支は年初より赤字が続き,前年を上回る大幅な赤字となっている(第5-3図)。
輸出は,87年初に大幅に落ち込んだ後持ち直し,87年7~9月期にはGDPベースで前期比3.9%増,通関ベースで同6.1%増と大幅な伸びを示した。これは主として,中間財,輸送機器が好調だったことによる。特に,乗用車については,強力な輸出販売促進努力を行なったことを反映している。数量ベースでみると,年初来増加が続いている。地域別の動向をみると,87年後半に入りOPEC向けの減少がみられるが,EC向けは,イギリス等を中心に増加が続いている。
輸入は,87年初より増加傾向が続いており,GDPベースで87年1~3月期前期比3.6%増,4~6月期同1.4%増,7~9月期同3.2%増,通関ベースでそれぞれ,3.8%増,4.2%増,2.9%増となっている。これは,年初の石油価格上昇に加え,内需の回復に伴い中間財を中心とする企業の輸入が増加したことによる。数量ベースでみると,87年初より緩やかに増加しているが,4~6月期以降は伸び率が価額ベースの伸びを下回っている。地域別にみると,西ドイツ,イタリアを中心にEC域内からの輸入が約6割となっているが,ドル安等の影響もあり,アメリカからの輸入も増加がみられる。
貿易収支(季調値)の動きをみると,87年4~6月期に赤字幅が急拡大した後,赤字幅はやや縮小したが,87年の累積赤字は321億フランと前年の31億フランを大幅に上回っている。財別の動きでみると,エネルギー製品収支は年初より赤字幅を急拡大させており,工業品のうち中間財は87年4~6月期に赤字幅を拡大した後縮小,資本財,輸送機械は4~6月期に黒字幅が大きく落ち込んだ後,7~9月期には回復しており,年後半の赤字幅の縮小は工業品部門の収支の回復によるものであることがわかる(第5-5表)。
経常収支は86年には,原油安等による貿易収支の改善から黒字となったが,87年に入り赤字化している(第5-6表)。これは,原油価格の値上りから貿易収支が大幅な赤字となっていることに加え,貿易外収支が,対外債務の減少による利払費の減少はあるものの,ビザ制度導入により観光収支が縮小したこと等もあり黒字幅が縮小しているためである。長期資本収支は企業の海外直接投資の活発な動きを背景に86年は大幅な赤字となった。87年に入ってからも,海外直接投資は増加しているが,対内証券投資増等もあり黒字となっている。
87年度は,企業収益の回復により,税収の伸びが好調で,当初予算比186億フランの増収となったが,一方で,政府の追加的支出等があり,財政赤字(総合収支尻)は当初予算とほぼ同額の1,292億フラン(GDP比2.5%)となる模様である。
88年度も引き続き緊縮方針が貫かれ,財政赤字(総合収支尻)は1,149億フランと,87年度当初予算(1,293億フラン)を下回り,対GDP比2.1%と更に引き下げられている(第5-7表)。この枠内で,政府は支出優先項目をもうけたり,引き続き減税を実施するとしている。固有企業の民営化による株式売却収入は約500億フラン(87年実績約515億フラン)を見込んでおり,これは国債の償還,他の国有企業(主に不況業種)の増資に当てるものとしている。なお,10月の株価暴落により,民営化計画は一時的に延期されたが,88年に入り再び開始された。
歳出面では,全体の伸びを前年比3.O%増と抑制する中で,優先施策として雇用対策,研究開発,海外開発援助の3項目がとりあげられており,それぞれ11.5%増,10.5%増,10.5%増の大幅な伸びとなっている。一方,歳出抑制策として公務員数の削減,住宅貸付の財政負担減少等がもりこまれている。
歳入面では,①中間所得者層の負担軽減を主眼として所得税率および適用所得区分の改正による所得税の減税(103億フラン),②企業の競争力改善のために法人関係税の軽減(146億フラン),③付加価値税率のEC加盟国との平準,のための税率の引き下げ,④扶養控除の対象となる子女の範囲の拡大,⑤退職手当て控除の限度額の引き上げ等により総額318億フランの減税を実施することとしている。
マネーサプライの管理目標は86年にM3に変更されたが,87年には更にM2およびM3に変更された(目標圏はそれぞれ4~6%,3~5%)。M2は87年初より落ち着いた推移を示しているが,M3は増加傾向にあり,目標圏を大幅に逸脱している(87年10月前年同月比8.7%増)。これは,①金融革新の進展に伴い新金融商品が登場したこと,②長期金利の上昇により債権市場からCD等へ資金がシフトしたこと,③株価暴落に対処するための金融政策により流動性が高まったこと等が原因としてあげられる。88年については,M2については目標値を87年同様4~6%としているが,M3については,その指標性が不安定化しているため,目標値の設定をとりやめるとしている。
金利は,フランの対マルク相場の下落に伴い,87年1月に市場介入金利が8.0%と1.0%引き上げられたが,その後は10月まで低下ぎみの推移となった。しかし,株価暴落以降,10月下旬にEMS内の緊張が高まるなか,11月初には市場介入金利が8.25%へ引き上げられた。その後,年末に至るまで,二度にわたり欧州主要国による協調利下げが行われ,さらに,88年に入って,フラン相場の安定を背景に0.25%引き下げられて7.50%となった。長期金利は春以降高まりがみられたが,株価暴落以降はやや低下している。
政府は,87年も引き続き金融自由化措置を実施している。その主なものは,①企業の為替リスクカバー,投資および対外借入の簡素化を目的として国際資本取引に対する諸規制の廃止(5月),②貯蓄推進と株式市場の拡充を目的として従業員の持ち株制度の導入の実施(5月),③株式市場の自由化の一環として,パリ市場において株式オプション取引の開始(9月),④パリ市場の法的枠組の近代化と投資家保護を主目的とした証券取引法改正案の成立(12月)等である。
フランス政府の経済見通し(87年9月発表)によれば,88年のGDP成長率は87年より高まり2.2%となるとしている。これは,ECの見通し1.9%よりやや高めとなっている。しかし,これらは87年10月の株価暴落前のものであるため,今後下方修正される可能性がある。OECDの見通し(87年12月)によれば,フランスのGDP成長率は,株価暴落の影響もあって88年には1.5%となるとされている(第5-8表)。主要需要項目のうち,個人消費は88年も87年とほぼ同様の伸びになり(政府見通し1.5%,OECD見通し1.6%),企業設備投資は87年に比べ伸びを高め,政府,OECD見通しとも3.7%の増加となると予測されている。消費者物価上昇率は,引き続く政府の賃金政策等も加わり低い伸びにとどまるとされている(政府見通し2.5%)。また,貿易面では,輸出の低い伸びと,輸入の引き続く増加傾向により改善はみられず,貿易収支赤字は87年とほぼ同規模になるだろうとされている。失業率は,88年も目立った改善はしないといずれもみている。
イタリアでは,83年半ばに景気回復に転じ,その後,内需を中心とした緩やかな成長を続けている。84,85年は設備投資の好調により景気が支えられてきたが,86年からは,個人消費が成長の牽引力となっている。特に,87年は,実質賃金の増加等から個人消費が高い伸びを示したこともあり,前年以上に個人消費中心の成長となっている。
こうした中で,消費者物価上昇率は,87年前年比4.6%とかなり低い伸びとなった。しかし,経常収支は,86年には大幅な改善をみせたものの,87年に入ると再び悪化傾向をみせている。財政面では,緊縮政策が引き続きとられているものの,財政赤字の改善は進んでおらず,対GDP比財政赤字は依然2桁の高い水準(86年11.3%)となっている。また,失業者数も,景気拡大にもかかわらず,むしろ増加している。
86年の実質GDPは,前年比2.7%増と85年と同率の引き続き緩やかな成長となった。これを内外需別にみると,内需はGDP増加寄与度3.3%(85年3.1%),外需は同マイナス0.5%(同マイナス0.4%)となっており,前年同様,内需を中心とした成長となっており,この傾向は,87年に入っても変わっていない(第6-1表)。
また,四半期別の実質GDPの動きをみると,86年10~12月期前期比0.2%増の後,87年1~3月期同0.1%増,4~6月期同1.4%増(87年上半期では前年同期比2.5%増)となっており,87年全体の成長率については,政府実績見通しの3.O%程度の緩やかな成長は実現可能と見るむきが多い。
実質個人消費は,実質賃金の増加等により幾分過熱気味となっており,86年前年比3.2%増の後,87年1~3月期前期比1.5%増,4~6月期同1.O%増と高い伸びを示している。自動車販売台数をみても87年は月平均16.5万台(前年比8.3%増)となり,9月に付加価値税率の引き上げ(2,OOOcc以下の自動車,18%→22%)があったにもかかわらず,史上最高を記録している。
投資をみると,機械設備投資は,86年に前年比3.1%増と鈍化したが,87年に入ると,1~3月期前期比0.8%増,4~6月期同2.7%増と回復しつつある。
一方,建設投資は,不振を続けていたが,86年前年比0.7%減の後,87年1~3月期前期比0.1%増,4~6月期同1.5%増とやや回復してきている。そのため,総固定資本形成では,86年の前年比1.2%増という低い伸びから,87年は回復を示し,1~3月期前期比0.4%増,4~6月期同2.1%増となった。
鉱工業生産(季調値)は,84年以降増加を続けており,86年前年比2.8%増となった後,87年に入ってからも,1~9月前年同期比2.0%増と増加している。また,87年各四半期の前期比は増減を繰り返しているが,ならしてみると,増加基調にはあるものの,増加テンポは緩やかなものとなっている。財別動向(当庁季調値)をみると,87年には前年好調だった資本財生産に伸び悩みがみられる一方で,消費財生産が好調に伸びている。また,稼働率(原数値)は,生産の増加基調をうけて上昇傾向にあり,87年1~9月平均77.0%(前年同期75.3%)となっている(第6-1図)。
雇用情勢をみると,景気の緩やかな拡大を背景に就業者数は増加を続けており,86年は2,086万人(前年比0.6%増)となった。しかし,失業者数も増加を続けており,86年は失業者数261万人(同9.7%増),失業率11.1%(同0.8%ポイント増)に達した。このように,就業者数が増加しているにもかかわらず,失業者数が増えているのは,労働市場への60年代のベビーブーム世代と女子の新規参入による労働力人口の高い伸び(86年2,347万人,前年比1.5%増)によるものとみられる。87年に入っても,この傾向は続いており,87年7月現在,労働力人口2,392万人(前年同月比1.6%増)に対して,就業者数2,105万人(同0.2%増),失業者数287万人(同13.5%増),失業率12.0%(同1.3%ポイント増)となっている。なお,失業率の内訳をみると,男子8.2%(前年同月7.1%)に対し女子18.7%(同17.4%),南部19.8%(同16.6%)に対し中部9.8%(同9.1%),北部7.5%(同7.4%)と,男女格差,地域格差は更に拡大した。また,大企業雇用指数は,合理化による人員削減の進行により低下を続けており,87年7~9月期は72.4と,80年の水準に比べ約3割の減少となっている(第6-2表)。
消費者物価上昇率(生計費)は,80年の前年比21.3%をピークに低下を続けている。86年は特に原油価格の下落もあり,期を追うごとに上昇率は低下し,年平均6.1%と低い上昇率となった。87年に入って,上期には1~3月期前年同期比4.3%,4~6月期同4.2%と低下傾向にあったが,下期には,原油価格が回復したことや一部付加価値税率が引き上げられたこともあり,7~9月期同4.7%,10~12月期同5.2%とやや上昇気昧となっている。それでも87年平均では4.6%と86年を更に下回る低い上昇率にとどまった。
一方,賃金上昇率は,85年末に行われたスカラ・モービレ(賃金の物価スライド制)の改訂により,物価と賃金のスパイラルがほぼ断ち切られたことから,86年に入ると消費者物価上昇率を下回り,86年の賃金上昇率は前年比4.8%と消費者物価上昇率を1.3%ポイント下回った。しかし,86年末から87年初に行われた労働協約の改訂により基本給等が引き上げられたことから,賃金上昇率は87年には再び消費者物価上昇率を上回る伸びに転じた(87年7~9月期前年同期比6.6%)(第6-2図)。
なお,労働協約の改訂は,3年に一度,各業種ごとに行われ,今回の協約期間は86年から88年末までとなっている(前協約は85年末にきれており,改訂交渉に1年を費やした)。87年1月7日に締結された国家公務員に関する新労働協約では,①基本給を88年末までに平均114,400リラ引き上げる。その内30%は86年1月に遡って,35%は87年1月から,残り35%は88年1月から実施する,②超過勤務単価を87年末日より60%増額する,③現業職員の勤務時間を従来の週38時間から36時間へ短縮する,等となっている。他業種も同様に改訂がなされたが,今回の改訂については引き上げ幅が高すぎ,インフレ要因となるとの批判も強い。
86年に大幅な改善をみせた国際収支は,87年に入ると再び悪化した。
貿易収支の推移をみると,85年18.7兆リラの赤字から86年は5.0兆リラの赤字へ縮小し,大幅な改善をみせた。しかし,87年に入ると,貿易収支(当庁季調値)は,各四半期とも赤字となっており,87年1~11月累計では10.5兆リラの赤字と86年同期(4.6兆リラの赤字)を大幅に上回った(第6-3図)。この悪化は,①ドル安,リラの堅調による競争力の低下に伴う輸出の伸び悩み,②石油等の国際商品市況の回復に伴う輸入額の増加,③内需過熱に伴う輸入量の増加,等によるものである。
経常収支の推移をみると,86年は貿易収支赤字が大きく縮小したため,貿易外収支黒字の減少にもかかわらず,大幅な改善をみせた。しかし,87年に入ると,貿易収支の赤字拡大から,悪化傾向をみせている(第6-3表)。
87年上期には,消費者物価上昇率が鈍化傾向にあったことやリラ相場が堅調だったこと等から,3月14日に公定歩合を年12.O%から11.5%に引き下げるなど,緩和気味の金融政策がとられた。しかし,年央になると①原油価格の回復等による消費者物価上昇率の高まり,②原油価格回復や内需過熱による貿易収支の赤字幅拡大,③87年5月実施の対外証券投資規制の撤廃に伴う資本の流出,などの不安が生じた。そのため,8月27日,①公定歩合を0.5%引き上げて年12.0%とする(実施8月28日),②自動車,家電製品等の耐久消費財に対する付加価値税率を暫定的に引き上げる,③石油消費税の引き上げ及びそれに伴うガソリン等の値上げ,等の金融・財政措置を決定した。続いて,9月13日には,①銀行に対する貸出規制の導入,②貿易取引に係る為替管理の強化,等のリラ防衛策を発表するなど,下期は内需の抑制,資本流出の抑制のために引き締め気味な経済運営となった。
88年度(1~12月)予算案は,銀行預金利子源泉課税率引き上げ,印紙税引き上げ,事業用資産再評価,病院合理化等により,財政赤字の縮小(対GDP比財政赤字87年11.4%→88年9.9%)を目指す緊縮予算となっている。
87年9月,88年度予算案提出時に発表された政府の88年経済見通しによると,実質経済成長は87年(実績見込み)3.0%から88年2.8%とやや低下するものの,引き続き緩やかな成長を続けるとみている。内訳をみると,①個人消費の伸びは,87年の4.2%増から88年は3.1%増へ鈍化する,②総固定資本形成は,建設投資の回復により87年3.6%増から88年3.9%増へやや伸びが高まる,③輸出は,87年0.5%増から88年4.2%増へ回復する,等となっている。GDP増加寄与度は,内需87年プラス4.6%から88年同3.6%,外需87年マイナス1.6%から88年同0.8%となっており,内外需のバランスの改善が見込まれている。また,消費者物価上昇率は年平均4.5%,賃金上昇率は政府部門5%,民間部門5.5%とみている。一方,87年末に発表されたOECDの見通しでは,87年10月の株価暴落による消費への影響を加味したため,実質経済成長率は87年2.75%から88年2.0%と政府見通しより予想成長率は低いものとなっているが,内訳は政府見通し同様に,内需を中心とした緩やかな成長が続くものと見込んでいる。
オーストラリア経済は,豪ドル下落の下での金融引き締めによる高金利等を発端として,85年後半以降,設備投資や住宅投資の不振等により景気は停滞したが(実質GDP,85年10~12月期前期比0.7%減,86年1~3月期同0.4%増,4~6月期同0.9%減),86年後半からの一次産品相場の上昇による輸出増や87年に入っての個人消費の回復などから若干の明るさをみせ,86/87年度(86年7月~87年6月)の実質GDPは,前年度比2.0%増(7~9月期前期比0.3%増,10~12月期同2.1%増,1~3月期同1.O%増,4~6月期同1.5%増)と回復に転じた。雇用情勢をみると失業率はやや改善傾向にあるものの依然高水準にある。また,消費者物価も高水準の上昇が続いている。一方,賃金は86年にはかなり上昇したが,87年には新賃金方式の導入によりやや上昇率が低下している。
金融面では金利は依然高水準にあるものの,緩和傾向となっている。財政面では87/88年度予算は引き続き緊縮的で,17年ぶりの均衡予算となっている。
(2) 需要動向
実質個人消費は85/86年度の前年度比2.7%増から86/87年度には同0.3%増と伸びが鈍化した。家賃等の支出が増加している一方,自動車等の購入が減少している。特に自動車販売については86年から排気ガス規制による価格上昇やフリンジベネフィット税(従業員によるカンパニー・カーの私的使用など従業員に供与している経済的利益について雇用者に課税)導入(86年7月)等から,86年以降大幅に減少している。ただし,7~9月期は前期比1.9%増と高い伸びとなりやや回復傾向にある。実質可処分所得は85/86年度前年度比2.4%増の後,86/87年度は同1.2%減とマイナスに転じ,家計貯蓄率は85/86年度の11.0%から86/87年度は9.7%に低下した。
実質民間設備投資は,高金利の影響に加えて,豪ドル下落による機械設備輸入価格の上昇等から85年後半より減少し,86/87年度には前年度比1.8%増(85/86年度同0.6%増)と低い伸びにとどまっている。そのうち非住宅建築投資は13.8%増となったが,プラント設備投資は2.3%減となった。
また,実質民間住宅投資も高金利のため85年後半より減少し,86/87年度には前年度比9.8%減(85/86年度は同0.6%減)と大きく落ち込み低迷した。民間住宅建築許可件数は86/87年度前年度比13.6%減となった後,87年7~9月期には前期比7.8%増とやや上向いている(第7-1-1図)。
工業生産指数をみると85/86年度に前年度比3.7%増と前年度の伸び(同4.9%増)を下回ったものの,86/87年度には同11.6%増と大きな伸びとなった。
雇用情勢をみると,雇用者数は86/87年度は前年度比2.3%増(85/86年度は同3.9%増)にとどまり,失業率も85/86年度平均7.9%の後,86/87年度には同8.3%と上昇した。ただし,失業率はこのところやや改善傾向にある(87年7~9月期同8.O%,10月8.2%)(第7-1-2表)。
賃金(男子平均週給)上昇率は,賃金インデクセーション方式を採っていたため物価の上昇を反映して,85/86年度前年度比6.4%上昇,86/87年度同6.9%上昇となった。しかし,87年からはこれまでの物価スライドによる一律の賃上げに代わり,全労働者に一律実施する一層目(87年は週給10豪ドル(2.3%))の賃上げと,労使交渉により企業別決定する二層目(同上限4%)の賃上げの二層構造とする新賃金制度の導入により,賃上げの小幅化をはかっており,賃金上昇率は87年1~3月期前期比0.2%減,4~6月期同1.4%増となっている。
消費者物価上昇率は豪ドル下落による輸入物価の上昇を主因として85/86年度前年度比8.4%となった後,86/87年度には更に上昇を続け同9.3%となった。
(86年10~12月期には前年同期比9.8%を記録)。87年7~9月期には同8.3%に低下したものの依然として高い上昇となっている(第7-1-2図)。
85/86年度は豪ドル安に伴う輸入価格上昇により輸入(FOB,季調値,356.6億豪ドル,前年度比18.4%増)が輸出(同,322.1億豪ドル,同10.2%増)を上回って伸び,貿易収支赤字幅が前年度の8.9億豪ドルから34.5億豪億ドルへと大幅拡大した。貿易外収支(原数値)も赤字幅が119.5億豪ドルとなり,経常収支赤字は145.4億豪ドルと史上最高を記録した。
86/87年度は輸出が金,羊毛,肉類のほか工業製品の増加もあり355.9億豪ドル(前年度比18.4%増)となった反面,輸入が機械類や輸送機器の伸び悩みにより373.2億豪ドル(同4.6%増)と鈍化傾向がみられ,貿易収支は17.3憶豪ドルの赤字と前年度から半減し,大きく改善した。86/87年度の経常収支(原数値)をみると,貿易外収支赤字が増加する対外債務(87年6月末1100億豪ドル)の利払いを主因に前年度を上回ったが,貿易収支の改善により赤字幅は132.3億豪ドルと縮小した。その後,87年度7~9月期は35.9億豪ドル(前年同期41.9イ意豪ドル)となっている。
金融面をみると,金利はなお高いものの若干緩和傾向となってきており,公定歩合(最高値85年11月19.2%)は87年3月(17.6%)以降頻繁に引き下げられ,9月13.3%の後,株価下落以降更に低下して12月12.5%となっている。一方,マネーサプライ (M3)は86年12月以降上昇率を高め(前年同月比9.4%増),87年11月同17.O%増となっている。
つぎに財政面をみると,86/87年度の連邦財政赤字は,歳出が前年度比7.1%伸びたものの歳入も同12.5%と大幅に伸びたため27.2億豪ドル(対GDP比1.0%)となり,前年度の57.3億豪ドル(同2.4%)の半分以下となった。87/88年度予算(9月発表)も経済再建と通貨防衛を主眼に財政赤字の削減を最優先とする緊縮的なものとなっている。歳出は国防費,地方政府交付金等の伸び抑制により781.5億豪ドル(前年度実績比4.3%増)に抑制され,歳入は法人税率引き下げ,海外資産売却等から781.2億豪ドル(同8.2%増)とされ,17年ぶりの均衡予算となっている。
その他,政府は一次産品依存体質の脱却と工業化の推進を目指して,製造業部門への投資や不動産取得・開発に関する認可基準の緩和など外国投資の促進をはかった(86年7月,87年7月)。また,ホーク労働党政権は総選挙で3選を果たした後,輸出促進等の経済政策などを一層強力に推進するため,大幅な行政機構改革を行った(87年7月)。
87/88年度予算策定時の政府見通しは,実質GDP成長率が86/87年度の2.0%増から,87/88年度2.75%増に高まるとみている(うち,農業部門は2.8%増から1.O%減へ,非農業部門は1.9%増から3.O%増へ)。その他予算案の前提となった経済見通しは,①失業率8.25%,②賃金上昇率6.5%,③消費者物価上昇率7%,④経常収支赤字115億豪ドルなどである。しかし,シドニー株式市場でも10月20日に株価が過去最大の下げ率を記録し,その後も下落傾向にあり(豪証券取引所総合指数,9月末2247.6→10月20日1550.4→12月31日1320.0),87年に入り回復し始めた個人消費への影響などから経済成長鈍化が懸念される。
ニュージーランドでは景気は緩やかに拡大しているものの物価上昇率はかなり高く,政府は財政再建,インフレや経常収支改善等を目標に市場原理重視型の政策の導入と金融・財政引き締め策を実施してきている。
実質GDPをみると,84/85年度(84年4月~85年3月)はNZドル切り下げ(84年7月)と好調な世界景気による輸出増や好天による農業生産増などから前年度比5.6%増と高成長をとげた後,85/86年度には金融・財政引き締め策による個人消費や設備投資の伸び悩みと主力輸出品である一次産品の貿易不振などから同2.2%増と鈍化した。86/87年度に入り一次産品の価格回復などによる輸出の好調を主因に同2.4%(4~6月期前期比3.4%増,7~9月期同1.8%増,10~12月期同2.8%減,1~3月期同1.2%増)となり,景気は緩やかに拡大した(87年4~6月期は同0.1%増)。しかし,物価や雇用情況は悪化傾向にある。
なお,87年10月以降の株価下落により経済成長の鈍化が懸念されている。
金融政策は引き締め基調にある。財政は86/87年度の財政赤字が当初見通しを下回り,87/88年度予算は35年ぶりの黒字予算となっている。
個人消費の動向をみると,実質小売売上高や乗用車新車登録台数は85/86年度は実質可処分所得の低下等により不振であり,86/87年度は実質可処分所得は増加したが,厳しい金融引き締めによる高金利や先行き不透明感から来る貯蓄意欲の高まり等により,86年10月の一般消費税(GST)導入前の駆け込み需要で7~9月期に一時的に増加したことを除き総じて横ばいであった(第7-2-1図)。
投資については,住宅投資が一般消費税導入前の駆け込み需要や不動産ブームなどもあって86/87年度前半は比較的好調だったものの,年度後半は同税導入や継続する高金利により伸び悩んだ。住宅建築許可件数をみると,86年4~9月期に1600~2300件台どなった後,10月~87年3月期は1000~1600件台に低下した。民間設備投資も補助金の削減や主要プロジェクトへの投資が漸減してきていること等から不振となった。
製造業生産は,85/86年度前年度比2.9%減の後,86/87年度には同3.8%増(4~6月期前年同期比0.5%減,7~9月期同1.2%増,10~12月期同5.9%増,1~3月期同9.2%増)と回復傾向にある(第7-2-2図)。
雇用情勢をみると,85年4~6月期に4万8千人だった登録失業者数は景気鈍化による工場閉鎖や農村部への補助金打ち切り等を主因に特に86年後半から増加し始め,また87年4月の森林・石炭鉱山などの国営事業の公営化による余剰人員の発生などから大幅に増加してきている(87年7~9月期9万2千人)。
第7-2-2図 ニュージーランドの実質GDP・製造業生産の動向
消費者物価上昇率は,20%のNZドル切り下げによる輸入物価の急上昇などから85年に高まりをみせた(前年比15.5%)後,金融・財政両面の引き締めにより86年4~6月期前年同期比10.4%まで低下したものの,86年10月に導入された一般消費税により再び上昇率が高まり,86年10~12月期以降同17~18%の高い上昇となっている。
一方,賃金上昇率は,85年9月の主要賃金交渉が15.5%の引き上げで妥結したこともあって,85年10~12月期には前年同期比20.6%上昇となり,以後86年7~9月期まで20%前後の上昇が続いた。しかし,実質労働コストがアメリカやオーストラリアを上回る伸びを示し,企業収益が圧迫されていることもあり,86年10月の主要賃金交渉では6%の引き上げで妥結し,86年10~12月期同8.2%上昇となり,87年に入り7%前後の上昇となっている(第7-2-3図)。
輸出(通関ベース,FOB)は,84/85年度(84年7月~85年6月)に前年度比31.2%増と大幅に増加した後,85/86年度には農産品輸出が85年初頭からの豪ドルの下落によりオーストラリアに対して国際競争力が弱まったこともあって同6.6%減と不振となったが,86/87年度には食肉や羊毛,果実などの農産品輸出が好調で同14.5%増となった。
一方,輸入(通関ベース,CIF)は自動車,原油,鉄鋼製品などの増加から84/85年度同38.3%増と大幅に増加した後,85/86年度には国内景気の後退や世界初の合成ガソリン・プラントが85年10月に操業を開始したことによる原油の輸入減もあって同8.1%減となった。そして86/87年度には自動車が86年10月の個人輸入規制の緩和から大きく伸びたものの原油が大幅減少し同2.9%増にとどまった。
貿易収支は84/85年度11.6億NZドルの赤字,85/86年度9.O億NZドルの赤字の後,86/87年度は輸出の好調により3.1億NZドルの黒字に転換した。経常収支(国際収支ベース,年度は4~3月)については,赤字幅が84/85年度27.1億NZドルから85/86年度31.7億NZドルへと拡大したが,86/87年度には貿易収支の改善により18.4億NZドルと縮小した(第7-2-1表)。
84年7月に誕生したロンギ労働党政権(87年8月再選)は,経済政策を介入主義的政策から市場原理重視政策へと大きく転換させている。
金融面をみると,引き締め策がとられており,公定歩合は85年末19.8%,86年末24.6%の後,87年4月末には28.4%まで高まり,以降低下傾向にはあるものの依然高率が続いている(10月末21.9%。以降10月の株価下落にも配慮して金利水準の引き下げを図っている)。このほかNZドルの切り下げや金利上限規制の撤廃,変動相場制への移行,外資規制の緩和などの自由化を推進してきた。
なお,NZドルは87年に入り上昇傾向となっている(86年平均0.5239米ドル,87年10月平均0.6416米ドル)。
財政面も緊縮政策を続けており,86/87年度(86年4月~87年3月)の財政赤字は対GDP比3.8%(19.9億NZドル)と当初見通しを下回った(予算ベース24.5億NZドル,対GDP比4.9%)。更に6月に発表された87/88年度の予算案は財政緊縮,経済自由化路線の下に,歳入232.9億NZドル(前年度比22.6%増),歳出229.1億NZドル(同9.4%増)と35年ぶりの黒字予算となった。歳入面では86年10月導入の一般消費税などによる増収のほか,国営企業(NZ航空,石油公社,開発金融公社)の株式売却などから大幅な伸びが見込まれている。
一方,歳出面では政府事業(郵政,電信電話など)9部門の公社化や補助金削減などにより圧縮を図っている。
なお,政府は12月に92年までの5年間にとるべき税制改革(一般消費税率引き上げ,所得税率単一化,法人税率引き下げ),関税引き下げ,国有資産売却による公的債務の削減等を骨子とする包括的新経済政策を発表した。
ニュージーランド経済研究所(NZIER)の見通し(9月発表)によれば,87/88年度の実質GDP成長率は輸出の伸びが期待できるものの消費等の減少から前年度を1%下回るとされていた。しかし,ニュージーランド株式市場でも10月20日に株価が大幅下落し,その後更に下落傾向が続いており(バークレイズ40種株価指数,9月18日3969→10月20日2926→12月31日1947),株価下落の影響を加味して見通しが改訂された(12月)。それによれば,消費の減少に加え,商業施設投資の鈍化や非農産物輸出需要の低迷等から,実質GDP成長率は前年度を1~1.5%下回るとされた。一方,消費者物価上昇率(9月見通し11.5%)や経常収支赤字(同15億NZドル)は改善されるとみられている。
韓国経済は,輸出が大幅に増加したことに加え,内需も好調に推移したことから,86年に引き続き87年も高い成長となった。成長の牽引となった輸出は,韓国ウォンが円・欧州通貨に対して切り下がった(ウォン安)こと等から,韓国製品の価格競争力が強まり,86,87年と大幅増加となった。内需では,輸出の増加を受け設備投資を始め固定資本形成が高い伸びを示した他,最終消費支出も耐久消費財関連への支出を中心に好調であった。また,製造業生産は,87年7,8月に労使紛争の多発から一時的に停滞したものの,好調な内・外需に支えられ,高い伸びを維持した。
雇用情勢をみると,製造業で生産活動の拡大から就業者が大幅に増加し,失業率も86,87年と低下した。一方,物価は,86年には原油価格の下落を主要因として安定的に推移していたが,87年下期以降からは,原油価格の上昇,一部原材料のひっ迫,夏の水害などから,上昇率が高まってきている。
実質GNPは,85年末からの輸出の急回復及び輸出増にともなう投資の急増から86年同12.5%と急拡大した。87年に入ってからも,輸出,投資とも好調を維持しており,上半期前年同期比15.3%の増加となったが,7~9月期には労使紛争の多発から同10.5%増とやや伸びを低下させた。しかし,87年を通してみれば86年とほぽ同程度の高い伸びになるとみられる。
民間最終消費支出は86年前年比6.3%増の後,87年上半期前年同期比6.7%増,7~9月期同7.0%増と好調であった。費目別(名目,勤労者世帯平均)では家具・什器類(86年前年比16.4%増,87年上半期前年同期比15.5%増),衣類(86年同9.3%増,87年上半期同14.O%増)などが高い伸びを示した。消費の好調の背景としては,86年以降生産活動が活発化し就業者数の増加から所得が増加したこと,87年央以降やや上昇率に高まりがみられるものの,物価が86年初から総じて安定的に推移していたことなどがあげられる。
総固定資本形成は,86年には輸出の急増から回復がみられ同15.0%増となった。87年に入っても好調を持続しており上半期同14.4%増,7~9月期同13.2%増となった。なかでも機械設備投資は,繊維・同製品,自動車などの輸送機器,電子・電機等の輸出関連の業種で好調であり,86年前年比28.7%,87年上半期同20.8%増,7~9月期同17.9%増と87年に入りやや伸び率が鈍化しているものの,高い増加率となった。
対外面をみると,輸出は,85年に最大の輸出先であるアメリカの景気拡大速度の鈍化から低迷したが,86年以降は韓国ウォンが円・欧州通貨に対して大幅に切り下がったことを主因に,86年前年比26.6%,87年上半期前年同期比28.1%増,7~9月期同21.5%増と大幅増となった。一方,輸入は,輸出の増加が資本財や原材料などの輸入増をもたらしやすいという経済構造となっていることから,輸出が不振であった85年には前年比減少であったが,86年には前年比18.6%増となり,87年には上半期同20.5%増,7~9月期同22.7%増と輸出の増加とともに伸び率が高まっている(第8-1-1表)。
製造業生産(生産指数ベース)は,85年に輸出の不振から生産活動も低迷していたが,86年には輸出の大幅増,国内需要の高まりから前年比同19.3%増となった。特に繊維・衣類,電子・電機,輸送機器といった輸出関連の業種では86年に急速に生産は拡大した。87年も輸出,内需とも好調なことから生産は引き続き増加し上半期前年同期比20.5%増となった。しかし,7~9月期には労使紛争の多発(特に8月)から同11.9%増と鈍化した。
貿易動向(通関,ドルベース)をみると,85年末から急増した輸出は,86年,87年ともウォン安が継続する中で大幅に増加した。一方,輸入は86年に原油価格の下落から小幅な増加にとどまったが,87年には生産の拡大や原油価格の回復,輸入品価格の上昇などから大幅増加となった。
輸出は,主輸出先であるアメリカの景気拡大速度の鈍化から85年秋までは低迷していたが,85年11月からは急増を続け,86年前年比14.6%増,87年上半期前年同期比34.1%増,7~9月期同36.4%増となった。品目別では繊維・同製品(87年1~10月期前年同期比34.0%増),電子機器類(同51.1%増),機械類(同59.1%増)が大幅増となった他,まだシェアは低いものの自動車(全輸出の10%弱)が対アメリカ向けを中心にほぼ倍増した(同97.9%増)。
こうした輸出の急増の大きな要因は,もとより労働コスト等の面で優位にあった韓国製品がウォン安により価格競争力をさらに強めたことがあげられる。85年春以降,円・欧州通貨が対ドル・レートで大幅に上昇したにもかかわらず,ウォンの対ドル・レートは86年中ほぼ横ばいで推移し(86年1月から12月にかけて3.2%の上昇),韓国製品の価格競争力は日本・欧州製品に比べ強化された。87年に入ってからはアメリカからの切り上げ要求もあり,ウォンの対ドル・レートは徐々に引き上げられたが(87年1月~12月にかけて8.2%上昇),その上昇幅は円・欧州通貨の対ドル・レートの上昇幅に比べ小幅であったことから,価格競争力は一層強化され,大幅な輸出増となった(第8-1-1図)。
一方,輸入は86年には前年比1.4%増の微増にとどまったが,87年上半期前年同期比21.4%増,7~8月期同37.2%増と増大した。韓国の貿易構造は加工・組立型の色彩が強く,輸出の増加は資本財,中間財などの輸入の増加をもたらすが,86年には原油価格の下落から鉱物性燃料輸入が前年比31.4%も激減したため,資本財等の輸入増はあったものの輸入全体としてはわずかな増加となった。87年には資本財等の増加に加え,原油価格も回復したことから大幅な増大となった。
この結果,貿易収支(国際収支ベース)は,86年に輸出の増加と輸入の微増から統計史上初の黒字(42.1億ドル)を記録し,87年も輸入を上回る輸出の増加から1~9月現在で50.1億ドルの黒字となっている。なお,好調な貿易収支黒字を受け,対外債務も順調に返済され,86年末の残高の445億ドルから87年末のそれは355億ドル(推定値)に縮小している (第8-1-2表)。
86,87年の雇用情勢は,輸出に主導されて生産活動が活発となったことから,製造業で就業者が増加し,失業率も低下するなど,改善傾向をたどった。製造業就業者は,86年に9.2%増の後,87年上半期には前年同期比17.9%増と,生産の拡大に伴い急速に増加した。一方,農林水産業就業者は製造業へのシフトもあって減少ないし横ばいとなっている。なお,就業者全体では86年3.6%増,87年上半期同6.7%増となった。就業者の増加から雇用情勢は改善を続け,失業率も86年の3.8%から87年上半期3.7%(86年同期4.6%),7~9月期2.7%(同3.1%)へと低下した。
賃金(製造業,賃金総額)は,86年には大卒初任給の凍結など賃金抑制策が採られたこともあり名目前年比9.2%増(実質同6.8%増)と85年に比べ伸びはやや鈍化した。87年上半期には,経済が86年に引き続き高い成長を示したにもかかわらず,名目前年同期比7.5%増(実質同5.4%増)と更に伸びを低下させた。こうした賃金上昇率の低さが,以前からみられた職種・学歴間の大きな賃金格差とも併せて夏の労使紛争の一因とみられる。
87年6月に廬泰愚与党大統領候補の「民主化宣言」を契機として労使紛争が発生し,特に8月に多発(1月1日~6月28日は1日平均0.7件,8月中は同82.3件)したが,これを要求別にみると賃上げに関する要求が約70%と圧倒的に多く,労働条件の改善等の要求は少なかった。なお,この時に追加賃上げがなされ,春季の賃上げと合わせると,87年の賃上げ率は17~19%になったとみられている。
物価は,86年には原油価格の下落から安定的に推移し,卸売物価が前年比2.2%の下落,消費者物価が同2.3%の上昇にとどまった。しかし,87年央から上昇率は高まり,卸売物価は上半期前年同期比0.6%下落の後,7~11月期同1.1%の上昇となり,消費者物価も上半期同2.1%,7~11月期同3.9%の上昇となった(第8-1-3表)。
物価上昇率の高まりは,生産の好調を受け一部原材料(石油関連製品等)で需給のひっ迫が生じたこと,夏の水害が大きがったことといった要因の他に,①原油価格の回復,②円高・ウォン安下で,日本に輸入の多くを依存する資本財・中間財等の輸入品価格が上昇したことがあげられる。
政府は物価上昇に対処して①石油関連製品の引き下げ(5,10月),②政府米の販売価格引き下げ(6月),③家電製品等に課税される特別消費税の引き下げ(6月)などを実施した。88年については,87年夏の労使紛争発生時に大幅賃上げがなされているこから,上昇率は高まるとの予想がある。
86,87年と急拡大した韓国であるが,政府は88年には拡大のテンポは鈍化するとみている。12月24日発表した「88年経済運用計画」の中で,アメリカ経済の拡大鈍化,労使紛争時の大幅賃上げによる競争力低下などから輸出が鈍化するとの前提の下に①88年の実質経済成長率8%(87年見込み12.0%)②経常収支黒字60億ドル(同98億ドル)③年間消費者物価上昇率4~5%(同5%程度)などの見通しをたてている。なお,88年のウォンの対ドルレートについては,アメリカからの切り上げ要求もあり小幅な引き上げが行われると伝えられている。
また,財政面では歳出総額17兆4644億ウォン(87年当初比8.7%増)の88年予算が10月に成立した。この中で国民年金制(88年1月実施)や医療保険制の拡大などのための予算措置がなされている。
87年は,成長率は高い伸びを続けたが,台湾にとっては大きな転換の年であった。台湾にとって最も大きな貿易相手国であるアメリカがらの要求もあって,通貨の切り上げが続き,台湾経済の発展の原動力となってきたともいえる輸出に,大幅に依存した成長は,今後望めなくなってきたからである。87年の一人当たり国民所得は5000ドルに達しようとしており,この中で,台湾は先進国なみの貿易構造,及び経済構造への急速な脱皮を図ろうとしている。その手始めとして,87年には,今までになく大幅な関税の引き下げが3回にわたって実施された。また,7月15日には,戒厳令の解除と同時に,外貨管理条例が一部緩和され,海外への送金や,直接投資の枠が広がった。
こうした新台湾元の切り上げ,関税率の引き下げの結果,87年には輸入が大幅に増加しており,純輸出の成長率に対する寄与度はかなり縮小したとみられる。一方,個人消費,固定資産投資等の内需が好調となっているため,87年の実質GNPは前年比11.2%の高い成長が見込まれている。当局の見通しでは,88年は更に新台湾元高が進み,純輸出の寄与度が更に小さくなるため,成長率は7.5%程度とやや低めとなっている。
86年の実質GNPは,前年比11.6%という高い成長となり,85年の同5.1%から大きく回復した。これは輸出の大幅な伸びに主導された(純輸出の寄与度6.2%)ものだが,同時に,伸び悩んでいた固定資産投資が輸出の拡大からようやく回復をみせたことや,賃金の上昇から個人消費が増加してきたことも関係している。87年に入り,これまでのような輸出依存型の成長は難しくなっている一方,86年からの内需の堅調は続いており,成長を支えている(第8-2-1表)。
86年10~12月期には,成長率は前年同期比15.4%(純輸出寄与度7.6%)まで高まったが,87年に入ると,新台湾元の切り上げ,関税率の引き下げ等から輸入が拡大したため,純輸出の牽引力は徐々に弱くなり,87年1~3月期には前年同期比11.8%(純輸出寄与度2.7%),4~6月期同11.9%(同1.2%)となった。その後,7~9月期には,新台湾元の一層の切り上げを見込んだかけこみ輸出もあって,成長率は前年同期比12.8%(同4.3%)と拡大したが,10~12月期の見通しでは同8.4%(同-4.9%)へ鈍化するとみられている。
一方,個人消費は,85年の前年比5.1%増から,86年には同6.2%増と改善し,さらに87年1~3月期には前年同期比7.9%増,4~6月期同8.6%増,7~9月期同8.4%増と,高い賃金の伸び(第8-2-2表)を背景に好調に拡大している。
また,85年は前年比6.8%減と落ち込んだ固定資産投資が,86年には,輸出の拡大とともに回復し,前年比10.7%増と急増した。87年に入って,固定資産投資は更にテンポを高めて増加しており,87年1~3月期には前年同期比19.5%増,4~6月期同21.1%増,7~9月期同18.7%増となった。
(3) 貿易動向
85年後半以降,新台湾元が日本,欧州通貨に比べて減価したことから,86年の輸出は前年比29.5%増と急増した。一方,輸入は85年の投資の落ち込みや,在庫調整の進展から,回復が輸出より若干遅れ,前年比20.2%増となり,その結果,86年の貿易収支は156億ドルの大幅黒字となった(うち対米黒字は136億ドル)(第8-2-3表)。
こうしたことから,86年後半から新台湾元に対する切り上げ圧力が生じ,87年に入っても緩やかな切り上げが続いた(第8-2-3表,86年間に対ドルで11%,87年間に19.6%上昇)。こうしたなか,為替差損を避けるため,輸出を前倒しして行う動きが続き,また,Jカーブ効果でドル建ての輸出額が膨張したこともあって,87年の輸出は前年比34.5%増と急増した。
しかし,為替の切り上げがかなり進むなかで,87年6月に先物取引の制限措置*が採られたことから,貿易業者の利用する為替レートが上昇してきており,87年10~12月期の輸出は前年同期比23.1%増と伸び率が低くなってきている。なお,新台湾元建てでみると,87年10~12月期の輸出は前年同期比0.4%増と更に低く,特に12月には,前年同月比0.3%減となっており,新台湾元ベースの輸出は減少基調になってきた。
一方輸入は,為替が切り上がったことの他,87年の3回にわたる関税引き下げが行われたこと,国内で投資が活発となってきたことなどから,87年には前年比42.8%増と急増した。輸入の伸びが,輸出を上回ったにもかかわらず,貿易収支黒字は依然拡大し,87年は190億ドルとなった。
当局は,87年の1700品目の関税引き下げに続き,88年1月には3575品目(全輸入品目の81%)の関税率を平均50%引き下げた。また,「市場分散,輸入拡大5か年計画88~92年」を現在作成中であり,5年間の輸出の平均成長率を17%,輸入を26%とし,92年には貿易収支黒字を125億ドルヘ縮小すること,また,市場の分散を図り,対米黒字・対日赤字を解消することを目標としている。
農業生産は,86年には米や野菜を中心に減少し,前年比6.2%減となったが,一方,林業,畜産業,漁業はそれぞれ同8.8%増,4.4%増,4.9%増となった。
鉱工業生産は,85年には輸出の不調から前年比2.7%増に止まったものの,86年には輸出の拡大とともに同13.5%増に回復した(第8-2-1表)。特に86年後半から新台湾元の対ドル相場が切り上がり始め,先高感が持たれたことから,かけこみ生産が始まり,86年10~12月期には前年同期比20.6%増と急増したが,87年に入って若干伸びが鈍化しており,87年7~9月期には前年比12.7%増,10~12月には同6.3%増となった。
また,業種別にみると,87年7~9月期には,電子・電気機器や一般機械が,それぞれ前年同期比22,4%増,28.5%増と高い伸びを続けている一方で,繊維,衣類は同5.4%増,6.4%増と低くなっている。
雇用情勢は景気拡大とともに改善し,失業率は86年の2.7%から87年には2%前後へと低下した(第8-2-2表)。製造業労働者の賃金は,86年には前年比10.1%増となり,87年1~9月で前年同期比10.0%増と高率だが,労働生産性の伸びより低く,単位当たり労働コストは87年1~9月同2.5%減となっている。
物価は,関税率の引き下げや,為替の切り下げによる輸入価格等の下落から,卸売物価,消費者物価ともに前年同期比下落基調となっている。卸売物価は,87年前年比4.4%下落,消費者物価は,87年7,8月に台風の影響から野菜等が値上がりし,若干上昇したものの,9~11月の前年同期比1.1%下落となっている。
通貨供給量は,貿易黒字の大幅拡大の下に増加し,87年4~6月期前年同期比45.2%増,7~9月期同40.6%増と過剰傾向が続いている。このため,87年7月15日に戒厳令が解除されたのをきっかけに,国家安全上の目的から制限されていた外貨の持ち出しを緩和し,だぶついた資金の国外流出を図るなど,外貨管理条例の一部緩和が行われた。この結果,個人の外貨保有が可能となり,海外送金や対外投資の枠が拡大され,一方,貿易に必要な外貨以外の流入(純粋に投機の目的で入ってくる外貨)は厳しく制限されている。
「行政院」は,87年12月9日,「88年経済建設計画」を承認した。これによると,88年の実質GNPの成長率は7.5%と若干低く見積もられている。87年に前年比26%増と好調であった民間投資は,88年には同22%増と伸びが若干低くなるとみられ,そのかわり公共投資が拡充されて,政府投資は87年の前年比13.7%増から更に拡大し,88年には前年比25%増と見込まれている。一方,輸出は前年比16.4%増,輸入は同23.8%増程度とされ,貿易収支黒字は186億ドルとやや縮小するとしている(87年には190億ドル)。
85年に停滞色を強めたタイ経済は,86年には内需に伸び悩みがみられたものの,輸出が為替動向もあって工業製品を中心に堅調であったことから,緩やかに回復した。87年には輸出が引き続き増加する中で,内需も持ち直してきており,着実に拡大した。しかし,農産物輸出は,86年には価格の低迷と生産調整から減少し,87年には干ばつの影響による生産不振から伸び悩んでいる。
物価は,86年は原油価格の下落から安定的に推移していたが,87年には,原油価格の回復,製造業を中心に生産活動が活発化していることなどから,やや上昇率を高めている。
対外面では,輸出は86年に引き続き87年も高い伸びを維持しているが,輸入は86年に原油価格下落から前年比減少であったものが,87年には原油価格の回復,資本財等の輸入増から大幅増となっている。この結果,貿易収支赤字は86年に縮小したものの,87年には拡大したとみられている。
実質GDPは,85年には農業生産は好調だったものの,製造業,建設業などで低迷したことから,前年比3.2%増と低い伸びにとどまった。86年には,農業は価格低迷から生産調整などが行われたため不振となったが,製造業は輸出の好調から高い伸びを示し,同3.5%増とやや伸び率を高めた。
農業生産(産業別GDP)は,85年には天候に恵まれたこともあり前年比3.2%増と好調であった。86年には,天候は概ね順調であったものの,農産物価格の低迷から生産意欲が減退したことに加え,政府が生産調整を実施したことなどから同0.7%減と不振であった。内訳では,主要生産品である米(生産数量ベース,以下同じ)が86年前年比7.5%減であった他,メイズ同23.5%減,タピオカ同20.8%減,ゴム同8.0%増と総じて不振であった。
87年については,東北部を中心に干ばつの被害が発生しており,特に米の生産減が見込まれている。FAOによれば,米の生産量は86年前年比6.O%減,87年同5.8%減と推計されている。生産不振から米価格(ドル建輸出価格,FAO資料)は87年に入り上昇しており,86年に前年比4.2%の下落であったものが,87年9月には前年同月比21.1%の上昇となった。
非農業部門の生産(産業別GDP)は,製造業の低迷から85年には前年比3.2%増と低迷したが,86年には輸出関連製造業を中心に生産が拡大したことを主因に同4.7%増と堅調な伸びとなった。製造業は,85年に主要輸出先であるアメリ力の景気拡大速度の鈍化から輸出が停滞し,輸出関連業種で生産が鈍化したため前年比0.8%増と伸び悩んだ。86年には,タイ・バーツが対円・欧州通貨で大幅に切り下がり,タイ製品が価格競争力を強めたことから輸出が増加したことなどを背景に,同6.7%増と好調な伸びとなった。しかし,建設業は,投資が伸び悩んだことから85年同0.6%増,86年同0.7%増と低い伸びとなった(第8-3-1表)。
87年については,工業製品輸出が好調であることから,輸出関連業種で生産は拡大しており,中でも繊維・同製品は1~3月期前年同期比41.8%(輸出金額ベース)増と高い伸びとなった。また,投資が持ち直しつつあることから建設資材関連業の生産も拡大しており,セメント同17.2%増,棒鋼同15.3%増となった。
実質民間最終消費支出は,85年前年比2.9%増の後,86年には農産物価格の低迷から所得が伸び悩み同2.6%増と伸び率は低下した。87年1~3月期には回復の兆しがみられ,86年に不振だった飲料,タバコ等の販売数量が前年同期比増加となっている他,耐久消費財輸入額前年同期比13.5%増,非耐久財同28.5%増となっている。
実質総固定資本形成は,85年に民間設備投資が不振であったため,公的投資の増加はあったものの前年比3.8%減となり,86年には民間設備投資が引き続き減少し,公的投資も低迷したことから同3.2%減となった(第8-3-1表)。しかし,87年1~3月期には持ち直しの気配がみられ,セメント,鉄板,棒鋼等の建設資材関連の生産が増加した。投資の持ち直しの理由としては,86年に3度にわたって公定歩合を引き下げたこと(86年9月以降8%),製造業で輸出の増加から投資意欲が高まっていること,日本,台湾などからの直接投資が円高,新台湾元高などを背景として急増していること等があげられる。
投資委員会への投資申請件数(承認認可ベース)は,87年1~9月期に総件数で前年同期比93%増,特に外国人投資は3倍に達したと伝えられている。
物価は,86年中は原油価格及び農産物価格の下落から安定的に推移していたが,87年に入ってからはやや上昇率を高めてきている。
卸売物価は86年前年比0.4%,87年1~3月期前年同期比0.1%の下落の後,4~6月期には同4.6%,7~9月期同8.1%の上昇となった。87年に入っての上昇率の高まりは,原油価格や農産物価格の回復に加え,資本財などの輸入品価格の上昇も要因の一つである。
消費者物価は86年に前年比1.8%の上昇で安定していたが,87年には1~3月期前年同期比1.8%,4~6月期同2.O%とやや上昇率を高め,7~9月期には同2.8%の上昇となった。衣類などの非食料品の上昇率が高まった他,(食料品も上昇した(第8-3-2表)。
対外面をみると,輸出(通関,ドルベース)は85年の前年比減少から,86年には同23.5%増と急増し,87年も1~3月期前年同期比18.0%増,4~6月期同27.3%増と引き続き好調である。86年の輸出増加に大きく寄与したのは,加工食品,繊維・同製品,電子・電機といった工業製品であり,農産品は価格低迷から数量では増加したものの金額では伸び悩んだ。87年も工業製品輸出は引き続き好調に推移しているが,農産物輸出(特に米)は価格の回復はあるものの,生産量の減少から回復は遅れている。86年の個別品目(バーツベース)をみると,繊維・同製品前年比32.6%増,電子部品類同41.1%増,宝石類同28.3%増となったのに対して,米は同9.8%減であった。
タイの工業製品輸出が86年以降急速に増加している背景には為替動向が大きな要因となっている。85年春以降のドル高修正下で,円・欧州通貨が対ドルレートで大幅に切り上がる中で,タイ・バーツは小幅な調整にとどまった(86年1月~12月の間1.6%の上昇,87年1月~8月の間0.2%の上昇)。この結果,タイ製品の価格競争力が増し,輸出増加となった。
一方,輸入(通関,ドルベース)は86年に原油価格の下落などから前年比0.7%の減少であったが,87年には1~3月期前年同期比24.2%増,4~6月期同38.2%増と大幅増となった。87年の輸入増加は,原油価格が回復したこと,輸出の増加にともない資本財,中間財等の輸入が増加したこと等があげられる。
86年の経常収支(バーツベース)は,貿易収支赤字が輸出の増加と輸入の減少から144億バーツへと大幅縮小したことを主因に85年の419億バーツの赤字から65億バーツの黒字へ転じた。87年の経常収支については,旅行受取の増加は見込まれたものの(87年は観光客誘致キャンペーンを実施),貿易収支が輸入の増加から赤字幅が拡大しており赤字に転じたとみられる(第8-3-3表)。
87年10月から執行されている88年度予算は,歳出総額2435億バーツ(前年度当初予算比7.O%増)となっており,伸び率では87年度予算(対86年度比7.5%増)を下回っている。しかし,投資的経費は9.5%増と,経常的経費の6.1%増を上回っており,投資面に配慮した予算となっている。
タイ中央銀行は88年の実質経済成長率について,先進国における保護主義の高まり,主要輸出先であるアメリカで株価の大幅下落により需要が減退するとの前提の下に,5.8%増と87年実績見込みの6.6%増より鈍化するとしている。
投資奨励政策面では,政府は,企業の地方進出を促進することにより地方での雇用機会増大を図るため,従来の投資優遇措置の一部の変更を決定した。
第4次5か年計画の初年度にあたる85/86年度(85年3月~86年3月)の経済をみると,実質GDPは前年度比マイナスで,82/83年度以来4年連続してマイナス成長となっており,経済は低迷している。また,物価は下落が続いている。一方,貿易収支黒字は石油収入の大幅な減少のため縮小したが,貿易外・移転収支の赤字は大幅に減少し,経常収支は赤字幅が縮小した。財政収支は予算では均衡するとされていたのに対し,実績では歳入不足となった。しかし,87年度の経済は,原油価格の回復からやや上向くものとみられる。
85/86年度の実質GDPは,石油部門生産の低迷に加え,非石油部門生産もマイナスとなったため,8.7%減となった(前年度6.4%減)。石油部門生産は15.1%減,非石油部門生産は6.7%減であった。
非石油部門のうちこれまで高い伸びを示していた民間部門は,84/85年度にマイナスに転じた後,85/86年度も7.8%減となった。業種別の生産をみると,農業が生産技術の改良等から13.0%増,公益事業(電力,ガス,水道)も11.4%増と高い伸びを示したが,製造業が9.8%減となったほか,建設業が主要インフラストラクチャーや住宅の建設がおおむね終了したこと等から20.0%減となった。また,建設部門の活動の減退等から輸送等や小売・サービス業も影響を受け,ともに11.8%減となった。一方,政府部門の活動は,石油収入の減少から財政支出が削減され,82/83年度以降マイナスを続けており,85/86年度も3.7%減となった。
こうした推移を実質GDPの部門別寄与率でみると(第8-4-1図),これまで石油依存型経済からの脱却を目指して積極的に投資が行われ,一貫して成長を支えてきた非石油民間部門が,84/85年度以降マイナスに転じたことが目立つ。
原油生産は,85年は秋までの減産のため日量346万バーレルとなったが,これはピークの80年の同990万バーレルに比べ約35%の水準にすぎない。85年後半には原油市場でのスウィング・プロデューサー役を放棄し,またネットバック価格での販売を開始し増産に踏み切ったため,86年は同501万バーレルと増大した。87年については86年12月のOPEC総会で復帰した固定価格制を守る観点から,特に上半期に実質的にスウィング・プロデューサー役を果たすなど,おおむねOPEC国別生産枠を遵守する水準(同420万バーレル程度)となっている。
82年より減少に転じた石油収入は,85年には輸出量の大幅な減少と価格が低下傾向にあったことから259億ドルと前年(363億ドル)から大幅に減少し,ピークの81年の約22%の水準となった。更に86年には,輸出量は急増した(85年225万バーレル/日→86年375万バーレル/日)が,原油価格が大幅に下落した(アラビアン・ライト,85年公式販売価格28ドル/バーレル→86年ネットバック価格15ドル/バーレル程度)ことから212憶ドルと減収となった。しかし,87年は上半期には原油生産量を抑えたものの,原油価格の回復(アラビアン・ライト公式販売価格17.52ドル/バーレル)により86年を上回る収入が予想される(第8-4-2図)。
消費者物価は,82年以降低下しており,86年前年比3.O%低下,87年に入っても,1~3月期,4~6月期それぞれ前年同期比1.8%,同0.7%の低下が続いている。物価の鎮静の背景としては,経済が全体として不振であることのほか,輸入物価が上昇しているものの各種インフラストラクチャーの完成や国内生産における競争の激化から国内財・サービスの価格が低下していること等が挙げられる(第8-4-1表)。
貿易(輸出+輸入)は,82/83年度以降減少に転じているが,引き続き85/86年度も石油輸出の大幅減に加えて輸入も減少し続けていることから,前年度比25.3%減と大幅に減少している。
輸出(FOB)は,84/85年度1219億リヤル(前年度比21.7%減)の後,85/86年度も914億リヤル(同25.O%減)と大幅に減少した。石油外輸出が増加傾向にあるものの,輸出の大部分を占める石油輸出が,世界的石油需給緩和や原油価格の大幅低下のために大幅に減少している。
輸入(FOB)は,84/85年度907億リヤル(前年度比16.2%減)の後,85/86年度も非石油部門,石油部門両方の減少から674億リヤル(同25.6%減)となった。非石油部門の減少は,主要インフラストラクチャー投資が一巡したこと,石油収入の大幅減による財政支出の削減からプロジェクト関連の輸入が減少したこと,農・工業での自給率が高まったこと等によるもので,機械,自動車,建設資材,食料など全品目について減少している。また,輸入相手先のシェア(85年)を地域別にみると,依然ヨーロッパからの輸入が全体の40.9%と高く,次いでアジア(同30.6%),南北アメリカ(同19.1%)の順になっている。また,国別では,日本(同19.0%),アメリカ(同17,0%),西ドイツ(同8.4%),イタリア(同7.8%)の順となっている。
以上の結果,貿易収支黒字は83/84年度474億リヤル,84/85年度312憶リヤル,85/86年度240億リヤルと大幅に減少してきている。
貿易外収支(移転収支を含む)では,85/86年度の受取り額は投資収益の減少等から559億リヤル(前年度比7.1%減)となったが,支払い額も石油輸出量減少に伴うアメリカ・メジャーへの投資支払いの減少や「運賃・保険料」支払いの減少等から1228億リヤル(同18.3%減)と受取り額を上回って減少し,貿易外収支の赤字幅は84/85年度の902億リヤルから85/86年度は669億リヤルと縮小した。
経常収支は,貿易収支黒字の縮小幅よりも貿易外収支の改善額が大きかったことから,84/85年度の589億リャルの赤字から85/86年度には429億リャルの赤字と赤字幅が縮小した。
一方,資本収支をみると,85/86年度の石油部門の資本収支及び非石油部門の直接投資収支の計は,112億リヤルの入超(前年度97億リヤル)となった。その他の資本収支(誤差・脱漏を含む)は,サウジ・アラビア通貨庁の在外資産の取崩し等により,317億リヤルの入超(前年度493億リヤル)となり,経常収支赤字をファイナンスする形となっている(第8-4-2表)。
85/86年度から始まった第4次5か年計画では,石油部門への依存度を引き下げ,民間部門主導による経済の多角化を図ること等を基本方針とし,期間中の目標として経済成長率年平均4.0%,政府財政支出総額1兆リヤル等をかかげているが,前計画(経済成長率年平均実績0.0%減)期間中同様,85年末からの原油価格急落による石油収入の大幅減少から歳入不足となっており,計画達成に対しすでに厳しい状況が発生している。なお,GDPに占める石油部門のシェアは64/65年度の約60%から,85/86年度には約23%にまで低下してきている。
政府は,財政赤字を補填するための対外資産の取崩しの継続は好ましくないとして,85/86年度予算では,3年振りの均衡予算を組んだ(歳入,歳出とも2000億リヤル)。しかし,実績は歳入が1315億リヤル(前年度比23.3%減),歳出が1815億リヤル(同16.1%減)で財政赤字は501億リヤルとなった。歳入では,石油収入が877億リヤル(同27.7%減)と落ち込み,その他歳入でも投資収益率の低下や対外資産の減少から落ち込んだ。更に86年3月発表予定の86/87年度予算が,85年末からの原油価格急落による歳入の見積り困難を理由に2度にわたって発表が延期され,その間暫定予算になるという異例の事態となり,その実績も625億リヤルの大幅赤字となった。87年度予算も,歳入1173億リヤル,歳出1700億リヤルで527億リヤルの赤字予算となっているが,その特徴は,①歳入面で非石油収入の増加に期待がかけられている(85/86年度実績比19%増),②歳出面で開発支出が厳しく抑制されている(同予算比55%減),③部門別にみると,歳出が85/86年度予算比15%削減されている中で,政府一般行政費他(同4%増),国防・治安(同5%減)の他,人的資源開発(同1%減)が第4次計画の基本方針を受けて最も重点を置かれている等である(第8-4-3表)。
マネーサプライ(M3)の上昇率は,景気の後退傾向と政府支出の削減,銀行の民間への貸付の減少等から,83/84年度7.1%,84/85年度3.4%から,85/86年度には0.9%と低下している。
86年のメキシコ経済は,輸出価格の急落(バーレル当たり平均,85年23。0ドル→86年11.8ドル)により,石油輸出が前年の半分以下の63億ドルに落ち込んだため大きな打撃を受けた。加えて,緊縮政策もとられたため,生産,消費とも不振となり,経済は下降を続け,86年の実質GDPは前年比3.8%減と,3年ぶりにマイナス成長を記録した。また,雇用情勢も悪化し,一方で物価も高騰した。
しかし,87年に入ると,石油情勢が好転してきたこと等から,貿易収支の黒字が拡大し,生産,消費も徐々に好転,景気回復の兆しが現れてきた。しかし,消費者物価上昇率は為替レートの切り下げや公共料金の値上げもあって加速し,過去最高(前年比131.7%)となった。債務問題についでは,3月に民間債権銀行団との間で,多年度リスケジュール及び新規融資を骨子とする金融パッケージが最終的に合意され,これによる新規融資資金の流入が87年後半以降,プラスの経済効果をもたらすと期待される。なお,政府は87年の経済成長を1%程度のプラスと見込んでいる。
86年は,石油輸出の不振に加え,財政金融両面での緊縮政策もあって,経済は下降を続け,実質゛GDPは前年比3.8%減と,83年以来のマイナス成長となった。部門別にみると,建設業が公共投資の抑制などから86年前年比9.1%減の最大の落ち込みをみせたほか,鉱業同5.8%減,製造業同5.6%減,商業同5.5%減,3年間プラス成長を続けてきた農林水産業も同2.1%減になるなど,多くの部門でマイナス成長に転じた。その中でわずかに電力同437%増,金融・保険業同1.1%増がプラス成長となった。需要項目別では,総固定資本形成が85年の前年比6.4%増から86年同11.7%減へと著しく減少,民間消費支出も85年同2.1%増から86年同5.5%減となった。また,一人当たり実質GDPは85年の前年比横ばいから86年には同6.4%減の2,407ドルに低下した(第9-1表)。一方,鉱工業生産は86年前年比5.3%減少したが,その財別の動きをみると,資本財前年比12.9%減,耐久財同11.1%減が大きく落ち込んだほか,中間財,消費財等いずれの財も減少し,特に年後半の減少幅が大きくなっている(第9-2表)。
しかし,87年に入ると,石油情勢の好転から,生産面に回復の兆しがみえ,製造業生産(当庁季調値)は,87年1~3月期前期比0.6%増,4~6月期同3.9%増と好転してきており,また総固定資本形成も1~3月期前年同期比13.0%減,4~6月期同6.1%減の後,7月前年同月比4.9%増と改善している。そのため,実質GDPは87年1~3月期前年同期比1.7%減,4~6月期同0.5%減と,依然前年を下回っているものの,その減少幅は縮小傾向となっており,景気回復の兆しがみられる。
国際収支動向(名目,ドル建て)をみると,86年の経常収支は12.7億ドルの赤字と,82年以来の赤字に転落した(85年12.4億ドルの黒字)。これは,貿易収支黒字が46.0億ドルと,前年より38.5億ドル減少したことが大きい。86年の輸出(fob)は,非石油輸出は急速な為替レートの切り下げ等による鉄鋼,金属,自動車等の工業品やトマト,コーヒー等の農産物の好調から,前年比41.0%増の97.2億ドルとなったが,他方,主力の石油輸出が価格急落により前年比57.3%減の63.1億ドルとなったため,全体では,前年比26.0%減の160.3億ドルとなった。一方,輸入(fob)は,不況に伴う内需の減退や政府の緊縮政策による公共支出の減少から急減し,前年比13.5%減の114.3億ドルとなった。
87年に入ると,輸出は石油輸出が価格回復により大幅に増加したことや,非石油輸出も引き続き工業品を中心に好調を維持していることから,大幅増を続けている。また,輸入は緊縮政策継続による公共支出の減少もあり,年前半は減少したが,景気の回復にともない,中間財を中心とする民間部門の増加から,後半には増加に転じている。その結果,貿易収支は,1~10月累計68.2億ドルの黒字となった。この貿易収支黒字の増加から経常収支黒字は1~9月累計35.7億ドルとなり,大幅な改善をみせた。また,外貨準備高も貿易収支黒字や観光収入の増加から,9月末現在146.0億ドルに達した(86年9月末45.2億ドル)(第9-3表,第9-4表)。
消費者物価上昇率は,非石油製品輸出や観光収入の増加促進をねらいとした為替レートの切り下げや,財政赤字削減のための公共料金の値上げ等により高騰を続けており,86年は前年比86.2%となった。87年に入るとその勢いは加速し,87年は過去最大の前年比131.7%となった。
一方,製造業の賃金上昇率は,景気の下降もあって85年末頃から物価上昇率を下回り始め,86年は前年比76.3%増となり,実質では約5%減となった。87年には,激しいインフレから最低賃金の引き上げを5回にわたり実施(87年1年間の累計引き上げ率160.9%)したが,実質購買力では低下を続けた(第9-5表)。
なお,87年11月19日にメキシコ株式の暴落を一因として,通貨ペソの対ドル相場が急落(自由市場前日比33%下落)したが,これによる経済的混乱に対処するため,12月15日,政府及び労働組合,農民,経営者各代表により,「経済連帯協約」が締結され,①最低賃金の引き上げ(12月に15%,88年1月に20%),②公共料金の即時大幅引き上げとその後88年2月末まで2か月間の凍結,等が発表された。
対外債務残高は,87年末現在1,050億ドル(世界銀行推計)に達しており,メキシコ経済の最大の問題となっている。86年には,新規融資資金の流入がなく,国内の生産活動の停滞要因となった。しかし,87年に入ると,3月に民間債権銀行団との間で,多年度リスケジュール(7年間据え置き,20年払い)437億ドル,新規融資77億ドルを骨子とする金融パッケージが最終的に合意された。これによる新規融資資金の流入により87年後半以降,プラスの経済効果がもたらされるものと期待される。また,12月29日には,米国・メキシコ両国政府により,メキシコ対外債務の債券化計画が発表された。その主な内容は,②米国財務省が額面100億ドルを上限に期間20年で途中で利払いをしない私募債(ゼロ・クーポン債)を発行,メキシコ政府がこれを20億ドル程度で買い取る,②メキシコ側はこの債券を担保に,期間が同じ20年の新型債券をドル建てで同じ額面分発行し,民間銀行が持っている債権と交換,③その際の交換比率は入札によリメキシコに最も有利な条件に決める,となっており,米国政府が信用保証する点が特記された。本計画が予定通り実施されれば,メキシコの財務体質は大幅に改善されるものと見込まれる反面,民間債権銀行団側は貸し倒れ引当金を償却しただけでは足らず,巨額の損失を出す可能性もあるため,民間銀行側の対応を中心に今後の推移が注目される。なお,メキシコ政府によると,本計画の入札実施時期は88年2月と予想される。
財政面をみると,86年は,緊縮政策が引き続きとられたものの,為替レート大幅切り下げによる対外利払い費の増加,インフレ高進による国内債務利払い費の増加,石油関係歳入の激減等から悪化し,財政赤字の対GDP比は85年の10.O%から16.3%に拡大した。87年は,石油情勢は好転したが,インフレがさらに加速したこと等から,財政赤字はさらに増大したものと思われる。
また,政府は,87年11月央,88年度国家予算案と経済政策綱領を発表したが,それによると,88年度予算規模は235.7兆ペソ(前年度当初予算86.2兆ペソ,前年比173%増)で,緊縮財政の継続によ,る財政赤字削減,インフレ抑制,産業構造の改革推進などから,3.5%の実質経済成長を図ることとしている。
なお,87年10月4日,与党・制度的革命党(PRI)の次期大統領候補にカルロス・サリーナス企画予算相が指名された。与党の候補が88年7月の選挙で当選することは,ほぼ確実である。経済テクノクラートである同相は,現政権では国家開発計画をはじめとする経済政策を立案,実行しており,次期大統領に選出されても,基本的には現政権の経済外交路線を踏襲するものとみられている。
86年のブラジル経済は,消費中心の高い成長(8.2%)を達成した。86年2月に打ち出されたクルザード計画による物価凍結や為替レート固定化等の政策は,インフレの鎮静化・実質賃金の上昇をもたらした。そのため消費は盛り上がりをみせ,鉱工業生産も大幅に伸びる等景気は拡大を続けた。しかし,消費の過熱から輸入が急増し,一方輸出は品不足や一次産品価格の下落により減少し,その結果貿易収支黒字は急減した。また,物価凍結による生産活動への弊害も大きく,経済には大きな歪みが生じた。そのため,政府は87年2月に通貨価値修正(インデクセーション)制度を復活し,クルザード計画に終止符を打った。しかし,反動からその後は再び高インフレに陥り,実質賃金の目減りにより消費は一転して著しく減退した。また,同月20日,政府は,外貨準備高の減少を理由に,対民間銀行中長期債務の利払いを停止し,世界に衝撃を与えた。
こうした経済情勢打開のため,6月12日,政府は新クルザード計画を導入,再度の物価凍結とともに賃金凍結に踏み切った。しかし,インフレ率は,当初の3か月間は低い上昇におさまったものの,その後は基準を無視した値上げ・賃上げが続出したこともあって,インフレはまたも騰勢を強めており,同計画は行き詰まり始めている。また,消費の減退から,生産も陰りをみせており,87年後半には前年水準を下回った。そうした中で,貿易収支黒字は,為替政策(クルザードの切り下げ)や輸入抑制の効果もあって,急拡大している。なお,対民間銀行中長期債務については,86年末に利払いの再開について,民間債権銀行団と暫定的な合意に達しており,今後の交渉の推移が注目される。
86年の需要動向をみると,消費は実質賃金の高まりや雇用の拡大等から85年の前年比7.5%増から同14.3%増へ大幅な増加を示したが,総固定投資は85年の前年比9.5%増から同0.8%増へと鈍化した。輸出は一次産品価格の低下や農産物の減産と消費過熱による品不足から減少した。一方,輸入は消費過熱を反映して大幅増となっだ。そのため,純輸出の86年実質GDPへの寄与度はマイナス3.2%(85年プラス1.0%)となった。
86年の生産を部門別にみると,コーヒー,大豆等の不作から農林水産業は前年比7.3%減となったが,製造業同11.3%増,商業同9.9%増等,非農林水産業部門は総じて高い伸びを示した(第9-6表)。
87年の動きをみると,鉱工業生産は,86年前年比10.9%増の後,87年1~・3月期までは前年同期比10.8%増と好調に推移したが,その後は国内消費の減退により,4~6月期同5.3%増,7~9月期同5.4%減と低迷している。内訳をみると,資本財,中間財,消費財のいずれの財も減少しており,中でも家電製品や乗用車等耐久消費財生産の落ち込みが目立っている(第9-7表)。リオ・デ・ジャネイロの実質小売販売も,86年前年比18.8%増,87年1~3月期前年同期比4.7%増の後は,4~6月期同26.3%減,7~9月期同32.4%減と不振となっており,86年好調だった国内自動車販売も87年1~6月前年比20.4%減と激減している。なお,87年の実質成長率について,国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会では,3.0%と推定(87年12月)している。
86年の輸出(fob)は前年比12.7%減の223.9億ドルと,好調だった前2年より黒字幅が縮小した。内訳をみると,一次産品は前年比16.6%減と急落,大豆・同製品同38.5%減,コーヒー同12.9%減,カカオ同20.3%減,鉄鉱石同3.1%減等となった。また,工業製品も前年比11.6%減となり,中でも石油製品が同56.4%減と大幅減となったほか,化学製品同12.5%減,輸送機械同11.2%減等となった。一方,輸入(fob)は前年比6.8%増の140.4億ドルであった。特に民間部門の輸入が,消費の過熱を反映して前年比74%増の87億ドルと大きく膨らんだ。
内訳をみると,原油は価格の下落により前年比46.9%減の30.2億ドルとなったが,資本財同39.7%増,原材料(除く原油)同40。O%増等で急増した。この結果,貿易収支黒字は,83.5億ドルとなり,85年の124.9億ドルから大きく減少した。貿易外収支は,対外債務の利払いが金利低下により減少したが,旅行支出,利潤・配当金送金等が増加したため,前年なみの129.1億ドルの赤字となった。
そのため,経常収支は貿易収支黒字縮小をそのまま反映し,前年の2.4億ドルの赤字から44.8億ドルの赤字へと大幅に悪化した。また,外貨準備高も86年末67.6億ドルで,前年末104.8億ドルに比べ急減した。
87年の動向をみると,輸出は5月頃まではクルザード計画の後遺症もあって不振を続けたが,6月に入ると為替政策(クルザードの切り下げ)等輸出強化策が採られたこと,消費が冷え込んできたこともあり,貿易収支は急速に回復している。特に,乗用車等の輸送用機器,大豆・同製品,アルミ,パルプが好調である。また,輸入は,原油価格の上昇はあるものの,輸入抑制措置が採られていることもあり,比較的落ち着いた動きをみせている。このため,貿易収支は6月以降大幅黒字を続け,87年累計では111.9億ドルの黒字となっている(第9-8表,第9-9表)。
労働情勢をみると,6大都市平均失業率は,85年5.3%,86年3.6%と改善が続いていたが,87年に入ってからは,景気の低迷により,9月4.O%(前年同月3.2%)とやや悪化傾向にある。なお,無収入または最低賃金以下の就業者の経済活動人口に占める割合は87年7月で15.6%となっており,これを加えた,より現実的な失業率は20.1%′(87年7月)と推定されている。
インフレは,クルザード計画による物価凍結により86年後半から鎮静化していたが,87年2月に通貨価値修正制度が復活したため,再び高まりを見せ,87年4~6月には消費者物価上昇率が月間20%を越えるようになった。そのため,6月に新クルザード計画による再度の物価凍結が実施され,インフレは一旦は収まりをみせた。しかし,9月からはインフレが再燃,11月の消費者物価上昇率は前月比12.8%上昇と,5か月ぶりに2桁上昇となった。この結果87年の消費者物価上昇率は,213.3%となった(第9-10表)。
87年6月12日,政府は,高インフレ,累積債務問題等,困難な経済情勢を打開ずるために,新クルザード計画を発表した。同計画の主な内容は,①物価・賃金を90日間凍結する(但し,公共料金は別扱い)。その後は,「規制緩和段階」を経て自由価格制に戻す。「規制緩和段階」では,基準物価単位(URP,直近3か月の消費者物価上昇率の幾何平均等を用いて算出)という新たな指標により調整する。②輸出促進のため,通貨クルザードの対ドル・レートを9.5%切り下げる。また,ミニ切り下げも,クルザードが割高にならないよう従来通り続ける。③公共プロジェクトを縮小・延期する。④財政赤字削減のため,小麦への補助金をなくす,等となっている。特徴的なことは,前回のクルザード計画の失敗を反省して,①賃金も凍結することで,消費抑制を図ったこと,②凍結期間を90日間と短期かつ期間を明示することにより,品不足の発生を防いだこと,③凍結終了後,自由価格制に戻るまでの間に「規制緩和段階」を設け,インフレ再燃防止を図.ったこと,④財政赤字の削減措置を盛り込んだこと,等が上げられる。7月16日,政府は同計画を踏まえた新たな中期経済計画「マクロ経済管理計画」を発表したが,これによると,計画期間の87年から91年までの間,財政赤字の削減,民間活力の活用,輸出振興等により年5~7%の成長を目指すこととしている。
こうした新クルザード計画の実施により,7~9月の消費者物価上昇率は月間3~6%となりインフレは一旦は鎮静化した。しかし,9月12日から「規制緩和段階」に入るや,公共料金の相次ぐ値上げによる実質賃金の下落に対する不満からストライキが多発したことや,為替切り下げにより輸入コストが増大しこと等から,基準を無視した値上げ・賃上げが続出し,11月には消費者物価上昇率の前月比が2桁上昇となり,賃金・物価の悪循環による悪性インフレが再現しかねない情勢となっている。高金利の影響もあって景気は後退し,財政赤字の削減も政府部内の意見不一致から進んでいない。こうした情勢の中,同計画の推進者であるブレッセル蔵相が,12月18日,財政赤字削減策をめぐるサルネイ大統領との意見の対立から辞任し,同計画は破綻寸前となっている。
87年2月20日,政府は,外貨準備高の減少を理由に,対民間銀行中長期債務の利払いの停止を発表,全世界に衝撃を与えた。その後,利払いの停止が続くことによって,ブラジル債権の米国金融当局における格づけが,問題のある資産4段階の第2ランク,サブ・スタンダード(標準以下の資産)から第3ランク,バリュー・インペアード(減価資産)へ格下げされる可能性が強まった。
格下げされることにより,民間債権銀行側としては貸し倒れ準備金の積み増しを迫られること,ブラジル側も今後の資金調達が難しくなること,などから格下げをさけるべく,政府と民間債権銀行団の間で協議が続けられ,87年末には利払いの一部再開についての暫定的な合意に達した。その主な内容は①利払いが停止された87年2月20日から12月31日までの期間の利子45億ドルについて,返済を再開する,②ブラジル側は外貨準備から15億ドル支払い,残り30億ドルは民間債権銀行団側が新規融資の形で負担する,等となっている。そして,12月29日政府は,同日より一部利払いの再開を行うと発表した。しかし,正式合意までは紆余曲折が予想されるため,両者の今後の交渉ぶりが注目される。
86年の国庫収支が,収入3,940億クルザード,支出5,002億クルザードで,1,061億クルザードの赤字となった後,87年も1~11月累計で収入9,319億クルザード,支出10,571億クルザードから,1,252億クルザードの赤字となっており,依然高赤字から脱却できていない。
87年1月の胡耀邦党総書記辞任という政治面での変動以降,経済改革がここで後退するのではないかという懸念も一時もたれたが,87年10月の中国共産党第13回全国代表大会では「社会主義初級段階」論がうちだされ,78年以来の改革の理論的基盤が確立された。
こうしたなか,87年の中国経済は,鉱工業総生産が計画の2倍という過熱気昧ともいえる伸びをみせ,また個人等の裁量的経済取引が拡大したことから,投資や賃金の支給などが無秩序に行われるケースも増えたといわれ,投資・消費等需要の伸びは計画を大幅に上回った。この結果,物資の逼迫等から生産財価格や工業品価格が上昇しており,また,穀物価格の上昇を背景に,副食品全般の価格も大幅に上昇している。
このように改革のテンポが加速するにつれ,いくつかの問題点も表面化しており,今後も調整が必要とされよう。現に,87年秋には,中央銀行である中国人民銀行が預金準備率の引き上げを行い,12月には定期預金金利の引き上げが行われるなど,若干の引き締め策が採られている。
なお,数年来解決できなかった貿易収支赤字は,87年には徐々に縮小しており,外貨準備も着実に積み上がっている。また,86年に赤字となった財政収支も,87年にはやや好転している。
87年1月の政変以後,3月には,人民日報に「国営企業は株式制を採るべきでない」との論文が掲載され,同月に開催された第6期全国人民代表大会第5回会議でも,成立するとみられていた「全人民所有制工業企業法」は上程されず,同法の成立と同時に執行されることになっていた「破産法」も先送りとなった。さらに4月には,株式と債券の管理を強化するよう国務院から通達が出される等,経済改革の流れとやや反する動きがみられた(当面,株式の発行は政府の監督・統制の下,承認を得た少数の集団所有制企業での試行に限る。実験を認められた一部の全人民所有制企業は政府が点検・整理を行う等)。
しかしその後,87年夏以降,全国の国営企業で工場長責任制(企業に対する党の影響力を少なくする)が推進されることとなり,再び経済改革論議が活発となり,また新聞等で再び国営企業の株式化を擁護する議論がなされるようになった。こうしたなか,10月の中国共産党第13回全国代表大会では,中国の現状を社会主義の初期段階と位置づけ,私営企業や株式制企業なども社会主義経済における一つの所有形態であるとの見解がうちだされた。この結果,78年以来の改革の理論的基盤が確立され,同時に今後一層の市場原理の導入が可能となった。
しかし,85年の大幅な過熱状態からは脱したものの,86,87年の経済も生産,投資,消費などの面で過熱傾向が続いており,物価の大幅な上昇が続いている。
こうしたことから,経済改革は今後継続していくものの,その範囲は過熱を加速しないものに限られ,重要品目(原油,石炭,金属,農薬,輸送費等)の価格管理などは,88年も引き続き行われる。
88年の改革の中心は,企業の活性化や,貿易体制の改革等があげられている。企業の活性化については,請負経営責任制等の競争原理の導入の他,賃金の面でも,固定給から出来高払いへの移行が進められている。また,貿易体制改革では,87年には外貨準備が増加したこともあって,88年には貿易業務に対する規制緩和が行われる見込みである。輸出入自主権を地方の貿易企業に移すことや,製品輸出企業に対してより多くの外貨留保を認める等の措置が採られる。
中国の穀物生産は84年に史上最高の4.1億トンを達成した後,85年には3.7億トン,86年にも3.9億トンと4億トンを割った。この背景としては,85年に副食品の統一価格の撤廃が行われ,自由市場で余剰作物を販売することが認められたため,農家が利幅の大きい副食品や工芸作物,油料作物に生産を切り換えたこと,また穀物の作付面積が84,85年と減少したことがあげられる(第10-2表)。
87年には,年初から穀物の増産に重点がおかれる中で,夏に収穫される夏季収穫穀物は,かんばつの被害から前年比減となったものの,その後の回復もあって,年全体では4.02億トンとなった。
一方,85,86年の穀物生産の不振により,国内の穀物価格は国営商店でも86年前年比10.1%上昇,自由市場では同20.6%上昇となった(第10-2表)。その後も,87年夏の穀物の収穫量が減ったことなどから,87年8月時点でも自由市場の穀物価格は前年同月比19.5%上昇と急騰している。
このため飼料のコスト高から豚肉の生産が減り,87年12月から北京市などで豚肉等の配給が開始された。また穀物の需給緩和のため,87年秋に穀物輸入が増加した。
86年の鉱工業総生産は85年の前年比18.8%増という過熱状態から鎮静化し,前年比8.8%増となった(計画では8%)。87年には86年の計画より更に低い7%という計画が設定されたが,年初からそれを2倍近く上回る伸びを続け,87年通年では前年比14.6%増となった。こうしたなか,原材料部門,エネルギー部門の伸びが,鉱工業総生産全体の伸びを大きく下回ったためにボトルネックが生じ,生産財価格高から工業品の価格が上昇するなど,84,85年の過熱状態と似た現象がおこった。87年秋には,中央銀行である中国人民銀行が,預金準備率の引き上げ等の引締め措置を講じたため,若干過熱気味であった集団所有制や個人所有制企業を中心に生産の伸びが低くなり,87年10~12月期には前年同期比12.8%増となっている(第10-1表)。
品目別の生産をみると(第10-3表),87年1~10月では,石油が前年同期比3.2%増,天然ガス同2.4%増,石炭同3.5%増,発電量同10.1%増と比較的低い伸びとなっている一方,政府による農業資料の投入が増えたことから,肥料やトラクターが高い伸びを示し,輸出の好調な繊維類の伸びも高く,自動車等の生産も活発化している。
86年の固定資産投資総額(全人民所有制部門)は,計画ではゼロ成長に抑えるとされていたにもかかわらず,前年比12.2%増となった(うち基本建設投資は前年比7.3%増,更新改造投資は同33.8%増)。その資金の内訳をみると,基本建設投資では,国家予算からの資金が38.0%,国内での借り入れから17.O%,外資から6.8%,自己資金その他から38.2%となっている一方で,更新改造投資についてみると,国家予算からがわずか3.3%で,国内での借り入れや自己資金などからの投資が多い。また,自己資金,国内借り入れからの投資がほとんどである集団所有制部門,個人所有制部門の投資も伸びが高くなっていることがら, 一層国家による引締めは困難なものとなっている。
87年の固定資産投資も,86年比ゼロ成長と計画されていたが,同14.4%増となった(第10-1表)。うち,基本建設投資は同12.6%増,更新改造投資は同19.9%増となった。しかし,金融市場の改革等もあって,銀行が貸出調節機能を負うようになってきており,87年秋の預金準備率の10%から12%への引き上げ等もあって,基本建設投資については,87年1~3月期前年同期比24.4%増であったものが,4~6月期同17.3%増,7~9月期同10.7%増と,若干引締められてきている。
86年には労働者・職員の平均賃金は,前年比15.8%増,農民一人当たり収入は,前年比6.6%増となった。この結果,86年の社会商品小売総額は,前年比15.0%増となり,これは工業企業の労働生産性(前年比1.7%上昇)にてらして過大であるとされ,政府は87年初から,賃金,消費の抑制を求めてきた。この結果,労働者・職員の平均賃金は,87年には前年比10.O%増と若干伸びが鈍化し,実質では同1.3%増となった。一方,農民一人当たり収入は前年比8.5%増,実質では同3.3%増となっており,高い伸びを続けた。この他,個人所有制企業等を中心に賃金は依然として急拡大しているとみられ,こうしたことを背景に87年の社会商品小売総額は,前年比17.6%増(実質同9.6%増)となった(第10-1表)。これは工業企業の労働生産性(前年比7%上昇)を考えても,大きすぎるとされている。
物価は,86年に前年比6.0%上昇となったが,その後87年の鉱工業総生産の過熱気味な生産などによって生産財価格が上昇し,工業製品価格の上昇をもたらした。また穀物の品薄による物価上昇(86年に国営商店で前年比10.1%,自由市場で同20.6%)を背景に副食品全般の価格も大幅に上昇し,87年には前年比7.3%上昇した。特に豚肉の伸びは高く,一部都市では配給制も復活した(第10-2表)。
貿易動向(通関,ドル・ベース)をみると,輸出は87年には前年比27.8%増,輸入は当局の抑制策が効いて,同0.7%増となり,87年の貿易収支赤字は37億ドルと,86年の120億ドルから縮小した(第10-1表)。品目別にみると,輸出では,石油製品が減少している一方,繊維,衣類,機械の伸びが著しい。輸入では,穀物や石油が増加しているが,鉄鋼,自動車,機械等は減少している(第10-5表)。外貨準備高は,87年9月末時点で139.8億ドルとなり,86年末の105.1億ドルから増加した。
ソ連経済は,第12次5か年計画(1986~90年,以下5か年計画を計画と略す)の2年目かつ革命70周年にあたる87年が不振に終わり,85年3月以降のゴルバチョフ政権が進めてきた「ペレストロイカ」(改革)が正念場をむかえている。
ブレジネフ政権(1964~82年)後半,とくに第10次計画(1976~80年)以降,共産党指導層の混乱などによる経済運営の失敗,軍事費の増大,労働規律の弛緩等から,ソ連経済は慢性的停滞に陥り(第11-1図),アンドロポフ政権(1982~84年),それを継承したチェルネンコ政権(1984~85年)下での綱紀粛正(汚職・腐敗の追放,労働規律の強化等)による改革にもかかわらず経済は停滞を続けた。その後,85年3月に成立したゴルバチョフ政権による「ペレストロイカ」(改革)の下,中央・地方の党幹部の更迭,行政各省庁の統廃合,アルコール追放運動に象徴される一層の労働規律強化などが強力に推進され,86年には農業生産の大幅な回復や工業の労働生産性向上もあって生産国民所得(注)が前年比4.1%増(計画3.9%増)と,84年の2.9%増,85年の3.5%増に比べてやや改善傾向を示した。しかし,87年には年初の寒波の影響や製品の品質検査厳格化に伴う歩留り率の低下等から農業・工業生産が落ち込み,87年の生産国民所得は前年比2.3%増(計画4.1%増)と,79年の2.2%増に次ぐ戦後2番目の低水準となった。
一方,経済改革自体は87年に入っても続けられ,1月に新貿易制度の導入,合弁企業法の成立,5月に個人労働法の施行,6月に国家企業法の成立など,より具体化してきているものの,現実の経済実績は極めて不十分なものにとどまっている。
工業総生産は,計画を超過達成した86年(計画4.3%増,実績4.9%増)に比べ,87年は前年比3.8%増と計画(4.4%増)を大きく下回った(第11-1表)。これは,天候の影響に加え,品質向上をめざした国家収納検査制度の導入による品質検査厳格化から製品歩留り率が低下したためといわれる。
財の種類別に前年比でみると,生産財3.8%増(計画4.3%増),消費財3.8%増(計画4.5%増)といずれも計画未達成で,消費財の伸びが生産財の伸びを上回るようにするという目標は87年も達成されなかった。
部門別でみると(第11-2表),燃料・エネルギー部門は,前年比で電力4%増,原油2%増,天然ガス6%増,石炭1%増で,いずれも計画を達成した。一方,ソ連政府が力を入れている機械工業部門は,品質検査厳格化の影響を最も強く受け,生産計画に達しない分野が多数を占めた。とくに,発電機,プレス機械,産業用ロボット,トラクターなどは前年の生産量を大きく下回った。化学工業部門は約半数の分野が計画未達成であり,また,消費財生産部門ではテレビ等をはじめ文化・日用・家庭用品の生産が軒並み計画未達成で,消費財の供給増大及び質の改善による国民の生活水準向上にはまだ隔たりがあるといえよう。
87年の農業総生産は好調であった86年(前年比5.1%増)から一転して不振となり,前年比0.2%増にとどまった(第11-3表)。農業への投資は積極的で投資総額の2割程度を占めるものの,生産国民所得への貢献は低く,農業部門における投資効率の悪さがソ連経済の成長の足を引っ張っている。
87年は,年初の寒波の影響で,輸送面での障害も重なって農業生産が大幅に停滞し,依然として天候に大きく左右されるソ連農業の体質がみられる。ただし,穀物生産をみると,87年は2億1130万トンと,78年以来初めて2億トン台を回復した86年(2億1010万トン)に続き,まず順調な成果となった。
一方,国内の消費水準向上への要求からとくに食肉への需要が伸びてきているため,家畜類への飼料用としての穀物需要も増大しており,主にアメリカを中心とした西側から大量の穀物輸入を行って国内生産の不足分を補っている。
87/88年度のソ連の穀物輸入量は3000万トンと見込まれ(米農務省88年1月発表資料による),依然高水準である。
畜産部門は,輸入穀物等による十分な飼料供給もあって,食肉は前年比3%増,ミルクは同1%増,卵は同2%増と堅調な生産増加を示した。
運輸部門は,従来よりソ連経済のボトルネックとなっており,その充実が急がれてきたが,近年,原燃料生産地がシベリア,中央アジアに移り,ヨーロッパ部を中心とした工業地帯の消費地から離れるにしたがって,その重要性を増している。なかでも,鉄道の貨物輸送は,広大な国土を有するソ連では非常に重要な役割を果たしているが,87年は前年並みにとどまった。一方,資源の埋蔵量が豊富なシベリア・極東地域の開発が近年進められているが,とくに石油,天然ガスのヨーロッパ部への輸送手段としてのパイプライン建設が促進されており,87年のパイプライン輸送量は石油が前年比1%増,天然ガス同6%増であった。
第10次計画(1976-80年)以降,ソ連では国民生活の向上を目標に挙げ,消費財生産の伸びが生産財生産の伸びを上回る目標設定がなされている。しかしながら,従来の重工業優先策や軍事費の重圧から発展が阻害されてきた民生部門は,改善がみられるものの,欧米諸国と比べればその水準は低い。
雇用動向をみると,80年代以降労働力の伸び悩みがみられるが,87年も労働者・職員数が前年比0.4%増と低く (以下第11-1表参照),その一方では,生産計画達成のために非効率な過剰労働力を抱えている企業も多く,今後は労働生産性の向上及び産業間での適正な労働配分が必要となろう。
所得面では,87年の労働者・職員の月平均賃金は前年比で3.0%増,コルホーズ農民の労働報酬は2.5%増,国民1人当り実質所得は2.O%増(計画2.6%増)であった。一方,支出の内容をみると,価格の安い国営商店は慢性的品不足となっていることから,特に食料品については価格の高い(公定価格の2~3倍程度といわれる)自由市場や協同組合商店での購入に頼っており,家計に占める食費の割合が非常に高い。国営・協同組合商業の小売売上高は前年比で2.8%増(計画3.4%増),生活サービス供与高は8.1%増(計画9.5%増)といずれも計画未達成であった。なお,商業・サービス部門では,タクシー,レストラン等をはじめ29業種の個人営業及び数人で出資する協同組合形式の営業が87年5月より合法化され,個人の利潤動機を活用したサービスの質の向上に役立つこととなろうが,高額の税金・ライセンス料等が課されることもあって,依然非合法のままの私的営業活動も相当数にのぼるとみられる。
貿易動向をみると(第11-4表,第11-2図),87年1~9月期は輸出(金額ベース,以下同じ)が前年同期比0.5%減,輸入が同4.1%減となり,貿易収支黒字は37.7億ルーブルで前年同期より17.0億ルーブル増加した。
取引圏別に1~9月期の前年同期比でみると,対社会主義諸国では輸出が3.9%減,輸入が0.1%増と伸び悩む一方,対西側貿易では,先進工業諸国に対しては輸出が5.7%増,輸入が13.7%減,発展途上国に対しては輸出が8.4%増,輸入が8.0%減となった。86年以降,石油輸出額の減少による外貨不足のため西側からの輸入を抑制しているが,87年には,石油価格の持ち直しもあって西側への輸出が増加してきている。取引のウェイトをみると(第11-2図),近年,対西側諸国のウェイトが低下してきているが,87年に西側との貿易取引の自由化が進められ,技術導入をめざした西側との合弁企業促進が積極化してきていることなどから,今後は対西側のウェイトが高まるものとみられる。
88年計画をみると(第11-1表),生産国民所得は,前年比で4.3%増(87年計画4.1%増),工業総生産4.5%増(同4.4%増),農業総生産3.4%増(同2.2%増),工業の労働生産性4.5%増(同4.4%増)となっており,87年計画に比べて高い数字となっている。
88年計画の特徴は,第12次計画の3年目にあたり,同計画達成へ向けて経済成長を加速させるべく高めの目標設定をしていること,また同年1月より施行される国家企業法に基づいて工業生産の60%が完全独立採算制・自己資金調達制の企業の下で行われることなどが挙げられる。農業面では,穀物生産2億3500万トンを目標とし,貯蔵,輸送,加工分野の資本投資を前年比20.7%増とするなど食糧事情の改善をめざしている。しかしながら,このような高めの目標設定は,不振の87年実績からみればかなり過大ともいえ,第12次計画達成への意気込みはみられるものの,現実には達成に相当な努力を要するものといえよう。
88年予算をみると(第11-5表),歳出面では,国防費が202億ルーブルと前年並みに据え置かれ,歳入面では,国家企業法の施行にともない企業内留保を高めるため企業の国家への利潤納付金が減らされ,また,ウォッカなどアルコール販売削減による取引税の減少,石油価格低下見込みによる貿易収入の減少などが特徴となっている。
(注)生産国民所得:社会主義諸国で使用される統計概念で,西側のGNPと比べると,サービス・教育・医療などが含まれず,物的生産が中心となっている。
なお,ソ連政府は今回初めて国連方式によるGNPを発表し,87年は前年比で3.3%増としている(88年1月24日付プラウダ紙)。