昭和61年
年次世界経済報告
定着するディスインフレと世界経済の新たな課題
経済企画庁
アメリカ経済は84年の上半期まで力強く拡大した後,拡大速度に鈍化はみられるものの,85年,86年を通じて個人消費等を中心に緩やかな拡大を続けている。85年,86年のアメリカ経済の共通した特徴は国内最終需要が堅調である一方,純輸出と在庫投資が成長率の大きな引き下げ要因になっていることである。
ただし,86年に入ってから顕著になった原油価格,金利,ドルの3つの低下はアメリカ経済に様々な影響を与えた。まず原油価格の低下は物価の安定に大きく寄与し,個人消費に好影響を与えたものの,石油掘削部門の生産・雇用・設備投資に大きな打撃を与え,この原油価格の低下のマイナス効果は,特に86年前半に集中した。次に金利については,物価安定を背景に連邦準備制度が86年に公定歩合を4回引き下げるとともに,M1の目標圏を上回る伸びを容認するなど,金融緩和スタンスが更に明瞭なものとなった。このした金利低下は設備投資を活発化させるにはいたらなかったものの,住宅投資,個人消費等を刺激した。またドル高修正は,主にJカーブ効果により更に貿易収支赤字を拡大させたが,86年後半からようやく本来の赤字縮小効果を発揮しはじめたものとみられ,貿易収支にはやや改善の兆しがでてきた。また,税制改革もその実施に先立ち,86年のアメリカ経済に多くの影響を与えた。
一方,連邦財政収支は財政収支均衡法の成立にもかかわらず86年度には過去最高の大幅な赤字を記録した。
85年の個人消費は実質可処分所得の伸びが賃金・俸給を中心として鈍化する中で,金利,物価の低下などもあって堅調を続けた。特に,耐久財消費が高い伸びを示し,中でも7~9月期には,乗用車販売促進策の効果もあり,急増した。この結果,消費者信用残高の可処分所得比は増大し,個人貯蓄率も大幅に低下した(4~5月期6.5%→7~9月期4.2%)。10~12月期は,7~9月期の反動で耐久財消費が減少したものの,86年に入ってからは,個人消費は引き続き堅調を続けている。この理由としては,まず第1に86年に入って,実質可処分所得が,金利低下による利子所得の減少にもかかわらず,①原油価格低下による物価安定,②サービス業を中心とした雇用者増,③農業補助金の増加等を背景に伸びを高めていることが挙げられる。また,86年に入り一段と金利が低下したことも消費者信用金利の低下に反映され,消費者の購買意欲を更に活発化させたといえる。特に,87年度新車モデルの販売を前にして,86年8月末から10月上旬まで実施された超低利ローンや現金リベートを内容とする積極的な乗用車販売促進策は,85年に引き続き自動車消費の急増をもたらした。さらに,株・債券価格の上昇も実質金融資産残高効果を通じて,消費に好影響を与えたと考えられる。一方,財別にみると,耐久消費財の中では,自動車のほかに家具等が年初の住宅建設の好調を反映して次第に伸びを高めてきたことが注目される。一方,非耐久財消費も85年に比べ高い伸びを示している。特に原油価格低下によってガソリン消費が著増し,これは85年10~12月期から86年7~9月期の非耐久消費財の増加の約40%を占めると同時に,86年前半の石油輸入量の急増の一因になったと考えられる。以上の結果,個人消費が実質可処分所得の伸びを更に上回って増加し,消費者信用残高の可処分所得比が一層高まるとともに,個人貯蓄率は記録的な低水準となった(86年10~12月期2.8%)。
今後の個人消費の動向については,①個人消費の約1/3を占めるサービス消費が着実に増加していること,②87年後半以降,税制改革による個人所得減税効果が期待できること,など明るい要因はあるものの,現在の堅調がどこまで持続するかいくつかの懸念材料もあると思われる。
まず第1に,現在の消費の拡大が貯蓄率の大幅な低下,消費者信用の借入増大の中で行われていることである。
確かに,金利低下が消費者信用の増大を生んでいる面はあるものの,利払い費の可処分所得比も着実に増加しており,家計の負担はがなり高まっていると考えられる。
第2は,税制改革の影響である。中でも87年から州,地方税における小売売上税の連邦税からの所得控除が廃止されることと,消費者金利の所得控除も段階的に廃止されることの影響は大きいと考えられる。このため,86年末には自動車等を中心とした耐久消費財の駆け込み的需要が発生しており,87年前半にはその反動による落ち込みが懸念される。
以上をまとめると,個人消費は大幅に落ち込む可能性は少ないが,今後増勢は鈍化すると見込まれる。
84年に急拡大した設備投資は85年に入り機械設備を中心に増勢が大幅に鈍化した。これは,84年後半以降,生産の低迷により,①稼動率が継続的に低下し,企業が過剰設備をかかえていることに加え,②85年前半企業収益が鈍化したこと,更に③84年に急拡大した拡張拡資(コンピュータ等情報処理機能が中心)が一巡し,ストック調整が働いたこと,等が原因と考えられる。ただし,機械設備投資の中でも更新投資は,①経済的陳腐化の早まりによる除却率の上昇,②70年代の後半の活発な設備投資による資本が更新期を迎えていること,などの要因もあって85年も更に伸びを高めていることが注目される(第1-2図)。
第1-2図 アメリカの設備投資(実質,機械設備)における更新投資と拡張投資の推移
86年に入り,構築物投資が更に大幅に落ち込むことにより,設備投資は全体としても減少に転じた。これはまず第1に,原油価格の低下がアメリカ国内の石油掘削関連部門に大きな打撃を与え,その関連投資が大幅に削減されたためである。商務省は構築物の投資の減少のうち86年の1~3月期のほとんどすべて,4~6月期の約半分は石油掘削関連部門の投資減少によるものとしている。
また,第2には,「81年経済再建税法」による不動産の償却年数の短縮等を利用したタックス・シェルターの存在のため商業ビル(オフィス・ビル等)が供給過剰となり,空屋率が高水準となっているのに加え,今回の税制改革案にこれまでの優遇措置の縮減が盛り込まれることが早くから明らかになっていたこともあって,商業ビルの建設投資が86年半ばから減少していたことが挙げられる。
さらに,税制改革案に投資税額控除(ITC)の廃止が86年に遡及して実施されることが盛り込まれていたことも86年の設備投資を抑制する要因になったものと考えられる。
さて,設備投資を賄う資金供給面をみると,82年以降内部留保が比較的低い水準にある中で,加速度償却制度(ACRS)の導入,インフレの沈静化により減価償却が急速に拡大したため,キャッシュ・フロー(内部留保+減価償却)全体も増大した。この結果,内部資金調達比率はかなり高く,84年以降急拡大した名目設備投資を内部資金で賄える形となっている(第1-3図)。
第1-3図 アメリカの企業(非農業,非金融部門)の資金フローと設備投資の推移
今後の設備投資については86年12月のOPEC合意を反映した石油価格の上昇により石油掘削関連部門の設備投資に下げ止りが期待されるものの,①稼動率がなお低水準であること,②今回の税制改革によってACRSの縮減・合理化が87年初より実施されるため86年初にさかのぼって実施されたITCの廃止とともに企業のキャシュ・フローの減少,資本コストの増大を生むこと,③オフィス・ビルの空屋率が高水準であること,などにより低迷が予想され,本格的な回復にはなおかなりの時間を要すると考えられる。
住宅投資は,85年に入り84年後半の落ち込みから回復に転じた後,86年前半にはかなり好調な伸びを示し,個人消費とともに成長の索引役となった。住宅着工件数も1~3月期に一戸建を中心に急増した(第1-4図)。これは86年に入り一段と住宅抵当金利が低下したためと考えられる。住宅抵当金利と住宅着工件数の関係をみると,相関係数,単回帰式いずれをとってみても,一戸建住宅着工の方が集合住宅と比べてもかなり金利に敏感に反応するといえよう(第1-4図の(注)参照)。
しかし,住宅着工件数は5月以降減少に転じた。特に集合住宅(5戸建以上)の減少が大きく,4~11月までの減少戸数の約2/3(62.7%)を占めている(第1-5図)。このような集合住宅の減少は,①「81年経済再建税法」の投資優遇措置により,オフィスビルと同様,アパート等の貸家もタックス・シェルターを利用した建設増で供給過剰となり,空屋率が歴史的にみてもかなり高水準にあること,②85年末に州,地方政府が非課税の住宅抵当債(morgagerevenuebond)を発行したため,86年初に大幅な着工増があったこと,③今回の税制改革でキャピタルゲインの課税強化,不動産の償却期間の延長等税制上の優遇措置の縮減が早くから盛り込まれていたこと,等によるものと考えられる。一方,好調に推移していた一戸建住宅も86年後半以降,①86年夏に住宅抵当金利が一時的にやや上昇したこと,②住宅価格の急上昇,等によりやや力強さを欠いている。
今後の動向については,高水準の空屋率,税制改革の影響により,集合住宅の大幅減少は避けられないものの,一戸建住宅は金利低下傾向を反映して今後とも堅調に推移するものと見込まれる。したがって,GNPベースの住宅投資は,一戸建の規模,増改築の動向等により,住宅着工件数の動きとかい離はあるものの,タイム・ラグをへて住宅着工件数の動きを反映するものと考えられ,増勢は大幅に鈍化するものと見込まれる。
在庫投資は84年の4~6月期以降積み増し幅が急速に縮小し,86年1~3月を除き,ほぼ一貫して大幅な成長率の引き下げ要因となっており,在庫調整は長期化している。
ただし,産業別にみると,やや異なる動きがみられる。まず小売業では,在庫の動きが自動車在庫の動きにかなり左右されている。自動車業界では85年秋に,販売促進策を実施し,同年夏頃までに積み上がった過剰在庫を削減したが,85年10~12月期以降乗用車販売が反動で鈍化している中で,価格の引き上げと生産の増加が行われたため,86年1~3月期には,意図せざる在庫が大幅に積み上がった。この自動車の在庫増は同期の非農業在庫投資の約8割をしめ,成長にプラスに寄与した(同期の非農業在庫投資の成長率への寄与度2.4%)ものの,企業の負担を高める結果となった。自動車業界はこの在庫の削減を図るため,86年の8月末~10月上旬に更に積極的な販売促進策を行って販売を伸ばし,在庫を急減させた。しかし,その後も依然として自動車の生産は高水準となっているほか,価格も大幅に引き上げられており,在庫は再び高まりをみせている。以上のように自動車産業は,在庫調整において悪循環に陥っていると思われる。
第1-6図 アメリカの乗用車(国内)の生産,販売,在庫の推移
一方,自動車を除く小売在庫をみると,在庫比率が84年前半高まってからほぼ横ばいを示しており,明白な在庫調整は進展していない。したがって,今後個人消費の堅調が期待しにくい状況の下,小売業全体の在庫率は比較的高水準を続けると見込まれる。
卸売業では,在庫率が86年前半大幅に上昇しているが,これは主に石油輸入の増大によるものと考えられ,年後半には減少気味に推移した。
製造業では,在庫率が85年後半低下に転じ在庫調整が進展したものの,86年に入りはっきりした在庫積み増しは生じていない。これは,企業の在庫管理技術の向上とともに,①輸入の増大による国内市場のシェアの縮小,②物価低下による収益の圧迫,在庫評価損の発生,③受注の不振,等もあって,製造業者が在庫積み増しにかなり慎重になっているためと考えられる。このため,企業は在庫管理を強化し,在庫率を低水準かつ安定的に保とうとしており,電気機械,化学等の比較的受注の増加している業種では在庫が積み増される一方,受注の不振な一次金属,一般機械では在庫削減が続いている。
今後については,製造業の先行も見通しにかなり明るいものが出てこない限り,積極的な在庫積み増しに転じるまでにはなお時間を要するものと考えられる。
鉱工業生産は85年に,総需要が低下する中で純輸出の赤字が継続したため,その伸び率を著しく鈍化させ(84年前年比11.2%増,85年同2.0%増),さらに86年に入ると,年央まで前月比で減少を続けた。この理由としては,在庫調整の進展が遅滞したことから,個人消費の増加が必ずしも生産増に直結しなかったこと,設備投資の不振や純輸出の悪化が国内生産を抑制したこと,等が挙げられる。加えて,85年末から始まった原油価格の低落が石油産業とその連関産業に及ぼした悪影響も大きく,これは単に全体としての鉱工業生産水準を引き下げたにとどまらず,部門間のインバランスという新たな問題を生じさせた(第1-8図)。
しかしながら,年後半に入ると,鉱工業生産は徐々に回復に向かい,特に11,12月には伸び率がそれぞれ前月比0.6%増,0.5%増と大幅に高まった。これは,下落を続けてきた原油価格が下げ止まり,反転の兆しをみせたことから,鉱業生産が上向いたこと,在庫率の低下や税制改革実施前の駆け込み需要等の要因から耐久消費財を中心とする消費財生産が急増したこと,等に起因するものとみられる。
雇用情勢をみると,85年前半に7.2%で下げ止まっていた失業率(軍人を含む)は,同年10~12月期に6.8%まで低下した後,86年に入ると,1~3月期7.0%,4~6月期7.1%とやや上昇を示した。しかし,その後失業率は7~9月期6.8%,10~12月は6.7%と再び7%を下回る水準に低下し,事業所統計でみた雇用者数が7月から11月にかけて増加を続けたことと相まって,雇用情勢は86年後半には改善に向かったものと考えられる。
これは,基本的には鉱工業生産が上向きに転じたことを反映するものであるが,生産に部門間のインバランスが生じたように,雇用の改善にも産業別に差異がみられた(第1-1表)。例えば,石油価格下落の影響を直接に受けた鉱業部門では,年初来ほぼ一貫して雇用者数が減少し,製造業でも一般機械や電気機械などの基幹部門で同様な現象がみられたが,反面,サービス業では雇用者数が一貫して増加を続けた。こうした産業部門間の差異は地域間の雇用格差に投影され,石油を産出するメキシコ湾岸の州や農業を主産業とする南部州などでは失業率が相対的に高くなっている。
86年の物価は,これまでの安定傾向に加え原油価格が大幅低下したため,卸売物価,消費者物価とも86年前半には前期比で上昇率がマイナスに転じるなど,極めて落ちついた動きを示した。しかし,エネルギーを除くベースでみると,消費者物価は引き続き年率4%弱で上昇しており,卸売物価も86年後半以降伸びを高めているなどこれまでは物価上昇の要因が原油価格の低下に覆い隠されていたものと考えられる。特に今後は,①原油価格が86年12月のOPEC合意を反映して上昇したこと,②ドル安による輸入価格の継続的上昇が次第に国内物価へ波及すると見込まれること,などにより物価は緩やかに上昇すると予想される。
賃金上昇率(時間当り,非農業)は82年に雇用情勢の大幅悪化を主因に急激に低下した。その後,83年以降も失業率の低下等の雇用情勢の改善にもかかわらず,賃金上昇率は引き続き緩やかに鈍化している(本文第3-3-5図)。これには,インフレの沈静化が大きな影響を与えたと考えられるが,それまで実質賃金の維持を重視してきた労働組合が雇用の確保を優先するため,労使交渉に際して柔軟な姿勢をとるようになったことも見逃せない。このため協約賃上げ率も鈍化傾向にある(第1-2表)。この背景には,海外との競争激化があげられよう。なかでも重厚長大産業をかかえ労働組合組織率の高い製造業では,80年代以降,特に国際競争力が外国企業に比し低下し,輸入品がアメリカ市場に大きく浸透するようになったため,賃金決定方式の見直しを余儀なくさせられたものと考えられる。一方,労働組織率も産業別では,サービス産業,ハイテク産業,労働力別では女子労働力など,組織化の進んでいない労働者の比重が相対的に上昇しているため,長年にわたり低下してきている(70年27.3%,80年23.0%,85年18.0%)。したがって,労働組合,労働協約そのものの指導力,重要性もかなり低下してきているといえよう。
85年2月下旬を境に米ドルが主要通貨の多くに対し減価を続けるなかで,アメリカの経常収支は85年も悪化し,赤字幅は84年の1,074億ドルから1,177億ドルへと拡大した(第1-3表)。86年に入っても1~9月期だけで既に1,000億ドルを超える赤字(1,047億ドル)を計上しており,通年の赤字幅は前年を大きく上回るものとみられる。
まず85年の商品貿易をみると,輸出では,農産物輸出が世界的な供給過剰による市況の低落を背景に,前年比23.0%減(296億ドル)と不振を極め,非農産物輸出が同1.8%増加(1,848億ドル)したものの,全体では同2.5%減(84年同9.0%増)となった。一方,輸入は84年の記録的な大幅増(前年比23.6%)に比較すると,前年比1.9%増とかなり増勢を鈍化させたが,これは専ら石油および石油製品の輸入が同11.8%も激減したことによるものであり,非石油製品輸入は同4.8%の増加を記録した。これらの結果,85年の貿易収支赤字は前年比119億ドル増加して1,245億ドルとなったが,82年から84年の間に比較すると,収支悪化の程度ははるかに小さかった。
86年1~9月期までの動きをみると,輸出は,農産物輸出が新農業法施行を前にしての諸外国の買い控え等新たな要因も加わったことから引き続き減少するなかで,全体としてはドル安の効果もあって前年同期比1.5%増と回復をみせた。しかし輸入が石油輸入の継続的減少にもかかわらず,ドル安の下での輸入価格の上昇もあり,同10.1%増と増加率を大幅に高めたためJカーブ効果が働き,貿易収支赤字は1~9月期までに既に1,000億ドルを突破(1,098億ドル)し,年率換算(季調済)では1,464億ドル(前年比220億ドル増)に達した。国別(年率換算ベース)に赤字の大きい相手先としては,日本(531億ドル,前年比96億ドル増),西ドイツ(144億ドル,同38億ドル増),台湾(143億ドル,同31億ドル増),韓国(68億ドル,同25億ドル増)等があげられる。
次に貿易外の受払をみると,85年には直接投資収益の純受取が263億ドルと急増(84年は123億ドル)していることがめだつ。これは,85年2月下旬からドル高修正が始まったことによって,既存在外資本のキャピタル・ロスがキャピタル・ゲインに転じたことに大きく影響されたものである(第1-4表)。この結果,旅行運輸等で純支払額が増加したものの,85年の貿易外収支は217億ドルの黒字となり,黒字幅は前年比35億ドル拡大した。86年1~9月期の黒字も163億ドルに上っており,これまでのところアメリカの貿易外収支の黒字基調に著変はないが,大幅な経常収支赤字の継続によってアメリカの対外投資ポジションが85年末には1,070億ドル余りの債務超過に転じたと推定されるため,今後は投資収益等の面でこれが貿易外収支の圧迫要因になるものと予想される。
82年以降,経常収支が大幅な赤字を計上する一方で,アメリカの資本収支はほぼこれに見合って流入超過を続けている(第1-3表)。個別にみると,まず民間直接投資は,アメリカがそれまでの純投資国から純受入国へと転じた81年以降84年まで流入超過を続けたが,85年には流出額が188億ドルと大幅に増加して,僅かながらも流入額(179億ドル)を上回った。これは主に,ドル高修正の進行による投資収益(キャピタル・ゲインを含む)の膨張が,そこから生じる再投資収益を急増させたことに起因しており,アメリカ企業による子会社株式の取得額だけをみると,むしろ,84年,85年と減少が続いている(第1-4表)。特に85年には,石油会社がカナダやラテン・アメリカの子会社を売却したこともあって,新規取得額が保有分の売却額を下回った。また,アメリカとの租税条約の締結によって80年代に入ってから急増していたオランダ領アンチル所在の金融子会社からのユーロ資金調達(国際収支ではマイナスの対外直接投資に計上される)が,84年7月の外国人に対する源泉利子課税撤廃によって急減し,証券投資に振りかわったことも統計上の対外投資の増加に大きく寄与しており,85年の流出超過にはこれらの特殊な要因が少なからず働いている。86年上半期をみても,ドル高修正の継続によって,アメリカ企業の再投資収益が増加する一方,アメリカに投資している外国企業の同収益は減少しているため,直接投資は10億ドルの流出超過を続けているが,アメリカ企業による子会社株式の取得は依然低迷しており,保有株式の売却がこれを上回るという状況に変化は生じていない。
次に民間証券投資をみると,85年は対外投資,対内投資とも活発であり,特に後者が既往最高の714億ドルに達した結果,全体では634億ドルの流入超過となった(第1-5表)。対外投資は前年費29億ドル増の80億であったが,この増加はもっぱら株式部門に集中し,外国債券の購入は前年比ほぼ不変であった。一方,対内投資の急増は社債部門を中心に既に84年から始まっていたが,同年の急増が主としてアメリカ国内の大型企業買収のファイナンスに起因していたのに対し,85年のそれは,外国人に対する源泉利子課税の撤廃(84年7月)によってアメリカ企業のユーロ市場や各国市場における直接的な起債が著増したことに多くをよっている(従来はオランダ領アンチルの子会社を通じる間接的な起債が中心であり,この場合の資金流入は対外直接投資のマイナスとして記帳された)。86年上半期に入っても,これらの基本的な特徴に著変はないが,対内投資面で,ニューヨーク株価の高騰を背景にイギリス,スイス,日本等からの株式投資が急増していることが新たな変化として注目されよう。
なお銀行資金は,85年には大幅な流入超過(397億ドル)であったが,86年4~6月期に国内資金需要の低迷と国内金利の低下による内外金利差の小幅な拡大等の要因から流出超過に転じたこともあり,86年1~9月期累計では157億ドルの流入超過となっている。
①財政収支均衡法の問題点
連邦財政収支は財政収支均衡法の実施にもかかわらず,大幅な赤字を続けており,財政収支均衡法の赤字削減効果に疑問が呈されている。
まず,財政収支均衡法実施初年度の86年度については,86年2月1日にレーガン大統領が117億ドルの一律歳出削減命令(86年度は117億ドルの削減が上限)を発令した。
この時点での86年度の財政収支赤字は2,088億ドルと85年度の2,119憶ドルを下回ると見込まれていた。しかし,現実には,当初の見通しに比べ,歳出が48億ドル上回る一方,歳入が131億ドルと大幅に下回ったため,86年度の財政収支赤字は2,207億ドルと過去最高となった。また,87年度の財政収支赤字については,86年10月に成立した予算調整法案による110億ドルの赤字削減,税制改革による税収増(110億ドル)等により1,510億ドルと財政収支均衡法での最終修正期限の86年10月の段階では,財政収支均衡法の許容額(87年度の目標額1,440億ドル+100億ドル)以内に収められるとの見通しの下に,財政収支均衡法による一律歳出削減は行われなかった。しかし,87年1月5日に発表された88年度予算教書では,87年の経済成長率を下方修正している〔第4四半期対比4.2%(年央改定見通し86年8月)→3.2%〕こともあって1,732億ドルの赤字が見込まれている。以上のように,財政収支均衡法の大きな抜け穴は,比較的楽観的な経済見通しを前提とした過大な歳入見積りにより,財政赤字を財政収支均衡法の赤字目標額に収めるというつじつまあわせができることにあると考えられる。
88年度予算教書に提案された88年度予算についても,財政収支赤字は1,078億ドルと財政収支均衡法の目標額(1,080億ドル)以内に抑えられてはいるが,やはり,前提となる経済見通しが楽観的であること(88年実質GNP成長率は第4四半期対比3.7%増の見込み)などにより現実味に乏しいものといえよう(第1-6表)。
このように,今後,財政収支均衡法に基づく財政赤字削減の目標達成はかなり困難であると予想される一方,逆に財政赤字削減が急激に進展すれば,そのデフレ効果による悪影響が懸念されるため,政府,議会には,急激な赤字削減よりも着実かつ継続的な赤字削減努力が求められているといえよう。また,財政収支均衡法の手続,目標額の見直し等も検討されるべき課題といえよう。
②今回の税制改革と「81年経済再建税法」との比較
87年より施行された「86年税制改革法」と第1期レーガン政権の経済再活性化政策の柱である「81年経済再建税法」を比較すると,後者はある程度のインフレーションを前提とした上で税制面から貯蓄,投資の促進を図ることによりアメリカ経済の再建,成長を実現することを目標としていた。他方,前者は,税収への中立性(revenueneutral)を大前提とした上で,公平・簡素・成長を目指し,長期的に税制構造そのものを改革することを意図しており,その特徴は,税率のフラット化を図る一方,各種の優遇措置,いわゆる「税の抜け穴」をつぶすことにより,資源配分のゆがみを是正し,課税ベースを広げることとしており,結果的には「81年経済再建税法」のゆがみをも是正することになった。まず,①「81年経済再建税法」において加速度償却制度(ACRS)の導入,投資税額控除(ITC)の拡大が行われたのは,それまで,高インフレーションの下で大幅な償却不足,法人実効税率の上昇が生じていたためである。しかし,その後のインフレ鎮静化とともに逆にITCとACRSの組み合わせが過度の償却を発生させ,実効税率がマイナスになるケースもでてきた。このため,ぼう大な設備を必要とする重厚長大産業には有利に,ハイテク,サービス産業は相対的に不利になるというゆがみが生じたとされ,今回の税制改革では,ACRSの縮減・合理化,ITCの廃止が決定されたのである。
また,②「81年経済再建税法」におけるACRSの導入,キャピタル・ゲイン課税の軽減により,高額所得者がパートナーシップを組み,タックス・シェルターを利用した節税目的の非生産的投資(不動産中心)を積極的に行い,資源配分が大きくゆがめられた(注参照)。
しかし,今回の税制改革では,不動産に対して特に厳しい償却期間の延長,キャピタル・ゲイン課税強化(通常の所得と同一),納税者が実質的に参加していない事業から生じた償却費の他の所得からの控除廃止,等が盛り込まれ,タックス・シェルターは大幅につぶされた形となっている。
以上のように今回の税制改革は,税によってインセンティブを与えるのではなく,税制が資源配分に影響を与えないという形で非生産的投資から生産的な投資へ資金が流れ,投資の効率性が高まることをねらいとしており,「81年経済再建税法」とは明らかに異なるスタンスにあると考えられ,その影響も長期的な視点でみるべきであろう。
注:タックス・シェルターを利用した不動産投資の実際まず,税法上の償却期間が現実よりも短いことを利用して,多額の償却費用を他の事業から得た所得より控除することにより節税する。この場合,限界税率の高い高所得者層ほど節税額は大きくなる。一方,この不動産資産は現実には償却が終わっていないため,売却するとキャピタル・ゲインが発生する。加えて,キャピタル・ゲインの実効税率は通常の所得の税率よりも低かったため節税することができ,全体として利益を上げることができた。
連邦準備制度の金融政策は86年も前年に続き,緩和的なスタンスを維持した。
ボルカー連邦準備制度理事会議長は86年2月に同年の金融政策報告を議会に提出し,併せて,この内容に沿って議会証言を行った。このなかで同議長は,インフレの鎮静や失業率の低下をあげて,経済の基礎的な諸条件は概して良い方向へ向かっていると判断し,財政赤字削減の見通しが立ったこともあって,今後は金利がいっそう低下し,新規投資を促進するであろうとの期待を示した。
金融政策については,狭義のマネーサプライ(M1)が前年から急増していることがひとつの懸念材料であった(第1-10図)。しかし,NOW勘定の登場によって現在のM1は決済機能に加えて貯蓄機能も併せ持っているため金利の低下局面では膨張圧力を生じ易いこと,また上述のような経済の流れに照らすと,M2,M3が目標圏内で推移するなかで,このような特殊性をもつM2だけを抑え込むために金融を引き締めるのは適当でないこと,を理由に,ほぼ前年並みのマネーサプライ増加目標圏が設定された(M3:3~8%,M2:6~9%,M3:6~9%)。しかも,この直後の3月7日には短期市場金利が横ばいを示すなかで(第1-9図),0.5%ポイントの公定歩合引き下げが行われ,続いて4月21日にも同様に0.5%ポイントの引き下げが行われたことから,連邦準備制度の金融政策スタンスはかなり緩和的なものであると受け取られるようになった。
さらに7月に議会に提出された年央の金融政策報告のながで,ボルカー議長は当初の期待に反して盛り上がらない設備投資や石油産業,農業と住宅,サービス産業との間で顕著になってきた部門間のインバランスに懸念を表明し,インフレがなお沈静を保なかで成長速度が鈍化していること,またM1を取り巻く環境が大きく変化していることを考慮して,86年後半には,M1が目標圏を上回って増加しても,これを容認する方針を明らかにした。こうして連邦準備制度の緩和的な政策スタンスはますます明瞭なものとなり,これを裏づけるがのように,7月11日と8月21日に,相次いで公定歩合が0.5%ポイント引き下げられた。
しかし,連邦準備制度の基本的な政策目標が引き続き物価の安定に置かれていることも明らかであり,インフレ再燃に対する警戒感は依然として根強い。7月の金融政策報告には,87年のマネーサプライ増加目標圏(暫定)も示されたが,ここでM2およびM3の目標圏がともに5.5~8.5%(M1については年末に再検討するとの前提で3~8%)と0.5%ポイント引き下げられたことにも,当局のそうした姿勢が反映されているといえよう。
アメリカ経済は今後,短期的には今回の税制改革による増税効果が先行するため,一時的にマイナスの影響を受けることは避けられないものと予想される。
また,財政赤字削減の見通しも不確定であり,仮に赤字削減が予定どおり行なわれるとしても,急激な削減が経済にデフレ効果を与える可能性もある。しかしながら,①86年12月のOPEC合意を反映した石油価格の上昇により物価は緩やかに上昇するが,石油掘削関連部門の不振が底入れする一方,②純輸出の緩やかな改善が成長に徐々にプラスに寄与するとともに,改善が本格化すれば,製造業の生産・雇用の活発化を通じて稼動率が上昇し,設備投資,在庫投資に好影響を与えるものと期待される。また,③87年後半以降税制改革による個人所得税減税効果が個人消費にプラスの影響を与えると予想される。
以上のようにアメリカ経済は国内最終需要の増勢鈍化が純輸出の改善に相殺される形で87年も緩やかな拡大を続けるものと見込まれる(第1-7表)。
87年もアメリカ経済のカギを握るのは純輸出の動向であろう。
85年に比較的高い成長率を示したカナダ経済は,86年に入っても緩やかな成長を続けているが,景気の拡大速度にはやや鈍化がみられる。(第2-1表)。85年の実質GDPは,個人消費,住宅投資,設備投資等内需の好調から前年比4.0%増となった。86年に入ってからは,個人消費,住宅投資は増加傾向を続けているものの,原油価格低下の影響もあって設備投資が不振となっている。また,純輸出も4~6月期を除いてはマイナスに寄与し,在庫投資も7~9月期には自動車の在庫減から寄与度がマイナスになっている。
物価は落ち着いた動きをみせていたが,86年後半からやや上昇の兆しもみられる。雇用情勢は86年央にやや失業率が高まったものの,基調として改善を続けている。対外面をみると,貿易収支黒字幅は縮小傾向にあり,このため経常収支は85年7~9月期から連続して赤字となっている。また,財政赤字は減少をみせているが依然その額は大きく,地域経済格差の是正とともに,マルルーニー政権の重要課題として残っている。70年代に縮小傾向がみられた地域経済格差は,80年代に入って再び拡大をみせており,特に86年に入ってからは原油・穀物価格の低下が,製造業を主産業とするオンタリオ州・ケベック州と,鉱業・農業を主とするその他の地域との経済格差を拡大させている。
実質個人消費は,85年に自動車等耐久財を中心に前年比5.0%増と84年に続き好調な伸びを示した後,86年に入ってからもほぼ好調を続けており,1~9月の前年同期比は4.4%増となっている。自動車の購入は前年の急増の反動から86年に入って減少していたが,値引等もあって7~9月期には大幅増となり,個人消費を支えた。この個人消費の好調は,個人所得増による可処分所得の増加等によるものである。個人所得の内訳をみると,雇用者数の増加から賃金・給与所得が増加し,個人業主所得も増えている。
しかし,個人貯蓄率が7~9月期9.1%と低下してきていること(85年7~9月期は12.4%),コンファレンス・ボード調査(7~9月期)の消費態度指数が下落していることもあって,今後とも個人消費が経済成長の中心となり続けることにはやや懸念が残る。
住宅投資は,86年初の一時的な減少を除いて,ほぼ堅調に推移している。主として,所得の上昇等を背景に住宅需要が著しく増加したこと,住宅価格は上昇したもののローン金利が低下していること,などによる。
85年の民間設備投資は,金利の低下,稼働率の上昇(85年1~3月期77.4%→10~12月期80.8%)等から82年以来の低迷をぬけ出し前年比4.1%増となった。特に,国家エネルギー計画の改正による規制緩和等により資源開発関連の投資が上向いた。しかし,85年末からの原油価格の急落により,資源開発関連の投資が落ち込み,設備投資は86年4~6月期前期比3.9%減,7~9月期同1.3%減と再び停滞している。
政府支出は,財政赤字削減のために抑えられており,85年は前年比2.0%増,86年に入ってからは前期比減少または横ばいが続いている(1~9月の前年同期比0.8%増)。
在庫投資は85年には年間をならしてみると,大きな動きはなく,GDP成長率に対する寄与度はゼロとなった。86年前半には耐久財消費が振るわなかったこと等から在庫の積み上がりがみられたが,7~9月期には値引等により販売が好調であった自動車の在庫が大きく減少したことから在庫投資はGDPにマイナスに寄与した。
鉱工業生産は,85年には製造業を中心として前年比4.9%の増加となった。86年に入ってからは鉱業生産が原油価格の低下等から減少,輸送機械等耐久財生産も減少しており,総合でも年初から3四半期連続して減少している(第2-1図)。
雇用情勢は改善を続けており,なお高水準ではあるものの,失業率は84年11.3%,85年10.5%から,86年には9%台に低下した。この改善傾向は年央には景気全体の鈍化のため一時足踏みしたが,その後は就業者数の増加,失業者数の減少が続き,11月の失業率は9.4%となっている。
しかし一方では,カナダにとって長年の懸案となっている若年層の高失業(15~24歳の10月の失業率14.9%,25歳以上同7.9%)は継続しており,世界的な原油・穀物価格の下落の下で,地域間格差も拡大している。
80年代初までは石油及びその他の天然資源を生産する西部4州は,世界市場価格の高値から利益を受け,雇用も順調に増加した。81~82年の不況時には全州で雇用が減少し,失業率が高まったが,石油や穀物価格が低下するという状況の下で,その後の回復には地域差がみられた(第2-2図)。製造業中心のオンタリオ,ケベック両州の失業率は83年をピークに低下している。一方,農業及び石油産業を主とし,70年代半ばから83年まで全国で最も失業率が低かったプレーリー地域(第2-3図注参照)では次第に相対的に失業率が上昇してきており,85年末からの原油価格急落の下で失業率は更に高まる傾向にある。特にブリティッシュコロンビア州では顕著で,81年まで全国平均を下まわっていた失業率が82年以降平均よりもかなり高い水準で推移している。また,大西洋地域では84年以降15%以上の失業率が続いている。このため,政府は地域の特性にあった雇用創出策に取り組んでいる。
1人当たり国民所得(第2-3図)をみても,70年代に縮小傾向がみられた地域格差は,80年代に入り再び差が広がってきている。特に鉱業・林業等が中心のブリティッシュコロンビア州の地位の低下が大きい。
85年の物価は,前年に引き続き落ち着いた動きをみせた。86年に入ると,原油価格の急落の影響から卸売物価(工業生産価格)上昇率は大きく低下した(第2-1表)後,10月には前月比0.7%となった。消費者物価も前年同月比4%前後の上昇を続け,11月には前月比4.5%となり,物価にはやや上昇の兆しがある。消費者物価の上昇には連邦及び州の間接税の増税,新築住宅価格の高騰などが影響しているとみられる。
貿易動向(国際収支ベース)をみると,85年の輸出はアメリカの景気拡大鈍化等から前年比7.2%増,数量では同5.9%増となった(84年輸出同23.7%増)。一方輸入は,国内景気が引き続き活発であったことから同12.3%増,数量で同11.8%増となった。この結果,85年の貿易収支黒字は175億ドルと84年の207億加ドルより減少したが,82,83年と同水準となった(第2-2表)。
しかし86年に入ってからは,原油価格の下落から原油輸出が1~9月前年同期比33.9%減少したこと,地域別にみると対米輸出が同0.2%増と伸び悩んでいることなどから合計でも1~10月同0.5%増にとどまっている。これに対し輸入は1~10月同8.7%増となり,貿易収支黒字幅は78億加ドルと85年の同期の153億加ドルのほぼ半分に縮小している。特に7月には少額とはいえ10年振りの貿易収支赤字を記録し,5四半期連続の経常収支赤字とともに対外面の今後の動向が注目される。
85年の経常収支は,貿易収支黒字幅の縮小,貿易外収支の赤字幅の拡大から3年振りに赤字に転じた(第2-2表)。
86年に入り,EXPO86ブームによる旅行収支の改善等から貿易外収支の赤字幅が縮小したものの貿易収支黒字の減少から経常収支赤字は拡大傾向にある。
長期資本収支は,85年28億加ドル,86年1~9月138億加ドルの黒字となり,基礎収支は黒字を続けている。
財政赤字の削減は,マルルーニー政権の大きな公約の一つであり,これまである程度の成果がみられてきたものの,引き続き中心課題とされている。85/86年度(85年4月~86年3月)の歳入は景気拡大に伴う税収増などがあり前年度比8.4%増,これに対し歳出が同2.0%増に抑えられたため,財政赤字は345億加ドルと前年度の383億加ドルより38億加ドル減少した。86/87年度については,原油価格,穀物価格の下落等外的要因から当初(86年2月)の295億加ドルの赤字見通しが320億加ドルへと修正された(同9月)。修正後の赤字額も前年度を下回ることになるので,16年振りに2年連続の改善となる見込みであるが,依然として額は大きい。
マルルーニー政権は84年9月の発足以来,国家エネルギー計画の撤廃,外国投資審査法の廃止とそれにかわるカナダ投資法の成立,財政赤字の縮小,雇用創出,米加関係の改善,米加自由貿易交渉の開始といった重要案件をこなしてきた。特に86年には,原油,穀物価格の下落というカナダ経済にとっては深刻な状況の下,9月に石油ガス収入税の繰上げ廃止(当初予定では89年までに段階的廃止)を行い,12月には農家救済のための特別助成金支給を決定している。
87/88年度予算編成における政府の課題は,①責任ある財政運営,②経済成長及び雇用創出の環境改善,③貿易の促進及び外国市場の拡大,④税制改革となっている。①についての具体策は87年春に発表される予定であるが,86年10月のウィルソン蔵相の演説によると,「公平」「簡素化」等9つの指針の下に検討が進められることとなっている。改革の重点は,所得税率の引下げ,法人税率の引下げ,租税優遇措置の大幅縮減による課税ベースの拡大,現行の製造者売上税の廃止とサービスにも課税する新たな間接税の導入であり,これらを通じて所得税に傾斜している税収構造の是正を目指している。
86年1,2月,カナダ・ドルは国際収支の悪化等から史上最安値をつけたが,カナダ銀行の介入,金利の高め誘導(大蔵省証券3ヵ月物に連動する公定歩合は年初9.62%→2月13日12.10%)等により落ち着き,ベーカー米財務長官の加ドル安批判発言の出た5月には年間最高値をつけた。その後はほぼ横ばいで推移している。金利も,7月には公定歩合は8.34%と78年8月以来の低水準となり(12月末現在8.49%),プライム・レートも7月に8年振りに9.75%と10%を下回り,その後据え置かれている。しかし米加の短期金利差をみると,86年12月現在,約3%と依然大きい(70年代平均1%弱)(第2-4図)。
このような中で,カナダ銀行総裁が交替するが,インフレ抑制及び力ナダ・ドル維持重視の金融政策は今後も支持されるとみられる。
86年のカナダ経済は,当初実質成長率3.7%と予想されていたが(第2-3表),原油,穀物価格の低下等の影響もあり,86年9月には約3%と見通しが下方修正された。しかし同時に発表された蔵相のコメントによると,経済のファンダメンタルズは依然健全であり,87年においては成長率は高まるものとされている。
1986年のイギリス経済は,前年末からの原油価格の大幅低下で直接的な打撃を受けたものの,81年央以来の緩やかな景気拡大を依然として続けている(第3-1図)。86年の実質成長率は,炭鉱スト後の回復もあってやや高目となった85年よりは鈍化するが,過去4年間の平均に近い2.5%と政府は予測している。景気拡大の牽引力は85年後半以降,輸出から個人消費を中心とする内需に移っており,国内需要は堅調を続けている。一方,製造業は,工業品輸出の伸び悩みもあって,小幅の上昇にとどまった。雇用情勢は依然厳しいが,サービス業などで雇用増が続いており,失業者数の増加傾向も夏頃までにほぼ峠となり,年末にかけて若干減少した。物価は86年に入って,上昇率の鈍化テンポを早め,夏には2%台前半と20年ぶりの低水準を記録したが,その後は下げ渋り,秋頃からやや上昇を示している。
貿易収支は,主として原油価格急落による石油輸出額の減少から,86年には赤字幅が急拡大し,経常収支も下期に入って赤字化した。
政策面では,インフレ抑制の基本的スタンスを引き続き維持しているが,金融政策はポンド相場の動向をも考慮しながら,金利をより重視しつつ機動的に運営されている。財政政策も,中期財政金融戦略の下で財政赤字幅の抑制を続けているが,86年11月発表のオータム・スティトメント(財政計画概要)では,86~88年度について歳出増を認めるなど,若干の手直しが行われた。
実質GDP(生産ベース)は,81年4~6月期を底に,緩やかながら息の長い拡大を続けており,85年の3.7%増(炭鉱ストによる反動増を調整すると約3%増)に続いて,86年1~9月の前年同期比は2.7%増となった。政府は,86年成長率を春には実質3%と予測していたが,その後原油価格低下による景気へのプラス効果が出おくれているとして秋には2.5%へ下向き改訂し,87年になって3%にもどるとしている。
実質個人消費は,85年の3.7%増の後,86年に入ってからも大幅な伸びを続け,1~9月の前年同期比は4.7%増となり,同期間のGDP寄与度は2.9%に達している。特に乗用車や電気・エレクトロニクス製品など耐久財需要が強く,小売売上げ高も7~9月の前期比1.8%増の後,10~12月期には同2.5%増(86年5.3%増)ときわめて好調である。
これには,①実質可処分所得が,インフレ率の急速な低下,賃金上昇率の高止まり,所得税減税等から,着実な伸びを続けており,85年の2.8%増についで,86年上期にも前年同期比3.6%増となっていること,②消費者信用制度がカード化の進展などもあって普及してきたこと(新規賦払信用85年12.9%増,86年1~8月の前年同期比10.5%増)も要因としてあげられている。この結果,貯蓄率は,85年の11.1%から,86年7~9月期には10.5%に低下している(第3-1表)。
住宅投資は,85年には公共住宅の大幅減を中心に前年比5.2%減と不振であったが,86年には回復を示し,上期の前年同期比は6.1%増(民間5.4%増,公共8.1%増)となっている(第3-2図)。住宅着工件数の動きをみても,上期の前年同期比6.0%増の後,7~9月期には前期比で4.3%増(民間3.9%増,公共6.8%増)と著増しており,下期にも増加が続いているとみられる。
民間住宅需要は,実質金利が86年に入ってむしろ上昇しているにもかかわらず,建て替えや改修も含めてきわめて旺盛であり,住宅価格が過去1年で平均14%程度上昇したことから,一部には建て急ぎもあるとみられる。資金面でも,住宅金融組合の他,市中銀行も積極的に融資しているため潤沢となっている。
設備投資(民間非住宅)は,85年には前年比実質10.1%増と前年に続いて高い伸びとなった。しかし,この増加は主として,1~3月期における初年度特別償却制度の漸廃前のかけ込み投資によるものであり,その後はむしろ減少から伸び悩みを示した。86年に入ってからも,同様なパターンがみられ,1~3月期前期比4.2%増の後,4~6月期は同6.2%減となっている(第3-2表)。
企業設備投資(民間非住宅投資の約65%,85年)でみると,86年4~6月期前期比5.3%減の後,7~9月期には同0.1%減とほぼ横ばいに止まった。主として製造業が7~9月期にも同2.7%減と減少を続けたことによる(1~9月の前年同期比2.6%減。企業設備投資では同1.0%減)。
86年に入って設備投資が伸び悩んでいるのは,①初年度特別償却制度が86年3月末で全廃されたほか,②これまで大幅な増加を続けて来た企業所得が,北海石油関連で86年上期に前期比43.1%減となったのをはじめ,非石油関連でも5.7%増と小幅化していること(85年は29.3%増),③息の長い景気拡大が続いている中で稼働率は上昇傾向にあるものの,86年に入ってからはむしろ低下していること(86年7月84.8%,前年同月87.4%),④金利は一時かなり低下したが,86年に入って再びやや上昇し,インフレ率の低下もあって,実質金利では更に高くなっていること(85年末5.8%→86年11月7.5%)などを背景としたものである。このため,12月央発表の貿易産業省企業投資予測調査は,86年について実質1.0%減と,前6月発表の見通し3%増を大幅に下向き改訂している(製造業はO→2.4%減)。
在庫投資は85年にはプラスに転じたものの,炭鉱スト後の4~6月期に石炭などを中心とする大幅な積み増しがみられたほかは,増加幅は小さく85年のGDP寄与度は0.4%にとどまった。86年上期には,卸売部門を中心に流通在庫が増加し,GDP寄与度は0.7%にたかまった。しかし,製造業在庫は,85年下期の大幅減の後,86年に入ってからも減少傾向を続けており,在庫率(在庫水準/生産,1979年10-12月期=100)も更に低下して,7~9月期には91.1となった(85年平均92.1)。在庫率の低下は,長期的な趨勢ではあるが,86年3月末で在庫投資に対する特別優遇措置が撤廃されたことも一因とみられる。
鉱工業生産は,81年5月以降,息の長い上昇を続けている。85年には炭鉱スト後の反動で前年比4.8%増とやや高い伸びを示したが,86年には1~10月の前年同期比1.4%増ときわめて緩やかな上昇テンポとなっている。特に86年春から夏にかけては,輸出の減少などから石油・ガス採掘業ばかりでなく,製造業でも一時的な足踏みがみられた(第3-3図)。
この間の石油・ガス採掘業の減産は,原油価格の急落に対処したというよりは,定期点検および補修によるものであり,その後は増加に転じ1~10月には前年同期比2.5%増となっている。製造業は,85年下期に伸び悩んだ後,86年には増勢を取り戻したものの,1~10月の前年同期比では0.1%減となっている。
個人消費の急増やポンド相場の低下による競争力改善にもかかわらず,消費財輸入が急増しているため,消費財生産も同0.5%増にとどまっている。
雇用情勢はなお厳しいものの,上昇を続けていた失業率が86年央頃から頭打ちとなり,年末にかけて低下するなど,最悪期はほぼ脱したとみられる。
就業者数は83年春以降,緩やがな増加を続けており,86年央までの1年間にも約24万人増加して2,794万人となった(83年3月からの累計は105万人増,第3-3表)。この増加は主として自営業者の増加(約12万人)によるものである。雇用者数は,サービス部門では約25万人増と引き続き堅調な伸びを示したが,製造業では更に減少し(同約9万人減),エネルギー・水道部門でも約5万人の雇用減となった。また,雇用増のうち約17万人が女子のパート・タイムであり,フル・タイムの雇用者数は男女とも減少している。
失業者数(18歳未満学卒を除く)は,85年間に約7万人増加した後,86年に入ってからも7月までに約9万人増加して322.3万人を記録した。その後,年末にかけて失業者数は連続減少しており,11月現在312万人となっている。失業率(従来は,雇用者プラス失業者を分母としていたが,7月より労働力人口に対する失業者数に変更)も86年夏まで上昇を続けたが,6,7月の11.7%をピークに低下し,11月には11.4%となった。未充足求人数の増勢も86年下期に入って,高まりを示している(上期の前年同期比7.6%増,7~11月同25.3%増)。
こうした最近の失業者数の減少は,①緩慢ながら景気の上昇が続いており,②雇用対策が86年度予算でも強化・拡充(長期失業者に対する開業助成など)されていること(86年8月までの1年間の対象者68.2万人),また,③失業者数の推計をより厳密化していること(86年4月以降),などを反映したものとみられる。
平均賃金収入の伸びは,85年に8.5%に高まった後,86年にも1~10月の前年同期比7.9%と高水準を続けている。賃上げの時期のずれや超勤,休日などをならした基本指標でみると,全産業では84年下期以降,前年同期比上昇率は7.5%にとどまっているが,製造業では85年5~9月の9%から86年4月以降は7.75%へとかなり低下を示した(第3-4表)。
特にサービス部門では「1986年賃金法」(86年7月成立)により,賃金委員会による最低賃金規制を21歳未満については適用除外とするなど,従来のような未熟練労働者に対する硬直的な賃金決定方式が改訂されつつある。
賃金交渉をめぐる労働争議やストなども86年には激減している(86年1~10月の争議による労働喪失日数145万日,前年同期567万日)。
消費者物価上昇率は,85年5,6月には前年同月比780%に高まったが,その後は鈍化を続け,86年に入って一段と鈍化して7月には2.4%と1960年代来の低水準を記録した。その後,年末にかけてやや高まったものの3%台と鎮静している。
85年後半の消費者物価上昇率鈍化は,主として,住宅ローン金利の低下(基準レート,85年9月に13.95%→12.75%),一次産品価格の低下およびドル高修正による輸入価格の低下によるものであるが,85年末以降は,石油価格の急落がこれに加わった。特にガソリン価格(86年ウェイト4.7%)は,86年上期を中心に約15%低下した(1~10月間では11.8%の低下)。原燃料生産者価格も,こうした輸入価格の低下(85年1~3月期と86年7~9月期間に14.4%)を主因に85年下期以降,前年水準を連続して下回っている(86年10月5.2%低下)。工業品生産者価格の上昇率も鈍化を続けており,85年初6.1%,86年初5.1%,11月4。1%となっている。しかし,輸入価格は8月以降すでに上昇に転じている。
また,賃金コストが86年に入って,平均賃金の高止まり,生産性の伸びの鈍化(85年2.2%→86年上期1.4%)から,上昇テンポを高めている(85年5.3%→86年上期6.1%)ほか,住宅ローン金利も再上昇(86年10月11.0%→12%%)するなど物価環境は厳しくなっている。
貿易収支は85年に赤字幅を大幅縮小していたが,86年には,原油価格の大幅下落による石油収支の黒字幅縮小を主因に,87億ポンドの記録的な大幅赤字を計上した(85年は21億ポンドの赤字)。特に,石油収支黒字幅は85年の81.6億ポンドから86年には41.4億ポンドとほぼ半減した。また非石油収支もポンド実効相場の低下による価格競争力の改善にもかかわらず,赤字幅を拡大した(85年103→86年128億ポンド各赤字)ことが注目される。
輸出は,85年春以降,ドル高修正による対米輸出減などから減少傾向にあったが,86年に入って,原油価格の低下による石油輸出の減少を中心に更に減少した(85年下期の前期比6.3%減,86年上期同4.9%減,7~9月期同1.5%減)。石油輸出(85年輸出ウェイト20.6%)は,86年1~10月に70億ポンドと前年同期の137億ポンドから半減し,同期間の輸出減を上回る減少であった(67億ポンド減,総輸出は同57億ポンド減)。地域別に輸出動向をみると,アメリカ向け(85年ウェイト14.7%)が,85年の13.4%増から,86年1~10月の前年同期比11.0%減,EC向け(ウェイト46.2%)も85年の15.0%増から,86年1~10月には10.6%減と減少している(総輸出は同8.8%減)。しかし数量ベースでみると,85年の5.4%増の後,86年1~10月の前年同期比は2,2%増と増勢を維持しており,この間の輸出減のほとんどが,原油価格低下およびポンド実効相場の低下による輸出価格低下(86年1~7月間で5.1%低下)によるものであった(第3-4図)。
一方,輸入は85年央までかなり減少した後,増加に転じており,85年7.2%増の後,86年1~11月の前年同期比は3.4%増,数量ベースでは同5.2%増となっている。地域別には,EC域内同7.6%増のほか,NICsなど非OPEC途上国からの輸入が特に7~9月期には前年同期比19%増と急増している。品目別には,乗用車(1~9月の前年同期比15.6%増)やその他消費財製品の伸びが高い(同10,8%増)。
貿易外収支は,86年に入って,観光収入などのサービス収支黒字は減少しているが,利子・利潤・配当(IPD)を中心に黒字幅拡大が続いており,1~9月累計61億ポンドの黒字となっている(85年計56.6億ポンドの黒字)。うちIPDの黒字は約36億ポンド(前年は34憶ポンドの黒字)で主としてポンド相場低下による対外直接投資,証券投資からの収益増によるものである。こうした貿易外収支黒字幅の拡大にもかかわらず,前述の貿易収支の赤字幅拡大がより大きいため,経常収支は86年7~9月期に赤字化し,86年全体でも小幅ながら79年来はじめて赤字を計上するとみられている(第3-5表)。なお,80年代前半の石油収益急増期に急増した対外純資産は85年末で804億ポンド(GDP比22%)に達した。
金融政策はインフレ抑制を引き続き主目的としているが,その中心的手段は85年秋以降,マネーサプライの管理から短期金利に移っており,為替レートや名目GDPなど,その他金融指標の動きも同時に考慮しながら,機動的に運用されている。
金利は,インフレが鎮静化する中で,低下傾向にあるが,国際化の進行にともなって,外国金利や為替相場に影響される度合が強まっており,特にポンド相場の急落時には市中金利が上昇し,イングランド銀行も介入金利を引き上げている。四大市中銀行の貸出し基準金利(プラス1%がプライム・レートに相当)も86年中,1月と10月にそれぞれ1%引き上げられて11.0%と主要国ではイタリアにつぐ高水準となっている(85年末11.5%→86年1月12.5%→3月11.5%→4月10.5%→5月10.0%→11月11.0%)。
マネーサプライ(ポンド建てM3 )は,85年11月以降,目標指標から一時棚上げされていた。M3 の伸びが,新金融商品の導入や住宅金融が住宅金融組合(M3 に含まれない)から銀行にシフトしていることもあって,対民間貸出しを中心に,目標の9~11%増を上回って急増(3~9月間に年率18.6%増)したことによる。その後,86年度予算案で,ポンド建てM3は再び目標(11~15%に上向き改訂)とされたが,その後も急増を続けており,11月の前年同月比は18.6%に達している。より基本的な指標であるMO(流通通貨プラス銀行のイングランド銀行に対する自由準備)も,従来は目標圏(2~6%)内にとどまっていたが,86年秋以降は伸び率を高め,11月の前年同月比は7.5%となっている。このようにマネーサプライの伸びは大幅であるが,政府は金融は適度な引き締めを維持していると判断して,容認している。
財政面では,中期財政金融戦略(MTFS)の下で引き続き財政赤字(PSBR)の縮小を主目的として運営されているが,86~88年度の支出計画が上方改訂されるなど,一部に手直しが行われている。
86年度予算案は,原油価格の急落による石油関連収入の半減(115→61億ポンド)が予想されたにもかかわらず,財政赤字は70億ポンド,対GDP比13/4%とMTFSの計画通りとされた(第3-6表)。これは主として,①歳出の伸びを前年比2.0%増(実質ではほぼゼロ)に抑制し,②歳入面でも,所得税減税を物価調整分(基礎控除等の5.7%引き上げ)にとどめるなど減収を小幅に抑えたほか,③国営企業の民営移管による純収入増(48億ポンド)などの措置のほが,景気拡大持続による税収増が見込まれるためとされる。
11月6日発表のオータム・スティトメントでは,86年度の一般政府支出(地方自治体を含む)を当初予算比13億ポンド増の1,404億ポンド(前年度実績比5.2%増)とし,87,88年度についても中期政府支出計画比それぞれ47,55億ポンド追加するとしている(前年比それぞれ5.8%増,3.8%増,実質平均11/4%増)。
86年度の追加増は,主として教員給与の引き上げ,公共住宅改修等による地方自治体経常支出増(前年比9%増)および社会福祉関係費の増加によるものであり,いずれも必要性の高いサービスの充実に現実的に対応するためとされている。一方,歳入面では,石油関連収入減が当初見込を約10億ポンド上回り,また石油収益税の前納(APRT)に対する返還措置が新たにとられているものの,非石油税収が予想を上回って増加するため,財政赤字額は当初予算のままとされている。
こうした政府支出計画の手直しは,政府支出の対GDP比を漸減させるという枠内で行われたものであり,MTFSによる節度ある財政運営とうい基本的スタンスの緩和を意味するものではないと政府は強調している。
86年度に入ってからの財政赤字(PSBR)の実績は,4~11月間で58億ポンドと前年同期の53億ポンドを若干上回る程度となっている。
上記のオータム・ステイトメント中の政府経済見通しでは,87年の実質成長率(平均ベース)は,86年の2.5%から3%へとやや高まるとしている(第3-7表)。これは,第1に,86年の成長鈍化をもたらした輸出の伸び悩みが,87年には実質3%増に回復すること,特に,非石油輸出が86年の1%増から51/2%増に高まることによる。第2は,内需が87年も実質3.5%増と前年と同率の堅調な伸びを続けるとみるためである。ただし,個人消費の伸びは,物価上昇率がやや高まることなどから実質可処分所得が86年の4%増を下回るとみて,87年には前年の5%増から4%増へやや鈍化するとしている。一方,総固定投資は,民間住宅投資が5%程度の増加を続け,非石油関連企業の設備投資も増勢を維持するため,87年には2.5%増を見込んでいるが,もし,石油関連投資の落ちこみがなければ3.0%程度に高まるとしている(86年は2%増)。在庫投資も,在庫率ではなお若干低下するものの,87年には成長のプラス要因となるとみている。
物価については,原燃料価格の下げ止まり,住宅ローン金利引き上げの影響がみられる一方で,賃金コストの上昇が小幅化する(86年6%→87年2.5%)との前提の下で,消費者物価の上昇は若干高まるとみている(31/4%→33/4%,10~12月期の前年同期比)。
失業者数の見通しは示されていないが,成長率の高まり,雇用対策の効果,労働力人口の増勢鈍化などから,今後も改善するとしている。ただし,失業者減少の度合は専ら賃上げ率に依存するとみている。
経常収支は,87年には,貿易外収支の黒字幅が拡大する(85→90億ポンド)にもかかわらず,非石油収支赤字幅の拡大(55→75億ポンド)を中心に赤字化すると予測している(86年ゼロ,87年15億ポンドの赤字)。
西ドイツでは1983年初来4年以上にわたる息の長い景気上昇が続いており,60年代以降最長の好況期となっている(第4-1図)。
85年末から86年初にかけては,厳冬の影響などから景気は一時足踏み状態となったが,その後は個人消費や固定投資などの内需を中心に景気は再び拡大基調に戻った。
内需拡大を支持したのは,原油価格の急落,マルク相場上昇による交易条件の改善に伴う実質的な所得増加効果,30年ぶりの物価の下落に加え,政策面でも減税や公共投資の増加,金利低下やマネーサプライの大幅増加の容認などの措置がとられたことが影響している。
一方,外需は予想以上のマルク相場の上昇や世界貿易の伸び悩みなどから86年夏以降不振となり,このため春先には3.5%程度とみられていた86年の実質GNPの伸びも,2.5%(速報値)にとどまった。
輸出は不振であったものの,輸入物価の下落による輸入金額の大幅減少から貿易収支の黒字幅は著しく拡大し,この結果経常収支黒字幅も拡大,両者とも86年は既往最高を更新した。
景気拡大の継続に伴って就業者数は増加を続けた。失業者数も85年夏以降ようやく減少を始め,86年平均は79年以来初めて前年水準を下回った。しかし,200万人台の高失業が続いており,失業問題の解決は引き続き中心的課題とされている。
実質GNPは,83年前年比1.8%増,84年3.0%増,85年2.5%増となった後,86年も2.5%増(速報値)となり,緩やかながら4年連続で増加を続けている。
85年10~12月期から86年1~3月期にかけては,厳冬や復活祭休暇の影響(例年は4月)などから実質GNPは減少した。その後輸出は不振となったが,好調な個人消費や建設投資の持ち直しなど内需に牽引されて拡大軌道に戻った。
実質個人消費は,85年に前年比1.8%増となった後,86年は同4.1%増(速報値)と大幅に増加し景気を牽引した(第4-1表)。個人消費拡大に対しては,①86年度の賃上げ率の高まり,②消費者物価の下落,③86年初の所得税減税実施,④就業者数の増加,などによる実質可処分所得の増加(86年1~9月間の前年同期比4.3%増,85年平均前年比1.8%増)が大きく寄与した。さらに,金利の低下や,景気拡大継続による消費者マインドの改善も好影響を与えた。
品目別にみると,乗用車販売が大幅な伸びを示し,86年の乗用車新車登録台数は283万台,前年比18.9%増と,過去最高であった78年(266万台)を上回った。これは,85年7月より排ガス対策車の自動車税が軽減され,86年1月より排ガス未対策車の自動車税が引き上げられたことも影響している。また,家具や調度品などその他耐久消費財も増加した。86年前半は,価格が急落した燃料油の買いだめも行われた。
実質機械設備投資は85年に前年比9.4%の大幅増加を示した後,86年も4.6%増(速報値)となった(第4-1表)。これは,企業収益が82年以降増加傾向にあることに加えて輸入原材料価格下落からいっそう改善し,また稼働率も高水準となっていること,金利が低下していることなどが背景となっている。
設備投資の内容は,事務,情報処理機械が急増している。また,マルク高や,国内メーカーの供給が間に合わなくなったことなどから,輸入資本財による投資が増加したといわれている。
86年半ば以降は,輸出不振に伴って,輸出依存度の高い企業の投資が控えられたことから,機械設備投資の伸びにも鈍化がみられた。
実質建設投資は,85年に前年比6.2%の大幅減となり,86年1~3月期も厳冬の影響から落ち込んだが,その後持ち直し,86年平均では前年比1.9%増(速報値)となった(第4-1表)。
建設主体別にみると,公共建設は86年1~6月間に前年同期比実質5.9%増と回復を示した。これは,公共投資の中心となる市町村の財政状況の改善,連邦政府の都市再開発予算の増額,負担調整基金(注)からの低利融資枠の拡大などが寄与した。産業用建設も,稼働率上昇に伴う生産能力拡大を目的とする投資の増加から,1~6月間に前年同期比実質5.1%増と回復した。一方,住宅建築は,過大な住宅ストックや,人口の減少など構造的要因もあって低迷傾向にあるが,1~6月間も前年同期比実質3.4%減となった。
原油価格急落やマルク高から,86年上期は石油製品やその他原材料を中心に大幅な在庫積み増しが行われた。7~9月期にはその反動や,農産物の生産が例年以下であったことなどもあって小幅化した(第4-1表)。
鉱工業生産は,84年に前年比3.4%増,85年も同4.0%増と力強い増加を示した。しかし,85年末には多くの企業で例年より長いクリスマス休暇が取られ,また86年1~3月期は異常寒波の影響や復活祭休暇(例年は4月)の影響があり,生産は85年末から86年初にかけて減少した(第4-3図)。春以降は再び持ち直したものの,秋には輸出不振の影響から生産の伸びは鈍化し,86年全体でも緩やかな伸びにとどまった(1~11月の前年同期比2.2%増)。
製造業は86年1~11月に前年同期比2.5%増であったが,業種別にみると,製鉄が85年末来減少を続け(同7.5%減),化学は86年に入ってほぼ横ばいとなった(同1.2%減)。他方,自動車(同4.9%増),電機(同4.9%増)は好調な伸びを続けた。一般機械(同5.5%増)は輸出不振の影響から86年下期には減少に転じた。
製造業稼働率(IFO経済研究所調査)は高水準を続け(86年9月85.2%,第4-3図),特に資本財産業において,前回のピークの80年初の水準をも上回った(80年3月85.5%,86年3月86,1%)。
雇用情勢は依然として厳しいものの改善がみられるようになった。
就業者数は84年初来増加に転じ,84年前年比0.1%増,85年同0,7%増と緩やかな増加を続け(第4-4図),86年も1~10月間に前年同期比1.0%増となった(86年10月2,590万人)。産業別にみると,すう勢的に増加基調にあるサービス部門が増加を続けたほか,製造業の中では一般機械,自動車,電機,化学で増加した。一方,製鉄,造船,繊維など構造不況業種では,85年以降減少幅は小さくなったものの,なお減少を続けた(第4-5図)。
なお,五大経済研究所の秋季合同報告(86年10月)によると,86年の就業者数増加の約3分の1は,就業継続教育や育児休暇制度(注)の導入など労働市場・社会政策上の措置に起因するとしている。
失業者数,失業率は,季節調整値でみて85年4~6月期の232万人,9.4%をピークに徐々に減少,低下に転じ,86年12月には217万人,8,7%となった。86年平均でも223万人,9.0%と,79年以来初めて前年水準を下回った。
86年度の賃上げ交渉においては,企業収益の改善が続く中で6%~7%という高目の賃上げ要求がなされていた。妥結状況をみると,86年2月に公務・運輸・交通労組が3.5%(有給休暇手当引き上げ等を含めると4.1~4.3%に相当)で,その後5月にかけて金属労組が4.4%(一時金も含めると4.6%),銀行が4.2%(手当も含めると4.6%)印刷が4.5%とみな4%台で妥結した。85年の平均賃上げ率は2.8%であったが,86年はこれを上回り,また実質ではがなり高い賃金上昇率となった。
全産業時間当たり賃金上昇率(前年同期比)をみても,84年2.8%,85年3.4%から,86年に入ると,1~3月期4.2%,4~6月期,7~9月期4.1%と高まっている。
労働時間短縮の動きについてみると,自動車産業や印刷業における労働時間は85年4月より週40時間から38.5時間に短縮されたが,労組は本来の目標である週35時間制導入を要求しており,87年度の賃上げ要求とともに成り行きが注目されている。
85年春以降のマルクの対米ドル相場上昇に伴って物価上昇率は再び鎮静化基調に戻っていたが,86年に入ると原油価格の急落が加わり急速に低下を始め,前年同月比マイナスを続けた。
輸入物価は85年8月以降前年同月を下回るようになり,86年7月には同マイナス22.4%となった。工業品生産者価格は86年2月以降前年同月比下落となり,11月にはマイナス4.9%と1950年3月以来の下落率を記録した。消費者物価も86年4月以降前年同月比下落を続け,11月にはマイナスl.2%と1954年2月以来の大幅下落となった。85年平均の消費者物価は前年比2.2%の上昇であったが,86年平均は0.2%の下落と1953年の1.7%下落以来の前年比下落となった。
このような物価の下落は第4-6図に示したように原油や石油製品の急落を主因とし,これにマルクの対米ドル相場の上昇継続が加わったことによるものである。86年8月に原油スポット価格が反騰し,その後横ばいとなる中で,西ドイツにおいても8月以降石油製品の一部が前月比上昇を始めたが,年末にがけては再び鈍化した。
輸出金額は85年夏以降減少に転じ(第4-7図),86年も1~11月間で前年同期比2%減と不振であった(85年通年では10%増)。数量でみても1~11月間に同1.5%の小幅増加にとどまった(85年通年では6.5%増)。
86年1~11月間の地域別輸出動向(前年同期比)をみると,OPEC諸国向けが28.5%減,非OPEC途上国向けが9.5%減,共産圏諸国向けが6.5%減と大きく減少した他,アメリカ向け,EC諸国向けが横ばいにとどまった。
輸出不振の原因は,マルクの対米ドル相場が85年3月から86年11月までに65%上昇し西ドイツ製品の価格競争力が悪化したこと,原油価格下落や一次産品市況低迷から産油国や途上国,共産圏諸国の購買力が低下したこと等が挙げられる。
輸入動向をみると,マルク相場上昇に伴って輸入金額は85年春以降減少に転じ,86年1~11月間に前年同期比10.5%の減少となった。しかし,数量では増加を続け,86年1~11月間に前年同期比6.5%増となった。
品目別にみると,原油価格急落からエネルギーの輸入金額は86年1-11月間に前年同期比47%の大幅減少(数量では同3.5%増)となった。一方,完成品の輸入金額は同3%増,数量では同9%増となり,マルク高になると輸入品の価格競争力が増し,完成品輸入数量が増加する,という西ドイツの輸入構造の特色が表れている。
経常収支は85年に389億マルクの史上最高黒字を記録したが,86年は85年の2倍の778億マルクの黒字となり,史上最高を更新した。
経常収支黒字拡大の主因は,Jカーブ効果による貿易収支黒字の拡大である。
貿易収支黒字は85年に734億マルクの史上最高となった後,86年は1,122億マルクと史上最高を更新した。
長期資本収支の動きをみると,85年3月来のマルク相場上昇や,金融資本市場自由化措置(ゼロクーポン債,マルク建CD発行許可,預金準備制度の改革等)の実施などから,西ドイツへの有価証券投資が増加した。このため,86年は412億マルクの黒字となり,81年以来初めての黒字となった。
コール政権(82年10月発足)は,83年以来財政再建を推し進めており,財政赤字は81年をピークに縮小傾向にある(第4-2表)。
86年の一般政府(GNPベース)の財政動向をみると,歳出は1~6月期に前年同期比3.5%増と同期の名目GNPの伸び同6.0%を下回った。うち,補助金支出は政府の意図に反し大幅に増加したが,これは,EC拠出金の増加(付加価値税収入の拠出分の1%から1.4%への引き上げ),ドル相場下落に伴うコークス炭補助金の増加,ソ連のチェルノブイリ原発事故の補償などが原因となった。投資支出は,都市再開発投資予算の増加などを背景に増加した(1~6月期前年同期比8.2%増)。一方,移転支出は失業者の減少などから小幅増(同1.6%増)にとどまった。歳入は,1~6月期に前年同期比4.6%増と歳出の伸びを上回った。
これは,減税実施(86年109億マルク。88年は85億マルクを予定)によって租税収入は同3.0%増と低い伸びにとどまったものの,社会保障部門が,雇用者の増加や健康保険料の引き上げなどから同5.1%増となったことによる。1~6月期の財政赤字は減税の影響もあって42億マルクとほぼ前年同期(41億マルク)なみであった。
87年度の連邦政府予算は景気が引き続き拡大基調にあるとの前提の下に新たな景気刺激策は採用していない。歳出は前年度実績比2.6%増に抑制,歳入は,フォルクス・ワーゲンやVEBA(エネルギー)社の政府持株売却もあって同3.1%増を見込み,財政赤字は227億マルクと,86年度実績の233億マルクから更に縮小するとしている。
85年3月以降のマルク相場上昇に伴って西ドイツでは金利引き下げの余地が生まれ,85年中金利は急速に低下した(第4-8図参照)。86年3月には日米とほぼ同時期に公定歩合が引き下げられた(4%→3.5%)。
しかし,その後はマルク相場上昇継続やアメリカからの再三にわたる利下げ,内需拡大要請にもかかわらず,連銀は金利引き下げを行わなかった。その理由としては,①連銀が通貨供給量管理の手段としている中央銀行通貨量が,86年の目標圏3.5~5.5%増(10~12月期の前年同期比)を上回って急増したこと(実績7.8%増)一急増の原因は低金利により現金や短期性預金に対する選好が強まったこと,株価上昇により株の売買が活発化したこと,ドル買い介入の増加,などとなっているー②インフレ率は下がったが,ホームメイド・インフレの目安となるGNPデフレーターは高い伸びであった(7~9月期の前年同期比3.4%上昇)③景気は拡大基調にあり,刺激策は必要ないとの判断,などが挙げられる。
87年の中央銀行通貨量目標増加率については,3~6%(10~12月期の前年同期比)と決定された。目標値設定に当たっては,物価が極めて落ち着いた状態にあることから,86年の目標超過分を容認しつつ,87年については,名目潜在経済成長率を4.5%と想定,かつ不確実な諸情勢に鑑み目標帯を3%に拡大したとされている。
連銀は,87年にはマネーサプライがこの目標圏に収まるようあらゆる手段を講じるとしており,債券の売戻し条件付買オペ金利も86年末から87年1月上旬にかけて引き上げた(第4-8図)。
五大経済研究所(第4-3表 注1参照)は,86年10月恒例の秋季合同報告を発表した。同報告に基づく概要は次のとおり。
87年は輸出の伸びは小幅に止まる一方,堅調な個人消費や設備投資,建設投資の回復により86年なみの成長となろう。しかし,年後半にかけては原油価格下落による実質的な所得の増加効果が徐々にはく落するため,成長テンポの減速が見込まれる。
消費者物価は,原油価格の下落やマルク高による輸入物価の低下から86年に前年比マイナスとなった後,87年には輸入物価の下げ止まりから上昇する。雇用者数は増加を続け,失業者数も86年,87年と2年連続で減少する。輸出の伸び鈍化,輸入の急増から,貿易収支,経常収支とも87年には黒字幅が縮小する。
86年の中央銀行通貨量は目標圏を大きく上回って増加したが,この逸脱分を調整して87年の目標を引き下げるのは引締めすぎとなるので,87年は潜在生産力成長率に合わせ5%程度とすべきである。また,通貨供給量の伸び加速下で金利引き下げを行うと,一時的には景気刺激効果を持つがインフレ期待を生じ,早晩金融再引締めを余儀なくされる。88年に予定されている第2段階の所得税減税を87年に繰り上げて実施すべきである。更に,90年代初に実施が計画されている税制改革も繰り上げることが望ましく,財源は間接税引き上げではなく補助金削減によるべきである。税制改革に伴う一時的な赤字拡大は許容すべきである。
87年にはマルク高から輸出が世界貿易量を下回る低い伸びに止まるものの,個人消費,設備投資が景気拡大の支柱となり,建設投資の立ち直りも加わって景気は緩やかな拡大を続ける。引き続き雇用者数の増加が見込まれるものの,一部地域に集中し,地域格差は残る。87年平均の失業者数は200万人台を下回ることはない。
中央銀行通量増加率は,中期的には4.5%程度へ徐々に戻していくことが必要である。西ドイツは輸入を伸ばすことにより世界景気の上昇に貢献しており,公定歩合を据え置いているブンデスバンクの態度は支持される。87年1月の総選挙後に計画されている税制改革では,所得税の最高税率及び法人税の引き下げが望まれるが,財源は財政赤字の拡大ではなく,歳出の抑制によって賄うべきである。
85年春より続いたドル高修正,及び86年初来の原油高修正は,フランスにおいて輸入物価の低下を通じ,インフレ鎮静化を加速すると同時に,交易条件の改善による内需の拡大をもたらした。一方,外需は輸出の不振等から成長率の引き下げ要因となり,86年中は内需主導の景気拡大が続くこととなった。しかし,失業率は雇用対策効果の一服もあって,86年春以降再び高まっている。
政策面では,引き続きインフレ抑制を基本として,マネーサプライの伸びを抑えながら,財政,金融,企業民営化,物価など多くの政策分野において政府介入の縮小を図っている。
交易条件の改善(対GDP比85年0.8%,86年2%,OECD推計)は83,84年と不振であった内需(83年前年比マイナス0.4%,84年同プラス0.7%)を刺激した。内需は85年央頃より回復に転じ,86年に入っても堅調に推移している(1~6月期前期比年率3.4%増)。しかし,この一方で輸出が鈍化,輸入も増加したことから,実質GDP成長率は85年1.1%の後,86年(実績見込み)も2%(87年1月,蔵相発言)と他の西ヨーロッパ諸国と比べてやや低目となるとみられている。なお,国民所得統計の基準年次改定(1970年を80年に)に伴い,86年7~9月期以降の所得統計の発表は,87年春以降に延期されている。
個人消費は,83年,84年と低い伸びにとどまったが,85年以降は交易条件の改善を背景にした実質可処分所得増加等から,堅調な拡大を続け,背景上昇の主力となっている(第5-1表,本論第1-2-6表)
86年前半には物価の鎮静化に加え,雇用の減少が止まったこともあって,実質賃金は回復した。社会保障給付も,政府見通しを上回る物価の鎮静化から実質ベースでは急増し,一律3%の所得税減税も実施された。このようなことがら,実質可処分所得は86年前半に4.8%増加(前期比年率)し,年後半には若干鈍化したものの86年全体でも3.2%増加(OECD)するものとみられており,個人消費拡大の主因となっている。
一方,消費性向も依然上昇傾向にあり,近年のボトムの82年1~3月期と比較すると,86年4~6月期は5%ポイントも上昇している(本論第1-2-4図)。この背景には,住宅需要の低迷や,ディスインフレにより貯蓄の目減りが減少したことなどが指摘されている。
財別にみると消費拡大の中心となったのは,一般的に所得弾性値が高いとされる耐久財である。乗用車新規登録台数は,86年に前年比8.4%増加し,家電製品も4~6月期に15.3%増加(実質前期比)したが,これには乗用車の買替え需要や,ワールドカップがビデオ等の販売を促進したという好要因も一部には重なっていた。
実質総固定資本形成(GDPベース)は,80年をピークに減少傾向にあったが,85年後半に回復に転じ,86年にも増加したと見込まれている。この内訳をみると,家計部門の固定(住宅)投資は減少を続けているものの,企業固定投資は回復に大きく寄与している(第5-2表)。国立統計経済研究所(以下INSEEと略す)の企業投資動向調査(対象は鉱工業部門の民間及び非独占国有企業約2,500社,カバー率は非金融企業固定投資全体の約30%)によると,84年から大企業中心に回復が始まり,86年には小企業にまで回復が広がったとされている。
交易条件改善による実質所得増は,86年には4対6の割合で企業に有利に分配されたと推計されている(INSEE)。これに加え,労働コストの騰勢鈍化などから,企業利潤分配率は上昇を続け,ほぼ第1次石油危機前の水準に回復しており,企業収益の改善が企業固定投資回復の主要因の一つとなっている。一方,設備稼働率は84年より緩やかに上昇したが,86年に入ってからはほぼ横ばいとなっており,第2次石油危機による落ち込みを取り戻していない。
OECDによる企業投資行動の計量分析に従えば,フランスでは投資の決定要因として,稼働率等に代表される需要の説明力が資本収益率を上回っている。
これは,輸入浸透率の上昇などによる企業の需要見通しの弱さが,固定投資回復の足を大きく引っ張っていることを示唆している。実際に企業固定投資の目的別比率をみると,生産性向上のための近代化投資の比率が,84年来上昇している(83年11月34%→86年11月43%)のに対し,能力拡張投資の比率はむしろ低下している(同38%→30%)。また,増加した企業収益は固定投資の回復をもたらしたが,一方で実質高金利と相まって,企業貯蓄率も上昇している(対GDP比率,82年平均4.8%→86年1~3月期7.6%)。
このように,企業は依然投資に対し慎重な姿勢を崩していないとみられ,企業固定投資の力強い拡大は現状では期待しにくいと判断される。事実,企業固定投資の対GDP比率は70年代初より総じて低下傾向を続け,86年にも僅かな上昇が見込まれる程度である。
実質在庫投資は,84年には小幅ながら成長率押上げ要因となったが,85年には総じて積上り幅が縮小し,成長率を0.3%引き下げた。在庫/最終需要(在庫投資を除く総需要)比率も,84年にほぼ横ばいで推移した後,85年には緩やかに低下した。その後も,堅調な国内最終需要による出荷増やインフレ期待の鎮静化などを背景に,在庫調整が進展しているとみられる(INSEEによる企業在庫判断D.I.(「過剰」-「不足」,%):86年1~3月+17→4~6月+16→10~12月+15)。
鉱工業生産(土木・建設を除く,季調値)は82年秋を底に緩やかな回復を続けており,86年には85年に比べ,伸びも幾分高まったと見込まれる。財別にみると,85年末から86年初にかけては,厳冬の影響でエネルギーを除き生産が減少したが,それ以降は消費財や中間財を中心に回復を続け,全体としては79年のピークとほぼ同水準に達している(第5-1図)。
しかし生産の回復テンポは,内需の拡大速度に比べると極めて限られたものであり,GDPの伸びをも下回っている(85年7月~86年6月の前年同期比伸び率,生産1.3%,GDP2.3%,内需4.2%)。経済のサービス化もこの大きな要因であるが,フランス経済の供給能力の構造的な弱さや,85年初来のドル高修正による国内外での価格競争力の悪化にも原因があるとみられる。
なお,土木・建設部門では4年間続いた減少に漸く終止符を打ち,86年には回復基調をたどっている。
83年より減少の続いていた雇用者数(市場ベース)は,景気の回復に伴い第3次産業での増加,建設部門での下げ止まりから,86年に入り全体としても下げ止まっている(第5-3表)。
一方,失業率をみると85年には政府の職業訓練措置により若年労働者力大量に雇用されたこと(86年3月で約40万人,年間60%強の増加,内30万人が雇用者に計上され,20万人が公共体の公益事業(TUC)による雇用)等によって,失業率はほぼ横ばいとなった。しかし86年春頃からは,この措置の雇用拡大効果の一巡に加え,労働力人口の増加から失業率は再び高まっている(3月10.2%→12月10.7%)。
労働争議による労働損失日数は,85年から急速に減少していたが,86年12月央から賃上げ率などをめぐり国鉄等が,また87年初より電力,ガス,郵便等も加わって,1月央まで全国的な公共部門のストが実施された。
消費者物価鎮静化のテンポは,85年上期に足踏みがみられた後,85年下期から86年上期には再び加速した(第5-4表)。エネルギー価格の低下に加え,食料品価格の上昇鈍化等から,消費者物価上昇率(前年同月比)は,85年7月の6.1%から86年7月には2.0%へ急速に低下した。しかし,その後は物価鎮静化の主因となっていた石油価格が,ほぼ横ばいとなったこともあって,消費者物価上昇率(同)は下げ止まり,主要貿易相手国である西ドイツとのインフレ格差も,再び拡大(86年上期2.5%,下期4%,年率)したが,12月の物価上昇率(前年同月比)は2.1%となり,政府見通し263%は達成された。
このように物価は全体として鎮静化したが,そこにはエネルギーを中心とした輸入物価の急速な低下と,エネルギーを除く工業品及びサービス価格の持続的な上昇という二面性が顕著にみられる。後者の上昇については,賃金,利潤の増加による面が強いが(本論第3章第2節参照),特にエネルギーを除く工業品価格の上昇にはドル安や86年初より工業品価格統制がほぼ完全に撤廃されたことの影響も認められよう。84年以前には,物価統制により国内価格が抑制されていたこともあり,輸出価格はドル高を背景に輸出市場での収益獲得を狙い高目に設定されていた。しかし,86年初より工業品価格がほぼ完全に自由化されると,依然規制されていたサービスに比べ国内工業品価格(非エネルギー)の上昇率は高くなり,逆にドル安等の輸出環境の悪化もあり,輸出価格は引き下げられている。
賃金上昇率(名目)は,政府の賃金抑制策や高水準の失業に加え,様々な雇用促進措置により,若年層労働者を最低賃金以下で雇用できるようになったこともあり,83年以降一貫して低下を続けている(第5-4表)。しかし,消費者物価上昇率と対比してみると,労働者時間当たり賃金上昇率は,84年下期から85年上期には消費者物価上昇率とほぼ同率に抑制されていたが,その後の消費者物価の急速な鈍化に歩調を合わせることができず,実質賃金の上昇率は高まった(実質賃金額上昇率,86年上期前期比年率3.7%)。86年下期には実質賃金は鈍化したものとみられるが,84,85年の停滞から,86年には大幅に伸びを高めたといえよう。
この上昇は,86年上期の賃上げの多くが,政府の当初の過大なインフレ見通し(消費者物価上昇率,当初見通し,86年平均3.4%)に基づいてなされたこと,また雇用情勢が85年には小康を保っていたこと等の事情によると考えられる。
輸出額(フラン建て,季調値)は,85年後半より徐々に減少に転じ,86年には低迷を続け,年全体でも56年以来の前年比減となった(85年前年比6.6%増,86年同4.6%減)。数量(季調値)では85年以降,ほぼ横ばい傾向が続いている(85年1.9%増,86年1~8月の前年同期比0.8%増,第5-2図)。
輸入額(同)も,85年後半より減少傾向にあるが(85年7.0%増,86年7.3%減),数量(同)は増勢を強めた(85年5.1%増,86年1~8月の前年同期比9.3%増)。
輸出額の低迷は,全体の約半分(85年52%)を占めるEC向けの堅調(86年1~9月の前年同期比2.2%増)もにかかわらず,OPEC向けが急減(同22.9%減),航空機など大口輸出が一服したことなどによる。輸入額は,ドル高修正,原油高修正による交易条件の改善を背景に,エネルギー輸入額が86年1~9月に前年同期比でほぼ半減(680億フラン,42%減)したが,一方で内需の急拡大などから工業品の輸入が急増し,輸入額全体の減少は上記のような減少率にとどまった(第5-5表)。
この結果,86年の貿易収支はほぼ収支均衡(5億フランの黒字,FOB-FOBベース,原数値計)と当初の大幅黒字の予想を大きく下回った。特に,工業品収支は85,86年と悪化を続けたが,この背景には①相対的に高かったインフレ率や,②多様化する需要に対する供給面でのミスマッチに加え,③価格統制もあって,輸出価格が割高に維持されたこと(4.-(1)参照)による輸出市場の喪失などが指摘されている。
貿易外収支は,86年にも堅調に推移しているが(第5-6表),内訳では,対外債務の返済等から85年末から利払いが減少する一方,82年より85年まで拡大の続いていた「旅行」収支黒字は,ドル安やテロの横行などの影響もあって,86年前半には急減するなどの動きがみられる(第5-6表)。貿易収支が小幅ながら改善していることから,86年の経常収支は79年以来久し振りの黒字(258億フラン)となった。
資本移動が活発化する中,85年及びEMS通貨調整のあった86年前半には,短期資本収支が黒字となり,民間部門には大量の資金が流入した。5月に実施された証券外貨制度(注)の廃止も,EMS内でフラン相場が安定した動きをみせている間は,資本流出を招かなかったといえよう。
このような資金の流入により,政府は82,83年に借り入れたECやユーロ市場からの大型のローンを返済し,政府の対外債務は85年央の約700億フランから86年末には73億フランと,殆ど解消される見込みである。フランス全体の中長期純債務も,85年央の2,300億フランから86年9月末には1,057億フランに縮小した。
インフレ抑制策の成果を受けて,政府は85年から,政府部門のウェイトの縮小と市場活力の強化による持続的成長のための基盤整備に力を注いでいる。政府介入の縮小のペースは86年3月に保守政権が発足して以来加速している。
①価格統制の撤廃
フランスでは政府による価格及び為替の管理が,第2次大戦来続いていたが,86年中にほぼ完全に撤廃された。1945年制定の政令により,程度の差はあれ続けられてきた価格統制は,85年に緩和され始め,86年初からは殆ど全ての工業品の価格統制が撤廃され,86年央からは売買マージンに対する規制も廃止された。
11月には,41年間適用されてきた政令も廃止され,価格決定の自由化等を定めた政令にとってかわられた。この措置によって,87年初より商品価格,サービス料金及びそのマージンは,原則として企業がその責任において自由に決定できることになった(ただし,医薬品,書籍等の価格や生鮮品のマージン,医療サービス,弁護士,タクシー料金等は例外とされた)。この結果,消費者物価指数の内約75%が自由化され,規制品目は公共料金が中心となった。なお,政府は異常事態が発生した場合には,6か月を限度として価格規制を行なえることになっている。
②為替管理の自由化
為替管理も,1939年来続けられていたが,国際収支やフラン相場の動向を考慮しながら,83年末から緩和が図られ,86年にはその速度も加速した。具体的には,①証券外貨制度の廃止(5月),②輸入予約のサービスや債務返済への対象拡大(5月)及び輸入予約の期限撤廃(7月),③海外でのクレジットカード利用限度額の撤廃(11月),④非居住者向けフラン建て貸出しをユーロ・フラン取入れを原資とする限りにおいて自由化する(11月),等々の実質的な緩和策が採られ,政府は11月には為替管理の9割は撤廃されたとしている。
③賃金政策
賃金については,83年より公共部門に対し政府の物価見通し内,に賃上げ率を抑制する政策がとられ,民間部門もこれを尊重してきたが,86年11月,シラク首相はこの賃金政策に代わり,87年の公共部門賃上げ率を基本的には政府の物価見通しと同じ2%に抑え,国有企業等の条件によっては3%まで賃上げを認める方針を明らかにしている。一方,CNPF(フランス経団連)も,同月,87年の賃上げ率を前年度の伸び以下に抑える方針を発表した。
④雇用政策
雇用政策の力点には,85年に変化がみられた。従来は早期退職制度などによる労働力の供給減が図られていたが,最近は労働市場の機能改善や若年層雇用の促進など需要面での改善に力点が置かれている。市場の柔軟性の回復を目的に,期決め雇用やパートタイム雇用が促進されたほか,解雇の事前許可制の廃止(86年5月より部分的に,87年初より完全実施)も雇用者心理に良い影響を与えている。一方,若年層の雇用対策としては,′地方及びその他の公的団体による公益事業(TUC)により,85年以降直接に大量の雇用が創出されており,また86年末までに若年者を雇用する企業に対し,社会保険料を減免する措置(86年6月)により,少なくとも若年層の雇用は促進されたとみられている。
⑤国有企業の民営化
国有企業の民営化政策は政府介入縮小のための主要策と位置づけられている。
国有企業民営化法は,86年8月に成立し,11月には民営化の第一弾,サンゴバン社の株式が売却され,総株主数は100万人を突破した。政府は今後5年間で,公的サービスを提供しない国有企業の内65社の民営化を行う計画(82年の国有化は47社)で,これが実行されると公共部門の雇用者は,190万人から100万人にほぼ半減する(INSEE)。また売却予定株の総額は上院の報告によると,約2,000億フランと見積もられているが,公的債務の返済と82年の国有化の費用に優先的に宛てられる。
86年度(1~12月)及び87年度の財政政策は,財政赤字を抑制しながら税負担を軽減するため,支出抑制の努力が続けられており,実績としても86年度には中央政府においてかなりの成果が収められたとみられる。
①86年度実績-中央政府の赤字縮小
86年度の財政赤字(中央政府,総合収支尻)は,税収の好調などから,当初予算を下回る1,436億フランに改善すると見込まれている(第5-7表)。この結果,財政赤字は6年振りに減少し,対GDP比率も84年度の3.7%をピークに連続して低下し,86年度には3%の目標内に収まるとされている(86年11月補正予算)。
国民の義務的負担(租税・社会保障)の引下げも,対GDP比0.2%ポイントの目標に対し,0.5%の引下げとなったとみられている(85年度45.6%,86年度45.1%)。一方,社会保障会計は85年度にも黒字(134億フラン)となったが,86年度には物価の予想以上の鎮静化に対し,年前半は年金額が適切に調整されていなかったこともあり,赤字が見込まれている。また退職年令の低下等から老齢年金の収支が悪化しているため,86年8月より個人の給与に係る老齢年金の負担率が0.7%ポイント引き上げられ,87年には,85年の課税所得に対し0.4%の特別拠出金が徴収されることとなった。
②87年度予算-財政節度の強化
87年度予算は「広範な経済自由化プログラムの下での財政節度の強化」を基本方針として,歳出節減を徹底化することにより,減税と財政赤字圧縮の同時達成を狙っている。
歳出は前年度伸び率が1.8%と,消費者物価上昇率2.0%(87年見通し)を下回っており,58年度以来の実質マイナスとなっている。このため歳出全体の対GDPシェアは減少を続け,86年度の21.3%から,20.5%に低下する。項目別には公務員数の一層の削減(約19千人,労働力人口の0.8%),公務員給与の全般的引上げの排除,企業向け補助金圧縮等により歳出節減を徹底化する一方,優先配分項目も,国防,雇用(職業訓練費29%増,全体8.2%増),治安,海外領土開発の4つに限定している。
歳入面では法人120億フラン,個人150億フランの減税(合計でGDP比0.5%)を実施するとしており,①法人税率の引き下げ(一律45%へ,86年4月の補正予算により決定,86年央より実施済),②職業税減税,③富裕税の廃止(86年4月の補正予算により決定),④所得税の最高税率の引下げ(65→58%),⑤低所得層向け所得税減免措置の拡充等が掲げられている。なお,個人に対する減税は,既に述べた社会保障負担金の引上げ(120~150億フラン)によりほぼ相殺されるが,相対的に中堅所得層の税負担が増すことになる。
この結果,財政赤字の対GDP比は86年度の3.0%(当初予算)から,2.5%へ低下する。政府は公債費を除いた財政赤字を89年度までに解消することを目標に掲げているが,87年度には同ベースでの財政赤字は300億フラン(GDP比0.6%)に減少することになる。
金融市場の近代化が急速に進む中で,金融調節方式も従来の量的規制から,金利と預金準備率操作を中心とする市場機能活用型に移行している。マネーサプライは,ディスインフレの定着を目標に伸び率の低下が図られている。
①金融制度の改革
80年代初まで,フランスの金融制度の特質は,銀行貸出しの優位,市場の厳格な区分け及び政府の直接介入などにあり,市場メカニズムが機能しにくい構造となっていた。しかし,84年秋から政府主導で金融市場の近代化が急速に進められるのに伴い,企業,政府および金融機関の資金調達及び運用の幅は広がり,リスク・ヘッジのための金融先物などの取引も順調に拡大している(第5-8表)。金融市場発達の背景には,①中央銀行からの借入れを減らしながら,財政赤字をファイナンスするために,国債市場の整備が必要であったこと,②パリの国際金融センターとしての地位を高めることにより,所得増や雇用創出等の恩恵が期待されること,③金融市場の統合と市場機能の活用により効率的な資金配分を実現するとともに,金融仲介コストを引き下げ,ひいては投資及び貯蓄の促進を目指していること,等の政府の意図の他に,高水準の実質金利と名目金利の低下が金融投資を促進したといった経済環境上の好要因も指摘されよう。
フランスの銀行は,国際的にみても中央銀行依存度が高かったことから,金融調節は金利よりも量的信用規制に重点が置かれ,71年4月以降貸出準備率制度(増加基準枠を上回った貸出しには通常の貸出準備率とは別に罰則的な追加準備率を賦課)が導入されていた。しかし,金融市場の近代化に伴う資金調達源の多様化や企業の借入れ需要の低迷等により,85年初から貸出準備率制度は変更されて貸出しに対する量的規制が緩和され,87年初には廃止された。一方,預金準備率は,国際的にも低水準にあったが,85年末頃から段階的に引き上げられた。また金利機能の強化を狙い,86年12月からはコール翌日物市場でのfix-ing制度(一日一回の値決め)が廃止され,コール翌日物金利は自由に変動するようになったほか,7日物売戻条件付買オペが活性化されている。このように金融制度の面で,フランスは漸く先進国と肩を並べたものと評価でき,債券オペレーションによる金利誘導や預金準備率の操作により,マネーサプライと為替相場のコントロールを目指している。
なお,政府は個人貯蓄率の低下傾向や今後の人口高齢化を背景に,86年11月,株式投資や老後のための貯蓄に対する優遇措置を中心とする貯蓄振興策を決定した。
②金利,マネーサプライの動向
マネーサプライM2R(M2から非居住者保有分を除外)の増加率は,85年に6.9%となり目標値(4%~6%)に対し過大となったものの,84年の7.6%がらは低下した。
86年は管理指標がM3 に変更され,目標圏は3~5%(86年10~12月期の前年同期比)に設定された。年上期は金利低下や外資流入にょるマネーサプライの増加を防ぐため,2度にわたり預金準備率が引き上げられた。その後,M 3は目標圏の上限近辺で推移した後,結局4.6%増と目標圏内に収まった。なお,金融資産内部の構成変化に加え,SICAV(オープンエンド型投資信託)等の新金融商品を多く含む広義の貨幣総量Lや,経済活動の動きをより反映し易いM2 の増加率が依然として高がったこともあり(7月前年同月比増加率,L7.2%,M 2は6.4%),87年についてはM2 に対しても目標値が設けられ,Lも引き続き監視されることとなった(M 2:4~6%,M3:3~5%)。
短期金利は,86年上期にはインフレの鎮静化,EMS内でのフラン相場の堅調等を映じて低下を続け,市場介入金利も85年末の8.75%から86年6月には7.00%へ低下したが,年末から87年初にかけては,対マルク相場の軟調から同金利は8.00%へ上昇した。一方,銀行の貸出基準金利の低下幅は小さく,85年末の10.6%から87年初には9.6%となっている(クレディ・リヨネ銀行のみ9.45%)。一方,長期金利は85年末から8か月間で約3%ポイントと大幅に低下した(長期国債利回り,8月末7.6%)が,その後87年初まで緩やかに上昇した。
87年のフランス経済は,86年に生じた大幅な交易条件改善の効果が徐々に薄れていくものの,依然内需中心の緩やかな拡大を続け,外需の回復もあって,成長率は僅かながら86年を上回るとみられている(第5-9表)。
政府見通しでは,賃上げ抑制や社会保障給付の鈍化等から,個人消費は減速するが,企業設備投資は収益の改善傾向を背景に非製造業中心に伸びを高め,内需は底堅く推移するとされている。一方,輸出はドル及びドルペッグ通貨圏に対し,競争力が悪化しているものの,ヨーロッパでの需要の拡大等から立ち直りをみせ,外需の成長率引下げ幅も小さくなるとされている。
政府の主要課題の一つである物価については,政府は年平均で2%の上昇と,一層の鎮静化を見込んでいるが,失業に関する見通しは厳しく,OECD等では,労働力人口の増加から,失業率は依然上昇を続けるとしている。
イタリアでは,他の欧州主要先進諸国よりやや遅れて83年に入って,景気は回復に転じた。84~85年上期は,輸出や輸出に誘発された設備投資の伸びによって緩やかながら景気の拡大が続いた。この間,個人消費も持ち直し,堅調な伸びをみせた。85年後半には,輸出が頭打ちとなり,設備投資の伸びも減少に転じたが,86年に入ると,個人消費が堅調を続け,固定投資が持ち直した反面,輸出はドル高修正に伴ってやや減少に向かうなど85年以上に内需中心の成長となっている。
こうした中で消費者物価は,原油安,ドル高是正による輸入価格の低下もあって86年12月には5%を切る水準まで低下してきている。経常収支赤字も貿易収支赤字の大幅な縮小から改善に向かっているとみられる。しかし,高失業については,悪化しており失業率は上昇している。また,財政赤字についても,近年緊縮財政策を採ってきてはいるが,改善の兆しは現れていない。このようにイタリア経済が抱えてきた,高インフレ,巨額の財政赤字,経常収支赤字,高失業といった4つの難題のうち,構造的な要因を持っている高失業,財政赤字の他は改善へ向かっているとみられる。
83年春頃から回復に転じた実質GDPは,84,85年と堅調な拡大を続け,86年も緩やかな成長となった。四半期別の動きをみると,85年10~12月期の前期比0.2%減に引き続き,86年1~3月期にも労働日調整がなされていないこともあって同0.3%減となったが,その後は4~6月期同2.8%増(上半期では前期比1.0%増),7~9月期同0.4%増と緩やかな拡大を続けている(第6-1図)。年平均成長率は85年の2.3%に続き,86年も2%%(OECD予測)程度の緩やかな増加が見込まれている。
実質個人消費は,堅調な増加を続けており,85年前年比1.9%増の後,86年に入っても,1~3月期前期比0.6%増,4~6月期同0.7%増,7~9月期同0.8%増と増勢を維持している。自動車販売台数をみても86年は月平均15.2万台(前年比4.6%増)と史上最高を記録している。実質政府消費は,堅調な伸びを続けてきたが,このところ伸びは鈍化してきている。
投資をみると,機械設備投資は,85年の後半に大幅な後退を示したが,86年に入ると1~3月期は前期比1.9%減となったものの,4~6月期同6.4%増と大幅に増加した後,7~9月期同0.1%増とやや回復してきている。一方,建設投資は近年不振を続けており,86年に入っても1~3月期は前期比1.7%減であったが4~6月期には同1.0%増,7~9月期同0.8%増となった。固定投資全体では,上期前期比0.4%減となったが,こうした投資の冷え込みは,名目金利が他の西ヨーロッパ諸国に比べ高止まりしていることに加え,生計費等の物価上昇率の大幅な低下から実質金利は86年に入って一段と上昇したこともその一因となっている(第6-6図参照)。
なお,在庫投資は,85年10~12月期以降緩やかに増加している。
鉱工業生産(当庁季節調整値)は,86年に入ってからも緩やかな回復にとどまっている(第6-2図)。86年上期では,前年同期比0.2%増の後,7~9月期も前期並の伸びとなり,10月の3ヵ月移動平均(9~11月)でみても前月比0.1%増と横バイとなっている(80年=100,7~9月期99.7)。これを財別の生産動向でみると,資本財,消費財とも緩やかな回復にとどまっている。稼働率(原数値)もこのところ回復気味ではあるが,依然として70%台の低水準にとどまっている。
1~9月間の業種別の生産動向(原数値)をみると,好調に推移したのはプラスチック加工(前年同期比10.2%増),輸送機器(同10.9%増)等で,不振であったのは皮革(同4.4%減),精密機器(同5.0%減)等であった。
雇用情勢をみると,失業率(原数値)の上昇が続いており,84年に10%を越えた後,86年に入っても上昇している(第6-3図)。86年7月現在,労働力人口2,353.9万人に対し,就業者人口は2,100.9万人(うち,男子1,406.5万人,女子694.4万人),失業者数253万人,失業率10.8%(前年同月は9.9%)に達している。産業別就業者数の動向をみると,サービス産業は増加を続けているものの(全就業者数に占めるウェイトは80年7月49.8%→86年7月56.8%),一次産業(同13.1%→10.8%)及び二次産業(同37.1%→32.5%)は減少を続けている。また,男女別の失業率では,86年7月では男子781%,女子17.4%と格差は依然として大きく,従来から問題となってきている南北格差も北部7.4%,中部9.1%,南部16.6%となっており,失業の構造要因といわれてきた失業の女子集中,南部集中は変わっていないといえよう。なお,大企業雇用指数では,1月~10月の前年同期比で4.2%の減少となった。
こうした構造的要因を取り除くべく政府は87年においても,公,行政部門に若年者を中心にパート・タイム労働者を雇用する等の法案を閣議決定(86年12月)するなどの雇用対策を進めている。
消費者物価上昇率(生計費)は,80年の前年比21.3%をピークに低下を続け,他のヨーロッパ諸国に比べると依然水準は高いものの,85年には8.6%と二桁を割る上昇率にまで低下し,86年に入って低下傾向は更に強まり,12月の前年同月比は4.3%と72年来の低い上昇率に低下し,86年の政府目標である年平均上昇率6%,12月の対前年同月比5%はともに達成された(第6-4図)。
卸売物価の場合はこの傾向は一層顕著にでており,86年初から上昇率は鈍化を続け,4月以降前年同月の水準を下回っている。特にエネルギーは大幅な低下となっており,8月の前年同月比は32.4%の下落となった。
賃金の動向をみると,85年末に行われたスカラ・モービレ(賃金の物価スライド制)の改定により,大幅に上昇率は鈍化し,86年初の8%台から年末には3%台へと大幅な低下を示している(第6-4図)。
スカラ・モービレの改定内容をみると,①従来3ヵ月毎の改定を6ヵ月毎にする(5月,11月),②物価手当の計算手法を変更し,従来100%スライドさせていたものを,賃金のうち,58万リラについては100%物価上昇にスライドさせるが,それを越える部分については25%分を物価手当分として支給するというものである。この改定により,物価と賃金のスパイラルはほぼ断ち切られたといわれている。なお,86年は労働協約の改訂年(3年に一度)に当たり,労使交渉が続けられているが,賃上げ,労働時間の短縮等を巡ってストライキが多発している。このため労働喪失時間も86年に入って増加しており,1~10月累計では前年同期を約21%上回っている。協約改訂労使交渉は,86年内には一部労組(銀行等)で妥結した他,87年に入って公務員の新労働協約が締結されている(協約期間は86~88年末までの3年間)。
貿易動向をみると,輸出(fob,当庁季調値)は,84,85年の大幅増の後,86年に入るとドル高修正もあって,アメリカ向け,中東向けを中心に減少傾向となり,1~3月期前年同期比5.6%減,4~6月期同2.0%減,7~9月期同1.8%減と減少を続けた。しかし,9月以降はやや持ち直し気味に推移している。一方輸入(cif,同)は,ドル高修正,原油高修正により,1~3月期前期同期比6.2%減,4~6月期同13.2%減,7~9月期同7.2%減と大幅に減少を続けている。この結果貿易収支は,85年の1~11月累計の21兆リラの赤字から86年同期には3.8兆リラの赤字へと大幅に改善している。こうした貿易収支赤字の改善は,主としてエネルギー収支,食料等の農産物収支の改善によっている(第6-5図)。
経常収支の動向をみると,85年の大幅赤字から86年に入ると貿易収支の改善もあって赤字幅は縮小に向かい,1~3月期3.4兆リラの赤字の後,4~6月期には0.3兆リラの黒字へと転化した。
金融政策からみると,公定歩合はドル高修正に伴い各国の公定歩合引き下げに呼応して,86年3,4,5月と連続して引き下げられ,85年11月の15%から12%へ低下した。その後は,財政赤字をファイナンスする政府債の消化や国際通貨市場でリラを安定的に推移させるため高止まっている。
マネーサプライ(M2)の動向をみると,86年には10月前年同月比8.0%の増加と目標圏内(85年12月比7~11%増)に収まって推移している。87年の目標圏は6~9%と上下1%引き下げられている(第6-6図)。なお,85年までのマネーサプライ増加要因をみると,公共部門(政府債)の借入需要がその大半を占めている。
86年4月EMS内の通過調整がなされたが,リラについては変更されず,実質的な切り上げとなった。その後もリラはEMS内で堅調に推移しており,87年初の再調整ではリラのポジションは西ドイツマルクに対して3%の切り下げ,ECU中心レートでは,0.45%の切り下げとなった。
財政政策は,引き続きインフレ抑制,財政赤字の縮小を目指して緊縮スタンスを採っている。12月20日に国会を通過した87年度(1~12月)予算案では,財政赤字を100兆リラ(GNP比12.6%,86年度同14.6%)に抑えるため,公共料金等の一部引き上げにより歳入増を図るとともに,社会保障関連費を中心に歳出を抑える緊縮予算となっている。
86年10月,87年度予算案提出時に発表された政府の87年経済見通しによると,実質経済成長率は,3.5%,消費者物価上昇率は年平均で4%弱,年末対比で3%程度を見込んでいる。
86年末に発表されたOECDの見通しでは,実質経済成長率は87年前年比3%,うち,個人消費は同3 1/2 %増と比較的高い伸びが見込まれており,また,設備投資も86年の同1 3/4%増から87年には5 3/4 %増へと大きく増加するとしている。輸出は86年の前年比6%増から87年には3 1/4 %増へと鈍化し,一方輸入は86年の同7%増から87年には同6 1/2 %増へやや低下するにとどまるとみており,87年も内需中心の緩やかな成長が続くと見込まれている。
オーストラリア経済は,豪ドル下落の下で金融引き締めによる高金利等を発端として,85年後半以降,設備投資や住宅投資の不振等により景気は停滞を続けている。実質GDPは,85年10~12月期前期比0.5%減,86年1~3月期同0.2%減,4~6月期同0.1%減と連続低下の後,7~9月期にも同0.2%増にとどまった。雇用情勢は悪化してきている。また,消費者物価は豪ドル下落による輸入物価の上昇を主因として,上昇率はかなり高まっている。一方,賃金は85年9月に物価スライド方式が手直しされたこと等から,上昇率が低下した。
金利は依然として高水準にある。財政は85/86年度(85年7月~86年6月)に引き続き,86/87年度も緊縮的なものとなっている。
① 個人消費の伸び鈍化
実質個人消費は84/85年度の前年度比3.3%増から85/86年度には同2.7%増へ伸びが鈍化した。7~9月期も前期比0.4%増と低い伸びになっている(第7-1図)。自動車購入や自動車維持費は減少したものの,家賃,食料,家具等を中心に支出は増加を続けている。自動車については86年から排気ガス規制が実施され,価格が割高となったこと等から,86年上期中,大幅に減少した。実質可処分所得は84/85年度の前年度比3.1%増よりも85/86年度は同2.2%増の緩やかな伸びにとどまった。その結果,貯蓄率は84/85年度の15.1%から85/86年は14.9%にやや低下した。
② 投資:設備投資,住宅投資とも不振
実質民間設備投資は,高金利の影響に加えて,約7割を輸入にたよっている機械設備が,豪ドル下落のため価格が上昇していることから,85年後半より減少し,85/86年度には前年度比0.7%増(84/85年度は同9.7%増)と不振となった。そのうち,非住宅建築投資は21.3%増となったが,プラント設備投資は3.7%減となった。
一方,実質民間住宅投資も高金利のため85年後半より減少し,85/86年度には前年度比1.0%増(84/85年度は同11.6%増)と大きく鈍化した。
84/85年度に前年度比3.9%増と前年度の伸び(同5.1%増)を下回った工業生産は,85/86年度には同3.7%増と更に鈍化した。
こうした生産の動向から,雇用者数は85/86年度は前年度比3.9%増(84/85年度は同2.8%増)となった。失業率も84/85年度平均8.5%から,85/86年度には同7.9%まで低下した。しかし,最近の景気停滞の下で,86年7~9月期には平均8.3%にまで上昇し,雇用情勢も悪化してきている。
① 消費物価上昇率の高まり
消費者物価上昇率は84/85年度の前年度比4.3%から,85/86年度には同8.4%に高まっている。これは,豪ドル下落による輸入物価の上昇を主因としたもので,86年7~9月期にも前年同期比8.9%と依然として高い上昇となっている(第7-2図)。
② 賃金:かなりの上昇
賃金(男子平均週給)上昇率は,賃金インデクセーション方式を採っているため,物価の上昇を反映して86年1~3月期(前期比2.1%上昇)まではかなりの上昇となった(85/86年度は前年度比6.4%上昇)。しかし,85年9月に,86年4月の賃上げ時にその前期の消費者物価上昇率から2%差し引くことが,政府・労働組合評議会(ACTU)間で合意をみたこと,および引き上げ実施時期を7月に遅らせたことから,86年4~6月期には前期比0.7%増と上昇率が小幅化した。
① 経常収支赤字幅一段と拡大
輸出(FOB,季調値)は84/85年度に前年度比23.4%増と大幅に増加した後,85/86年度には同10.4%増と増勢が鈍化した。豪ドル下落(豪ドル実効指数1970年5月=100,84/85年度=75.6,85/86年度62.3にもかかわらず,輸出の約4割が一次産品(羊毛,小麦,鉄鉱石,石炭,牛肉)であることもあり,世界的な一次産品需要の低迷等から,豪ドル下落の効果はあまり現れていないものとみられる。品目別にみると,増加が目立つのは,多くのプロジェクトが稼働しはじめた加工金属やエネルギー(石炭,LPガス,石油)などである。
輸入(FOB,季調値)は,84/85年度の前年度比28.1%増の後,85/86年度には同18.3%増と輸出を上回る大幅な増加となった。品目別にみると,コンピューター化や新技術の導入の進展を反映して,機械類や輸送機器が目立つ。
豪ドル下落の下でも,これらの増加が続いており,輸入代替があまり進んでいないことをうかがわせる。
貿易外収支(原数値)の赤字幅は,85/86年度は103.5億豪ドルと前年度(99.3億豪ドル)を上回った。増加する対外債務(86年6月末901億豪ドル)の利払いが主なる要因である。これらにより,経常収支(同)赤字幅は,84/85年度の108.2億豪ドルから85/86年度137.1億豪ドルへと拡大した。86年7~9月累計でも42.6億豪ドルと前年同期35.9億豪ドルを大幅に上回っている。
資本収支は85/86年度には97.0億豪ドルの黒字となった。
② 86年6月中旬より豪ドル再び下落
85年初から下落した豪ドルは,米ドル軟化の中で,86年に入ってやや持ち直していたが,オーストラリア経済の景気停滞がはっきりしてきたこと等から,86年6月中旬から再び下落してきている。
① 金利は依然高水準
金融面では若干緩和気味にあるものの,引き締めが継続しており,マネーサプライ(M3)でみると,86年6月末には前年対比13.0%増(前年同月同17.5%増)とかなり低下した。その後も伸びは鈍化を続けている(9月末同9.3%増)。
金利はプライム・レート(10万豪ドル以上当座貸越金利)でみると,85年12月に21.00%の史上最高に達した後,アメリカ,日本などの低金利と豪ドル相場の持ち直し等から次第に低下し,7月末には17.25%となった。しかし,その後オーストラリア経済の景気停滞がはっきりしはじめたことと先行き不安を背景に豪ドルが6月中旬から急落に転じたことに対応し,豪ドル防衛上の観点もあり,再び金利は上昇し,10月末には19.00%と高水準にもどっている。
② 財政は緊縮型続く
85/86年度の連邦財政赤字は57.3億豪ドル(対GDP比2.5%)となり,前年度の67.5%億豪ドル(同3.3%)を下回った。歳出は前年度比9.7%伸びたものの,歳入が同12.6%増と大幅に伸びたためである。
86/87年度予算は,86年8月19日に発表されたが,経済再建と通貨防衛を主眼に財政赤字の削減を最優先とする緊縮的なものとなっている。歳出は前年度比6.9%増に抑制され,歳入は自然増等から11.0%増,財政赤字は35.0億豪ドル(対GDP比1.4%)と更に縮小すると見込まれている。
86/87年度予算策定時の政府見通しは,実質GDPが85/86年度の3.7%増から,86/87年度に同2.25%増に鈍化するとみている(うち,農業部門は2.2%減から2.5%減へ,非農業部門は4.1%増から2.5%増へ)。主として民間住宅投資,民間設備投資が減少することによる。その他予算案の前提となった経済見通しは,①失業率7.9%超,②賃金6%超,③消費者物価上昇率約8%などである。
ニュージーランドでは83年初より景気が回復し,実質GDPは84/85年度(84年4月~85年3月)には個人消費や民間設備投資の増加および輸出の急増等から,前年度比7.0%増となった。しかし,85年後半より景気は個人消費や民間設備投資の減少等から後退し,実質GDPは85年7月~9月期前期比0.3%減,10~12月期同0.6%減,86年1~3月期同2.5%減と3期連続してマイナスとなり,その結果85/86年度の成長率は前年度比0.9%増と大幅に鈍化した。この景気後退は,介入主義的政策から市場原理重視の政策への転換によるところもあるが,中長期的に安定した経済成長のためには不可欠として,政府はこうした政策転換を続行する構えである。そして,この景気後退は86年内に終了し,87年からは回復に向かうとの見方がされている。
財政は84/85年度予算で財政赤字削減に転換して後,86/87年度予算も引き続き緊縮的なものとなっている。金融政策では,インフレ再燃で引き締め策を堅持している。
個人消費の動向を実質小売売上高でみると,84/85年度には,賃金・物価凍結令解除(84年2月)後の物価高騰をおそれての駆けこみ消費によって予想外に増加したが,85/86年度は実質可処分所得の低下等もあって,低迷が続いた(第7-3図)。乗用車新車登録代数も,84年7~9月期の約1万台をピークとして減少し,85/86年度は各四半期とも6千台~8千台の範囲で推移するなど不振であった。ニュージーランド経済研究所(NZIER)は,この個人消費低迷の原因として,厳しい金融引き締め策による高金利や先行き不透明感のため,貯蓄意欲が高まったことをあげている。
投資については,住宅投資が高金利の打撃を受け,民間設備投資も補助金の削減や,主要プロジェクトへの投資が82/83年度をピークに漸減してきていること等から,不振となった。政府固定資本形成は,天然ガスから合成ガソリンをつくる商業プラントが85年10月に完成したこと等から,同じく減少した。上記NZIERが12月末に行なった企業景況感調査によれば,景気の見通しは77年以来の最低の水準となっている(61%が86年上半期に景気がさらに悪化するとみている)。これによればここ2年間の投資ブームは終了したものとされている。
製造業生産は,84/85年度前年度比11.2%増と大幅に増加した後,85/86年度には伺2.9%減と急減した。四半期でみると,85年4~6月期に前期比0.7%増の後,7~9月期同1.1%減,10~12月期同6.1%減,86年1~3月期同4.8%減と減少が続いている(第7-4図)。
雇用情勢をみると,85年4月~6月期に約4万9千人にまで減少した登録失業者数は,7~9月期に横ばいとなった後,製造業生産の不振等から,10~12月期からは増加基調にある(10~12月期約5万4千人,4~6月期約5万9千人となっている)(第7-5図)。
賃金・物価凍結令解除(84年2月)と為替レート下落(84年7月には20%のNZドルの切り下げ)により,84年に入ってから消費者物価上昇率は高まり始め,85年4~6月期には,前年同月比16.6%上昇と2桁台となった。その後も2桁台の上昇率が続いたが,上昇率自体は低下している。しかし,86年10月に導入されたGST(一般消費税)により,再び上昇率が高まるものとみられる。
一方,賃金上昇率も,84年4~6月期から徐々に高まり,85年9月の主要賃金交渉は15.5%の引上げで妥結したこともあって,85年10~12月期には前年同期比12.4%上昇の後,86年1~3月期同15.7%上昇,4~6月期同19.2%上昇と上昇率が高まってきている。
輸出は,84/85年度に前年度比21.3%増と大幅に増加した後,85/86年度には同3.6%増と増勢が鈍化した。これには,農産品輸出が,85年初頭からのオーストラリア・ドルの下落によりオーストラリアの農産品に対して国際競争力が弱まったこともあって,不振となったことが大きい。一方,輸入は自動車,原油,鉄鋼製品などの増加から84/85年度同35.8%増と大幅に増加した後,85/86年度には国内景気の後退や世界で初めての合成ガソリン・プラントが85年10月に操業を開始したことから,原油の輸入減もあって,同3.7%増と大きく鈍化した。しかし,貿易収支は輸出の鈍化により84/85年度の3.96億NZドルの赤字から85/86年度には4.20億NZドルの赤字へと拡大した。国内需要の停滞から輸入が減少し,貿易収支赤字が減少することも期待されるが,膨大な対外借入(公的対外債務86年6月末161億NZドル,対GDP比34.2%)に対する利払い増で貿易外収支の赤字は拡大を続けると思われるため,84/85年度の28.18億NZドルから85/86年度の28.70億NZドルへと拡大した経常収支赤字の改善は緩やかなものにとどまるものとみられる(第7-3表)。
財政・金融政策をみると,84年7月に8年振りに政権の座についた労働党政権は,85年3月には変動相場制への移行など,政策を介入主義政策から市場原理重視の政策へと大きく転換させている。NZドルは,変動相場制移行後,緩やかに軟化してきたが,85年に入って本格化したユーロ・NZドル債の発行(主に居住者による)が,6,7月にピークとなったこともあって買い進まれ,10月15日にはフロート後,最高値1NZドル当たり0.5888米ドル(フロート直後比約21%の上昇)となった。しかし,これはファンダメンタルズと比べ過大評価であるとの見方が強まり,12月半ば頃から急落を始めて,12月末には0.49米ドル台まで下落した。その後はやや持ち直しているが,NZドルの基調は弱いものとみられる。
財政政策をみると,85/86年度の財政赤字は対GDP比4.8%(18.71億NZドル)と当初見通しを大幅に上回った(予算ベース12.86億NZドル,対GDP比2.8%)。
7月31日に発表された86/87年度の予算案は,現労働党政権の進めている財政緊縮,経済自由化路線上にあるもので,国有企業の民営化,農業補助金の削減などにより,歳出の圧縮をはかっており,歳出規模は対前年度比15.9%減の204.8億NZドルとなり,一方,歳入面では,税制改革や10月実施のGST(一般消費税)などによる増収により,対前年度比14.1%増の180.3億NZドルとなっている。この結果,財政赤字は24.5億NZドル(対GDP比5.0%)になるとされている。
OECD見通し(12月発表)によれば,ニュージーランド経済の86/87年度の実質GDP成長率は個人消費,固定資本形成在庫投資などの減少からマイナス%%(前年度1.2%増)となり,消費者物価上昇率は131/4%(同15.2%),失業率は51/4%(同3.9%)とされている。
韓国では,85年上期には輸出の大幅減少と,それに伴う製造業生産の伸びの鈍化から,景気は停滞したが,下期からは為替動向もあってアメリカ,ヨーロッパ向けを中心に輸出が急増したことから生産活動も活発となり,景気は回復に向かった。86年に入ってからも,輸出は好調を維持しており,投資も活発であることから,景気は大きく拡大している。物価は,86年中には原油価格の低下もあって,安定的に推移した。雇用情勢をみると,85年中には,改善はみられなかったが,86年4~6月期からは着実な改善を示している。
実質GNPは,85年には5.4%増にとどまり,84年の8.4%増を下回った。農林漁業は,野菜等が豊作であったこともあって,84年の0.2%増から,85年には4.8%増へと回復した。しかし,製造業は,輸出の伸びが鈍化したことから,電気機器,繊維等で生産が停滞し,85年上期には前年同期比3.4%の小幅な伸びであった。下期には輸出の回復もあって伸びをやや高め同4.2%となったが,通年では,84年の伸びの12.2%を大きく下回る3.8%増にとどまった。
86年には,農業生産が順調であったことに加え,製造業においても,前期下期から回復傾向にあった輸出が急増し,生産は大幅増となった。農業生産は,米,野菜等が豊作であったことから,1~3月期前年同期比19.6%増,4~6月期同0.6%減の後,7~9月期同8.8%の増加となった。製造業では,アメリカ,ヨーロッパ向け輸出が急増したことに加え,内需向けも好調であり,1~3月期同11.4%,4~6月期同16.8%,7~9月期同17.8%の大幅増加となった。
また,建設業,サービス業でも,比較的高い伸びを示した。生産指数で業種別の生産動向をみると,86年上期には,電気・電子機器(前年同期比49.5%),繊維・同製品(同6.9%),輸送機器(同8.6%)等の業種で好調であった。製造業全体の生産指数では86年上期に前年同期比15.9%増となった。
需要面では,実質民間消費は,物価の安定と可処分所得の着実な増加から,自動車,家電製品等の耐久消費財を中心に86年上期前年同期比6.3%増の後,7~9月期同6.5%と堅調に推移した。耐久消費財への支出は高く,都市勤労者世帯の実質消費支出のうち家具什器類への支出でみても,1~3月期同26.0%,4~6月期同18.8%と大幅増となった。なお,全国卸・小売額指数も高い伸びが続いている。
実質総固定資本形成は,輸出増による生産活動の活発化と内需の堅調さを背景に投資意欲も高いことから,86年上期同14.6%増,7~9月期同13.5%増と大幅な増加が続いた。特に,機械設備投資は,輸出関連の製造業を中心に,86年上期同23.2%増,7~9月期同22.8%増と,高い伸びを示した(8-1-1表)。
物価動向をみると,原油,原材料等の一次産品価格の下落から安定的に推移した。卸売物価は85年に前年比0.9%の上昇後,86年1~3月期0.2%,4~6月期同2.4%,7~9月期同2.6%と,前年同期比で下落が続いている。消費者物価も安定的に推移した。消費者物価の上昇要因をみると(第8-1-1図),84年から85年央にかけては,景気の低迷もあって需要要因が引き下げに働いている。しかし,85年央からは,労働コスト要因,景気の拡大から需要要因が引き上げに働いているものの,原油価格等の下落から海外要因が引き下げに大きく寄与し,物価の安定となった。なお,政府は,石油製品の消費者価格を二度(86年2,3月)にわたって引き下げた他,電気料金も引き下げた(同3月)。輸入物価については,日本からの資本財等の輸入価格が円高により上昇したものの,原油価格等の低迷から,安定した。
雇用情勢は,85年には景気の低迷に加え,中東経済の不振による海外建設労働者の大量帰国等から,厳しい情勢下にあった。失業率でみても84年の3.8%から最悪期(85年1~3月期)には5.1%まで悪化した。その後,景気が回復から拡大に転ずるにしたがって雇用情勢も改善し,失業率は,86年1~3月期5.9%(前年同期5.1%)の後,4~6月期3.4%(同3.6%),7~9月期3.1%(同4.2%)と,期を追って低下している。就業者数は,86年1~9月期前年同期比3.3%の増加となったが,中でも製造業では生産活動が活発であったことから同8.2%の高い伸びを示した。一方,農業では,製造業へシフトしたこともあって同2.3%の減少であった(8-1-2表)。
貿易動向をみると,輸出(fob,ドルベース)は,85年上期に先進国向けが低調であったことから前年同期比4.1%の減少であったが,下期には政府の輸出支援策の効果もあって同10.5%増と回復傾向を示した。しがし,通年では3.5%増と84年の19.6%増に比べ伸びは大幅に鈍化した。
86年に入ると,輸出は急増し上期同23.0%増,7~9月期同24.2%増と大幅増が続いている。輸出先ではアメリカ(1~9月期前年同期比29.8%増),ヨーロッパ(同47.1%増)向けが好調であった。品目別では電子機器(同36.1%),繊維(同22.7%),はきもの類(同43.0%),機械類(同37.9%)が特に大幅な増加を示した。こうした輸出の増加要因としては,政府が輸出主導政策をとったことの他に,ドル高修正の進行下で,円・欧州通貨が対ドルで大きく増価したのに対し,韓国ウォンの増価(ウォン高)幅は小さかったことから(1月から10月で3.2%),対円や対欧州通貨では大きく減価(対円同14.7%)し,韓国製品が日本・欧州製品に比べ価格競争力を持ったことがあげられる。
一方,輸出は,85年には輸出が低迷したことから,前年比1.6%増と84年の16.9%増に比べ大きく低下した。85年下期からの輸出の増加は原材料等の輸入の増加をもたらし,86年1~3月期前年同期比18.5%,4~6月期同5.7%,7~9月期同11.8%の増加となった。中でも輸出関連業種での資本財,中間財の輸入が増加しており,工作機械(86年1~9月期前年同期比163.8%増),自動車部品(同85.8%増),繊維等機械(14.1%増)等が高い伸びとなった。これらの急増の背景には円高の下でウェイトの高い日本からの輸入品の価格が上昇しているということもある。一方で原油価格が低下しており,輸入総額では大幅な増加とはならなかった。
国際収支面では,貿易収支は85年の1,900万ドルの赤字から,86年に輸出の増価から大幅に改善し36.8億ドル(1~11月)の黒字となった。貿易外収支では,85年に引続き海外建設収入の減少はあるものの,アジア大会開催等から旅行収入が急増し,赤字は85年の14.5億ドルから5.5億ドル(同)へと縮小した。この結果,経常収支は85年の8.9億ドルの赤字から86年には4.1億ドル(同)の黒字へ転換した(8-1-3表)。
金融政策面では,マネーサプライの目標を,86年に入り景気の拡大,国際収支の大幅改善のため,当初の経済運営計画(85年12月策定)の12~14%増から16~18%増へ改訂した(6月)。また7月には,景気の過熱やマネーサプライの急増による物価への影響を懸念し,公定歩合を5%から7%へ引き上げた。一方,86年12月には,社会資本の整備,農漁村振興をねらいとした,歳出総額15兆5,500億ウォン(前年比12.7%増)の積極的な87年度予算が12月に成立した。
87年政府経済見通し(86年12月発表)は,輸出の増加を前提とし,経済成長率8.0%,経済収支50億ドルの黒字,消費者物価上昇率2~3%,マネーサプライ目標圏15~18%増等となっている。輸出については,保護貿易主義の高まりも予想されることから390億ドル程度とみている。
86年9月には,1987年を開始年とする第6次経済5か年計画が策定された(12月に一部修正)。この計画では,国際収支面の黒字の定着,物価の安定と適切な成長等を主眼としており,年平均成長率7.2%,各年における経常収支黒字50億ドル,計画最終年(91年)の1人当りGNP3,982ドル(86年2,200ドル),国内貯蓄率の引き上げ,対外債務の縮小等を目標としている。
台湾では,85年には輸出と固定資本投資の不振に加え在庫調整も進展したことから,実質GNP成長率は5.1%まで低下した。しかし,85年9月のドル高修正以降,ドルに対する切り上げが小幅であった新台湾元は日本・欧州通貨に対して割安となり,これを契機として86年初から輸出が急増した。86年の実質GNP成長率はこの輸出の伸びとともに拡大テンポをはやめ,86年目標(5.5%)を大きく上回る10.8%に達するとみられている。
輸出(fob,ドル・ベース)は,85年9月以来の上述の為替レートの動きから,86年に入って好調となった。更に86年後半には,新台湾元がドルに対して緩やか,かつすう勢的に切り上がるなど先行き元高が予想される状況となったため,かけこみ的に輸出が急伸した。輸入(cif,ドル・ベース)は,輸出にくらべ拡大テンポが遅れていたが,鉱工業生産と投資の回復とともに増加してきている。
86年の輸出は前年比29.5%増,輸入は同20.3%増となり,貿易収支黒字は156億ドルと拡大した(85年は106億ドル)。
物価は,卸売物価が原油価格・一次産品価格の下落から,84年9月以来前年同期比下落となっている。消費者物価は85年5月以降前年同期比で下落していたが,食物(特に野菜)の値上がりにより,一年ぶりに上昇基調に転じている。
金融政策は,数年来低迷していた民間投資を刺激するため緩和気味に運営されており,公定歩合は86年3月(5.25%→4.75%),10月(4.75%→4.50%)に引き下げられた。
失業率は,86年1~10月で平均2.77%と安定して推移している(85年は2.91%)。
台湾経済は,82年に第2次石油危機等の影響からGNP成長率3.3%と低迷したが,翌83年から景気は拡大に向い,成長率は83年7.9%,84年10.5%となった。しかし,こうした景気拡大の足どりは,最大の輸出先であるアメリカの景気拡大速度の鈍化とともに緩慢なものとなり,85年のGNP成長率は5.1%となった(第8-2-1表)。85年の実質GNP増加寄与度をみると,輸入の減少から純輸出が3.7%,個人消費が2.6%と成長を押し上げたが,在庫調整の進展,固定資本投資の不振から,これらが合わせて2.8%の減少要因となった。
86年に入ると,景気拡大速度は再び加速した。この主な原因として,ドル高修正にともない,米ドルにリンクしていた新台湾元が,日本・欧州通貨に対して割安となり,輸出が急激に伸びたことがあげられる。86年1~3月期は,85年後半から続いていた在庫調整の進展から在庫投資が5.3%の減少要因となったが,輸出の急激な伸びから純輸出が7.8%と景気拡大を主導し,成長率は8.5%となった。4~6月期も引き続き輸出の好調から9.2%と高成長となった。その後86年8月以降新台湾元が米ドルに対して緩やかに切り上がり始め,企業が今後の通貨切り上げに備えてかけこみ輸出を行ったため,86年後半から輸出が激増した。この結果7~9月期,10~12月期の成長率はそれぞれ11.5%,13.8%(見通し)となり,86年通年の実質GNP成長率見通し(「行政院主計処」)は10.8%と目標(5.5%)を大きく上回った。
86年一年間で新台湾元の対ドル相場が10.9%切り上がったことにより,輸出中心の成長は今後のぞめないとされている。しかし数年来低迷していた民間投資が86年7~9月期,10~12月期と前年同期比で16%程度に増加していることから,「行政院主計処」の試算では87年1~3月期には内需中心に9.5%の成長をみこんでいる。
台湾では80年以降82年を除いて輸出が前年比10~20%増という高い伸びを示していたが,85年には全輸出額の半分を占めるアメリカ向けが不振となったため,同0.9%と微増にとどまった(第8-2-2表)。しかし,85年後半からのドル高修正局面において,新台湾元が日本・欧州通貨に比べ割安となったため,86年に入り輸出が急激に伸び,1~3月期前年同期比18.3%増,4~6月期同20.8%増となった。この間輸出の伸びが輸入を大きく上回ったため86年1~6月の貿易収支黒字は68.3億ドルとなった。このうちアメリカに対しての黒字が61.5億ドル(前年同期比で30.2%増)を占めていることから,アメリカから通貨切り上げが求められるようになった。86年8月以降新台湾元が緩やかに切り上がり始め,86年一年間では10.9%の切り上げとなった。通貨の緩やかな切り上げに伴う損失を免れるため,各企業ではかけこみ輸出が行われ,7~9月期で同33.5%の急増となった後,10~12月期には同44.0%増と更に高い伸びとなっている。当初は,86年下半期の輸出は新台湾元の対ドル相場切り上げの下,アメリカ向けを中心に不振となることが懸念されたが,予想外の急成長を遂げた理由として輸出仕向地の分散化があげられる。10月の地域別輸出成長率をみると,アメリカ向け(シェア46.4%)が,前年同月比で37.5%増となっている一方,日本向け(シェア12.7%)が同77.7%増,欧州向け(シェア11.7%)が同77.3%増,香港向け(シェア7.9%)が同53.1%増と急増している。1~11月の輸出入を品物別にみると,輸出は,石油精製品を除いて,電子製品,衣類,靴類が軒並み前年同期比で20~30%と高い伸びとなっている。輸入は,原油が大幅減となっているが,電子製品が同50%以上の伸びとなり輸出の好調及び主要輸入先である日本からの輸入価格上昇を反映して急増している他,化学品,機械,鉄鋼が30~40%の大幅増となっている。
貿易収支(通関ベース・ドル建て)は,86年には156億ドルの大幅黒字となり,前年比50%と急増した。特にアメリカ向けが136憶ドルとなっており,アメリカとの貿易摩擦問題解消のため,輸入制限の緩和・関税の引き下げ等の輸入拡大策をとっている。
鉱工業生産は,83,84年には前年比二桁台の成長を示したが,85年には輸出の不調から同1.4%の微増にとどまった(第8-2-3表)。
86年に入って輸出の拡大とともに鉱工業生産も増加し始め,86年1~3月期,4~6月期は前年同期比9.3%増,10.8%増となった。更に8月以降新台湾元の対ドル相場が緩やかに上がり始めたため,かけこみ生産が行われ,7~9月期同17.5%増の後,10~12月期では同19.5%と更に伸びを高めた。部門別にみると鉱業・建築業が不振となっているが,製造業(特に電気製品・プラスチック製品・紡績業・輸送用機器)が急増している。
物価は82年以来極めて落ち着いているが,特に卸売物価は84年9月から一貫して前年同期比で下落しており,消費者物価は85年5月から86年4月まで同じく下落していた。卸売物価は,原油価格・一次産品価格の下落から86年平均の物価指数は前年比3.4%下落となった。消費者物価は,主に食物(野菜)の値上がりから同0.7%上昇となった(第8-2-3表)。
こうした物価の落ち着きを背景に,金融政策は緩和気味に運営されており,公定歩合は86年3月(5.25%→4.75%),10月(4.75%→4.50%)へ引き下げられた。これは数年来低迷していた民間投資を刺激するものとされ,81年10月以来通算15回の引き下げとなった。
しかし,マネー・サプライ(M1B)は,86年8月以降新台湾元を1日当たり0.01元の切り上げに保つための当局のドル買いによって急拡大し,10月以降前年同月比で40%以上の急増となっている(第8-2-3表)。今後物価への影響が懸念されている。
「行政院」は86年12月18日,87年経済建設計画(「経済建設委員会」作成)を承認し,これにると,87年の実質GNP目標成長率は8.0%とされている。項目別の実質GNP成長率に対する寄与度をみると,国内需要は9.4%で,うち個人消費3.7%,政府消費0.6%,固定資本形成3.0%,在庫投資2.1%となっている。
一方海外需要は,製品及びサービスの輸出の寄与度が4.7%であるものの,輸入の急増から全体としての寄与度はマイナス1.6%となる。
GNPベースの輸出の名目増加率目標は10.2%,輸入は同18.1%であり,貿易収支黒字は86年の138.2億ドルから136億ドルへと縮小するみこみである。卸売物価上昇率は前年比2.0%以下に抑えられる。
87年の経済建設計画の重点は,①経済成長は内需中心の拡大とし,公共部門・民間部門の投資を増やして輸入拡大・貿易収支黒字削減を行う,②建設公債を運用し,公共投資を増大する,公営事業は社債を発行し公営事業の民営化をはかる,③環境保護関連の政策・法規を強化し,汚染防止設備投資を増大させる等があげられている。
タイでは,85年には,農産品価格の低迷から輸出が伸び悩み,内需も投資が不振であったことから,景気は総じて停滞色を強めた。86年に入っても,農産品価格が依然として回復していないことから,一次産品輸出は低調であり,農家所得の伸びも低いものとなっている。また,投資も多くの業種で建設・機械設備ともに活発さはみられず,総じて内需は停滞している。しかし,工業品を中心に非農産品の輸出が増加していることや,輸出関連業種で投資がやや持ち直す等の動きもみられる。
実質GDPをみると,84年6.2%増の後,85年には4.0%増と伸びは鈍化した。
GDPに占めるウェイトが比較的大きい農業が,農産品価格の低迷のため生産意欲が減退していること,政府の生産調整策等もあって,84年の5.5%増から85年には2.3%増へ鈍化した。製造業は,85年5月の関税の引き上げによるコスト高,農家所得の伸び悩みによる国内需要の低迷,主要輸出先のアメリカの景気拡大速度が鈍化したことによる輸出減等から,84年の6.7%増から85年2.4%増へ鈍化した。建設業も,84年の11.0%増から,大型プロジェクトが一巡したこともあり85年には0.4%減となった。
86年の生産動向をみると,農業(生産量ベース)は,米が前年比4.4%減(予測値,以下同),タピオカ同を6.7%減,とうもろこし同2.6%減といずれも前年比減少が予想されている。こうしたことから,農業生産は85年と同様に伸び悩みが続くものとみられる。価格低迷による生産意欲の減退,政府の生産調整のための他の作物へ転作中であること,かんばつによる被害等が要因としてあげられている(8-3-1表)。
86年上期の製造業生産をみると,海外需要が好調なことから繊維・同製品,電子・電気機器等の輸出及び輸出関連業種の生産は増加している。しかし,国内需要の低迷が続いており,中でも投資が伸び悩んていることから,建設資材関連の生産量は棒鋼が前年同期比8.8%減,鋼板同18.0%減,セメント同5.3%減と大幅減少となっている。
名目個人消費は,84年の5.9%増の後,85年には5.2%増とわずかに伸び率を鈍化させた。主たる要因としては,農産品価格の低迷による農家所得の伸び悩みがあげられるが,84年11月のバーツの切り下げによる輸入価格の上昇と85年4月の酒・タバコ類の税率引き上げも一因とみられる。
86年上期も個人消費は所得の伸び悩みから総じて停滞気味である。バンコック市内百貨店売上額をみると,86年上期では前年同期比6.0%増と,85年上期の同8.0%増を下回った。また,乗用車販売をみても86年上期同12.9%の減少となった他,オートバイも同8.9%減となっており,耐久財への消費支出は不振である。自動車,オートバイの販売不振は,日本からのこれら輸入部品・製品価格が円高により上昇したためでもある。
名目総固定資本形成をみると,84年の11.1%増から,85年には一転して0.4%の減少となった。公的部門が前年比4.1%増であったのに対して,民間部門は同2.9%減と落ち込んだ。84年11月のバーツ切り下げによる輸入資本財価格の上昇,さらに金利が高水準であったこと,稼働率が低位にあることから新規投資を手控えていること等とみられている。
こうした投資の低迷から,86年に入って公定歩合を三度にわたって引き下げる等,投資促進策がとられている。しかし,86年上期の動向をみても,農水産品加工,精密機器等の輸出関連業種でわずかながら増加しているものの,全体としては弱含みで推移している。投資関連指標でみても,86年1~6月期で資本財輸入額が前年同期比1.0%増にとどまっている他,建築許可面積が同13.3%の大幅減少,セメント販売量同3.0%減と不振が続いている。こうした背景には,国内需要が低迷していることや,円高により日本からの資本財の輸入価格が上昇していること等があげられる。
物価は消費者物価,卸売物価とも82年以降安定的に推移している。消費者物価は,84年に前年比0.9%の上昇の後,85年にはタバコ・酒税及び関税の引き上げもあって同2.4%と上昇率は高まったが,品目別では非食料品の高まりによるところが大きく,バス・鉄道・郵便等の公共料金が引き上げられたこと,84年末のバーツの切り下げによる輸入品価格の上昇等によっている。しかし,食料品は農産物価格が豊作より安定していることから,84年1.1%,85年2.5%と二年連続して下落した。
86年の消費者物価は食料品は引き続き安定しているものの,衣類,耐久消費財等の価格上昇から,非食料品の上昇率がやや高くなっている。耐久消費財については輸入価格の上昇によるところが大きい。しかし,消費者物価総合では1~3月期同2.3%,4~6月期同1.8%の上昇であり,安定的に推移している(8-3-2表)。
卸売物価は,84年前年比マイナス3.1%,85年同マイナス0.1%と下落が続いており,86年も1~3月期同1.4%の上昇の後,4~6月期には同0.6%の下落となった。これは原油価格の低下が大きく寄与している。86年上期の原油輸入価格をみると,85年上期の28.62ドル/バーレルから,36.9%下がった18.05ドル/バーレルとなっている。
貿易動向をみると,85年の輸出は1,917億バーツで前年比10.5%増となり,伸び率では84年の同19.6%増を下回った(84年11月にバーツが14.7%切り下げられたことから,ドル・ベースでは前年比4.0%の減少であった)。農産品が価格の低迷から前年比6.3%減と落ち込んだことが大きく影響している。86年に入ってからの輸出は1~6月期前年同期比15.8%増と好調に推移している。1~6月期の内訳では,農産品が価格低迷から伸び悩んでいるものの,繊維・同製品がヨーロッパ,中東向けを中心に前年同期比25.0%増,電子産品がアメリカ,アジアNICs向けを中心に同25.6%増と,工業製品が高い伸びを示している。
一方,輸入は,投資の低迷から資本財輸入が伸び悩んだこと,原油等燃料が価格の安定から前年比減少となったこと等から,バーツの切り下げにもががわらず85年4.6%増と,84年の3.4%増をわずかに上回るにとどまった。86年1~3月期も投資の低迷による資本財輸入の鈍化,原油等燃料の価格の低下等から前年同期比11.0%減となっている。
85年の経常収支は,サービス収支は前年並の152億バーツの黒字であったが,貿易収支赤字が618億バーツへと縮小したことから,419億バーツの赤字となり84年の495億バーツに比べ改善した。86年上期は,輸出の増加と輸入の減少から貿易収支が赤字ではあるものの大幅に改善しており,経常収支は1~3月期36億バーツ,4~6月期17億バーツの黒字となっている(8-3-3表)。
85年タイ経済は停滞色を強めたことから,政策当局は86年に入り,特に投資部門の活性化のため以下の様な景気刺激策をとった。①中央銀行は公定歩合を3月にそれまでの11,O%から10.0%へ,さらに7月に9%へ,9月に8%へと三度にわたって引き下げた。②政府は,85年4月に引き上げた関税を,資本財の輸入促進のため86年8月に引き下げた。③11月に投資委員会は,輸入税等の減免について,従来新規投資に限られていたものを更新投資にも適用する等の決定をした。
財政面では,86年10月から執行させている87年度予算で,当初案の2,260億バーツに15億バーツを投資分として上乗せし,総額2,275億バーツ(前年度比7.5%増)の景気刺激予算をとっている。
物価政策面では,原油価格が低下したことから石油小売価格を,2月3.6%,3月5.2%,7月5.6%とそれぞれ引き下げ,電力料金も平均2.6%引き下げられている。
87年の経済成長率については,農業生産の回復,工業製品輸出の増加等から政府(首相発言)は5.0~5.3%,中央銀行は5%といずれも86年を上回ると予想している。
第3次5か年計画の最終年度に当たる84/85年度(84年4月~85年3月)のサウジ・アラビア経済をみると,実質GDPは前年度比4.8%減となり,1973/74年度以降初めてのマイナスを記録した82/83年度(同10.9%減)以来,3年連続してマイナス成長となった(83/84年度は同0.7%減)。石油部門生産の低迷に加え,これまで堅調な増加を示していた非石油部門生産もマイナスに転じたためである。よた,物価も下落が続いている。一方,貿易収支黒字幅は石油収入の大幅な減少のため大きく縮小し,経常収支は赤字幅が拡大している。
さらに,85年末からの原油価格急落のため,歳入の見積り困難を理由に,86/87年度予算の決定が,3月,8月と2度にわたって延期されるという異例の事態となったが,その後86年12月末になって発表された予算では,527億リヤルの赤字予算となっている。
84/85年度の実質GDPは,石油部門生産の低迷に加え,非石油部門生産もマイナスに転じたため,4.8%減となった(前年度0.7%減)。すなわち,石油部門生産が15.0%減となった(同8.8%減)うえに,これまで堅調な増加を示していた非石油部門生産も0.9%減とマイナスに転じたのである(同2.7%増)。
非石油部門のうちこれまで高い伸びを示していた民間部門は,84/85年度には0.5%減となった(同5.0%増)。業種別にみると,公益事業(電力,ガス,水道)は10.0%増と高い伸びを示し,製造業も政府援助等もあって1.8%増と堅調な伸びとなったが,第2次開発計画時に急速な増加を示していた建設業は,政府支出の減少等から,9.2%減となった。また,農業生産は2.0%の増加となったが,景気の後退等から小売・サービス業は0.8%減,輸送等も0.9%減となっている。一方,非石油政府部門は,石油収入の減少から財政支出が削減され,82/83年度以降マイナスを続けており,84/85年度も1.9%減となった。
こうした推移を実質GDPの部門別の寄与率でみると(第8-4-1図),これまで石油依存型経済からの脱却を目指して積極的に投資が行われ,一貫して成長を支えてきた非石油民間部門が,84/85年度にはマイナスに転じたことが目立つ。
GDPに占める石油部門のシェアは64/65年度の約60%から,84/85年度には約24%にまで低下してきている。
(原油生産)
85年7月の石油相会議でスウィング・ブロデューサーとしての役割をやめることを言明した同国は,8月に日量235万バーレルにまで減産した後,9月にネットバック方式による販売に踏み切り,12月には日量465万バーレルにまで生産を回復させた。同国のこの方針転換の影響は大きく,それに続くOPECのシェア確保・防衛宣言によって,原油価格は85年末から急落した。その後,86年8月初のOPECの大幅減産合意後は,14~15ドル/バーレルまで持ち直し,ほぼ横ばいで推移している(本論第1章第1節参照)。
この結果,85年の原油生産は,秋までの減産のため日量平均346万バーレルとなり,84年の同468万バーレルをさらに下回った(26.2%減)。これはピークの80年の同990万バーレルに比べ,約35%の水準にすぎない。86年に入ってからは,1月から5月まで゛は日量400万バーレル台で推移した後,6月には同540万バーレル,8月には同600万バーレルと増産されたが,9月からは8月初のOPEC減産合意にもとづき,同450万バーレル前後で推移している。
(石油収入)
81年末より減少に転じた石油収入は,85年に280億ドルと前年(437億ドル)から大幅に減少し,ピークの81年の4分の1の水準となった。これは,上述の輸出量の大幅な減少と,価格が低下傾向にあったためである。86年に入ってからは,輸出量は急増したが,原油価格が大幅に下落したことからさらに減収となり,86年上半期は96億ドル(85年上半期は127億ドル)となり,年全体でも,85年よりも下回ることが予想される(第8-4-2図)。
消費者物価は,84年の前年比1.0%低下,85年同3.4%低下と2年続けて低下している。86年に入っても,1~3月期,4~6月期それぞれ前年同期比3.2%,同3.1%と低下が続いている。
物価の鎮静の背景としては,経済全体としての不振の他,各種インフラストラクチャーの完成による外部経済の効果によリ,諸種サービスコストが低下したことや,国内生産の増加による競争の激化等が挙げられよう(第8-4-1表)。
貿易(輸出+輸入)は,82/83年度に減少(前年度比27.1%減)に転じた後,83/84年度(同18.2%減)に引き続き,84/85年度も石油輸出の大幅減に加えて輸入も減少し続けていることから,同19.4%減と大幅に減少している。
輸出(FOB)は,83/84年度1,557億リヤル(前年度比24.9%減)の後,84/85年度は1,220億リヤル(同21.6%減)と大幅に減少している。これは,世界的石油需給緩和の中,輸出の97%を占める石油輸出が大幅に減少したからである。
輸入(FOB)は,83/84年度1,082億リヤル(前年度比6.2%減)の後,84/85年度も,非石油部門,石油部門両方の減少から907億リヤル(同16.2%減)となった。非石油部門の減少は,主要インフラ投資が一巡したこと,石油収入の大幅減による財政支出の削減からプロジェクト関連の輸入が減少したこと,農業などの自給率の高まり等によるものである。石油部門(全輸入の1.5%)も,国内の石油製品需要が国内生産によってまかなわれるようになってきたことから,減少している。また,輸入相手国(84年)を地域別にみると,依然ヨーロッパからの輸入が全体の43.7%と高く,次いでアジア(同30.9%),南北アメリカ(同19.5%)の順になっている。また,国別では,日本,アメリカの比率が高い(日本同19.5%,アメリカ同17.4%)。
以上の結果,貿易収支黒字は82/83年度の920億リャル,83/84年度の475億リヤル,84/85年度の314億リヤルと大幅に減少してきている。
貿易外収支(移転収支を含む)では,受取り額は投資収益の減少等から前年度比12.6%減(595億リヤル)となったが,支払い額も,石油部門の投資収益支払い額の減少等から,同13.5%減(1,498億リヤル)と受取り額を上回って減少した。このため,貿易外収支の赤字幅は,83/84年度の1,050億リャルから,84/85年度は903億リヤルと縮小した。
しかし,貿易外収支赤字の縮小幅よりも貿易収支黒字の縮小幅が大きかったことから,経常収支は,83/84年度の575億リヤルの赤字から,84/85年度には590億リャルの赤字と赤字幅が拡大した。
一方,資本収支をみると,84/85年度の石油部門の資本収支及び非石油部門の直接投資の収支の計は,137億リヤルの入超(前年度109億リヤル)となった。
その他の資本収支(誤差・脱漏を含む)は,サウジ・アラビア通貨庁の公的準備の大幅な取崩し等により,452億リヤルの入超(前年度466億リヤル)となり,経常収支の大幅赤字をファイナンスする形となっている。
政府はここ2年間,財政の赤字を対外貿易の取崩しで補填してきたが,対外資産の取崩しの継続は好ましくないとして,85/86年予算では,3年振りの均衡予算を組んだ(歳入,歳出とも2,000億リヤル)。86/87年度予算は,85年末からの原油価格急落による一層の石油収入の減少に伴い,歳入の見積り困難を理由に,決定が3月,8月の2度にわたって延期されていたが,12月末に527億リヤルの財政赤字を見込んだ予算が発表された。
(金 融)
マネーサプライ(M3)の上昇率は,景気の後退傾向と政府支出の削減等から,82/83年度12.5%,83/84年度7.1%から,84/85年度には3.4%と低下している。また,6月1日こは同国通貨サウジ・リヤルの対ドル交換レートを2.7%切り下げ,1ドル=3.65リヤルから,1ドル=3.75リヤルとした。
(第4次5か年計画)
85/86年度から始まる第4次5か年計画は,年平均成長率を4.0%としているが,85年末からの原油価格急落によって一段と石油収入が減少しており,歳入が当初予算通り確保できる見込みはほとんどなく,達成は難しい状況に追いこまれているといえる。
1985年のメキシコの経済情勢は,民間固定投資の高い伸びに引っ張られ実質国内総生産の伸びは84年の前年比3.7%増から85年同2.7%増に低下したものの2年連続のプラス成長となり,その水準もこれまでのピークの81年を上回った。
しかし,景気の拡大は,長続きせず,①石油価格の下落等による輸出の不振,②石油収入減少による財政収支の悪化,財政金融両面での緊縮策への政策転換等により,経済活動は年後半より急速に低下し,景気は後退へと進みはじめた。
また,財政収支赤字を補う国債増発や利払い費の増加,年央の大幅な為替レートの切り下げ等から物価上昇率も再び高騰へと転じた。加えて,9月の大地震がこうした傾向に追打をかけた。
1986年に入り,石油輸出価格が大きく急落し,平均では85年の半分程度の水準となったこと等によりメキシコ経済は大打撃を受けた。具体的には,石油輸出が約90億ドル減少し,GDPの6.5%,公的部門の総収入の20%以上にあたる損失を被ったものと推定(IMF)される。そのため緊縮策とも相まって消費,投資とも不振となり,景気は下降を続け,雇用情勢も悪化している。物価上昇率も加速を続け83年以来の3桁台となった。一方,貿易収支黒字は前年同期の約5割に縮小,累積債務問題が再燃した。7月にIMFとの経済再建策について基本的に合意し,国際金融機関,各国政府,民間銀行団とも支援策が合意された。
①85年の動向
総固定投資は,85年前年比6.7%増(84年同5.5%増)という高い伸びとなり,85年の経済成長の牽引力となった。内訳をみると,景気回復の継続予想や84年央以降の政府の緊縮政策緩和姿勢等をうけ,85年前半に民間投資が著しい盛り上がりをみせ,85年同13.1%増となったが,公的投資は石油収入の落ち込みの影響により同3.1%減と減少した。一方,民間消費支出は,84年後半から85年前半までの雇用の改善,実質賃金の回復に伴い85年前年比2.1%増と84年の同2.5%増にほぼ匹敵する拡大が続いた。政府消費支出は,行政機構の縮小・整理もあり84年の同6.8%増から85年度1.3%増に伸びが鈍化した。輸出等は,82~84年の前年比で2桁の増加から一転,85年には同3.0%減と不振であった。財輸出の約2/3を占める石油輸出の価格及び量両面での低下に加え,年前半における強い国内需要を背景とした輸出向けの生産の減少,並びにペソ高による非石油製品輸出の不振,9月の震災による旅行収益の減少等が理由にあげられる。一方,輸入等は,機械設備投資等民間需要の力強い盛り上がりや輸入の自由化を背景に85年前年比11.8%増と84年に続いて大幅増加となった。そのため85年の純輸出の成長に対する寄与度はマイナス1.5%(84年プラス0.05%)となり成長率を大きく引き下げる要因となった(第9-1表)。
②86年の動向
86年に入ると,原油価格の低下による輸出の不振に加え,財政金融両面での緊縮政策もあって,消費や投資も不振であり景気は下降を続けている。そのため,政府は86年の経済成長率をマイナス4%と見込んでいる。
実質農・工業国内生産は,製造業や鉱業生産の落ち込みに加え建設業の不振のため86年1~3月期前年同期比2.0%減,4~6月期1.5%減と減少が続いている。なかでも石油生産は,86年に入り国際石油価格の急落の中で重質油を中心とする同国産原油の相対的競争力が不利化したことから上半期同7.6%減と急減した。その後も,OPECとの減産協力もあり下半期同6.8%減と大幅減が続いた。また製造業生産も,86年に入って鉄鋼や自動車など資本財や耐久消費財の落ち込みが大きく上半期同3.0%減,7~9月期同7.3%減となり10~12月も同8.1%減となる見込みである。消費動向をみると,実質製造業販売は雇用の悪化や実質賃金の低下により86年1~3月期前年同期比2.4%増から4~6月期同3.4%減と減少に転じ,7~9月期も8.7%減となった。10~12月は10月の最低賃金引き上げ等からやや持ち直し同3.6%減となるものとみられる。実質固定資本形成は,建設投資や機械設備投資が減少,86年1~3月期同3.8%減,4~6月期同9.9%減,7~9月期同18.0%減と極めて不振である(第9-2表)。
国際収支動向(名目,ドル)をみると,85年の経常収支黒字は,84年の42.3億ドルから5.4億ドルへと大幅に縮小した。これは,貿易収支黒字が84年より45.4億ドル減少し,84.1億ドルとなったことが大きい。85年の輸出(fob)は,石油・同製品が前年比9.6%減,非石油製品が同8.0%減となり,全体で70年以来の減少の前年比9.6%減となった。一方,輸入(fob)は,石油収入減少から公的部門の輸入が減少,前年比9.1%減となったものの,民間部門が同40.9%増と大幅な増加となったため,輸入全体では同19.6%増となった。
86年に入ると,輸出が為替レートの大幅な切り下げ(年初428ペソ,年末908ペソ)もあって非石油製品が,86年前年比33.8%増となったものの石油・同製品が同57.6%減となったため全体では同27.9%減と大幅な減少となる一方で,輸入は国内経済の不振もあり同15.4%減となった。貿易収支黒字は86年全体で43.7億ドルと前年の84.1億に比べ大幅に縮小した。金利の低下に伴う債務利払いの減少(86年1~9月同64.0億ドル,前年同期76.2億ドル)により貿易外収支赤字が前年同期比29.7%減の45.3億ドルの赤字に縮小したものの,この貿易収支黒字の縮小のため経常収支は1~9月期17.3億ドルの赤字(前年同期0.2億ドルの赤字)と悪化が続いている(第9-3表,第9-4表)。
雇用情勢をみると85年の失業率は2年連続のプラス成長を受け84年の16.1%から8.0%と改善した。しかし,86年に入ると景気後退の悪影響が次第に表れ始め,製造業雇用者数も1~3月期同0.5%増から4~6月期には同2.3%減と84年の年央以来の減少に転じ,7~9月も前年同期比6.8%減と悪化が続いている。
製造業の賃金上昇率は,景気の回復もあって84年の第4四半期頃から物価上昇率を上回り始め,85年は前年比60.0%増となり実質で約2%増となった。86年には,10月に最低賃金が平均21.2%引き下げられ(86年1~10月の累計上昇率96.7%)たものの実質購買力では低下し,製造業の実質賃金の低下が続いている。
消費者物価上昇率は,為替レートの大幅切り下げ,ガソリンや食料等公共料金の引き上げ等から85年年央より再び伸びが高まった(85年通年では前年比57.7%)。86年にはいっても公共料金のインデクセーション化(例えば,電気は1月56%値上げ後,毎月3.5%引き上げられている)等やインフレ心理の高まりもあり,1月前年同月比65.9%から11月には前年同月比103.8%と83年7月以来の3桁の上昇となり12月も105.7%(86年前年比86.2%)となった。なお,政府は87年1月12日8,管理レートをインフレ率に連動して切り下げることとした(第9-5表)。
85年末の対外債務は975億ドル(86年末,1,027億ドルの見通し)で利払い額は99億ドルとなり,デット・サービス・レシオは47.7%(84年54.4%)となった。
86年に入って,原油価格の急落の影響から債務問題が深刻化し,国際金融支援の必要が生じた。このため,政府は,86年年初以来,IMFに対し支援を要請するとともに,7月21日こは新経済政策を発表した。また,ほぼ同時に成長指向的な観点ももりこんだ経済調整策とそのための所用資金調達計画についてIMFと基本的に合意し,関係者ヘネットで約120億ドルの資金要請(世銀・米州開銀;27億ドル,民間銀行;60億ドル,二国間信用;15億ドル(日本は10億ドルの輸出信用の供与),米国のCCC;7億ドル,IMF;14億 SDRのスタンバイ・クレジット)を行った。これに対して,86年9月のIMF・世銀総会と前後して国際協調の下で関係者の合意が得られ,11月19日こは,民間銀行の大多数が合意に達したことを受け,IMFは対メキシコ融資を正式承認した。その内容は,①経済成長の回復(87年3.5%),②公共部門の活性化(国有企業の民営化や廃止,補助金の削減等),③貿易の自由化(関税引き下げ,為替管理の緩和等),④財政赤字の縮小(財政赤字86年見込み対GDP比16.8%を87年末までに3%ポイン引き下げ),⑤物価政策の適正化(公共料金の引き下げ,物価統制の廃止等),⑥外国投資の促進(100%外資小会社の受け入れ拡大,債務の株式化等),⑦民間債務437億ドルの20年の再繰延べや金利の引き上げ(スプレット1.125%→0.8125%)等,⑧公的債務総額約19億ドルの繰延べ,⑨予備的追加融資プログラム17億ドル(87年の成長率が所定の伸び率に達しない場合等)等である。また,石油価格の動向によっては融資額が増減されることとなっている。
財政面をみると,82年12月の緊急経済再建計画発表以降,歳出削減と公共料金等の値上げや増税による歳入増加に努めた結果,財政赤字の対GDP比(名目)は82年の17.1%から84年には7.7%へと改善した。しかし85年は,財政支出削減策が採られたものの84年後半からの緊縮政策の緩和の影響による経常支出の増加に加え,石油価格の低下による国営石油公社(PEMEX)からの収入減少,インフレによる国内債務利子支払いの増加により,当初の目標5.1%を上回る9.9%に上昇した。
86年については,同上半期の財政赤字が3.41兆ペソ(うち,連邦政府が2.91兆ペソ)に達し,本年通年の赤字見積もり2.98兆ペソを上回った。これは,連邦歳出が,①為替レート大幅切り下げによる対外利子支払い費及び②インフレ高進による国内債務利子支払いの増加により拡大した一方,石油関係歳入が減少したためである。そのため財政赤字対GDP比は,85年の9.9%から86年全体で16.8%に達する見込みである。
また,政府は,86年11月央87年度国家予算案と経済政策概要を発表した。それによると,87年度予算規模は86.2兆ペソ(前年度当初,32.2兆ペソ),財政健全化(財政赤字対GDP比13.8%)の中で,2~3%の経済成長率,インフレ率の低下(70~80%),雇用増大,公的部門の産業再編成・近代化などを図ることとしている。
ブラジルは,85年には,最低賃金引き上げによる実質賃金上昇策等から消費中心の高い成長(8.3%)を達成した。86年にも,2月末に打ち出された物価凍結・為替レートの固定化等の新経済政策により,インフレの鎮静化・実質賃金の上昇がもたらされた。そのため消費が盛り上がりをみせ,鉱工業生産も大幅に伸びる等景気は拡大を続け,雇用情勢も改善傾向を維持している。しかし,貿易収支黒字幅は国内需要の過熱等による輸出の不振や輸入増を主因に秋頃から急減している。また,物価上昇率は,依然低率ではあるが伸び率は高まっており,個人消費の過熱や新経済政策による歪みが問題となっている。そのため政府は,消費抑制を目的とした新経済政策見通し措置を打ち出し(11月),また,為替レートの小刻み切り下げを復活させた。
85年の需要動向をみると,消費は,実質賃金の高まり等から84年の前年比3.5%増から同9.2%増の大幅な増加を示し,総固定投資も4年にわたる減少から前年比9.1%増と増加に転じた。純輸出は,輸出が一次産品価格の低下や世界景気の拡大テンポの鈍化等から減少したこともあり85年の成長への寄与度はマイナス0.3%(84年プラス4.8%)となった。
86年に入っても,消費の著しい伸びをうけた生産の大幅増加が続いており,86年の経済成長率は9%になるものと見込まれる(11月)(第9-6表)。
鉱工業生産をみると,消費の好調を受け,86年4~6月期前年同期比11.9%増,7~9月期同11.9%増,10~11月同9.8%増(86年1~11月前年同期比11.3%増)と拡大が続いている。石油生産は,石油価格の急落の影響や補修等もあって次第に増加テンポが落ちており86年は前年比5.2%増(85年同18.2%増)の日量59.3万バーレル/日となった。農業部門の実質生産は,85年9月~86年1月の干ばつ被害により,コーヒーや大豆,綿花等が大幅減となり,86年は前年比10.6%減となるものとみられる。消費は,86年も2月末に打ち出された物価凍結等の新経済政策によるインフレの鎮静化・実質賃金の上昇をうけ依然好調である。自動車が7月に消費抑制のために導入された強制貯蓄による影響から不振であるものの,衣類や家具,家庭用電気製品の伸びは依然高い。リオ・デ・ジャネイロの実質小売り販売をみると,86年1~3月前年同期比17.5%増,4~6月期同29.9%増から7~9月期同31.1%増,10月前年同月比24.7%増と大幅な増加を続けている(第9-7表)。
投資動向をみると,景気の拡大や製造業稼働率の上昇(85年7月の77%,86年7月82%),更には金利の低下等から全体的に堅調である。実質製造固定投資は,ブラジル経済研究所の調査によると,84/85年(当年7月/前年7月)1.4%増から,85/86年前年比13.1%増と大幅な増加となったとみられる。特に,一般機械(同37.3%増),輸送機械(同37.3%増),繊維(同28.9%増)等の伸びが高い。また,資本財生産は86年1~9月前年同期比23.7%増(85年前年比12.2%増)と大幅な増加を示している。
85年の国際収支をみると,貿易収支は,輸出(fob)が前年比5.1%減となったが石油輸入減から輸入(fob)同5.5%減となり,124.9億ドルと84年に次ぐ大幅黒字となった。貿易外収支は,金利低下により利子支払いが同1.8%減の112.4億ドルとなり,赤字幅は前年比で6.7%減少した。そのため経常収支は3.0億ドルの黒字となった(84年0.5億ドルの黒字)。
86年の動向をみると,輸出は,年央頃から陰りが顕著となり,コーヒーや大豆等の不振や工業品の国内消費拡大を背景に4~6月前期同期比1.4%減から7~9月期同8.8%減となり,特に10~12月は工業製品の落ち込みも大きく前年同期比46.1%減と急減した。一方,輸入は,7~9月同4.3%増,10~12月同11.8%減となった。そのため貿易収支黒字幅は次第に縮小し,7~9月期29.0億ドルの後,10月は83年2月以来の低水準である2.1億ドルとなり,11月,12月もそれぞれ1.3億ドル,1.6億ドルと利払いに必要な月額約10億ドルを大きく下回った(86年の貿易黒字は95.6億ドルの前年比23.4%減(第9-8表))。こうした輸出の不振に対し政府は輸出促進のためもあり10月15日こ2月末以来初めて為替レートを切り下げ,その後為替の小刻み切り下げを復活させた。86年1~9月の経常収支は,貿易収支黒字の急減のため0.7億ドルの赤字(前年同期0.4億ドルの黒字)となった(第9-9表)。なお,対外債務残高は,85年末1051.3億ドル(84年末1020.4億ドル)から86年末1031.8億ドル,87年末1013.7億ドルに微減するものとみられる(政府)。
労働情勢をみると,6大都市平均失業率は,景気の拡大をうけ85年5.3%に低下,86年に入っても改善が続き,11月2.6%(前年同月3.9%)と極めて低い水準にある。また,無収入又は最低賃金以下の就業者の経済活動人口に占める割合も86年9月で15.8%と前年同月の20.3%から改善している。また,実質賃金(サンパウロ工業連盟)は,新経済政策によるインフレの鎮静化等により,86年5月は前年同月比21.8%増(85年前年比22.9%)と大幅上昇が続いている(前掲第9-7表)。
消費者物価上昇率は,物価凍結実施(2月)により,3月は前月比0.11%下落と57年以来初めて下落した。その後も以前に比べれば低い伸びとなっているものの,急速な消費の拡大や公定価格での商品供給の激減等のひずみが発生しており,上昇率自体次第に高まっている。11月は新経済政策見通し措置による凍結価格の一部大幅引き上げの影響を主因に2月以降で最高の伸びの前月比3.3%と大幅な上昇となった。12月も同7.3%と急騰,2月末からの累計上昇率は22.1%となり賃金の自動的インフレ調整が開始される20%を越えた(前年同月比62.4%)。一方,マネー・サプライ(M1)上昇率は,2月末の物価凍結等の後,①インフレ再燃懸念やインデクセーションの廃止等から貯蓄預金等から流動性の高い当座預金等への大量な資金のシフト,②財政赤字は増加,③外貨の内貨への大量換金等から3月には前年同月末比594.9%と著しい上昇となった。その後,①供給不足で買いたくてもモノがないという状況の出現等から一部資金が貯蓄預金等に戻ったこと,②7月に導入された強制貯蓄,③経常収支黒字幅の減少や④財政赤字幅の縮小等から上昇率は次第に鈍化し,9月は同491.9%増,12月には同304.0%増に伸び率が低下した(第9-10表)。
政府は,抜本的なインフレ抑制のため,経済安定化政策(クルザード・プラン)を86年2月28日こ発表,その主要内容は,①デノミの実験(1,000クルゼイロ=1クルザード),②固定為替レート(1ドル=13.84クルザード,原則一年),③物価の1年間の凍結,④賃金を過去6カ月間の実質平均プラス8%の水準に引き上げて,以降は累積インフレ率が20%を越えた場合,その6割を自動調整,また,最低賃金を3月1日より804クルザードに引き上げ,⑤Cadernetas de Poupanca(国民貯蓄,月利0.5%)のみ,3ヶ月ごとにインフレ調整し,その他金融資産のインフレ調整を廃止,通貨価値修正付国債(ORTN)は国債(OTN)として106.4クルザードで1年間固定,⑥失業保険の創設(最高4ヶ月を限り)である。
新政策は物価安定をもたらしたものの,消費過熱,市場での公定価格での供給の激減等の歪みも目立つ様になった。そのため,政府は,新経済政策の補完策と85年11月の「新共和国第一次国家開発計画,1986~89年」を具体化した総額約1,000億ドル(1.39兆クルザード)の4カ年国家投資計画を発表した(7月24日,実施)。その内容は,①強制貯蓄制度の創設(新車30%,中古車(2年まで20%,4年まで10%),自動車用燃料28%,年利6%で期間3~5年),②海外旅行用のドル購入や航空券等の購入に対する新規課税25%,③貯蓄奨励策(60日以内の短期資金運用益に対する運用期間の短いほど重い所得課税,変動利付き新Cadernetas de Poupanca(国民貯蓄)の導入,国債利子の非課税)により消費過熱を抑制し,また,前述の強制貯蓄や新規課税等による年間GDPの6%相当の資金をもとに④国家開発基金(FND)を創設し,それを⑤低所得者向け住宅170万戸の建設や農村部等での社会資本の充実に用いることとしている。これにより,86~89年の平均経済成長率は7%,89年に一人当たりのGDP l,932ドルの達成,同期間中に660万人の雇用創出(うち560万人は新規参入分)等を目標としている。
しかし,これらは消費需要抑制に十分な効果がなかったこともあり,政府は11月21日,新経済安定政策見直し措置(クルザード計画II)を発表した。その内容は①賃金算定に適用されるインフレ計算方式の変更,②公定価格等の大幅引き上げ(電話35%,電気40%,自動車80%,砂糖25%,アルコール飲料100%等),③行政改革の実施等である。また,中央銀行は12月初,90日以上の金利後決め利付証券発行や貸出の金利後決め制度を復活させた。
85年の財政赤字の対GDP比(インフレ等による赤字分を除く)は,公共料金統制による歳入減,小麦買い入れ増に伴う補助金増等から前年の2.7%から4.3%に拡大,86年には当初0.5%に縮小することを目標としたが,86年2月の新経済政策により公共料金の凍結や物価凍結による税収落ち込み,国営企業の収益悪化のため4.2%に悪化するものと見られる(真の財政赤字である公共部門の資金供給必要額の対GDP比は,84年23.3%,85年27.6%,86年1~9月10.7%)。87年度の連邦政府予算案は,予算規模は,5,566億クルザード(86年実績見込み5,560億クルザード)で,社会部門の重視(86年実績見込み比51%増),人件費等の抑制を図ることとしている。また,対外債務元利返済は887.2億クルザード(対GDP比は約2.4%),財政赤字は87年度は86年度4.2%からGDP比2.5%に低下,また,インフレ率0%,7%の経済成長,1米ドル=13.84クルザードを前提としている。なお,こうした慢性的な赤字に対し政府は,85年12月の一括経済政策における①所得税徴収強化や補助金削減,②公営企業の合理化や民営化等を進める一方,③86年度から連邦予算と通貨予算を統合した初めての連邦統一国家予算の策定や,④政府諸勘定口座(コンタ・モビメント)の廃止を行い,86年3月には,⑤大蔵省に国庫局が正式に設置される等財政赤字に本格的に取り組む姿勢を示している。
(注)
○連邦統一国家予算:85年以前には分離していた①連邦予算(国庫),②通貨予算(中央銀行及びブラジル銀行の勘定),③公営企業予算という公的部門の三予算を統合したもの。
○政府諸勘定口座(コンタ・モビメント):ブラジル銀行(BANCODO BRASIL,民間)における中央銀行との銀行間取引の記帳を目的とした口座。
政府勘定の自動的支払いが行われたため通貨発行が抑えられなかった。
○大蔵省国庫局(Secretaria da Divida Publica):統一予算策定の補佐,公債管理事務を主務とする。
中国経済は,第6次5か年計画(1981~85年)を大幅に超過達成した後,2000年には工農業総生産額を80年の4倍にするという長期的目標の下に,第7次5か年計画(1986~90年)へと移行した。この第7次計画では,第6次計画末期に経済がやや過熱状態となったこともあって,持続的な成長が可能となるよう比較的低めの成長目標が掲げられている。
第6次5か年計画中の鉱工業総生産額は,計画目標の年平均成長率4%を大きく上回る12%となった。特に84年の「経済体制改革に関する決定」において,企業の自主権(調達・生産・販売活動の自由,内部留保金運用の自由,製品価格決定権)が与えられてからは,企業の活発な生産・投資活動が行われ,84年85年と鉱工業総生産額は二桁台の伸びを示した。この結果,従来からボトルネックとされていた原材料・エネルギー部門や輸送部門の能力不足が一層深刻となり,輸入の急増や外貨収支の悪化を招いた。これに対し85年央以降,銀行の融資管理の強化や,輸入許可制・輸入調節税等様々な経済過熱抑制策が採られ,86年初にはほとんどの経済指標が鎮静化した。
第7次5か年計画の初年にあたる86年は,経済体制改革によって生じた問題を調整することから始められたが,調整が進むにつれ,再び経済体制改革が進められ始めた。第一に86年初の鉱工業生産の落ち込みが問題とされた。経済効率の良い企業も悪い企業も一律に引き締める硬直的な金融政策に対する批判がおこり,銀行に貸し出し選択権を与えるべき(中国人民銀行副行長 劉鴻儒)との金融改革の提唱がなされ,銀行の管理強化の目的で「銀行管理暫定条例」(86年1月)が公布された。また品質によって価格差を設けて,高級品に対する需給の逼迫を緩和し,低級品の滞貨の解消をはかることを目的とした家電製品等工業品7品目の価格統制撤廃(86年9月)が行われた。国営企業が非効率な生産を続けている状況を改善するため,企業の破産の可能性を認める「企業破産法(試行)」も,第6期全国人民代表大会常務委員会18回会議で採択された(86年12月)。これは現在審議中の「全人民所有制工業企業法」の実施後3か月を待って試行される。また国営企業の労働者の労働モラルを確保するため「国営企業労働契約制実施暫定規定」等4文書(86年10月公布)によって失業が認められることとなった。
以上のような状況の下,中国経済は再び加速し始めている。86年後半には鉱工業生産は再び高い伸びとなり,11月,12月と前年同月比で二桁成長となっている。国家統計局によれば,86年の工農業総生産額は前年比9.3%増となり,うち鉱工業総生産額は同9.2%増,農業総生産額は同3.5%増と,いずれも目標(鉱工業総生産額前年比8%増,農業総生産額同3%増)を上回った。
第6次5か年計画(1981~85年)中の工農業総生産額の年平均成長率は,計画目標(4%)を大幅に上回る11%となった(第10-1表)。第7次5か年計画(1986~90年)の工農業総生産額の年平均成長率目標は6.7%とされており,86年の同成長率は9.3%となった。
農業をみると,85年には国家の統一買付け,統一販売制度が廃止され,国家と契約を結んだもの以外は自由市場で販売できることになり,さらに副食品の統一価格の撤廃が行われたこともあって,油料作物や糖料作物等経済作物が大増産となり,農業総生産額(村営工業を除く)を前年比3.0%増と押し上げた。しかし一方で食糧生産が,作付面積の減少や天候等の理由から,84年の4.1億トンから3.8億トンへと減少した(第10-2表)。86年には,積極的な食糧の作付面積拡大等がなされ,前年比1千万トン増の3.9億トンとなり,農業総生産額は前年比3.5%増となった。なお,経済作物は大増産が行われた85年よりやや減収となった。第7次5か年計画の90年目標(食糧生産4.25~4.5億トン)を達成するため,87年の食糧生産計画は4.05億トンとされている。
鉱工業生産は,84年以来の一連の経済体制改革の下で,自主権を付与された企業が活発な生産・投資活動を行った結果,84年,85年ともに前年比で二桁台(84年14%増,85年18%増)の成長を遂げた(第10-3表)。しかしこの急成長は,エネルギー・原材料の逼迫や外貨収支の悪化を招き,86年初期には早くも調整を余儀なくされることとなった。
85年上半期の鉱工業生産は,前年同期比で23.2%増と超過熱状態を示し,エネルギー部門やインフラストラクチャー部門の不均衡,外貨の急減などの問題をもたらした。これに対し当局は銀行貸出金利の引き上げ(85年4月流動資金貸出金利7.2%→7.92%,同8月固定資産貸付金利10年以上7.92%→10.8%)や輸入調節税賦課等の引き締め策を採り,鉱工業生産は85年7~9月期前年同期比17.3%増,10~12月期同10.2%増と鎮静に向かい,86年に入り1~3月期には同4.4%増まで伸びが落ち込んだ。その後若干金融スタンスが緩められたことや,消費財の価格統制撤廃による滞貨解消等もあって,7月以降は伸びが月ごとに拡大し,11月前月比16.0%増,12月同17.2%増と再び加速している。86年通年では年計画の前年比8%増を上回る同9.2%増となった。うち需要の伸びの高い軽工業が同10.3%増となり,重工業の伸び(同8.1%増)を上回った。
部門別にみると,不足しがちなエネルギー部門・資材部門が好調となった。
エネルギー部門を86年前年比でみると,発電量は8.5%増と高い伸びを示しており,原油生産も4.6%増となった。また粗鋼は同11.2%増,セメントは同10.7%増と,原材料部門も高い伸びを示した。
85年の固定資産投資総額は前年比38.8%増加した。このうち国営企業の投資,集団所有制企業の投資,個人による住宅建設投資の占める割合は,各々66.1%,12.9%,21.0%であった(84年64.7%,13.0%,22.3%)。85年の国営企業の基本建設投資総額は前年比44.6%増の1,074億元で,うち国家予算内の投資は421億元(同4.3%増),国家予算外の投資(自己調達資金や銀行からの融資による)は653億元(同92.5%増)となった。国家予算外投資のこのような急増は,84年10月の企業の自主権拡大以後,企業が銀行からの融資を受けて投資活動を活発に行ったことによるものである。この投資過熱は,エネルギー,原材料の需給逼迫やインフラストラクチャー部門のボトルネックを招き,輸入が急増し,外貨収支も悪化したため,当局は銀行の貸し出し金利の引き上げ(85年4月流動資金貸出金利7.2%→7.92%,同8月固定資産貸付金利10年以上7.92%→10.8%)や基本建設投資規模の拡大中止の通達を出すなど投資の引き締め策を採った。この結果86年の基本建設投資の伸び率は前年比7.3%増となり,85年の44.6%の伸び率から大幅に低下した。しかし一方で,更新・改造投資(設備の更新・技術の改造に用いられ,製品の品質向上等の観点から高めの伸びが容認されている)については依然前年比33%増と高い伸びがみこまれている。このため,基本建設投資と更新・改造投資を併せた固定資産投資総額は,86年には85年実績(1,681億元)を下回る1,570億元とする等の引き締め意図にもかかわらず,前年比16.7%増の2,967億元がみこまれており,一層の引き締めが必要とされている。86年11月には建設中のプロジェクトのうち非生産性建設(ホテルや事務所ビル)を中心に1,200件が中止または延期された。更に87年1月の全国建設銀行工作会議では,基本建設投資を大幅に削減し,エネルギー・輸送部門等重点項目に資金を集中していくとの方針が出された。
85年に副食品の価格自由化が行われたのに続いて,86年8月には工業消費財7品目(自転車,白黒テレビ,冷蔵庫,洗濯機,ラジカセ,綿糸・綿織物,中長繊維布)の価格統制が撤廃され,今後これらは市場価格に委ねられることとなった。これらの措置により),高級品の需給の逼迫や,中・低級品の滞貨などが緩和された。
85年には賃金体系改革が行われ,労働者・職員の年間平均賃金が前年比17.2%増,農民の一人当たり純収入は同11.8%増と大幅に伸びた結果,耐久消費財・食料品を中心に需要が急激に伸び,社会商品小売総額は85年前年比27.5%の大幅増となり,同時に社会商品小売物価上昇率も過去最高の8.8%という急上昇となった。86年も労働者・職員の年平均賃金は前年比16%増(1,332元),農民の一人当たり純収人は同6.7%増(424元)と賃金の伸びは高く,副食品等食料品を中心に社会商品小売総額の伸びは同15%増と好調に推移した。社会商品小売物価上昇率は前述の価格統制撤廃もあって6%とひきつづき高い伸びとなった。
国務院は87年1月に,「物価管理の強化と,市場の物価の安定に関する通知」を発表し,87年は小売物価の調整は行わず,自由価格,変動価格に移行した品目をも厳しく監視するとしている。
85年の輸出(通関ベース・元建て)は,前年比39.4%増となり,輸入は同102.7%と急増した(第10-4表)。この結果貿易収支は448.5億元の大幅赤字となり,外貨準備高も減少(84年末144.2億ドル→85年末119,1億ドル)した。このため輸入調節税賦課(85年7月)や輸入許可制(85年9月)などの輸入抑制措置がとられ,人民元の対ドル相場切り下げ(84年末2.80元→85年末3.20元→86年7月5日3.70元)などもあって,86年の輸入(通関ベース・ドル建て)は前年比で1.6%増と伸びが縮小した。一方輸出(通関ベース・ドル建て)は同13.1%増と好調であったため,貿易収支赤字幅も120億ドルと85年の149億ドルから縮小した。外貨準備高は依然減少基調にあり,9月末で103.7億ドルとなっている。輸出入動向を品目別にみると,85年には生産・投資過熱の下で国内需要に押されて重工業品の輸出が減り,耐久消費財の需要増の下に,冷蔵庫・カラーテレビなどの家庭電気製品の輸入が増えた。86年に入ってからは,原油価格下落により主要輸出品である石油の輸出は減少しているが,為替の引き下げ(前述)などもあって,軽工業品・繊維製品などの輸出は好調となっており,耐久消費財の輸入が減少している(第10-5表)。相手国別にみると,香港・ヨーロッパ・アメリカ向けの輸出入が急増しているが,日本向けは86年に入って減少している。対日貿易は全輸出入額の30.5%(85年)を占めているが,対日輸出の中心品目は石油及び石油製品であり,輸入の中心品目は政府が輸入抑制を求めている一般機械や自動車などであるため,輸出入とも減少しているとみられる。
外資導入については,86年には対外借款69億3,600万ドル(前年比96.3%増),外国資本の直接投資は33億800万ドル(同47%減)の契約がなされた。うち実際に使われた借款は48億3,100万ドル(同92.7%増),直接投資は21億5,500万ドル(同10%増)となった。対外借款が契約ベース・実績ベースともに前年比で約2倍となっている一方で直接投資契約が大幅に減少している。対外経済貿易部によれば,この投資契約額の減少は,ホテルなどの非生産性企業の抑制を行ったためとしている。
国務院は製品輸出企業,先進技術をもつ企業を誘致するため,投資環境整備を目的として,①人件費を国営企業並みまで引き下げる,②地代その他管理費を引き下げ,税制の不合理を是正する,③事務能率を引き上げる,等の優遇策を盛り込んだ「外国投資奨励に関する規定」(86年10月11日)を発表した。この他,各地方省,市による独自の外国企業投資奨励規定もつくられ,集中的な優遇措置により一層の効果をねらっている。
86年3月25日より開催された第6期全国人民代表大会第4回会議において「第7次5か年計画(1986~90年)」が承認された。それによると,国民所得,工農業総生産額,鉱工業総生産額,農業総生産額の年平均伸び率はそれぞれ6.7%,6.7%,7.5%,4%となっている。
第7次5か年の初年度としての86年の国民所得,工農業総生産額,鉱工業総生産額,農業総生産額は,国家統計局によると,前年比7.4%増,同9.3%増,同9.2%増,同3.5%増となり,急成長のみを追求した従来の風潮を克服し,安定成長を求めるという第7次5か年計画の方針に沿って,計画目標をまずは達成したといえる。しかし,86年後半から鉱工業生産は再び加速してきており,86年10~12月期には前年同期比で20%近い急増となっている。基本建設投資は,更新,改造投資からの流用が問題とされるなど,再び過熱への危険を含んでいる。
87年の経済改革の中心は企業の活性化であるとされている。そのために,①所有権と経営権の分離を積極的に促し,賃貸,請け負い,経営責任制,株式など様々な経営方式を積極的に施行する,②工場長責任制を推し進める,③給料・報奨金の分配制度を改善するなど利益の配分で措置を講じ,企業の活力を高める,④行政管理的性格を帯びた企業を廃止する等が必要であるとされている。
更なる企業活性化政策の下で,86年後半から再び高い伸びとなっている鉱工業生産を,第7次5か年計画の7.5%程度の穏当な伸びに抑え,効率重視の発展を促していけるかどうかが,87年中国経済の課題となろう。
ソ連経済は,第12次5か年計画(1986~1990年,以下5か年計画は計画と略す)のスタートを無難にきった。86年の支出国民所得(Net Material Product)は,前年比3,6%の成長と計画(同3.8%増)は下回ったものの,このところ不振であった原油生産,穀物生産等が回復を示すなど,ソ連経済は改善傾向にあるといえよう(第11-1表)。
こうした背景には,85年3月に就任したゴルバチョフ書記長を中心とした若い指導者層による国民の意識改革,すなわち,ブレジネフ長期政権のもたらした全般的停滞感の一掃が挙げられよう。これは,86年2~3月において開催された第27回ソ連邦共産党大会における「1986~1990年及び2000年までの期間のソ連邦の経済・社会発展の基本方針」の中でも指摘されている。この中では,数次にわたり中期計画が未達成に終わった要因として,①外延的成長が困難となった現状に対して各生産主体が現実的に対応できなかった,②科学技術進歩の成果を実際の現場に応用できなかった,③生産管理者,指導者が新しい管理マネージメントに順応できなかった,④労働者の規律と秩序が許しがたい程低下していた,等が挙げられており,これらの問題点に対して83年以降(アンドロポフ元書記長)採られてきた措置の効果が徐々に現れてきているとしている。
83年以降に採られた措置は,具体的には管理機構の綱紀の引き締め,労働者の規律の強化である。労働,者の規律強化については,ゴルバチョフ就任来採られてきているアルコール追放運動がその象徴的なものといえ,中央,地方の幹部の変更とともに行政改革の一環として機械工業省,農業関係の各省庁の統廃合も進められてきている。また,83年1月より開始された経済実験により各企業の活性化が図られている。こうした措置により経済は,改善に向かったとされているが,こうした意識変革及び経済実験による経済の活性化を中心とした今後の成長維持は疑問といえる。意識変革による労働生産性の上昇には限界があり,経済実験についても,一部で実施されている限りにおいてはその有効性は維持されるが,経済全般に拡大された場合にはその有効性も疑問といわざるを得ない。というのは,現在のソ連経済の最も大きな問題として流通面でのボトル・ネックを挙げることができるからである。この経済実験参加企業に対する優先的な資材等の配給は,その結果として参加企業の生産性を上昇させている一方,逆にこの優先策が採られなくなった場合には,こうした生産性の上昇が全体として維持されるかどうかは疑問といえよう。
一方上記のような改革に対して87年からの大きな経済改革は,貿易の国家管理体制の一部自由化と個人労働法の制定による個人企業の導入である。特に個人労働法の制定は,労働者にインセンティブを与えると考えられることから今後のソ連経済に大きな変化を与える可能性があるといえよう。また,合弁企業も87年1月から予定されており,西側企業の経営ノウハウを積極的に導入しようとしている。
このように,86年において堅調な成長を示したソ連経済ではあるが,将来において86年並の成長を維持していくためには,管理機構の改革を始めとして統廃合を通じた行政の簡素化及び労働者にインセンティブを与える政策,さらには西側との合弁企業等による技術導入を含めた技術革新が必要といえよう。
工業総生産は,85年には年計画を達成したものの,年初の寒波の影響によりその伸びは4%台を割り込み前年比3.9%増とやや鈍化した。しかし,工業総生産は85年後期から前年同期比で4%を上回る成長を示し,86年に入っても年初は反動増という一面もあって前年同期比5%を上回る伸びを続け,年平均でも前年比4.9%増と86年計画(同4.3%増)を上回る伸びとなった(第11-1表)。しかし,近年その経済的不効率を脱するために導入された契約納入義務指標については販売計画に対して98.6%の達成にとどまった。
財別の生産動向をみると,生産財政産(Aグループ)は前年比5.2%増と計画(同4.3増)を超過達成したが,消費財生産(Bグループ)は前年比4.0%増と計画の同4.4%増を未達成に終わった。計画目標自体は第11次計画以来の消費財重視の生産が採られていたが,投資の重点が86年は機械設備等の重工業部門に置かれたため,軽工業部門への投資がやや低い伸びにとどまったこともその要因となっている。工業の労働生産性は同4.6%の上昇と計画(同4.1%の上昇)を上回った。
部門別生産動向をみると(第11-2表),電力生産はチェルノブイリ原発事故の影響からやや計画を下回ったが,他は概して計画を達成している。機械工業関連では,近年コンピュータ等先端技術分野に力が注がれていることもあって,産業ロボット前年比11%増,NC工作機械同23%増と二桁の高い伸びを示した。燃料採取部門では,84年,85年と減産した原油生産が6.15億トン(日量1,230万バーレル)と回復を示し,石炭生産も前年に引き続き前年比3.4%増と回復を続けている。天然ガス生産は近年堅調な成長を続けており,同6.7%増と計画を上回るテシポで拡大している。耐久消費財関連では,乗用車,オートバイ・スクータは前年生産を下回ったが,他は堅調な生産であった。
農業では,近年全投資高の1/4以上が投下されてきたが,その地理的,気象的条件の悪さから生産は停滞していたため国民所得伸び悩みの最大の要因となっていた。しかし,86年には生産もやや上向き農業総生産高は2,192億ルーブル(83年価格),前年比5.1%増となった(第11-3表)。このところ不振である穀物生産は,第11次計画中の平均生産高(1.8億トン)を上回る約2.1億トンが見込まれ,計画(2.5億トン)には及ばないものの,78年来の2億トン台を記録した。しかしながら穀物生産は依然として農業低迷の主因となっているといえよう。他の農産品については綿花,甜菜が前年生産を下回ったが,ジャガイモ,野菜等は前年生産が不振であったこともあって,回復を示している。
一方,畜産部門は堅調な生産を続けている。食肉生産は17.7百万トン前年比3.5%増と史上最高を更新し,ミルク,卵等の乳製品も堅調な生産となった。羊毛も近年不振であったためかその生産高を発表していなかったが,86年は前年比4.0%増,46.5万トン(81~85年平均生産高45.7万トン)であった。なお,86/87年度の穀物輸入は,穀物生産が比較的良好であったことから飼料用穀物を中心に2,100万トンと減少するものとみられる(米農務省予測)。
近年生産のボトル・ネックの一つに挙げられてきた運輸は,改善を示し,貨物輸送は前年比2.1%増と計画の同1.7%増を上回った。労働生産性も同7.5%の上昇と計画(同2.1%増)を大幅に上回った。鉄道輸送は同3%,パイプライン輸送は同4%の増加であった。一方旅客輸送は,このところ堅調な伸びを続けており,鉄道,航空とも前年比4%増であった。
賃金の動向をみると,実質賃金上昇率は着実に上昇しており,86年では前年比2.3%の増加となった。職員・労働者の月平均賃金は195ルーブル(約45千円,85年190ルーブル),コルフォーズ農民の労働報酬は159ルーブル(約37千円,85年153ルーブル)となった。
物価は安定しており,特に食料品等は公定価格でほとんど動きがみられない程であるが,アルコールについては,現在アルコール追放キャンペーンを行っていることから,価格は大幅に引き上げている。農産物については86年3月から一部についてコルホーズ農民が自由市場で販売することが自由化されたが,これにともない自由市場では質量とも改善されているものの,価格は公定価格の3倍程度になっている。
耐久消費財の普及状況をみると,第11-4表のとおり量的にはほぼ満足いく水準にまで達しているとみられるが,その品質の点ではプラウダ紙上でも指摘されているように問題が多く,今後品質面での改善が求められている。
なお,87年から導入される個人労働法にともない,個人営業が自由化されるが,個人営業は84年から5共和国において実験的に行われきており,この結果個人企業のウェイトがサービス業において特に増加してきている。
85年の貿易をみると(第11-5表),輸出(金額ベース,以下同じ)は724.6億ルーブル,前年比2.6%減,輸入691.0億ルーブル,同5.8%増と輸出入とも低調に推移した。貿易収支は全体では33.6億ルーブルの黒字となったが,地域別に内訳をみると,対社会主義諸国は20.8億ルーブルの黒字,対西側先進工業諸国は6.9億ルーブルの赤字(約8.2億ドル),対発展途上国諸国は19.8億ルーブルの黒字であった。
対西側先進工業諸国の貿易収支赤字化は,石油輸出の大幅な減少によるもので,これは国内の原油生産減及び85年初の流通段階でのボトル・ネックによるものである。国別では,輸出はイタリア,フランスが前年比二桁の減少となり,ソ連の最大の貿易相手国である西ドイツ向けが同5.5%減であった。一方,輸入は前年比1.6減と,輸出減にともなう調整からやや減少した。国別では,アメリ力,イギリスの減少が大きく,二桁の減少となった。
86年の貿易動向をみると,輸出は,輸出額の約6割を占める石油輸出が石油価格の下落により減少し,1~9月前年同期比6.1%の減少となった。対西側先進工業国貿易では前年同期比27.9%減となった。石油輸出については,価格下落に対処するため,輸出数量を大幅に増加させているが,価格下落幅が大きいため数量ではカバーできなくなっている。このため,金等の貴金属輸出も増加させている。こうした輸出状況から,輸入も極めて抑制されており,86年1~9月期前年同期比9.1%減となった。穀物輸入は,近年ソ連の輸入の約2割を占めてきたが,86年は,穀物生産が比較的良好であったことから,アメリカからの飼料用穀物を中心に大幅な減少となった。資本財等の輸入についても東欧諸国にかなりシフトさせているものとみられる。この結果,コメコンの貿易ウェイトは上昇し,1~9月で61.5%(前年同期55.4%)に達している。
なお,86年の貿易総額(輸出額+輸入額)は前年比8%減で,数量ベースでは同2%の増加となったと発表されている。
87年計画をみると,生産国民所得は,86年(計画前年比3.9%増,実績同4.1%増)より高められ,前年比4.1%増,工業総生産も同4.4%増と設定されている(第11-1表)。また,生産性の上昇率は,社会全般では,前年比4%の上昇,工業では同4.4%,建設同3.8%,運輸同4.6%と計画している。一方,省エネ政策及び集団労働により大きなインセンティブを与える政策もより進展させるとし,生産コストの削減と利用増大を図るとしている。なお,機械工業部門の生産はより高められる予定で,特にコンピュータは,中期計画平均の16%増に対して前年比19.5%増と高めとなっている。
国民生活では,労働者及び職員の月平均賃金は,約201ルーブル,コルフォーズ農民の労働報酬は162ルーブルとし,中期計画の伸びを上回る計画となっている。また,社会給付等についても中期計画を上回る計画である。食料の供給についても従来より改善させ,他の消費財についても需要にみあった多種高品質な財を供給するといった計画となっている。
87年計画の資金面の計画をなす87年国家予算(第11-6表)は,歳入4,355億ルーブル,前年比5.1%増,歳出4,453億ルーブル,同5.1%増と計画されている。歳入の92%は,社会化部門からの収入となっており,その内国営企業による利潤納付は,全体の約5割を占めている。一方,歳出面では,社会・文化費及び国防費は6%を上回る伸びとなっているが,国防費の歳出に占めるウェイトは,前年と同じ4.6%に抑えられている。なお,行政管理費等の伸びは抑えられている。