昭和61年
年次世界経済報告
定着するディスインフレと世界経済の新たな課題
経済企画庁
第1章 最近の世界経済の動向
1986年の短期的な展開を概観するにあたって,ドルと原油価格の低下は大きな環境の変化として第一にとりあげられなければならない。これについては特段のことわりを要しないであろう。
次に先進国の経済をみると,景気の面では83年以来の息の長い拡大局面が依然続いているともいえるが,84年のかなりの急拡大のあとの緩慢な拡大テンポから抜け出してはいない。
とくにアメリカでは,年初から年央にかけては1985年よりもむしろ足取りが弱まったという状態であった。ドル,金利,原油価格がいずれも低下し,経済成長,物価,国際収支のすべての面において展望は大きく改善すると期待されていたが,86年前半の展開は物価の面を除けばこうした期待を裏切るものであった。原油価格の下落が国内の石油採掘部門にあたえる影響がおもいのほか大きかったということであろう。また,金利低下の効果を享受できるはずの設備投資,ドル安の効果を享受できるはずの外需が,むしろマイナスの寄与となったのも誤算であった。
ドル高が修正されるにつれ,各国の金融政策の自由度も増し,西ドイツ,日本などで金融政策の緩和が行われている。また原油価格の低下が消費の増加をもたらすという効果は徐々に明確になりつつある。こうして西ヨーロッパでは,個人消費を中心に,国によっては設備投資も加わって,景気は緩やかな拡大を続けている。しかし,ドル安がアメリカ向けの輸出に,原油安が産油国向けの輸出に影響し始めていることもあって,85年に比べて目立った改善とまではなっていない。
これに対し,NICsの経済はこのところ目覚ましい拡大を遂げている。原油価格,金利,ドルの低下の好影響は他の地域に比べ顕著に現われ,経常収支の黒字化の傾向も目立っている。
しかし,発展途上国はNICsを除くと資源,農産物の輸出に依存してきた国々がほとんどであり,累積債務にかかる利払いについては金利低下で恩恵を受ける面もあるものの,産油国が苦境に陥っているのをはじめとして一次産品の価格低下による打撃を受けている。発展途上国のみならず,オーストラリアのような国においても状況が非常に悪化し,このところ景気は後退している。
共産圏をみると,中国では,1985年の前半までの過熱状態はかなり解消されてきた。また市場原理の導入などの経済体制の改革が進められている。ソ連・東欧では対西側輸出が石油価格の低下によって打撃を受けたものの,生産活動はほぼ計画の線にそって拡大している。
以上のような状況を,以下では,ドル,原油価格という環境条件の変化(第1節),先進国経済(第2節),発展途上国経済(第3節),共産圏経済(第4節)に分けて詳説する。