昭和60年

年次世界経済報告

持続的成長への国際協調を求めて

昭和60年12月17日

経済企画庁


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むすび

1 世界経済の現局面

1985年の世界経済は,アメリカの拡大速度の鈍化,西ヨーロッパ諸国の緩やかな拡大等,84年までの高い成長から総じて緩やかな成長に転じた年であった。

ドル高の影響を受けてアメリカの成長が鈍化し,世界経済にその影響が波及したためでもあった。

アメリカの成長速度の鈍化に対し,先行きの懸念を表明する向きもある。しかし,83年以降のアメリカの高成長をもたらした要因のうち,インフレの鎮静化や研究開発投資の増大は続いており,増加率は低下したとはいえ設備投資は高水準にある。84年央以降の拡大速度の滅速は,ドル高による内需の漏出が大きな要因であったが,アメリカの政策態度が十分弾力化しドル高修正が定着すれば,アメリカ経済は,今後とも緩やかな成長を続けるものと期待される。

西ヨーロッパは,緩やかな成長を続けている中で物価上昇率は鈍化傾向を示し設備投資も増加している。しかし,失業率は高く,依然として雇用情勢には厳しいものがある。このため,ドル高修正が進展する中で,主要国は財政再建の枠内で雇用情勢等にも配慮した政策運営を行っている。直接的な雇用・失業対策が強化拡充されており,また,租税,社会保障負担が極めて高いことを背景に,所得税等については減税が実施されている。

こうした中で,発展途上国の困難が続いている。アメリカの成長速度が鈍化したため,アメリカへの輸出増加率が低下したこと,一次産品市況が依然として低迷していること,などによる困難である。発展途上国経済は,84年にはかなり高い成長をみせていたが,そうした困難もあって,新興工業国では成長率の低下がみられ,中南米諸国では貿易収支の悪化に再び悩まされる国も増えている。

85年世界経済にみられるもう一つの特徴は,主要国間の経常収支不均衡が一段と拡大したことであった。このため,アメリカと日本,ECと日本だけでなく,アメリカとEC,アメリカと発展途上国などの間においても貿易摩擦が激化した。経常収支不均衡拡大の背景にはドル高があり,それをもたらした大きな要因がアメリカの財政赤字の拡大にあるとして,アメリカの政策変更を求める声も強まった。ドル高がアメリカの生産や雇用に影響を与え始めたため,アメリカも次第に政策態度を柔軟なものに転換し始めている。更に9月下旬の主要5か国蔵相・中央銀行総裁会議において,為替レートの適正化のために,各国の協調が必要である旨の合意がなされ,それを受けた各国の為替市場への協調介入等によってドル高修正が一段と進展した。

2 世界経済の課題

以上のように,世界経済の動向をみると,総じて物価が安定する中で緩やがな成長が続き,高金利,ドル高が修正され始めている。こうした中で,世界経済がインフレなき持続的成長を実現するには,何が必要なのだろうか。

第1は高金利を是正し,ドル高修正を定着させることである。現在,主要国にはインフレ的な動きは殆どみられない。このことは将来の展望にとって極めて重要であり,今後とも節度ある金融・財政政策の下で物価安定を堅持すべきであろう。また,9月下旬の主要5か国蔵相・中央銀行総裁会議などでの合意を踏まえ,アメリカの財政赤字削減,各国での民間部門の活力を発揮させるための施策などにより国際協調を着実に実施することが望まれる。こうした政策は,主要国間の経常収支不均衡の是正,先進国全体としての持続的拡大に寄与するだけでなく,新興工業国の活力を世界経済の発展に生かし,累積債務国の調整努力を助けるなど,発展途上国のために役立とう。

第2は保護貿易主義の拡大に歯止めをかけ,自由貿易体制を堅持することである。自由貿易の下で,世界の資源配分は効率的に行われ,各国は国民経済的利益を高めることができると考えられる。保護主義的な動きに対し,レーガン大統領は自由かつ公正な貿易こそ望ましいとする考えに基づき,9月下旬,貿易拡大のための行動計画を発表した。我が国においても,世界経済の均衡ある発展に向けて,その国際的地位にふさわしい積極的な貢献を行っていくことが必要であり,先に策定した「市場アクセス改善のためのアクションプログラム」の遂行を通じて市場開放に努めるほか,現今の円高傾向の定着を図りつつ,10月の「内需拡大に関する対策」の実施に努めることとしている。

自由貿易は商品の交流によって資源配分を適正化させる動きをもたらすが,一般的にいって海外への直接投資も長期的には同様な効果を持つと考えられる。その意味でこうした投資の増大を図ることは,世界経済の発展に重要な役割りを果たすであろう。直接投資は技術移転を活発化させ,基本的には貿易を増加させる。投資受入れ国や投資国双方に,産業構造を高度化させる契機を与える。また,直接投資が発展途上国に向けられる場合,その国の工業化は輸出を増加させるであろうし,その国の成長は輸入を増大させ,世界経済を更に発展させるであろう。直接投資の増大が,海外の生産基地から親企業への輸出増を招き,投資国の国際収支を悪化させる場合もあり得る。企業は生産基地の分散化で利益をあげるにもかかわらず,投資国は貿易収支の赤字に苦しむという矛盾が発生するからである。このような動きに対し貿易収支不均衡がみられる国の間での直接投資によって,貿易摩擦を軽減しようとする努力もみられる。

第3は研究開発投資の継続的増大とそれを活用するための市場条件の整備である。アメリカの83年以降の急速な拡大は,70年代後半からの研究開発投資が,新たな製品,新たな技術を生み,成長の核となる産業を育てたことによる面が少なくない。西ヨーロッパの場合も研究開発投資は決して小さくはなかった。

しかし,労働市場の硬直性などにより,そうした投資による成果の実現が妨げられたとみられる。こうした西ヨーロッパに比し,再活性化政策の下でのアメリカでは,規制撤廃政策による競争条件の改善や,労働組合の弾力的姿勢への転換がみられたため,技術革新の成果を生産に結びつけることが容易になったのである。しかしこうした成果に至るには長期にわたる蓄積が必要であるだけに,市場条件の整備などとともに,長期的視点からの研究開発投資の推進が必要である。

第4に援助の着実な拡充があげられる。特に最貧途上国においては,民間資金の流入に多くを期待できないので,政府開発援助の着実な拡充により,これら諸国の困難に対処する必要がある。

この関連で軍縮により生じる各種資源の有効利用の重要性が指摘できよう。

もとより軍縮は各国の安全保障と密接に結びついたものである。各国の安全保障を損なうことのない軍縮が実現できるならば,それにより生じた余力を各国とも自国経済の再活性化に利用するとともに,発展途上国の開発のためにも活用でき,軍縮は世界平和はもとより,世界経済の発展と安定のためにも資することとなろう。

世界経済の中で,日本の経済的地位は著しく向上した。GNPは自由世界第2位であり,直接投資でも急速なウェイトの高まりをみせている。こうした地位の向上により,我が国の経済政策は大きな国際的影響を持つようになった。

市場アクセス改善や内需の拡大などの推進はもちろん,経済協力,対外投資や技術移転などによる世界経済への貢献を我が国は,今,求められている。


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